2019年06月15日

天狗高原・四国カルスト 6月の薫風の森、晴れ渡る草原


四国を代表する観光地というと
まず室戸岬、次いで天狗高原・四国カルストかな。
後者は道が狭いので離合に苦労する。
だから連休中は行ってはいけない観光地のひとつ。
(関係者の方すみません。でも実際に渋滞を経験した身としては観光地の収容力を簡単に上回ってしまうのも事実なので)

四国カルストは日本3大カルストと呼ばれている。
高知県と愛媛県の県境に広がる高原状の地形に
放牧する風景が清涼感を呼んで人気となっている。

高知県津野町・檮原町から天狗荘へ上がる道は比較的楽にアプローチできる。
天狗荘からは天狗高原セラピーロードをめざす。
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水平トラバースのセラピーロードに入るつもりが
天狗高原の山頂(通称「天狗の森」1485m)をめざすルートへ入ってしまった。
しかし途中でセラピーロードに向けて降りるコース(カーレンコース)がある。
そこを通れば稜線コースと水平コースの両方が愉しめると気付いた。
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歩き出して登りに差し掛かるけれど
それほど急勾配ではない。
明るい森が歩みを快適に
しかしどんどん遅くさせる(快適さゆえに)。

すると足元の山野草が目に飛び込んでくる。
この日の主役はウマノアシガタ(俗称キンポウゲ)。
葉が細めだが花のテカリが印象的。
石灰岩質ゆえの変異(変移)かと思ったほど。
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これらはいずれも希少種だろう。
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天狗の森を目前に右折してカーレンコースへ
石灰岩の織りなす奇岩と展望が開ける
やがて樹林帯に差し掛かると森の営みへ
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天狗荘まで戻れば今度は西へ。
カルストの広々とした地形が人々の気持ちの凝りをほぐしていく。
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posted by 平井 吉信 at 00:14| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年06月14日

四万十川最上流の沈下橋 高樋橋


二十代の頃から四万十川へ通っている。
ビーチボーイズのカセットを聴きながら
国道56号線を西へと下っていき、
窪川から四万十川中流に沿っていく。
三島の瀬を下るカヌーイストを横目で見ながら
土佐大正では無手無冠でダバダ火振を購入する。
中流の広瀬(十和村→四万十町)をキャンプ地としていた。
近くの柳ヶ瀬温泉の熱い湯の感触を覚えている。

広瀬ではテナガエビやモクズガニを取りながら
夜通し若い男女が焚き火の火で語らう。
映画のような世界。
(帰路は眠気との戦い。須崎の手前ですでに渋滞が始まった。高速がない時代だったから)

仁淀川を見て四万十川上流を見て天狗高原をめざす途中で立ち寄った。
四万十川は江川崎から下流と、大野見から上流が道が狭い。
四万十川らしい里山の景色がいまも残存するのもこの地域。
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あいにくの曇りで冴えない写真だけど
思い出だけはぴかぴか光っている。
ここは四万十川最上流の高樋沈下橋。
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片思いだったあの娘も見ているかな?

追記
四万十川らしいというと下流の岩間の沈下橋だよね。
この橋も老朽化で橋桁が崩落したけどその後復旧したかな?
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タグ:四万十川
posted by 平井 吉信 at 23:37| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年06月13日

「高齢社会における資産形成・管理」(金融審議会WG)を読んで


令和元年6月3日に発表された
金融審議会 市場ワーキンググループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」が
話題となっているので読んでみた。
人生百年時代の資産形成と管理について問題提起を行ったもの。
特に不快な表現はなく、積算の根拠も示されている。
どこが問題なのかわからなかった。
これに対し与党の政治家(生活苦とは無縁の人たち)から
報告書を受け取らないなどの態度が表明されている。その理由もわからない。

