2026年04月07日

中鳥川 春の小川と桜の風景(美馬町)


桜といえば、子どもの頃に遊んだ桜の並木みちがあり、その辺りを流れていた春の小川への郷愁がある。その景色はいまでは変わってしまった。

春の小川といえば、子どもが一またぎできるぐらいの川幅で、水深が深くても膝ぐらいまで。護岸がなくて斜面には春の草花が咲いている、という絵のような風景。

ところが現実にそんな風景が中鳥川にはある。桜の並木と春の小川、河畔林にスミレが咲く。
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残念ながら今年の桜は春の嵐で散ったあとであったけれど。近くには全国でほかにないイザナミを祀ったとされる伊射奈美神社がある。
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そういえば、童謡の「春の小川」は渋谷区代々木にあった河骨川という小川だったといわれる。
https://news.yahoo.co.jp/articles/c6e999ca437b72a5090cab7ed5fe288a899ceb40?page=2

さて、中鳥川を含む一帯がどんな場所なのか航空地図で見る。言うまでもなく、かつて吉野川が縦横無尽に流れていたのを人為的に堤防で閉めきって小さな流れとなったもの。かつては洪水の度に水に浸水していた低湿地でもあったはず(黄色の矢印が中鳥川、空色がかつて流れていただろう河跡)。
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posted by 平井 吉信 at 23:13| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2026年04月04日

那賀川のケイリュウタチツボスミレ(2026年)


冬の小雨や低温が続いた四国では、この春のスミレはやや遅れている、もしくは発生が少ないように感じる。那賀川でも渇水に見舞われたため、2026年のケイリュウタチツボスミレは不作となるのではないかと予想していた。しかし現地へ足を運んで見なければと思って数回通った。その結果、例年なみ(もしくはそれ以上)にケイリュウタチツボスミレを確認することができた。

場所によっては足場が悪く、運悪く落下すれば急流と深いトロ場が待ち受ける場所もある。概して半日陰で、完全な日向には発生しないように見受けられる。渓流帯ならではの環境圧を受けた形態をしているが、タチツボスミレに近い株もあれば、コタチツボスミレに近い株もある。シロバナ株も全体の1割弱ぐらいか。

この株は渓流帯(洪水時に水を被る岩場の苔)に自生しているが、形態はタチツボスミレのよう(中間型)である
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ほとんど同じ場所にありながら、こちらはケイリュウタチツボスミレの典型のよう。苔マットのように水が潤沢に得られないからか、葉の造形も小さく簡素。栄養分が形態を左右しているようだ
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さまざまな形態のケイリュウタチツボスミレを見ていこう
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那賀川のケイリュウタチツボスミレについては以前にAIとの対話で考察を行った。
→ 標高1000メートル以上のブナ林(那賀町)の4種のスミレたちをGeminiと考察する〜ケイリュウタチツボスミレのルーツは源流にあった?〜


元来は渓流帯の植物ではないが、この場所の岩場で見かける植物
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posted by 平井 吉信 at 22:08| Comment(0) | 山、川、海、山野草

那賀川の河原に咲くスミレ(Viola mandshurica)とアツバスミレ(Viola mandshurica var. triangularis)


スミレ(Viola mandshurica)は、旧満州にちなんで命名されたので学名の後半がマンジュリカとなっている。もちろん日本にも多く自生する。よく見かけるのはまちなみのコンクリートの隙間に連なるように咲く姿。広々と日当たりの良い土手などがあるのに、わざわざこんな場所に…と思うけれど、スミレは他の植物との競合に弱い。だから他の植物が進出しない場所で独占する生存戦略を選んだともいえる。

そんなスミレ(Viola mandshurica)を、次に多く見かけるのが草原だろう。特に山焼きをするような場所では見事な群落を見ることがある。

アスファルトでの生存も苦にしないスミレ(Viola mandshurica)にしてみれば、他の植物の進出しない環境を選ぶのだろう。海岸の砂の上に自生することもある。観音寺市の有明浜などがそうである。
→ 寝そべって眺める アツバスミレの芽吹く砂浜(有明浜/観音寺市)

