2014年05月09日

神山の上分花の隠れ里 夕闇迫り妖艶な花の色

自分の山を持っていたとする。
だったら、森をつくりたい。
生態系の深い理解が必要だ。
作業道の設計、樹木の選定、鹿害の防止、
遷移を見据えてのゾーニングなど。

そして、一角に山野草の自生地をつくる。
といっても、どこかから移植したり
園芸種を植えるのではなく、
多様な環境を整えてどのような植物が生えるのかを
楽しみに待つのだ。

花が好きな人が住む地域がある。
神山町上分地区。

ここには、山田さんが管理する岳人の森、
森さんが管理する神通臘梅園、
そして小西さんが管理する上分 花の隠れ里がある。

それぞれ鮎喰川上流の支流、神通谷川の流域にあって
それぞれ離れていない。

いずれの山里も
ありのままの生態系ではないけれど、
個人が世代を超えて花を咲かせ、
それを見る幸福感を提供されている。

今回は、上分花の隠れ里へ出かけた。

到着したのは日が傾いてから。
太陽が花をいっそう活発に見せてくれるけれど、
この時刻になるとやわらかく光がまわり
本来の色が見えてくる。

最後まで残ってしまったけれど、
小西さんご夫妻のおだやかな人柄とともに
花に包まれる幸福感に浸った。

歩く道中で春の山野草を見る。
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シャガはこの季節至るところで。
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花の隠れ里に着いた。
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鮎喰川を見下ろす場所にある
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ここまではD7000。
ここからはX-E2。

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シャガの林。
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ここは道路が狭いうえに駐車場は少ないので
地元の方々に迷惑をかけないよう
指定された臨時駐車場などの表示があれば
そこにクルマを止めておいたほうがいい。
登りと下りで山の散策を楽しみながら半時間弱。
道ばたの自生の花を見る楽しみもあるので。




タグ:神山
posted by 平井 吉信 at 22:34| Comment(0) | 徳島

2014年04月17日

青春といえば湘南だけど、いまは春の田井ノ浜 


高校を出て何年になるだろう。
同級生から仕事の依頼があった。
高校の頃の人柄と同様に
真摯に仕事に取り組まれていた。
役に立ちたいと思う。

さて、田井ノ浜は夏場の海水浴場と
臨時に開設される田井ノ浜駅が有名だけど
四季を問わず、訪れて楽しいところ。

1970年代の学園ドラマで湘南の海が舞台となって
主人公たちが快活にふざけあい、
(あれほど昼間は愉快にじゃれていたのに)
夕暮れにうつむきながら接近する心理にどきどきする。

海と血液が共鳴するのなら
潮の満ち引きと夕暮れもまた同じ。
だから、告白には夕暮れの渚なのだ。

一人たたずむのもいい。
自分が無力なのを実感しつつ
だからこそ、ふくらむことを予感する。
小さなヒトと大きな海が対比されて
悩みがヒト、可能性が海と昇華されて
ヒトは海に抱かれるという永遠の心理の再現。

しかも海には限りがない。
かつて1か月滞在したポリネシアでは
(現地になじんでいたのか観光客から道を尋ねられた)
ランギロア環礁で365度の深紅の夕暮れが目に焼き付いている。

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ボラボラ島では、地元の若者と無人島にピクニックに出かけて
それぞれの名前を岩にペイントした。

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踊りの上手な美少女タニヤもいたけれど、
教会で出会ったひとりの穏やかな女の子が忘れられない。
弟や妹のような子どもにやさしく勉強のてほどきをしていた。

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南太平洋を思い出したのは
風邪の微熱のせい。
ときどきは。

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さて、徳島は由岐の田井ノ浜。
おだやかな春の陽射しが波打ち際に音のエコーを際立たせる。

浜に咲く花は潮風にたなびいていた。

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ひねもすのたりのたりの海のそばで新緑が萌えている

(フジX-E2+35/1.4、18-55/2.8-4、14/2.8)

タグ:田井ノ浜
posted by 平井 吉信 at 00:14| Comment(0) | 徳島

2014年03月26日

しののめの 上野が丘に花めぐり♪


27年振りに訪れた春。
徳島でもっとも知られているものは、
池田高校ではないだろうか。

一番セカンド 雲本君、二番センター 泉岡君、三番サード上浦君…。
さわやかイレブンのオーダーがいまも蘇る。
開会式直後の試合で、
雲本選手がホームスチールを決めた。

江上、畠山、水野の時代もなつかしい。
久しぶりの池田高校の春に、胸躍るこの頃。

池田高校の人気は蔦監督の人柄でもあった。
豪放磊落に見えて
その実、繊細でデリケートな気質、
飾らない人柄が人間味を感じさせた。

蔦監督はあけすけであった。
ホームスチールのサインもホームベースを指さすという
考えられないようなおおらかなサインであった。

蔦さんの言葉が池田高校の校門に刻まれている。

山あいの町の子供たちに
一度でいいから大海(甲子園)を見せてやりたかったんじゃ

吉野川が険しい渓谷を抜けて
池田町で東へ90度向きを変える。
東雲の上野が丘と山に囲まれた
細長い盆地に池田のまちが横たわる。
そして、吉野川。

4県都の真ん中に位置する四国のへそとして、
土讃線と徳島線の交錯する交通の要所として、
大歩危小歩危、祖谷への玄関口として。

アーケードが撤去されて明るくなったまちなみ
町内にはカタカナの町名が多いことはご存知?
サラダ、シンマチ、ウエノ、シマ、マチ…
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かつて葉たばこで栄えた
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蔦監督の生家がある街区は歴史あるまちなみ
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大歩危小歩危は山城町。
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陽射しが踊る、春だから
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桜が咲く頃、見に来てね
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吉野川オアシス(吉野川SA)も萌えている
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秋になれば
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posted by 平井 吉信 at 23:05| Comment(2) | 徳島

列車が止まった日


出張中に予期せぬできごとはつきもの。
特急うずしおが引田駅で発車の時間を過ぎても動かない。
以前にも大雨の影響で列車が止まって、
公共交通を乗り継いで徳島まで戻ったことがあった。

手にしているのは、パソコンの入った大きなバッグに
ぱんぱんに書類の詰まった袋を4つ。
(まるで疎開をしているよう)

列車は動き出したものの、板野駅までの運転となった。
ここから徳島駅までの区間で電信柱が倒れたとのこと。
乗客は板野駅で降りることとなった。
周囲を見回すと家族や会社に電話やメールを入れている人々。