大勢の有識者が集まって行政機関の名で出す報告書は
根拠を明らかにするとともに角を丸めて
控えめな表現(伝える意図よりも言いすぎないことが求められる)で
ニュアンスが伝わりにくいのが通例。
この報告書も問題提起を行っているが
それ自体が不当に危機を煽っているわけではない。
以下に置かれているので消されないうちにダウンロードして読まれることをおすすめする。
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603/01.pdf

ここでのモデル試算はあくまで平均的な世帯像ということになっている。
しかしぼくのような国民年金受給者(若い頃はお金がなくてかけられていないのでもらえても月4〜5万円だろう)だと、毎月不足するお金はこの試算以上となる。
仮に月の生活費を26万円として国民年金の場合なら
不足額は月21万円の赤字で1年で230万円程度、
30年無職で生きれば預貯金は7千万円弱必要ということになる。

うちにあるテレビは現役のブラウン管テレビ(15インチと19インチ)。
持ち物には小学校から使っているモノもある。
エアコンは使っていないので夏場の気温は平均で32度ぐらいである。
スマートフォンは10年間導入の検討を行い
2年前に2012年製の中古端末を3千円で試験的に導入し
その動作を確認できた。
使ってみたところ特に用途が見当たらず
普段は電源を切って運用し必要なときは電源を入れて
レスポンシブWebの検証用に使っている(これだけで使う意味は十分にあるので買って良かったと思っている。フリップ入力という使いにくいインターフェイスが操作を遠ざけている)。
車も20万km未満の走行で買い替えることはない。
こんな生活態度の人間を浪費家と呼ぶ人は少ないだろうけれど、
2千万円の預貯金で30年はおろか20年乗り切るのも冗談でしょうと言いたくなる。

先の報告書の試算では月額の支出26万円のなかに
住宅リフォームや介護費用、重篤な病気の治療費は含まれないとしている。
うちは数年前に危険な状態であった屋根の葺き替えを行って
途方もない修繕費が入り用となったがそんな数字も含まれない。
冠婚葬祭や接待交際、旅行などもときどき行くとすれば月額30万円以上は必要だろう。
さらに老後にローンが残る人はどうなるだろう。
悲観論でも理想論でもなく
普通の世帯で老後の資金は5千万円〜7千万円は必要なのだ。
そのうち退職金で2千万円程度を充当できるとすれば、
3千万円〜5千万円の預貯金が必要ということになる。

若いときにやりがちな過ちがある。
それは過去の意思決定の後始末を未来に回すこと。
ローンを組んで大型ミニバンを買ってそのツケを6年後まで払うのではなく
身の丈の車を購入してローンを組まない、
もしくは必要なときにシェアカーといった手段もあり得る。
貯蓄がないといっても収入の多い少ないではなくお金の使い方に問題がある。
自分に投資するのは未来の種まきを行う有意義なお金の使い方だが
将来に果実を生まない資産に投資してそのツケを未来で払うというお金の使い方は
いわゆるマイナス生産の投資。これではこれからの時代に生きていけない。
投資すべきは自分自身。
自分が未来にやりたいことをやり切るための投資に振り向けるべきでは?

世帯の貯蓄残高に目を向けると
貯蓄がほとんどなく老後を迎えている世帯も相当ある。
さまざまな調査で数字が異なるが、
14%の世帯は貯蓄がないという結果もあれば、
30〜40代がもっとも貯蓄がない世帯の割合が高いが
どの年代でも貯蓄なしの世帯が3割程度あるという調査もある。

現実を直視すれば老後の貯蓄は2千万円で足りず
物価は年々上昇するなかで
消費税率が10%に改定されると生活を直撃する。
これでは老後にすらたどり着けないことにある。
ここ十年程度の政策は格差を広げるばかりで
将来への不安は増すばかり。
政治や行政任せではいけないというのが
この報告書の隠れた問題提起ではないかと思えるのだ。

