2018年03月21日

雨に打たれる金長神社 春を迎える日はいつまでか


かつてここには無料の動物園があった(無料だったと記憶している)。
孔雀、狸、猿がいたように思う。
動物はコンクリートの箱形の建物で飼われていて
その建物に上がることができた。
(猿の檻は金網なので上がれない)

小学校の頃には写生大会があり
学校から歩いてきたことがあった。
遠足のおやつは、カバヤのジューシーとか明治のハイレモンとか。
森永ミルクキャラメルやチョコボールだった。
(それとバナナも忘れてはならないだろう)

金長公園にはいつも動物の鳴き声が聞こえていて
見上げると小松島の象徴、日の峰が背後にそびえていた。

金長神社は動物園の片隅にあった。
動物園の敷地には桜が植えられ、花見もできた。
妹を連れて来たことを思い出した。

小松島市では、来たるべき南海地震に備えるべく
この場所を防災機能を持つ都市公園に整備するということで
金長神社は撤去されるかもしれないとのことである。

ぼくはときどき金長神社を訪れているけれど
いまの金長神社が観光資源と呼べるかどうかはわからない。
低未利用地で数少ない種地でもあるこの場所を
市民生活に活かすために都市公園へ整備することは間違っていない。

ただし、金長神社のあり方については
都市公園と切り放して考えることもできると思う。
歴史や文化は未来へと続くまちづくりの資源(拠り所)であり
いまのかたちでなくても方策(リノベーションや再創造)はあるように思う。

公共の場所に宗教施設は御法度というのは理解できる。
しかし金長神社は宗教施設といえるかどうか。
昔からの由緒ある神社というよりは
映画のヒットへの感謝を込めて
昭和31年に映画関係者が建立したもの。
いわば神社というよりは顕彰施設。
(宗教法人ではなく自治会のような組織が運営しているのでは?)
だから市が宗教施設でない由来や経緯を付して
国土交通省に説明すればそれで済むような気もする。
(このようなローカルマターで国が市を指導する時代ではないだろう)
土地と建物を運営組織に管理してもらい、
地代家賃と相殺することもできるのでは?

いまの世の中、
権力を持った中枢に近い面々は
親族や知人の企業などが(まるで優遇されるように)
例外扱いやうまく大義名分を役所が忖度してつくることで
補助金を受けたり大きな事業を受託している。
(世間を騒がせているあの事件だけではないと思うよ)

その一方で
下々では法令を遵守することが目的となって
(法治国家である以上それは大切なこと)
法令を字義どおりに解釈して地元の事情とそぐわなくなってしまう。
(中央集権ではなく四国が判断すれば動かしていける自治が必要。そこがこの問題の本質だよね)

そして行政や議会に任せないで自分たちが考え動かしていくことが大切。
議員報酬など無償で良いから(議員報酬が低いから議員のなり手がいないのではないよ。誰でも議員ができるしくみを取り入れることが本質)。
どんどん市民が議決権を持って参加できる議会でありたいね。

父もぼくも狸に化かされたことがあることは以前にこのブログにも書いたけど
魑魅魍魎はどんどん消えていく。
小山助学館からかつて発刊されていた三田華子の「阿波狸列伝」はほんとうにおもしろいよ。
(スターウォーズやハリーポッターはこれと比べると人情の機微がない大味に見えてしまう)
関係者が電子書籍にしてくれたらもっと広まるのにと思いつつ。

だから雨がしょぼしょぶ降る夕方に金長神社に来てみた。
誰もいない。

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posted by 平井 吉信 at 22:20| Comment(0) | 徳島

2018年03月18日

大松川か多々羅川か? それとも勝浦川か?


タイトルを見て内容がわかる人は地理マニアである。
それも徳島在住。

中学に通うのに川の土手を自転車で走ったのは大松川沿い。
水鳥が羽根を休めている光景によく出会う。

とくしま動物園の西のため池から流れ出して
徳島市南部の渋野、西須賀、三軒屋を通って大松川へと合流、
さらに勝浦川へ合流するのが多々羅川。
多くの人が頭に描く里山の川といったところ。

この小さな小川が文学になっていることをご存知だろうか?
瀬戸内寂聴「多々羅川」(新潮社)。
場所」に収録されている。
http://www.shinchosha.co.jp/book/114436/

寂聴さんの母は、7月4日の徳島大空襲の折、
身体の不自由な祖父を守るように防空壕で折り重なって亡くなられたという。
寂聴さんの不戦への強い使命感もそのような体験があったからこそ。

大松川は、勝浦川下流の分流であった。
小学校の頃、祖父の持っていた地図には
大松川の記述が確かにあったことを覚えている。
(埋められる前の地勢)

川の下流は三角州が発達する。
ここで県内の河川の三角州を繙いてみる。

◆吉野川
もともと旧吉野川が本流であった。
お城下の水利を求めて水路を掘削(もしくは元々あった流れを拡幅)したところ
水が流れやすいほうへ流れるので
どんどん川が成長したのがいまの滔々と流れる吉野川。
その結果、藍住、松茂方面へ水が行かなくなったので
分流のための堰を設けたのが第十堰といったところ。
(諸説があるようである)
新町川ももともとあった田宮川からの流れと
吉野川からの引水でできたのかどうかはわからないけれど
大きく捉えれば吉野川デルタの一部だろう。

◆那賀川
河口付近で岡川(桑野川)と合流している(していない?)ようだ。
三角州というよりも
日本有数の雨の多い木頭地区からの水を集めた急流が
土砂を押し流してくちばしのように平野を海に突き出しているようにも見える。
急流河川ゆえ、三角州の形成よりも堆積の力学が働いているように見える。

◆勝浦川
自由蛇行という点では県内では勝浦川がもっとも三角州地域が広いように見える。
大松川から神田瀬川までもがかつての勝浦川の流路と考えられる。
特に園瀬川、多々羅川、大松川、勝浦川本流が競うように流れる下流は
人が住みにくい湿地帯となっていたはずである(いまも残る)。

前述の世に勝浦川の分流であった大松川は、
JR牟岐線鉄橋の下流付近から分派して北流する。
大松川下流は水を湛えているが
上流はというと川の痕跡があるだけ。
ということは、上流は伏流していたのではないだろうか。
だから人為的に土手を閉めて埋め立てられたのではないか。
(勝浦川の分流であった大松川を吉野川水系と記述しているウィキペディアは間違っているのではないか?)

堤が締め切られて表面を流れる水はなくなったが、
それでも不思議なもので小さな流れは残っている。
そして多々羅川から水をもらうと大河のような雰囲気に変わる。
つまり大松川は勝浦川分流の三日月湖の上流が締め切られた川となっている。

締め切られる前は勝浦川に挟まれた地域があったことになる。
南部中学校はおそらくは大松川の河床につくられたもので
バイパスから二軒屋方面へ左折すると橋がある。
明らかな土手の流れや河床のような地形があることから
かつて川であったことが容易にわかる。
ゆえにこの辺りの建物は沖積平野の地盤に建てられている。

勝浦川に限らず、川の下流は三角州が発達する。
小松島市田浦地区から清浄が池、菖蒲田池を経て
小松島旧港へと注ぐ神田瀬川も勝浦川のかつての流路だろう。
徳島市南部は居住に適した地域だが
そのほとんどが沖積平野のため
洪積台地など岩盤らしき地盤を選んで家を建てるのが良い。
(山の裾野などに見ることができる)

多々羅川と大松川は何度か合流と分流をしているため
どの部分が多々羅川でどの部分が大松川なのかわかりにくい。
さらにその多々羅川も
徳島市方上町付近からの流れを集めて並行して流れ
(間に植物が繁茂する中州が続く)
合流することなく片方は大松川と合流して勝浦川へ
片方は園瀬川へと注ぐ。
自然地形なのか、水利権などの人為的な要素なのか?
この地形を読み解ける人はいますか?

