2021年05月09日

小人になって庭を探検する その2回目


身体が小さくなって数日が経過。
見るものすべて新鮮だ。
見た目は小人、頭脳は大人、というキャッチフレーズで行こうかな。

庭に出て野菊をロープワークで登っていくとテントウムシのサナギを集団で見つけた。
熊のように巣ごもりしているのではないのに毎年いつもやって来るのはどういう本能だろう。
ナナホシテントウの成虫もいた。
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ヒイラギの頂上を見たくて桃の木をロープワークを使って登っていく。
新芽が美しい。自然界はどうやってこの色と造形をつくりだすのだろう。
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葉が広がる根元に近づこうとすると虫がいる。なんだろう、ゾウムシの頭のようだが。
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近くには小さな虫がいる。これもわからない。
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ヒイラギの葉にハナアブの仲間がいる。体長1センチ少々。
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おっと、動きの速いアリがいる。これは怖い
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ハナアブ(仮)は葉の表面を舐めている
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さらに近寄ってみる。目は微少の複眼のようにも見える
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ヒイラギの新芽は抱き合うように出てくるんだね。
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実は小人でいられるのは10分程度。身体がむずむずしてきたので元の大きさに戻ることにする。
小人の額ほどの庭にも見どころがたくさんあるんだね。

小人になった理由? また今度ね。
posted by 平井 吉信 at 23:08| Comment(0) | 家の庭

2021年05月04日

小指ほどの身長になってしまったので庭の探検に出た


小さな庭であっても
もし人間が小指ほどの大きさにでもなったら
小さな庭は驚異の国になり得る。

おお、これが人間時代にスーパーで65円で買ったすみれか?
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おっと 凶暴な蟻に出くわしたので隠れよう
(動きが速くてとても逃げられそうにないが幸い気付かれていない)
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蟻が去ったのでスミレを見てみよう
こんな櫛のようなかたちがあるのか
風呂で身体をこするブラシに使えるな
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野菊の若葉もたわしのようだ
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見慣れたムラサキカタバミも
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これはテントウムシの幼虫だ
人間時代に知っているから怖くない
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アブラムシを食べる肉食だから注意は必要だ
触ってみるかって? いいや

どうやって小さくなったかって?
そのことについては近々このブログで発表するので要注目。

posted by 平井 吉信 at 11:00| Comment(0) | 家の庭

2021年05月02日

数歩の別世界 

ほんの数歩の庭に出て植栽のすみれを見ている。
するといたいた、黒に朱点を持つテントウムシ。ナミテントウだ。
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風は強いが晴れ間がのぞく。
ユウゲショウが隙間から顔を出して瞬く間に開花
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別の場所のユウゲショウの近くにはテントウムシの幼虫
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ここにもテントウムシの幼虫
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キキョウも例年のごとく伸び盛り
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きょうもスミレは咲いている。
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こうして何時間でも見ていられる。
posted by 平井 吉信 at 12:19| Comment(0) | 家の庭

2021年04月29日

65円のスミレは庭で存在感を放つようになってきた 


COVID-19は変移による猛威を振るっている。
もはや人類には感染の蔓延を防ぐ術がないように思える。
国にできることとしたら、企業や商店という単位でなく
国民全員に生活費を数ヶ月にわたって配布して
自宅で待機してもらうほかない状況に至っている。

実は相当疲れている。
補助金、給付金などの申請に困った人たちの駆け込み寺となっているが
その対応も限界に来ている。
国や県は一度すべての補助金を中止すべきだろう。成長や挑戦のためのカンフル剤の補助金活用は健全だしそうした事例は愉しくてむしろその場に居合わせたくなる。しかしもらえるものはもらっておけの安易な動機でリスクを負わずして経営ができるだろうか? 自然体でリスクを負わない経営ができるよう考えるのが経営のあるべき姿ともいえる。それを『おだやかな経営』として提案している。ただし申請書も書けない=分析とプロセスがない=ままで補助金をもらおうとしてもうまく行くはずはない。

(入れ替わり立ち替わりの「ちょっとお尋ね」を聞いていると次々と音溝をトレースするカートリッジ=レコード針の心境)

