2019年01月20日

真冬の大神子 丘を登れば陽だまりの散策路

このブログでもっともアクセス数が多いのはどの記事だろう。
もしかして大神子・小神子(おおみこ・こみこ)の記事かもしれない。
勝浦川河口から南へと下る海岸線は
徳島市と小松島市に挟まれた静かな入江。
大神子と小神子と名付けられている。

大神子は海水浴に好適に見えるが
複雑な海底地形のため潮流の変化があるようで
遊泳禁止となっている。
ぼくが子どもの頃も大神子は水深が急激に深くなっているので
泳いだことはなかった。

大神子にはテニスコート、海岸でバーベキューのできる保養施設があり、
さらには静かな環境に病院が立地する。

小神子は子どもの頃に泳いだことがある。
浜が小さいためか大神子ほど複雑な潮流はないと思うが
さりとて安全に泳げるかというとそうでもなさそうだ。
沖合には一本松と呼ばれる岩があり、
子どもの頃、祖父の知人の漁船に乗せられて釣りに行ったことがある。
ボウゼ(イボダイ)を釣っていたのではないかと。
小神子を小松島港を見下ろす丘には
一部上場企業の社員専用保養施設がある。
かつて祖父の知人が所有していた施設だっと思う。
子どもの頃に連れられて飲んだ紅茶があまりにおいしかったことを覚えている。

この海域の沖合には沈んだ鳥居がある、
港から小神子にかけての先端部は通り魔と呼ばれている―。
親父から聞いていた言葉だが、地震と関係があるのだろうか。

大神子と小神子の間に渚があるが
この渚にどのように辿り着くのかがわかりにくかった。
小神子の奥にあるため奥小神子と呼んでいたが
地元の方からは「越ケ浜」の地名があると
ブログのコメント欄でご指摘をいただいている。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/88676981.html

いつの頃だったか、小神子からトラバース気味に
藪漕ぎをしながらの踏み跡があり
辿っていくと人家の跡があった。
このことから奥小神子の地区には人がかつて住んでいたと思われる。

大神子と小神子の間にある越ヶ浜は
いまも、そしてかつても徳島のお城下の近くにありながら
隔絶された陸の孤島のような場所であったのだろう。

越ヶ浜へは日峰山の北斜面から沢が流れ出し
湿地(荒れ地)を経て海に注ぐ。
陸路からは遊歩道を降りきったところから
この沢沿いに踏み跡を辿れば浜へと辿り着く。
いまでは踏み跡を探すミステリーはなくなったが
相変わらず神秘の場所であることは間違いない。

さて、今回は大神子の北にある半島状の地形、大崎を辿ってみようと考えた。
正月に転倒した家人のリハビリと気分転換も兼ねて連れだしてみた。
遊歩道のような道を想像していたが、
行ってみると高齢者にはつらい段差があり
身体を支えながらの散策であったが本人も達成感(満足)があったようだ。
写真で辿ってみよう。


大神子海岸の林間ごしに渚で体操する高校の野球部
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林間を北上する散策路(何本かあるがどこを通っても同じ)をたどると
大崎の尾根へと取り付く。大神子を見下ろしながら高度を上げていく。
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散策路は風もなくあたたかい
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勝浦川の河口
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大神子の日だまりにくつろぐ人たち
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越ヶ浜の全容が大崎から見られたとは
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越ヶ浜から小神子へ この2つの突端のうち奥(小松島港寄り)を通り魔と呼んでいた
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随所に展望台がある。
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北面は勝浦川の河口に突き出た砂州が見える。
ここからでないと見られない光景だ。
手前に金長狸の合戦のお相手、津田の六右衛門狸の本拠地の津田山、
さらにその後ろに紀貫之の土佐日記にも記された徳島市の象徴、眉山がある。
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勝浦川河口の右岸には徳島藩蜂須賀家が療養に使った湯浴み施設があったらしい。
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ここは絶好の見張りの地 のろし台の跡
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大神子、越ヶ浜、小神子、小松島湾から和田の鼻までを見通す絶景
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一本松は小神子から見るとはるか沖合に見えたが
大神子の大崎からみれば小松島湾の対岸の和田島が視野に入る
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大神子の休日を浜で憩う
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猫たちは人を見ると寄ってくる
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金長狸のような猫がいる 狸と交わったのか
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冬の光はのどかでやわらかい
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もう人影は見られなくなった大神子の渚
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冬の陽だまりで小石を数えていた人もいない。
残照の砂浜から少しずつ影が増えていく。

posted by 平井 吉信 at 14:04| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年01月19日