(グーグル航空写真から引用)
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(合流することなく並行して流れる多々羅川)
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さらに勝浦川はどこまでが勝浦川なのか?
多々羅川の下流はかつての勝浦川の三角州の一部と見える。
その中州の地形を利用して人為的に土手(道路)となっているようにも見える。
もともとの水面を閉じたのであれば多々羅川の下流の広がった溜まりは
勝浦川と見なすのが自然である。
一方閉めた部分を多々羅川と見なすと
多々羅川は園瀬川へと注ぐことになる。
真実を求めて勝浦川下流域のこれらの川は自転車でめぐるのがいい。

多々羅川はJR牟岐線で中田駅から勝浦川を渡ってすぐに見える小川がそう。
里山の風情を宿した流れはぼくが子どもの頃から変わっていない。
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そんなことを書いていると
きょうはこんな夕焼けが大松川にやってきた。
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ところで、電子辞書の購入が文章を書く時間を短縮できている。
→ ホワイトカラーの生産性を上げる〜電子辞書の活用〜シャープPW-SH5を選んだ〜

(X-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS)
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posted by 平井 吉信 at 01:34| Comment(0) | 徳島

2018年03月12日

「幸せ!ボンビーガール」どんな番組になるのかな(お楽しみに)


日本テレビ系列で放映されている番組「幸せ!ボンビーガール」に
本ブログの写真が活用されると
番組ご担当の方から連絡をいただきました。

(以下、番組のWebサイトから引用)
放送は3月13日(火)夜9時から2時間スペシャル!

次回は新生活へ旅立ちスペシャル!
地方から上京してきたガールの、
リアルな物件探しに
番組スタッフが密着!
更に海外へ移住を決めたガールの、
リアルな物件探しにも海を越え
番組スタッフが同行!
お楽しみに!!!

(引用ここまで)
徳島に縁のある内容かもしれませんね。

タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 23:08| Comment(0) | 徳島

2018年03月10日

とくしま植物園 3月にひらく花


徳島市南部の田園を過ぎて動物園を上がった丘陵にとくしま植物園がある。
入園は無料で一年を通じて散策できる。

ここへ来る途中でオオイヌノフグリが石垣に現れた。
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その近くにスイセン
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この時期、もっとも多い山野草はホトケノザかも。擬人化して見える。
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スミレが畑に奥に向かって伸びていく
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早咲きの桜も。河津桜?
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しだれ梅
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丘を登る途中で振り返ると動物園の観覧車が見える
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丘を上り下りしながら徳島市南部の里山と丘陵を見ながら
日向にたたずむ春のひまわりのよう。
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タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 22:36| Comment(0) | 徳島

2018年03月06日

重症児通所支援事業 ミラクルキッズを立ち上げます 


篠原実智子さん(42歳)は、
平成30年春に重症心身障害児を受け入れる施設を
小松島市内で開業しようとされている。
重症心身障害児(以下「重症児」)とは、
重度の知的障害および重度の肢体不自由が重なった子どものことである。
場合によっては呼吸器をはずせないなど医療の支援を要する。
ところが、重症児を預かる通所施設は県内にはほとんどない。
そこで自ら開業してみようと決意されたのだろう。

篠原さんのご子息、裕人(ひろと)君は呼吸ができない状態で生まれ、
そのまま新生児の集中治療室で人工呼吸器を装着した。
仮死分娩そのものはそれほどめずらしくないそうだが、
裕人君の場合は次第に症状が悪化。3歳8か月まで長期入院となった。

在宅での療養を望む篠原さんだったが、
人工呼吸器を装着しての在宅療養は困難と考えられた。
それでも篠原さんの思いを受けて、
関係の母子医療センター、療養施設等が協議を行って
人工呼吸器の使い方の研修やトラブル発生時の連携体制を確認。

定期的に日中一時支援と短期入所を利用できるようになったので、
篠原さんはパートタイマーとして働けるようになった。
さらに関係者の協力もあって念願のヘルパーの資格も取ることができた。

しかし裕人君の病状は少しずつ悪化、
腎機能の低下で腹膜透析を行うようになった。
退院後を見据えて施設関係者は透析管理の方法を学ぶことで
施設への受入が可能となった。

七五三を迎えた裕人君(写真)
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入学式の裕人君(写真)
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(写真は篠原さんの許可をいただいて掲載。(c)篠原実智子)

裕人君は特別支援学校の小学部へと入学。
当初は母親が付き添った授業も、
やがて裕人君はひとりで受けられるようになった。

子どもは誰もが等しく教育を受ける権利があるというが、
学校の授業や行事はかけがえのない機会である。
在宅療養のなかで家族と一緒に外へ出かけた思い出、
支援学校でのお友だちとの学びと遊びの機会は
本人にも家族にも得がたい経験となっただろう。

重症児を支えることはその家族を支えることでもある。
そのためのしくみづくりはもちろんだが、
理屈で計り知れない家族の気持ちに寄り添う意思疎通は
かたち以上に大切かもしれない。

けれど関係者の願いも届かず
裕人君は7歳の誕生日を迎えることなく天国に召された。
篠原さんは当時を振り返る。
「眠ることができず、どうやって生きていたのか不思議なくらいでした。お泊まりで預かってもらえる日があると、また1週間だけがんばろうと思える。それがないと、いつまで続くかわからない状況に絶望していたかもしれません」。

一時的に介護や育児から離れて休息やリフレッシュすることをレスパイトというが、
「私の経験を糧に重症心身障害児を受け入れる施設をつくりたいと考えるようになりました」
と篠原さんは言う。

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篠原さんは周囲が驚く行動の人である。
平成29年春に志を実現するため動き始める。
まず小松島市内に適当な土地を物色して手に入れた。
周辺は渋滞がなく道路の幅が広いのに交通量が少なく車が停めやすい。
ひのみね総合療育センターへも近い。それだけでも重症児の通所には助かる。

そして小松島商工会議所へ創業の相談に行った。
対応された経営指導員の油谷さんは
まず土地を買ったという篠原さんにあっけにとられて言葉が出なかった。
けれど篠原さんの熱意に打たれて
なんとかしてあげたいと思う気持ちで創業相談を続けた。
油谷さんのサポートを受けて篠原さんが作成した創業プランは、
11月10日に徳島県の「あったかビジネス事業計画」の認定を受けられることとなった。
http://www.pref.tokushima.lg.jp/mb/jigyoshanokata/sangyo/shokogyo/5007318
https://www.our-think.or.jp/?mode=detail&p=2229

