2018年06月04日

夏への扉


いつも注文しているコーヒー豆は千葉の小さな焙煎事業所によるもの。
注文票を見ると「夏への扉」(商品名)の文字が躍っている。

山下達郎の同名曲から付けられたという。
説明にはこう書かれている。
「ゆっくりと味わっていくと…優しい甘味から、爽やかに切れの良い後味…さらに冷めると、余韻の香りと味わいが長く華やかに続くと思います。キラキラ感が持続するのは…初夏の心地よい風と優しい日射しをイメージしました。」


音楽の「夏への扉」が収録されているのは「ライド・オン・タイム」というアルバム。
達郎がメジャーになるきっかけとなった同名曲が収録されているアルバム。
当時の音楽業界の関係者だったKさんが
「これはヒットしますよ」と興奮気味に語っていたのを思い出す。
https://amzn.to/2kKgUnc

「夏への扉」から始まるB面が遠くを見つめるようなおぼろげで
プレーンでありながら細部まで積みあげた音づくり。
リズムが確かにときを刻み、ギターが物語の先導をしながら
詩の余韻が波紋を広げて空に溶けていくような。
山下達郎のアルバムのなかではもっとも好きかもしれない。

ぼくにとっての「夏への扉」は必ずしも海ではないけれど
数日前の景色を真空パック(できないけれど)して並べてみたら
それぞれの「夏への扉」のカギを開けてくれるのではと。
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自宅から1時間少々にあるこの海は高校のときから自転車で通っていた。
当時の砂浜は小さかったが、真水なら飲めるといわれた水の透明度。
いまもそれほど変わっていない。
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静かな波間を沖の離れ小島をめざして泳いでわたる。
ときどきひっくり返って泳ぐけれど、太陽がまぶしくて目を閉じてしまう。
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海へと続く小径はもうそれだけで詩の世界
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ここは沖縄ではなく南四国だけれど、
サトウキビ畑から海へと降りていく石垣島の小径が頭から離れない。
今しかできないことってある。
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遠浅の海は入り江と小川がつくりだしたもの。
学校帰りに体操服のまま泳いでいた女の子たちがいたのは昭和だったっけ?
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小川と海が出会うと、ヨーロヤロというヤ行とラ行の音を混ぜる。
この音が若さの焦燥とやさしさが混じったほろ苦くも甘酸っぱい音風景。
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これらの海はすべてミネラルの聖地、海部の海。
ぼくにとっては「夏への扉」でもあり
憧憬にも似た「過去への旅」でもあり
はっきりと見ることはできない「未来への俯瞰」とでも。

このまま波間に浮きつ沈みつしながら生きて行けたらとも思うけれど。




いい色と感じますか?
撮影したそのままですよ。
フジX-T2+XF35mmF1.4 R、XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS


タグ:海部郡
posted by 平井 吉信 at 22:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年06月03日

母川のホタル 明滅する散開星団のまたたき


海部川の支流母川(ははがわ)は、湧き水を集めて流れる里の小川。
平地を流れるため瀬や淵を形成することなく浅い流れが続く。
河畔には草や樹木が生い茂り、ナマズの生息密度が高い。

この母川で一箇所淵を形成するのがせりわり岩の周辺。
河畔林を洗いながら蛇行する母川が大きな岩の根をえぐった淵。
ここがオオウナギの生息地といわれている。
母川のオオウナギは体長1メートルを超える。
十数年前の大水のときは周辺の田んぼに上がっているのが見られたという。

オオウナギとともに母川を有名にしているのが蛍。
海部郡那賀郡では日和佐川、那賀川支流の赤松川、古屋谷川などでも目撃されるが
生息密度が高いのは母川だろう。

室戸岬の帰りに夕暮れに遭遇することになった。
ちょうどホタル祭りが開かれる夜のようで
会場となる河川敷には高瀬舟に乗りたい人たちであふれている。
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ぼくはもう少し上流にいた。この辺りは人が少なく周囲に灯火が皆無。
この日は月明かりもない。

暮れる前の母川の様子
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生態系豊かな川が四国にあることの価値を学び
保全と発信を地道に行うことが観光組織の設立よりも大切ではないか。
(特に海部郡の場合は集客施設で大勢を受け入れるのではなくここを気に入る一人と関係をつくっていく縁結びが観光になるような気がする。DMOの成否は思いと行動力と戦略を持った民間プレーヤーがグループを形成するなど地域の特性に依る)
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遠き山に日は落ちて…(19時半頃)
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静かな川の時間が闇に包まれて始まる
(川面に水紋が立ち、カジカやヒグラシの声に包み込まれつつ星が一つ二つと輝きながら暗闇に包まれる時間が好きで「川の時間」と呼んでいる。この日は19時40分過ぎにやってきた)