10分ぐらいで手配された徳島駅までのバスが到着。
板野駅は大型バスが入れない。
だから、鉄道下の歩行者用トンネルをくぐって
県道までしばらく歩くこととなった。
バスは3台到着していた。

群れとなって歩いていた乗客は
誰が指図するのでもなく
3台のバスに静かに、乗り込む際は1列になって
しかもそれぞれのバスに万遍なく乗った。
外国人が居合わせたなら
日本人はテレパシーを使ったのか、
集団催眠にかかったのかと思うだろう。

騒ぎもなく、文句をいう人もおらず
予定されていた行事であるかのように
粛々とことが進んでいった。
バスは半時間後、徳島駅に着いて、それぞれ散っていった。

これが目に見えない日本の財産と思った。
指揮者のいないオーケストラで、
初めて顔を合わせた楽団員が
ひとつの音楽を奏でるにも似て。

ほんとうに大切なものは目には見えない。
ものづくりであれ、商業であれ、農業であれ、
目に見えないことを
ことさら吹聴するのでもなく
当たり前のように流れていく。
このことがどれだけ日本に豊かさをもたらしているか。

そして、日本の潜在的な力は
22世紀にかけての世界を照らす灯台のようなものではないかと。

しかし、国民のすばらしい「気」を殺しているのが
政治、行政、大企業ではないかと。
人間の潜在能力をつぶしてしまうことの罪。

ほんとうに自分の人生を演じきるのであれば
自分の力を信じて歩いていくしかない。
地道でいい、自分が納得できる生き方で。

タグ:JR
posted by 平井 吉信 at 22:48| Comment(0) | 徳島

2014年03月02日

大神子、小神子の謎の荒れ地、流れ込む沢、背の高い子どもの冒険


徳島市と小松島市の間の海岸には
大神子(おおみこ)、小神子(こみこ)と呼ばれる渚がある。

小神子は知られざる保養地で
一部上場企業や個人の別荘などが点在する小さなリゾートである。
小神子へは小松島港を見下ろしながら山を越えていく。

大神子は、広大なテニスコート、病院などがあり
夏場はバーベキューなどで賑わう。
こちらは徳島市の論田町から入っていく。

大神子と小神子の間には
長い海岸線(奥小神子)があることが地図からわかるが、
崖にはばまれて渚づだいに行くことはできない。
そこで日の峰山の裏を降りてたどり着けないかと
ここ数年ルートを開拓している。

10数年前には、小神子の集落の裏から海岸線に並行の
トラバース道があることがわかった。
しかし滅多に人が通らないせいか草が生い茂り、
夏場はマムシや蜘蛛の巣、ハチなどに阻まれて進軍がままならない。

そこで冬に何度か挑戦するうちに
国土地理院の25000図に荒れ地の記号がある地点に辿り着いた。

そこは幾筋の沢が流れ込み、
冬でもからみついた枯れ草が行く手を阻む難所で
海は見えるものの渚に近づけない。
荒れ地と渚の位置関係からは
荒れ地の末端は崖になっている様子が伺えた。
うっかり足元を踏み抜いて崖から転落する怖れもあると思った。
だから、鉈やロープのような装備が必要と判断して
ここ十数年近づいていなかった。

ところが数年前、散歩がてら日の峰山を散策すると
稜線から海へ下る遊歩道ができていることを発見した。
下っていくうちに
かつてたどったトラバース道とも交差していることがわかった。
遊歩道は下がりきると(海までまだ遠い)
再び上へと反転して稜線に戻る。
その場所で横切る沢を下ると
例の荒れ地へ続いていることがわかった。

海岸性照葉樹の林を抜けて荒れ地へと出た。
相変わらず行く手を阻む植物に足を取られ
荒れ地の入口まで引き返した。

すると、この荒れ地を南に巻くことができるのではないかと気付いた。
崖と荒れ地の間の林の斜面をたどってみよう。

そして、ついに渚へと出た。
見慣れない海岸性の植生も趣を添えている。
季節はずれに黄色い花を見つけた。
こんな時期に花を咲かせるなんて。
(流れ着いた園芸種の種から発芽したのかもしれない)

なんだか原始の海辺のような感じがした。

奥小神子の渚から振り返ると降りてきた稜線と
そこに刻まれた2つの谷筋が見えた。
パノラマモードで360度の写真を撮って
稜線を目指して登り始めた。

まちの近くでこんな冒険ができるなんて…。
幼い頃からこんな冒険が大好きなのだ。
(ブログに書かないほうが良かったのかもと思いつつ、冒険を楽しんでもらえたらとも)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

標高100メートル少々であっても森は森
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稜線から遊歩道を下っていく。海まではまだ遠い。
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赤と黒に惹かれた
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沢筋に出会う。ここから海岸性の照葉樹の森が広がる。
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沢筋をたどる。水は荒れ地へと流れ込んでしみていく
水が潜り込むと森から荒れ地へと景色が変わる
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海が見えたけど背の高さの低木と枯れ草に阻まれてこれ以上は進めない。
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振り返ると日の峰の稜線がある。
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荒れ地の南を迂回するルート
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そして奥小神子の渚へ
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季節はずれの黄色い花
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稜線へ戻ると南に小松島の市街地が見える
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市街地へ降りる頃には日の入りとなった。
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追記

小松島港から小神子へは根井鼻と呼ばれる半島状の地形がある。
この辺りを地元では「通り魔」と呼んでいると父から聞いたことがある。
通り魔へは小神子の山上にある別荘の周辺から降りる散策路がある。
主に磯釣り師が通っている。
通り魔には、小島に挟まれた地形があり、
危ないので子どもが近づかないように名付けたのが由来ではと推察。

この沖にはなにがしかの人間の居住の痕跡が沈んでいるといわれ、
かつて市内在住の人が潜水調査を行っていたと記憶している。
(何かを発見されたと新聞に掲載された記憶がある)
大神子の沖合には「お亀千軒」という伝説があり、
おそらくは数百年前(少なくとも室町時代以前)の南海大地震で
海に沈んだ地形が通り魔の沖合にもあったのではないだろうか。









posted by 平井 吉信 at 13:24| Comment(6) | 徳島

2014年02月25日

朝起きて見上げた空は高く、桜色と桃色が浮かぶ


朝起きて、
寒桜が咲いたという
小松島市役所に足を運んだ。

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敷地の東の端にぽつりとあるので
ほとんどの人は気付かない。

