伊座利地区は、陸の孤島といわれてきた。四国の最東端、
蒲生田岬(かもだみさき)へ向かう途中で山を越えてさらにジグザグに下っていく。
伊座利川に沿って進むと海に面した崖を目印に漁港へと導かれる。集落とまちを結ぶ道路は1本だけなので、崩れたら遮断される。さらに南には
阿部(あぶ)の集落がある。ともに漁村集落である。どちらの地区も地区内の結びつきは強い。災害が起きたら助け合わないと生きていけないから。
伊座利地区も人が住める場所は限られている。伊座利川の左岸にわずかばかりの区間に住居が建ち並ぶ。車が入るのは難しいし、廃屋も点在する。そんな集落だが、外からの移住者のほうが多いという。社会から弾かれた人を受け容れて成長を促す。そしてともに生きていく。
内容を知りたい人は「
いざり人」のWebサイトへ
https://izarijin.jp/近年の伊座利は地域の活動が全国的に知られるようになっているが、今回は観光客の視線で風光明媚な場所を回りながら自然美を見ていきたい。
伊座利漁港は地中海の漁村のようなラテンの雰囲気を感じる。冬でも強い日射しは温帯モンスーンならでは

漁港を見下ろす小高い丘にいざりカフェはある。カフェといっても魚介料理を出す店である

さしみ定食1,000円 ジャンボエビフライ定食2,500円(といってもイセエビが出るわけではないだろう)

さしみ定食には4種の魚。イカはアオリイカ



食後は伊座利漁港を散策

漁港といってもリアス海岸に波止を拡げたもので、外洋に面している感じ

港の外(南)は砂浜と崖。遠くにある消波ブロックが漁港の砦となっているが、すでに自然の海浜地形

陸続きの波止を見れば漁船が帰ってきたところ

漁港のはしけ機能を持つ突堤に停めた車が光を反射する。それは一瞬現れて消える光の明滅

漁港の北に海崖、その下は伊座利川が海に注ぐところ。地中海というかエーゲ海のような深い碧

港内の浅瀬であるとは思えない

この海崖を伊座利キャニオンと呼んでいる。伊座利漁港がその風格を借りてくるというか、添えるというか

足下の海は底まで見えている。体長1.5メートル程度のウツボがいる。波止で釣りをしていた人がそれを見て餌の付いた浮きを投げるが、見える魚は釣れない。水深は2ヒロ(4メートル弱)はありそう

アジの生き餌を港内で泳がせていた釣り人が小型のアオリイカを釣り上げた。右がアジの生き餌(かじられるアジもたまらない)

アオリイカは美味なので多くの釣り人がねらう。釣り上げてみるみる色が変わる。イカが背後のコンクリートの色に似せているのだろう

伊座利キャニオンを背景に白い舟が冴える。漁船の名前は弘伸丸。那賀川町にはこの船で漁獲した魚を食べさせてもらえる同名の飲食店がある
https://izarijin.jp/koushinmaru/

テナガエビがいるだろうと以前から思っていた伊座利川。この川には内水面の漁業権はないので地元の子どもがよく獲っているそうだ。水は申し分なく清澄で淀みが少ない。モクズガニやウナギもいるのではないか。この少し先で海に出会うが、川が自然のまま海に注ぐ

伊座利川左岸はそのまま伊座利キャニオンとなっている。冬場なので渇水しているが、夏場は水が多いはず。川が海の近くで原始の姿で存在する希有な場所。この風景がもっとも好きかもしれない

伊座利川の河口はこの先で海に注ぐ。滝でもないのに磯と河口という組み合わせが希有。伊座利キャニオンは火山活動(プレートテクトニクス)による多様な地形と温帯モンスーンを中心に多様な気候を反映した日本列島の魅力と特徴が凝縮された地形ともいえる

画面のほとんどが水中だが、水の存在を感じさせない。海苔が繁茂し貝を宿す

海崖を見上げる。このような地形では長居せず、すぐに立ち去ろう(落石に注意)

伊座利川左岸の山腹にある新田八幡神社。伊座利の氏神さまとして集落を見守っている


この石段にも青石(緑色片岩)が使われている。このあたりでは産しないので吉野川下流域から運ばれてきたのだろう
伊座利小学校は集落の中心的存在。この学校が拠点となって集落の喜怒哀楽が編み込まれていく

伊座利地区の西方の標高74メートルに展望台がある。そこから日和佐、海南方面を見ている


展望台の眼下に紺碧が横たわる

上から見る伊座利キャニオン さらに蒲生田岬へと連なるリアスの海岸線

伊座利地区の合言葉は「
なにもないけど、なにかある」。実はこの言葉は徳島県全体に言えること。
未だに県内未踏の地や集落が数え切れないほどある。それを宝と思って紹介しているのが本ブログで投稿も2000近くなっている。
特に強調したいのが、ハレとケでいう「ケ」(日常)のくらし。多い雨が森を育て、ミネラルを多く含む川が随所に流れて田畑を潤し農産物と海の生態系を育む。海はというと瀬戸内海、紀伊水道、太平洋の3海域で採れる魚介の種類の多さ。それでいて京阪神へすぐに行ける戦略性のある立地が四国東南部。
そんなことを考えていると、邪馬台国=阿波説も真実味を帯びてくる。南海トラフの脅威は多様な鉱物資源という副産物も生み出した(先日も火入れによる最古の辰砂の採取記事を紹介したところ)。「
なにもないけど、なにかある」は、住む人の気付きを促すメッセージである。
海岸性照葉樹へと風が吹いた。潮騒、波状の海面、明日への光条―。ここは海部郡伊座利。
posted by 平井 吉信 at 23:01|
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