2016年10月09日

吉野川小歩危峡 渓谷に咲く花 プロジェクションマッピングによる風景


身近な草花や植生を追いかけている。
ときに光の花が自然の造形に映し出されるということで
それを見るのもいいだろうと訪れてみた。

場所は小歩危峡。
前回訪れたのは1か月前のこと。ラフティングでは全国有数の場所だろう。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/176663031.html

その秘密は四国山地を横切る横谷(おうこく)にある。
吉野川の大歩危小歩危の白眉は
白川谷との合流点から上流の小歩危峡だが
その付近に岸壁と合流点付近の河原に投影するというもの。

開始半時間前の投影場所
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18時に開始されたが、あたりがまだ薄明で鮮明には見えない。
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カメラでは肉眼よりも明るく捉えてしまうので
目で見た感じに近づけるとこんな感じ。
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太陽は落ちているが、岸壁に光が当たり始めた。
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色が変化するのは
アサガオ、ヒマワリなどと季節が変わっていくからだろう。
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時間が進むにつれて映像が渓谷に浮かび上がる。
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ここが前半のハイライト
(といってもプログラムを再生しているのではなく現場で描いているらしい)
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なお、撮影にはISO3200〜6400が必要。
レンズはXF18-55mmF2.8-4 とXF35mmF1.4 Rを使用。
f2でも速度は1/10〜1/20程度(マイナス1/3〜2/3EV補整)。
映像は絶えず動いているので
映像を止めるのならISO12800、f1.4、1/60秒程度か。
(小型のデジカメやスマートフォンでは難しいだろう)。
しかも会場は混み合うので三脚は不適当。
(邪魔になるし引っかけられるなど事故が想定される)。
だから登山用の1本ストックに載せて手持ち+電子シャッターで撮影した。

樹幹ごしに見るとアートに見えてくる
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場所を変えてみた。
開始当初からずっと標準レンズ。
ISO6400、f2.8で1/10秒。
金の鉱床に彷徨っているよう。
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肉眼ではこれほど明るくは見えない。
渓谷の水の流れが見えるのは
光を蓄積して一定の明るさに仕上げるカメラならでは。

闇夜に浮かぶ光芒はときに金属質な透明感を見せることがある
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本流は右から左へ流れている。
画面下から本流に合流する白川谷の流れに光が当たっている
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ヒマワリがご覧いただけるだろうか。
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ヒマワリとアサガオと椿が揃った
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樹木ごしに見える風景こそが白眉ではなかったか。
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魚はうごめく光にどんな反応を示しただろう。
カニは? ウナギは? アユは? 
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小歩危峡は静かな昼間を迎える。
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posted by 平井 吉信 at 18:04| Comment(0) | 徳島

2016年09月30日

仕事で立ち寄った徳島市内の秋の庭にて


ここはまちなかの学校跡地を民間が文化施設に改装したところ。
朝から行政関係者、民間の有志が集まって、
にぎやかに実験、評価、意見交換を行う。
真剣だけれど本質を見ようとする真摯な試み。
(こんな実践的な場からものごとが動いていく)

その休憩中に庭に出たとき目に止まった草花。
たおやかな秋に楚々とした微笑みを投げかけているようで。
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次に石井町の民間企業を訪問。
田園に風が吹き抜けるカントリーガーデン風のテラス、
なかでも植物に目がとまる。
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(フジX-E2+XF35mmF1.4 R、プロビアそのまま)

自宅の庭のツユクサも追いかけている。
ニコンとフジでそれぞれ。
(撮影日が違うし天候も違うので色の比較という意味ではない)。

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(D7200+AF-S Micro 60mm f/2.8G)

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(X-E2+XF35mmF1.4 R)

身近な植物、自生、栽培、野生、園芸種を問わず
空間に光を集めて人に何かを伝えようとしている。
未来の変化を伝えようとしている。
だから、ささいなところにも目を配りたい。
植物が教えているのは、人が教わるべきことだろうから。




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posted by 平井 吉信 at 10:11| Comment(0) | 徳島

2016年08月18日

鳴門 島田島の古代ハス そして睡蓮のあるカフェへ


ハスは不思議である。
泥のなかから穢れなき花を咲かせる存在は
いにしえから清浄な悟りの象徴とされてきた。
およそこの世の造形でこれほど造花感(変な日本語)のある花はほかにない。
ホンモノなのにつくりものにように見えてしまう。
清らかでありながら滑稽さを秘め、潔らかでありながら媚態を感じさせる。

仕事の合間を見計らって
鳴門の島田島(しまだじま)へ渡ってみた。
この島の北の湿原に
地元の人々が古代ハスを蘇らせたというニュースを思い出したのだ。

国道11号線から、かつて有料道路であった鳴門スカイラインへ。
この道路は西日本でも有数の海岸美を堪能できる。
海沿いを走っていた道路がいつのまにか高度を上げると
小鳴門海峡を渡る(小鳴門新橋)。
クルマを手前に停めて海峡を見下ろすと、
瀬戸町北泊の漁村が海峡沿いに見える。
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しかも、海面が動いている、
つまり海が流れている。
大河のほとりの浮島のような集落。
(こんな風景は実にスタジオジブリ向きだと思う)

紫外線が降り注ぐ空と海に、白い航跡が線を引いていく。
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スカイラインから島田島に降りていく。
島の北端の古代ハスへと導く看板が随所にあってわかりやすい。
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ここから入っていく
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ところが…
もう花は終わっていた。
(8月上旬ぐらいが旬だろうか)

シャワーヘッドとETを掛け合わせたようなデザイン。
爆発する自然は、岡本太郎というべきか。
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これから咲くつぼみが畦に一輪だけ。
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湿地にはガマの穂
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ここの里山は、人が手を離すと
たちまち征服されてしまいそうな濃厚な自然。
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むせかえる熱気がうれしい。ぼくはこの暑さが大好き。
見上げた空の高さ、太陽からの贈り物のあたたかさ。
照りつける日射しの力強い生命賛歌がうれしくて
自宅でエアコンも使わない(取り外してしまったのだから)。
水分も取り過ぎないようにしているので夏バテしないんだよ。
(暑いというのは意識が観測すること。ここ数日は扇風機を32段階の最微弱風で使うことはあった)
その扇風機とはトヨトミ製のDC扇風機。
直流駆動なので電気代を食わないし子どもがいても安全設計だし、
耳の良い人が音楽を聴いても邪魔にならない静かさ。
机に向けても書類が飛ばない、身体に当てても疲れないと良いことづくめ。
しかも1万円前後。
機種を知りたい人はこちら。
http://amzn.to/2bl52Sn

穂が実った田がパッチワークのように。
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紫の花の穂が稲穂と対照をなす
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よく見るとカマキリが潜んでいる
(目の中心はこちらを見ている)
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ハスが見られなかった、と思いつつ引き返していると
まだ花が咲いている湿地があった。
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ハスの台座に仏様が座っている姿が見えるような気がした
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夏の日射しが照りつけると、
そこに花が咲いていることを気付かせてくれる。
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島田島の北端にある大島田地区には
自然度が高い里山(湿原と田畑)が広がっている。
小鳴門海峡側には「四国のみち」があるようだ。
この風光明媚な島は、エーゲ海に浮かぶシテール島のように「印象的」。


話題転換。
鳴門は、京阪神に住む人にとって
週末移住を果たす絶好の場所である。
(平日は京阪神でオン、週末は鳴門でオフ)
オノコロ島を通過する高速道路、高速バスで接続されている。
徳島空港にも近く、遠出も簡単。
四国内は、高松道によって香川、愛媛、岡山と結ばれ、
徳島道によって、高知、愛媛と結ばれる。
会員制高級リゾートホテルがいくつかあるのがその証し。
http://reserve.resort.co.jp/hotels../xiv/naru/index.html

何より食べ物は、京阪神の比ではないだろう。
海の幸(瀬戸内海から太平洋まで)、山の幸、川の幸という点では
徳島は全国有数である。
鳴門だけ例にとっても
鳴門金時、鳴門鯛、鳴門わかめ、レンコン、梨と全国的な特産品が目白押し。
かつては塩田で賑わった浜辺だが、そのナトリウムやミネラルから派生して
世界的な点滴製造メーカーとなった企業もある。
外国人が汗を飲ませるのかと驚いたあのスポーツ飲料、
なぜか沖縄でもっとも人気のあるレトルトなレトロカレー、
というかレトロなレトルトカレーも鳴門の企業がつくっている。
http://boncurry.jp/

赤飯に砂糖をかけて食べるのも独創的だし
お好み焼きに金時豆が入っているのも常識だし
饅頭に砂糖をまぶした人気の菓子や
http://www.tokushima-kashi.com/member/%E9%B3%B4%E9%96%80%E5%A0%82/
これは菓子ではなく芋だろうと言い張る人が続出したという人気の菓子もある。
(この菓子は見かけのホンモノ感もさることながら風味絶佳の逸品)
http://hohgetsubo.jp/
年を取って四国巡礼を始めるのなら一番札所は鳴門から。
日本での第九初演の地であり、ドイツとの文化交流はもはや世紀を超える。
http://doitsukan.com/

鳴門高校は甲子園の常連である。
http://naruto-hs.tokushima-ec.ed.jp/
校歌はこちら http://naruto-hs.tokushima-ec.ed.jp/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E7%B4%B9%E4%BB%8B/%E6%A0%A1%E6%AD%8C/
(旋律が覚えにくいが記憶に残る校歌。和音の解決を先延ばしつつ期待感を高めて「鳴門の健児」で締めくくる)
私立のアピールの場となってしまった高校野球だが
徳島の常連高である徳島商業、池田高校などとともに公立高校である。
(地元出身選手のいない「地元」高校を応援したいですか?)