19時45分頃、川沿いの草むらにおびただしい光が明滅するようになった。
まだ飛び交うというのではなく、草に停まって待機しているよう。
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19時52分、ホタルが目立って増えてきた。どこにいたのだろうと思えるぐらい。
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19時56分〜19時58分 草むらから離れて飛び交うが遠くへは行かず周辺を飛び交うようになった
南の銀河面で10センチ反射40倍の視野で明滅する散開星団のように美しい。
(天体観望が好きな人にはプレアデス星団を散りばめたヒアデス星団のような、といえば伝わるだろう)


20時を過ぎると闇に包まれる。
デジカメの増幅されたEVFでも光跡以外は見えず
ピントは合わせられない。
(ピントは無限遠ではなくそれより近い)。
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20時5分を過ぎるとホタルが活性化して
光の明滅が同調しているように見える。
生物の不思議な意思疎通としかいいようがない。
ホタルは人に見せるために明滅していないのだが
不思議さを受け止める心は限りなく穏やか。
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星降る星夜とホタルの灯火、
ともに自ら光りながら空間に存在を知らせる。
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いま何かに苦しんでいる人がいたら
降り注ぐ光に身を置いてみては?
ヒトはもちろん発光しないけれど、
一人ひとりの細胞は光を放っているはず。
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誰かのつくったモノサシに踊らされなくていい。
生きていることそのものが人生の目的なのでは?
(そうはいってもどうしようもないことがあるかもしれない)
何のために生きるかは後付で決まること(決めることではなく)。
だったら無目的に生きてみては?
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明るい流れ星が視野を横切り
小さな光が滝のように川面に降り注ぐ母川の夜。
ホタルの明滅が終わる前にここを去って
明日するべきことに備えるなら、違った一日になるのかも。

posted by 平井 吉信 at 18:50| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年05月30日

国営讃岐まんのう公園という選択肢 


徳島からは室戸岬を回ったところの北川村にある
モネの庭 マルモッタンにはよく出かけている。
http://soratoumi2.sblo.jp/tag/articles/%83%82%83l%82%CC%92%EB

以前、台風の直後に行ったが花はしおれていなかった。
なんらかの対策を施してやり過ごしたのだろうと想像されて
スタッフの人の苦労が偲ばれた。
(日々の感動は目に見えない地道な積み重ねにあるね)

5月の上旬はネモフィラの季節。
ネモフィラといえば、国営ひたち海浜公園。
http://hitachikaihin.jp/hana/nemophila.html

四国に目を転じると国営公園は1箇所ある。
香川県の西部、満濃池を南端に臨む広大な里山が公園となっている。
西讃では、観音寺の銭形や荘内半島の紫雲出山
Instagram時代の観光地、父母ヶ浜などがあるけれど
ここも行ってみたらいいと思う。

かりん亭に来たら(カレンズもそうだが)
5分とかからないまんのう公園に行くのは当然でしょう。
国営讃岐まんのう公園
http://sanukimannoupark.jp/

しかもひたち海浜公園の規模ではないにせよ
ネモフィラが咲いている時期ではないかと。
(もう終わりかけているとも聴いていたけれど)

一度見ておけば来年はもっとも良い時期にネモフィラを見に行けばいい。
そう思って出かけてみた。

地図で見ると広大な敷地を持っている。
敷地内に野生の動植物がそのまますっぽりといるということ。
入場料と駐車料は庶民のための手頃な価格設定となっている。
ゲートには女性がいてお金を支払うようになっている。

後続がいないので園内の様子をうかがった。
「きょうが初めてのご来訪ですか?」と話しかけていただく。
「そうです。ネモフィラを見に来ましたが、まだ咲いていますか?」
(笑顔を浮かべながらも首をかしげて)
「まだ咲いていると思いますが、見頃は過ぎているかもしれません」
(さらに見どころなどを聴いて園内に入った)
2箇所の駐車場のうち、もっとも広い中央駐車場に停める。
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国営讃岐まんのう公園Webサイトから引用)

