2017年06月25日

陰と陽の織りなす時刻 色彩がこぼれ落ちる


梅雨らしい雨は少し滴ったけれど
(局所的には大雨の地域があったが)
大地や森林に雨は足りていないこの頃。
湿度は高く蚊が飛び交う時刻。
庭のキキョウを見た。
薄墨色の夕刻に
深緑を背景に浮かび上がっていた。
昼とも夜とも言えない相補性の光から
物体に潜む別の色彩がこぼれ落ちた。
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たまには陰翳に富んだ音楽を聴きたくなる。
田部京子の演奏でブラームス:後期ピアノ作品集のなかから作品118を。
昨年夏までともに仕事をしていたあの人へ。
新居浜の空に掌を合わせながら鎮魂の歌として。
http://amzn.to/2t5AkrR

生きている者にはまだまだやるべきことがある。

(フジX-T2+XF35mmF1.4 R)
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2017年06月22日

庭のキキョウ 一日眺めてみたいけれど


イングリッシュガーデンのようにも
ドイツ風庭園にも見えるけれど
猫の額ほどとはこのこと。
でも、正方形の箱庭視野(韻素多蔵夢)で見たら?
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まあ。どうでもいいけど、庭のキキョウ。
種を蒔いて数年、
時期が来れば自然に生えてくる。DSFT2142-1.jpg

冬咲きの野菊と競争しながら
いつのまにか追い抜いて
ついに花をつけた。
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おみごと!
と言っては韻素多蔵夢ふう。
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おっと、こんな時間だった。
(蚊にさされながらの撮影に浪漫はないのだが、写真は浪漫を勝手に語り出すものだから)

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キキョウに紛れてあやしき朱色がぼおとたたずむ。
植物は不思議だね。
どこからどうやって辿り着くかは知らないけれど
来たければ来ればいいよ。

見上げた空は雲の織物だった。
夕食は冷や奴にしよ。
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(フジX-T2+XF35mmF1.4 R)
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2017年02月11日

ミノルタMD85mmが捉えた冬の光


自由な世界に憧れた20代、
南太平洋で昼寝をしたり、
南アルプスのテントで震えていたり
遠野で河童に出くわしたり
南四国の沈下橋から飛び込んだり。
それはいまも変わっていないけれど
どこに行くのも連れだしていたのが
ミノルタのX700とMDレンズ。

デジカメの時代、
フジのX-E2にマウントアダプターで取りつけて
MDレンズが蘇った。
これはMD85oF2、典型的なポートレートレンズ。
かつてはミノルタの明るいファインダーで
渚の笑顔を見ていた。
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そのレンズを、庭の桃に向ける。
太陽が大気を貫いて届く。
をの光を受け止めて
いまが盛りと寒風に凛と咲く。
ときを経たロッコールの色を
フジの色が受けとめた。
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MD85mmf4、1/950秒、
緑のコーティングを突き抜けた光は数十年振りではなかったか。

雪に閉ざされそうな寒空の下、
決して恵まれた場所に植えてもらえなかった桃が
全身全霊で咲く。
振り返ることなく、ここで咲く。
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(X-E2 プロビア JPEG無加工)
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posted by 平井 吉信 at 16:13| Comment(0) | 家の庭

2017年02月03日

春の足音 日に日に高く


庭の桃がまた一段と輝きを増している。
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朝の光、きょうも浴びる。
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(ニコンD7200+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR)
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posted by 平井 吉信 at 09:54| Comment(0) | 家の庭

2017年02月02日

青、赤、桃が直列する朝 


出張続きの日々に小休止の朝、
庭に出ると桃が咲いていることに気付いた。
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今年はじめて実を付けた南天とともに
青い空、赤い実、桃の花、さらに雲が並んだ。
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肌寒い気温の背後には音を立てず
次の季節が待ち構えている。

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2016年12月05日

庭の野菊が初めてひらいた2016.12.5


特に園芸植物を植えたり手入れをしたりせず
庭に来る生き物や生えてくる植物を観察している。
数年前から定着した野菊(園芸種かもしれないが)だったが
2016年の夏の暑さですっかり枯れてしまった。

