2018年03月04日

吉野川橋の落日 揺らめく光(時間)を受け止める


徳島市内に住む人は
吉野川大橋を渡るとき、地元に戻ってきたと感じる。

これはそのひとつ上流の吉野川橋。
通称では古川橋ともいう。
かつてはこの付近で大阪方面への水陸両用艇が離発着していたらしい。

徳島市は四県都のなかでもっとも渋滞が激しい。
その理由は城下町を水路(川)が縦横無尽に走っていること。
とどめはこの川幅1qを越える吉野川の存在である。

でも、吉野川がなかったら徳島市も存在しない。
事務局の一翼を担った1996年の水郷水都全国会議・徳島大会も開かれなかった。

高知県瓶ケ森の南斜面に発した流れは
やがて四国山地を横切る横谷(大歩危、小歩危)となり
池田でくるりと向きを変えて紀伊水道をめざす。
日本最大規模の竹林を従え
日本一の基本高水(利根川や天塩川を凌ぐ)を誇り
二百数十年続く石積みの第十堰を透過して
ラムサール条約に登録された河口干潟に注ぐ。

その194kmの水の旅の終着に近いこの場所で
冬の陽が水面に長く伸びて揺れている。
太陽が川から上って川に沈む日本で唯一の大河。
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ヒトも川の流れのように
ゆらゆらとたなびいて時間を受け止めればいい。






タグ:吉野川 2018
posted by 平井 吉信 at 21:03| Comment(0) | 徳島

2018年02月25日

羽田と徳島を結ぶ空の翼、JALとANAの架け橋 そして夕暮れに見えた富士山


地域の経済政策について二日間の真摯な議論を終えて
羽田から帰路に着いている。
往路は曇りで見えなかったが
復路は天候が回復傾向。

(往路の模様を少し)
徳島空港を出発してすぐ、今切川上空から吉野川河口へと旋回
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羽田へ降りるとスカイマークの機体。
イスカンダル行きがもうすぐ出発のよう。
人類全滅まであと365日。
必ずここへ帰って来てください。
手を振っていますから。
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羽田はしっとりと小雨にたたずむ
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(再び復路の空)
とはいえ、時刻が夕方近くで地上の透明度は高いとは言えない。
けれど富士山が見える可能性に期待して席を取っておいた。
出発からほどなくみなとみらい、江ノ島や酒匂川の河口がかすんで見える。

翼を照らす西日
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機内から眺めて愉しいのは地上の景色だけでなく、雲
ほんのりと薄紅をさして儚げに浮かぶ雲を見ていると
時間がどんどんと過去へ流れていくようで。
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今回も期待できないと思いつつ翼ごしに右前方を見ると…。
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見えた!
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飽きることなく眺め、眺めつつシャッターを押す
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乗務員の方から声をかけてもらった。
「いかがでしたか? 熱心にご覧になっていらっしゃいましたね?」

ぼくの地理好きは小学校の頃に始まっている。
趣味:地図を描くこと、地図を集めること、地図の地形を確かめること―。
おとなになっても乗り物へ乗ると地図好き少年に戻ってしまう。

乗務員さんとは長く雑談を交わした。
のどが乾いたのでおかわりをいただくことにした。
飲み物ととともに差し出されたのは、富士山の写真。
「よろしければお持ち帰りください。お好きなようでしたので」
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彼女の笑顔と富士山の神々しさと絶妙の着陸の三拍子揃った空の旅だった。
(撮影は通信機能のないデジカメで他の乗客のご迷惑にならないよう無音シャッターで撮影)

徳島空港へ降りると夕闇が迫っていた。
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展望台に続く通路にはひな人形が浮かび上がっていた。
春の足音を感じるひな人形を見て
自宅で風呂に入り好きな音楽を聴きながら寝る今宵の過ごし方が浮かんだ。
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追記

徳島空港は長い間、JAS(日本エアシステム)が東京便を運用してきたため
統合先のJALのシングルトラックの時代が長かった。
しかしANAが再び乗り入れてダブルトラックになった。
http://www.tokushima-airport.co.jp/outline/

ぼくはマイルを貯めることよりも
ダブルトラックを維持してもらうために
JALとANAを交互に使うようにしている。
(観光関連の仕事で観光企画のために本社幹部と同行したこともあった)
どちらも応援している。


追記2

今回の出張では先に宿泊を押さえたので使っていないが
知人(県外人)には渋谷のターンテーブルをおすすめして使ってもらった。
写真とともに感想をいただいた。これからに期待したい。
http://www.diykoumuten.com/pressrelease.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000251.000010686.html
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2018/01/2018_15166836330818.html

追記3

五輪が終わってあの人が羽田に戻ってくる日とずれていてよかった。
また間違われるところだった。
(まだそのネタで引っ張るの?)
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 23:29| Comment(0) | 徳島

2018年02月07日

雪が舞う四国のJR 


西日本が寒波の到来に凍り付いている。
それでも出張は頻繁にある。
しんしんと雪のなか、朝が来た。
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そして牟岐線の普通列車が滑り込んできた。
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勝浦川も雪化粧
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里山の小川は空を映して凍える
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阿讃山脈を越える頃には盆地は雪に。
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ところが讃岐白鳥に差し掛かる頃には雪が消えてしまったが。

列島は凍り付いてしまった。
猛暑と極寒は温暖化の副産物かもしれない。

特急いしづちはこの車両が好きだ。
シートが良く電源も完備している。
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別のいしづちとすれ違った(台湾仕様だったかな)。
めずらしく東予もうっすら雪化粧。
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事務所の気温は6度。
でも仕事は仕事で。
冬のひとこまとして受け止めている。



タグ:JR 2018
posted by 平井 吉信 at 21:22| Comment(0) | 徳島

2018年01月21日

阿波藍アート 藍のけしき 県立二十一世紀館にて はんなりとたゆたう光になって


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(フジX-T2+XF35mmF1.4 R、XF14mmF2.8 R、フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS。いずれも手持ち)

あかり障子とふすまで区切られた空間がある。
障子の和紙がすずろに明るい。
紙一枚で隔てた「向こう」と「こちら」は
ことさらに区切られてはいない。
けれども、幾重にも空気を閉じ込めた和紙のとばりは
光をはんなりと宿し、
そのときの風に移ろい、
水気を調えながら、
そこはかとなく気配を映し出している。

床の間があり、茶の間が寝間にも広間にもなる
融通無碍の空間、日本家屋。
まず柱を立て、屋根を造って全体が見えた後、
それを分割して「間取り」をする日本家屋は、
ふすまを自由につけ外すことによって、
ひとつの部屋を多目的に使うことができる。
間取りとは、部屋をつくることであると同時に、
時間に応じて間をしつらえることである。
建具で仕切り方を変えるだけで、
晴れの日と普段のくらしが入れ替わる。
 
障子を開けると、縁側が見え、
外の空気が人の気配を伺いながら入ってくる。
それからなじみの顔が縁側に現れる。
四季を取り込み、人を取り込む間取り。
障子やふすま、雨戸といった建具がその微妙な仲立ちをする。
隔てながらつないでいる不思議なやりとり。

夕暮れ時、表で遊んでいた子どもは、
ふと気づいてひとりふたりと消えていく。
昼でも夜でもない時刻、河童に喰われぬうちに家に走って帰る。
玄関戸を開けると、
夕げの支度が整ったことを知らせるおつゆの香りが漂っている。
 
生活様式の変化、洋風化に伴い失ってしまったのは、
家族のつながり、自然との無意識のやりとりかもしれない。

この藍染めの空間展示は
あちらとこちらを分けつつも
はんなりと互いを映す。
足元が見えないほどの暗がりに
光源からの光の粒子もしくは波が
藍染めの布をたゆたう。

時間が揺らぎ
空間があいまいになる。
ブライアン・イーノの環境音楽のような効果音もいい。

あなたもはんなりと漂うときの微粒子になってみる―。

ローランド・リケッツ監修による標記イベントは
2018年1月28日まで(無料)。
https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kyoiku/bunka/5009667

(無味乾燥のプロジェクションマッピングよりずっといい。個人的なつながりの音楽関係者に使途不明のお金をつぎ込んだのは誰の判断? その反面、図書館や通常の文化振興予算を大幅に削減したのは誰の判断? このままうやむやになるか、引責して辞めてしまっても真相はわからない。多くの指標で全国最下位に近い現状でマスコミ受けするパフォーマンスではなくもっと地に足の付いた県政を)



タグ:藍染め 2018
posted by 平井 吉信 at 22:18| Comment(0) | 徳島

2018年01月20日

冬の短編集 大麻比古神社から「田園」へ


産土神社へは元日に足を運んだ。
けれど一宮へはまだ行けていなかった。
夕方近くに時間が取れた日、
大麻比古神社へと参詣。

ご神木を眺める人
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神殿の屋根が淡く照り返す
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静まりかえった池と眼鏡橋
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田園が聴きたくなった。
この光なら、
ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1977年)で。
(賛同してもらえるでしょう)
http://amzn.to/2rngHw9
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 23:47| Comment(0) | 徳島