陶板で複製された実物大の「偽物」をずらりと並べた大胆な美術館は入場料も破格。
http://o-museum.or.jp/
それでも、4kmに渡って1,000点のオリジナルサイズの名画が並べられたら
見るのに数時間かかる(大抵の人は1日で見切れない)ので、入場料対楽しみを時間換算すると
最低賃金を下回るので費用対効果は悪くない。
(まだこの美術館へ行ったことがないとは恥ずかしくてここに書けない)

隠れたアピールとしては、人口6万人の小都市なのに
大学があること。高校が3つ(普通・商業・工業がいまでは2つに統合)あること。
教育と文化こそは鳴門の原動力である。
おっと、大切なものをひとつ紹介し忘れていた。
渦潮である。
http://www.uzunomichi.jp/
(鳴門をここまで紹介しておきながら鳴門市からは1グラムの塩ももらっていない)
だから、欠点もアピールしておこう。
それは、ひとことで紹介できないこと。
鳴門でひとつネガがあるとすれば、水道水がおいしくないことぐらいか。
(漢和及第=いつもの誤変換)

ウチノ海へと川のように流れ込む
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ウチノ海に浮かぶ筏
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島田島の東海岸は渚が続く。ここは南端に近い竜宮の磯
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高校野球では、鳴門高校が優勢に試合を進めているようだ。
昼食は鳴門市内でいただいた後、
藍住町の新しいカフェへ。

何とテラスに池があり、モネの愛した青いスイレンが咲いている。
(大塚国際美術館や高知のモネの庭にも咲いている)
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メールの返信を済ませるとさっそく池を観察。
なつかしのクリームソーダ。子どもに帰れる気分。
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アゲハが舞う、メダカがいる、オタマジャクシとカエルが棲んでいる。
カエルがスイレンの葉に上がってちょこんと座る。
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鳴門のハスに始まり、藍住のスイレンでひとやすみ。
この店は、お池カフェ フルール
(お人柄がよく居心地の良いお店。商売のご繁盛をお祈りします)
知り合いの建築設計士(中川俊博さん)が手がけられたと後日わかった。

暑さが醸し出すこの夏は、極楽浄土に近づいて理趣経が見えてきた。
posted by 平井 吉信 at 23:39| Comment(0) | 徳島

2016年07月30日

空と海と四国 そして四国巡礼GO!


「空と海」ってなんですか?
いったい何を目的に、どのように生き方(活動)をしているのかわからない。

こんな変なドメイン、誰が取るの?
なぜか、人気のドメインで関連するドメインは10数年前に売り切れ。

人は「思い」があり、
それを信念にしたり目標にしたり拠り所にして生きている。
ぼくの場合、それを言葉に凝縮したのが「空と海」。
このブログもその世界観を反映している。

空海が好きだ。
(たまたま家が真言宗だった。徳島ではもっとも多い宗派であり、日本でもっとも真言宗の比率が高い地方)
司馬遼太郎の小説もおもしろかった。
それなのに、四国巡礼には出たことがない。

肉親を亡くしてその供養のためであったり
事業が失敗、人生の艱難辛苦を経験し生きることに思い悩んで
死に場所を求める気持ちで廻る巡礼者。
それを「お接待」で迎える四国路。

ぽつんとひとり、夕立に打たれ、嵐に巻き込まれ
みちを失って路傍に崩れ落ちた日もある。
(同行二人のもう1人は自分自身なのだ)
そんなとき、四国の風土が横たわっている。
そこには感傷もなければ、誰かの干渉もない。

みじめな自分は、みじめでありたいとの
自らの「願望」がつくった幻影であること。
お接待を受ける度に、
見返りを求めない行為を受け止めるうち、
これまでとは別の自分、自分を客観的に見つめる醒めた目があることに気付く。
そう、ただいまを生きていること、
そのことを受け止めるだけ。
(受け止めるためには、これまでの自分を「捨てる」、すなわち生まれ変わる)

死に場所を求めて旅だった自分が
生きることの「欲」を感じ始めている。
それが四国巡礼。

山のミネラルが川を通して海と結ばれる。
そこは空と海の境目のない世界。
学問の人でありながら実践の人でもあった空海。
四国をそのような世界観で見切ったところが「空と海」。
(言葉にすると伝わらないと思うけど)
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ただし巡礼に出たことはないし行こうとも思わない。
そのような時間もない。
(父の死後、通夜も告別式の翌日以降も仕事を休まなかった。けれど三回忌までは毎日朝の読経を行った供養を行った。空間に響く自分の声がふとどこか遠くから耳元で聞こえてくる感覚を覚え、燭光のなかにかたちではない輪郭を感じることもあった)

88箇所とは単なるきっかけに過ぎず、
刹那を感じつつ日々を生ききること、
それが巡礼と思う。

かたちにとらわれないことが真言とすれば
かたちをつくってかたちをなぞる四国巡礼のなかに
その危うさがあるとも言える(わかりやすくいうと商業主義)。
とはいえ、法具やアクセサリー、儀式から入って
わかりやすく体験させることで説得力をもたせることを
空海さんもやっていたので否定はしないけれど。
(理想と現実をうまく行き来して橋渡しをすることの天才だね、空海さんは。理想があるから現実的であり、現実的であるから理想を追いかけられるという意味で)
(白装束と傘を被っていれば、説明することなく「お遍路」とわかる記号の役割はある。ただしアウトドアメーカーなどが既得権を気にせず、もっと機能的な素材とデザインで提案すれば新たなビジネス機会と思うよ)

とにかく、かたちにとらわれず、
あなただけの巡礼を成し遂げてみてはどうだろう。


もしかしたら、それは自宅にいながらできるかもしれない。
どこかのゲームメーカーが
ウォーキングマシンのメーカーと提携して
遍路道の写真を元に仮想現実を構成し
歩きながら四国の遍路道を画面で見せる。

そのためには、「バーチャル先達」になるボランティアが必要である。
バーチャル先達とは、ビデオを装着して(歩いてもぶれない工夫が必要)
可能な限り遍路道を歩く。
そこで得られた画像を編集スタッフが3D化する。
(Googleマップでおなじみのあれである)
遍路道とともに歩き遍路に親しまれた街道があれば
別の機会にそこも歩く。
バーチャル先達はボランティアだけれど
自分が案内した道をバーチャル遍路がたどるとき
協力者として一瞬テロップが出る。
それだけでいい。

予めビューポイントも定めておいて、
景色の良いところでは360度の映像を堪能できたり
少し寄り道ルートで新たな発見ができるようにする。
(四国の自治体や観光協会が喜んでタイアップしそうだ。誰かが寄り道へ入って体感するたび、システム運営協賛費としてスポンサーに課金する)

これなら自宅で時間のあるときに巡礼の旅を始められる。
実際に歩き出すと景色が動き、止まると景色も止まる。
実際の歩行距離が到達すると、Web上で御朱印が得られる。
それを励みに続けられる。
自宅の歩行器で歩くので誰の迷惑にもならず、
時間のない人でも四国巡礼ができる。

歩く途中で、実際に地元の人が顔を出してWebから参加して
あなたの画面に現れて声もしくは文字のメッセージが送られる。
(これはリアルタイムで行われる。メッセージを送る人は少額が課金され、文化財の保全や遍路道の維持管理などに役立てられる)

そしていよいよ機が熟したとき、
リアル四国へ旅立つ。
(仮想だけで巡礼を終える人は少ないだろう)
予め仮想現実を体験しているので不安は少ない。
そして今度は拡張現実により
仮想現実での履歴をリアルに重ねて見ることができる。

ただし、スマートフォンを使わない。
巡礼者にとって道中の電源確保が容易ではないので
緊急の際の電話機能を消耗しないことが必要だからだ。
そのため専用ハードを準備する。

ハードを売るのが目的ではなく、巡礼者の視点から必要だと思う。
具体的には歩行器の表示部を小型化したもので、
自宅の歩行器とは同調が取れている。
防水機能は当然であるが、
リュックに取りつける太陽光充電ユニットから充電ができる仕様にもなっている。
(ケータイ電話にも充電できる)
汎用アプリケーションとしては、
GPS機能を持った地図で次の札所、登録された宿泊所までの距離、
進行方向の天気予報が表示される。
音声による翻訳アプリケーションを搭載して
外国人巡礼者と意思疎通や情報の提供ができる。
さらに簡易の健康診断機能も付いている。
最初からこれらのものがセットされていることが不可欠(その代わり拡張性は要らない)。
住民のリアルタイムの励ましのメッセージや
自治体境界を越えるたびに
自治体のミニガイドが必要に応じてポップアップする。
ドロップボックスのように、大容量の接続環境が使える場所では
撮りだめた写真や手記などをWeb上に格納もできる。
アクセスの設定により家族や友人も居場所やそれらのデータを閲覧できる。

ただしこのハード、動きを検知したら画面が更新されない(必ず止まって見せるため)。
ブームになったあの端末を見ていると、
開発者は、想像力を持って開発、調整を行わなければならないことがわかる。
四国巡礼を世界遺産に登録する前に検討してみてはどうだろう。
これらの機能をわかりやすいインターフェイスにまとめるためには
ハードとソフトの一体化が必要なのだ。
(あるいはレンタルサービスもあり得る)
自宅に戻れば、実際に歩いて味わった現実をマシン上で歩くことで再度体験できる。
このように仮想現実と拡張現実を行き来しつつ、
そこに必要最小限の情報ポータルと世界観を共有できるコミュニティを融合させるとしたら
インターフェイスの設計(コミュニケーションのデザイン)がカギとなる。


