2017年09月06日

狸の話題でもうひとつ 金長神社(金長大明神)が存続の危機


徳島には狸の伝説がある。
化かされた話があちこちに伝承されている。
眉山で狸火が出る。
ちらほらと炎が山麓で舞う。
狸が遊んでいるんだなと佐古の人たちは思う。
しかし火を手招きしようものなら
遠い山裾の火がたちまち眼前にやってくるという。
(見て見ぬ振りをしなければならないのだ)

もっとも有名なのは小松島の金長狸だ。
(以下は昔話を記憶でたぐり寄せているので正確ではないかもしれないが)
子どもにいじめられていたのを日開野村の商家に助けられて
その家に報いようと護り神になろうと決意。
そのために狸界での高い位を得ようと
四国の総大将、津田の六右衛門のもとに修業に出る。

めきめきと頭角を現す金長に、
六右衛門は娘の鹿子姫の婿にと迎えようとするが
義理を果たしたい金長は固持して小松島に戻る。
このうえもなく良い縁談を断るとは謀反の疑いあり!と
六右衛門は金長を抹殺しようとする。

あらぬ疑いをかけられた金長、
必死に逃げ延びたが、一の子分を殺されてしまった。
互いに憎悪を募らせた両陣営が勝浦川の河原、
右岸と左岸をはさんで陣取った。
いまの徳島市大原町のあたり。
(いまでも狸が出そうな寂しいところである)

合戦が始まり、双方に多数の死傷者が出たらしい。
夜中にけたたましい音が聞こえてきて
翌朝河原に行くとおびただしい狸の死骸が目撃された。

さて、総大将はどうなったか?
六右衛門は金長に討たれたが
金長も六右衛門に噛まれた傷に三日三晩苦しんで落命。
いくさは六右衛門の息子、千住太郎と
金長の一の子分であった藤ノ木寺の鷹の息子が二代目金長を襲名し
弔い合戦に至ったが、屋島の狸の仲裁で平和な狸界に戻った。
https://www.city.komatsushima.tokushima.jp/komatsushima-navi/spots/8102.html
(小松島で金長狸のことを教えてくれと誰かに頼んだら、10人中11人は講談師のように語ってくれますよ。なにせ小学校の必須科目に「国語」「算数」「理科」「社会」「保健・体育」「金長狸」とあるので)

これが映画にもなった阿波狸合戦。
→ 阿波狸合戦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%B3%A2%E7%8B%B8%E5%90%88%E6%88%A6

映画が興行的に成功したので
感謝の意を持って関係者が建立したのが金長神社。

スタジオジブリの平成狸合戦ぽんぽこにも金長は主役として出てくる。
徳島を代表する小松島の銘菓「金長まんじゅう」の物語もそこに由来する。
(ハレルヤ本店はうちの近所にあって、エースをねらえのヒロインによく似た同級生の女の子がいた。ハレルヤでアップルパイとタヌキのケーキを買ってもらえるときは大喜びだった)
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さて、ときは千住太郎と二代目金長が義兄弟の契りを結んで
平和が訪れた阿波狸界から物語が始まる。
それが三田華子の「阿波狸列伝」。

このおもしろさはハリウッドの冒険ものや
大味な魔法使い少年の物語などとは比べられない。
人情の機微、術使い、多彩な登場人物がいきいきと描かれながら
それぞれが物語の大切なひとこまとして進んでいく。
郷土の書店「小山助学館」から出された全3巻は徳島の秘宝だが、現在は入手が難しい。
電子書籍で蘇らないものだろうか?