半月ほど前にスーパーで買ってきた65円のスミレ(園芸種だが名前はわからない)が
花が次々と開花して見頃となってきた。
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庭に移植したときにはなかったタカサゴユリが伸びてきて屋根のようになった。
日が当たるところとそうでないところがあるが、スミレにとって悪い状況ではないだろう。
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ヒイラギがルビーのよう
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拡大してみると精緻な構造が見える。
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青海波のような花の咲きっぷり。
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朝日を受けてスミレの姉妹たちが勢揃いしていると
植物図鑑から飛び出してきたよう。
そんな話題を起こしていかないとどうしようもない。
国や県に危機感がないのが心配だ。
杞憂に終わると良いが。

追記
久しぶりにニコンのカメラ(D7200+AF-S Micro 60mm f/2.8G)で撮影。
色の遷移が自然なニコンの画は気持ちが落ち着く。
特定の色が自己主張せずひとつのキャンバスに溶け込んでいるとでもいえる。
フジは濁りを除いて色を鮮やかにするが(記憶色)、
それが居心地の悪さにもつながる。
かといって往年のポジやネガの雰囲気を模してもそれが本質ではないような気もするのだが。
ここでのニコンはやさしい空気感だが臨場感、現実感のあるもの。
優れた性能とはほんとうにさりげないもの。
posted by 平井 吉信 at 21:48| Comment(0) | 家の庭

2021年04月09日

テネシーワルツと青い瞳のスミレ


眠りに就く前に柳ジョージを聴いていた。
夢のなかで「青い瞳のステラ 1962年夏」が繰り返された。

どんな理由かわからないが、異国の地(日本)に流れてきたブロンドの髪の女性。
赤いキャンディー、白いペンキ、夏の風と原色の色彩がたたみかける。
派手な化粧に濃いオーデコロンと生活はくたびれていたかもしれないが
子どもの俺を可愛がってくれた。
帰る(還る)ことのない故郷のテネシーを思いすすり泣きが聞こえる。
夜明けまでに彼女の哀しみは癒えるだろうか?
いまは港を見下ろす丘で静かに眠るその女性を偲んでいる、という情景に包まれる歌。
柳ジョージの声だからいい。この楽曲を収録した2枚組のLP「Woman and I」は名盤(CDの入手は難しくなっている。10代のぼくにこのアルバムの存在を教えてくれたのは年上の女性だった)。

日本のスミレが好きだが、自宅で眺めるために連れ帰ることはできない、したくない。
野に咲いてこそすみれ、だから。

ある日、近所のスーパーで小さな鉢に閉じ込められた一鉢の薄紫のスミレ(園芸種だが種類はわからない)に出会った。
65円…。
庭に離してやろうと思った。
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日本生まれでないかもしれないが
日本で育っただろう。
「テネシーワルツでも歌いましょうか」
そう言っているように見えた。

スミレに近づくのはハナアブ、おそらくホソヒラタアブ。
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近づいてみると多少メタリックな質感が印象的。
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羽を閉じると違った印象
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自生であれ植栽であれ、青紫の花弁に見つめられるとしゃがんでしまう。
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追記
柳ジョージの隣にaikoのカブトムシのシングルCDがあった(アルバムではなくシングル。だってこの曲だけで一つの小宇宙だから)。
久しぶりに廻してみると
感情のほとばしるうねりに息つく間もない数分。
意外なコード進行に導かれる旋律は歌詞に寄り添い一体化して
生き物(等身大のaiko)の息づかい。
そのまっすぐな強さ、その裏の切なさ。
ノンビブラートの歌唱、裏返る声、リバーブを排して聞かせる録音。
この人だけが書ける曲、歌えるうた。

でもぼくは「シアワセ」がさらに好きだ。
地球でふたりの刹那、一瞬が無限になり瞬間が無限に続くような幸福感を歌の世界で凝縮できるなんて。
(これもシングルCDで持っている)

タグ:aiko スミレ
posted by 平井 吉信 at 23:14| Comment(0) | 家の庭

2021年02月09日

桃の花さらにさらに


開花から一週間ぐらいで満開になった。
巷は感染症の冬が続いている。
それでも季節は進み
陽光を浴びて花の盛りもまさに。
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水音ゆるみ、さらにさらに。
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眠りに就く前に「Winter into spring」を小さな音でかける。

01. 一月の星
02. 二月の海
03. 波
04. きらめき
05. レイン / ダンス
06. 花 / 草原
07. ヴェニスの夢 イントロダクション
08. ヴェニスの夢 パート2