追記
水をさすようだけれど、
お遍路アプリもビジネスとして過度に期待しないほうがいい。
大切なのは、四国巡礼を通じてどんな価値を提供できるかを見極めること。
そしてあくまでも巡礼者の視点からコンセプトを練り上げること。
あのブームのアプリケーションを見ていると
急激に普及していることでビジネスとしての寿命は極端に短いことが予測される。
(半年持つだろうか?)
アートの名を借りたプロジェクションマッピングなどもイベントとしてはおもしろいけれど
そこから現実へ波及していかない(体験者の物珍しさがリアル世界への行動につながっていない)。
物珍しければそうであるほど、「ああ、あれはもう見た」の一過性で終わる。
(仕掛け人ももうそのことの危うさに気付いているはず)
アートとは、行動につながるものと定義しているので、ポケモンGoはアートだと思う。
現実と調整は必要だけれど。






タグ:巡礼 空と海
posted by 平井 吉信 at 11:00| Comment(0) | 徳島

2016年07月03日

しんしんと山気が迫る夏 日和佐町北河内の里山はさらにさらに


ある日、ふと迷い込んだ田舎で
どこか懐かしいような、
心がざわつくような、それでいて嫌な感じはしない、
そんな場所で繰り広げられる物語―。

夏が来るとどこかでそんな場面が思い出される。
それらは、探偵モノであったり、昔の人の知恵に諭される若者であったり、
ときにはSFであったり、亡き友人の思い出をたどる成長記であったり。
(参考)あの花

決して観光地ではないし、地元の人ですらほとんど行かない。
地図には載っているけれど、まるで空気のような場所。
そんな場所に行ってみたい人のための記事です。

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場所は、日和佐町北河内(きたがわち)の大戸(おおど)と久望(くも)の集落である。

国道55号線に自動車道(無料)が併走されるようになり
大戸地区を経由するかつての道は通行車両が激減した。
この地区には円形の棚田や、かつての小学校跡に生える見事なイチョウなど
里山好きにはみどころがいっぱい。
伝説の後世山探検隊を送り出したのはやはり大戸地区だった。
さらに、久望(くも)の集落の奥には「赤滝」と呼ばれる滝がある。
ただし、観光地ではないのでクルマを置けるところは限られている。
道幅は想像以上に狭い。
車幅が1.8メートルを超えると気を使う箇所が数カ所ある。
夏になれば(ここに限らず)スズメバチ、
さらにはマムシ、ヤマカガシなどの毒蛇も少なくない。
(車道を歩く限りはほとんど心配はない。スズメバチを刺激する黒い服を着ていかないことぐらい)

まずは大戸から。
集落の道沿いに日和佐川最大の支流北河内谷川が流れ
そのままたどると星越峠に達する。
集落の入口には神社があり、広い境内にクルマを止める。
新田神社という集落の氏神様である。

フジクロームを詰めたライツミノルタCLに40oを付けて
よくここへ来てはシャッターを押していた。
(チャッ。短く歯切れの良いシャッター音で)
(その前に使っていたミノルタハイマチックFも近似の38oだったので、いまでも40oの画角が好きなのだが、この画角の良いレンズは現代に見当たらない)
光と影、水と河畔林、集落の田畑と氏神様の彩なす光景に引かれたのだ。
(そのときに撮影した写真はいまも自室に飾ってある)

だから、このブログで一度も大戸地区を紹介していないことが意外だった。


ここで、日本の里山や田舎が似合うと思うポップスをご紹介。

センティメンタル・シティ・ロマンス「夏の日の思い出」
…1曲目の「想い出のリフレイン」が鳴り出すと、せみしぐれとともに野山をかけた子ども時代が蘇る。夏の叙情とその切なさを歌い上げたシティポップス。しんしんと夏が迫る音楽はそう多くない。2013年にSHM-CDでリマスター復刻された1986年のアルバムだが、枚数が少なく入手が難しい。
(ぼくはアナログで持っている)
夏の日の想い出


松岡直也「夏の旅」
…日傘の貴婦人、 田園詩、 夏の旅と定番の流れ。ジャケットの写真は信州かどこかの田舎道(舗装していない)の停留所で、日傘を差した和服の女性が降りたばかりのバスを見送る後ろ姿が印象的なジャケット。時代背景からして車掌が乗っている路線バスなのだろう。路線バスは田舎の効果的な記号として使われることが多い。トトロもそうだった。母親に手をひかれて停留所から2キロ少々の土手を歩き、夏祭りのお宮の前を通り抜けて田舎のおじさんの家をめざしたことを昨日のように思い出す。2014年4月にお亡くなりになられたのでCDの入手はそろそろ注意したほうが。いまの日本のCD流通は手に入るときに無理して購入しておかないと後悔する。

夏の旅


ハニー&ビーボーイズ「バック・トゥ・フリスコ」
ドライブ感のある1曲目で「夢の先まで行っても…」の歌い出しでこのアルバムの世界観に入っていく。このバンドは、1987年に、西司、村田和人、山本圭右、平松愛理で結成されたもの。良質のポップスとはこんなものの見本のようなアルバムだった。2曲目は平松絵里が歌う。名曲「雨はてのひらにいっぱい」がラストを締めくくる。なぜこのアルバムが長い間、復刻されないのか不思議だ。
バック・トゥ・フリスコ

シングル曲なのだけど、小椋佳「夏ひとかけら」。しーんと迫る夏の気配と去って行く足音のような世界観を日本の情緒を大切にした詩と曲で綴る佳曲。収録アルバムのひとつ。
コンプリート・シングル・コレクション 1971~1976


ライツミノルタCLの代わりに、現代のデジカメ(フジX-E2+XF35mmF1.4)を持って
久しぶりに大戸集落の入口の新田神社に向かう。

鳥居の注連縄が新丁されているようだ。
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この建物、ていねいにつくられている。
山裾の緑が壁に反映されている。
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壁を引き出すと据わることができる一種のミセづくりなのだろうか。
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苔むした一本の樹木、それに建物の背後の森
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日和佐川支流の北河内谷川は澄んでいる。
2人組の地元の男性が手に持つ網でアユを採っていた。
日和佐川には内水面漁協は存在せず放流はされていない。
アユもアメゴも天然モノだけだ。
日和佐川にはダムがないので海と源流を自由に行き来できる。
だから、ウナギ、モクズガニ、テナガエビも多いはず。
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小さな石積みがあって、そこから上手には河畔林が覆い被さって
光と影と木々の葉を映す水の表情が美しい。
まさに1分ごとに変わっていく水の表情を捉えたのは
俊敏なライツミノルタだったのだ。
ただし露出は難しかった。
スポット測光だったし暗部がすとんと落ちるリバーサルでもあったので。

フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
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ニコンD7000+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR
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河畔にはヤブカンゾウの花が咲いている。
若芽は食べられるというが、
飽食の時代に、少なくなりつつある山野草を食べる必然性は見出せない。
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シオカラトンボと紫陽花。よく見ると複眼の中心がこちらを見ている。
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どこにでもいるカラスアゲハのようだ。
ニコンは迅速なAFを活かして望遠専用にしている。
(もっともD7000に100%満足しているわけではないけれど)
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北河内谷川から久望(くも)方面へと向かう道すがらにはねむの木が点在する。
支流を背景に一瞬風がおさまった瞬間にかけてみた。
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水路を見てメダカを探すが、流れが早く水も澄みすぎているので生息に適していないのだろう。

水路に落ちたミミズ(約1尺)が流されながらも足がかりを辿って這い上がろうとしている。
青いワンポイントの帯が印象的。
大きなものは50センチぐらいになるだろうからまだまだ小型だ。
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北河内の集落はかつてと比べて人が減少して空き家が増えているように感じる。
棚田も耕作放棄されて荒れ地となっている枚数が増えている。
野生の鹿や猪は増えているだろうし、
人口減少時代には生息地が少なくなった野生動物が
人のいなくなった里山を支配する時代がそこまで来ているように感じる。
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人口増加時代と人口減少時代は政策を大転換すべきだが、
現政権は真逆をめざしているようで
格差是正、内需拡大、中小零細の事業所を中心に生産性を高める戦略がとれないでいる。
崩れそうな崖、耕作放棄された荒れ地、朽ちた廃屋、濃厚な野生動物の気配を
たったひとりで歩いて感じてみれば、いまの中山間地域の現状が感じられるはず。

秘境赤滝まで1.8kmと出ている。
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20代の頃、仲間を集めて後世山探検隊を送り出した。
この大戸の集落から悲運の姫が眠る後世山をめざすというもので
(地元の人も年に2回の例祭以外は怖がって山に近づかないといわれていた)
後世山へはたどりつけなかったが、幻の赤滝を発見した。
実は、「こっちへ来い」とばかりに、
赤滝まで誘導してくれた3匹の犬がいる。
地元民家が飼っていたエス、ケープ、ゴマという名の犬たちは
もうとっくにいないだろうけれど、その子孫はいるだろうか?