篠原さんと行動を共にしたのは神ア麻衣子さん。
事務処理は苦手だが前進力のある篠原さんと
事務処理を緻密に行う神アさんの対照的な二人の名コンビ。

さらに元の同僚の協力が得られることになり、必要な有資格者の目処が立った。
日本公庫(国民生活事業)から融資も得られ、
親切で協力的な阿南市内の建築業者(田窪建設さん)を篠原さんが探してきて
新築の建物も平成29年暮れに完成した。

施設の目玉として篠原さんが考えたのは、
入浴サービスに力を入れること。
自宅での重症児の入浴は子どもの身体を支えながらの作業なので
腰を痛めるなどかなり大変だ。
それでも風呂に入れると血行を促進し子どもを気持ち良くさせてあげられる。

篠原さんは、子どもたちの可能性を信じている。
そして家族の暮らしをも支えたいと施設名を「ミラクルキッズ」とした。
 
事業内容:児童福祉法に基づく指定通所支援事業(児童発達支援・放課後等デイサービス)
所在地:小松島市金磯町3番89
運営者名:合同会社キセキ
施設名:ミラクルキッズ
利用対象者:重症心身障害児
運営理念:利用者及び介護者家族のQOL(生活の質)の向上

(この記事は、篠原さん本人へのヒアリングと専門知識については「小児看護」第38巻第10号=2015年9月を参考に書いている)

追記
この記事をご覧いただいている方々へ

平成30年春の開業を前に、施設は立ち止まっている。
それは必要な有資格者があと1人足りないのだ。
篠原さんたちもハローワークに募集案内を出しているのだが…。
(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、臨床心理士のいずれか)

上記の資格を持っている方で「ミラクルキッズ」に共感できる人は
電話をして話を聞いて欲しい。
納得されたらハローワーク経由で申し込むことができる。

ミラクルキッズ(合同会社キセキ)
電話0885−39−1550(開業前の電話対応時間:月曜から金曜の10時〜16時)
担当:篠原さん、神崎さん

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創業のビジネスプランの指導を受ける篠原さん(小松島商工会議所)
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施設は交通量の少ない広い道路に面していて車を停めやすい
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このプレートに込められた思いはミラクル(奇跡)
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カエルはミラクルキッズのアイドル。未来に向かって飛び上がるのだから。
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南向きの明るく清潔な室内
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雲が浮かぶ空をイメージした天井
色がみるみる変わっていくLED電球は子どもたちの興味を引く。
視覚など知覚への適切な刺激は大切と篠原さんたちは考えている。
奇跡を起こしてどこまでも子どもたちに飛翔して欲しいから。
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子どもたちを擬人化したような壁の動物たち
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運営がうまくいくこと、
そして子どもたちの笑顔が弾けることを願って。

2018年7月12日追記
必要な資格者が揃って7月1日から営業が認可され、2日から施設の運営が開始されました。
小松島市周辺で重症心身障害児をお持ちの方、
ご負担を軽減する意味でもご利用していただけたらとのことでした。
よかったですね。
篠原さん、神崎さん、児童発達支援管理責任者の横田さん、看護師の竹内さんをはじめ
スタッフのみなさんの明るい笑顔が印象的です。
がんばってくださいね♪

posted by 平井 吉信 at 16:03| Comment(0) | 徳島

2018年03月04日

吉野川橋の落日 揺らめく光(時間)を受け止める


徳島市内に住む人は
吉野川大橋を渡るとき、地元に戻ってきたと感じる。

これはそのひとつ上流の吉野川橋。
通称では古川橋ともいう。
かつてはこの付近で大阪方面への水陸両用艇が離発着していたらしい。

徳島市は四県都のなかでもっとも渋滞が激しい。
その理由は城下町を水路(川)が縦横無尽に走っていること。
とどめはこの川幅1qを越える吉野川の存在である。

でも、吉野川がなかったら徳島市も存在しない。
事務局の一翼を担った1996年の水郷水都全国会議・徳島大会も開かれなかった。

高知県瓶ケ森の南斜面に発した流れは
やがて四国山地を横切る横谷(大歩危、小歩危)となり
池田でくるりと向きを変えて紀伊水道をめざす。
日本最大規模の竹林を従え
日本一の基本高水(利根川や天塩川を凌ぐ)を誇り
二百数十年続く石積みの第十堰を透過して
ラムサール条約に登録された河口干潟に注ぐ。

その194kmの水の旅の終着に近いこの場所で
冬の陽が水面に長く伸びて揺れている。
太陽が川から上って川に沈む日本で唯一の大河。
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ヒトも川の流れのように
ゆらゆらとたなびいて時間を受け止めればいい。






タグ:吉野川 2018
posted by 平井 吉信 at 21:03| Comment(0) | 徳島

2018年02月25日

羽田と徳島を結ぶ空の翼、JALとANAの架け橋 そして夕暮れに見えた富士山


地域の経済政策について二日間の真摯な議論を終えて
羽田から帰路に着いている。
往路は曇りで見えなかったが
復路は天候が回復傾向。

(往路の模様を少し)
徳島空港を出発してすぐ、今切川上空から吉野川河口へと旋回
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羽田へ降りるとスカイマークの機体。
イスカンダル行きがもうすぐ出発のよう。
人類全滅まであと365日。
必ずここへ帰って来てください。
手を振っていますから。
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羽田はしっとりと小雨にたたずむ
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(再び復路の空)
とはいえ、時刻が夕方近くで地上の透明度は高いとは言えない。
けれど富士山が見える可能性に期待して席を取っておいた。
出発からほどなくみなとみらい、江ノ島や酒匂川の河口がかすんで見える。

翼を照らす西日
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機内から眺めて愉しいのは地上の景色だけでなく、雲
ほんのりと薄紅をさして儚げに浮かぶ雲を見ていると
時間がどんどんと過去へ流れていくようで。
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今回も期待できないと思いつつ翼ごしに右前方を見ると…。
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見えた!
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飽きることなく眺め、眺めつつシャッターを押す
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乗務員の方から声をかけてもらった。
「いかがでしたか? 熱心にご覧になっていらっしゃいましたね?」

ぼくの地理好きは小学校の頃に始まっている。
趣味:地図を描くこと、地図を集めること、地図の地形を確かめること―。
おとなになっても乗り物へ乗ると地図好き少年に戻ってしまう。

乗務員さんとは長く雑談を交わした。
のどが乾いたのでおかわりをいただくことにした。
飲み物ととともに差し出されたのは、富士山の写真。
「よろしければお持ち帰りください。お好きなようでしたので」
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彼女の笑顔と富士山の神々しさと絶妙の着陸の三拍子揃った空の旅だった。
(撮影は通信機能のないデジカメで他の乗客のご迷惑にならないよう無音シャッターで撮影)

徳島空港へ降りると夕闇が迫っていた。
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展望台に続く通路にはひな人形が浮かび上がっていた。
春の足音を感じるひな人形を見て
自宅で風呂に入り好きな音楽を聴きながら寝る今宵の過ごし方が浮かんだ。
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追記

