2014年09月09日

2014年 中秋の名月 お宮の屋根からこぼれた夏祭りの夜


太陽系の創世記に小惑星が原始地球に何度か衝突した。
そのたびに地球は苦痛に顔を歪めながらも
飛び散った岩石を再び引力で引き寄せては大きく成長した。
(衝突を経ない火星は大きくならず水をとどめておく重力を持てなかった)
地球に戻らず地球を周回するようになった破片が集まって月となった。
月は地球の分身でもある玄武岩の塊。

自らも全海洋蒸発(地殻津波)全球凍結スーパープルーム
地球に芽生えた生命に容赦なく浴びせ、
生命のほとんどが絶滅する壮絶な歴史を繰り返している。
けれど、その歴史がなければ
今日の地球に高度な生命は存在しない。
(地球の歴史を1年に例えると11月半ばまでが微生物、恐竜の全盛期が12月下旬、人類の登場は大晦日の夜)
試練が生命の進化を促したのは
物言わぬ地球の意思とも言えるのだが。

DSCF3161-1.jpg

ティコの光条(右上の光の反射帯)が目立つ。
コペルニクスの光条は、真ん中やや下。
さらにその下のアリスタルコスの光条と嵐の大洋もたどれる。
手元の画像を等倍でみれば、右下の小さな海(グリマルディー)から
コルディラ山脈一帯が太陽をななめに受けて
夜明けを迎えようとしているのがわかる。

物理学の話はさておいて
月がとっても青いからと
遠廻りして帰りたい。
海から真っ赤に上がった月が
土手の松林の上で青く燦々と川面を照らす。

浴衣、うちわ、下駄の音。
おみやの屋根に反射した月影が
狛犬に陰影を与えていた夏祭りの夜を思い出す。

ごめんね素直じゃなくて
夢のなかなら言える…

あなたには見えますか?
月のうさぎが。

DSCF3161-1a.jpg


2014.9.8 23h42m(JST)
富士フイルムX20+手持ちコリメート法
28o相当F2開放、ISO100、1/2000秒、
タカハシ10p反射赤道儀I型+オルソ25mm(40倍)
posted by 平井 吉信 at 11:19| Comment(0) | 気象

2014年08月12日

ハーロン 嵐のち曇り そしてキキョウ咲く

台風11号はかつてない被害を南四国にもたらした。
わが家も例外ではなかった。
前夜から土嚢を積んで待機。
台風が近づく未明にはサッシのすき間から雨が降り込んだ。
前代未聞。

大雨の常連、上勝町福原旭と那賀町木頭出原の
累積降雨量が報道されている。
那賀川中流域では学校の校舎の1階が泥水に。
海部川流域はまたも被害に。
9時過ぎには目に入ったのではないか。

台風が過ぎ去った午後、
ちぎれて飛んだ屋根の破片を拾い集めていた。
ふと庭を見るとキキョウが。

この風雨に耐えて小さな花を咲かせていた。
灰色の空に向かってしなやかに。

悪いことは続かない、
まずは目の前のことをどうぞ、
とでも言いたげに。
あきらめなければ見えてくる。
次に起こる良いこと。
いや、すでに始まっているかも。

確かにね。

フジX-E2+XF35mmF1.4 R → f5.6
DSXE4557-10.jpg

XF35mmF1.4 R → f4
DSXE4599-1.jpg

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posted by 平井 吉信 at 01:07| Comment(0) | 気象