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ぼくも期待していなかった。
行ってみて驚いた。

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光が当たって背景の緑に浮かび上がるそのさまは
桜というより、
玉虫の輝きだったのだ。
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追記
うちの桃も花が咲いた。
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桜、青空、桜、若葉、桜、桃(または椿)…。

春はなぜか
♪「亡き王女のパヴァーヌ」のように輪舞曲でやって来る。
タグ: 小松島
posted by 平井 吉信 at 01:03| Comment(0) | 徳島

2013年11月24日

南小松島駅のアンパンマントロッコ列車

仕事で小松島を訪れた人が、
南小松島駅で降りた。
そして、「小松島駅があるのか?」と尋ねた。
(「南」という接頭語が付いているので)

かつては国鉄牟岐線中田駅から分岐した
小松島線の小松島駅があった。
その先には終点の小松島港駅もあった。
両駅の距離は数十メートル。
至近距離だけど目的が違う。
港の乗客を乗せるのが港駅。
まちなかの乗客を乗せるのが小松島駅(通称「本駅」)。
そして、牟岐線での乗降駅が南小松島駅。
南小松島駅と小松島駅は徒歩で10分〜15分。

2013年11月14日(木)10時13分、
快晴の南小松島駅のホームに
JR四国ご自慢のアンパンマントロッコ列車が滑り込んできた。

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ここで列車は約半時間停車した後、
阿南、日和佐をめざして南下するツアー列車である。

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ツアー列車なので扉は開かない。
(事前にツアーに申し込んで特定の駅からでしか乗降できないので)
列車を停めている間、
駅から降りて観光案内所や駅前の泉に立ち寄ることはできたかも、
お迎えのちいさな子どもとその母親たちとの交流はあったかも、
とは、思うけど。
(ツアーの満足度は、参加者同士の交流、訪問先での人々の交流にあるのだから)

アンパンマンの世界観はこれからも人々の心に生き続ける。

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タグ:JR 小松島
posted by 平井 吉信 at 17:44| Comment(0) | 徳島

2013年09月16日

胸がきゅんとなる里山 小松島田浦地区


徳島はいい。
県庁から20分もクルマを走らせると
田園風景が拡がる。
蛍の飛び交う水辺で水車がまわり
生き物の営みがあり、
人々の暮らしが横たわる。

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ここは小松島市田浦地区。
米はこの地区で
生態系に配慮した栽培法を行う生産者から購入している。
除草剤などの農薬は必要最小限にとどめているので
玄米のまま購入している。

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だから、米をとぐ前に精米を行う。
毎回、つきたての米を食べるというささやかな贅沢だが、
玄米を毎食食べる趣味はない。
ということで、精米機はいつも七分搗きである。

この状態だと、玄米と遜色なく
ビタミンやミネラル、GABAが毎日の食事で摂取できる。
食物繊維も十分に残っている。
白米よりも旨味やコクが多いので、
たまに白米を食べると味気ない。

21世紀は腸の健康の時代であり、
それを留意する人が長寿のみならず、
(中略。説明が長くなるので端折った)
人生を楽しめることになる。

生産者の方は70代後半で
そろそろ稲作の後継者を探している。
そんな時期に、
玄米の色彩選別器を導入された。
その効果は明白で、
家庭での不良米の選り分け作業は一切不要となった。

七分搗きが胚芽の栄養を十分に残しながら
おいしさと食べやすさと栄養のバランスが良いと
教えていただいたのは、
東京から県南部へ移住された日比正則さんである。
(日比さんのお店が近々リニューアルオープンのご予定)

家の近所でありながら久しぶりに田浦地区を散策。
かつての勝浦川の流路のひとつが山麓を流れ
田畑を潤している。
小川ではトンボが飛び交う。

水草のうえで休む、そして戯れる
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意外にも足は棘状。
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水路にメダカかと思って近づいて観察すると
ハエ(オイカワ)の稚魚のようだ。
カワムツやイダ(ウグイ)も混じっているかも。

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クズの花が頭に葉っぱを載せて避暑気分
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イナゴが棲むということは…。
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柿の実はまだ夏の名残の風に吹かれる
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トンボが整列するのは理由があるのか?
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複眼がこちらを見ている
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イナゴとも視線を合わせる。生き物同士が眼と眼を合わせることは大切
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稲刈り後の田の水たまり
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水路沿いの彼岸花
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近寄ると花びらは曲芸師
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誰が名付けたのか可憐な花にこの変な名前を(ヘクソカズラ)
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緑と酸素と光が満たす里山。これ以上何があるのだろう
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都市近郊で生物と仲良くやっている農業、
そこには豊かなミクロコスモスがある。

胸がきゅんとなる里山の路地
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お社の隣の坂を登れば先祖代々の五輪塔があった
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稲刈り後の田に水が溜まり、珊瑚礁の島が現れる
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秋空の下、田園を散策するとき、
耳の疾患が深刻になり始めた若き日のベートーヴェンが
自然との対話を求めて散策した渓谷で響かせた
あの音楽「田園」が去来する。
5月の渓谷に行きたいな。

手持ちのレコード、CDでは、
ベーム/ウィーン(日本ライブ)、ベーム/ウィーン(スタジオ)、
ワルター/ウィーン(戦前)、ワルター/コロンビア(ステレオ)、
フルトヴェングラー(各種)、
スイトナー、アバド、シュミット=イッセルシュテット、シューリヒト…。

鎮守の森の豊かさ
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歩きながら幸福感が泉のように湧き上がる。
心ここにあらずの夢遊病者のように歩みを進めていく。
生きる原動力をもらったら、
多くの人にお返しをしなければ。

posted by 平井 吉信 at 14:57| Comment(0) | 徳島

2013年07月27日

里の川のタキユリ(カノコユリ) 川面にヒグラシの声ひびく

夏も近づく八十八夜の頃。
とある女性から
「カノコユリが好きです。見たい」
と告白にも似たメールから始まった。

彼女によれば、山間部にあった彼女の実家周辺で
かつてたくさん見られたものが
この頃では見かけなくなった。
でも、せみしぐれを浴びて、
崖で乱舞するカノコユリをもう一度と。
そこで、誰かさんに声がかかった。

調べてみると、
タキユリのことだろうと思った。
タキユリはカノコユリの変種で、
長崎、高知、徳島に自生する希少種であることがわかった。

さらに徳島では上流に自生していることが判明。
ホームグラウンドでもあり、出かけることにした。
(依頼主が魅力的な女性でもあるので)
ときは7月下旬。

川沿いに遡り、やがて県道へと入る。

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あちこちに自生地が点在している。
午後からは陽が射してくるだろうが、
太陽が当たらないほうが色が出やすい。