金長神社は公園内にある(もしくは隣接している)。
タヌキである金長大明神を祀っている。
子どもの頃は、ここに無料の動物園があって
日本猿、孔雀、タヌキなどを見ることができた。
動物がいる囲いの上に上がることもでき、
管理されない自由度が良かった。
ただし無料であったので動物の飼育と維持管理が市の負担となったのだろう。
ずっと昔に動物園は閉鎖され、公園だけとなった。
今では訪れる人もまばらな状況である。

それでもこの公園は人の手で管理されている。
現地を訪れた際、手入れをされていた方に話しかけてみると
近所の女性の方(78歳)でシルバー人材センターの報酬として管理されているらしい。
この日も血圧が高かったが、じっとしておられぬとここに来ていたとのこと。

ここがつぶされてヘリコプターの発着場を含む多目的公園が計画されているらしい。
市でもなんとかここを残せないかと模索しているとも聞く。
しかし都市公園法では神社の設置は認められていないとの解釈で
現状では取り壊さざると得ないようだ。
行政は法令に則って手続きを進めざるを得ないというのは理解できるが
法令はすべての状況を想定して記述しているわけではない。
かといって現状は市民にとってなくてもいい場所のようになっているのも事実。

公園整備には、日赤病院、日峰山と日の峰神社、小神子などとの一体的な関係性を明確にしつつ
防災、レクリエーション/スポーツ、憩いの機能を再編集約することが求められる。
金長神社をどのように位置づけるか(もしくは切り放して存続させるか)も
そのなかで考えていくことになるのだろう。

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金長神社がなくなる前に一度見に来てみては?

追記
こちらは巨大な狸の像。
さて、どこにあるのだろう?
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答えはJR南小松島駅にある観光ステーションで。
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※ブログ中、ほぼほぼ一部不正確な記述がありえる系の可能性とかがなきにしもあらずかもしれないなのでと推察されるような的ですなので(流行語を使いこなすのはむずかしい)。

posted by 平井 吉信 at 23:29| Comment(0) | 徳島

2017年09月03日

砂美の浜 月の入りまでまだ少し いのちのゆりかごの光の織物


月は特別な存在と感じる。
生命の源、そのゆりかごである海に浮かぶ光は
安らぎのさざ波を浮かべる。
ひとつところにとどまらないその変化は
繰り返すことで生命の営みを滋しみで満たす。
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超弦理論とそこから派生する理論物理学のように
折りたたまれた十次元と連続的に横たわる三次元を
時空のゆらぎでつないでいるようにも見える。
その構造の美しさとそこをめざす人々もまた。
胸の深くがうずくような熱いものを感じる。
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ここは牟岐町、砂の美しい浜辺という名前が付けられた場所。
潮風に吹かれて水と砂と月の織りなす幻灯を眺めていると
月が傾いてきた。


追記
現実の社会では既存のプログラムを焼き回したプロジェクションマッピングが
アートと称して人々の感動を装いながら無味乾燥な影絵と欲望を奏でる。
意識してそれらの情報や世界から離れていかないと
身の回りのかけがえのないもの(=感動)が見えなくなってしまう。
posted by 平井 吉信 at 17:56| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年09月02日

吉野川のカンドリ舟 瀬音とともに在りし夏を刻む


カンドリ舟とは、竿をさして使う木製の舟。
エンジンは付いていない。
吉野川や那賀川のような大河では陸から近づきにくい場所に舟をとめて
鮎釣りをする。
叔父もカンドリ舟を持っていた。

ある日、従兄弟とぼくとでカンドリ舟を漕ぎ出した。
那賀川は海まであと10kmという下流でも流れが早い。
ゆるやかなたまりから
左岸の水衝部に向けて数百メートル下る瀬がある。
瀬が下ると左岸のテトラにぶつかる。
瀬の降り口に差し掛かるところでイカリを降ろしたが
舟は止まらなかった。

たまたま近くで舟を浮かべていた人が異変に気付いた。
ずるずると流されていく子どもの乗った舟は
なんとか助け出され
駆けつけた叔父から怒られたことがある。
(あとで酒を持ってお礼に行ったそうだ)
http://soratoumi2.sblo.jp/article/114871337.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/178913014.html

瀬の下りでとまっている舟があっても
それは上手のトロ場にイカリを降ろして
そこから長い距離をロープで引っ張っている、ということがわかった。

それから数年後、
台風の大水が出た。
那賀川は黄色い濁流となって渦巻いていた。

こんなとき、アユが流されてたまっている場所がある。
それを網ですくいに行こうとしたのかどうかはわからないが
叔父はひとりで舟を漕ぎ出した。

ところが、その舟は濁流に流されて
(おだやかな夏の日に子どもらの無謀をたしなめた瀬である)
下流のテトラに激突してしまったのだろう。
毎日、海までの川筋を仕事を休んで探し続けた。
発見されたのは海まで数キロの下流であった。
(以前に狸に化かされたと書いた場所である)
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html
この場所もいまでは日亜化学に続く自動車道路の橋ができようとしている。
カンドリ舟にはそんなできごとがあった。