2018年01月07日

ナガヤという場に集まる人たち


自分の生きる道を自分でつくりたい、と思っている人は多いけれど
どうすればいいかわからない。
そもそもやりたいことが見つからないこともある。

「何を」やるかはもちろん大切でそれは出発点だけれど
「どのように」やるかがもっと大切と思う。

自分の生き方をするために創業・起業という選択肢がある。
けれど人口減少やインターネットでの情報が錯綜しているなか、
組織に所属してやっていくのも個人でやっていくにもリスクの程度に変わりはない。
むしろ時代を読める人にとっては
この時代をかえって絶好の機会と捉えることもできるのではないか。
しかし従来のビジネスの発想(固定費をかけてハードを整備して借入を返済する)ではうまくいかない。

そこで、いまあるものを磨いていくこと、
風土や文化を意識しつつ理念をつくる。
その原点をもとに経営資源を構築していくやり方が最善。

何も新しいことではない。
強みを掘り下げてそれを活かすこと
(ほとんどは本人さえ気付いていない)。
SWOT分析という手法があるが、
これをほんとうに使いこなしている企業は見たことがない。
たいていはマス目をクロスワードパズルのように遊んでいるだけ。

経営も地域も「あるもの探し」から始まる。
そしてそれをいまの時代に照らして再構築する。
温故知新(温故革新)ともいえる。

古い家屋を改修、再生して使うことは
一定の制約があるなかでやっていくことになる。
そこに自由な発想や飛翔が生まれる余地がある。

リノベーションの枠組みを通じて
感度の高い、感性の豊かな、時代を見据えて何かをしようとする人が集まる可能性がある。
(先月、尾道の空き家再生プロジェクトを研究して四国のある自治体に提案したところだった)

古い民家を改修して雑貨屋を始めた人が徳島市内にいることは知っていた。
けれど、山野草の咲く頃や水がぬるむ季節はついつい海山川へ足を運んでしまう。
今回から手作りのお菓子を定期的に出品される方がいると聴いたこともあって
1月6日に足を運んだ。
そして、古い長屋を活かした試みをナガヤプロジェクトと名付けて
管理運営をされている吉田絵美さんとお会いすることができた。
http://nagayaproject.com/


その昔、中学時代は二軒屋駅から
英才教育で知られる私立中学まで歩いて通っていた。
当時バイパスはできたばかりで
狸の巣がありそうな葦原のところどころに民家が集まっているような地区であった。

中学には丸山先生という怖い数学の教師がいた。
3年間で一度も笑ったことはない。
いつもよれよれの灰色のコートを着て(白墨が積もっていた)
プラスチックの指し棒を持って授業を行っていた。
怖い先生で指し棒で机を叩かれると震え上がったものだが
人を理解させるとはこういうことかと納得できる授業だった。
「恩師」「畏敬」という言葉は丸山先生のためにある。

卒業後、クラスメート数人で沖浜にあるご自宅を訪ねたことがある。
哲学者のような暮らしをされていたことが心に残っている。
その後、沖浜地区はバイパスの整備とともに急激に郊外型SCの銀座となった。
あの頃、葦原を倒して秘密基地をつくった思い出も
あのとき辿った通学路も記憶の彼方に行ってしまった。

初めてナガヤに来られる方は、
県南部から来られる人は沖浜のKFCを左折するとわかりやすいのではないか。

仕事の邪魔にならないようと思ったので
吉田さんとは立ち話程度であったが
このプロジェクトを応援したいと思わずにはいられなかった。


小さな起業には競合のない青い海が必要。
そこには市場はないが、社会の目に見えないうねりから小さな泡が生まれることがある。
稼ぐことの難しさを知っている同士、その泡は互いに近い場所にいると相互に成長できる。

成功した大きな泡は小さな泡を育てることに生きがいを覚える。
それは使命共同体という場。
本音でやっていく人生とか、同じ幸福感を持つ場で大きくなっていくことが必要。
生きる動機のベクトルを合わせたら、互いに成長の渦を巻きながら収益につなげたい。

場という考え方がある。
内側と外側、Iターンと地元など場をどうつくるか。
どのタイミングでどんな仕掛けで融合させるかさせないかの管理が難しい。
(移住者を早く溶け込まそうと地元の濃い人間関係に放り込むとほぼ失敗する)
その意味で地元のしがらみもあるけれど
外の風を知って地元を客観的に(愛情を持って)見られるUターンが
仕掛けるのがうまく行きやすい。

場のなかでひとりよがりにならないこと、
ひがみやねたみを生まないための動き方ができるよう
内の誰かが調整を行う。
しかし場を管理することは困難で、ほとんどの地区でできていないように思う。
(美波町の移住コーディネータ小林陽子さんはそれができていらっしゃる)
https://tokushima-iju.jp/interview/414.html

強いていえば、役場や経済団体なども参画する公民連携の任意組織を置いて
小林陽子さんのようなリーダーがいて
全体会議で方針を定め、それに沿って上がってきたプロジェクトを承認し
応援し調整を行う。
それぞれのプロジェクトは、公民連携組織の下部組織に置くという
ゆるやかなオーサライズがいいかもしれない。

場のなかでは生きていくことのメッセージを出し続けること。
そのなかに多様性を大切にするというビジネス生態系がある。
それを稼ぎにつなげるためのサポーター(有償・無償・公的支援のミックス)が必要。
(経営のテクニックや社会の定石で説明しようとする既存勢力(行政、金融機関)の支援が成果につながらない場面が多いのだが)。

2018年のいまは、
震災後に芽生えた幸福を問い直す心の動きや
本音で生きていこうとする生き方が背後にあることを知って
ブランディングやマネジメントを行う必要がある。

ぼくはそのように整理している。
そしてナガヤとは民間が自由に、しかしベクトルあわせを行いながら
場を醸成(管理というニュアンスではなく)できる場所ではないかと。

続く
posted by 平井 吉信 at 13:24| Comment(0) | 徳島

2017年11月04日

文化の森のPJM 人は足早に立ち去っていく


文化の森でプロジェクションマッピングを行っていた。
誰も見に来る人はいなかったが、10分ほど滞在していると
親子連れが1組やってきた。
というより、図書館の帰りに立ち寄ったらしく
ほどなく場を離れた。
もう見慣れてしまったのだろう。

最新の技術は時間とともに色あせていくことが人々の行動から見て取れる。
それでも税金を投入して行われている以上、
多くの人に楽しんでもらえたらと紹介することとした。
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光と音のプログラムは制作者自慢の技術なのだろうが
琴線に触れてこない。
参加者が関われる仕掛け、参加者とともにつくる創作というところは買えるが、
そこに風土の匂いがしない。
(ほんものの滝だったら、半日滞在しても飽きないのに)。

先月見た勝浦町のあかりの里さかもとはこんな感じ。
住民の手作り感がある。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/181290730.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html

虫の声、風のざわめき、遠い国から聞こえてくる足音…
まるで昔話が出現したような錯覚を受ける。


タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 19:14| Comment(0) | 徳島

2017年10月15日

あかりの里さかもと2017


仕事で上勝町を訪れた帰り、夜になった。
今年は見られないと思っていた第4回のイベントだが、
新坂本トンネルを越えると神社の石段に沿って明滅する光が見えてきた。
車を停めて坂道を上り階段の下に出た。
あとは画像で。
→ 詳細は前年のブログ http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html

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明滅する行灯の行列はほのぼのとするものであった。
(ただLEDの照明は残念ながらこのイベントに合っていない)。

第4回を見て感じたことは、
よそでやっている陳腐なプロジェクションマッピングとはちがって
(手作りイベントを数多くやってきたから言うけど、一過性のパフォーマンスは心に残らない。税金を活かせない残念な使い方)
地元の人たちがていねいにつくりあげていること。
そこで思ったのは、やわらなか光を通して
日常の感謝や祈りを込める場となればさらに輝くのではと思った。

「おひなさまの奥座敷」といわれる勝浦町坂本地区は
集落のまとまりがよく、地区のみなさまが一体となって地区を盛り上げようとしている。
祭り以外にも足を運んでさかもとグリーンツーリズムに触れてみては?