機材をセットして撮り始めた頃、
脇を通り抜けようとしたクルマが止まって
「平井さんとちゃうん?」(阿波弁)
という声が聞こえて
以前にお世話になった近所の人かもと思い
こちらも停車したクルマに近寄る。

十数年前、上流から戻ろうとしていた夕刻、
10メートル先で崖崩れが起こり、
道をふさいでしまった。
(クルマごと巻き込まれていたら谷底へ転落だったが)
上流はどこにも抜けていない行き止まり、迂回路もない。
明日までに帰りたいが、
寝るところは車中としても、
食糧も水も持ち合わせていない。

そのとき、近所の人がすずみがてら寄ってきた。
やがてユンボを自宅から乗り出して
かなりの量の土砂をどけ始めた。
ほんの10分ぐらいで、
だましだまし通れそうな状況になった。
「これで帰れるんとちゃうん」(阿波弁)
土砂崩れは珍しいものでないので
役場に連絡することなく、自分たちでやってしまうのだ。
そのとき、お世話になった近所のNさんかと思ったのだが。


遭遇したその人は―。
笠松和一さんだった。
この4月まで上勝町長を勤め上げ、
ゼロ・ウェイスト(ごみゼロ)やバイオマス、森林政策など
独自の理念で先進的な町政を行い、
国に向けても絶えず情報発信を行っていた前町長。
先日(7/10)のブログでも
上勝のゼロ・ウェイストアカデミーの取り組みを紹介したばかりだった。
(運転手の奥様、オロナミンCとパンをいただき、ありがとうございます)

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目的地の帰りに、
このユリが気になってどこかで撮影しようと考えておられたとのこと。
出役などで地元の人が草刈を行うとき、
電動ノコで簡単に切られてしまうはずだが、
なぜ、残っているのかが不思議だったそうだ。
(ご自身の手の包帯は草刈に張り切りすぎたからだとか)

「こんな看板がありますよ」
「これを残すには、タダゴトではない手間がかかるわな」
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地元の人たちの努力によって残されている
思いの込められたタキユリなのだ。

ジンリョウユリといい、タキユリといい、
徳島には全国でも珍しいユリが揃っている。
県の農業関連の部署には以下の文献がある。
http://www.pref.tokushima.jp/tafftsc/nouken/information/news/n82_5.html

実は徳島県が野生ユリの王国ともいえる県であることをご存じだろうか。
日本の中央長野県,離島を持つ鹿児島県と並んで
自生種5種,逸脱種2種の計7種の野生ユリを産する。
なかでも海南町をはじめ徳島県に自生するタキユリは
カノコユリの変種で,
本州にはまったく自生のない貴重な植物資源である。

(引用ここまで)

ジンリョウユリ(木沢地区)もここも
地元の有志の保全活動によって支えられている。
行政としては、条例などで保全をうたうなど
なんらかの側面支援はできないものだろうか。

それはさておいて、
「カノコユリを見たい女性」のリクエストがきっかけで
タキユリの楽園に辿り着いた。

お待たせの写真を。
水量が少ないが本流を遡ってみた。

県道沿いにいきなり現れた群生
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友釣りをする釣り人。この釣り法では最上流部になるだろう。
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同じ個体の花でも色が違うD7K_0474_NX2.jpg

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カラスアゲハが遊ぶ

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川の緑萌える川面
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あでやかな花柄をしていても
反り返る曲線に素朴さがある。
白を基調とした花びらに
萌黄〜鶸萌黄(ひわもえぎ)色の軸があり、
淡い桃色の階調を従えて
深紅の鹿の子まだらが入る。
同色のおしべ、めしべの軸の先端は
えんじというよりはもう少し茶がかった赤蘇芳(あかすおう)。
なんという色の取り合わせ。
日本的な色合いを絶妙にブレンドしているだけに
かつてシーボルトがこの花を日本から持ち帰ったところ
ヨーロッパで百合ブームが起こったとか。

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この辺りで岩に阻まれ、川幅が狭い渓谷となる。
川で泳げれば気持ちが良いだろう。水量は少なめ

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木々の花も
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取水堰
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ここからは富士フイルムX20で撮影したもの(広角マクロ)
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コオニユリか?
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ウバユリ
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タキユリとは、
滝のようにしだれ落ちるという風情から来ていると思ったが、
嶽(山岳を表す言葉)に自生するという意味だとか。
カノコユリは、上を向いて自立しているが、
タキユリは、崖から下を向いて咲く。

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人間の良心が咲かせた花、
しとやかなユリは7月中旬から下旬が見頃を迎える。


タグ:タキユリ
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2013年07月10日

ごみゼロの思想、上勝ゼロ・ウェイストアカデミー


平成15年9月、上勝町は世界に向けて高らかに宣言を行った。
→ ごみゼロ宣言(ゼロ・ウェイスト政策)

上勝町ではご存知のようにごみの収集は行っていない。
その代わり、町民は自らの手で
34分別を行ってごみステーションに持参する。
ごみゼロとは、
そもそもごみを出さないという発生源にまで遡及する発想。

人の暮らしからごみをなくすことなどできるわけがない。
生物が生きる過程で
何かを産出するのは仕方がない。
けれど、それが必要以上に排出していないか。

だからこそ、追いかけていくのではないか。
理想と現実を区別せず、突き進むことこそ
いまの日本に必要な力ではないか。

東ひとみさんが生涯をかけて取り組んだテーマを
さらに後押しする組織が、
NPO法人ゼロ・ウェイストアカデミーである。

支えるスタッフのみなさん。
初代局長なっちゃんを継いで、
おそのさんが二代目局長に。
ごみレンジャーのおさとさんたち、
さらにこの春から鯉のぼり少女のまりちゃんも加わってますます元気。
会員や寄付も募っています)
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くるくる工房では、
持ちこまれたリサイクル衣料で新たな価値を生み出している。
上勝のおばあちゃんたちの手にかかって
鯉のぼりが何に変身するのか乞うご期待!
(鯉のぼりシリーズは人気で遠方から来られる方もいらっしゃるとか)

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ゴミステーションの34分別

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現に、34分別を町民の手で行っているという事実。
上勝には、「いろどり」がある。
そして「ごみゼロ」をめざそうとしている。
四国でもっとも人口が少ない町でありながら
世界へ向けて情報発信を行っている。
その心意気がいい。