これまでにない経験だった。
エアコンを付けずに夏をやり過ごしたが
今年の夏は人間にも手強かった。

その冬は野菊を見ることができないとあきらめていたが
それがどうだろう。
朝の太陽に照らされて
東を向いて咲いている。
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誰も見ていなくても
そこに 咲いている、咲いている。

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(フジX-E2+XF35mmF1.4 R → f6.4、ISO200,1/350、MCEX-11で拡大、)

posted by 平井 吉信 at 09:22| Comment(0) | 家の庭

2016年11月20日

庭の花 11月編。どこにでも ありきたりの それでいて あの感覚


朝起きて庭を見るのが日課。
特に手入れはせず、特に何かを植えることもなく
季節の移り変わりとそこに現れる野草を愉しんでいる。
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花を見ていると、後ろから「おはようございます」と。
子どもを保育園に送り出す近所の若い女性。
かれんでしとやかで快活な人はどこでも好感度抜群。

ノギクはここ数年で定着した、と思っていたら
今年の夏の高気温で枯れてしまった。
ところが秋が深まると芽が出てきた。
さっそくやってきたのがヨモギハムシ。
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春先にはテントウムシの集団がやってくるけれど
今年はほとんど見かけなかった。
庭のなかにも主人公の入れ替わりというドラマがあるのだ。

フジのX-E2で光の当たり始めたノギクを撮る。
久しぶりにかつて持ち歩いた銀塩用のミノルタのX700を取り出す。
ファインダーを覗いてピントを合わせると
明るい映像がマイクロプリズムとスプリットイメージで浮かび上がる。
このカメラ、高倍率でミラーの反射率が高くマット面が明るくしかも切れ味があるため
世界の歴代一眼レフでもっともピント合わせがしやすい。
カメラを構えたときにはもうその作業は終わっている、
というケンシロウのような感覚(「おまえはもう合焦している」とは言わないが)。

ニコン、キヤノンと異なる世界観を提示する
ミノルタX700のPOPな感覚は自由な旅を盛り上げてくれた。
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(フイルムを詰めればいまも現役。南半球も3千メートルの高山も歴史の遺構や民俗学的な場面もしとやかな被写体にもこのカメラで立ち会った。職業写真家ではないけれど、カテゴリーの異なる大手出版社からの仕事も2台のX700でやっていた)

この感覚、なつかしい。
そこでレンズだけを取り出してX-E2に取りつけてみた。
ザ・標準レンズ対決。焦点距離の差のためフジは被写体に近寄って写している。

ミノルタNewMD 50mm/F1.4→ f4
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フジノンXF35mmF1.4 R→ f4
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最新のレンズはさすがにコントラスト、階調、色再現ともすばらしいが
ミノルタはふわりと光を遊ばせている感じ。
もっともレンズからの信号を受けられるフジは
RGB情報や距離情報を活かして画像処理しているかもしれない。

最初のヨモギハムシはニコンの一眼レフ+マクロレンズだが
そこでフジの小型デジカメX20も使ってみた。
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このカメラは2/3インチのセンサーだが
1/1.7〜1インチは近接広角マクロで代えがたい写真が撮れる。
料理の写真もたいがいX20で撮影している。
首にかけていても忘れるぐらい軽く、手持ちでどんどん撮れる。
フジが生産中止としたのは惜しい。
日常持ち歩くカメラを探している人は
カシオのEX-ZR4000がいいかもしれない。
http://casio.jp/dc/products/ex_zr4000/
http://amzn.to/2gweE3q

ムラサキカタバミも常連さんで季節を問わず気まぐれに花を咲かせる。
いまは端境期のようだが、虫の視点でカタバミを見てみよう。
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緑を見ているとなごむ。
夜のなごみはこれ。
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バスクリンから限定販売の「茶香炉から立つ玉露の香り」。
この香りが湯気に立ちこめると、魂が遊ぶあの感覚。
あの感覚とはあれ。ほら、あれ。
思い出した。猫にマタタビ。
(言葉が出てこなかった。猫になったことはないようなので正確な心理描写かどうかわからない)
塩も入っていて皮膚の上を毛細血管が喜んで流れる感じ。
歴代のバスクリンのなかで人工的な癒しの匂いがしないのに
自然を感じさせ、かつ入浴効果が高い出色の仕上り。
(企画品という位置づけなのであっという間になくなるかも)
(徳島の人、耳を貸してください。Dで始まるディスカウント店で300円台で売られています)
http://makernews.biz/201609286877/