動画で見る

タグ:2017 勝浦町
posted by 平井 吉信 at 23:00| Comment(0) | 徳島

2017年10月07日

勝浦川中流の飯谷町 滝のそばの竹林でかぐや姫が光に包まれて生まれた

郷土の愛すべき魑魅魍魎たち、
狸や妖怪が好きなんだろう、この作者は。

そうかもしれません。
暮らしのなかで息づく現象、なにかの気配、
それは風が動きながら鳴らす葉音が
この世ならざる気配を運んでくるのかも。

闇は闇で美しい。
そして闇は光があるから存在がわかる。
光は闇があるから輝きが際立つ。

小松島のルピアからほんの10分で
徳島市飯谷町の勝浦川支流に落ち込む鳴滝がある。
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県道から入ったすぐで標識もあるけれど
ことさら観光という雰囲気はまとっていない。
そんな場所に地元の人たち(飯谷鳴滝会)が
周辺の竹林に灯りを施したと聞いてやってきた。
10月8日、9日もやっているそう。
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2017/10/2017_15073386320773.html

小学校のなかにある杉尾神社の秋祭りが開かれるらしいので、
この二日のほうが人が出るような気がする。
(小学校の校庭に神社があるとは珍しい)

中流の星谷付近(左岸)。土手と河畔林と夏草を見ながら自転車でたどる
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横瀬付近。勝浦川の横瀬立川の鮎は日本一という人もあった。
横瀬付近は子どもがちょっと冒険をしながら川遊びをするのに最高の場所であった。
ダムができる前までは。
正木ダムができてからは大水が出なくなって
河原は草が茂るようになった。
水は濁るようになった。
かつて横瀬立川を流れた冷たいまでの清冽な水は失われている。
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飯谷は勝浦川中流でもっとも狭い峡谷の地形。
勝浦川の流れは勝浦町横瀬でいったん山間部から抜け出して
中流平野を形成するのだが
勝浦町の下流から徳島市飯谷町、小松島市田浦町に抜ける流路は
山間部をえぐるように苦しそうな蛇行をする。
隆起する山をものともせず浸食して流れる先行河川、横谷の地形である。
吉野川の大歩危小歩危や肱川下流もそうではないだろうか。
(ブラタモリファンなら見逃せない地形なのだ)。

台風で水没しそうな飯谷潜水橋。その向こうに飯谷小学校が見える
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特に飯谷小学校前の水衝部は
勝浦川でもっとも深いともいわれ
(15メートル以上?)
親父は「淵の底には洞穴があって渦を巻いている」と聞かされたそう。
または、その洞穴が小松島のほうへ続いているとも。

しかし、飯谷小学校前の深みは少なからず水遊びの犠牲者を出している。
それらの魂を慰めることが必要だろう。

一度勝浦町内の生比奈小学校にご依頼をいただいて
川について授業を行ったことがある。
飯谷小学校では、子ども向けのコンサートを開いたことがある。

この子どもたちは、もう大人になって
力強く未来を歩んでいる(応援している)。
輝実さんは上勝町の若きリーダー、
子育てをしながら遺志を受けついで歩まれている。
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地域に元気をとの願いで地元有志の方が始めたその初日である。
明日は人が多く来ることが予想される。

県道から見えるぼんぼりのような灯り
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竹林の光の帯は銀河となってたゆたい、いのちの誕生を伝える
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かぐや姫の影が見えてくる
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あなたにはかぐや姫の誕生が見えますか?
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竹は伸びるときは1日に1メートルは成長する。生命力の極みの植物。
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.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

それはそうと、勝浦町では
さかもとあかりの里がまもなく始まる。
 → 2016年のさかもとあかりの里

タグ:2017 勝浦川
posted by 平井 吉信 at 23:12| Comment(0) | 徳島

2017年10月01日

藍について 徳島と藍 ジャパンブルーと藍色


現在は見る影もないが、かつて全国有数の商都であった徳島市。
それは藍の豪商がいたから。
吉野川の大水が運ぶ土佐水(上流の土佐に降った雨が洪水となるのでこう呼ぶ)が
流域の土地に肥沃な土と、山の栄養分を海にもたらした。
藍の作付はその名残である。

先日の徳島新聞で徳島経済研究所の上席研究員の大谷博さんが書かれていたように
藍染めについての表記がわかりにくい。
それに触れる前に少しだけ藍染めの説明を。

友人の藍染め作家、石井孝明君は藍染めの啓発の資料を作成している。
以下はその引用。

《藍草栽培の年間スケジュール》
3月・・・・・・種まき
4〜5月・・・定植(ていしょく)
6月・・・・・・間(ま)引き、害虫駆除
7月・・・・・・一番刈り
8月・・・・・・二番刈り 
9月から染料づくりがはじまる。
乾燥させた藍草は細かく刻まれ、茎を取り除く
葉を 100日ほどかけて発酵させたものを「すくも」と呼ぶ。

すくもは、藍染めの色素・インジゴを3〜5%(100kg中3〜5kg) ほど含有する。
インジゴは普通の水には溶けないので、藍染めできる液に作りかえる必要がある。
このことを「藍建(あいだて)」、あるいは、単に「建(た)てる」という。
これに熱湯、アルカリ材(灰汁)、ブドウ糖(酒)を加える。
染色可能な状態になれば、
液面が濃い青ムラサキ〜ウルシ色に変わる。
表面には「藍の華(はな)」と呼ばれる泡が現れる。
香りも一気に変わり、目にしみるような発酵臭がしはじめる。

(引用ここまで)

とのことで、染めるまでに数ヶ月を要する。
すくもをつくって染める技法を「灰汁発酵建て」という。
発酵により色が濃く鮮やかになるのが特徴で
本藍染めなどと呼ばれるのはこの技法。

石井君の作品を本人の許可を得て掲載
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これは「空と海」と題してぼくをイメージしてつくってくれたもの
事務所にいつも吊してある。工芸品というよりは空気のような存在。
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県内には藍染め作品を展示販売している場所がいくつかある
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藍染作家の梶本登基子さん
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海陽町の(株)トータスでは、藍の機能性に着目し
手間のかかる無農薬での自家栽培の藍を使った藍染め商品を販売している。
しかも手頃な価格設定である。
(「ガイアの夜明け」でも紹介された)
おだやなか笑みを浮かべた亀田悦子さんのお話しを聞いていると
和んでくる。
https://www.youtube.com/watch?v=WSKk5Z0dy48

このトータスで10年働いて、2017年春から独立してお店を開いたのが
永原レキさん。
海に面したIn Between Bluesと名付けられた店は
仲間とともに改装したもの。
カフェ、藍染め工房(体験もできる)、藍染めサーフボードも販売している。
徳島では藍染めが取り上げられると若い作家ということで
紙面でお目に掛かることが増えている。
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ぼくは空と海だけど永原さんは海と空。ともに共通項はこの人である。
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さて、藍染めの分類については「すくも」(灰汁発酵建て)のみならず
藍の葉の乾燥葉を砕いて発酵させずに藍染めを行う製法(灰汁建て)もある。
色調に違いがあったとしてもそれは好みの範囲。
これらは「藍染め」の表示で良いと思う。
(このやりかたでなければの「原理主義」は業界の衰退を招くと考えている)

それに対し、みやげもの店などで長年にわたって販売されてきた手頃な価格の製品は
化学染料である。
従って、藍染め(天然)、藍染め(化学染料)の二種類の表示がわかりやすいと思う。
藍染めと記しながら化学染料と添えるのは矛盾するようだが
これまでの慣例も認めることで業界からの反発も抑えることができる。
少なくとも天然と化学染料を表示で識別できるようにしておきたい。
(知らない人が外観で見分けるのはむずかしい)
藍染め作家、職人の手仕事に敬意を払いたいから。


追記

徳島県は、7月24日を「藍の日」と定める条例をつくっている。
http://www.pref.tokushima.jp/gikai/honkaigi/jyorei/index10.html
https://style.nikkei.com/article/DGXLZO18785090S7A710C1LA0001?channel=DF220420167266

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なぜ、藍かって?
夕焼けとトマトのあとでは青が恋しくなったでしょう。
posted by 平井 吉信 at 22:36| Comment(0) | 徳島

2017年09月06日

狸の話題でもうひとつ 金長神社(金長大明神)が存続の危機


徳島には狸の伝説がある。
化かされた話があちこちに伝承されている。
眉山で狸火が出る。
ちらほらと炎が山麓で舞う。
狸が遊んでいるんだなと佐古の人たちは思う。
しかし火を手招きしようものなら
遠い山裾の火がたちまち眼前にやってくるという。
(見て見ぬ振りをしなければならないのだ)

もっとも有名なのは小松島の金長狸だ。
(以下は昔話を記憶でたぐり寄せているので正確ではないかもしれないが)
子どもにいじめられていたのを日開野村の商家に助けられて
その家に報いようと護り神になろうと決意。
そのために狸界での高い位を得ようと
四国の総大将、津田の六右衛門のもとに修業に出る。

めきめきと頭角を現す金長に、
六右衛門は娘の鹿子姫の婿にと迎えようとするが
義理を果たしたい金長は固持して小松島に戻る。
このうえもなく良い縁談を断るとは謀反の疑いあり!と
六右衛門は金長を抹殺しようとする。

あらぬ疑いをかけられた金長、
必死に逃げ延びたが、一の子分を殺されてしまった。
互いに憎悪を募らせた両陣営が勝浦川の河原、
右岸と左岸をはさんで陣取った。
いまの徳島市大原町のあたり。
(いまでも狸が出そうな寂しいところである)