ごみを減らすことの背景には
「もったいない」の気持ちがある。
ぼくも、小学校からの机をいまだに使っている、
電話機はようやく2代目(初代モノクロ液晶、いまはカラー液晶)、
テレビは未だに15インチのブラウン管テレビ。
(残念ながら2015年まで)。
クルマは20万kmは乗るし、予測運転できびきびと走れば省燃費。
(フォレスターも四国の田舎道ではリッター17kmは走る)。
自宅も事務所も扇風機すら使わない(エアコンなんてまして)。
(睡眠時間3時間、それでも食欲旺盛夏バテ知らずなのはビールを飲まないのとエアコンを使わないから)

東ひとみさんは、
上勝百貨店」というコンセプト(店舗)を実現している。
それは、量り売りを基本としてゴミを出さない販売を行うもの。
地域の特産品を集めてあるのはもちろん、
地域の商店からの商品を販売することで
商業振興(買い物弱者対策と商業者支援)をも意図したもの。
いずれご紹介したい。

上勝町では、いろどりの渦巻きを中心に、
思いのある人の企画がスピンアウトして
次々とIターン者+地元住民の協働プロジェクトが生まれている。
上勝の棚田米と湧水と負けん気でつくる酒づくり
上勝町の体験型観光や視察を受け容れる(株)カミカツーリスト
地産地消の拠点、いっきゅう茶屋
(買い物に立ち寄ったら、エプロン姿のkakiちゃんがいたではないか)
滑川里香さんの新しいプロジェクトも始まりそうで
上勝はこれからも目が離せない。
これらの拠点をつなぐ中核施設が月ケ谷温泉・月の宿
そして(株)いろどりである。

♪  ♪  ♪  ♪  ♪

東ひとみさんが夢見たごみゼロの国が
ぼくが生きている間に実現するかどうかはわからないけれど、
小さなことを静かに地道に積みあげていく。

追記

このブログも地道に積み重ねて数年。
当初はアクセスがない日もあったが、
この頃では、多い日は二桁に届くようになっているようだ。
(おもしろくもないブログを毎日10人もの人が見ていただけるのはありがたいこと)

自分のためにブログを書いているのではないし、
誰かが見ているから続けるのではないけれど、
誰かのためになればと思っている。

タグ:上勝町
posted by 平井 吉信 at 00:00| Comment(0) | 徳島

2013年06月29日

ハマボウには早かった田井ノ浜 明日は海開き 

田井ノ浜は由岐(美波町)の海水浴場。
季節になれば、浜に乗降できる臨時駅(田井ノ浜駅)が出現する。

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砂浜とホームが一体となっている。ここはJR四国牟岐線。
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ざわわ、ざわわと夏の陽射しに揺れるのは
アオイ科のハマボウ。
マングローブを形成する植物のひとつ。

今年は全体に花の開花が早い。
だから、ハマボウも咲き始めているのではないかと考えた。
そこで、6月下旬の土曜日、
約30kmのドライブがてら出かけてみた。

田井の集落には、
山間部から田井ノ浜へ田井川が流れ、
川に沿って縄文時代の遺構「田井遺跡」がある。
ほとんどが山に囲まれた田んぼであり、
静かに夏の風が吹き抜けていく。

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ところが、2011年7月16日、
高規格道路の日和佐道路が完成し、
国道55号線の小野I.Cから由岐I.Cがつながった。
そして、地区の上を道路が渡っている。

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ハマボウの群生地は田井川の下流にある。
田井ノ浜から歩いても数分である。

ハマボウの花は…まだ、つぼみだった。

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花を訪ねて行ったが、まだ咲いていなかったという。
またも―。
(花がいつ咲くかの情報は地域活性化の切り札のひとつと思う)

それでいい。つぼみから見守っていけるから。
ということで、小さな植物の世界を覗いてみると…。

豆科の植物が道ばたに揺れている。コマツナギという名?

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なんだろう?
小さな桃色の花。

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蟻が昇ってきた。

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虫の生態の一こま。

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マクロで眺めると意外に官能的。
もしかして、ママコノシリヌグイという山野草か。

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光は水面に影を落とすが静かだ。空が映る。

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田井川沿いのハマボウがつくるマングローブ。
つぼみのハマボウたちも
7月の光を浴びて花を咲かせるだろう。

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白い柑橘系の樹木の花。
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昼の時報が聞こえてきた。
ヤシは青空から遮るものなく照りつける太陽を全身で受け止める。

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海へ出てみよう。
明日は海開きなんだ。

青い海、田井ノ浜海水浴場から歩いてすぐ。
黄色いハマボウの花は7月上旬が見頃だろうか。
目に映るその景色は、真夏の対照そのものに違いない。

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posted by 平井 吉信 at 20:26| Comment(0) | 徳島

2013年06月25日

ねむの木 合歓の木 夏至の夕刻、眠りに誘う

川沿いの田舎道を走っていると
おやっ。
ねむの木があちらこちらで花を咲かせている。
(特に、神山から小松島へ連なる鮎喰川、園瀬川、多々羅川沿い)

凛とした声で、
あの花の写真を撮ってください―。
そんな願いが漂っていたかも。

夏至の夕方とはいえ、
もう陽は落ちているけれど、
夕闇が立ちこめる寸前の名残で、
なお浮かれている花。

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夕刻の眠りを誘う、ふわふわと。
あなたは、見上げた空に浮かぶ笑顔。
まるで夢見心地。
明るい未来を信じた昭和のように。


(何か特殊な機材で撮影していると思われる人もいるでしょうが、1万円台の廉価な望遠レンズです)
posted by 平井 吉信 at 23:33| Comment(0) | 徳島

2013年04月28日

月のしずまり、月の狂気 徳島LEDアートフェスティバル2013

色彩の浮かぶ空間を感覚的に捉えるのも良し
自然と人工の調和や対立を見るも良し
光の向こうにある夜の静寂に思いを馳せるのも良し
酔いと覚醒を織り交ぜて流れゆくのが祭りだから。

アートとは何だ?
― 情熱だと思う。
表現したいこと、
身をよじり、悶絶しながら
内から外へとあふれださずにはいられないもの。

感動とは人から人へ伝わるもの。

素材が木綿のキャンパスであっても
LEDであっても変わらないだろう。
それは人が発明したものだから。
その過程になにかがあるから。

それで、情熱がほとばしる作品はあったかな?
それは見る人それぞれが判断すればいい。

ある作品では
月の持つ青白いパッションがさんざめく。
(それは見る人の内面を映し出している)
情緒的に見る必要はない。
単なる玄武岩の塊だから。

冷め冷めとした光は青く硬質の矢を降りそそぐ
やわらかい空気が皮膚のそとがわを一枚二枚とはがしてく
地平線に顔を出せば赤銅色の○となり
頭の真上にとまれば水晶色の○となる
ひと月まえにしまいこんだ想いを浮かび上がらせるその光は
いずれも太陽をうつし出した大きな玄武岩の鏡だったとは
太陽がいて月がいて
宇宙がいて星がいて
「いて」があるから「いなくて」があり
「あいたい」があるから「あいたくない」があり
「相対性」があるから「絶対性」がある
満月のよる 嵐が接近する