徳島空港は長い間、JAS(日本エアシステム)が東京便を運用してきたため
統合先のJALのシングルトラックの時代が長かった。
しかしANAが再び乗り入れてダブルトラックになった。
http://www.tokushima-airport.co.jp/outline/

ぼくはマイルを貯めることよりも
ダブルトラックを維持してもらうために
JALとANAを交互に使うようにしている。
(観光関連の仕事で観光企画のために本社幹部と同行したこともあった)
どちらも応援している。


追記2

今回の出張では先に宿泊を押さえたので使っていないが
知人(県外人)には渋谷のターンテーブルをおすすめして使ってもらった。
写真とともに感想をいただいた。これからに期待したい。
http://www.diykoumuten.com/pressrelease.html
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000251.000010686.html
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2018/01/2018_15166836330818.html

追記3

五輪が終わってあの人が羽田に戻ってくる日とずれていてよかった。
また間違われるところだった。
(まだそのネタで引っ張るの?)
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 23:29| Comment(0) | 徳島

2018年02月07日

雪が舞う四国のJR 


西日本が寒波の到来に凍り付いている。
それでも出張は頻繁にある。
しんしんと雪のなか、朝が来た。
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そして牟岐線の普通列車が滑り込んできた。
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勝浦川も雪化粧
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里山の小川は空を映して凍える
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阿讃山脈を越える頃には盆地は雪に。
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ところが讃岐白鳥に差し掛かる頃には雪が消えてしまったが。

列島は凍り付いてしまった。
猛暑と極寒は温暖化の副産物かもしれない。

特急いしづちはこの車両が好きだ。
シートが良く電源も完備している。
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別のいしづちとすれ違った(台湾仕様だったかな)。
めずらしく東予もうっすら雪化粧。
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事務所の気温は6度。
でも仕事は仕事で。
冬のひとこまとして受け止めている。



タグ:JR 2018
posted by 平井 吉信 at 21:22| Comment(0) | 徳島

2018年01月21日

阿波藍アート 藍のけしき 県立二十一世紀館にて はんなりとたゆたう光になって


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(フジX-T2+XF35mmF1.4 R、XF14mmF2.8 R、フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS。いずれも手持ち)

あかり障子とふすまで区切られた空間がある。
障子の和紙がすずろに明るい。
紙一枚で隔てた「向こう」と「こちら」は
ことさらに区切られてはいない。
けれども、幾重にも空気を閉じ込めた和紙のとばりは
光をはんなりと宿し、
そのときの風に移ろい、
水気を調えながら、
そこはかとなく気配を映し出している。

床の間があり、茶の間が寝間にも広間にもなる
融通無碍の空間、日本家屋。
まず柱を立て、屋根を造って全体が見えた後、
それを分割して「間取り」をする日本家屋は、
ふすまを自由につけ外すことによって、
ひとつの部屋を多目的に使うことができる。
間取りとは、部屋をつくることであると同時に、
時間に応じて間をしつらえることである。
建具で仕切り方を変えるだけで、
晴れの日と普段のくらしが入れ替わる。
 
障子を開けると、縁側が見え、
外の空気が人の気配を伺いながら入ってくる。
それからなじみの顔が縁側に現れる。
四季を取り込み、人を取り込む間取り。
障子やふすま、雨戸といった建具がその微妙な仲立ちをする。
隔てながらつないでいる不思議なやりとり。

夕暮れ時、表で遊んでいた子どもは、
ふと気づいてひとりふたりと消えていく。
昼でも夜でもない時刻、河童に喰われぬうちに家に走って帰る。
玄関戸を開けると、
夕げの支度が整ったことを知らせるおつゆの香りが漂っている。
 
生活様式の変化、洋風化に伴い失ってしまったのは、
家族のつながり、自然との無意識のやりとりかもしれない。

この藍染めの空間展示は
あちらとこちらを分けつつも
はんなりと互いを映す。
足元が見えないほどの暗がりに
光源からの光の粒子もしくは波が
藍染めの布をたゆたう。

時間が揺らぎ
空間があいまいになる。
ブライアン・イーノの環境音楽のような効果音もいい。

あなたもはんなりと漂うときの微粒子になってみる―。

ローランド・リケッツ監修による標記イベントは
2018年1月28日まで(無料)。
https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kyoiku/bunka/5009667

(無味乾燥のプロジェクションマッピングよりずっといい。個人的なつながりの音楽関係者に使途不明のお金をつぎ込んだのは誰の判断? その反面、図書館や通常の文化振興予算を大幅に削減したのは誰の判断? このままうやむやになるか、引責して辞めてしまっても真相はわからない。多くの指標で全国最下位に近い現状でマスコミ受けするパフォーマンスではなくもっと地に足の付いた県政を)



タグ:藍染め 2018
posted by 平井 吉信 at 22:18| Comment(0) | 徳島

2018年01月20日

冬の短編集 大麻比古神社から「田園」へ


産土神社へは元日に足を運んだ。
けれど一宮へはまだ行けていなかった。
夕方近くに時間が取れた日、
大麻比古神社へと参詣。

ご神木を眺める人
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神殿の屋根が淡く照り返す
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静まりかえった池と眼鏡橋
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田園が聴きたくなった。
この光なら、
ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1977年)で。
(賛同してもらえるでしょう)
http://amzn.to/2rngHw9
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 23:47| Comment(0) | 徳島

2018年01月07日

ナガヤという場に集まる人たち


自分の生きる道を自分でつくりたい、と思っている人は多いけれど
どうすればいいかわからない。
そもそもやりたいことが見つからないこともある。

「何を」やるかはもちろん大切でそれは出発点だけれど
「どのように」やるかがもっと大切と思う。

自分の生き方をするために創業・起業という選択肢がある。
けれど人口減少やインターネットでの情報が錯綜しているなか、
組織に所属してやっていくのも個人でやっていくにもリスクの程度に変わりはない。
むしろ時代を読める人にとっては
この時代をかえって絶好の機会と捉えることもできるのではないか。
しかし従来のビジネスの発想(固定費をかけてハードを整備して借入を返済する)ではうまくいかない。

そこで、いまあるものを磨いていくこと、
風土や文化を意識しつつ理念をつくる。
その原点をもとに経営資源を構築していくやり方が最善。

何も新しいことではない。
強みを掘り下げてそれを活かすこと
(ほとんどは本人さえ気付いていない)。
SWOT分析という手法があるが、
これをほんとうに使いこなしている企業は見たことがない。
たいていはマス目をクロスワードパズルのように遊んでいるだけ。

経営も地域も「あるもの探し」から始まる。
そしてそれをいまの時代に照らして再構築する。
温故知新(温故革新)ともいえる。

古い家屋を改修、再生して使うことは
一定の制約があるなかでやっていくことになる。
そこに自由な発想や飛翔が生まれる余地がある。

リノベーションの枠組みを通じて
感度の高い、感性の豊かな、時代を見据えて何かをしようとする人が集まる可能性がある。
(先月、尾道の空き家再生プロジェクトを研究して四国のある自治体に提案したところだった)