合戦が始まり、双方に多数の死傷者が出たらしい。
夜中にけたたましい音が聞こえてきて
翌朝河原に行くとおびただしい狸の死骸が目撃された。

さて、総大将はどうなったか?
六右衛門は金長に討たれたが
金長も六右衛門に噛まれた傷に三日三晩苦しんで落命。
いくさは六右衛門の息子、千住太郎と
金長の一の子分であった藤ノ木寺の鷹の息子が二代目金長を襲名し
弔い合戦に至ったが、屋島の狸の仲裁で平和な狸界に戻った。
https://www.city.komatsushima.tokushima.jp/komatsushima-navi/spots/8102.html
(小松島で金長狸のことを教えてくれと誰かに頼んだら、10人中11人は講談師のように語ってくれますよ。なにせ小学校の必須科目に「国語」「算数」「理科」「社会」「保健・体育」「金長狸」とあるので)

これが映画にもなった阿波狸合戦。
→ 阿波狸合戦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%B3%A2%E7%8B%B8%E5%90%88%E6%88%A6

映画が興行的に成功したので
感謝の意を持って関係者が建立したのが金長神社。

スタジオジブリの平成狸合戦ぽんぽこにも金長は主役として出てくる。
徳島を代表する小松島の銘菓「金長まんじゅう」の物語もそこに由来する。
(ハレルヤ本店はうちの近所にあって、エースをねらえのヒロインによく似た同級生の女の子がいた。ハレルヤでアップルパイとタヌキのケーキを買ってもらえるときは大喜びだった)
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さて、ときは千住太郎と二代目金長が義兄弟の契りを結んで
平和が訪れた阿波狸界から物語が始まる。
それが三田華子の「阿波狸列伝」。

このおもしろさはハリウッドの冒険ものや
大味な魔法使い少年の物語などとは比べられない。
人情の機微、術使い、多彩な登場人物がいきいきと描かれながら
それぞれが物語の大切なひとこまとして進んでいく。
郷土の書店「小山助学館」から出された全3巻は徳島の秘宝だが、現在は入手が難しい。
電子書籍で蘇らないものだろうか?


金長神社は公園内にある(もしくは隣接している)。
タヌキである金長大明神を祀っている。
子どもの頃は、ここに無料の動物園があって
日本猿、孔雀、タヌキなどを見ることができた。
動物がいる囲いの上に上がることもでき、
管理されない自由度が良かった。
ただし無料であったので動物の飼育と維持管理が市の負担となったのだろう。
ずっと昔に動物園は閉鎖され、公園だけとなった。
今では訪れる人もまばらな状況である。

それでもこの公園は人の手で管理されている。
現地を訪れた際、手入れをされていた方に話しかけてみると
近所の女性の方(78歳)でシルバー人材センターの報酬として管理されているらしい。
この日も血圧が高かったが、じっとしておられぬとここに来ていたとのこと。

ここがつぶされてヘリコプターの発着場を含む多目的公園が計画されているらしい。
市でもなんとかここを残せないかと模索しているとも聞く。
しかし都市公園法では神社の設置は認められていないとの解釈で
現状では取り壊さざると得ないようだ。
行政は法令に則って手続きを進めざるを得ないというのは理解できるが
法令はすべての状況を想定して記述しているわけではない。
かといって現状は市民にとってなくてもいい場所のようになっているのも事実。

公園整備には、日赤病院、日峰山と日の峰神社、小神子などとの一体的な関係性を明確にしつつ
防災、レクリエーション/スポーツ、憩いの機能を再編集約することが求められる。
金長神社をどのように位置づけるか(もしくは切り放して存続させるか)も
そのなかで考えていくことになるのだろう。

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金長神社がなくなる前に一度見に来てみては?

追記
こちらは巨大な狸の像。
さて、どこにあるのだろう?
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答えはJR南小松島駅にある観光ステーションで。
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※ブログ中、ほぼほぼ一部不正確な記述がありえる系の可能性とかがなきにしもあらずかもしれないなのでと推察されるような的ですなので(流行語を使いこなすのはむずかしい)。

タグ: 2017 日峰山
posted by 平井 吉信 at 23:29| Comment(0) | 徳島

2017年07月02日

イオンモール徳島 初体験で見えてきたこと


思い切って、覚悟を決めて、
そしてもし帰ってこられなかったときのために
家族への遺言を従えてイオンモールへ行ってきた。

実はなかなか愉しかった。
角を曲がる度、階に上がるたび、新たな局面が目に飛び込んできた。
買いたいモノはなかったけれど、良さそうな店はあった。
(おそらく説明を聞いてどこに何があるかがわかれば数千円は買ってきたと思うけれど
半時間程度の時間内で買い物の意思決定をするという気構え
― 独特の緊張感を持って― 他人やショップの視線にさらさらながら
孤独な放浪をするのは疲れる。
それでもイオンモール初体験をしなければ
1日一桁は訪れてくれているこのブログの読者との約束を守れないから。
(1人か2人はこの記事を読んでくれたらそれでいい。Facebookだと一瞬で60億人に読んでもらえるので惜しことをした)

一通り眺めたあと、迷わずに出口へ戻れた。
スマートフォンを持っている人だったら迷うことはないのだが、あいにく持っていない。
まずはイオンモール歩きアプリをインストールする。
店内は歩きスマートフォンはOK(徳島東警察署承認番号 平29第246584号)なので
ナビに従って右へ左へとコースを辿る。
ときどき持っている端末の頭が蛍のように点滅して
所有者に注意を促す。
この店がおすすめ、という場面なんだろう。
もし、40代県警職員のスマートフォンが
ポルノショップの前で誇らしげに光ったらどうなんだろう。
(イオンには入っていないようでよかったね)

ときどき、ディスプレイになにかが表示されるらしく
某ブランドの前を30代前半の女性が通り過ぎると、
宮崎あおいちゃんが出てきて、
あなたに合うおすすめなどを3秒程度の時間枠で伝えているんだろうな、と想像。
でも、お節介なアプリケーションが
「あなたの年齢とご趣味には、もう少しおとなの雰囲気で生地のしっかりしたH&Mがおすすめです」
などと割り込んでくるんだろうな。
さらに購入者の声、趣味の良く似た人からのリアルタイムの助言があって
これだからイオンモールはやめられないよね。

さらに、その場で買わなくも、ここでお気に入りに登録しておけば
後日インターネットで購入することもできる。
イオンモールはオンラインとオフラインの実験店舗となっている。
スマートフォンに登録されたデビットカードの残高が商品を上回るときは
アラートが表示されて、それでも買い物をするときは
自動的に少額ローンが承認されるしくみ。
(想像とか推察、というのはぼくはスマートフォンを持っておらずこのアプリを試したことがない)

とにかくチラシの裏に見取り図を書きながら探検したので
なんとか入口に戻ってこられた。
ぼくは迷子になっても
この館内では赤外線センサーで「生物」と認識されるが
どこの誰かわからない。
そのために、入口で顔認証の記録を取っていて
出るときに登録するかどうかを聞かれるはず。
その際に属性を入力するのが面倒なので「いいえ」を選択。
「はい」を押していれば1か月有効の500円クーポンが発券されるのだろうけれど
クーポンを納めておくアプリケーションは
AndroidかiPhoneなのでぼくのPHSにはクーポンは登録できない。

(電話機としてしか使わないので。電話機として大切に使いたいので=相手の声から感情やそのときの心の動きを掴みたいので。これまで知り合った人たちのために電話番号を変えたくないので → PHS以外の合理的な選択肢はないでしょう。もし、折りたたみ式で通話がしやすく、音がよく、画面がモノクロで、メールやインターネット機能、ゲーム、アプリ、カメラ機能などが着いていなくて、電池が1週間程度持続して、数字のキーボードが着いているスマートフォンがあったら参考のため教えてください。次の機種の候補にするので)


しかし店はそんなぼくのために
個人情報とクーポン情報が記録されたQRコードを発行してくれる。
発行手数料は初回無料と聞いているが、2回目からは100円となっている。
だったら顔認識で登録したほうがいいかもしれない。
入口までたどり着けそうなので、緊張の糸が解けた。
ほっとしたので、和田乃屋でお菓子をいただいた。

イオンモール徳島初体験は以上です。
都市型の岡山にはすでに行っていたんだけれど。
どこかの駅前にシアトル系女神様コーヒーが開店したときには
徳島県人は驚喜して数時間の行列ができたと聞いていたから行くのを躊躇したんだよ。
とよとみさんのような良い店があるのにね)

VS東京のプロモーションをやるよりも、VS徳島だね。
改革すべきは内側なり!
などと言っていると
「言っている意味がよくわからないというのが正直なところだ」
「そのような指摘はまったく当たらない」などと言われそうで。

都議選の結果が出そうだ。
どの政党がいい悪いではない。
政治に関心を持つことから始めよう、と言いたい。
ほかに適当な人がいない、支持する政党だから―。
無関心が今回の政治の暴走を招いたのだから。
政党はすべて要らないと思っているけれど
ただちに実現できそうもないので
すべての政党からなる連立政権(という表現も不要だが)として
政策と実行力と人物の3要素で選べばいい。
(現閣僚はすべて選ばれなくなってしまうので、政治家以外から補充しないと。そのために議員をもっと増やすこと。兼業が普通で報酬は実費弁償のみとする。四国に100人程度の議員は必要)
しかしその前に中央集権を終わらせるという、大仕事がある。