政治には期待していないし、
政策を任せたい政党はどこにもないけれど
それでも次善の選択をあきらめることなく続けていく。
民主主義の義務を果たしていくことは
自分で意見を持って主張しできることから地道に実行していくこと。
そこから賛同者も広がっていく。
とにかく夢をあきらめないこと。
絶望的な未来に光を観るのは一人ひとりの行動の積み重ね。
30年後のことはいったん忘れて信念を持って毎日を積み重ねていく。
ただいまを生きる―。それが答え。

追記
金融庁では公的年金以外に必要となる老後の生活費を
1,500〜3,000万円と独自に試算していたことが判明。
(これも控えめで楽観的な試算だろう)

一方で非正規雇用が4割に達しており
そのほとんどの年収が200万円に満たないのが現実。
モデル試算はいまや日本から消えてしまった「中流」が前提のようだ。
生活格差の拡大で富裕層は以前より金持ちになり
平均値を押し上げていると思われる。
(平均値が中流より上となっていることに留意すべき)。

さらに経営者として多額の有利子負債(キャッシュフローと比べて大きいという意味)を抱えて入れば
まずは借入を返済しなければならない。
自分の代でそれができないと子息は事業を継がないので
返せない借金となる。
廃業してその費用で清算ができれば良いが
そのような事業所はほとんど見当たらない。
(売却時の資産がスクラップ価格になるからだ)

政府の言葉を信じて老後が一文無しになっても救済はない。
現実にお金は必要となるので
いまから自給自足で相当程度を賄える四国の山間部に移住して準備をするか
株式投資でも始めるかの自衛策が必要となる。

ただし平均株価は人口減少の日本の現状と内需を拡大できない政策では
上がる要素はまったくない。
リスクはあっても個別の銘柄への投資が次善の選択。
しかし投資した企業が市場の環境変化に翻弄されたり
災害多発期に入ってリスク対応の不備(BCPなど)で
株価が暴落すれば財産を失うことになる。
分散投資は基本ではあるが、一般の方は株式投資に手を出すべきではないのでは?
(ぼくは行っていない)

個人での防御策といっても
未来を切りひらく自己投資は積極的に、それ以外の支出は切り詰める以外に
やるべきことが見当たらない。
個人としての自助努力と国民の義務を果たすことは当然だが
政治や行政にもメッセージを伝えていかないと
(選挙やパブリックコメント、懇談会や議会への参加、インターネットでの意見表明、地域活動など)
この国はそう遠くない将来に「見たくない明日」になってしまう。



posted by 平井 吉信 at 23:24| Comment(0) | 生きる

2019年06月10日

ある晴れた日の喪失の風景 


かつて台風一過の濁流が押し寄せる川辺に立ち
ひとりの男性が船だまりから船を出そうとしていた。
大水が出ると川の魚は流れが緩い船だまりなどに集まってくる。
それをねらいにいったのか、
碇はきかなかったかどうか、
いまとなっては誰にもわからない。
ここから数百メートル下流で水難事故でこの世を去った人。

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ある晴れた日の午後、
あのときの叔父の年齢を超えてしまった。
積み重ねた年月の重さを思うと
水辺に沈黙の碇をおろしてしまう。
そこから動かない、動けない。 
積み重ねた年月の重さゆえに。

posted by 平井 吉信 at 10:07| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年06月03日

坂本川の蛍(勝浦町)


蛍を見つつ上流へ歩いて行くと
地元の方が声をかけてくれる。
「上流のほうがもっと多い」

徳島市内から来た女性グループに案内をするともなくされている。
蛍は周期を同期させて明滅しているように見える。
その光景に観客から声が上がる。
でも、地元の方はこうもいう。
「これで最盛期の1/4だ。多いときは川底が照らされて見えるぐらいだった」
それでも目の保養になる生命の明滅である。
見どころは周囲が暗闇で川がせき止められて水を湛えて対岸も暗い場所。
蛍の飛び交う光跡がせき止めた川面に映る。
(↓この場所)
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三脚と高感度対応のカメラは不可欠でスマートフォンでは手も足も出ない暗さ。