川は小さくなってきたが、野生はますます濃厚になってくる
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開けた地形で民家があった。桃源郷のような暮らしをされているのではないか。
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あと1.5km
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同色が重なると鮮やかに見えるという色彩効果の風景
(だから温州みかんはオレンジのネットに入って売られている)
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右手に崖、左手に沢の昼でも暗く細い道。渓流沿いにガードレールはない。
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いよいよ里山の終点が見えてきた。
ここから遠くの地形からうかがえる谷筋を登っていく。
幻の赤滝はその先にあるのだ。
(幻の赤滝はどんな滝でしょうか? 興味のある人は続きを完結させてください)
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夏の山気が迫る里山は国道が離れ、集落の人口が減少したことで
さらにしんしんと静けさが深まっていた。
日本の将来に思いをはせて一抹の寂しさがさらさらとそよいだ一日だった。
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posted by 平井 吉信 at 22:26| Comment(0) | 徳島

2016年04月14日

ハモ、アシアカエビ。徳島の川が育む海の幸と文学


鹿子沢ヒコーキさんが徳島に取材旅行に来るということで
事前にご連絡をいただいた。
鹿子沢さんは、歴史ある出版社の編集長らしいのだが
それ以上は明かせない。

しばらく腰を据えて四国を取材されるという。
年度末で忙殺されている当方と
奇跡的に1時間だけ互いの時間と場所が接近することがわかった。
眉山に関連する取材をされるということで、
眉山がもっとも秀麗に撮影できる場所として、
吉野川橋北の情報をお伝えしておいた。
ある日の16時過ぎに和田乃屋さんでお待ちすることにした。
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何か旧知の間柄のようだが、
それまでは仕事関係での電話とメールのみ。
この日が初対面となった。
和田乃屋さんでの情報交換は社長ご夫妻も交えて楽しかった。

鹿子沢さんは、いくつかご紹介した飲食に入って
店の料理に感動したとおっしゃった。
その店では、ぼくはランチにすることが多いのだけれど、
鹿子沢さんが注文したのはハモ定食。
東京では絶対に食べられないとのこと。

それならばぜひ行ってみようと思っていたら、
午前中に川内で仕事の打ち合わせがあり、
午後から香川県東部での面談があったので、
自ずとその店に行けることになった。
(行きたいと思ったらそのような巡り合わせになるのが人生)

もちろん同じ料理を注文。それがこれ。
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徳島の吉野川、勝浦川、那賀川から供給される肥沃な粒子の細かい土が、
紀伊水道の海の豊かさを形成している。

瀬戸内海から太平洋までを備える徳島には多様な水産物がある。
スジアオノリ、鳴門わかめ、通年取れるタチウオなど。
なかでも忘れてはいけないのが、ハモとアシアカエビ。
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前者は京料理の食材に不可欠だし、
後者はクルマエビよりおいしくて手頃。
徳島の水産物は実は全国有数なのだ。

先日は、金目鯛が630円で売っていたので3枚に降ろして、
オリーブオイルとニンニクで炒めて白ワインでフランベ。
お頭は昆布だしで吸い物に。
ともに絶品であった。
(魚介料理は裁きから調理までわが家ではぼくの役割)

鹿子沢さんは翌日、ご紹介した室戸を代表する料亭で
キンメ丼を召し上がられたそうだ。
これも感動モノとおっしゃっていた。

さて、ここで問題です。
これは、どの店で売られているハモ定食(焼き霜つくり、天ぷら付)でしょうか?(1,280円)
(ヒント:徳島市と鳴門市の間で地元魚介料理を得意として野菜ソムリエがいる店です)

タグ:ランチ
posted by 平井 吉信 at 01:03| Comment(0) | 徳島

2016年04月13日

徳島市の活性化を考える


(この記事は4月9日の記事に加筆したので改めて投稿したもの)

四国の四県都を振り返ってみると、
徳島市の中心市街地の衰退が四国の県庁所在地で著しい。
高松では三越のある丸亀町の再開発が進行中。
華やかなハード整備に目が向きがちだけれど、原点には食や医療なども含めて、
まちなかでのくらしを見つめる目がある。
さらに、南部の瓦町駅では天満屋の撤退後、
琴電の主導で商業とコミュニティ施設として生まれ変わり、
大型のライブハウスが誕生するなど波及効果が出ており、
駅の乗降客、周辺の商店街の通行量が増加している。

松山では、2つの百貨店と商店街が連携しつつ、
大街道の入口の大型空き地に複合商業ビルが稼働を始め、
街区のなかほどでも再開発の動きが見えている。
道後温泉本館の更新を間近に控えながらも
道後は海外からの観光客も含めて賑わっている。
3月には、民間のまちづくりの関係者が石破地方創生相にプレゼンテーションを行っている。
その内容は、自立した組織によるまちづくりを行う必要性と
市民を巻き込むことの重要性を訴求したもの。
民間のまちづくりのあり方としては、日本でもっとも先進的な事例のひとつだろう。
資料は、以下に公開されている。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/chiiki_shigoto/h28-03-26-siryou2-3.pdf

高知は、平成27年夏に関係者の期待を背負って
複合商業施設「帯屋町チェントロ」が開業。
そこには地元資本の書店が出店するなど全国FCに負けていないところが長所。
ローカルと観光客がともに賑わうひろめ市場や日曜市に加えて、
よさこい、おきゃく、まちゼミ、エスコーターズといったソフト事業をからめ、
地元商店街の団結のもと意地を見せている。
さらには、隣接する小学校跡地に数年以内に図書館の開業を控えている。
高知の近年の著しい活性化の動きは地元住民が肌で感じている。
このように3県都の中心市街地は県の顔となっている。

高松の再開発は所有と使用の分離をめざした最先端の事例であり、
松山のまちづくりの組織は、目線の高さがひときわ高く内閣府も注目している。
徳島はというと、まちなかから経済センタービルの機能が郊外に移転し、
さらには郊外に大型SCの誘致をめざすなど中心部をますます衰退に誘導しているようだ。
また、県市の協調ができておらず、ちぐはぐで無策といえる。

高松の都市計画を見ると、どんなまちにしたいかの中長期の道筋が描かれている。
今回の徳島市長選では、
各候補は新町西地区の再開発の是非を争点にしたものの、
まちの中長期のビジョンは示していない。

かつての駅前と東新町の二眼レフ構想の失敗に学び、
それぞれの地区をどのように位置づけて百年後の大計として
今後数年で取り組むべき課題はこれこれ、と抽出する必要がある
だから、新町西地区の再開発に賛成か反対かの二者択一ではない。
街区の更新は不可欠なので、論点とは何かを考えることだろう。

音楽ホールについては文化センターの耐震補強という主張があったが、
ホールは楽器の一部であり、強度やデザインだけで語れない。
良いホール(音響)があるところに感動(文化への求心力)が生じる。
興業ベースで成り立つ適切な規模はどれぐらいか? 
県民の足の実情、県外からのアクセスを考えてどこに配置するのが望ましいか?
近隣や他県とのホールの連携や補完も含めて差別化要素は何か?
音楽に限らず、集客イベントの開催に際して会場の確保に苦労することが少なくない。
数十年先まで俯瞰して、ハコもの行政と一括りにすることなくあるべき姿を考えて欲しい。

子どもの頃、丸新百貨店へ連れていってもらうのは、ハレの日だった。
おもちゃ売場、食堂、屋上の遊具など子ども心に気もちが晴れやかになる場。
ダイエーへ行ったついでに商店街の専門店で買い物をしたり飲食をしたり。

先の計画では再開発で音楽ホールを整備する構想であった。
それは、ハレの場である。
しかし、いまの東新町は、日常の生活機能が求められるケのまちである。
音楽ホールを整備したところで、飲食関係以外に周辺に集客効果が波及せず、
まちの活性化にはつながらないと考えられる。
そのなかで、川の駅のような地勢を活かした構想は悪くない。
また、とくしまマルシェはぶれないコンセプトが奏功し
月に1回という絶妙の頻度は出品者に過度の負担とならず、
市民にとって、まちにハレの場を提供できる機会となっている。

徳島市に必要なのは市民や経済界が共感できるグランドビジョンを示し、
地区の特性に応じて、官民のプロジェクト、イベントなどが散りばめられる政策誘導を行うべき。
国土交通省の立地適正化計画はそのひとつであるが、基本はハード整備である。

それを補うのは、まちづくりをマネジメントとプロデュースをする機能である。
新しい公共という考えに基づいて人々に居場所と出番を提供すること
(これがあるのが高松、松山)。

徳島市に必要なのは、ハコをつくる前に、
まちを動かしていく動機をつくることだろう。
新町西地区に地区更新が不可欠であり、地権者も覚悟を持って取り組んでいるはず。
リスクを背負って事業を行う際に、行政としてどのように関われば良いのか、
市民としてできることはないのかを考えてみたい。

(以下は着眼点)
施設のコンセプトは、人々に居場所と出番をつくる実験的な場とする。
駐車場は基本になるので、有料であっても廉価な月極Pを提供できれば、
銀行、駅、官公庁が近い利便性とステイタスがある街区なので
郊外に出た事業所や事務所が戻ってくる。
利用者に向けては無料もしくは低廉(1時間50円〜100円程度)の駐車場を用意する。

実験的な事業所を集めたフロアは出会いの場である。
古い家屋のリノベーションが流行しているが、構造上の限界はある。
ひとつは通信ネットワークと省エネルギー、さらにはセキュリティの確保である。
新たに整備するのならこの点で有利。

商業、サービス業、小さな町工場やコーヒーの焙煎程度も可能なレイアウトとする。
また、会議や趣味に同好会のための恒常的な賃貸、時間的な賃貸なども交えて
居場所と出番を提供する。
このような場ができれば人が集まるので自ずと商業床も埋まる。
また、周辺に連鎖的に地区更新が波及する可能性がある。

かつて新町地区は徳島でも先進的な地区であった。
いまの時代の先進とは何かを定義する。
仮に、居場所と出番を創造する場とすると、
何をどのように提供すれば良いかを
事業のリスクを背負う再開発の地権者、組合が中心となって、
建設的な考えを持つ市民有志が膝突き合わせて、
短時間(数ヶ月以内)に方向性を出すことが求められる。

まちづくりに行政と市民が公式非公式の枠組みを超えて取り組める流れをつくること。
そのなかで身の丈の事業、リーン・スタートアップの手法による創業、
まちに必要なコミュニティ機能の担い手の発掘など
まちなかに埋もれている予備軍に居場所を提供できるはず。
活性化とはそういうことではないのだろうか?