有明浜にアツバスミレの咲く頃は、近くの紫雲出山の桜も見事で、さらに父母ヶ浜や周辺の渚の夕凪を見るのも愉しみな季節。

県内では、海部郡の一部の渚、海沿いの集落や道ばたで多くのアツバスミレを見かける。スミレの海岸型変種で太平洋側に生息して葉が厚いのが特徴。阿南市、海部郡に多いが、一部の地域では、白と紫のまだらを見かけることがある。

さらに、那賀川中流域も生息地のようだ。海岸ではないが、河原の砂の上など、渚の砂浜と大差ない。よく観察してみると、スミレ(Viola mandshurica)に近い個体と、アツバスミレ(Viola mandshurica var. triangularis)と紹介しても支えない個体が混在しているようだ。

この場所では、渓流帯ほど水辺に近くはないが、洪水で浸水しそうな場所にも自生する。ケイリュウタチツボスミレとの生息場所の違いはある。乾いた砂地に多いのがアツバスミレ、半日陰の湿った場所に多く、さらに水辺に近いのがケイリュウタチツボスミレである。

この場所のスミレ(Viola mandshurica)は、典型的な紫色の花弁と葉の大きな草原型のスミレ(Viola mandshurica)と、葉が厚く小さくやや波打つことが多いアツバスミレと呼んで差し支えない個体が混在する。紫色と白色が混じる花弁もあるが、海部郡で見られるような純白と紫というあざやかな対比ほどではない。

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大きな毛虫(ツマグロヒョウモンの幼虫)が河原を這う。これからスミレを食べるのか?
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これは巨大なスミレ(Viola mandshurica)。砂地ではなく腐葉土などがあるためか、草原型のようだ。花弁の大きさは3pに達し、葉柄の翼は発達している。葉身と葉柄はそれぞれ7〜8pあるので葉の根元からは15pに達する。花弁に栄養を取られたのか、距は丸く小さくしかも濃い紫。およそスミレ(Viola mandshurica)らしからぬ。サクラスミレの要素も少し感じるけれど、この場所で交雑要素(スミレ×サクラスミレ)も考えにくい。
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→ ほんとうに見たかったスミレにめぐりあう サクラスミレ(四国カルスト)

スミレたちを見ていると、ときが経つのを忘れる。さまざまな表情の個体が、それぞれ種子がたどりついた場所で咲く。風に揺れる風情は、少なくとも現下の世界情勢や劣悪な現政権のことは忘れさせる。スミレを見ることは、小さないのちの存在を通じて、大きな社会との成り立ちを考えること。社会と自分を切り放すことなく自分ごとで捉える必要がある。
→ アツバスミレのタグ http://soratoumi2.sblo.jp/tag/%83A%83c%83o%83X%83~%83%8C
posted by 平井 吉信 at 21:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草

港町の夕暮れ


橋の上から上流を見れば、停泊している船が小刻みに揺れながら、川面はさざなみで残照を映す
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夕げの前の静かな時間を過ごす家々の灯りを感じる
posted by 平井 吉信 at 20:22| Comment(0) | 里海

2026年03月31日

季節先取り 森の花売り娘(とある山野草)


音楽を聴くのは愉しい。それを誰かと分かち合う(語る)ことも愉しい。前投稿のあとに清涼剤がほしくなったので、自分のために投稿している。

4月中旬から5月上旬にかけて、徳島県内の数カ所の山岳で見かける植物について。その姿が森のなかの花売り娘のよう。
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posted by 平井 吉信 at 00:14| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2026年03月30日

「さらば涙と言おう」(森田健作さん)がいま語り掛けること


世界を見れば、トランプ、ネタニヤフ、プーチン、習近平、金正日といった独裁者が我が物顔で社会を混乱と分断に陥れている。中国、ロシア、北朝鮮では厳しい締め付けでデモは起きないが、アメリカ全土では反トランプの人々が声を上げている。これらの指導者の系列に加わった(といっても過言ではないだろう)高市首相についても(なぜか報道されないが)退陣を求める声がデモとなって首都圏でうねりとなりつつある。自由と平和とはほど遠い、同調圧力、性差別の容認(女性天皇、選択的夫婦別姓は認めない)、金権政治や統一教会への崇拝、議論を否定するかのような独善的な国会運営、トランプへの迎合など、かつてこれほど堕落した首相があったとは思えない。