坂本川は、旭川とともに勝浦川でも有数の支流であるが、
そのまた支流の沼谷川の蛍もいい。
こちらは観客はほとんど来ず谷が暗黒に包まれる。
これは昨年の映像。
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フジX-T2+XF18-55mmF2.8-4 R  絞りF3.2(開放)
ISO6400,露出20秒
posted by 平井 吉信 at 23:45| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年06月02日

高知県の山間部には川がある 仁淀川の支流の物語 上八川川 安居渓谷


明るい光の降り注ぐ山村にある大河の源流とその支流は
四国高知の山間部の風景。
ぽつんと取り残された日本の桃源郷のような場所。

まずは吉野川を遡る。
吉野川SAで休憩して大豊I.Cで降りる。
早明浦ダム直下の流れでSUPの練習をしている。
カヌーと丸太乗りを合わせたような。
やってみたい。
でも、ファルトやインフレータブルでの川旅はもっと愉しい。
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高知県出身の森下雨村の随筆「猿猴川に死す」では
早明浦ダムの上流に海とみまごう山間部の桃源郷があったという。
もしその景色をいま見ることができたらどんなにしあわせだろう。
(しかしほとんどの場合、生態系の復元は不可逆的である)


ここは仁淀川支流の上八川川。
山里を縫って流れる里山のたたずまい。
どんなにのどかであってもここでの暮らしは大変だろう―。
そう思われる人もいるだろうが、ぼくはそう思わない。
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道の駅633美の里を経由して半時間少々で到着する
仁淀川支流土居川の支流安居渓谷こそ
仁淀ブルーの真髄。
水晶の切り口のような色彩は夏が終わってからと言われる。
それでも行ってみたい。

安居渓谷の入口にある みかえりの滝
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千仞峡と呼ばれる渓谷でカヌーを浮かべる人たちがいた
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最高の状況で見るには安居渓谷は午前中の遅い時間がいいだろう。
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渓谷だけでない生き物たちの営み
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キツネノボタンか?
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うれしくなるような色彩
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さらに上流へと進む
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風景というより水の分子を見ている感じ
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水晶淵と名付けられている。
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アメゴ? いやニジマスではないかな。人がいるのに表層を餌を探して泳いでいる。
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人が生きていくのにつらいときがあるだろう。
ふっきれない思いを抱えてもやもやすることもあるだろう。
そんなときに無垢な水に心を投影してみたら?
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水はあらゆるものを映し
あらゆるものを流していくのだ。

タグ:仁淀川
posted by 平井 吉信 at 22:49| Comment(0) | 山、川、海、山野草

雨上がりの樫原の棚田 棚田に暮らす人々の願い(上勝町樫原地区、市宇地区)


次の予定に少し時間があったので
上勝町の樫原地区へ上がってみた。
旭川沿いの県道から10分程度だが、
山道に慣れない人は道が細いのと曲がりくねっているので
心して来たほうがいいだろう。

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樫原地区には全国棚田百選に選ばれた樫原の棚田がある。
町役場を早期退職後、棚田の保全と啓発活動に力を入れていた
谷崎勝祥さんももうこの世にいない。
谷崎さんには勝浦川流域ネットワークの代表をお願いし、
上流の里山と下流のまちの交流を通じた保全に力を入れていただいた。
自称「百姓」(この言葉にも深い意味がある)の谷崎さんからは
里山の暮らしの知恵と風土の持つ力や役割を教わった。
棚田の暮らしについては当時の徳島新聞の谷野記者の良質の記事が印象に残る。

谷崎さんから教わった自称「戯れ歌」をいまも覚えている。

棚田にやってきた鹿に棚田びとが呼びかける。
「ひゅうと鳴き棚田に近づく鹿たちよ もみじの山に帰れよ早く」

すると、鹿から返歌があった。
「去れという棚田の人よもみじ山 いづこにありや杉ばかり見ゆ」

棚田の暮らしから未来を見つめる谷崎さんのやさしいまなざしが忘れられない。

勝浦川流域ネットワークの会員で
上勝町役場の職員としてごみゼロに向けて献身的な活動を続けていた
東ひとみさんもすでにない。
ドイツの環境政策を自費で視察に行かれるなど
思い立ったら即行動の人。
あまりに早い辞世だった。