(中略)

ああ降りそそいでいる
ふりかざした掌からこぼれた蜜
海の潮が引いていくまた満ちていく
遡ること数十億年
海から川をめざし
川から陸をめざした生物が最初に見たものは
まあるい月輪の環
秘められた神々しさよ
太陽は狂わせる月は告白させる
渚では生命のざわめきが月の営みと同時に起こり
いのちの誕生は月に支配された
血液は海
無数の生物が月に引かれて大潮の渚で交歓した
だから私はいう
私のすべてを見せてあげたい見せずにはいられない
仰いではふりかえるふりかえる
どうか月よ
そのまどかなる縁取りで閉じ込めてください

(「空と海」より)

この作品から流れ出すのは
生命を育んだきらめきと
いのちを吸収しようとする狂気。
水底のLEDの光が流れ落ちる水でざわめき
夢幻にしずまっていく。

月の持つ二面性が自然(水)と人工の光で表現されたのだと感じた。

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散歩中に拾った作品。

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2013年04月27日

光の向こうの静寂 徳島LEDアートフェスティバル2013


4月になってせっかく就職したのに
辞める人がいるのではないか。

自分に合っていないから。
自分のやりたい仕事に就きたいから。

そうかな?

仕事は決して自分探しの旅ではないよ。
適正かどうかも問題ではない。
(何が自分に合っているかなど、誰もわからない)

大切なのは、
その仕事を通じて社会に何ができるかということ。

もし、あなたが会社や地域から必要とされているのであれば
それで充分。

与えられた条件のなかで(むしろ制約があるからこそ)、
受け身になることなく、主体的に取り組めればいいじゃないか。

ひとつの真実。
あなたを必要とする人(社会)があるという喜び。
それで充分。

誰かの役に立つからそこに存在する価値がある。
誰かの役に立つから、生きていける。
それで充分。

ひとの一生は長いようで短い。
短いようで長い。
充実して生きることができれば
たった一日でも長い。

不幸とは、不満を抱えて生きること。
そして、そのことに気付かないこと。

運命に逆らわず流れに身を任せてみる。
流されているようで
自らの意思で泳いでみる。

選ぼうとしても得られなかったこと。
それは、選ばれることから実現するかもしれない。

「こだわり」を捨てて
あるがままを受け止めれば楽。
けれど、「意思」の強さを感じさせる。

学生の頃になりたいと思った自分より
もっと理想に近づいた自分がいる。
困難を一つひとつ乗り越え、
こうありたいと思ったことがジツゲンしていく。
(だから、どうした!)

大人になってわかったことがある。
人は夢を見ている限り、年齢を取らないこと。
学生の頃と少しも変わらない体型や髪型もそうだけど、
変わらないのは、夢見ること。

夢は現実に足を付けてこそ叶う。
実現できる夢だから、現実が楽しい。
夢は現実は相反するものではなく互いに補うもの(相補性)。

でも、夢が実現できなくても
嘆くことはない。
実現しない夢であっても
夢を実現すると信じて行動したのだから。
いつか叶うと信じるなら
夢はまだ挫折していない。

LEDも誰かの夢の副産物。
それを使ったアートが徳島市内で開かれている。
(写真はごく一部のアート。新町橋界隈は時間が足りなくて行けなかった)

暗闇に目をならそう
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浮游する光は一つひとつの魂
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蛍の乱舞する水辺
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和の素材を通すとLEDが異なる質感になる。光の揺らぎをどうつくりだすか。
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人が歩くと予想もしない走り方をする 何十コマ撮影して満足のゆくカットはわずか。おもしろい。
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ほのかに光る木の根もと。そこから現れるのは小人か妖精か。
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子どもが光で遊ぶ。夕闇はすてき空間。それなら月明かりも楽しめるよ。
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ぽつんと置かれた空間に樹木。消灯が迫った22時前、童話の世界が出現。
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無数の三色のLEDから多彩な色彩をつくりだしているけれど、緑一色に染まった風景はこの瞬間だけ。この色のときだけ空間に引き寄せられる。待っている時間内には二度と現れなかった。
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色彩の浮かぶ空間を感覚的に捉えるのも良し
自然と人工の調和や対立を見るも良し
光の向こうにある夜の静寂に思いを馳せるのも良し
酔いと覚醒を織り交ぜて流れゆくのが祭りだから。

→ 徳島LEDアートフェスティバル2013

写真はほとんどX20で手持ち(蛍の水辺はD7000)。


タグ:徳島市
posted by 平井 吉信 at 14:55| Comment(0) | 徳島

2013年03月28日

夜桜 ぼんぼり 鬼の宴会 


このところ晴れたり曇ったりで天気が安定しない。
三寒四温である。
けれども、少しずつ暖かくなっている。

ここは那賀川下流ののどかな集落である。
土手に近い田んぼでふたりの兄妹がれんげ草を摘んでいる。
あぜみちには、たんぽぽ、オオイヌノフグリ、ぺんぺん草が咲いていた。

春の野草にはそれぞれあそび方がある。
だれでも知っているように、
ぺんぺん草は実を引っぱって回すとジャラジャラ音がする。

れんげ畑でふたり遊んでいると、
いつのまにか招き猫みたいな白い猫が寄ってきた。
妹は両手をせいいっぱい前に差し出して、
「おいでおいで」をしながらよたよたついていくけれど、
猫の方はまるで相手にしない。
というより、されるままにじっとしている。

裏の妙見山を振り返ると、黒くすすけた木の家が見えた。
母屋に続く垣根の坂道をかけのぼる。
家の裏には那賀川の水を引いた深い用水があり、その流れは強い。
お兄ちゃんはこわごわのぞきこむけれど、
妹はゴーという音が聞こえると逃げていってしまう。

笑うことと楽しいことの間に少しの距離もなく、
無邪気な仕草をするたびに、ふたりの兄妹は大きくなっていく。
疑うことを知らず、
好奇心にあふれて問いかけるまなざしがひたむきであればあるほど、
日一日と賢くなっていっただろう
この兄妹に会えたらどんなにかうれしいことだろう。