追記 サードウェイブって?

iPadもMacも持っていないし、コーヒーだけで味わいたいから
(でもThinkPadは歴代使っている。S30からX240まで)
シアトル系は行かないけれど。
では、サードウェイブ系はどう?
確かにスペシャルティーコーヒーを手煎れしているけれど、
メガネをかけていないし、ひげははやしていないし、
スムージーも飲んでいない。
ユニクロは年に1〜2回行くけど、それがぼくが服を買うすべて。
たまに(東京ではなく洋服の)青山へも行く。
スニーカー、Tシャツ、ジーンズさえ持っていないよ(1着も1足も)。
仕事で着るか、海山川で着る機能的な2種類だけあれば足りる。
(冠婚葬祭さえ仕事着を着ていくよ)
モノへの志向がライフスタイルを表すとは思っていないから。
脱消費、ミニマム消費のように見えて
実はものを所有することは好きだから
DLではなく、パッケージ(CD)を買う。LPと合わせて数千枚ある。

安全でおいしい食品を探したり
自分でていねいにつくるけれど
スムージーは飲まないし(青汁は飲むけれど)
有機JASやオーガニックにも興味ないよ。
(でも魚をさばいたり、米を研ぐのは名人級。梅酒や梅干しをつくっているよ。市販品より確実においしい)
脱トレンドで画一的なのがサードウェイブ。
(他人から見たおしゃれ感、充実感を見て欲しい人たちはSNSをやっているけど、ぼくはやっていない)
脱トレンドで稀少なのも社会には必要だと思うから。
(結局ぼくは何に分類されるのだろう?「その他」かな?分類されないほうがいいから)

タグ:菓子 2017
posted by 平井 吉信 at 16:35| Comment(0) | 徳島

2017年04月01日

ふと気付くと 熊谷寺の山門 白い木蓮が咲いていた 


高知県西部の出張からの帰り、
用事があって土成I.Cで降りようとした。
すると、その少し手前で寺の山門があり、
白い花を咲かせているではないか。

ちょっとだけ見ていこう。
人生は未定稿。

急いでいたのでご本尊を拝むことはできなかったが、
寺は熊谷寺(URLはkumatanijiとなっているが、
「くまだにじ」のようだ)とわかった。
外国からのお遍路さんもいるので、kumadani-jiで検索されるよう
Webページのタイトルとリンク先を修正しておいたほうがいいかも。
http://www.88shikokuhenro.jp/tokushima/08kumataniji/

山門の向こう、下っていく道の左に花が見える。
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ぼくは木の花は詳しくない。木蓮ではないのかな。
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堂々と山門の脇で、互いに引き立て合っている。
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暮れゆく田園風景のなかにいた。
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ベートーヴェンの田園が聴きたくなってきた。
この雰囲気だと、ブロムシュテット+ドレスデンがいいかも。
(無為の為といいたくなるような良い仕事をしているね。オーケストラの木質の豊かな響きに浸ってしまおう)
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1977年6月6-9日、ドレスデン・ルカ教会
http://amzn.to/2nKklN4 (←アナログ時代の名盤が1,000円以内で買えるとは)

(フジX-E2+XF35mmF1.4 R、XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS)
タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 18:34| Comment(0) | 徳島

2017年01月29日

和田乃屋に黄花亜麻の季節がやってきた。焼き餅は江戸時代のファストフード

阿波踊り会館からも歩いていけるところの山裾に
天然の滝を取り込む中庭を持つ甘味処が和田乃屋本店
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徳島市内の観光でここに立ち寄らない手はない。
眉山の山麓、大滝山はお城下の保養の地。
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ここには皇室をはじめ、文化人や著名人が立ち寄った。
実は父母もこちらの二階で、滝を眺めながら見合いの茶席を囲んだという。
(それがきっかけでここに文章を書く人間がいるわけで)

しかし和田乃屋さんは気取らない庶民の店だ。
女子高生や近所のおばさんたちが気軽に立ち寄って
焼き餅と抹茶を召し上がっていく。
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その和田乃屋の冬の風物詩といえば
徳島に縁のポルトガル人、モラエスが愛した黄花亜麻
滝を背景に満開となっている。
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冬の海松茶色の山麓に山吹の光がぽっとたたずむ風情、
もち米を伸ばして手で焼いた焼き餅と
抹茶をいただきながら庭を眺めると
癒されたい女性御用達の空間となる。
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滝のやき餅は江戸時代のファストフード、
そして平成のスローフード。
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タグ:2017 和田乃屋
posted by 平井 吉信 at 11:13| Comment(0) | 徳島

2016年12月25日

徳島LEDアート2016 速報 演出ではないほんものに触れてみては?


時間の都合で一部しか回れなかったが、速報として掲載。

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すべてを見ていないので…とお断りしたうえで書き続けるので
読み飛ばしていただいてもいいことだけれど…。

アップルの端末が出回った頃、
指先で画面がスクロールしたり拡大したりすることが不思議だった。
サンダーバードの新作では、至るところでVRとARの接続する場面が画かれている。
https://www.youtube.com/watch?v=b48iqR63zEM

人々は常に新しい刺激を求め、刺激に飽きたら既成の表現になってしまう。
(LED電飾を見て目を留めることがなくなった)
参加者を見ていると、SNS投稿のためだろうか、
現物を見るより先にシャッターを押していて
心のなかに入っていっていない気がする。
もはやLEDやPJMはアートというよりも電光看板と同じ領域に入ってきたような気がする。
(いっそのこと風船にスポンサー名を入れて予算を抑える発想もあったかも)
でも、その方向はデジタルサイネージがたどる道と同じようで虚しい。
(サイネージを一定のルールのもと誰でも参加できる地域のパブリックメディア=迷子犬を探していますなど、地域コミュニケーションツールとして活用する方策があったはずだが、地図と観光情報がセットになったような箱や見たくもない広告を見せる手段としてITゼネコンや広告代理店の飯の種にされてしまった)
今回も個人が創意工夫して出品されている作品に共感できるものがあったような。

これは勝浦町でこの秋に行われたイベント。
現地に行かないで写真だけをお見せしても仕方ないけど、
お時間があれば見てください。感じるものはないでしょうか?
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html


このブログでも紹介しているような
流れとさざなみが一体となって川底を映すほんものの川のきらめき、
夜の森の静寂のなかにきらめく樹間の星座や獣の気配の饒舌さ。
時間とともに色あせていくものとそうでないもの―。
わくわくやどきどきを大切にしたいから。
徳島にはそれがある。
目には見えない自分だけの宝を探しに行ってみては?
(アートは無目的なもの。感動ってそこから生まれる。宝物はそれを見ようとする心のなかに発現するもの。問題提起として書いてみた)
posted by 平井 吉信 at 14:39| Comment(0) | 徳島

2016年10月09日

吉野川小歩危峡 渓谷に咲く花 プロジェクションマッピングによる風景


身近な草花や植生を追いかけている。
ときに光の花が自然の造形に映し出されるということで
それを見るのもいいだろうと訪れてみた。

場所は小歩危峡。
前回訪れたのは1か月前のこと。ラフティングでは全国有数の場所だろう。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/176663031.html

その秘密は四国山地を横切る横谷(おうこく)にある。
吉野川の大歩危小歩危の白眉は
白川谷との合流点から上流の小歩危峡だが
その付近に岸壁と合流点付近の河原に投影するというもの。

開始半時間前の投影場所
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18時に開始されたが、あたりがまだ薄明で鮮明には見えない。
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カメラでは肉眼よりも明るく捉えてしまうので
目で見た感じに近づけるとこんな感じ。
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太陽は落ちているが、岸壁に光が当たり始めた。
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色が変化するのは
アサガオ、ヒマワリなどと季節が変わっていくからだろう。
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時間が進むにつれて映像が渓谷に浮かび上がる。
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ここが前半のハイライト
(といってもプログラムを再生しているのではなく現場で描いているらしい)
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なお、撮影にはISO3200〜6400が必要。
レンズはXF18-55mmF2.8-4 とXF35mmF1.4 Rを使用。
f2でも速度は1/10〜1/20程度(マイナス1/3〜2/3EV補整)。
映像は絶えず動いているので
映像を止めるのならISO12800、f1.4、1/60秒程度か。
(小型のデジカメやスマートフォンでは難しいだろう)。
しかも会場は混み合うので三脚は不適当。
(邪魔になるし引っかけられるなど事故が想定される)。
だから登山用の1本ストックに載せて手持ち+電子シャッターで撮影した。

樹幹ごしに見るとアートに見えてくる
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場所を変えてみた。
開始当初からずっと標準レンズ。
ISO6400、f2.8で1/10秒。
金の鉱床に彷徨っているよう。
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肉眼ではこれほど明るくは見えない。
渓谷の水の流れが見えるのは
光を蓄積して一定の明るさに仕上げるカメラならでは。