電子ペーパーを使ってみませんか


数年前にソニーが先鞭をつけてA4サイズの電子インクのビューワーを発売した。
タブレット端末が数万円ながら液晶が精緻で色の再現性がよく、
アプリケーションが使えてインターネットに接続できる。
それに対して電子ペーパーモノクロの電子インクでPDFしか見られず
ページ送りもページごとの切り替えという仕様。
価格も10万円程度のデジタルペーパーが人気で
ソニーストアで販売された数量がただちに完売する状況が数ヶ月続いた。

続きはこちら
http://soratoumi.sblo.jp/article/185403329.html
posted by 平井 吉信 at 11:49| Comment(0) | くらしとともにあるモノ

2019年01月05日

問題提起 スーパーやSCの車止めは危険

この正月に高齢の母が車止めにつまづいて頭からコンクリートの道路に転倒した。
歯を損傷、打撲、頭蓋骨骨折の疑いがあるので急いで正月の当番医を探して向かった。
徳島市歯科医師会休日救急等診療所である。
https://www.tda.or.jp/index.php/shittoko/holiday

対応いただいたドクターは徳島大学の方のようで
1時間近くにわたって
ていねいかつ真摯に処置をいただき事なきを得た。
技術といい患者への視線といいすばらしいご対応をいただいた。

ところでこの車止め、ぼくも何度かつまづいたことがある。
身近な人間に聞いてみると、あるという答えが少なくない。

これは誰のどんな場面で役に立っているのだろう。
バックで駐車する際に後ろの車に当てないため?
しかし車によってオーバハングは違うし停止位置も違う。
ミニバンなどでは大きなバックドアを開けるのに
予想以上に場所を取る。
車止めはあくまで目安に過ぎない。

高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違うような場面では車止めは無力。
車止めに当てて停める習慣がある人は愛車のシャシやサスペンション、タイヤを傷めている。
近年の車はバックギアに入れるとソナーによる警告や
ナビを介して映像が見られることも多い。
車止めが誰のどんな場面で役に立っているのか不明だ。
(車をぶつけて駐車する人から施設が訴えられないような抗弁か。しかし歩行者からも同様に車止めによるケガを訴訟される怖れもあるというのに)

高齢化社会が進むなか、見かけだけのバリアフリーをうたっていても
実際に障がいを持つ人や高齢者などが危ないと感じるところは多いのではないか。
机上の設計ではなく実際に該当する方達に模擬をしていただいて検証しないと
魂の入った施設にはならない。

健常者であっても急いでいるとき、足元が見えにくい時刻や気象条件のとき
鳴り出した携帯を取り出そうと一瞬注意が殺がれたときなど
ごく日常で車止めが凶器となる場面は潜んでいる。
歩く人の不注意で済ませることはできないように思う。
なぜならそれは「設置しない」ことで防げる。
歩行者がつまづくという予見できる事故を放置して設置しているから。
(福島原発と同じ)

商業床は購買力に対して過剰でSC同士の過当競争が始まっている。
車止めのあるスーパーは「ヒトにやさしい」を放棄しているように見える。
事故が起こったのはマルナカ南小松島店である。
同店に限らず県内のスーパー、SCには設置しているところが多い。
家人は車止めのないスーパー以外はもう行かないと言っているし
ぼくも連れていかない。
(近所でいえばキョーエイ小松島店には車止めがない)

SCの巨大化とともに
駐車する車の動線と歩行者の動線の交錯が日常茶飯事となっている。
車社会を否定するものではなく、
車と人が広大な駐車場で共存できるしくみを考案できたら
実用新案などを取得することなく幅広く公開、広まって欲しい。
まだまだ社会には当たり前のように見えて改善を要する課題がたくさんある。

