2018年04月07日

振り返っても誰もいないおいしさ 桜に莓に 季節が通り過ぎる 


大都会に住んでいるとマーケティングの渦に巻かれて暮らしている。
春が来ると(季節の先取りとして通常1〜2週間前)
春の季語に載せて購買意欲を刺激する記号が溢れる。
いちごのスイーツ、桜の和菓子…。
食と季節をわかりやすく見せてくれるのは
地方ではなくて都会かもしれない。

まずは季節があり、
季節の変化をもたらす万物の変移がある。
その気配を感じられたら
風土との一体を感じられる。
それには地方がいい。

徳島は知られざる食材の宝庫であり
旬の食に囲まれた暮らしは豊かである。
生命体の盛り、華がそこはかとなく感じられる。
それが栄養であり滋味であり
目に見えない精力をいただく気がする。
(思い出してください。瀬戸内海、紀伊水道、太平洋とミネラル豊富な清流が海に捧げるプレゼントを。自然界のミネラルに裏打ちされた多様性が徳島の食の本質)

ここ数週間、生活は桜とともにあった。
徳島の地で野に咲く花はもちろん
人がつくる果物や野菜も含めて
それを愛でつつ、食べることは口福であり
生きている幸せを実感できるのではないだろうか。


脇町の川田光栄堂で求めたのは桜餅。
和菓子は見かけで判断できないものだけど
この桜餅は香りを大切にていねいにつくられている。
目を閉じて、今年の桜に思いをはせるひととき。
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こちらは徳島市の郊外、佐那河内村だけで産するイチゴ。
さくらももいちごと名付けられている。
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ほとんどが大阪の卸売市場へ出荷されるため
徳島県人でも食べたことがない人、見たことさえない人も少なくない。
ぼくもこれまでの人生で初めて店頭に実物が並んでいるのを見た。
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(先端がやや色づきが悪いだけで味は変わらない。地元JAの売店で普通に買えるけれど価格はお伝えできない)

続いて莓のシフォンケーキの話題。
中土佐の風工房のイチゴのシフォンケーキは
甘さたっぷり、そして塩味とイチゴテイストのたっぷり感がわかりやすい。
(ベタな訴求は地域のソウルフードならでは)
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それに対して、素材感を大切にていねいにつくる人がいる。
→ 以前の紹介記事 http://soratoumi2.sblo.jp/article/182064450.html

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この莓のシフォンは
果物としてのイチゴが感じられる。
菓子を壊さないぎりぎりまで素材感を閉じ込め、
しかも香り立つ(佐那河内の莓を添えてみた)。
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人生の最後でこんなお菓子を食べられたらと思えるような―。
作り手はhowattoの伊豆田裕美さん

続いて桜のシフォン。
こちらはさらに精妙なる香り。
桜の塩漬けの風味を引き出しているのは小豆の甘み。
桜の風味がさざなみのように立ち上がるが、
それも一瞬のうちに通り過ぎる。
いまのは何?と振り返っても誰もいない喪失感。
ほのかな香りが吐息を潤すよう。
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素材感を直截的に伝えようとしながらも
素材の組み合わせを「おいしさ」として再構築している。
作る人のやわらかな感性を伝えてやまない。

posted by 平井 吉信 at 19:30| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

吉良のエドヒガン 神社と新緑が桜を後押し


つるぎ町は剣山への表玄関のまちである。
そこではどこまでも転がっていきそうな急傾斜地での農業が営まれている。
関係者のご尽力で先月(2018年3月)、世界農業遺産に認定された。
(篠原尚志さん、よかったでござる)
→ にし阿波の傾斜地農耕システム』について
http://www.town.tokushima-tsurugi.lg.jp/docs/294781.html

そのお祝いに桜を見るというのは意味不明だが、
吉良のエドヒガンを見たことがなかったので
行ってみることにした。
町の商工観光課に電話で確認すると
散り始めていますが、まだ残っています、とのこと。


貞光川沿いの細い道を右折して川を渡り
そのまま上がっていく。
標識があるので迷うことはない。
(吉良地区を一方通行となるように標識は誘導している)

ここには忌部神社がある(表示は御所神社)。
全国で徳島だけにしかない神社とされるが、
いくつか候補地がある。ここもそのひとつ。
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神社に隣接する丘に樹齢四百年を超えるエドヒガン桜がある。
神社から見た桜のある丘
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丘から見た神社
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地元の方がお接待で詰めておられた。
その方が連れて来たのだろう。決して吠えないおとなしい犬。
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エドヒガンの左手の椿
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落ちた椿の花、命尽きる瞬間に輝きを放つ、その静かな存在感
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吉良地区は花に囲まれた集落
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エドヒガンにやってきた野鳥
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すでに花の盛りを過ぎているエドヒガンだが
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むしろ葉の輝きを付加して別の魅力をまとっている
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吉良の里の桜を愛でつつ貞光川沿いへと下る
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タグ: つるぎ町
posted by 平井 吉信 at 18:47| Comment(0) | 山、川、海、山野草