追記

清貧の大統領として人気があり、
権力に屈することがなかったホセ ムヒカさんが来日された。

お顔を拝見すると、すでに悟られているように見える。
不屈の闘志とぶれない軸を支えていたのは、
おだやかな暮らしへの憧憬と祈りにも似た平和への使命感。
いつも民衆とともにあって
切れ味よりは包容力が優る人。
あるがままを受け容れることができるから
どんな境遇でも濁りに染まることもなければ、
地位に奢ることもない。
なぜなら、すうっと魂の高さを引き上げることができる。
その俯瞰があればこそ本質が見える。
論点を高く広く持つとはそういうこと。
いまの日本の政治家で近寄れる人はいるだろうか。

政治家は無償(実費補償)であるべき、と考えている。
利害得失から離れて大所高所から論点を整理し
かつ現場を知るためにはそうでなければならないのだ。

タグ:高知
posted by 平井 吉信 at 00:00| Comment(0) | 徳島

2016年04月11日

家から10分シリーズ 文化の森図書館の山上の公園


ときどき本を借りに行くことはある。
すでに絶版となっている図書や
書店ではほとんど見かけないいにしえの郷土図書など。

図書館はそうであっても、その上の公園ともなると…。
小学生の姪っ子を連れて来たのがいつ?

四国中を駆け巡っていても足元は意外に行っていない。

階段を昇りきると、山上の公園が現れた。
もはや夕暮れが近づいているけれど
まだ、残照が最後まで花開きそして散っていく桜を照らす。
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飛行機がたくさん飛んでいる。
飛行機雲を直角に横切って飛ぶ場面も。
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斜めの光は植物にあでやかな空気を与える。
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なあ、キリンてジラフでおうとう?(合っている?)
そんな声が耳元で木霊した。
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幼い女の子は、おとぎの国に住んでいて
ときどき現実世界と混ぜ合わせておとなを驚かせる。
そんな時間が愛おしい。

北西の園瀬川の俯瞰
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北東方面はビルが建て込んで、霞の向こうに淡路島と沼島が見える。
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ストーンサークル? UFOがここに舞い降りる目印。
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どんどん上に上がっていく。ここは初めての場所。
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さらに上がると森のなかの踏み跡。尾根を辿って南へ伸びているようだ。
小学校の頃、日峰山の道なき踏み跡や沢を求めて歩いた。
怖い物見たさ、でも好奇心が優る。
そうして胸ふくらむ冒険のとき。
その経験が「風の回廊」となった。
どこまで行くのだろう。この続き、見てみたい。

残照が宿る官能的な根っこ。
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でも、きょうはここまで。
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太陽が山に落ちたあとのふしぎな明るさがほんの一瞬公園を浮かび上がらせる。
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烏に誘われて子どもが家に帰る刻。
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空には三日月が羽を広げて見守る。
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また、逢う日まで。
そう言いながら、月日は同じ場所に戻ることなくめぐっていく。
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タグ: 日峰山
posted by 平井 吉信 at 23:49| Comment(0) | 徳島

近くなのに小学校以来だった 丈六寺の境内を散策


車で10分ぐらいの距離に丈六寺がある。
この寺は、細川氏、さらには阿波藩の蜂須賀氏と縁がある。
小学校のときに遠足で歩いて行った記憶がある。
妹を自転車に乗せて連れていったのもその頃。

眼下には勝浦川が流れる。
子どもの頃、初めてアユのドブ釣りをしたのも丈六寺下の淵。

こんなことを書いているのも
前回に丈六寺に来たのがいつか思い出せないから。
もしかして小学校から来ていないのかもしれない。

日曜の午後のひととき、行く当てもなく自宅を出て
佐那河内方面へ行こうとすると、
道路工事で通行止めという表示があったので
回れ右をして法花方面へ抜けようとして
丈六寺が目に止まった。

久しぶりなので、ときめきを感じつつ、車を停めて散策を始める。
門前の通りはこんなだったか?
石舞台から上流の明日香川にも似ている。
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勝浦川の水を取り込んだ水路に鯉が泳ぐ
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新緑が迎えてくれる。
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広い境内にぽつんと。
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右に、暗殺の際の血が飛び散ったとされる「血天井」がある。
小学校の遠足でも見た記憶があり、誰でも見ることができる。
(写真は割愛)
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境内の周辺は細川家、蜂須賀家ゆかりの墓地となっている
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ここから驚く場所へと。
墓地の裏山に散策路がある。
行き止まりかと思いつつ、登り切ると神社があった。

そしてそこに桜が。
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眼下の勝浦川。ここで初めてのドブ釣りをしてアユを釣った淵。
谷崎鱗海さんの名前とともに蘇る。
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里山を降りて周辺の民家を散策する。立派な石垣が目に付き、
墓守をしていた子孫のご家系ではないかと推察。

桜に触発された。
ここから5分のとくしま植物園へ。
(あとは写真を並べるだけで語る必要はないでしょう)
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タグ:神社
posted by 平井 吉信 at 22:48| Comment(0) | 徳島

2016年03月19日

春の絵の具を混ぜ込んで仕上げる 神山 阿川梅の里


一年でときめくのはやはりこの季節。
梅が咲いて桜へ向かう序章の時期、
人の別れと出会いの区切りの春。
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一日あれば、ものごとはどんどん進んでいく。
3日前に何をしたかが忘却の彼方になってしまうような。
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観光という非日常感をもたずに
日常の仮面を外しに行くとしたら神山がいい。
(といっても日常も非日常も変わらない生活を送っているけれど)

この時期は、中央から消費者庁長官とともに関係者が来ているようだ。

鮎喰川はきょうも澄んでいる。
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さらに、ひだまりがたたずんでこちらを見ている。
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そのとき風の神様が現れて
水面に一筆描きの紋様が走った。
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噂には聞いていたけれど
河畔林に沿って疾走するという神様を久しぶりに見た。
(この神様については「風の回廊」という物語がある。Kindle形式で作成して読んでいるのでいずれ公開をと)
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阿川梅の里に着いたのは昼下がり。
梅は盛りを過ぎているように見える。
阿川地区は里山の商店街というおもしろい風情がある。
(里山商店街は、神山の象徴かもしれないけれど)
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坂を上がってみると
この場所は水の神が宿っているよう。
(かつて蜂須賀家の姫が療養に訪れたという石風呂の隣の社)
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咲き残っている梅に午後の光が惜しげもなく降り注いで
梅も人も日だまりの精となる。
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タグ: 神山
posted by 平井 吉信 at 23:24| Comment(0) | 徳島

2016年03月12日

境内に滝があるというふしぎな寺 春はまだ遠い


年度末を迎えて仕事は…。
こんなときに気分転換なら近所の里山へ行こう。
先週行った中津峰ではなく
その南面にある星の岩屋へ。
(思い立って自宅を出たら半時間もかからない)

ここは勝浦町星谷の大宮八幡神社付近からではなく
木尾谷から農免農道から入って農免農道に車を置いていくのがいい。
https://goo.gl/maps/SCGLQZiQRVn
(標識のある道からのアプローチは、まち暮らしの人には酷な細くて曲がった道なので)

春の気配を探しにやってきたけれど寒い。
しかし、このところ花は見ていない。
ユキワリイチゲの季節にはまだ早い。

路傍の花を散策しながら星の岩屋へ上がっていく。
中津峰南面を流れる岩屋谷川の河原。
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これはなんだろう。
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ホトケノザ
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ゲンゲ
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ネコノメソウ
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星谷寺の境内周辺には滝が幾重にも。
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ふと思ったのは外国人観光客に受けそうな要素では。
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まだまだ寒く春は遠い。

追記
撮影した時刻は17時頃であり光量が少ないが、
フジX-E2での手持ち撮影。
レンズは、XF14mmF2.8 R、XF35mmF1.4 R、XF18-55mmF2.8-4 R LM OISの3本。
ゲンゲとホトケノザの拡大にマクロレンズは使わず
35oにエクステンダーを使っている。
これらも手持ちであるが、ビニールシートに寝っ転がっているため
肱が疑似三脚となっている。
手持ちでまったくぶれていないのは電子シャッターによるところが大きい。
シャッターを押すのではなく、落ちるという感覚で切るのもコツ。
(一眼レフでは間違いなく手持ちで手ぶれしていたはず)

なお、ここから中津峰に上がる登山口があるとされるが
時間の関係で見つけることはできなかった。
中津峰のなかでは人が通らない登山道であるため
荒れているかもしれない。

posted by 平井 吉信 at 21:58| Comment(0) | 徳島

2016年03月06日

原田一美さんの児童文学「博士になった丁稚どん」「青い目の人形」と原田家の蜂須賀桜


幼い頃、父にドブ釣りに連れていってもらった。
ドブ釣りとは、アユの解禁後初期に淵で毛針を上下に動かす釣りである。
天候、太陽の位置、水の透明度、川底の珪藻などによって毛針を選ぶ。
当時小学生のぼくも毛針の固有名詞を覚えている。
(岡林1号、青ライオン、八つ橋など)。

毛針は近くで眺めるとなかなか美しい工芸品のようでもある。
ドブ釣りは錘を付けるので、ときたま底にかけてしまう。
鉛は惜しくないが、毛針は惜しいので
鉛が仕掛けからはずれやすくなっていたと記憶している。

谷崎鱗海さんという釣り名人がいた。
どこでその名前を知ったかというと
父が口癖のように「鮎釣りを谷崎名人におそわった」「谷崎鱗海さんが…」。
谷崎名人の自称弟子ということなのだろうが、真偽はわからない。