闇夜に浮かぶ光芒はときに金属質な透明感を見せることがある
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本流は右から左へ流れている。
画面下から本流に合流する白川谷の流れに光が当たっている
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ヒマワリがご覧いただけるだろうか。
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ヒマワリとアサガオと椿が揃った
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樹木ごしに見える風景こそが白眉ではなかったか。
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魚はうごめく光にどんな反応を示しただろう。
カニは? ウナギは? アユは? 
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小歩危峡は静かな昼間を迎える。
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posted by 平井 吉信 at 18:04| Comment(0) | 徳島

2016年09月30日

仕事で立ち寄った徳島市内の秋の庭にて


ここはまちなかの学校跡地を民間が文化施設に改装したところ。
朝から行政関係者、民間の有志が集まって、
にぎやかに実験、評価、意見交換を行う。
真剣だけれど本質を見ようとする真摯な試み。
(こんな実践的な場からものごとが動いていく)

その休憩中に庭に出たとき目に止まった草花。
たおやかな秋に楚々とした微笑みを投げかけているようで。
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次に石井町の民間企業を訪問。
田園に風が吹き抜けるカントリーガーデン風のテラス、
なかでも植物に目がとまる。
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(フジX-E2+XF35mmF1.4 R、プロビアそのまま)

自宅の庭のツユクサも追いかけている。
ニコンとフジでそれぞれ。
(撮影日が違うし天候も違うので色の比較という意味ではない)。

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(D7200+AF-S Micro 60mm f/2.8G)

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(X-E2+XF35mmF1.4 R)

身近な植物、自生、栽培、野生、園芸種を問わず
空間に光を集めて人に何かを伝えようとしている。
未来の変化を伝えようとしている。
だから、ささいなところにも目を配りたい。
植物が教えているのは、人が教わるべきことだろうから。




タグ:
posted by 平井 吉信 at 10:11| Comment(0) | 徳島

2016年08月18日

鳴門 島田島の古代ハス そして睡蓮のあるカフェへ


ハスは不思議である。
泥のなかから穢れなき花を咲かせる存在は
いにしえから清浄な悟りの象徴とされてきた。
およそこの世の造形でこれほど造花感(変な日本語)のある花はほかにない。
ホンモノなのにつくりものにように見えてしまう。
清らかでありながら滑稽さを秘め、潔らかでありながら媚態を感じさせる。

仕事の合間を見計らって
鳴門の島田島(しまだじま)へ渡ってみた。
この島の北の湿原に
地元の人々が古代ハスを蘇らせたというニュースを思い出したのだ。

国道11号線から、かつて有料道路であった鳴門スカイラインへ。
この道路は西日本でも有数の海岸美を堪能できる。
海沿いを走っていた道路がいつのまにか高度を上げると
小鳴門海峡を渡る(小鳴門新橋)。
クルマを手前に停めて海峡を見下ろすと、
瀬戸町北泊の漁村が海峡沿いに見える。
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しかも、海面が動いている、
つまり海が流れている。
大河のほとりの浮島のような集落。
(こんな風景は実にスタジオジブリ向きだと思う)

紫外線が降り注ぐ空と海に、白い航跡が線を引いていく。
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スカイラインから島田島に降りていく。
島の北端の古代ハスへと導く看板が随所にあってわかりやすい。
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ここから入っていく
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ところが…
もう花は終わっていた。
(8月上旬ぐらいが旬だろうか)

シャワーヘッドとETを掛け合わせたようなデザイン。
爆発する自然は、岡本太郎というべきか。
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これから咲くつぼみが畦に一輪だけ。
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湿地にはガマの穂
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ここの里山は、人が手を離すと
たちまち征服されてしまいそうな濃厚な自然。
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むせかえる熱気がうれしい。ぼくはこの暑さが大好き。
見上げた空の高さ、太陽からの贈り物のあたたかさ。
照りつける日射しの力強い生命賛歌がうれしくて
自宅でエアコンも使わない(取り外してしまったのだから)。
水分も取り過ぎないようにしているので夏バテしないんだよ。
(暑いというのは意識が観測すること。ここ数日は扇風機を32段階の最微弱風で使うことはあった)
その扇風機とはトヨトミ製のDC扇風機。
直流駆動なので電気代を食わないし子どもがいても安全設計だし、
耳の良い人が音楽を聴いても邪魔にならない静かさ。
机に向けても書類が飛ばない、身体に当てても疲れないと良いことづくめ。
しかも1万円前後。
機種を知りたい人はこちら。
http://amzn.to/2bl52Sn

穂が実った田がパッチワークのように。
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紫の花の穂が稲穂と対照をなす
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よく見るとカマキリが潜んでいる
(目の中心はこちらを見ている)
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ハスが見られなかった、と思いつつ引き返していると
まだ花が咲いている湿地があった。
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ハスの台座に仏様が座っている姿が見えるような気がした
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夏の日射しが照りつけると、
そこに花が咲いていることを気付かせてくれる。
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島田島の北端にある大島田地区には
自然度が高い里山(湿原と田畑)が広がっている。
小鳴門海峡側には「四国のみち」があるようだ。
この風光明媚な島は、エーゲ海に浮かぶシテール島のように「印象的」。


話題転換。
鳴門は、京阪神に住む人にとって
週末移住を果たす絶好の場所である。
(平日は京阪神でオン、週末は鳴門でオフ)
オノコロ島を通過する高速道路、高速バスで接続されている。
徳島空港にも近く、遠出も簡単。
四国内は、高松道によって香川、愛媛、岡山と結ばれ、
徳島道によって、高知、愛媛と結ばれる。
会員制高級リゾートホテルがいくつかあるのがその証し。
http://reserve.resort.co.jp/hotels../xiv/naru/index.html

何より食べ物は、京阪神の比ではないだろう。
海の幸(瀬戸内海から太平洋まで)、山の幸、川の幸という点では
徳島は全国有数である。
鳴門だけ例にとっても
鳴門金時、鳴門鯛、鳴門わかめ、レンコン、梨と全国的な特産品が目白押し。
かつては塩田で賑わった浜辺だが、そのナトリウムやミネラルから派生して
世界的な点滴製造メーカーとなった企業もある。
外国人が汗を飲ませるのかと驚いたあのスポーツ飲料、
なぜか沖縄でもっとも人気のあるレトルトなレトロカレー、
というかレトロなレトルトカレーも鳴門の企業がつくっている。
http://boncurry.jp/

赤飯に砂糖をかけて食べるのも独創的だし
お好み焼きに金時豆が入っているのも常識だし
饅頭に砂糖をまぶした人気の菓子や
http://www.tokushima-kashi.com/member/%E9%B3%B4%E9%96%80%E5%A0%82/
これは菓子ではなく芋だろうと言い張る人が続出したという人気の菓子もある。
(この菓子は見かけのホンモノ感もさることながら風味絶佳の逸品)
http://hohgetsubo.jp/
年を取って四国巡礼を始めるのなら一番札所は鳴門から。
日本での第九初演の地であり、ドイツとの文化交流はもはや世紀を超える。
http://doitsukan.com/

鳴門高校は甲子園の常連である。
http://naruto-hs.tokushima-ec.ed.jp/
校歌はこちら http://naruto-hs.tokushima-ec.ed.jp/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E7%B4%B9%E4%BB%8B/%E6%A0%A1%E6%AD%8C/
(旋律が覚えにくいが記憶に残る校歌。和音の解決を先延ばしつつ期待感を高めて「鳴門の健児」で締めくくる)
私立のアピールの場となってしまった高校野球だが
徳島の常連高である徳島商業、池田高校などとともに公立高校である。
(地元出身選手のいない「地元」高校を応援したいですか?)

陶板で複製された実物大の「偽物」をずらりと並べた大胆な美術館は入場料も破格。
http://o-museum.or.jp/
それでも、4kmに渡って1,000点のオリジナルサイズの名画が並べられたら
見るのに数時間かかる(大抵の人は1日で見切れない)ので、入場料対楽しみを時間換算すると
最低賃金を下回るので費用対効果は悪くない。
(まだこの美術館へ行ったことがないとは恥ずかしくてここに書けない)

隠れたアピールとしては、人口6万人の小都市なのに
大学があること。高校が3つ(普通・商業・工業がいまでは2つに統合)あること。
教育と文化こそは鳴門の原動力である。
おっと、大切なものをひとつ紹介し忘れていた。
渦潮である。
http://www.uzunomichi.jp/
(鳴門をここまで紹介しておきながら鳴門市からは1グラムの塩ももらっていない)
だから、欠点もアピールしておこう。
それは、ひとことで紹介できないこと。
鳴門でひとつネガがあるとすれば、水道水がおいしくないことぐらいか。
(漢和及第=いつもの誤変換)

ウチノ海へと川のように流れ込む
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ウチノ海に浮かぶ筏
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島田島の東海岸は渚が続く。ここは南端に近い竜宮の磯
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高校野球では、鳴門高校が優勢に試合を進めているようだ。
昼食は鳴門市内でいただいた後、
藍住町の新しいカフェへ。

何とテラスに池があり、モネの愛した青いスイレンが咲いている。
(大塚国際美術館や高知のモネの庭にも咲いている)
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メールの返信を済ませるとさっそく池を観察。
なつかしのクリームソーダ。子どもに帰れる気分。
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アゲハが舞う、メダカがいる、オタマジャクシとカエルが棲んでいる。
カエルがスイレンの葉に上がってちょこんと座る。
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鳴門のハスに始まり、藍住のスイレンでひとやすみ。
この店は、お池カフェ フルール
(お人柄がよく居心地の良いお店。商売のご繁盛をお祈りします)
知り合いの建築設計士(中川俊博さん)が手がけられたと後日わかった。

暑さが醸し出すこの夏は、極楽浄土に近づいて理趣経が見えてきた。
posted by 平井 吉信 at 23:39| Comment(0) | 徳島

2016年07月30日

空と海と四国 そして四国巡礼GO!


