2017年08月18日

剣山という不思議


剣山では8月上旬から中旬のキレンゲショウマ。
宮尾登美子の小説「天涯の花」が思い出される。
小説家は剣山を魅力的なモチーフとして取り上げている。

まずは吉川英治の「鳴門秘帖」。
県外の人にはなじみがうすいが
三田華子の「阿波狸列伝」は狸が主人公ながら
手に汗を握る冒険活劇。
術のかけあい、人情の機微(主人公は狸だが人間の感情そのもの)、
物語の展開の妙と相まって、これまで読んだなかで最高。
これに比べたらスターウォーズやハリーポッターは大味すぎて。
ミヒャエル・エンデの名作「モモ」は詩的で好きだけど
説諭めいた意図が気になる人もいるだろう。

その点、阿波狸列伝はあまたの登場人物が主人公以上に描写されており
読み終えたあとでも、興源寺のお染が、沖洲の隠元が…などど
コーヒーを飲んでいるときに物語が一人語りを脳内で始めてしまう。
ぼくのなかではもっともおもしろい物語として「聖域」となっている。
(現在書籍として入手するのが難しいので、教育出版センターさんあたりが電子ブックにしていただけないかと思うのだが)

鳴門秘帖も阿波狸列伝も、
罪もなく陥れられて助けを待つ存在が剣山に囲われるように描かれる。
天涯の花では山に篭もる不遇の娘の天涯孤独の人生が動き出す。


四国という字は、八が囲われている。
八とは神を指すので、神が隠されている。
その象徴が剣山であり、
空海によって調えられた八十八箇所が結界となって守っているとのこと。
その中心にあるのが剣山という解釈。

剣山には現代もミステリーが続いている。
かつてワイドショーや特番にも組まれた大蛇騒動。
いまも未解決の幼児の失踪事件もこの地域(半田町)。

剣山には外国の神にゆかりの三種の神器が埋葬されているとかで
実際にイスラエルの政府関係者が現地調査に訪れているようだ。

物語の真偽は確かめようがないが
東西の文献や分野の異なる資料を集めて
人生をかけて剣山に壮大なドラマを描かれた方が少なくない。
邪馬台国が四国にあったという説もある。
(親父の本棚にそのような題の本があったので、阿波説は子どもの頃から知っていた。ぼくは邪馬台国は全国に点在したと考えている。卑弥呼が住処を移転しながら布教を進めたと考えるので。つまり、邪馬台国がどこにあるかよりもどのように統治されていったかの過程が大切と考える)。

剣山の西には秘境祖谷の集落がある。
昭和の時代は陸の孤島と呼ばれていた。
平家の落人伝説もある。
ぼくが東祖谷の集落を初めて訪れた20代の頃、
(付近にはアレックス・カーの最初の庵があった)
集落の子どもと遊び、大人と会話をした。
平地の徳島県人と異なる人種のような印象を受けた。
言葉が違う。関西ではなく関東のアクセントが混ざったような。

遊び方も違う。
高い崖から小さな子どもが飛び降りるが、
20代でも躊躇するような高さだ。
お姉ちゃんがいがくり頭の弟の足を持って引きずると
コンクリートのうえで頭がコンコンとはねている。
これは痛そうだ、と思ったが
姉はいじめているのではない。
弟は楽しそうに笑っているのだから。

平地がなく田んぼがつくれないので
急な斜面に芋とか雑穀を育ててそれを食べている。
もしかしたら平家の落人の末裔なのかもしれない。

イエス・キリストから空海、平家、隠密、狸、そして現代の作家たち。
剣山にまつわる物語や人物は昔もいまも奥が深いようだ。

(続く)
タグ:剣山
posted by 平井 吉信 at 22:45| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年08月06日