以前の投稿にも書いたが、日本のアキレス腱である、ホルムズ海峡の封鎖と、もうひとつのアキレス腱である南シナ海の海上封鎖(中国)のうち、前者は実現してしまった。

高市政権と中国政府との関係悪化は過去最悪で、観光客もレアアースもそして南方からの食糧や原料も、南シナ海を経由する海上輸送ということにほかならない。中国大使館で起こったあるまじき犯罪についても日本政府の対策は施されているとは思えない。このまま対中関係が悪化すると悪夢となる(トランプには犬のようにすり寄っていくのに)。

誰に迎合する、誰に媚びる、誰に屈するなどという話ではなく、イデオロギーの話でもない。独裁に突っ走る国々のようにはならないで、まっとうな理念を持って、誰に対しても筋を通すことが、国際社会で日本の信頼と存在感を上げることであり、ひいては日本円の価値や国民生活に反映されることになるはずである。日本の持つ潜在的な可能性(豊かな精神性)は、世界のなかでも屈指のものだと確信しているが、高市政権が台無しにしている(豊かで力強い日本とか、挑戦する未来とは真逆の行動だろう)。

21世紀を振り返れば、東日本震災(2011年)当時の管直人首相は自ら福島原発上空を飛んで指示を出した。未曾有の事態に腹をくくったからだろう(危機管理上の問題を指摘する声もあるだろうが、あの局面を判断し意思決定するにはあれが必要だったとぼくは思う)。あの頃の円相場は1ドル80円ぐらいで、いまの資産価値(国富)の倍はあった(円が安くなることは世界に対して国や国民の資産が減少することを意味する)。物価は安く、マクドナルドのハンバーガーが100円を切っていたし、ガソリン代も1リットル100円に近かった。高速道路は1000円でどこまでも行けた。消費税は、2014年に5%→8%、2019年に8%→10%と税率改定がなされた。ぼくは無党派の人間で民主党支持者ではないが、震災が起こったことを除けば、いまよりはるかに暮らしやすい社会だった(「悪夢の民主党政権」というレッテルを貼る人がいたが、いまと比べてどちらが豊かな社会だったか? たった15年前のことですよ)。

近年では、石破首相が21世紀の自民党政権では出色だった。さまざまな声に耳を傾け、誠実に実行していたが、自民党内の金権議員の圧力に屈してしまった。石破政権は野党ではなく自民党内の魑魅魍魎にやられてしまった感がある。世論を味方に、自民党を割るぐらいの腹をくくってほしかったのだが、第二次政権の機会があれば、今度は胆力で押し通してほしい。

政治の話をしているが、ほんとうに言いたいのは、本質を見ようとする国民の意思(洞察)と他者の心の痛みに思いを馳せながら幸福を願う心。その理念と魂を一人ひとりが持たなければ、第二第三のポピュリズムの化け物が選ばれてしまうから。

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さて、音楽の話題へ戻そう。1970年代は青春ドラマがまっさかりだった時代の、主題歌が「さらば涙と言おう」(森田健作さんの歌、阿久悠さん作詞、鈴木邦彦さん作曲・編曲)。ドラマそのものはエンターテインメントそのもので特に深いものはないけれど、「吉川君」や「丹下竜子」はよかったな。でもやっぱりこの主題歌あってのもの。

何がいいかって?
まず、調性(キー/D)がいい。ニ長調は前進する意思を感じる。わかりやすいコード進行の随所にセブンスが使われて次の解決の安堵感や高揚感につながっている。