古い民家を改修して雑貨屋を始めた人が徳島市内にいることは知っていた。
けれど、山野草の咲く頃や水がぬるむ季節はついつい海山川へ足を運んでしまう。
今回から手作りのお菓子を定期的に出品される方がいると聴いたこともあって
1月6日に足を運んだ。
そして、古い長屋を活かした試みをナガヤプロジェクトと名付けて
管理運営をされている吉田絵美さんとお会いすることができた。
http://nagayaproject.com/


その昔、中学時代は二軒屋駅から
英才教育で知られる私立中学まで歩いて通っていた。
当時バイパスはできたばかりで
狸の巣がありそうな葦原のところどころに民家が集まっているような地区であった。

中学には丸山先生という怖い数学の教師がいた。
3年間で一度も笑ったことはない。
いつもよれよれの灰色のコートを着て(白墨が積もっていた)
プラスチックの指し棒を持って授業を行っていた。
怖い先生で指し棒で机を叩かれると震え上がったものだが
人を理解させるとはこういうことかと納得できる授業だった。
「恩師」「畏敬」という言葉は丸山先生のためにある。

卒業後、クラスメート数人で沖浜にあるご自宅を訪ねたことがある。
哲学者のような暮らしをされていたことが心に残っている。
その後、沖浜地区はバイパスの整備とともに急激に郊外型SCの銀座となった。
あの頃、葦原を倒して秘密基地をつくった思い出も
あのとき辿った通学路も記憶の彼方に行ってしまった。

初めてナガヤに来られる方は、
県南部から来られる人は沖浜のKFCを左折するとわかりやすいのではないか。

仕事の邪魔にならないようと思ったので
吉田さんとは立ち話程度であったが
このプロジェクトを応援したいと思わずにはいられなかった。


小さな起業には競合のない青い海が必要。
そこには市場はないが、社会の目に見えないうねりから小さな泡が生まれることがある。
稼ぐことの難しさを知っている同士、その泡は互いに近い場所にいると相互に成長できる。

成功した大きな泡は小さな泡を育てることに生きがいを覚える。
それは使命共同体という場。
本音でやっていく人生とか、同じ幸福感を持つ場で大きくなっていくことが必要。
生きる動機のベクトルを合わせたら、互いに成長の渦を巻きながら収益につなげたい。

場という考え方がある。
内側と外側、Iターンと地元など場をどうつくるか。
どのタイミングでどんな仕掛けで融合させるかさせないかの管理が難しい。
(移住者を早く溶け込まそうと地元の濃い人間関係に放り込むとほぼ失敗する)
その意味で地元のしがらみもあるけれど
外の風を知って地元を客観的に(愛情を持って)見られるUターンが
仕掛けるのがうまく行きやすい。

場のなかでひとりよがりにならないこと、
ひがみやねたみを生まないための動き方ができるよう
内の誰かが調整を行う。
しかし場を管理することは困難で、ほとんどの地区でできていないように思う。
(美波町の移住コーディネータ小林陽子さんはそれができていらっしゃる)
https://tokushima-iju.jp/interview/414.html

強いていえば、役場や経済団体なども参画する公民連携の任意組織を置いて
小林陽子さんのようなリーダーがいて
全体会議で方針を定め、それに沿って上がってきたプロジェクトを承認し
応援し調整を行う。
それぞれのプロジェクトは、公民連携組織の下部組織に置くという
ゆるやかなオーサライズがいいかもしれない。

場のなかでは生きていくことのメッセージを出し続けること。
そのなかに多様性を大切にするというビジネス生態系がある。
それを稼ぎにつなげるためのサポーター(有償・無償・公的支援のミックス)が必要。
(経営のテクニックや社会の定石で説明しようとする既存勢力(行政、金融機関)の支援が成果につながらない場面が多いのだが)。

2018年のいまは、
震災後に芽生えた幸福を問い直す心の動きや
本音で生きていこうとする生き方が背後にあることを知って
ブランディングやマネジメントを行う必要がある。

ぼくはそのように整理している。
そしてナガヤとは民間が自由に、しかしベクトルあわせを行いながら
場を醸成(管理というニュアンスではなく)できる場所ではないかと。

続く
posted by 平井 吉信 at 13:24| Comment(0) | 徳島

2017年11月04日

文化の森のPJM 人は足早に立ち去っていく


文化の森でプロジェクションマッピングを行っていた。
誰も見に来る人はいなかったが、10分ほど滞在していると
親子連れが1組やってきた。
というより、図書館の帰りに立ち寄ったらしく
ほどなく場を離れた。
もう見慣れてしまったのだろう。

最新の技術は時間とともに色あせていくことが人々の行動から見て取れる。
それでも税金を投入して行われている以上、
多くの人に楽しんでもらえたらと紹介することとした。
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光と音のプログラムは制作者自慢の技術なのだろうが
琴線に触れてこない。
参加者が関われる仕掛け、参加者とともにつくる創作というところは買えるが、
そこに風土の匂いがしない。
(ほんものの滝だったら、半日滞在しても飽きないのに)。

先月見た勝浦町のあかりの里さかもとはこんな感じ。
住民の手作り感がある。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/181290730.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html

虫の声、風のざわめき、遠い国から聞こえてくる足音…
まるで昔話が出現したような錯覚を受ける。


タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 19:14| Comment(0) | 徳島

2017年10月15日

あかりの里さかもと2017


仕事で上勝町を訪れた帰り、夜になった。
今年は見られないと思っていた第4回のイベントだが、
新坂本トンネルを越えると神社の石段に沿って明滅する光が見えてきた。
車を停めて坂道を上り階段の下に出た。
あとは画像で。
→ 詳細は前年のブログ http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html

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明滅する行灯の行列はほのぼのとするものであった。
(ただLEDの照明は残念ながらこのイベントに合っていない)。

第4回を見て感じたことは、
よそでやっている陳腐なプロジェクションマッピングとはちがって
(手作りイベントを数多くやってきたから言うけど、一過性のパフォーマンスは心に残らない。税金を活かせない残念な使い方)
地元の人たちがていねいにつくりあげていること。
そこで思ったのは、やわらなか光を通して
日常の感謝や祈りを込める場となればさらに輝くのではと思った。

「おひなさまの奥座敷」といわれる勝浦町坂本地区は
集落のまとまりがよく、地区のみなさまが一体となって地区を盛り上げようとしている。
祭り以外にも足を運んでさかもとグリーンツーリズムに触れてみては?

