2018年10月28日

晩夏の風を感じていた モネの庭その1


モネの庭が好きで何度も通っているのはご存知のとおり。
毎回行く度に発見があって飽きることがない。
四国の観光地でもっとも好きかもしれない。
室戸岬も近い。
室戸ジオパークやシットロトのカレー、金目丼もある。
四国東南部にはダムのない川と海岸線、
それに室戸岬近傍があるから徳島は住みたい場所となる。

毎回紹介しているので文章はもういいでしょう。
写真をカメラ別に載せてみる。
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最初はフジX-E2+XF18-55mmF2.8-4 Rで。
posted by 平井 吉信 at 00:21| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年10月27日

中津川の栗きんとんについて書いてみたら


奇特な方がいらっしゃって
おみやげを買ってきたとのご連絡をいただいた。
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栗きんとんは秋の到来を告げる中山道の風物詩。
緑茶は藤枝の真茶園の玉露と合わせてみた。
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栗そのものを食べる楽しみもあれば
人の手で菓子に仕上げられていただくこともある。
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誰かを喜ばせてお金をいただくというのが商売としたら
それはホモ・サピエンス40万年のDNAに刻まれているものではないかと。

posted by 平井 吉信 at 11:54| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

雨のちきのこ 中津峰


家から山が近いと昼を自宅で食べて買い物に行って戻ってきて
太陽がまだ45度ぐらいの角度なので行こうかとなる。

標高773メートルの中津峰はまさにそんなところ。
そうであっても森の精気が横溢していて
雨のあとのきのこが生えてくるのをみるのも楽しみ。

そこで出かけてみた。
いつもそうだけど、「森ひろい」をしながら歩く。

「森ひろい」…森を歩きながら目にとまった景色をひそかな宝物のように持ち帰ること(写真で)。
(撮影は9月半ば)

松茸が生えている―なんてことはないよね。
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中津峰は広葉樹と針葉樹と混交林が混ざり合ってそれぞれに見せてくれる。
雑木の森を斜めに横切るうれしさ。
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腰を下ろせそうな艶っぽい曲線
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雑木の森を再び横切る
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からみあう枝の情念?
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スタジオジブリが好んで取り上げそうな場面
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林相の変化を見ながら照葉樹の森の逍遥
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山頂直下の神社は石垣をくぐって入る
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黄色のホトトギス チャボホトトギスという
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中津峰の苔からのメッセージ。解読して?
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posted by 平井 吉信 at 10:17| Comment(0) | 山、川、海、山野草

安田純平さん 帰国!


使命感を持って動く人がいなければ
誰も知らない、伝わらない。
だからそれを報せる活動は尊い。

消費税率の引き上げでどれだけ不要の費用が発生するか?
(緩和措置による予算発動で相殺されるうえに内需がさらに低迷して税収が大幅に落ち込む)
そのうえに軽減税率でどれだけ多くの人を困らせるか。
(しくみを複雑にするコストは誰が負担するか? 現場でのトラブルはどう対応するのか)
ごく簡単なひとこと(施策と呼べない)で
この国に生産性を損なうマジック。
21世紀を通じて後の教科書に刻まれるだろう愚策。

どの国もそうだろうが
一握りの有志が命を削って行動するなか
ありえないことを堂々と政治や行政がやってしまう。

安田さんの無事は
東京五輪の開催より価値があると思う。
よかった。
posted by 平井 吉信 at 09:59| Comment(0) | 生きる

2018年10月23日

秋の晴れた日 四国の東南部のサーフィン海岸をめぐる


雨がしとしと降る夜は適度の湿り気が落ち着く感じがする。
こんなとき、少し前の季節に撮影した写真を眺めてみる。

四国の東南部は室戸岬から蒲生田岬までの海岸線をなぞる。
目的はサーフィンを見ること。
まずは内妻海岸だけど写真を撮影していない。
次は宍喰の大手海岸だけどこれも撮影していない。