タグ:2019
posted by 平井 吉信 at 12:18| Comment(3) | 生きる

南阿波サンライン 黄昏から星夜へ


国道55号線は薬王寺への初詣の参拝客があるため
一年を通してもっとも混雑する時期を迎える。
混雑するときは3〜4km手前の県道19号(那賀・赤松方面から)から動かなくなってしまう。
高規格道路(日和佐道路)ができてからも同様だろうと想像。
そこで旧の国道55号線を走り、海賊舟から下って左折する。
JR牟岐線の反対側を通り、JR日和佐駅の裏を通過すると県南方面へ抜けられる。
今回はこのルートで予想どおり渋滞はなく南阿波サンラインへと。

JR日和佐駅は初詣の乗客が乗降する。
線路を挟んで向かい合う道の駅日和佐へは陸橋を渡る。
左の特急むろとは3月以降、大幅な減便となる。
https://news.mynavi.jp/article/jrdiagram2019-21/
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正月早々家人がケガをしてそのために外出ができなかったので
自宅を出たのが15時過ぎと遅い出発。
そのため、第3展望台へ着くと黄昏が始まった。
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空に近いところは早々と紺碧へと色を落とし
水平線に近い海の残照がしばらくあるがそれも消えていく。
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セピア色で撮影(X-T2+XF35mmF1.4 R)
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室戸岬へと続く四国東南部の海岸線が暮れていく。
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やがて薄明から星空へ(まだ18時半にもならない)。
もう満天の星世界に変わった。
見上げる東の空には冬の銀河、
オリオン舞い立ち、すばるはさざめく。
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追記

オリオンの右下に3つ、画面真上に1つ、
それぞれ人工の光跡(航空機、人工衛星)が映っている。

オリオンから斜めに上がってヒアデス星団、プレアデス星団、
ペルセウス座の二重星団へとたどることができる。
右隅に人工光跡。
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ところで1月3日未明に西日本で観測された火球は
剣山周辺に落下したとアマチュア天文家からの観測結果。
直径は500円玉大ではないかという。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190106-03146163-tokushimav-l36
それが夜空に壮大な光跡を描くのだから
大気の厚みとその摩擦力の大きさを物語る。
山中に500円玉を落としてもまず見つからないが
小さな落下物(隕石)の場合は痕跡を残すかもしれない。
剣山神話との関係で謎めく人もいるかもしれない。
(X-T2+XF14mmF2.8 R、絞り開放、ISO6400、露出10秒)
タグ:道の駅 JR 2019

2019年01月03日

生きていますか


おだやかな2019年の正月ですが、
分刻みまで動いていてゆったりとはしていません。
神への斉祀り、仏への回向も滞りなく
正月の凛とした朝の空気に祝詞と読経が空気を震わせます。
働いている人も、ゆっくりと休まれている人にも
おごそかな元日の良き日を祈ります。
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おだやかな生き方は
自分でつくっていくものでしょう。
でも、嵐のような生き方や波瀾万丈も人生、
どれが良いかはわかりませんが
我慢をするのも耐えるのも
それは生きるという点で
胸を張って生きていけば良いのではと考えます。

東から昇った太陽を受けて
庭に咲いている野菊を見ていると
時間が過ぎていきます。
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良き人生、残したい社会をつくろうとする心の動きが
正月を寿ぐことではないかと思います。
(だから年賀状は出すことなく、いただいた方にも返信いたしません)
目に見えることも大切だし目に見えないことも大切。
まずは、正月の光を受ける野菊を心で観じて
ご多幸を祈る気持ちとともにお届けします。
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2019年1月
タグ:2019
posted by 平井 吉信 at 11:20| Comment(0) | 生きる

2018年12月31日

ベートーヴェンとサザンの年越し

第九を聴いていた。
前日はサイモンラトルとウィーンフィルで、
大晦日はフルトヴェングラーとバイロイトで。
もうコメントを残すこともないけれど
心臓から送り出す血が勢いよく流れて体温が2度上昇する感じ。