ゆうべ遅くに聞いたフォーレ


ゆうべ夜更けに聞いたフォーレのピアノ五重奏曲ニ短調を思い出している。
ピアノの煌めくアルペジオが低弦の幽愁を呼び覚ます冒頭から
フォーレの世界が淡々と繰り広げられる。
(フランクのヴァイオリンソナタの醸し出す雰囲気と似ていながらも、どこか遠くを見ているような視線)
ただそこに浸っていればいい。
(ぼくが持っているのはエリック・ル・サージュのピアノとエベーヌ四重奏団
試聴先はMP3音源で(CDではないので間違って購入されませんよう)

フォーレの初期の作品「組曲 ペレアスとメリザンド」は宝石のような作品。
なかでも前奏曲が好き。
ひたひたと押し寄せる地中海の光と陰の明滅とでもいいたげに。
そして、シシリエンヌの軽やかな舞曲は光の園の中心に運んでくれる。
(LPで持っているのは、アンセルメ/スイスロマンド管、CDではデュトワ/モントリオール響
デュトワのシシリエンヌがYouTubeにあった。
https://www.youtube.com/watch?v=yoDlcNwvTZM

フルート奏者にとってはたまらない出番。
以前に紹介した上野由恵さんのアルバムにもこの曲は収録されている。
(オーケストラではなくピアノ伴奏なのだけど)
http://soratoumi2.sblo.jp/article/182354637.html

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フォーレの良さは、音楽が人の感情をまとって明滅するようなやわらかな音つむぎ。
長調とか短調とかを超越して、それでいて無調にも陥らず
禅や瞑想のように覚醒しつつおだやかな心境を写す鏡のよう。
フォーレとて、日本の春を想って作曲したわけではないけれど
かすみたなびく日出る国の風情を西洋の音階でタペストリーにしてみました、
と二十世紀初頭のフランスの作曲家を代弁してみる。


タグ:フォーレ
posted by 平井 吉信 at 14:39| Comment(0) | 音楽

うだつのまちでの束の間の休息


桜週間と名付けた宴は終わりに近づいている。
寒い冬のあと、一気に暖かくなったせいか
輪唱のように受けつがれていく開花が
ひとときに集約された感がある。
温暖化は春と秋が短くなる現象を伴うのではないか。

誰を見ても浮かれた顔をしていない4月第1週。
異動や環境の変化で緊張している顔もあれば
黄砂か花粉か汚染物質かがアレンゲンの相乗効果となって
鼻水が止まらない人もいる。
(これまで花粉症とは無縁であった人もなんだか違和感を覚えているこの春)

県西部へ出かけて楽しみにしていた楽庵のそばは12時台に売り切れて
それではと、うだつのまちなみ(脇町)を歩いてみる。
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石仏のような自然石を祀っている
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うだつのまちなみを歩く
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家々の気配りをいただきながら
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昼をどこかでと考えているうちにランチを営業中の店に遭遇
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古民家風の新築なのか、リノベーションなのかはわからないけれど
格子を透かして中庭が見える。
(隠すようで見せている、見せているようで隠している)
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健康的な地元野菜と阿波尾鶏のランチ(1,000円)
(もしかして、ねさしみそを隠し味に使っている?)
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中庭を過ぎて野原に出ると白と黄のタンポポがあった。
(珍しい、というのではなく、たたずまいが良かった)
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タグ:そば 脇町
posted by 平井 吉信 at 14:27| Comment(0) | まちめぐり

2018年04月05日

深読み先読み


綱渡り外交をしているある国が
もはや崩壊寸前となっているのではと思わせるできごと。
その国を囲む3つの大国のうち、
2つは権力が盤石(それはそこに至るまでの強引な力学の反動を考えると脆さとも裏腹ではあるけれど)
1つは計画や戦略なしに突き進むリーダーがいる。
占星術ではないけれど
この力関係のなかでのみ、
動くことがあるとしたら、あれだなという気がする。


ところで、ブラタモリの近江アナの最終回(2018.3.24放映)は宮崎だったとか。
https://www.nhk.or.jp/buratamori/map/list100/index.html
ご覧になった方、
その内容についてはもしかしてこのブログの内容が先取りしていない?
http://soratoumi2.sblo.jp/article/178185754.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/178164351.html
(放映の1年以上前の記事ですよ)
・宮崎交通と宮崎観光について
・新婚旅行のメッカ
・鵜戸神宮について

そんななかでも無名の桜に光を当ててみたい。

夏の草いきれにも似た勝浦川の土手とお地蔵さん。
地元の高校生たちが自転車を置いて
ここからバスでそれぞれの高校へ通う場所。
桜と地蔵は高校生を見守っている。
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(小松島市田浦町)

徳島市南部の八多町。
みかん農家の由緒ある旧家の庭から
川へ降りると子どもが水遊びする場所。
(家の庭から数歩ですよ)
かごを沈めて大きなウナギが捕れたこともあったとか。
日本昔話のような桃源郷から新たな物語が始まる。
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それについては追ってお知らせを。

posted by 平井 吉信 at 23:04| Comment(0) | 山、川、海、山野草