私は過去に戻ってレンズを向ける。
するとレンズに気づいた子供は、きょとんと顔を上げる。
「なんだろう」
口元をきりっと結んでふしぎそうな瞳は微動だにしない。

妙見山へ遊山に行くのもこの頃だ。
男の子の絵がたどたどしく描かれた空色の重箱がお兄ちゃんのお気に入り。
三段重ねの重箱に寒天やたまご焼きを詰めて持っていく。
昼間登った時、
お兄ちゃんは那賀川の水面がきらきら反射するのを食い入るように見ていた。

夜になって、頂上付近に桃色のぼんぼりが明滅するのが里から見えた。
お兄ちゃんは勇気をもってひとりで登ってみた。
手拍子のカチッとした響きが山中にこだまし、
そこへ唄の節とも思われないような不気味な合唱がけだるそうに聞こえてきた。

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こわかった。
あれは鬼の宴会だと思った。
声のする方をみないように、いちもくさんに里へと駆け降りた。

子どもの頃、不思議な体験に遭遇した。
あの頃は魑魅魍魎が至るところにいた。
狸に化かされたこともあった。

人間が情報として称して簡単にインターネットで手に入る時代、
(感性が飛翔する暇を与えてくれないスマートフォンが暮らしを壊していく気がする)。

写真は、徳島市南部の醍醐寺(3月28日撮影)。
賑わっているように見えて誰もいない不思議さ(ほんとうに誰もいない)。
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タグ:
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2013年02月03日

黄花亜麻 和田乃屋ふたたび モラエスの花が咲く

節分に、黄花亜麻が見たくなった。
和田乃屋さんは17時の閉店間際であったが、
入店すると快くお迎えいただいた。

まずは、中庭の黄花亜麻を眺めよう。
お店の方の話では、昨日が暖かかったため、
花がたくさん開いたようだ。

いつもの滝を背景に
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昨年だったか、藤原正彦さんが来られたときは
雪で花が傷んでいたらしい。

そういえば、藤原さんはこちらにお座りになられてこの角度で…。
孤愁〈サウダーデ〉」の描写をめぐって
お客さんと奥様とで話の花が咲く。
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和田乃屋さんの菓子や甘党、お茶(煎茶、緑茶)はおいしい。
でも、この居心地の良さは空間と人がつくっている。
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抹茶ぜんざいというのもある。
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そろそろ夜のとばりが降りる時刻
黄花亜麻は電灯に向かって、なお向き合うとしている。
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2012年12月30日

眉山山頂にモラエスがいた


日本を愛し日本に骨を埋めた外国人として、
ラフカディオ・ハーンとモラエスの名前は耳にすることが多い。
新田次郎・藤原正彦の「孤愁〈サウダーデ〉」が
発刊されたこともあって、
モラエスについて知りたくなった。

モラエスといえば、和田乃屋をはずすことはできない。
さらに、眉山山頂にはモラエス館があるという。

紀貫之の土佐日記にもうたわれた「眉山」は徳島市の象徴。
まちの中心部からロープウェイで一気に上がることもできれば、
ふもとにいくつもある登山道を散策するのも良し。
今回はクルマで眉山に上がることとした。
(かつては有料であったが、いまは無料である)。

先日、民間の旅行会社の調査(2012年)で、
函館、長崎、神戸などとともに
日本の夜景スポットトップ20に
徳島市の眉山が選ばれたそうな。
http://www.tripadvisor.jp/pages/NightviewPoints_2012.html

気温が低い午後、
眉山山頂にやってきた(数十年ぶり)。
空は高くパゴダの塔が迎えてくれる。
山頂からは北に鳴門大橋、淡路島、
吉野川をぐっと手元に引き寄せながら、
眼下には徳島市の市街地が見下ろせる。

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今回の目的はモラエス館
職員の方がわざわざ案内(説明)していただけるとのことで
入館料を払ってお願いした。

館内には、モラエス一家の写真、
マカオで知り合った亜珍と子どもたち、
領事館時代の神戸でのスナップ、
オヨネ、コハルをはじめ、徳島の人たちの写真が展示されている。

新田次郎が途中まで書いた「孤愁 サウダーデ」の
肉筆原稿などもあった。
達筆調ではなく記録を取るような筆致。
徳島でモラエスが過ごした書斎を模した部屋もある。
モラエスに関心がある人にとっては聖地のような資料館である。

さらに、ここにはすでに絶版となったモラエス関係の書籍や
ここでしか手に入らない書籍が販売されている。

徳島の盆踊り」(講談社学術文庫)

オヨネの実家のあった徳島を終の棲家と定め、
遠い異国から故郷を偲びつつ、
オヨネの初盆がやってきた。
死者を迎え入れる人々、
暮らしに息づく日本人の死生観。
モラエスにどのような感銘をもたらしたのか。

「徳島の盆踊り」は異邦人の視点ではなく
モラエスが市井に溶け込んで綴ったもの。
上記のリンク先では1998年に発刊されてすでに絶版となっているが、
モラエスの訳者では第一人者といわれる
岡村多希子さんが、旧訳をさらに修正を行うなどして
2010年に出版したいわばオリジナル改訂版が
館内では500円で手に入る。
(書籍市場で流通していない)

出版は徳島県立文学書道館。
ことのは文庫」と銘打って
徳島にゆかりの作家たちの作品を発刊している。

本を開くと、
コントラストのはっきりとした書体と印字が目に飛び込んでくる。
コンパクトな体裁ながら
文字も大きくてとても読みやすい。

 まるでよくできた電子書籍を読んでいるような感じ。
 電子書籍が場所を取らずコンテンツをすぐに取り出せることを
 うらやましいと思いつつも肝心の画面になじめない。
 目が疲れるというか無機質の質感が落ち着かないのだ。

モラエスが生きた明治から昭和にかけてと
いまを比べて
私たちは何を獲得し、何を失ったのだろう。

世間(社会)という枠は窮屈であったかもしれないけれど、
自由に羽ばたいているようにも見えるのはなぜだろう。

失ったもの―。
いや、それは消滅したように見えるだけで、
遺伝子として、
血として受けつがれているのではないだろうか。

ヴェンセスラウ・デ・モラエス(ウィキペディア)