2014年05月05日

5月4日の日暈〜環水平アーク〜


クルマで運転中に気付いた。
場所は徳島県石井町。
国道192号から少し入ったところで撮影。
場所は南天である。

虹よりもやや濃いぐらいか。

12時12分、換算53oにて(X-E2+35/1.4)
DSXE1926-1.jpg

12時18分、換算21oにて(14/2.8)
太陽の半周で取り囲む二つの同心円。
DSXE1951-1.jpg

21時20分、換算21oにて(14/2.8)
DSXE1956-1.jpg

たまたま持ち合わせていたカメラで
標準で、そして超広角で太陽とともに撮ってみた。

前回(2014.3.31)は直後にチリ地震が起こったが、
今回は起こらなかった。


追記
夜になってニュースで
関東方面で5日の朝に地震が起こったことを知った。
科学的な根拠はわからないけれど。

posted by 平井 吉信 at 16:39| Comment(0) | 気象

2014年04月01日

太陽の日暈


2014年3月31日、
人々が消費税前の混乱に明け暮れるさなか、
日暈(にちうん、ひがさ、ハロ)と呼ばれる現象が観測された。

たまたま持っていたカメラで撮影。
時刻は、17時半を中心に前後10分程度。
撮影場所は、徳島市南部。

気象状況を反映したものだが、
地震の前触れという説もある。

いずれにしても、ここ数日注意が必要かも。

渋滞の運転中に気付いた。縦線は飛行機雲。
17時29分(35mmf13、1/400)
DSXE0428-1.jpg

開けた場所に移動すると、環になっていることに気付いた。
しかも、両端に2つめ、3つめの太陽のイメージがある。
(レンズのゴーストではない)
17時38分(27mmf10、1/420)
DSXE0429-1.jpg

左の腕は虹のように分光している。
17時39分(64mmf13、1/450)
DSXE0430-1.jpg

フジフイルムX-E2と18-55/2.8〜4で撮影。
括弧内は35mm換算の画角、絞り、露出時間。
ゴーストが出やすい状況では
レンズのコーティング(透過率)がモノを言う。
ズームながら
フジノンの逆光で散乱しないクリアな結像が確認できた。

posted by 平井 吉信 at 12:20| Comment(2) | 気象

2013年01月13日

小さな水たまりにひとかけらの希望をデッサン

長く使っていたコーヒーカップ(磁器)が欠けてしまった。
壊れてしまったものは仕方がない。
感謝して捨てることになる。

(余談)
 ぼくが使うと、なかなか壊れないので、小学校のときから使っている持ち物さえある。
 テレビは、ソニーのプロフィール(ブラウン管の15インチのアナログテレビ)。
 PHSは10年数年使っているが、いまの機種でまだ2代目。
(カラー液晶でメールも使える。電話番号も1000件登録できるので助かっている。そろそろ限界に近づいているけれど。スマートフォンを使わないのは、電話機として使いにくいし、常時ノートパソコンを持ち歩いているので必要ないから)。
 最初に買ったクルマは(分不相応な)ワーゲンゴルフだが、十数年乗った。
 去年まで乗ったインプレッサは走行距離20万kmを越えていた。
 デジカメを使う前は、ミノルタのX700を約20年使っていた。
 (酷使しているが、新品みたいである。ライツミノルタなどは店頭に飾れば売れそうな)
 長持ちする秘訣は、声をかけてやるから。モノにも心は宿るのだ。



コーヒーは陶器のカップではなく、
白い磁器で味わいたい。

でも、毎日使うモノだから、
高価なブランドでなく
多少厚ぼったい感じがいいかなと思った。

で、近所の雑貨屋(ヴィレッジカキハラ)で見繕ったら
あるマグカップが目に止まった。

生地は白ではなく象牙色というか生成綿の色調が加わっている。
ウェッジウッドのような硬質のきらめき感ではなく
飾らない普段着の親しみやすさ。
それでいて、コーヒーの深みを湛えて受け止め
紅茶の透きとおるなめらかさを揺らして香る。
置かれた空間が明るいのに、落ち着いて目が休まる感じ。
そして、手描きの線で結び目が施されている。
(この描かれた線は1個1個違うので、気に入るものを選んだ)。
そう。このカップは、人の縁(えにし)を結わえるのだ。

D7K_3170_NX2.jpg

キーボードや資料を読みこみながら
手を伸ばしたとき、
カップの持つ手は小さいと持ちにくく
大きいとカップが安定しない。
自由度を確保しながら、自由すぎないこと。
その点、この器は伸ばした指が
まさぐることなく吸い込まれる。

空に向かってひらく花は太陽を受け止めることしか知らない。
空を覆う雲は途切れることはなくても
空に向かって手を拡げたい。

この器は、晴れた日も曇りの午後も嵐のときでも
おいしさが見えるよう受け止めてくれるはず。
大きな虹は描くことはできないけれど、
小さな水たまりにひとかけらの希望をデッサンする。

もう一度言う。
希望をデッサンする。

コーヒーを煎れるのが楽しみになった。

(金額は千円弱、まだ数個残っている。必要とする人がいれば、買っといてあげようかなと思ったりもするけれど、どこにでもありそうなモノだからね)