動画で見る

タグ:2017 勝浦町
posted by 平井 吉信 at 23:00| Comment(0) | 徳島

2017年10月07日

勝浦川中流の飯谷町 滝のそばの竹林でかぐや姫が光に包まれて生まれた

郷土の愛すべき魑魅魍魎たち、
狸や妖怪が好きなんだろう、この作者は。

そうかもしれません。
暮らしのなかで息づく現象、なにかの気配、
それは風が動きながら鳴らす葉音が
この世ならざる気配を運んでくるのかも。

闇は闇で美しい。
そして闇は光があるから存在がわかる。
光は闇があるから輝きが際立つ。

小松島のルピアからほんの10分で
徳島市飯谷町の勝浦川支流に落ち込む鳴滝がある。
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県道から入ったすぐで標識もあるけれど
ことさら観光という雰囲気はまとっていない。
そんな場所に地元の人たち(飯谷鳴滝会)が
周辺の竹林に灯りを施したと聞いてやってきた。
10月8日、9日もやっているそう。
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2017/10/2017_15073386320773.html

小学校のなかにある杉尾神社の秋祭りが開かれるらしいので、
この二日のほうが人が出るような気がする。
(小学校の校庭に神社があるとは珍しい)

中流の星谷付近(左岸)。土手と河畔林と夏草を見ながら自転車でたどる
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横瀬付近。勝浦川の横瀬立川の鮎は日本一という人もあった。
横瀬付近は子どもがちょっと冒険をしながら川遊びをするのに最高の場所であった。
ダムができる前までは。
正木ダムができてからは大水が出なくなって
河原は草が茂るようになった。
水は濁るようになった。
かつて横瀬立川を流れた冷たいまでの清冽な水は失われている。
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飯谷は勝浦川中流でもっとも狭い峡谷の地形。
勝浦川の流れは勝浦町横瀬でいったん山間部から抜け出して
中流平野を形成するのだが
勝浦町の下流から徳島市飯谷町、小松島市田浦町に抜ける流路は
山間部をえぐるように苦しそうな蛇行をする。
隆起する山をものともせず浸食して流れる先行河川、横谷の地形である。
吉野川の大歩危小歩危や肱川下流もそうではないだろうか。
(ブラタモリファンなら見逃せない地形なのだ)。

台風で水没しそうな飯谷潜水橋。その向こうに飯谷小学校が見える
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特に飯谷小学校前の水衝部は
勝浦川でもっとも深いともいわれ
(15メートル以上?)
親父は「淵の底には洞穴があって渦を巻いている」と聞かされたそう。
または、その洞穴が小松島のほうへ続いているとも。

しかし、飯谷小学校前の深みは少なからず水遊びの犠牲者を出している。
それらの魂を慰めることが必要だろう。

一度勝浦町内の生比奈小学校にご依頼をいただいて
川について授業を行ったことがある。
飯谷小学校では、子ども向けのコンサートを開いたことがある。

この子どもたちは、もう大人になって
力強く未来を歩んでいる(応援している)。
輝実さんは上勝町の若きリーダー、
子育てをしながら遺志を受けついで歩まれている。
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地域に元気をとの願いで地元有志の方が始めたその初日である。
明日は人が多く来ることが予想される。

県道から見えるぼんぼりのような灯り
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竹林の光の帯は銀河となってたゆたい、いのちの誕生を伝える
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かぐや姫の影が見えてくる
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あなたにはかぐや姫の誕生が見えますか?
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竹は伸びるときは1日に1メートルは成長する。生命力の極みの植物。
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.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

それはそうと、勝浦町では
さかもとあかりの里がまもなく始まる。
 → 2016年のさかもとあかりの里

posted by 平井 吉信 at 23:12| Comment(0) | 徳島

2017年10月01日

藍について 徳島と藍 ジャパンブルーと藍色


現在は見る影もないが、かつて全国有数の商都であった徳島市。
それは藍の豪商がいたから。
吉野川の大水が運ぶ土佐水(上流の土佐に降った雨が洪水となるのでこう呼ぶ)が
流域の土地に肥沃な土と、山の栄養分を海にもたらした。
藍の作付はその名残である。

先日の徳島新聞で徳島経済研究所の上席研究員の大谷博さんが書かれていたように
藍染めについての表記がわかりにくい。
それに触れる前に少しだけ藍染めの説明を。

友人の藍染め作家、石井孝明君は藍染めの啓発の資料を作成している。
以下はその引用。

《藍草栽培の年間スケジュール》
3月・・・・・・種まき
4〜5月・・・定植(ていしょく)
6月・・・・・・間(ま)引き、害虫駆除
7月・・・・・・一番刈り
8月・・・・・・二番刈り 
9月から染料づくりがはじまる。
乾燥させた藍草は細かく刻まれ、茎を取り除く
葉を 100日ほどかけて発酵させたものを「すくも」と呼ぶ。

すくもは、藍染めの色素・インジゴを3〜5%(100kg中3〜5kg) ほど含有する。
インジゴは普通の水には溶けないので、藍染めできる液に作りかえる必要がある。
このことを「藍建(あいだて)」、あるいは、単に「建(た)てる」という。
これに熱湯、アルカリ材(灰汁)、ブドウ糖(酒)を加える。
染色可能な状態になれば、
液面が濃い青ムラサキ〜ウルシ色に変わる。
表面には「藍の華(はな)」と呼ばれる泡が現れる。
香りも一気に変わり、目にしみるような発酵臭がしはじめる。

(引用ここまで)

とのことで、染めるまでに数ヶ月を要する。
すくもをつくって染める技法を「灰汁発酵建て」という。
発酵により色が濃く鮮やかになるのが特徴で
本藍染めなどと呼ばれるのはこの技法。

石井君の作品を本人の許可を得て掲載
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これは「空と海」と題してぼくをイメージしてつくってくれたもの
事務所にいつも吊してある。工芸品というよりは空気のような存在。
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県内には藍染め作品を展示販売している場所がいくつかある
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藍染作家の梶本登基子さん
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海陽町の(株)トータスでは、藍の機能性に着目し
手間のかかる無農薬での自家栽培の藍を使った藍染め商品を販売している。
しかも手頃な価格設定である。
(「ガイアの夜明け」でも紹介された)
おだやなか笑みを浮かべた亀田悦子さんのお話しを聞いていると
和んでくる。
https://www.youtube.com/watch?v=WSKk5Z0dy48

このトータスで10年働いて、2017年春から独立してお店を開いたのが
永原レキさん。
海に面したIn Between Bluesと名付けられた店は
仲間とともに改装したもの。
カフェ、藍染め工房(体験もできる)、藍染めサーフボードも販売している。
徳島では藍染めが取り上げられると若い作家ということで
紙面でお目に掛かることが増えている。
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ぼくは空と海だけど永原さんは海と空。ともに共通項はこの人である。
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さて、藍染めの分類については「すくも」(灰汁発酵建て)のみならず
藍の葉の乾燥葉を砕いて発酵させずに藍染めを行う製法(灰汁建て)もある。
色調に違いがあったとしてもそれは好みの範囲。
これらは「藍染め」の表示で良いと思う。
(このやりかたでなければの「原理主義」は業界の衰退を招くと考えている)

それに対し、みやげもの店などで長年にわたって販売されてきた手頃な価格の製品は
化学染料である。
従って、藍染め(天然)、藍染め(化学染料)の二種類の表示がわかりやすいと思う。
藍染めと記しながら化学染料と添えるのは矛盾するようだが
これまでの慣例も認めることで業界からの反発も抑えることができる。
少なくとも天然と化学染料を表示で識別できるようにしておきたい。
(知らない人が外観で見分けるのはむずかしい)
藍染め作家、職人の手仕事に敬意を払いたいから。


追記

徳島県は、7月24日を「藍の日」と定める条例をつくっている。
http://www.pref.tokushima.jp/gikai/honkaigi/jyorei/index10.html
https://style.nikkei.com/article/DGXLZO18785090S7A710C1LA0001?channel=DF220420167266