湯から出て水を飲むとき、
ワインかウイスキーを少し口に含み
音楽を静かに流して眠りに就くと、
極上の一日が終わる。
(幸福がはらりとこぼれおちる)。

タグ: ミノルタ
posted by 平井 吉信 at 13:40| Comment(0) | 家の庭

2016年09月22日

露草、月草、蛍草、帽子花、藍花。小雨の朝、休日は…


8月までの降らない空とうってかわって
降る休日となっている9月。
台風後に行きたい山も川もなし。
朝はすだちをもいでいる、と友人から連絡。
(手伝いに来て、その後に紅茶でもいかが、という誘いか?)
決めかねて庭へ出ると
控えめな青が空間に浮かんでいる。
小雨のなかで三脚を据えてマクロレンズで覗いてみる。
霧の深山で思いがけず見つけたひそやかな花のような…。
子どもの頃から親しみを感じていた。
その花の名はみんな知っている。

月草に衣は摺らむ朝露に濡れての後はうつろひぬとも
(万葉集 第7巻 作者不詳)
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そのようなことがあったかなかったかは詠み人知らず。

(ニコンD7200+AF-S Micro 60mm f/2.8G、フラット・リッチ・カラー=オリジナルピクチャコントロール)

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posted by 平井 吉信 at 10:53| Comment(0) | 家の庭

2016年06月22日

雨の上がった夕刻の庭にて


雨の雫を宿した草花。
この庭は手入れすることなく
ただ放置することで
どのような草花が現れるかを観察する楽しみもある。

それが毎年顔ぶれが変わっていくのだ。
ムラサキカタバミは常連だが、それとて生える場所が違っている。
ユリはなぜ、生えてきたか?
ツユクサとムラサキツユクサはどこから侵入したか?
野菊がいつから定着して勢力を広げたかは憶えていない。

闇に溶暗する前に光を放つキキョウ
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雨に打たれても咲く
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これは今年初めて自生してきた
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調べてみると、ヒメヒオウギズイセンと呼ぶらしい。
かつて外国から輸入されて野生化したもので繁殖力が旺盛とのこと。
なぜ、これがやってきたのかを探ってみると
近くの溝に自生しているではないか。
その種子が飛んできたのだろう。

ムラサキツユクサだろうか、どのような花を咲かせるだろうか
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フジのプロネガスタンダードの設定色。忠実に黄昏に溶け込む葉を再現する。
(フジX-E2+XF35mmF1.4 R)
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開花したツユクサが。
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ツユクサとムラサキツユクサの饗宴はおもしろい

余談だが、X-E2はファームウェアの書き換えで
電子シャッターが導入されてから
格段に画質(手ぶれ)が改善した。
通常なら三脚を持ち出していた明るさや
マクロ領域で手持ちでどんどん撮れる。
(これはミラーショックを構造的に抱える一眼レフでは不可能な領域)

フランジバックが短く開口部を広く取れるミラーレスは広角レンズで有利。
それに加えて望遠でもコントラストAFとEVFでの部分拡大でピントが確認できる。
そのうえ、シャッターショックをなくすことができる。
同じ理由でマクロも操作性がいい。
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posted by 平井 吉信 at 20:42| Comment(0) | 家の庭

2016年05月12日

庭のムラサキカタバミ 晴れて


久しぶりの快晴の朝、
先日開花した濃い色のムラサキカタバミを見た。
雨で花弁は少し痛み、
相棒の花はしおれてしまったけれど
五月の陽光を受けて風に揺れている。

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フジX-E2+XF35mmF1.4 R手持ち撮影(プロビア=JPEGそのまま)
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2016年05月09日