「空と海」ってなんですか?
いったい何を目的に、どのように生き方(活動)をしているのかわからない。

こんな変なドメイン、誰が取るの?
なぜか、人気のドメインで関連するドメインは10数年前に売り切れ。

人は「思い」があり、
それを信念にしたり目標にしたり拠り所にして生きている。
ぼくの場合、それを言葉に凝縮したのが「空と海」。
このブログもその世界観を反映している。

空海が好きだ。
(たまたま家が真言宗だった。徳島ではもっとも多い宗派であり、日本でもっとも真言宗の比率が高い地方)
司馬遼太郎の小説もおもしろかった。
それなのに、四国巡礼には出たことがない。

肉親を亡くしてその供養のためであったり
事業が失敗、人生の艱難辛苦を経験し生きることに思い悩んで
死に場所を求める気持ちで廻る巡礼者。
それを「お接待」で迎える四国路。

ぽつんとひとり、夕立に打たれ、嵐に巻き込まれ
みちを失って路傍に崩れ落ちた日もある。
(同行二人のもう1人は自分自身なのだ)
そんなとき、四国の風土が横たわっている。
そこには感傷もなければ、誰かの干渉もない。

みじめな自分は、みじめでありたいとの
自らの「願望」がつくった幻影であること。
お接待を受ける度に、
見返りを求めない行為を受け止めるうち、
これまでとは別の自分、自分を客観的に見つめる醒めた目があることに気付く。
そう、ただいまを生きていること、
そのことを受け止めるだけ。
(受け止めるためには、これまでの自分を「捨てる」、すなわち生まれ変わる)

死に場所を求めて旅だった自分が
生きることの「欲」を感じ始めている。
それが四国巡礼。

山のミネラルが川を通して海と結ばれる。
そこは空と海の境目のない世界。
学問の人でありながら実践の人でもあった空海。
四国をそのような世界観で見切ったところが「空と海」。
(言葉にすると伝わらないと思うけど)
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ただし巡礼に出たことはないし行こうとも思わない。
そのような時間もない。
(父の死後、通夜も告別式の翌日以降も仕事を休まなかった。けれど三回忌までは毎日朝の読経を行った供養を行った。空間に響く自分の声がふとどこか遠くから耳元で聞こえてくる感覚を覚え、燭光のなかにかたちではない輪郭を感じることもあった)

88箇所とは単なるきっかけに過ぎず、
刹那を感じつつ日々を生ききること、
それが巡礼と思う。

かたちにとらわれないことが真言とすれば
かたちをつくってかたちをなぞる四国巡礼のなかに
その危うさがあるとも言える(わかりやすくいうと商業主義)。
とはいえ、法具やアクセサリー、儀式から入って
わかりやすく体験させることで説得力をもたせることを
空海さんもやっていたので否定はしないけれど。
(理想と現実をうまく行き来して橋渡しをすることの天才だね、空海さんは。理想があるから現実的であり、現実的であるから理想を追いかけられるという意味で)
(白装束と傘を被っていれば、説明することなく「お遍路」とわかる記号の役割はある。ただしアウトドアメーカーなどが既得権を気にせず、もっと機能的な素材とデザインで提案すれば新たなビジネス機会と思うよ)

とにかく、かたちにとらわれず、
あなただけの巡礼を成し遂げてみてはどうだろう。


もしかしたら、それは自宅にいながらできるかもしれない。
どこかのゲームメーカーが
ウォーキングマシンのメーカーと提携して
遍路道の写真を元に仮想現実を構成し
歩きながら四国の遍路道を画面で見せる。

そのためには、「バーチャル先達」になるボランティアが必要である。
バーチャル先達とは、ビデオを装着して(歩いてもぶれない工夫が必要)
可能な限り遍路道を歩く。
そこで得られた画像を編集スタッフが3D化する。
(Googleマップでおなじみのあれである)
遍路道とともに歩き遍路に親しまれた街道があれば
別の機会にそこも歩く。
バーチャル先達はボランティアだけれど
自分が案内した道をバーチャル遍路がたどるとき
協力者として一瞬テロップが出る。
それだけでいい。

予めビューポイントも定めておいて、
景色の良いところでは360度の映像を堪能できたり
少し寄り道ルートで新たな発見ができるようにする。
(四国の自治体や観光協会が喜んでタイアップしそうだ。誰かが寄り道へ入って体感するたび、システム運営協賛費としてスポンサーに課金する)

これなら自宅で時間のあるときに巡礼の旅を始められる。
実際に歩き出すと景色が動き、止まると景色も止まる。
実際の歩行距離が到達すると、Web上で御朱印が得られる。
それを励みに続けられる。
自宅の歩行器で歩くので誰の迷惑にもならず、
時間のない人でも四国巡礼ができる。

歩く途中で、実際に地元の人が顔を出してWebから参加して
あなたの画面に現れて声もしくは文字のメッセージが送られる。
(これはリアルタイムで行われる。メッセージを送る人は少額が課金され、文化財の保全や遍路道の維持管理などに役立てられる)

そしていよいよ機が熟したとき、
リアル四国へ旅立つ。
(仮想だけで巡礼を終える人は少ないだろう)
予め仮想現実を体験しているので不安は少ない。
そして今度は拡張現実により
仮想現実での履歴をリアルに重ねて見ることができる。

ただし、スマートフォンを使わない。
巡礼者にとって道中の電源確保が容易ではないので
緊急の際の電話機能を消耗しないことが必要だからだ。
そのため専用ハードを準備する。

ハードを売るのが目的ではなく、巡礼者の視点から必要だと思う。
具体的には歩行器の表示部を小型化したもので、
自宅の歩行器とは同調が取れている。
防水機能は当然であるが、
リュックに取りつける太陽光充電ユニットから充電ができる仕様にもなっている。
(ケータイ電話にも充電できる)
汎用アプリケーションとしては、
GPS機能を持った地図で次の札所、登録された宿泊所までの距離、
進行方向の天気予報が表示される。
音声による翻訳アプリケーションを搭載して
外国人巡礼者と意思疎通や情報の提供ができる。
さらに簡易の健康診断機能も付いている。
最初からこれらのものがセットされていることが不可欠(その代わり拡張性は要らない)。
住民のリアルタイムの励ましのメッセージや
自治体境界を越えるたびに
自治体のミニガイドが必要に応じてポップアップする。
ドロップボックスのように、大容量の接続環境が使える場所では
撮りだめた写真や手記などをWeb上に格納もできる。
アクセスの設定により家族や友人も居場所やそれらのデータを閲覧できる。

ただしこのハード、動きを検知したら画面が更新されない(必ず止まって見せるため)。
ブームになったあの端末を見ていると、
開発者は、想像力を持って開発、調整を行わなければならないことがわかる。
四国巡礼を世界遺産に登録する前に検討してみてはどうだろう。
これらの機能をわかりやすいインターフェイスにまとめるためには
ハードとソフトの一体化が必要なのだ。
(あるいはレンタルサービスもあり得る)
自宅に戻れば、実際に歩いて味わった現実をマシン上で歩くことで再度体験できる。
このように仮想現実と拡張現実を行き来しつつ、
そこに必要最小限の情報ポータルと世界観を共有できるコミュニティを融合させるとしたら
インターフェイスの設計(コミュニケーションのデザイン)がカギとなる。


追記
水をさすようだけれど、
お遍路アプリもビジネスとして過度に期待しないほうがいい。
大切なのは、四国巡礼を通じてどんな価値を提供できるかを見極めること。
そしてあくまでも巡礼者の視点からコンセプトを練り上げること。
あのブームのアプリケーションを見ていると
急激に普及していることでビジネスとしての寿命は極端に短いことが予測される。
(半年持つだろうか?)
アートの名を借りたプロジェクションマッピングなどもイベントとしてはおもしろいけれど
そこから現実へ波及していかない(体験者の物珍しさがリアル世界への行動につながっていない)。
物珍しければそうであるほど、「ああ、あれはもう見た」の一過性で終わる。
(仕掛け人ももうそのことの危うさに気付いているはず)
アートとは、行動につながるものと定義しているので、ポケモンGoはアートだと思う。
現実と調整は必要だけれど。