歌い方がいい。森田さんは、歌い出しの「さよならは誰に言う、さよならは悲しみに」で、リズム隊よりも早く駈けだしている(次のフレーズからはテンポを掴んで以後は合っている)。作り手たちは歌の勇み足に気づいているはずだが、それでも修正をしなかったのは、完璧なリズムよりも衝動や熱量が音楽を動かす瞬間を大切にしたかったのだろう。忙しい関係者の合間を縫っての一発録りだったのかもしれない(楽曲を聴ける人は自分の耳で確かめてほしい)。この楽曲のテーマは青春の焦燥やまっすぐなまなざしだから、これでいいのだ。

アレンジがいい。ぼくは楽器のプロではないので間違っているかもしれないが、ハーモニカの前奏が甘酸っぱい青春の余韻を乗せて、ドラムスやベースのリズム隊のほか、華麗なブラスセクションを配置しながら、間奏や歌の合いの手に、スチールギター(ペダル・スチールギターか?)、哀愁をそそるハーモニカが効果的に使われている。しかも、「さみしさも 悲しさも 幾たびか出会うだろう」の部分などでは、ブラスセクションが沈黙して、ストリングスのオブリガートと淡々と刻むリズム隊に森田さんの声がぽつんと浮かび上がる(内省的な歌詞の内容を活かす)。断片的に合いの手を入れるスチールギターも独白のようだ。力強いブラス(人前で見せる笑顔)と、切ないハーモニカやスチールギター(自分を見つめる心)の対比が感情を描きわける。終結に向けては金管部隊も合流して、みんなで行こうぜの力感を打ち出す。リズム隊は、前奏や間奏は気持ち早め、歌のパートはやや落としているように聞こえる。デジタルにはない人の手の温もりや揺らぎが心地よいのかもしれない(AIにはこの投稿のようなでこぼこの文章は書けないのと同じ)。

調性(D)、歌手、作詞作曲編曲、演奏者が一体となった奇跡の楽曲ではないか。たとえ試合に負けても、恋に破れても、その過程で流した涙を「さらば」と肯定し、明日への糧にする。この過程の美学が、競争社会に身を投じ始めた当時の日本人にとって、癒やしであり、エネルギー源だったのではないか。

でも、70年代のまっすぐさ、青臭さを笑えるのか笑えないのか。むしろ、予定調和のナラティブに組み込まれ、集団の空気を読むことを強いられる現代において、たったひとりでも立ち向かう勇気や情熱を感じることができるかどうか。

今、この楽曲が問いかけるのは、集団の力で駆け上がる高揚感はなくなった時代に、別の意味で集団が悪い方向へと無邪気に無意識に、ゆでガエルのごとく進もうとしているときに、それに迎合したり流されたりせず、自分の道を行くという孤独な決意への鼓舞なのかもしれないと思う。

posted by 平井 吉信 at 23:42| Comment(0) | 音楽

2026年03月28日

大宮八幡神社の里山歩き(勝浦町)


春は勝浦町に多くやって来るように感じるのは、ビッグひな祭りが開かれるだけではないだろう。先日投稿した坂本八幡神社のひな祭りもあるし、生名のソメイヨシノの開花もある。観光地でないけれど、春を感じさせる里山がこのコース。

今山運動公園の駐車場に車を停めて付近を散策しつつ、山裾の大宮八幡神社の階段を上がり、神社に参拝したあと、左手から裏の里山をぐるりと一周して戻ってくる。そこに春の断片が散りばめられていて、あっという間の散策だけど、時間がないときに行きたくなる場所。

この冬の勝浦川も水が少ない。潜水橋から下流を見る
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河原周辺の風物
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大宮八幡神社の鳥居と階段
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上がりきると桜が咲いていた
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春の小径を記憶に刻む
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神社の境内。画面奥から散策路が山中に続く
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石仏をめぐりながら、やがて休憩所のある山頂に着く
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山頂から東の斜面にはキランソウが群生する。4月になれば、タチツボスミレ、ツボスミレ、スミレ(Viola mandshurica)も見られるはず。
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すぐに運動公園まで戻れるけれど、道の駅のよってネ市、坂本地区、横瀬立川地区、鶴林寺、慈眼寺などに足を伸ばしてみては?

posted by 平井 吉信 at 11:51| Comment(0) | 山、川、海、山野草