在りし日の谷崎さんと東ひとみさん。ときの流れと運命に声も出ない
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当時の笠松町長はその強力なバックアップを行った。
現在の花本町長も「彩山構想」を精力的に後押しされている。
優れた首長のいらっしゃるところで
いろどり生産者も花開いた。
今後は後継者の確保育成が最大の課題である。

樫原のひとつ上手にあたる市宇集落で
1999年から植松さんら地元の方々と「棚田の学校」を始めた。
国の内外から毎回大勢の参加者を集めるなど活況である。

棚田の学校の運営には1円の補助金もあてにせず
参加者の参加費だけで賄っており、今年で20年目となる。
(徳島新聞さん、この活動の節目に取り上げてみてはどうだろう)
当時の集客の原動力になったのは参加者の口コミと
公式Webサイトでの事後のイベントの発信だった。
http://www.soratoumi.com/river/ryuiki/

記念すべき第1回は参加者が3人(それも内輪だけ)。
それが数ヶ月後にこのにぎわい(毎回50人程度が参加された)
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植松光江さんのつくるボウゼの姿寿司は
生涯に食べた3本の指に入るもの。
ゆこう、ゆず、すだちをブレンドした酢飯を使っていたのでは? 
棚田の学校では食事も参加者が共同でつくるから、また会おうねと連帯感が生まれる。
それが高いリピート率の要因。
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草でつくったバッタ ほんものそっくり。このつくりかたも集落の古老がまちの子どもに伝える
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三世代の田植え
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上勝の茶摘みは自生している山茶なので農薬を使わない。これが上勝晩茶となる。農家によって発酵のノウハウが違うため家々で異なる風味。
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稲わらでつくるわらじ
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棚田の網にかかってたったいま息絶えた鹿。この後集落で解体されて地区の人々の胃袋に収まった。いのちを考えるうえですべてを受け容れていくことが大切
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海外からの参加者も。いまと違ってSNSもない時代、どうやってこのイベントを知ってわざわざ来られたのか?
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集めた茶葉を選別している
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収穫体験は子どもも愉しい
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このイベントの盛り上がりを受けて
2007年にはNHKの全国番組の特番、年に1回の「地球エコ」という番組で
ゴールデンタイムに数十分にわたって放映されたことがある。
これがきっかけとなって、植松夫妻は齢70を越えて農家民宿(里がえり)を創業されることになった。
90歳に近づいた植松ご夫妻はご健在で今年もイベントを開催されている。
(この棚田を「天上の楽園」と名付けたのはぼくである)

植松ご夫妻から教わった暮らしの知恵や伝承も書きとめておきたい。
例えば、ハミ(マムシ)に遭遇しないように次の文言を唱えるという。

「我行く先に鹿の子まだらの蟲あらば たまもの姫に言づてやせん あびらうんけんそわか」

マムシの紋様を描写しながら道筋でマムシに逢わないよう
たまもの姫にお願いするという。
たまもの姫とは何物か?(「玉藻姫」のことか?)
どなたかご存知の方は掲示板に書き込んでいただけたらと思う。
その後の呪文のような言葉は大日如来の真言の一節と思われる。
要するに神仏の眷属の力を借りて災いを防ぐ言霊のようなものだろう。
(直接神仏にお願いするようなことではなく日常なので山の神の狐に願うという趣旨かも)

棚田の意義をいかに伝えていくか
どのように保全していくか、
それは上流の意義というよりも下流の恩恵、
いや、国を挙げて農業と国土と環境保全に取り組むべきこと。
そうでなければ。

タグ:棚田 上勝町
posted by 平井 吉信 at 12:47| Comment(0) | 山、川、海、山野草