タグ:巡礼 空と海
posted by 平井 吉信 at 11:00| Comment(0) | 徳島

2016年07月03日

しんしんと山気が迫る夏 日和佐町北河内の里山はさらにさらに


ある日、ふと迷い込んだ田舎で
どこか懐かしいような、
心がざわつくような、それでいて嫌な感じはしない、
そんな場所で繰り広げられる物語―。

夏が来るとどこかでそんな場面が思い出される。
それらは、探偵モノであったり、昔の人の知恵に諭される若者であったり、
ときにはSFであったり、亡き友人の思い出をたどる成長記であったり。
(参考)あの花

決して観光地ではないし、地元の人ですらほとんど行かない。
地図には載っているけれど、まるで空気のような場所。
そんな場所に行ってみたい人のための記事です。

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場所は、日和佐町北河内(きたがわち)の大戸(おおど)と久望(くも)の集落である。

国道55号線に自動車道(無料)が併走されるようになり
大戸地区を経由するかつての道は通行車両が激減した。
この地区には円形の棚田や、かつての小学校跡に生える見事なイチョウなど
里山好きにはみどころがいっぱい。
伝説の後世山探検隊を送り出したのはやはり大戸地区だった。
さらに、久望(くも)の集落の奥には「赤滝」と呼ばれる滝がある。
ただし、観光地ではないのでクルマを置けるところは限られている。
道幅は想像以上に狭い。
車幅が1.8メートルを超えると気を使う箇所が数カ所ある。
夏になれば(ここに限らず)スズメバチ、
さらにはマムシ、ヤマカガシなどの毒蛇も少なくない。
(車道を歩く限りはほとんど心配はない。スズメバチを刺激する黒い服を着ていかないことぐらい)

まずは大戸から。
集落の道沿いに日和佐川最大の支流北河内谷川が流れ
そのままたどると星越峠に達する。
集落の入口には神社があり、広い境内にクルマを止める。
新田神社という集落の氏神様である。

フジクロームを詰めたライツミノルタCLに40oを付けて
よくここへ来てはシャッターを押していた。
(チャッ。短く歯切れの良いシャッター音で)
(その前に使っていたミノルタハイマチックFも近似の38oだったので、いまでも40oの画角が好きなのだが、この画角の良いレンズは現代に見当たらない)
光と影、水と河畔林、集落の田畑と氏神様の彩なす光景に引かれたのだ。
(そのときに撮影した写真はいまも自室に飾ってある)

だから、このブログで一度も大戸地区を紹介していないことが意外だった。


ここで、日本の里山や田舎が似合うと思うポップスをご紹介。

センティメンタル・シティ・ロマンス「夏の日の思い出」
…1曲目の「想い出のリフレイン」が鳴り出すと、せみしぐれとともに野山をかけた子ども時代が蘇る。夏の叙情とその切なさを歌い上げたシティポップス。しんしんと夏が迫る音楽はそう多くない。2013年にSHM-CDでリマスター復刻された1986年のアルバムだが、枚数が少なく入手が難しい。
(ぼくはアナログで持っている)
夏の日の想い出


松岡直也「夏の旅」
…日傘の貴婦人、 田園詩、 夏の旅と定番の流れ。ジャケットの写真は信州かどこかの田舎道(舗装していない)の停留所で、日傘を差した和服の女性が降りたばかりのバスを見送る後ろ姿が印象的なジャケット。時代背景からして車掌が乗っている路線バスなのだろう。路線バスは田舎の効果的な記号として使われることが多い。トトロもそうだった。母親に手をひかれて停留所から2キロ少々の土手を歩き、夏祭りのお宮の前を通り抜けて田舎のおじさんの家をめざしたことを昨日のように思い出す。2014年4月にお亡くなりになられたのでCDの入手はそろそろ注意したほうが。いまの日本のCD流通は手に入るときに無理して購入しておかないと後悔する。

夏の旅


ハニー&ビーボーイズ「バック・トゥ・フリスコ」
ドライブ感のある1曲目で「夢の先まで行っても…」の歌い出しでこのアルバムの世界観に入っていく。このバンドは、1987年に、西司、村田和人、山本圭右、平松愛理で結成されたもの。良質のポップスとはこんなものの見本のようなアルバムだった。2曲目は平松絵里が歌う。名曲「雨はてのひらにいっぱい」がラストを締めくくる。なぜこのアルバムが長い間、復刻されないのか不思議だ。
バック・トゥ・フリスコ

シングル曲なのだけど、小椋佳「夏ひとかけら」。しーんと迫る夏の気配と去って行く足音のような世界観を日本の情緒を大切にした詩と曲で綴る佳曲。収録アルバムのひとつ。
コンプリート・シングル・コレクション 1971~1976


ライツミノルタCLの代わりに、現代のデジカメ(フジX-E2+XF35mmF1.4)を持って
久しぶりに大戸集落の入口の新田神社に向かう。

鳥居の注連縄が新丁されているようだ。
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この建物、ていねいにつくられている。
山裾の緑が壁に反映されている。
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壁を引き出すと据わることができる一種のミセづくりなのだろうか。
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苔むした一本の樹木、それに建物の背後の森
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日和佐川支流の北河内谷川は澄んでいる。
2人組の地元の男性が手に持つ網でアユを採っていた。
日和佐川には内水面漁協は存在せず放流はされていない。
アユもアメゴも天然モノだけだ。
日和佐川にはダムがないので海と源流を自由に行き来できる。
だから、ウナギ、モクズガニ、テナガエビも多いはず。
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小さな石積みがあって、そこから上手には河畔林が覆い被さって
光と影と木々の葉を映す水の表情が美しい。
まさに1分ごとに変わっていく水の表情を捉えたのは
俊敏なライツミノルタだったのだ。
ただし露出は難しかった。
スポット測光だったし暗部がすとんと落ちるリバーサルでもあったので。

フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
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ニコンD7000+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR
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河畔にはヤブカンゾウの花が咲いている。
若芽は食べられるというが、
飽食の時代に、少なくなりつつある山野草を食べる必然性は見出せない。
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シオカラトンボと紫陽花。よく見ると複眼の中心がこちらを見ている。
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どこにでもいるカラスアゲハのようだ。
ニコンは迅速なAFを活かして望遠専用にしている。
(もっともD7000に100%満足しているわけではないけれど)
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北河内谷川から久望(くも)方面へと向かう道すがらにはねむの木が点在する。
支流を背景に一瞬風がおさまった瞬間にかけてみた。
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水路を見てメダカを探すが、流れが早く水も澄みすぎているので生息に適していないのだろう。

水路に落ちたミミズ(約1尺)が流されながらも足がかりを辿って這い上がろうとしている。
青いワンポイントの帯が印象的。
大きなものは50センチぐらいになるだろうからまだまだ小型だ。
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北河内の集落はかつてと比べて人が減少して空き家が増えているように感じる。
棚田も耕作放棄されて荒れ地となっている枚数が増えている。
野生の鹿や猪は増えているだろうし、
人口減少時代には生息地が少なくなった野生動物が
人のいなくなった里山を支配する時代がそこまで来ているように感じる。
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人口増加時代と人口減少時代は政策を大転換すべきだが、
現政権は真逆をめざしているようで
格差是正、内需拡大、中小零細の事業所を中心に生産性を高める戦略がとれないでいる。
崩れそうな崖、耕作放棄された荒れ地、朽ちた廃屋、濃厚な野生動物の気配を
たったひとりで歩いて感じてみれば、いまの中山間地域の現状が感じられるはず。

秘境赤滝まで1.8kmと出ている。
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20代の頃、仲間を集めて後世山探検隊を送り出した。
この大戸の集落から悲運の姫が眠る後世山をめざすというもので
(地元の人も年に2回の例祭以外は怖がって山に近づかないといわれていた)
後世山へはたどりつけなかったが、幻の赤滝を発見した。
実は、「こっちへ来い」とばかりに、
赤滝まで誘導してくれた3匹の犬がいる。
地元民家が飼っていたエス、ケープ、ゴマという名の犬たちは
もうとっくにいないだろうけれど、その子孫はいるだろうか?

川は小さくなってきたが、野生はますます濃厚になってくる
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開けた地形で民家があった。桃源郷のような暮らしをされているのではないか。
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あと1.5km
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同色が重なると鮮やかに見えるという色彩効果の風景
(だから温州みかんはオレンジのネットに入って売られている)
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右手に崖、左手に沢の昼でも暗く細い道。渓流沿いにガードレールはない。
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いよいよ里山の終点が見えてきた。
ここから遠くの地形からうかがえる谷筋を登っていく。
幻の赤滝はその先にあるのだ。
(幻の赤滝はどんな滝でしょうか? 興味のある人は続きを完結させてください)
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夏の山気が迫る里山は国道が離れ、集落の人口が減少したことで
さらにしんしんと静けさが深まっていた。
日本の将来に思いをはせて一抹の寂しさがさらさらとそよいだ一日だった。
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posted by 平井 吉信 at 22:26| Comment(0) | 徳島