先祖供養 いつも思い至るのはあの日とその反省に立つ行動のこと


菩提寺は檀家が多いので
盆に檀家を回ることができない。
そこで8月の第1週から回り始める。
うちはいつも6日に来ていただいている。

ご住職をお迎えするにあたって
早朝にご飯を炊くのはぼくの役割。
(米を炊くのはコツがいるので)
DSFT2657-1.jpg

その後、いつものお勤めを行う。
自己流で読経している。

開経偈
般若心経
観音経(偈)
十三仏真言
光明真言
大師法号
回向
DSXE4658.jpg
この経典の抜粋や順が正しいかどうかわからないけれど
かたちではないと思っているので。

家族や先祖だけでなく
72年前の広島、長崎に向けても手向けている。

広島、長崎の市長は心に残る人が多い。
現長崎市長の田上市長の「平和宣言」を注目している。
前市長の銃撃事件の後、勇気を持って立候補したのは
何が長崎市民にとって大切なのかの視点と
自分ならこうする、という信念がおありになったからだと思っている。
冷静かつ熱意を持って決断されたのだろう。
長崎平和宣言も同様だ。
市民の心を映しつつ平易な言葉を使って
冷静かつ客観的に問題提起を行うことで
受け手の心に届く発起であるように感じられる。

現アメリカ大統領を見れば、ヒロシマを訪れた前大統領との品格の差に唖然とする。
田上市長を見ていると国のトップの魂のない言葉に愕然とする。
政治は人格ではないと思う人も少なくないだろうが
愛を持って誠実に語りかけなければ、どんなに良い政策も共感を得て動かしていくことはできない。
政策とは単に実行するだけでなく、その精神が理解され浸透して
国民が担い手となることで政策は生きたものになる。

やはりそうなのだ。
自分の人生と社会、地域、国のあり方は分けて考えることができないと。
タグ:平和宣言
posted by 平井 吉信 at 10:20| Comment(0) | 生きる

2017年08月05日

夏の太陽が往時の記憶を溶かしていく 横須松原の半世紀


暑中お見舞い申し上げます。
これぐらいの気温になると
身体がほぐれて軽くなる感じ。
暑い夏も悪くない。エアコンをはずしてからは楽しみになった感じ。

盆が近いのでよってね市に買い物に出かけた帰り、
小松島の横須松原に寄ってみた。
もうどのぐらいになるだろう。
ここに来なくなってから。

それは少し遠い昔。
海女さんを除いて
女性が水着になって肌を露出することが少なかった時代。
四国の東玄関と呼ばれた小松島港から目と鼻の先にある横須海岸には
関西方面から海水浴に訪れるモダンガールたちで賑わったとか。
大阪からは当時の船でも3〜4時間かかったと思われ、
海水浴とはいえ、日帰りではなく宿泊して帰ったのかもしれない。

小松島港に汽船が着くと
人や車が蜘蛛の子を散らすように船から出てきて
竹輪売りのおばちゃんの竹付の竹輪と別れの紙テープは飛ぶように売れていた。

港には小松島港駅があり、
踏切ひとつ隔てて小松島駅(地元では本駅と呼んでいた)があった。
日本で一番近い駅のプラットフォーム。
港駅は航路の乗客用、本駅は市民の乗降用といった位置づけ。
距離は近くても保線区があって道路が迂回していたので
両駅を歩くと10分ぐらいかかるのだ。

駅には徳島を経由して高知へ向かう準急阿佐が乗客を乗せて
いつ果てるともなく連なる編成で踏切を横切る様は
後にテレビで見た哲朗とメーテルが乗るあの列車のような感じであった。
小松島と松山を結ぶ準急いしづちもあった。
(小松島は四国の四県都と直通で結ばれていた。四国の東玄関だったから)
しかも列車が来る度、遮断機は手動で国鉄職員が上げ下げするのだ。
路線バスに乗れば、運転手と車掌がいた時代。
高度経済成長は多くの人出を必要とし、
農業でも町工場でも商店街でも余裕を持って仕事をしていた。
特に商店街などは経営は妻に任せて
店主らは役員会と称して昼間から飲んでいた時代。
営業は早々とノルマを達成するので
経理の邪魔にならないよう喫茶店で時間をつぶす。

