この8月は歴史的な酷夏である。仕事場のエアコンを取り外して10年以上経過したので身体は室温35度ぐらいまでは慣れたが、それは昼の話(体温調整や水分補給がいつでもできる)。夜の室温も同程度で下がらない。
高い水温が蓄えたエネルギーが各地で局所的な豪雨となってもたらされている。特に夕方は一日のエネルギーの収支を精算するように、空に投影して境目なく海に溶け込んでいく。そんな地球の気象の海と空を、室戸岬と鳴門海峡で眺めてみた。
室戸岬には背骨(室戸スカイライン)がある。空海が到達したのは海沿いではなく尾根だったと確信しているので、海と空を見下ろすこの場所は千数百年の昔、空海の目にも届いていたはず。
土佐湾に沈む夕陽は雲に隠れて藍色の水墨画のよう。フジフイルムのカメラにはフィルムシミュレーションという機能があって、フィルムを詰め替える操作が疑似的(デジタル的)に行える。ぼくがここでよく使っているのは、フィルムシミュレーションのなかでもっとも忠実度が高い色再現といわれるPRO Neg. Stdというモード。


沸き立つ雲が太陽からの熱を失って上空に紛れ、海に沈んでいく


そのとき海面は雲の濃淡を映す。誰もいないこの海と空を眺めていると空海の気分。

以下の2枚はフィルムシミュレーションの違いだが、時刻で色調が変化するので設定のみによる違いではない


雲の切れ間から天使のハシゴが出現する。空海は修行中に明けの明星が口に飛び込んできたというが、それは海と空の境界にあらわれた割れ目の光だったのか、それとも虚空蔵求聞持法で瞑想状態となった精神が見せてくれた夢幻界なのか。それはオカルトの世界ではなく、集中と弛緩が一体となった境地で研ぎ澄まされた五感がもたらす(もしくは自分で引き寄せる)何かではないかと考えているが、実践するまで体感できないものがあるのだろう。この修行は虚空蔵菩薩が象徴する広大無限の宇宙の智恵(普遍の潜在意識)にアクセスするきっかけとなるのかもしれない。脳科学的には、既知の情報(論理)に瞬時に(右脳的)に理解する、未知の情報を創造、説明する脳のシナプス形成の手段かもしれないと思う。


「最後の審判」か天使の行き交うハシゴなのか

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瀬戸内海と紀伊水道の関所にあるのが鳴門海峡。淡路島側から四国を眺めている。

蒼の世界だった昼間が終わり、西に沈む太陽が見えつ隠れつ空が海面を染め、海面は空に反射する。そこに紫色の成分を感じる。

海峡を通過して瀬戸内海へと踏み入れた船と、西の空を背後に従えた漁船が波間で行き交う

いつまでも浸っていない、地球の日常。温暖化であろうとなかろうと、ヒトがいようといまいと、これからも続いていくことだろう。



(フジX-T5+XF16-50mmF2.8-4.8 R LM WR)
posted by 平井 吉信 at 23:49|
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