氷の湖に波紋を拡げるようにじんわりと空間にカツーンと(January Stars)。
そして駆け出すような春爛漫を迎えるのだ。
(ピアノで画く三寒四温だよ)


追記
ダウンロード音源をヘッドフォンで聴くのも悪くないが
できれば小音量でいいからCDプレーヤーから再生してスピーカーから空間に再生すると
生きていてよかったと思える瞬間が味わえる。
(那賀川のきらめきを見ながられんげの野を走った子どもの頃を思い出す)



posted by 平井 吉信 at 17:02| Comment(0) | 家の庭

2020年12月09日

訪問者あり 庭のノギクに来る


晴れた朝の日課で庭のノギクを見る
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今年は去年までいたるところに来ていたテントウムシをほとんど見ない
ある日見かけたのはハナアブの集団(この日だけだった)
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(簡単そうに見えるけど近寄って飛んでいる虫を写すのはコツがいる)

カメラを小さなセンサーのフジX20に持ち帰る
華やかな色彩でノギクをとらえた
(X-T30のほうが自然な発色だがX20は記憶色に振っているようだ)
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小さなテントウムシを撮るにはこのカメラしかない。
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冬のぬくもり あたたかさ 感じたらきょうも夜中までの仕事が始まる。
posted by 平井 吉信 at 23:28| Comment(0) | 家の庭

2020年12月05日

光の淡い色合いを楽しむ 朝のノギク


自宅の庭にいつしか咲くようになったノギク(もしかして栽培種?)を毎朝見るのが日課。
陽光を浴びながら花を見ていると時間の経つのを忘れる。
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おや、南天の実に勢いがある。夏場の天候かもしれない。
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追記
フジX-T30+XF35mmF1.4 R(中間リング「MCEX-11」使用)
レンズにもボディにも手ぶれ補正はないけれどマクロ域でもすべて手持ち撮影。
すばやいAFと機動性のある軽量な本体とレンズに加えて
上級機と比べて短いシャッターストロークで風のおさまる一瞬で切り取る。
息をするだけでピントはずれる浅い被写界深度だけど
体幹を鍛えると人間が三脚になれるかも。


透ける光のひだのような美しさ、
絹をまとったような淡い光芒などフジフイルムの独擅場。
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X-T30は良いカメラだね。

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posted by 平井 吉信 at 11:28| Comment(0) | 家の庭

2020年11月29日

光のやりとり ノギクとヒト


毎日庭へ出て朝の陽射しを受けながらノギクを眺めている。
誰も目を留めないその小さな存在が小宇宙。
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無遠慮に覗き込むように接近する人間をどう思っているのだろう。
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わかってもらえていると思う。
微笑みを返す代わりに光を宿してこちらに向けているような。
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花びらが黄色の輪からも出ているなんて
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見るともなくノギクの光にひたっている
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実は先客がいた
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「もっと」ではなく「あるがまま」に気付くと
はるか遠くを夢想していた旅人の掌に青い鳥がいる、のかも。



山野草や花はほとんど標準レンズ1本で撮っている。
フジX-T30とXF35mmF1.4 Rを使えば誰でもこんな写真が撮れるはず。
posted by 平井 吉信 at 22:07| Comment(0) | 家の庭

2020年11月26日

庭のノギク 今年も咲いた 光思いにふけるよう


いのちがあるかぎり、できることは無限にある。
無限にあるけれど人の時間は有限であるから
できることにも限りがある。
あのベートーヴェンですら、もっとやりたいことがあったかもしれない。
(それにしても数百年を経てなお人々を感動させるのはどのような言葉も形容できない真の芸術家)

季節が来ると花がひらく。
いつからやってきて、なぜこの庭に生えるようになったかは知らないけれど
咲いている姿を見ると、これは自然の芸術だなと思う。

おや。
数日前に寝ぼけまなこのつぼみを見つけた。
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陽光を浴びてあくびをしているようにも見える。
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それから二日後、花は増えていく。
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さらに四日、花は思い思いの場所で物思いならぬ「光思い」に咲いている。
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寄らば大樹(桃)の影とばかりに接近している
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ヒトの社会と違ってにぎわいにあふれている
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拡大するとお客さんが来ている
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何を悲観しているんですか? 人間にそう問いかけているよう。
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(フジX-T30+XF35mmF1.4 R)
posted by 平井 吉信 at 20:57| Comment(0) | 家の庭