D7K_3179_NX2.jpg

コーヒー豆は、千葉おゆみ野のさかもとこーひーで、
店主が勧めるようにカフェプレスでいただいている。
パンは、近所で買ってきた。ミルクがほんのり甘いだろうから。

タグ:カフェ
posted by 平井 吉信 at 00:22| Comment(0) | 気象

2012年09月30日

台風一過の夕暮れ 海に描かれた虹


2012年9月30日、夕方近くになって、
四国沖を通過した台風の暴風雨域を脱出した。

するりと陽が射して太陽が顔を覗かせた。
今夜は星夜がきらめくだろう。
東の空を見上げたら、
虹が出ていた。

近所の山へ行こう。
日ノ峰山へ到着したのは17時過ぎ。

南に市街地を望む展望台に立ったとき
すでに虹は消えていた。
気を取り直して、夕陽を浴びるまちを撮影した。

D7K_0005_NX2.jpg

帰る前に、北の展望台へ行くと
なんと、虹の片方の端が海の上に浮かんでいた。

D7K_0032a_NX2.jpg

水平線に浮かぶ船、
背景が富士山なら銭湯。
でも、この絵は虹。

D7K_0045a_NX2.jpg

海は広いな大きいな♪

文部省唱歌とともに
やはり、湯船が浮かんできた。
小学校の頃、縦笛で吹いた指使いを思い出した。
いい曲だな。

海と虹の境界が溶け合って
ゆったりと雄大な―。
そして、その虹が消える前に
最後にぶつけてくるため息のような情熱。

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この虹は、幸福をもたらそうとしている。

海に描かれた虹はト長調だった。
タグ:日峰山
posted by 平井 吉信 at 00:00| Comment(0) | 気象

2010年09月24日

小惑星探査機「はやぶさ」が教えてくれた

西暦2010年6月13日、
オーストラリアの砂漠の上空で盛大な流れ星が見られた。
小惑星探査機「はやぶさ」がついに戻ってきた。

はやぶさは小惑星「イトカワ」のサンプル採取を行い、
それを持ち帰ることを目標に開発され、
2003年に打ち上げられたもの。

このプロジェクトには、
イオンエンジンによる惑星間往復航行や
地球の引力を利用して加速するというスイングバイ、
小惑星への着陸を行って帰還を果たすなど、
世界初の試みがいくつもあり、
プロジェクトの難易度は極めて高いとされる。

小惑星イトカワの物質が封入されている可能性が高い
カプセルを分離して使命を果たした後、
火の玉となって地上に有終の姿を見せたはやぶさに多くの人が思いをはせ、
生きる勇気をもらった
(当初の計画ではカプセルを放出後、大気圏に突入せず軌道に戻る予定であったが、機体の損傷が大きく推進力が足りないため大気圏突入となった)。

はやぶさの7年間のミッションは試練続きであった。
小惑星イトカワに着陸後、燃料が漏洩し、
各種制御が困難となって地球との音信が2か月近く途絶えたことがあった。
はやぶさは、地球から指令を送信して動かしているが、
イトカワへの着陸においては地上から着陸の指示を出すものの、
はやぶさの判断(自立的制御)で実行される。
電波が往復するのに半時間程度かかるため
状況がわかってから指示を出しても間に合わないからである。
地上のインターネットの百万分の一程度の通信速度のなかで
プログラムの書き換えを行ったり、
搭載カメラが撮影した映像を地球に送信したりしている。

そんな状況なので、
ひとたびトラブルが起これば復旧は容易ではないことが予想される。
イトカワへの二度の着陸で機体は制御機構に重大なダメージを抱え、
そのうえ燃料漏れを起こし、充電池は放電されてしまう。
小惑星のサンプルをカプセルに移すためには電力がどうしても要る
(カプセルは耐熱構造となっている)。
リチウムイオン電池は電子機器での発火事故が多発するなど取扱が難しい。
放電した電池に充電を行えば爆発の怖れがある。 

しかし技術者たちは検討を重ねて、
太陽光パネルからの電力をほんとうに少しずつ慎重に充電を行った。
制御を失った機体は
イオンエンジンの中和に使うキセノンガスを
小刻みに放出して制御することを覚えた。

推進力の要であるイオンエンジンの連続稼働時間は
それまでの世界記録を塗り替えてはいたが、
設計寿命が近づくにつれ調子が悪くなり、
だましだまし運用していた。
そして地球帰還を目前に控えた2009年11月、
ついには四機目のイオンエンジンが故障し、
はやぶさの推進力は絶たれてしまう。