鱗海さんの本名は義男という。
那賀川中流の相生の生まれで
子どもの頃から那賀川の主といわれる鮎釣りの名人であった。
しかし勉強もせず、親に隠れて釣りばかりしていたので
とうとう勘当され、12歳で徳島市佐古の美馬商店で丁稚奉公を始めた。

熱心な勤務態度が主人に認められて、
(こっそりと勉強していた)勉学を認められて
丁稚をしながら学校に通わせてもらえることになった。
ひとりになって勉強ができるありがたさが身にしみたのだろう。
17歳で店の最年少の番頭となり、その後ご恩を返したあと、故郷で油屋を開業。
誠実な商売で事業を発展させた。

若い頃、肋膜炎にかかった奥様を至れり尽くせりの手当を行って数年で回復させた。
商売で貯えたお金をすべて吐き出してしまった谷崎さんであったが、
ご恩のある美馬商店がのれん分けとして徳島市南部の二軒屋に店をもたしてくれた。
小学校の恩師樫原先生、それに命を救った奥さんの後押しで勉強を再開、
次々と合格を果たしていく。
ついに、小学校中退でありながら高等文官(いまでいう国家公務員のキャリア)の試験に合格
(当時は2万人に1にといわれた)。

しかし…谷崎さんは、商売を続けることにした。
野に咲いてこそと、徳島で商売を続けながら生きていくことにした。
(感動的なくだりなので原書でどうぞ)

昭和11年のある日、谷崎さんは吉野川の河口に釣りにやってきた。
そこで自らの人生を振り返って感慨にふけっていたかもしれない。
その足元に一生を終えて身を横たえたアユの姿が…。
短い一生だったけれど、アユの鱗に刻まれたいのちの証し。
鱗海の誕生する瞬間である(これもぜひ原書で)。

順調な商いを番頭と丁稚に任せて、自身は鱗海と称して
一生をアユの研究に捧げることとしたのだった。
やがて14年をかけて吉野川に棲む魚種を39種類と結論。
同様に那賀川では41種類と特定。
これは川という生態系を知る土台となった。
鱗海さんは自由な研究の真実の愉しさに気付いてしまった。
アユの生態調査は30年にも及ぶ。
(まるでアユを隣の人を観察するかのように、血の通った生き物の生態を解き明かしていく)

アユは夜も遡上するという説に対し、
夜の川に入って何時間もじっとしながら
闇に目を慣らしてアユの寝顔を観察すると
昼間のどう猛な顔つきと違うことに気付いた。

県内のどの川のアユがおいしいかを釣り人に尋ねたところ
鮎喰川という答えが圧倒的に多かった。
その理由は、良質の苔を産すること、
その原因は、伏流水と山から入る沢の影響で水温が低く保たれることにあった。

谷崎さんの研究はダムができる前の時期であった。
吉野川、那賀川、勝浦川は昭和40年代にダムが整備され、
その後は下流に土砂が供給されなくなる問題や
川底の藻が泥をかぶる状況などの弊害が問題となるが
これはそれ以前のこと。

ひとつは川の大きさも関係しているのではと思う。
大きな川の魚は、水流の多さから(=水圧の大きさ)から
骨が太くなる傾向にあるのではないか。

四万十川本流よりもおそらくは黒尊川、
吉野川よりも穴吹川や鮎喰川など
支流が優位になる可能性はある。

流域の山々の微量ミネラルも影響しているように思う。
(ミネラルは骨の形成に影響があるだろう。骨そのものがミネラルの貯蔵庫なのだから)
これらの要素も鮎喰川に有利に働いたのではないかと考えるのだ。
そういえば、きき鮎で上位に選ばれる川、
例えば安田川などもそうだが
必ずしも水質(同じ地域の野根川は日本有数の水質だろう)で最上級とは言えないのに
鮎の風味は佳い。


ここで谷崎さんの話題に戻そう。
終戦を迎えるとGHQの民主化改革により
74人の店員を雇用した谷崎さんの財産は没収された。
さらに奥様が難病にかかり、それまでに貯えた富を吐き出してしまった。

最後は小さな釣り道具屋を経営しながら、
一家がささやかな暮らしをしながら
店を息子に譲り、自身は釣りの知識を活かして指導や講演を行うようになっていた。
京都大学の研究者に声をかけられたことがきっかけとなり
47,234文字の論文「海水温、淡水温によるアユの生態、習性について」が認められて
博士号を取得する。

理学博士の学位は、その不屈の意志と、限りない努力に咲いた花でした。
徳島の海と、川と、魚たちが、鱗海さんに捧げた賛歌でした。


(「博士になった丁稚どん」。この著書が絶版でもはや入手できないのは徳島県にとって文化の喪失ではないだろうか。また、谷崎鱗海さんの名前もWeb上ですらなかなか見つけられないのが残念)

しかし、この実話を著作にまとめられた原田一美さん、
書籍に編集された(株)教育出版センターの乾孝さんに心から感謝したい。
(郷土図書にかける乾社長の強い思いを存じ上げている)

原田一美さんは、冨田小学校の元校長で徳島の児童文学作家。
つい先日の2016年3月1日に89歳で亡くなられたとのこと。
ご冥福をお祈りいたします。

原田先生は、美郷でのホタルや神山町の神領小学校のアリス人形についても取材され
それぞれ「ホタルの歌」「青い目の人形―海を渡った親善人形と戦争の物語」にまとめられた。
 → ホタルの歌 (動物の記録 1)

 → 青い目の人形―海を渡った親善人形と戦争の物語

昭和2年に国際親善を担った人形のたどった過酷な運命とそれに抗い守ろうとした人たちの物語、
(阿部ミツエ先生もすでにこの世にいないけれど…)
http://e-school.e-tokushima.or.jp/kamiyama/es/jinryou/html/htdocs/?page_id=24
それから大南さんらのご活躍でアリスは里がえりも果たすことになった。
(アリスとともにあった人々がいまの時代を見たらなんと言うだろうか…)
http://www.in-kamiyama.jp/diary/8533/

美郷や神山が注目を集めているが、
その背景には自然や文化を大切にしてきた人たちの伝統があることを忘れてはならない。


写真は3月6日、一般公開された徳島市の原田家の蜂須賀桜。
曇り空に晴れやかな桜が別れの春をうたっている。
(重文の原田家と原田一美さんの関係は不明)

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タグ:昭和 神山 美郷
posted by 平井 吉信 at 23:02| Comment(0) | 徳島

2016年02月27日

阿川梅の里 神山 梅がほころび桃源郷のきざし

梅を主題に祭りが各地で開かれる。
でも、山里は道幅が狭く車を置く場所も広くないので
混雑を避けるために人出を避けてずらして出かけることにした。
梅の開花には少し早いと思ったけれど、そうでもなかったようだ。

実はここへ来るのは初めて。
里を散策するにもどこを歩いていいかわからない。
山なら地形を読めばいいが、里道はそうはいかない。
いつのまにか、人家の庭に入ってしまったり
犬に吠えられたり、崖に出たり行き止まりになったり。
1/25,000の地図を持っていても、
地形図に掲載されていない道、
人が歩ける里道、
軽トラなら通れるが普通車は通れない路、
廃道、荒れた林道、整備途中の林道、
さらには新たにつくられた農免農道が入り交じり、
山なら地形だけを読めばいいが、
地図から読み取れない人工要素が多いため、
地図を持参してもわからない。
まして、標高や地形、東西南北や縮尺が想像できないイラスト図では
歯が立たない。

地図に慣れた人間にはデフォルメが苦痛。
上が南の地図も苦手だし、カーナビも進行方向ではなく
北が上でないと運転しにくいのは、
脳のミューロンが地図を想定してつながっているためだろう。
カフェで1/25000の国土地理院の地図を見ながら
にやけているという子どもの頃からの地図オタクなので。
同様に電子地図もときめかなくて…。

漢和及第(いつもの誤変換なのでご容赦を)

結局、コンパスと地形から迷うことはなかったけれど
観光看板の地図をトレースできなかったのだ。
その顛末と道中、もちろん阿川梅の里に興味のある人は続きをどうぞ。

神山といえば、日本有数の梅の産地。
主な品種は、鴬宿梅を主力に、青うめ、小梅、信濃小梅、林州梅、南高梅。
かつては400トンを越える収量があったはずだが
いまでは激減しているはず。
長期的には外国産との価格差による市場価格の低迷と
生産者の高齢化で摘果作業ができなくなっている点が影響しているのだろう。

梅干しは子どもの頃から大好きな食べ物。
あの大きな果肉の塩で付けた梅干しを
ぐじゅぐじゅと果肉のほとばしる酸味をごくごくと食べていた。

その梅の里山を歩くのが初めてというのは
場所がわかりにくかったからである。

車は交通の邪魔にならない場所を見つけて置いた。
観光看板を見つけたので
手元の国土地理院とにらめっこしつつ散策を開始。

鮎喰川(中流)は楚々として流れる
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神山へ入るとかかしが河辺で休んでいる
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中流ながら水が澄んでいるのはダムがないため。
それと緑色片岩(青石)が多い川底の影響か。
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鮎喰川の支流 広石谷川を遡ると阿川地区に。
すると、看板を発見。
公民館や小学校跡地を出発点とするとわかりやすいかも。
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集落を流れる川沿いの民家
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集落の商店のたたずまいに目が止まる。
住宅展示場の住宅を見てもまったく心が動かないが
(フローリングの床や島台所の金太郎飴のようなたたずまいに絶句)
古民家や古い商店のたたずまいにひかれる。
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谷川の橋を渡ると急な登り道になっている。わくわくするような傾斜と梅の枝振り
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石風呂という標識が現れた。
江戸時代に使われた蒸し風呂とのこと。
思っていたところと違うところを通ったようだが、現在位置が判明。
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敷地内には社があって岩と苔が神宿る雰囲気を醸し出す。
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散策路は梅園へと続いていく。
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この後、神木地区へ降りようとしたが
径はやがてなくなり、送電塔に出た。
(観光看板が誘導しようとした径とは明らかに違う。どこで間違えたか?)