2020年04月24日

庭の花 4月中旬編


うちの庭は手入れをしない。
いつのまにか、どこからか植物がやってきて花を咲かせる。
なかにはどこかの花壇から種がとんできた園芸種もある。
人間が助けるのは飲んだあとの緑茶と紅茶の茶葉を毎日散布しているぐらい。
朝の光を浴びて食事の前に庭を見るといい感じ。

白いユリのような花はスイセンアヤメというらしい
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キキョウとノギク、キキョウは6月頃、ノギクは12月頃咲くのだが
同じ場所から競い合っている。
同時に咲くと壮観だけれどそうはいかない。
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園芸種のスミレが地上すれすれに咲いた
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園芸種にうといのでこれがビオラなのかパンジーなのか、どちらでもないのかわからないが
陽光を浴びて背伸びしているその姿を見るだけでいいじゃないか、名前なんて。
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お時間のある方は牧野富太郎博士の植物図鑑などをめくってみるのもいいかもしれない。
カフェで眺めて愉しい 牧野富太郎の植物図鑑(牧野図鑑) その特徴と選び方




posted by 平井 吉信 at 12:24| Comment(0) | 家の庭

2020年02月15日

春の気配(近所と自宅の庭編)


山野草の花は咲いていなくても
冬日のおだやかな散策は何物にも代えがたい(中津峰)
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まだまだ冬の気配が濃厚な2月上旬だったが
これからがしばりが緩んでくるだろう。
もっとも「緩む」の実感のない冬だが(とくしま植物園)
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庭をみれば
咲き終わった野菊がすでに新芽を出し
桃の花びらの隙間から
ムラサキカタバミがあちこちに顔を覗かせ
スミレのような葉が際立ってきた。
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今は冬でも来たるべき春への備えを行っている。
出口が見えず凍てついているのは虚構に墜ちた政治の世界。
名もない草ひとすじこそ手本とすべき生き方では。
posted by 平井 吉信 at 13:05| Comment(0) | 家の庭

2019年12月21日

週末の朝を野菊を見ながら迎えたなら


冬のひだまりは北西の風をしばし除けて
朝のひだまりを用意してくれる。
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花に顔を近づけて香りを嗅ぐ。
沈黙を破って風が吹いても
ざわめきはいつか止む。
posted by 平井 吉信 at 23:40| Comment(0) | 家の庭

2019年12月09日

きょうも朝が来た


東から差し込める日の光を浴びて
きょうも庭の野菊が咲いている。
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このいまが奇跡の時間。
無常(移ろいゆく世界)が常の世の中で
たったいまだけが手が届く。
過去でも未来でもない今このとき。
そこに幸福があふれだしている。
(そしてそれは誰にでも)

(フジX-T30+XF35mmF1.4 R)
posted by 平井 吉信 at 11:38| Comment(0) | 家の庭

2019年12月08日

庭の野菊が満開に


先頃つぼみがふくらんだと思ったら
朝の陽光を浴びて満開に。
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毎年愛でているけれど飽きることがない。
それどころか朝起きるのが楽しみなのは
朝の光を受けて輝く野菊を見たいから。
それ以上の暮らしがあるとは思えない。
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(フジX-T30+XF35mmF1.4 R)
花はほとんどこれで撮る。高解像度一辺倒のレンズでは得られない立体感とやわらかさ、そのなかに解像度を偲ばせてはいるが、ぼくの脳内にはこのレンズがビルトインされていてどんなふうに写るか見えてしまうのだ。
posted by 平井 吉信 at 23:21| Comment(0) | 家の庭

2019年12月03日

庭の野菊がひらいた(2019年)


庭には植えるともなくさまざまな植物が勢力争いをしている。
そのなかには帰化植物もあれば近所から風に乗ってやってきた種から発芽したものもある。
どれが定着するかどのように勢力を広げるか広げないかを見守るため
雑草を抜くこともしない。
もちろん肥料も農薬もないから一年を通して虫たちが集まる。

数日前、野菊に一斉につぼみがふくらんでいるのを見た。
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臨月ではないが、今日咲くか明日咲くかと見守っていた。
曇りの日はやはり開花しないようだった。
そしてきょう花開いた。
1年振りにひらいた。
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地球が一年をかけて太陽をまわった証し。
そして人間も一年をかけて生きてきた。
ときは刻みひとはあるがままに生きている。
幸福を感じたぼくと同じように
見るあなたにも幸福を。
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posted by 平井 吉信 at 23:52| Comment(0) | 家の庭