そのとき、四機のエンジンの生きている部分を
相互に接続して1機のエンジンとして使うウルトラCが出た。
そんなことが可能だったのか。
これが地球上であれば、
技術者が半田ごてを持ってそれをやればいい。
しかし無人の探査機である。 

実はすでに回路切り替えの機能を設計者がもたせていた。
といっても部品組み込みによる重量増は避けなければならない。
なんとその機能はたった1個のダイオードで賄ったという。
このことはプロジェクトの責任者である
川口プロジェクトマネージャーも知らなかったとされる。

こうした一発勝負の冒険やミッションはひとつの命題がある。
それは「絶対に役割を果たす」ということである。
そのために、幾重にも安全性を確保する必要性がある(冗長性という)。

ロケットの打ち上げのみならず、
仕事や人生において大きなプロジェクトを行うことになったとき、
ひとは一生懸命に考えて実行するだろう。
昼や夜も寝ているときでさえ頭から離れたことがない。

成功するための秘訣はまさにそこにある。
極限まで追い込まれた脳は悲鳴を上げる。
しかしその状態で脳の神経回路はあるとき
これまでと違った「神経細胞のつながり」(シナプス)を
形成するようになる。
そのとき、ひらめく―。

まず「理念」がある。
使命感や強い志が出発点である。
それに則って極限まで思考や行動を高める過程で「感性」がひらめく。
その結果、「行動」が効果的に促進される。 

デフレ経済を受けて国家予算は縮小傾向にあり、
宇宙開発などの分野はまっさきに削られる可能性がある。
MUSES-C(はやぶさ)の場合、
予算を付ける立場からすれば
「リスクが多すぎる。成功させるのは困難」と評価されてもおかしくはない。

けれど、こうも考える。
潤沢な予算は設計や人員にゆとりを生み、
冗長性の確保の点では有利だろう。
しかし、資金のゆとりは外注や委託が増えることを意味する。

ここで「プロジェクトX」を思い出す。
あのシナリオはいつもこうだ。
ライバルより圧倒的に劣る経営資源や状況のなかで
(むしろそれだから)、
これまでとまったく違う革新的な方法を模索し、
信念と熱意で実現に向けて取り組んだ。
はやぶさを救ったのは
「もしも…だったら」という危機を未然に予測した想像力であった。

はやぶさが潤沢な予算であったとは考えにくい。
しかしそれがかえって幸いしたかもしれないとも考える。

とはいえ、
はやぶさの後継プロジェクト「はやぶさ2」は、
当初17億円を要求した予算が
事業仕訳で3千万円に減額されたことは記憶に新しい。
国会議員一人分の報酬程度で技術者の人件費はおろか、
材料も買えないだろう。

はやぶさのプロジェクトは、
太陽系の起源を知る有力な手がかりとなる。
遠い過去は私たちや地球の成り立ちを教えてくれる。
そこから見えてくる未来がきっとあるはずである。

いまの時代、ほんとうに必要なのは、
未来への投資であると考える。
みんなが少しずつ出し合って(我慢しあって)
未来の夢をつくる事業に配分すべきではないのだろうか。

もし、このプロジェクトが失敗に終わっていたら
次の予算は付けるべきではないのか。
それは違うだろう。
科学技術の進歩は試行錯誤の繰り返しであり、
結果だけで判断できない。
はやぶさの成功には、
目的を達成することなく火星軌道を彷徨うこととなった
火星探査機「のぞみ」の経験が活かされているはずである。

今回のプロジェクトには日本の若手技術者が多数関わった。
「小惑星のサンプルリターン」というミッションを遂行するために
惑星探査機を7年間運用できたことは、
若手技術者に多くの実践経験を積ませることができた。
その意義は計り知れない。

これまで日本の政治は
未来の日本をどうつくるかを真剣に向かいあうことなく、
ただ目先の対応や有権者へのニンジンに終始した。
政権が変わっても、ばらまきの蛇口が変わっただけで本質的に変わっていない。
人気取りのパフォーマンスに眩惑されて
政策の本質を見つめようとしない有権者にも責任はあるだろう。

未来はどうあるべきか、どうしたいのか―。
一人ひとりの生活者が真剣に考え、
それぞれができることを日々積み重ねていくしかないのではないか。

posted by 平井 吉信 at 00:00| Comment(0) | 気象