すると里の谷へ向かって降りる小径があり
橋をわたって車道に出た。
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川とともに暮らす集落のなりわいが見える。
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里山の春が視野いっぱいに匂うよう。
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神木地区へはこの道路から再度登り返すことに。
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田んぼのあぜ道に春が見え隠れする。そこに映った空の色に。
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崩れかけた石積みと梅の木、そして谷川。これが阿川梅の里の絵かも。
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タグ:カフェ 神山
posted by 平井 吉信 at 22:46| Comment(0) | 徳島

2016年02月09日

18年を迎えて ニホンカモシカと過ごすとき


事業を立ち上げて18年目と2日目のある日、
神山へ行くことにした。
(創業記念日とでも?)

いつもの店でランチをいただこうとしたが売り切れ。
ならば評判の良いカレーで。
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牛肉、マッシュルーム、まろやかなバター風味。
豊かなコクの幸福感をスパイスの香りを立ちこめて
セットのコーヒーが計算されている。

食後に足を伸ばして棚田の広がる隠れた里山、大久保地区へ。
道の駅からは標高255メートルの山が衝立となって
集落が広がっていることが想像できない。
峠を越えると、眼前に鮎喰川支流の上角谷川が蛇行し、棚田がパノラマ状に広がる。
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河畔には樹齢年といわれる大イチョウ。
好きな人にはたまらない光景。
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場所を移動して山中を散策していると、
ふと野生動物を目が合った。
イノシシ、シカ、タヌキなどとの遭遇は日常茶飯事だけれど
これは、ニホンカモシカの子ども。
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距離3メートル。
でも、逃げない。
こちらを怖がっていないし
こちらも不安を与えないよう
ときおりしゃがんだり視線をはずしたり。
この間、10分ほど。
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たまたま持っていたニコンD7000+Micro 60mm f/2.8Gと
この日、ファームウェアの改善で操作が一新されたフジX-E2+XF35mmF1.4 Rで。
(この日から電子シャッターが使えるようになり、無音で衝撃のない撮影が可能となった。そのため像の鮮鋭度が上がっているはず)

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目を空に向けた瞬間、空を反射した無垢の瞳が見えた。
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帰りに立ち寄ったら、まだそこにいた。
声をかけてみる。
崖から谷を見下ろせるこの場所は、お気に入り、憩い場なのだろう。
ぼくのように散策路をはずれて山中に入らなければ
人間と遭遇する場所でもなし。
自然保護に携わる公的な組織からの問い合わせには協力するけれど
場所については秘匿したい。


神山といえば…
消費者庁の徳島への移転の話題がある。
消費者行政に限らず行政は他省庁や関係団体との調整が必要である。
面談時の配付資料は紙媒体で行うことが少なくない。
再配布に一定の制限を課したいからである。
テレビ会議で代用できるのは
同じ組織内などの同じ目的を共有する人たちに限られるし
不特定の人の意見交換や調整にはなじまない。
(東京の行政機関とテレビ会議の実体験から書いている)
ITの本質は、人の意思疎通を支えることと信じているが
人の意思疎通をITで検証するのは本末転倒では?
ただし、テレビ電話の可否を論じているのではない。
例えば、地域のコミュニケーションツールとして
可能性を秘めているはずのデジタルサイネージさえ、
ITゼネコンの金儲けのネタとしてしゃぶられ
「デジタルサイネージは使えない」などといわれるのは不本意だろう。

むしろ、省庁機能の移転ではなく
省庁の職員のスキルアップを目的に
総務省の若手職員などが短期滞在で現場(地元の官民)と連携しつつ
仕事を行う際の教育訓練としての位置づけや
出向など人事交流の場として位置づけるのが適切ではないか。

あちらからこちらをみれば
(ものごとは自分中心に考えず相手の立場に置き換えてみる)
神山へ省庁機能の一部を移転することで東京は不便になる。
それは、地域活性化の足を引っ張ることになる。

本質は、地域と中央との関係性をどのように再構築するか。
そのためには、この国がどの方向へ行くかのビジョンを示す必要がある。
(いまのように首相の思惑=あえて独裁と書く=で国が動かされ、政局のたびに方向が迷走するのは国益に叶うとは言えないだろう)。
理念、方針などの国のあり方が納得のいく方法で決定され、
国と地域との関係性と課題が抽出され
具体的な行動計画を描かれたあとで
その実行策として省庁の移転が位置づけられたのなら話は別だが。

地域の発展が国の発展というのは地方創成の要であるが、
枝葉末節を議論しているときではないように思うのだ。
神山町の心ある人はそう考えているのではないかと。
posted by 平井 吉信 at 23:37| Comment(0) | 徳島

2015年12月30日

楽園は近所にあるのに気付かない 光と戯れる絶景が待っている それは  


それは、とくしま植物園。
とくしま動物園の上にある姉妹施設(位置関係でいえば山を上がっていくので)。

植物園といえば、垣根にパンジーやコスモスが植えられていて
高齢者が散歩しているという先入観があり、
それまでは入口付近をちらりと歩いた程度だった。
本日も仕事をして、時間を捻出できたので行ってみた。

クルマを停めて庭園風の区画を上がっていくと
アジサイの道や雑木の森、シバザクラの植生が現れる。
それらを愛でつつさらに丘陵地を上がっていくとは雑木林があり、
市民の森と呼ばれている。
周遊コースを歩けば1時間弱といったところ。
振り返ると、動物園の観覧車、方上盆地の田園と取り巻く丘陵、
段々畑などが里山の心地よい風景を作り出している。
南東に面した地形は北西の季節風を遮り
冬の日だまりは日の光が憩い、散策とひなたぼっこを兼ねて
半日を過ごすことができる。

この時期、スイセン以外に目立った花はないのだけれど
それでも散策の途中で
野の花が丘陵で光に明滅するさまは息を呑むほど。
(大多数の人はそんな存在には気付かないで通り過ぎていくのだけれど)

きょうも富士フイルムX-E2に標準レンズXF35mmF1.4 Rで散歩。

クルマを置いてこんな道を上っていく
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スイセンを揺らすのは風と光
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撮影はシャッター速度とレンズを通る光の量を口径を絞ることで行う(絞りという)。

絞りf4.5とf5.6でこれほど違う。
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背景にサザンカを従えて撮ると、色とりどりのゼリーの宇宙に浮かぶ白い花のおもむき。
肉眼では気付かないけれど、カメラは知っているという光景。
でも、撮る前からぼくの脳内にはこの絵が瞬間で見える。
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群れから離れて、斜面に1本だけ。花の種類も異なるようだ。
純白のその装いは花嫁の姿にも似て純真な輝きを放つ。
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人間の創造力は龍をつくる
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太陽を追いかける一輪だけのシバザクラ。季節は逝ってみんな枯れてしまったのに
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振り返ると、動物園や観覧車、徳島市南部の丘陵の多い里山が一望できる
人の心を捉えてやまない風景 徳島市を代表する心の心象風景だな
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白い門の向こうにはどんな景色が広がっているだろう。誰も知らない霧に包まれた湖か
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この縄文の雰囲気を漂わせた物体は何? 木の実か
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冬至を過ぎたばかりだけれど、光の園は太陽に祝福されたほんの小さな一角にあらわれる
そしてこの地上がどれほど美しい光が明滅していることを伝えようと。
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これは未来のあなたかも。あなたをかけがえのない存在と思う仲間に囲まれて。
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参考までに地図を
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丘を越えて下界を眺めれば感無量。
徳島市南部は県内でもっとも住みやすい場所かもしれない。
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秋に置いてきたはずの色彩がまだあった。季節の神様が取り上げるのを忘れたから
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絵本に描かれた世界のよう
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光と戯れるムラサキカタバミは雑草ですか?
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あなただけが見つけられる世界は
身近なところであなたの訪れを待っているかもしれません。
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それではまたお目にかかりましょう。
良い年をお迎えください。

タグ:自宅の庭
posted by 平井 吉信 at 00:40| Comment(0) | 徳島

2015年12月25日

クリスマスの日、神山で神社で過ごす 邪馬台国はどのようにあったか? 