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なぜ、藍かって?
夕焼けとトマトのあとでは青が恋しくなったでしょう。
posted by 平井 吉信 at 22:36| Comment(0) | 徳島

2017年09月06日

狸の話題でもうひとつ 金長神社(金長大明神)が存続の危機


徳島には狸の伝説がある。
化かされた話があちこちに伝承されている。
眉山で狸火が出る。
ちらほらと炎が山麓で舞う。
狸が遊んでいるんだなと佐古の人たちは思う。
しかし火を手招きしようものなら
遠い山裾の火がたちまち眼前にやってくるという。
(見て見ぬ振りをしなければならないのだ)

もっとも有名なのは小松島の金長狸だ。
(以下は昔話を記憶でたぐり寄せているので正確ではないかもしれないが)
子どもにいじめられていたのを日開野村の商家に助けられて
その家に報いようと護り神になろうと決意。
そのために狸界での高い位を得ようと
四国の総大将、津田の六右衛門のもとに修業に出る。

めきめきと頭角を現す金長に、
六右衛門は娘の鹿子姫の婿にと迎えようとするが
義理を果たしたい金長は固持して小松島に戻る。
このうえもなく良い縁談を断るとは謀反の疑いあり!と
六右衛門は金長を抹殺しようとする。

あらぬ疑いをかけられた金長、
必死に逃げ延びたが、一の子分を殺されてしまった。
互いに憎悪を募らせた両陣営が勝浦川の河原、
右岸と左岸をはさんで陣取った。
いまの徳島市大原町のあたり。
(いまでも狸が出そうな寂しいところである)

合戦が始まり、双方に多数の死傷者が出たらしい。
夜中にけたたましい音が聞こえてきて
翌朝河原に行くとおびただしい狸の死骸が目撃された。

さて、総大将はどうなったか?
六右衛門は金長に討たれたが
金長も六右衛門に噛まれた傷に三日三晩苦しんで落命。
いくさは六右衛門の息子、千住太郎と
金長の一の子分であった藤ノ木寺の鷹の息子が二代目金長を襲名し
弔い合戦に至ったが、屋島の狸の仲裁で平和な狸界に戻った。
https://www.city.komatsushima.tokushima.jp/komatsushima-navi/spots/8102.html
(小松島で金長狸のことを教えてくれと誰かに頼んだら、10人中11人は講談師のように語ってくれますよ。なにせ小学校の必須科目に「国語」「算数」「理科」「社会」「保健・体育」「金長狸」とあるので)

これが映画にもなった阿波狸合戦。
→ 阿波狸合戦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%B3%A2%E7%8B%B8%E5%90%88%E6%88%A6

映画が興行的に成功したので
感謝の意を持って関係者が建立したのが金長神社。

スタジオジブリの平成狸合戦ぽんぽこにも金長は主役として出てくる。
徳島を代表する小松島の銘菓「金長まんじゅう」の物語もそこに由来する。
(ハレルヤ本店はうちの近所にあって、エースをねらえのヒロインによく似た同級生の女の子がいた。ハレルヤでアップルパイとタヌキのケーキを買ってもらえるときは大喜びだった)
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さて、ときは千住太郎と二代目金長が義兄弟の契りを結んで
平和が訪れた阿波狸界から物語が始まる。
それが三田華子の「阿波狸列伝」。

このおもしろさはハリウッドの冒険ものや
大味な魔法使い少年の物語などとは比べられない。
人情の機微、術使い、多彩な登場人物がいきいきと描かれながら
それぞれが物語の大切なひとこまとして進んでいく。
郷土の書店「小山助学館」から出された全3巻は徳島の秘宝だが、現在は入手が難しい。
電子書籍で蘇らないものだろうか?


金長神社は公園内にある(もしくは隣接している)。
タヌキである金長大明神を祀っている。
子どもの頃は、ここに無料の動物園があって
日本猿、孔雀、タヌキなどを見ることができた。
動物がいる囲いの上に上がることもでき、
管理されない自由度が良かった。
ただし無料であったので動物の飼育と維持管理が市の負担となったのだろう。
ずっと昔に動物園は閉鎖され、公園だけとなった。
今では訪れる人もまばらな状況である。

それでもこの公園は人の手で管理されている。
現地を訪れた際、手入れをされていた方に話しかけてみると
近所の女性の方(78歳)でシルバー人材センターの報酬として管理されているらしい。
この日も血圧が高かったが、じっとしておられぬとここに来ていたとのこと。

ここがつぶされてヘリコプターの発着場を含む多目的公園が計画されているらしい。
市でもなんとかここを残せないかと模索しているとも聞く。
しかし都市公園法では神社の設置は認められていないとの解釈で
現状では取り壊さざると得ないようだ。
行政は法令に則って手続きを進めざるを得ないというのは理解できるが
法令はすべての状況を想定して記述しているわけではない。
かといって現状は市民にとってなくてもいい場所のようになっているのも事実。

公園整備には、日赤病院、日峰山と日の峰神社、小神子などとの一体的な関係性を明確にしつつ
防災、レクリエーション/スポーツ、憩いの機能を再編集約することが求められる。
金長神社をどのように位置づけるか(もしくは切り放して存続させるか)も
そのなかで考えていくことになるのだろう。

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金長神社がなくなる前に一度見に来てみては?

追記
こちらは巨大な狸の像。
さて、どこにあるのだろう?
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答えはJR南小松島駅にある観光ステーションで。
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※ブログ中、ほぼほぼ一部不正確な記述がありえる系の可能性とかがなきにしもあらずかもしれないなのでと推察されるような的ですなので(流行語を使いこなすのはむずかしい)。

タグ: 2017 日峰山
posted by 平井 吉信 at 23:29| Comment(0) | 徳島

2017年07月02日

イオンモール徳島 初体験で見えてきたこと


思い切って、覚悟を決めて、
そしてもし帰ってこられなかったときのために
家族への遺言を従えてイオンモールへ行ってきた。

実はなかなか愉しかった。
角を曲がる度、階に上がるたび、新たな局面が目に飛び込んできた。
買いたいモノはなかったけれど、良さそうな店はあった。
(おそらく説明を聞いてどこに何があるかがわかれば数千円は買ってきたと思うけれど
半時間程度の時間内で買い物の意思決定をするという気構え
― 独特の緊張感を持って― 他人やショップの視線にさらさらながら
孤独な放浪をするのは疲れる。
それでもイオンモール初体験をしなければ
1日一桁は訪れてくれているこのブログの読者との約束を守れないから。
(1人か2人はこの記事を読んでくれたらそれでいい。Facebookだと一瞬で60億人に読んでもらえるので惜しことをした)

一通り眺めたあと、迷わずに出口へ戻れた。
スマートフォンを持っている人だったら迷うことはないのだが、あいにく持っていない。
まずはイオンモール歩きアプリをインストールする。
店内は歩きスマートフォンはOK(徳島東警察署承認番号 平29第246584号)なので
ナビに従って右へ左へとコースを辿る。
ときどき持っている端末の頭が蛍のように点滅して
所有者に注意を促す。
この店がおすすめ、という場面なんだろう。
もし、40代県警職員のスマートフォンが
ポルノショップの前で誇らしげに光ったらどうなんだろう。
(イオンには入っていないようでよかったね)