小松島線のことは以下に詳しい
http://niki.main.jp/komaline/index.html

横須の松原の話へ戻す。
ぼくが子どもの頃も遠浅の砂浜で
どこまで行っても膝までの水深であった。
浜には海の家があり、唇が紫色になると
飴湯であたたまった。
ところがしばらくして遠浅の浜が急深になっていた。
この辺りから海水浴客が減り始めたのではないか。

その後、藻が海底に繁るようになり
足が絡んで危険ということや水質の悪化で海水浴場ではなくなった。
昭和の終わり頃ではないだろうか。


いまから十数年前、
小松島高校の教頭をされていた泉先生がうちを訪ねてこられ、
松食い虫にやられて枯死した横須の松原を再生したいとご相談に見えられた。
(前にも書いたが泉先生はいまも民間の地元広報紙に良いエッセイを書かれている。郷土図書としておまとめになられるといいなと思っている)

その頃、ぼくは勝浦川の下流の住民として上流に植樹を行うなど
気仙沼の畠山重篤さんをお招きする勉強会を皮切りに
流域の上下流の交流を通じた環境保全の活動を行っていた。

名前を出さない黒子の活動であったが、活動内容をブログで発信していたこともあって
このようにご訪問を受けたり電話をいただくことがときどきあった。
この交流のなかから
後に志を果たすべく政治家として活躍された方も少なくない。
そのうち2人は県知事になられ、数人は国会議員に当選された。
議員秘書、やがてジャーナリストとして活躍されている方もいる。
(国会議員から直接連絡をいただくことも珍しくなかった。質問主意書の原案を書いたこともある(「右質問する」などと独特の文体の縦書きである)。PHSを使い続けているのは番号を変えてはいけないと思っているから)
地方議会議員に至っては枚挙に暇がない。
(無党派だが協力できるときは協力している。政治には関わらないけれど)


また、それている。
ときは流れて2017年、
横須松原を訪ねてみた。
DSCF8728-1.jpg

真夏というのに訪れる人もなく
打ち寄せる波と蝉しぐれしか聞こえない。
DSCF8740-1.jpg

砂浜の状態は悪くない。
もしかして泳げるかと思う人もいるけれど
数日前に発表された水質データではB類型だったと思う。

環境省の水質基準と各地の測定値
https://www.env.go.jp/water/suiyoku_cho/result_h26-1.pdf

海水浴ではAAは当然で(AAであっても泳ぎたいと思えない場所もある)
徳島の感覚では泳ぎたいとは思わないが
(よく泳いだのは当時真水なら飲める水質といわれた海南町の大砂海岸など)
湘南あたりだと人が群がるだろう。
でも誰もいない。徳島だから。

防潮堤を歩いているとサボテンが咲いていた。
DSFT2600-1.jpg

DSFT2606-1.jpg
X-T2=フジの第3世代の画像処理は第2世代と比べて色の深みと忠実度が違っている。X-E3の発売も予定されているとか。風景も人もX-T2XF35mmF1.4 だけで撮ることが多い。絵の静かな深みを感じるから)

海沿いの道を歩いていると
潮風を好むのかアゲハを見かけた
DSFT2653-1.jpg

DSFT2619-1.jpg

DSFT2645-1.jpg

打ち寄せる波―。
「海はひろいな大きいな…」
「松原遠く消ゆるところ…」
「生まれて潮に湯浴みして…」
海のうたが好きで口ずさんでいた。
DSFT2593-1.jpg
(祇園祭りの夜、舞台を見ようとゴザに腰を下ろすと同級生の女の子。ぼくは持っていた縦笛で海の曲を聴かせるともなく吹いたことを思い出した。つい数日前に出くわしたときにはそのことを思い出さなかったのだけれど)

往時を思い出すと次々と紐づいた記憶をたどってしまう。
永遠の夏は刻まれたまま、ときの波間を漂うけれど
夏の日射しがあぶり出す。
いつかはその記憶も手放すときが来るとしても
子どもの頃に使っていた貯金箱が偶然見つかって
孔の空いていない五円玉が出てきたような夏の午後。
(コインは発行年度によって希少性が違う。昭和32年は10円玉だったかな?)