庭の小さな変化 鮮やかなムラサキカタバミの出現


猫の額ほどの小さな庭を毎日眺めていると
思いもかけない変化があって楽しい。
季節を問わずムラサキカタバミが、日向に木陰に出現するが
ほとんどは桃色から淡い赤紫である。

ところが、5月上旬に発見したこの個体は
それまで見たことのない赤紫系である。

シコクカッコウソウの無念を思うと
胸が痛んだ数日であったが、
雑草に宿る思いがけない生命の輝きは
心にひとときの明かりを灯す。

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中心部の色合いが複雑で万華鏡のよう。
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フジX-E2+XF35mmF1.4 Rで手持ち撮影(JPEGそのままの色再現)
(中間リング使用)
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posted by 平井 吉信 at 10:30| Comment(0) | 家の庭

2016年01月29日

あざやか、あでやか、あしたも


誰も植えていないのに
いつからかここに生えて数年になる野菊。
朝日が当たる庭できょうも眺めている。

1月最初から咲いている花。
まだまだやれるよ。
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あっ、小さな頭をもたげている。
小さなつぼみ、見つけた。
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これから開くところ。
あざやか、あでやか、あ、
あしたもみよ。
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追記
富士フイルムの標準レンズ XF35mmF1.4 Rは奥が深い。
純正のリングを入れると
マクロレンズに早変わり。
設計では想定していない距離だけれど
画像が崩れない。
撮影してそのままのJPEG映像のあざやか、あでやか、あ、
あしたも撮ろ



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posted by 平井 吉信 at 23:23| Comment(0) | 家の庭

2016年01月26日

何度でも立ち上がる カエデの根元の一輪の


新居浜からの帰り、束の間の休息に駆け足の買い物。
別子山の漬物(梅干し、たくさん)、こんにゃく。
地域おこし協力隊の村松聡さんのおすすめが決め手となった。

これは!とうならされる品の良い風味。
京都でもなかなか食べられないのではと。
今頃は雪に閉ざされているだろう別子山地区で
時間をかけて準備されたもの。
(梅干しは自分で漬けているのでわかる)
丹精された食材から山里の風情と心がこぼれる。
(ご活躍、お祈りしています)

地元の方のおすすめで買ったお菓子は
永久堂の「青いレモンケーキ」。
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こちらは定番の「瀬戸内レモンケーキ」。
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雪の余韻と賑わいを思い起こしながら
ありがたくいただいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まだまだ一部で凍結が続いている今朝、
庭に出るとカエデの根元で野菊が
風雪に耐えて残っていた。
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少し色が傷んでいるけれど
朝の光を真っ向から受けて
何度でも立ち上がる。
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こちらは1月4日の姿。
ぴゅっと光を反射しそうなぐらい、みずみずしいけれど
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いまは風雪に耐えた花が持つ
包み込むような愉悦と円熟が光となってこぼれる。
おだやか、まどか、きらびやか―。
輝いているよ、と声をかけた。
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2016年01月04日

光あびてすくすくと 新年のみなさまのように

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新年のご挨拶を申し上げます。

広大なインターネットの大海で
ここを訪れる人は一日数人、多くて数十人ですが、
そのためにも地道に発信を続けていく所存です。

例によって年賀状はお出ししていません。
誰に出して誰に出さないかを決めることはできませんし、
(年賀状をいただいた方へもご返信できておらず申し訳ございません)
 → 神仏に祈る

そもそもルーツをたどれば、すべてつながっています。
かつて旧人類として別種の人類であったネアンデルタール人、デニソワ人すら
現生人類と混血していると判明したのが数年前。
地道なDNA配列の解析の成果からでした。
 → ネアンデルタール人は私たちと交配した

それゆえ、人を含むすべての生きとし行けるものを
あたためつつ書いています。

この国や世界をめぐる情勢、地球環境や生態系をみれば
滅び行く序曲のようにも洞察されます。
そのような社会であっても
希望を持って
その日できることを生ききること。
例え、明日なにかが起ころうとも
やりきった充実感を糧に。
(それさえも逝くときは持っていくことはできませんが)