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吉野川のような大きな川の魚は強い水流に対向するせいか
大味なような気がする。
やはり穴吹川のような支流がおいしい。
もっともこれは水温が影響するのだろう。
剣山山系から流れる凍り付くような水が流れる穴吹川では
下流でも水温が低く保たれるに違いない。
(もっとも夏の夜に穴吹川で泳いだごとがあったが、水はぬるかった。なにごとも実験=体感してみないと気が済まないのである)

吉野川でもっともカンドリ舟が絵になる場所がある。
三野町太刀野地区である。
道の駅三野から少し上流で吉野川の屈曲点に当たる。
(残念ながら吉野川を見下ろす徳島道はこの区間はトンネルとなって見えない)

この日もカンドリ舟が出ていた。
なんと典雅な夏の日の過ごし方だろう。
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齢八十を超えていると聞いている
町内の舟大工(原久夫さんと小原寛次郎さん)は息災でいらっしゃるだろうか?

タグ:吉野川
posted by 平井 吉信 at 17:06| Comment(0) | 山、川、海、山野草

真夏の湿原に舞う

おとなの夏休みは避暑地で。
海辺も悪くないが、海水浴の喧噪は避けたい。
そこで池田高校のあるまちへ向かう。
駅から山間部へ40分ほど行ったところにその湿原がある。

目を閉じれば、虫の声を識別しはじめる。
そして目には見えなくても空気の動きで高い空を感じている。
木道を歩く靴音、湿原を渡る風、生き物が動く水の音。

しばらくは言葉のない湿原散策をどうぞ。

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真夏の湿原を歩くとき
同名の曲が流れてくる。

太陽はいつも真上にある。
暑い!
汗を拭いつつ空を見上げるだろう。
上向きの視線は夏の契約である。

真夏の湿原を半日歩いたら
もうここから抜け出せなくなる。

ニホンカモシカがまたおいでと。
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真夏の湿原は毎年8月にやってくる。
同じ8月は二度とないと知っていても。
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posted by 平井 吉信 at 11:40| Comment(0) | 山、川、海、山野草

9月の声聴く 牟岐かんば坂からの里山の夕暮れ


9月1日となって涼しい。
今年の夏は暑かったらしいが
仕事に全力で取り組んでいるけれど
夏バテもせず食欲も落ちず疲れもたまっていない。
九月は一年でもっとも心地よい風が吹く。
夏と秋の橋渡しを行ったら音楽の季節の扉がひらく。

エアコンを取り払って数年。
昨年は暑さの影響を感じて体調がやや芳しくなかった。
今年はもう順応できるようになったということだろう。

夜寝るときは扇風機をつけることはあった。
ただしトヨトミの32段階可変の扇風機の風量1に設定して
身体に風をあてず室内にそよ風をめぐらすという感じ。
それも2時間で切れる設定にしていたが熟睡できた。
(寝苦しい夜は一日もなかった)

そして気温が30度を切ると
もう涼しいと感じる。扇風機をしまう頃合いとなってきた。
秋来ぬと目にはさやかに見えねども
過ぎゆく夏をなつかしむ矛盾の時季。

牟岐に仕事で訪問する途中、
かんば坂を過ぎて長い下りの途中、
牟岐川支流が流れる里山が見え始めると空が焼けてきた。
日中は青空が広がっていたが、夕方になって雲が出てきたので
これは色づくのではと期待していた。

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白い点が水平に数カ所見える。
太陽はすでに沈んでいる。
太陽の光点の幻影だろうか?

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時間の経過とともに里山も空も群青が優勢となっていく。
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風の音にぞ驚かれぬる―。
秋の到来に心をときめかせた。
タグ:牟岐
posted by 平井 吉信 at 11:03| Comment(0) | 山、川、海、山野草