高知県に入ったすぐの白浜海岸は湾曲する入江と
そこに流れ込む川が遠浅の渚を形成し
海岸の周辺風景も変化に富んでいる。
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いつもは波静かな渚が波が立っている。
白浜海岸でサーフィンができるのは年間数日ではないだろうか。
押し寄せる波の年輪をいつまでも見ていたい。
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これから波の上に立つところ
でもこの瞬間だけでも愉しいと思える
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波の明滅が銀河のよう
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室戸岬に近い尾崎は岩礁の多いローカルポイント。
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行ったことないけどハワイの北海岸のような感じかも。
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この方もよくお見かけする。ベテランのサーファー。
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ところ変わって黒潮町、大方浮鞭の海岸
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四国でもっとも太陽に近い海かもしれない
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生まれて死ぬまで生きることは一直線ではないことを
寄せては返す波が教えてくれる。
けれどこの波はいまだけ、次はない。
それもまた。




posted by 平井 吉信 at 21:48| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年10月16日

徳島の魅力は全国2位


今朝の徳島新聞に都道府県の魅力度ランキングで
徳島県が最下位から2番目という調査結果だったと伝えた。
(否定せずに受け止めたらいいと思うよ)
(言い換えればモノサシをひっくり返せば全国2位になる)

ところが幸福度1位の福井県はというと39位。
住んでいる人の満足度とは違うことがわかる。
ハレとケでいう、ハレの観光地は上位に行くけれど
住んで良い県(ケの良さ)は下位にランクされている、と見ることもできる。

非日常ではなく日常が良いとは
このブログでも伝わっているように
・川の良さ(地球の水循環と物質の循環、それに寄り添う人々の暮らし)
・ミネラル豊富な土から採れる野菜や米、果実
・瀬戸内、大河の吐き出す紀伊水道、太平洋の3水域の水産物
→ とにかく食材の宝庫
・京阪神へのアクセスの良さ
・女性が元気
(VS東京とはこれらを無視して東京の価値観と対峙しようとしているように見えてしまう。それで行くとワースト2位が順当な県)

でもいまの地域のブランディングって
日常の暮らしの良さを地道に伝えることだし
それを体験を通じて共感につなげていけば良いこと。
(調査結果は間違っていないと思うけど、この調査会社は地域のブランディングのことがわかっていないね)

このブログはこれまでに
徳島を中心に四国の話題を848本投稿している。
仕事と遊びが重なりあいながら
充実した日々を過ごしていることが伝わると思うけど。
(毎日やりたいことだらけで時間がいくらあっても足りないぐらい)
posted by 平井 吉信 at 22:53| Comment(0) | 徳島

冷え冷えとした宇宙空間に浮かぶ それは藍染めの贈り物


石井孝明さま ← 平井吉信

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こんばんは、出張から戻りました。
お届け物(お預かりもの)を拝見しました。

藍染めはその移ろいゆくはかなさとそれゆえの強さの両面があるよね。
そして前者の表現が藍を使っての花鳥風月の表現だよね。
ところが、これは花鳥風月を飛び越えて無機的な宇宙空間に出てしまった。
(それまでは月や星を描いてもそれは地上人の視点だった)
でも、宇宙に出てもやはり手仕事の温もりがこの無機質な空間に
エーテルのような物質感を与えているね。

ぼくは技法はわからないけど
片方から恒星系からの光を受けた連星もしくは惑星と衛星(月)が
冷え冷えとした空間に浮かんでいる。
この冴え冴えとした藍の色は花鳥風月を映していた存在とは思えない。
しかも宇宙空間には揺らぎがある。
銀河のような表現と藍のぞっとする冷たい深み、色の深沈とした沈み込み…。
南部陽一郎が言っていた「自発的対称性の破れ」の結果だね。

手元に置いておいて返したくないぐらい。
宇宙を題材にしながらも見つめているのは人のこころ。
サー・エイドリアン・ボールトの指揮する「惑星」の滋味(5回目のロンドン響との録音)。
言い換えれば、星も生き物も素粒子の組み合わせだけど共鳴するものがあるんだろう。
「いい作品」とひとことで片づけたくない深みがあるよ。

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それは帰宅した玄関に置かれていたもの。
一目で藍染め職人(作家)の石井孝明君からとわかった。
見たままの心の動きをさっそくメールで送ったところ。

見せてくれていると思っていたら、彼からの贈り物という。
生きていく力が湧いてくるよ。


追記

彼(石井孝明)に作品を依頼したい人は
ぼく(平井吉信)に相談してくれたらつないでみる。
(売り物じゃないから、って言われるかもしれないけど)
でも、最近は篠原ともえとも協働しているから。
https://lineblog.me/shinoharatomoe/archives/67146721.html
posted by 平井 吉信 at 22:17| Comment(0) | 生きる