追記
往時の小松島港、小松島駅、横須松原を飯原一夫さんが版画に仕上げている。
http://wwwt.bunri-u.ac.jp/human/museum/museum/museum/komatsushima/komatsushima.html

追記2
小松島駅(本駅)はもともと港があった場所(旧港)と連絡する駅。
飯原先生の版画では「小松島港」(ここでは旧港を指す)。
ここから一条通、二条通、三条通、四条通りなどが放射状に広がっている。
「小松島港前広場」という版画がそうで、駅は小松島駅(本駅)。
小松島港駅は、昭和に入って新たにできた港で新港と呼ばれていた。
小松島駅 → 旧港の乗り場。ここから小松島市の市街地が広がっていく。
小松島港駅 → 昭和に掘削された新港の乗降駅。小松島線の終点である。
小松島線は、小松島港駅、小松島駅、その次の中田で牟岐線と接続して
徳島方面、もしくは阿南・牟岐方面をめざす。

追記3
京阪神と四国を結ぶ航路があった小松島のまちは
最盛期には映画館が2軒、2階建て(小山助学館)と4階建て(大沢書房)があった。
近所には歩いて3分程度の距離に八百屋が6〜7軒あったから
スーパーができる前は歩いて数歩の小さな店が台所を賄っていたことになる。
近所の電気店に置かれたナショナルのクーガ115を眺めて学校へ行くのが日課。
このラジオは、16センチ口径のスピーカーと松下お得意のジャイロアンテナを揃えた
精悍で美しいデザインのBCLラジオ。
シングルスーパーで通信性能はスカイセンサーに負けていたかもしれないが、
工業デザインとしての美しさは子ども心を深く打った。

追記4
お節介ですが、どうしてもビールが飲みたい人、
しかし急な外出があるかもしれない人、
家計費を抑えたい人、
料理に合わせられるビールがあります。
市販されているビールでもっとも好きな銘柄。
普段ビールは飲まないしこの世になくても生けていけるけれど
アルコール分なしでありながら本格派。価格も安いといいことづくめ。
飲んだあとの身体の負担の少なさで選びましたが、
この風味がわかる人は舌が肥えている人です。
(脂っぽい皮膚の人、濃くてわかりやすい味がいい人には向きません)
http://amzn.to/2hwmryJ

(フジX-T2XF35mmF1.4 R、フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS)
タグ:小松島
posted by 平井 吉信 at 15:30| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年07月31日

2017年の夏、川の風景とタキユリ(カノコユリ)


夕立があるかもしれない、むせるような夏の午後。
じっとしているだけで汗ばむ。
自分の身体が自分の塩で溶かされるなめくじの気分なら
ユリなど見たいとは思わないものを。

でもやってきた。今年のタキユリに会いたいから。
だって時間は相対だから、去年のタキユリとはきっと違うから。

河畔林の外側では山裾に稲穂を輝かせて田んぼが並ぶ。
DSFT2473-1.jpg

DSFT2474-1.jpg

四国でもっともすばらしいものは?
川です。
(これには明確な理由がある)
DSFT2484.jpg
川がなければ四国の魅力の9割はなくなるといっていい。
(一人ひとりがその意味を考えてみては?)
DSFT2491.jpg

この日はあっけらかんとした快晴でないからかえって良かった。
もしそうなら、花の背景は明るくタキユリは浮かび上がることはなかった。
どんよりとした天気で川には靄、霧が立ちこめるから
タキユリはどんな花よりもなまめかしくたたずむ。
DSFT2478-1.jpg