庭の野菊が新春の光に揺れています。
(2015.1.4午前撮影)。

これがいまの気持ちです。
このWebサイトをご覧になられる方もそうでない方へも
親しみを込めてご多幸をお祈りいたします。

楓の根元からすくっと太陽をめざして立ち上がる
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朝の限られた時間だけ光が届くわずかな隙間で存在感をたぎらせて生きている
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旬を迎えて花をひらいた誇らしい野菊の高揚感が人の心をもひらかせる
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2015.1.4 平井 吉信

約20年前のタムロンのミノルタMDマウント用のレンズ(90mmF2.5・52BB)を
アダプターでフジX-E2に付けてみました。
伝説のマクロレンズは当時と変わることなく健在です。
https://www.tamron.co.jp/data/a2-lens/52bb.htm

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posted by 平井 吉信 at 12:40| Comment(0) | 家の庭

2015年12月28日

冬至の頃 ひだまりで背伸びして

いつ頃からか、
庭に野菊が咲くようになって数年。
冬至の頃、我先にとかれんな花をつける。
(昨日の第九のあとでは風景が変わってみえる)
生きることにこれだけひたむきになれるよ、
と笑うように。

誰かに届けたいから
そのほほえみ、ここに置いた。

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フジX-E2+XF35mmF1.4 R
ここから汲み出される色彩はこの世のものとも思えない。
フジ純正のマクロエクステンションチューブを使うと
AE、AFもできるマクロに早変わり。
ピントは自分が前後して合わせる感じ。
http://fujifilm.jp/personal/digitalcamera/accessories/lens/mount/
2種類あるが、使いやすいのはこちら。
FUJIFILM エクステンションチューブ MCXE-11 MCEX-11

 → 富士フイルム ミラーレス一眼 X-E2 ズームレンズキット ブラック F X-E2B/1855KIT

 → FUJIFILM XFレンズ FUJINON XF35mm F1.4 R 単焦点 標準 F XF35MMF1.4 R
手頃な価格だけれどミラーレスのレンズに一時代を築いた名レンズだと思う。
(2015.12月末現在ではアマゾンで3000円引きキャンペーン中)

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posted by 平井 吉信 at 20:18| Comment(0) | 家の庭

2015年09月14日

朝日を受けた庭のツユクサ


おはよう。
朝起きて見つけた。
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ツユクサは、古来から野辺に咲く花として親しまれている。
うちの庭には昨年まで生えていなかったが
今年はキキョウの近くに生えてきた。

昨日は赤い花が咲いていたが、
きょう見ると花はなくなっている。
こんな小さな庭でも
どこからかやってきて花を咲かせる。
そのまま数年定着するものや
そのときだけで終わるものもある。
どこにでもあると見過ごしがちなツユクサだけれど
朝日を透かして輝いていた。
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この花を見て沸き上がる歓びは
いのちを感じる心の動き。

80歳まで生きるとして29,200回の朝を迎え
同じく夜を迎える。

一期一会の朝をどのように迎えるかで
人の一生が決まる。
何をするかを迷うことなく、
どのように過ごすかを心して生きてみる。

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posted by 平井 吉信 at 00:31| Comment(0) | 家の庭

2015年09月06日

そこに ○○があるから。気がつけば劇場

花や虫、山や川を見ている。
そこに徳島、四国の魅力があると思うから。

創造主の設計図(DNA)というか
こうなりたいと想う魂が降りてきて顕現化すると
それが、花になったり虫になったり。

でも、花というかたち(色)が尊いのではなく
そこにある霊性(空)と共鳴できたら。

10代の頃に感じたこと。
京都のとある庭に置かれた岩を撮ろうとして
同じようにうずくまって数時間。
どこまでが被写体で
どこまでが自分なのかの境があいまいになり
ふとシャッター音で我に戻るという感覚。

ここに書いている文章も
頭につながった音を言葉に紡いでいる。

自然だけでなく人も同じ。
対立ではなく無心に受け容れてみると
事態が動き出すことがある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小雨の庭で思いがけない花がある。
赤や白が混じり花火のような場面。
(……)
わかった。
花たちが劇場を見せてくれているんだ。

姫に襲いかかろうとしている悪者がいる。
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しかし、その背後に姫を守る勇者、付き人が見守っている。
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姫は安心する。
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ところが、悪者に見えた相手も
実は心のやさしい民であったというオチ。