クリスマスの日、昼のひととき、
神山へ出かけた。
消費者庁の一部機能を移設するかどうかで話題になっている。
そのことの是非を問うまでもなく
省庁の組織のあり方というよりは
政治のパフォーマンスという気がする。

本質は地域に予算と権限を持つこと、
その予算を有効に活かせるかどうか。
仮に、地方自治体に委譲されたとしても、
自治体側にその能力や経験がないため、
自説や再現性のない成功体験を売り込みたい
営業のうまい著名人や組織に担がれるだけ。
(地域活性化は建築家、デザイナー、コンサルタント、ワークショップの専門家などが跋扈する世界。自分たちで考えることを放棄してしまっていいの? 当事者が動かないと成果は得られないよ)
そこを見抜く眼力を持てるかどうか。
いや、もっといえば、
ことの本質を洞察して
地域が問題発見と解決能力を持つことだろう。
行政だけでなく、
所属や立場を越えて地域の頭脳で組み立てていくようになれば意味がある。

さて、いつもながらていねいな和食を提供していただける
気持ちの良いカフェ(茶房 松葉庵)。
素材からの自然の出汁を活かしているので
つい足が向いてしまう。
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おもてなしと料理の技が溶け合って心がほのぼのとしたので
周囲を歩いてみよう。

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郵便局の裏手から鳥居が始まり、
両脇に森を従えた山道を登ると
そこは上一宮大粟神社。
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森の山気が迫り清々しい気配が鎮まるようだ。
徳島市の天石門別八倉比売神社神社と同じく独特の空気感を持っている。
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そういえば、親父の蔵書に、邪馬台国が阿波にあったという趣旨の本があった。
どこの川でも日本一の鮎と称しているように
邪馬台国は地方の数だけあってもいい。
京都から江戸へ都が移ったように
邪馬台国が時代とともに移動したかもしれない。
(九州説も畿内説も説得力がある。香川や愛媛、高知にもあったのでは?)
ぼく個人は邪馬台国がどこにあったかよりも
どのように存在したかのほうが興味がある。
歴史はネアンデルタール人のように
ミトコンドリアDNAで鑑定できないので真実はわからない。
しかしそれを考えることは幸せなこと。
なぜなら、そこに自分の存在があるから。

さて、神社をめざして山道を登る両脇の豊かな植生に目を奪われる。
いまは初冬で万両以外は見られないが、
神社の森の植生はその地域の生態系の縮図となっていることが多い。
春先にでも来てみようかな。

隣接して神宮寺がある。
品格のある庭園で端正な佇まいを持っている。
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さて、地蔵尊が冬衣装をまとっている。
良い表情をされている。
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神山町から東へトンネルを抜けると佐那河内村(県内で唯一の村でありながら徳島市内から半時間)。
吉兆で修行をされた料理屋、日本一に選ばれた豆腐店、蒔ストーブの専門店などがある。
こんな風景があることを初めて知った。
蛇行して山裾を洗う川と潜水橋、そして紅葉をふちどる岩肌、天然色の山水画の世界だが、村のパンフレットにはこの場所はまったく触れられていない。
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近所にさえ行ったことがない場所があるのだから
世界は広い。
(徳島は何もない、という人は、どこに行っても不平不満ばかり言うと思うよ)
いつもの言葉だけど
楽園はそれを見ようとする心のなかにある。


(参考)
フジX-E2+XF35mmF1.4 R1本のみで撮影。
明るい標準レンズは自分の目でもあり、
心の目(感性)での切り取りでもあり。

 → 富士フイルム ミラーレス一眼 X-E2 ズームレンズキット ブラック F X-E2B/1855KIT

 → FUJIFILM XFレンズ FUJINON XF35mm F1.4 R 単焦点 標準 F XF35MMF1.4 R
手頃な価格だけれどミラーレスのレンズに一時代を築いた名レンズだと思う。
(2015.12月末現在ではアマゾンで3000円引きキャンペーン中)
posted by 平井 吉信 at 00:47| Comment(0) | 徳島

2015年08月29日

大歩危から雨がそぼふる藤川谷へ  朽ちた骨がガリガリと音を立てる夕刻


仕事で大歩危近辺に出かけた夕刻、
台風の影響で増水していた吉野川大歩危峡。

そこから支流の藤川谷へ入ってみた。

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「なにかようかい?」と
藤川谷に現れた妖怪たち。
薄暗くなる時刻に、子どもが見れば泣きながら駆け出しそう。
けれど、夜中に墓地に行くあの夏休みの冒険に似て
怖いから見たいとも見たくないとも。

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朽ちた骨がガリガリと音を立てて動きそうな妖怪、
ぼうと浮かび上がる妖艶な存在感、
厳しさをたたえて凛とたたずむ気品、
笑いを誘う苦みばしった諧謔、
生活の苦しみを背負う諦念の表情。
それらは土から、藪のなかから、水から抜け出して眼前にいる。
けれどもかつてここで息づいていた、
そしてこれからもここで生きていく魂を埋めた作品。

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伝説の妖怪を
空間が割れたような衝撃で蘇らせた
上名の集落の人々の想像力と創造性に目を見張る。
それを伝えたくて。

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児啼爺はこの地区に伝承されている妖怪である。


【追記】
祖谷地区の食材として祖谷そばはご存知だろうか?
祖谷山(旧西祖谷山村、旧東祖谷山村)でいただくことができるが、
古民家を移築したこの店では
東祖谷の蕎麦打ち名人の麺を提供している。
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posted by 平井 吉信 at 18:28| Comment(0) | 徳島

2015年08月22日

仏様と竜王の岩窟を従えた焼山寺 通り雨が過ぎて夕方の鐘が鳴る


遍路転がしとも呼ばれる急峻な立地にある焼山寺は
八十八ヶ所巡礼でも一目を置かれる存在。
車ではあるけれど、夏の午後の避暑に出かけた。
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車を停めて十三仏を順に眺めながらそれぞれの真言を唱えると
少しずつ山門が近づいてくる。
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みずみずしい山のしずくに浸る山野草
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十三仏の最後でもある虚空蔵菩薩がご本尊。
あまねく宇宙の真理を照らす。
ぼくの守り本尊でもある。

樹齢の長い杉木立と蝉時雨。
絵になる風景、音の風景。
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木立を背景に地蔵菩薩が浮かび上がる
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サルスベリが道中を楽しませるが、境内にも
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極楽浄土の象徴
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林道を下って岩窟に向かう。
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不動明王が祀られている。
徳島新聞の紹介記事でその存在を知ったもの。
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巨大な岩壁の下部をくり抜いたか、自然の仕業の空間か。
そこに石仏が鎮座する。
いまにも雨が落ちてきそうな午後、辺りは暗い。
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倒木と蜘蛛の巣の間隙を縫って再び寺へ辿り着く。
この小径は通らないで車道に降りた方が賢明。
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雨と天気雨がストロボのように木立の直下を明るくした
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小雨になると続々と巡礼者が集まる
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17時の鐘で寺が静けさを取り戻し灯明が灯る。
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下界を離れて仏の世界を垣間見るために
夕立が迎えてくれたように思う。
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空と海の巡礼。







(この写真はすべて富士フイルムのX-E2で撮影。レンズは小さな3本。XF14mmF2.8、XF35mmF1.4R、XF18-55mmF2.8-4。装備は軽い)
タグ: 巡礼
posted by 平井 吉信 at 18:44| Comment(0) | 徳島

2015年07月30日

浜辺のカニ 見守るハマボウ 田井ノ浜


わっつ!
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脅かしてみる。
(かにを脅かすのでははなく、このWebページを開いた方へ)
足の早いカニと競争して
小さなカメラ(X20)でカニとの距離3センチ。
クロベンケイガニでしょうか?
(レンズをハサミで直撃されたらどうしよう)

オイ、チカヨルナ!
アカテガニでしょうか?
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ここは由岐地区。
田井ノ浜海水浴場と臨時駅が開設され、
海から遠くない田井川沿いのハマボウの群生地。
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posted by 平井 吉信 at 22:02| Comment(0) | 徳島

2015年07月12日

雨の日に雨乞いの滝(神山町)


県庁所在地から
1時間程度で行けるところがたくさんあることをお伝えしている。
仕事が忙しいとお嘆きの方々、
心身の凝りをほぐせる場所がたくさんあるのだから
たまに出かけてみませんか?
都市部に住む人、お試しで短期滞在してみませんか?
(田舎へ行けば、能力とやる気があれば仕事は見つかるはず)

ということで、神山町。
佐那河内村と並んで
15時のおやつを食べる時間に出かけて
都市近郊の体験できる里山。

雨がぽつりぽつりと窓ガラスにこぼれる午後、
雨が降って欲しいと祈りを捧げる雨乞いの滝へ出かけた。

車を置いて約800メートルほど谷沿いを登っていく。
この日も沢音を聞きながら
珍しい鳴き声の野鳥を耳にする。
苔むした遊歩道は特に下りで滑りやすくハイヒール不可だけど、
この日もカップルが多い。
男性がエスコートしながら手をつなぎ、
滝で涼んで、カフェで和むという段取りか。
(滝駐車場から5分ぐらい降りた街道沿いの商店街にカフェがある)

日本庭園が連続する奥入瀬渓流とまでは行かないけれど
こちらは天然の渓谷であることが特徴。

雨乞いの滝に辿り着くまでに大小さまざまな滝があるが
それは見てのお楽しみに。
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歩くこと20分ぐらいで辿り着くのだけれど
寄り道やよそ見をしながら
40分ぐらいかけて歩くのがおすすめ。
翌日、仕事の疲れが取れているのに気付くはず。
なぜって?
森林浴効果もあるだろうけど
疲労回復にはこのゆったりとした歩みが効果的。
(科学的根拠あり)
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さあ、着いた。
足元が滑りやすいので気を付けて。

歩道から滝が見えている。
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初めて見る人は、感激する。
でも、滝にもっと近づいてみれば、
右奥にも滝があることがわかる。
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そう、ふたつの滝が流れ込んでいる。
これが雨乞いの滝。
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水の粒子が白い龍のごとく
岩にぶつかってさらに微粒子となり
周囲の植生が霧となった滝の成分を取り込む。
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ひとつの完成された生態系の姿が
足元の安全な河原状の場所から眺められる。
特に右側の滝の水の落ち始めるあたりに注目しよう。
自然の造形は水と岩と緑をケーキのように散りばめて
水の表情は刻一刻と遷移しているというのに
滝は滝のまま続いている不思議さ。
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時計がどんどん早くなって
どれだけここにいたのか忘れてしまう。

小雨が降っているけれど、傘を差すほどではない。
雨のなか、雨乞いをする雨乞いの滝。
ここから悲願寺へも上がっていくことができる。
けれど、あまり歩かれていないようで
足元の岩が滑るので帰りに難儀すると断念。
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ここは神山、ここは徳島。
人と自然が隣り合わせに住んでいるところ。

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posted by 平井 吉信 at 23:44| Comment(0) | 徳島