【関連情報】
徳島大学図書館では「文豪モラエスの作品世界」と題して
2013年2月末まで展示会が開催されている。


眉山から、徳島駅、城山に至るみちは徳島の顔
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県庁方面から沖洲マリンピアを臨む
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水の都徳島。今年お亡くなりになった三木睦子さんを迎えて、1996年に「水郷水都全国会議・徳島大会」を開催した際に事務局を務めた。大会は成功裏に終えた。
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モラエス館の館内には多数の関係者が世界中から集めた資料が展示されている。
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伊賀町にあったモラエスの書斎を再現したもの。
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モラエスが生きていたら、いまの日本をどう見つめるだろう。
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黄昏迫る眉山山頂でモラエスは未来の日本を俯瞰している。
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posted by 平井 吉信 at 11:15| Comment(0) | 徳島

2012年12月15日

三浦醸造所のみそが徳島阿波おどり空港でも手に入る


以前に書いた三浦醸造所のみそは、
江戸時代から地元の人に愛され
醸造元でしか手に入らなかったもの。
この度、徳島阿波おどり空港内のまるしん空港店で
購入できるようになったとのこと。
(現時点では入手できる唯一の店舗)

徳島阿波おどり空港は、
2010年に移設開港したもので
飛行機の滑走を眺められるLEDで装飾された展望台が魅力のひとつ。

空港の駐車料金は1時間までなら無料であり
(施設利用の有無を問わない。その後の1時間も150円)
県内の特産品、みやげものが揃う場所でもあるので
一度訪れてみてはいかが?
ハレルヤスイーツキッチンからも遠くない。

→ 三浦醸造所Webサイト
→ 徳島阿波おどり空港

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posted by 平井 吉信 at 12:24| Comment(0) | 徳島

2012年12月09日

万年山の森とカフェ「万年山文庫」


さらに、眉山の山麓伝いに佐古方面へ進む。
職人たちの日常を支える問屋街や専門店が
旧街道沿いに軒を並べる通りをすぎて、
眉山に近づいたところが万年山。

万年山とは、山ではなく、
阿波を統治した蜂須賀家の墓所があるところ。
山をしばらく散策してみよう。
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降りてきたところに「万年山文庫」という茶房がある。
定年退職をされたご夫婦が徳島に戻り
蔵書を自由に見ていただける場所を眉山の山裾に築いたもの。
風を感じられるカフェ。
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黒米入りご飯のカレー
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窓からは手を伸ばせば届きそうな眉山の樹木
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ほら、コーヒーカップにも風が映る。
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1階には文庫
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飲食店は流行ると
便利な立地の広い店舗に引っ越す傾向があるけど
それからしばらくして客足が遠のく。
なぜだろう?
それは、高い固定費と投資の返済を確保する
利益(売上)を必要とするからである。
その結果、材料や質が落ちる、
売上優先のため効率化で味が変わってしまう。
ていねいにつくられた家庭料理は
量産される飲食店の料理に優るというのは
ぼくの持論だけれど。

つくる人の思いが
雲になってふわりと空を漂うような店はいい。
ぼくらもそんな店主の描く雲に乗りたくなるから。
万年山文庫はそんな場所。

そして、眉山のすそ野に
自然と共生する徳島の暮らしがある。

万年山文庫 
タグ:カフェ 眉山
posted by 平井 吉信 at 18:33| Comment(0) | 徳島

モラエスの愛した黄花亜麻、そして和田乃屋の滝の焼き餅

眉山は、徳島市民の憩いの場。
26万都市のどこからでも見える。
徳島市内を散策するのなら、
阿波おどり会館から寺町の方向へ歩き出してみたい。
寺が散在する界隈の山裾には湧き水「錦竜水」がある。

さらに行くと大滝山と呼ばれる一帯に出る。
大滝山とは眉山の一角にあって
かつては花見や天神祭など
お城下の行楽が行われた場所。
その大滝山の名物が滝の焼き餅である。

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和田乃屋本店は、大滝山へ上がる石段の脇にある。
山から落ちる滝をそのまま中庭に取り込んだ、
甘味処であり、和風のカフェ。
庶民的で気取らないお人柄の主人、奥様、スタッフが迎えてくれる。

その昔、ここの2階では皇室関係者が利用した。
夏は滝を眺めながら涼感満点の甘味処である。
さだまさしをはじめ、訪れる著名人も少なくない。
ここは見合いにも使われた。
実は、うちの父母もここの2階の和室で見合いをしたそうな。
(それがうまくいったせいで、こうしてブログを書いているのだけれど)
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いまぐらいの季節には、
徳島を終の棲家としたポルトガルの文人「モラエス」が愛した
黄花亜麻(きばなあま)が開花する。
こんな寒い冬に嬉嬉と咲く。
※ 北部インドから中国が原産とされる。モラエスがわざわざ徳島に取り寄せて植えたと伝えられる。和田乃屋の庭に咲くが、大滝山の石段からも見ることができる。

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新田次郎はモラエスを著そうとしたが、道半ばでペンを置いた。
その子息は「国家の品格」の著者として知られる藤原正彦さんである。
藤原さんは父の残した資料に加えて徳島の協力者からの提供資料を受け、
さらにご自身の足で十数回徳島の地を訪れた。
そして、2012年の冬、
父の未完の作品は息子の補筆で完成した。
父の思いは数十年ぶりに遂げられることになる。
その著書は、孤愁〈サウダーデ〉新田次郎、藤原正彦。

この時代の日本人(庶民)の持っていた品格、
美意識の高さはいかほどだろう。
ていねいなくらしを
たゆまず積みあげていく日々に
ひそかに喜びを見出していたのではないか。
そして、その感性は
21世紀人がもっとも必要としていることではないのか。

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モラエスは、焼き餅も愛したようだ。
小説の文中から察すると
当時の店名こそ違うが、
描かれた情景からは和田乃屋本店ではないか。
ここで、後にモラエスの伴侶となるオヨネさんも働いていた。
眉山山頂には、モラエス館があり、
モラエスの遺品を収録し、書斎を再現している。

滝の焼き餅は、
米粉を薄く伸ばしてさくっと焼き上げたもの。
素朴でやさしい菓子であり、
奥様がていねいに煎れてくれる茶と
合わせていただくと魂のごちそうとなる。


滝の焼き餅
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手作りでひとつひとつつくられる。
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抹茶や緑茶とのセットでいただく
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手水にたゆたう紅葉
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1階からも眼前に滝のある中庭が見える
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ぜんざいもおいしい
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手入れがあってこその黄花亜麻
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滝と黄花亜麻
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夜のとばりが降りる頃、千と千尋の神隠しが始まる
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さらに散策を続ける

和田乃屋
posted by 平井 吉信 at 17:53| Comment(0) | 徳島