その横には、
6月から咲き始めたキキョウがいまも見事に咲いている。
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ありがとう、と花たちに目礼。

花や虫、山や川を見ている。
そこに生きている意味があるように感じるから。


【追記】

アマゾンのレビューを見ていると
壊れやすい、すぐ壊れたので×というものが目立つ。

同じものを使っているぼくは壊れることにほとんど遭遇しない。
モノにも精神が宿ると感じているけれど
他力本願で生きていると
モノから発するわずかな兆候に気付かなかったり
感謝の気持ちがなくなっていたりする。
すると、もうそこには
人とモノの織りなす場がなくなって相互作用(愛情)がなくなる。
その結果、なにかが変わって壊れてしまう。

クルマだって、10数年とか20万km走行などと長く使っている。
レコード盤は数え切れないぐらい再生してもすり減らない。
持ち物のなかには小学校の頃から使っているものもある。
カメラも持ち出すけれど、いにしえの機種も完動品である。
ライツミノルタなどは新品で通用しそうだ。

デジカメでは、
フジのX-E2とニコンD7000が主力機種。
いずれも最新ではないけれど
思いのままに写ってくれる。

説明の要らない場面では
小さなカメラが良いように思う。
カメラの存在感が場に与えるメッセージとでもいうか、
場の持つ空気感を神聖に思うときは小さなカメラ。
撮ってもらいたい気持ちなどに応える姿勢なら一眼レフなど。

かすかな感性のふるえを再現するためには
それなりのカメラがあったほうがいいように感じる。
道具に感性を合わせるのではなく
感性に道具を合わせる感覚。

ニコンD7000
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フジX-E2
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今回の庭の写真はフジで撮った、
と推察する人もいるだろうけれど
(ニコンは色が…という人がいるけれど、ぼくはそのようなことは感じない)
現実感のなかにファンタジーを描いたのは
ニコンD7000+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VRである。
特にフラットというカラーモードが生きている。
(Web上では再現できないけれど、ナナオの色再現性に優れたカラーモニターで眺めると息をのむほどの美しさ)


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2015年08月30日

庭にやってきた若草色のともだち  



朝、庭に出て見つけた。

秋なのに若草色をまとって
和菓子のような飾り。
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山野草に話しかけるように
イナゴに指を近づけると飛び乗った。
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理屈でなく感じるものがあるよね。
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宇宙一の理想望遠鏡で前を見たら、自分の後頭部が見えた―
という宇宙冗談があるけど。

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身近な生き物は
時間と空間を流れる目に見えない大河によって
時空や言語や種を越えてやりとりしているはず。

感じる心があれば
家族も友人も地域も国もこの地球も
見えてくるものがあるのかも。

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posted by 平井 吉信 at 13:19| Comment(0) | 家の庭

2015年02月15日

桃がゆらめく朝


目が覚めてカーテンを開けたとき
2月の半ばというのに、春霞を感じた。

庭の桃はすでに開花していた。
花を明滅させるのは、朝の陽光。
風がとまり陽炎のように揺らめく。

太陽をぐるりと巡る365.2422日の
自らもぐるりと巡る23時間56分4秒の
その刹那。

桃下で空を見上げた。
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北の国の人たちへ
一足はやい南国の春をどうぞ。


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2014年07月04日

サンダル数歩の視界から遠くへ飛ばす

朝起きて庭を見守ると
雑草の森にさまざまな虫がやって来る。

園芸種の花だって一つひとつが小宇宙。
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子どもの頃、よく見かけたゴマダラカミキリ
みかん畑で飛び交っていた。
小さな庭になぜやってきた?
数が減っているのだろうか。

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モスラの顔をどうやって撮影したかって?
手も触れていない。
もちろん、生きている蛾だけど。

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こんな小さな庭だけど
雑草とどこからかやってきた虫でいのちが躍動する。
ほんのひとときのミクロコスモス。

でも、そこからはるかな空に思いをはせるのだ。


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posted by 平井 吉信 at 23:54| Comment(0) | 家の庭