DSFT2499-1.jpg
崖の下から垂れ下がる花を見つけては見上げる。
ときに地面すれすれに咲いている株もあるけれど。

D7N_6715.jpg

川底を流されてみたくなる。
子どもの頃からの本能みたいなものだから。
(そうは言っても身内や親しい人を川の事故で4人亡くしている。みんな川が好きだった。この川もかけがえのない人を奪っていったのだけれど、それでも川から離れて生きていけない)
(ぼくはぼくでこの近くで崖崩れに巻き込まれそうになった。10数年前のことだけど)
D7N_6723-1.jpg

タキユリの続きをどうぞ。
DSFT2513.jpg

D7N_6677-1.jpg

D7N_6686-1.jpg

タキユリは南四国固有の種類だったかな。
コケティッシュな天然娘。都会にはいないかもしれない。
D7N_6706-1.jpg

DSFT2528.jpg

D7N_6747-1.jpg
雲行きが怪しくなってきた。
ぽつりぽつりと。
でも天候はさほど崩れず川霧が濃くなる。
これはこれでいい感じ。

結局、この日見た(撮影した)タキユリで
ベストショットは相方がフジX20で撮影したもの(縦横比3対4の小さなデジカメ)。
人も花も儚い存在だけど、そこにいる、そこにあるだけで生命がうたっているね。
ねらって撮ったかどうかはわからないけど、彼女なりに感じていたと思う。
DSCF9349-1.jpg

同じ花と思われるものをぼくが撮影したもの(縦横比2対3の一眼レフ)がこれだけど
前者がいいよね。
D7N_6682-1.jpg

このところ、写真で負けることがときどき。
(感性の領域なんだけれど数撮るうちに身体で技術を覚えるんだね)
それはそれで楽し。
タキユリの王国は太平洋高気圧の全盛を告げるが
これから四国は台風の季節を迎える。

タグ:タキユリ
posted by 平井 吉信 at 22:29| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年07月30日

思い出の田井ノ浜 黄色い麦わら帽子の…


徳島県南で海水浴を楽しむ、
それもまちから遠くないところで、ということになると
まずは中林の北の脇。
学校の帰り、海に続く田んぼの一本道を
夏の太陽を受けて自転車を漕ぐあの日。
強い陽射しが心を軽やかにさせてくれる。
蝶が飛び交う松林を抜ければ海の家、
もう身体は沖をめざして水をかいていく。
程良いところで振り返って浜を見上げた空の高さと
女の子のまなざし。17の夏―。

由岐の田井ノ浜。
海に面した駅を降りたらそこはもう砂浜。
浜を囲んで駅が甲子園のセンター席のよう。
太平洋の分波が押し寄せた陸地の一角で奇跡的にひらけた渚。

そう、田井ノ浜には海開きの時期だけ運行される臨時駅があり
阿南市内から家族連れや高校生などが足を運ぶことがある。

土曜日の午後、仕事を終えての帰り道、
由岐I.Cで身体が反応して左折すると牟岐線の線路を渡って車を停めた。

田井ノ浜へと注ぐ田井川沿いはハマボウの自生地。
足元にナツズイセン、紅い風船を持った女の子のよう。
DSCF8649-1.jpg

D7K_9217a_NX2.jpg

DSCF8654-1.jpg
湿地に自生する数え切れないハマボウはいまを盛りに咲いている。
夏の日出会った黄色い麦わら帽子の女の子のように。
(松崎しげるのデビュー曲は良かったな)
DSCF8662-1.jpg

DSCF8659-1.jpg

そのとき田井ノ浜臨時駅に普通列車が到着した。
乗り込むカップルや高校生、見守る車掌。
DSCF8680-1.jpg

2017年の夏、海の家と渚はそれぞれのドラマを刻んでいく。
DSCF8690-1.jpg

DSC_1311.jpg


posted by 平井 吉信 at 23:26| Comment(0) | 山、川、海、山野草