エントランス広場では竜の植栽が迎えてくれる。
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石畳のプロムナードから歩みを進めて竜頭の里へと向かう。
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やがて竜頭の里の象徴、昇竜の滝(人工滝)が現れる。
この滝が遠景に見える風景と丘の配置が
公園に静と動の抑揚を作り出している。
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竜頭の里はこんもりと盛り上がった芝生の丘が随所にあり
登った人が寝っ転がっている光景をよく見かける。
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ネモフィラは盛りを過ぎているが咲き残っていた。
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ネモフィラを過ぎて木道へと向かう。その先には飛竜池がある。
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飛竜池から地下道を通って南へ下ると満濃池が見渡せる空中木道がある。
満濃池の中間部は陸から接近できない。
この雄大な秘境感がまんのう公園の隠れた魅力ではないか。
夏はせみしぐれに包まれて湖畔を見下ろす納涼のひとときになるだろう。
(まるで南米の秘境の湖のようだ)
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空中木道を経て再び戻ってくると
子どもの遊ぶ空間となる。
水浴びしたりトランポリンをしたりフィールドアスレチックをしたり。
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昇竜の滝から流れる小川沿いの水辺を見て思うことがある。
例えば、まちなかの湧き水が流れる場所、西条市の紺屋町商店街などに
このような自然の小川を再現して
子どもが水で遊んだり蛍が飛び交う商店街になったら
来街者も出店者も増えるのではないか。
全国各地で画一的な商店街はあるけれど
生態系を取り込んだ商店街はひとつもない。
憲法にも生物多様性や生態系保全(遺伝子資源の保全と活用という意味もある)がうたわれていない。

小さな部分の集まりが公園をつくっているとしても
そのディティールは見える人にしか見えない。
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ネモフィラの野で夢中で写真を撮られていた女性も花に負けていない
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河畔林と水辺の生態系と蛇行する小径という組み合わせの妙
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小さなセンサーのフジX20でないと撮れない広角マクロの世界
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ハマナスもほぼ同じ季節
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ネモフィラには
ネモフィラ・インシグニスブルー(青)と
ネモフィラ・マクラータ(白に紫)の2種類がある。
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立体的な構造のため一日いても飽きない。しかもこの写真は公園全体の2割にも満たない。
(ただめぐるだけならともかく道草をしていると一日では廻れない)
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.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

時間が過ぎていく。
それが意識されないとき
どこかに心を預けているのだろう。
もう夕方、閉館の時刻。


その少しの間に自然生態園へと急ぐ。
自然の地形を活かした里山を復元しているようだ。
生態系(生物多様性)に安らぐ人にはたまらない場所。
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でも門限の17時が近づいてきた。
スタッフの男性と散策路で出くわし
植生について話をうかがう。稀少な植物もあるようだ(名前は秘す)。
観察園の背後にはさらに「さぬきの森」があるが
ここは朝早く来て弁当を食べながら一日かけて巡りたい。
(スタッフの方も気持ちのいい人ばかり。自然を見つめながら人と会うこの仕事が好きなんだね)

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国営讃岐まんのう公園へはまた近いうちに。
(行ってみたい人、いますか?)
タグ:西讃
posted by 平井 吉信 at 19:00| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年05月29日

誰かと会うことの意味 ホタルが飛ぶかう夜の会議


誰かのために動いてみる。
それが認められても認められなくてもいい。
インターネットやSNSの時代になっても
人が会うことの意義は変わらない。
いや、むしろ大切になっているのでは…と。

さっきまで話をしていたこの国を代表するコミュニティビジネスの実践者の感想。
(いまの政治家に爪の垢を煎じて飲ませたい)
それがどれだけ大変であるか、(想像も交えて)関係者の一人として知っているつもり。
ぼくのまわりにいる人、かつていた人はみんなそう。
自分を誇ることもひけらかすこともなく、
(ほんとうは苦しいはずだが)笑顔を浮かべて信念を貫く人たち。
共感と実践―。行動せずにはいられない自分でいいと思う。

帰路につきながらひらめいた。
もしかしてホタルが飛んでいるのでは?
もう21時を回っていた。
それでもホタルは飛んでいた。
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ここは沼谷川のほとり。
ホタルを見納めれば20分先のわが家につく。

家に帰れば
2007年に有志で結成したグループの解散を祝う懇談の場が今週末にあるとのメール。
なつかしい顔に会えると思うといそいそと返信した。

ホタルが連れてきた夜は、いまはいない人も含めて
心に揺らめくあかりを灯す。






posted by 平井 吉信 at 23:57| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年05月28日

吉野川大橋を河口付近から眺めて見送る落日


吉野川にかかる橋と眉山は徳島市の象徴。
普段なら感傷的になる時刻だけれど、このところの国の状況が…。
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何事もなければ良いが…。
タグ:吉野川
posted by 平井 吉信 at 22:45| Comment(0) | 徳島