2019年09月14日

ウリハムシギャング団 庭のキキョウに出現


6月に開花したキキョウ(園芸種)が9月に入ってなお蕾を付けている。
盛期のような花の大きさはないが、小さくても可憐。

ある朝、キキョウの花弁に黄色と黒の見るからに悪そうな虫が寄っていた。
ウリハムシ。
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これから開花しようとしていた花が犠牲に。
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庭での植物間の競合には不干渉を決めているが
毛虫と害虫だけは別。
写真撮影を行ったあと、薬剤で駆除。
posted by 平井 吉信 at 13:52| Comment(0) | 家の庭

2019年06月25日

庭のキキョウが咲いて 


最初の開花は6月22日だった。
朝起きて庭を見ると
ぽっと一輪ひらいていた。
出かける間際だったけどカメラに収めた。
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それから数日後、
梅雨とは思えないからりとした晴れ間にさらに咲いた。
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ハチもいる
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夢のような花とのひととき
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キキョウに覆い被さる野菊、
それぞれ初夏と初冬と咲く時期は異なれど
それぞれの存在感を全身で伝えてくる。
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庭のキキョウがこの夏も咲いている。
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タグ:キキョウ
posted by 平井 吉信 at 11:43| Comment(0) | 家の庭

2019年05月24日

猫の額ほどの庭にも生態系のせめぎあい


庭といっても広大な庭とは程遠い。
人間が通ることさえ難しい狭さ。
その庭から写真を撮ってここ数年発信を続けている。
ときにセミ、カマキリ、テントウムシがサナギから羽化したり、
昆虫だけでなくウシガエルが居座ったり。
夜には夜の表情もあるだろう(夜は興味がない)。

〇〇ガーデン、〇〇風庭園のような
秩序とデザインを重視される方はどう思われるか知らないが
ぼくはこの庭が好きだ。

タカサゴユリ(?)とネギと野菊が競い合いつつ共生している。
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こちらでは、キキョウと野菊のせめぎあい。
今年は日当たりの良い一角を大きな野菊が占拠した。
その陰で負けじとキキョウが伸びている。
前年はキキョウが占拠して野菊が間から顔を出していた。
このせめぎ合いは年によって変わるのだが
どのような変数が作用しているのだろう。
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スミレと言ったが、園芸種のヴィオラでは?
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同じ絵も小さなセンサーの富士X20で撮るとやさしい感じ。
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種子ができている。スミレの種を見るのは初めて。
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これも帰化植物のアカバナユウゲショウ。
白人女性が日本の木陰で立たずむ風情にも似て。
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ここは庭ではなくて那賀川の河川敷。
ナヨクサフジが席巻している。
数年前はこれほどの広がりはなかったと思えるのだが、
この植物は他の植物を寄せ付けないアレロパシーを持つ。
そのことが原因かもしれない。
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環境省の生態系に影響を与える外来種のリスト
https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/files/10_rist_a4_m.pdf

それでも朝起きて太陽の光を浴びながら
庭を見ると気持ちがなごむ。
posted by 平井 吉信 at 19:32| Comment(0) | 家の庭

2019年05月15日

庭の野草も競争を勝ち抜いて出現


おだやかな五月晴れが続いている。
東に面した小さな庭では
ネギが生えたりキキョウの芽が出たり
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野菊に孵化したテントウムシが歩いていたり。
種を蒔いたり苗を買っていないのに
自生してくるのが楽しい。
どこからやって来るのか、どこから飛ばされてくるのか。
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ムラサキカタバミの群落ができている。
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華やかなモモイロはアカバナユウゲショウという帰化植物。
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帰化植物は必ずしも歓迎されないが
それも含めてどのような勢力が定着するのか見ている。

参考までに、室戸岬で咲いていたのはヒルザキツキミソウ。
(別に室戸岬でなくて民家の植栽から流れてきたのだろう)
こちらも北米原産の帰化植物だとか。花言葉は「無言の愛」。
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秋になると見かける小さな桃色はハゼラン。
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(カエルがひなたぼっこしているのを見かけるようになった)
posted by 平井 吉信 at 21:47| Comment(0) | 家の庭