18世紀から19世紀にかけて生きている彼が
20世紀から21世紀も生きている。
それも習い事やアカデミックの対象として
多くの人の人生の設計に影響を与えつつ生計を支えている。
ベートーヴェンの経済効果は史上最大ではないか。

それとともに一人ひとりの胸にひっそりと
しかし堂々と生きている。

続けてミサソレムニスを。
ベートーヴェンのなかでも難解な楽曲。

晩年(後期)の楽曲が続いたので壮年期(中期)の作品を。
チェロソナタ3番をロストロポーヴィチとリヒテルで。
第九とはまた違う颯爽とした前身を楽曲の随所に盛りこんで
これまた胸が大きくなっていく。

最後はヴァイオリン協奏曲。
コパチンスカヤの新しい演奏もいいけれど
シェリングとシュミット=イッセルシュテット・ウィーンで。
ウィーンフィルが適度の厚みと端正な品位で鳴っている。
それでも弦や木管の花が咲いている(活かしている)。
シェリングの音色は楽器の美感と美しさに溺れすぎない品格が
もっとも高い次元で両立しているように感じる。
フルトヴェングラーもそうだが、この時代の人の芸格は(洋の東西、分野を問わず)高い。
テクニックだけならいまの時代が上回るだろうがなぜだろう。
そこにAIとは異なる合理性ではない人の本質が見える気がする。
(AIに駆逐される業種であっても十把一絡げにそうとは限らないということ)

久しぶりにピアノソナタ「月光」を聴いた。
楽曲のすみずみまでなじみがある曲であっても
初めて聴いたときのような心のうずきを感じた。
いつまでも月光のたおやかな海を孤独の調べが漂うように
いつもでも続いて欲しいと。

ベートーヴェンは後期、中期、初期の作風が違っていても
やはりベートーヴェンでしか描けない(人間ベートーヴェン)。
年末の第九を聴くのではなく
ベートーヴェンの第九を聴いている。


ところでサザン(オールスターズ)。
紆余曲折はあっただろうがデビューして長い年月が過ぎてなお第一線にある。
さまざまな楽曲にあるバランス感覚がいい。
日本語は不明瞭であってもそれがやわらかさを醸し出し
社会へのメッセージを込めていてもそれが尖りすぎないようエンターテインメントで包み、
卑猥なフレーズも観客がさらりと流せる。
悪意のある(そしてそのことに気付かない)政治家たちの無神経な発言と違って
桑田さんのはデリカシーを持って大胆に押し出すけど
そこに邪気はまるで感じられない。
なによりメンバーが長い間、サザンオールスターズというひとつのプロジェクトを
ときに休みつつ追いかけていることがすばらしい。
アウトドアのモンベルも設立当初の仲良し仲間はいまも会社の重役としてつながっている。
時間を積み重ねていける人たちは心に邪念がないから。

サザンのアルバムではNude Manをよく聴いていた。
そして2000年以降の音も好きだ。
たった2枚だけというなら次の2枚を。




これいいよね。
https://www.youtube.com/watch?v=6s2zEdWpdoU
砂糖の入ったサイダーを飲まなくなって久しい。
炭酸水ならたくさん飲んでいる。
でも、たまに飲むといいなと思う。
年配者にはなつかしさを
若者には新しさを
世代を超えて訴求する価値をサザンで魅せる。

2018年年末にオンキヨーのデジタルアンプから
ビクターのアナログアンプに戻してから
原音再生志向というより音楽を艶やかに奏でてくれる。
生きていれば良いこともそうでないこともある。
けれど、音楽で時間の流れを振り返るとき
時代が一瞬とまるけれど
そこから先にさらに駈けていくのだ。
よいお年を。
posted by 平井 吉信 at 23:57| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年12月24日

四国通の風景クイズその24

四国には潜水橋(高知では沈下橋)が日常的に使われている。
それもまちの集落の家並みと同化するように。
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川沿いの建物と少し上の建物の対比
まちと山間部が同居しているような
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さて、ここはどこでしょう?

→ 23はこちら

ヒント
1955 うだつ 
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 12:11| Comment(2) | 山、川、海、山野草