ときどき、ディスプレイになにかが表示されるらしく
某ブランドの前を30代前半の女性が通り過ぎると、
宮崎あおいちゃんが出てきて、
あなたに合うおすすめなどを3秒程度の時間枠で伝えているんだろうな、と想像。
でも、お節介なアプリケーションが
「あなたの年齢とご趣味には、もう少しおとなの雰囲気で生地のしっかりしたH&Mがおすすめです」
などと割り込んでくるんだろうな。
さらに購入者の声、趣味の良く似た人からのリアルタイムの助言があって
これだからイオンモールはやめられないよね。

さらに、その場で買わなくも、ここでお気に入りに登録しておけば
後日インターネットで購入することもできる。
イオンモールはオンラインとオフラインの実験店舗となっている。
スマートフォンに登録されたデビットカードの残高が商品を上回るときは
アラートが表示されて、それでも買い物をするときは
自動的に少額ローンが承認されるしくみ。
(想像とか推察、というのはぼくはスマートフォンを持っておらずこのアプリを試したことがない)

とにかくチラシの裏に見取り図を書きながら探検したので
なんとか入口に戻ってこられた。
ぼくは迷子になっても
この館内では赤外線センサーで「生物」と認識されるが
どこの誰かわからない。
そのために、入口で顔認証の記録を取っていて
出るときに登録するかどうかを聞かれるはず。
その際に属性を入力するのが面倒なので「いいえ」を選択。
「はい」を押していれば1か月有効の500円クーポンが発券されるのだろうけれど
クーポンを納めておくアプリケーションは
AndroidかiPhoneなのでぼくのPHSにはクーポンは登録できない。

(電話機としてしか使わないので。電話機として大切に使いたいので=相手の声から感情やそのときの心の動きを掴みたいので。これまで知り合った人たちのために電話番号を変えたくないので → PHS以外の合理的な選択肢はないでしょう。もし、折りたたみ式で通話がしやすく、音がよく、画面がモノクロで、メールやインターネット機能、ゲーム、アプリ、カメラ機能などが着いていなくて、電池が1週間程度持続して、数字のキーボードが着いているスマートフォンがあったら参考のため教えてください。次の機種の候補にするので)


しかし店はそんなぼくのために
個人情報とクーポン情報が記録されたQRコードを発行してくれる。
発行手数料は初回無料と聞いているが、2回目からは100円となっている。
だったら顔認識で登録したほうがいいかもしれない。
入口までたどり着けそうなので、緊張の糸が解けた。
ほっとしたので、和田乃屋でお菓子をいただいた。

イオンモール徳島初体験は以上です。
都市型の岡山にはすでに行っていたんだけれど。
どこかの駅前にシアトル系女神様コーヒーが開店したときには
徳島県人は驚喜して数時間の行列ができたと聞いていたから行くのを躊躇したんだよ。
とよとみさんのような良い店があるのにね)

VS東京のプロモーションをやるよりも、VS徳島だね。
改革すべきは内側なり!
などと言っていると
「言っている意味がよくわからないというのが正直なところだ」
「そのような指摘はまったく当たらない」などと言われそうで。

都議選の結果が出そうだ。
どの政党がいい悪いではない。
政治に関心を持つことから始めよう、と言いたい。
ほかに適当な人がいない、支持する政党だから―。
無関心が今回の政治の暴走を招いたのだから。
政党はすべて要らないと思っているけれど
ただちに実現できそうもないので
すべての政党からなる連立政権(という表現も不要だが)として
政策と実行力と人物の3要素で選べばいい。
(現閣僚はすべて選ばれなくなってしまうので、政治家以外から補充しないと。そのために議員をもっと増やすこと。兼業が普通で報酬は実費弁償のみとする。四国に100人程度の議員は必要)
しかしその前に中央集権を終わらせるという、大仕事がある。


追記 サードウェイブって?

iPadもMacも持っていないし、コーヒーだけで味わいたいから
(でもThinkPadは歴代使っている。S30からX240まで)
シアトル系は行かないけれど。
では、サードウェイブ系はどう?
確かにスペシャルティーコーヒーを手煎れしているけれど、
メガネをかけていないし、ひげははやしていないし、
スムージーも飲んでいない。
ユニクロは年に1〜2回行くけど、それがぼくが服を買うすべて。
たまに(東京ではなく洋服の)青山へも行く。
スニーカー、Tシャツ、ジーンズさえ持っていないよ(1着も1足も)。
仕事で着るか、海山川で着る機能的な2種類だけあれば足りる。
(冠婚葬祭さえ仕事着を着ていくよ)
モノへの志向がライフスタイルを表すとは思っていないから。
脱消費、ミニマム消費のように見えて
実はものを所有することは好きだから
DLではなく、パッケージ(CD)を買う。LPと合わせて数千枚ある。

安全でおいしい食品を探したり
自分でていねいにつくるけれど
スムージーは飲まないし(青汁は飲むけれど)
有機JASやオーガニックにも興味ないよ。
(でも魚をさばいたり、米を研ぐのは名人級。梅酒や梅干しをつくっているよ。市販品より確実においしい)
脱トレンドで画一的なのがサードウェイブ。
(他人から見たおしゃれ感、充実感を見て欲しい人たちはSNSをやっているけど、ぼくはやっていない)
脱トレンドで稀少なのも社会には必要だと思うから。
(結局ぼくは何に分類されるのだろう?「その他」かな?分類されないほうがいいから)

タグ:菓子 2017
posted by 平井 吉信 at 16:35| Comment(0) | 徳島

2017年04月01日

ふと気付くと 熊谷寺の山門 白い木蓮が咲いていた 


高知県西部の出張からの帰り、
用事があって土成I.Cで降りようとした。
すると、その少し手前で寺の山門があり、
白い花を咲かせているではないか。

ちょっとだけ見ていこう。
人生は未定稿。

急いでいたのでご本尊を拝むことはできなかったが、
寺は熊谷寺(URLはkumatanijiとなっているが、
「くまだにじ」のようだ)とわかった。
外国からのお遍路さんもいるので、kumadani-jiで検索されるよう
Webページのタイトルとリンク先を修正しておいたほうがいいかも。
http://www.88shikokuhenro.jp/tokushima/08kumataniji/

山門の向こう、下っていく道の左に花が見える。
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ぼくは木の花は詳しくない。木蓮ではないのかな。
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堂々と山門の脇で、互いに引き立て合っている。
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暮れゆく田園風景のなかにいた。
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ベートーヴェンの田園が聴きたくなってきた。
この雰囲気だと、ブロムシュテット+ドレスデンがいいかも。
(無為の為といいたくなるような良い仕事をしているね。オーケストラの木質の豊かな響きに浸ってしまおう)
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1977年6月6-9日、ドレスデン・ルカ教会
http://amzn.to/2nKklN4 (←アナログ時代の名盤が1,000円以内で買えるとは)

(フジX-E2+XF35mmF1.4 R、XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS)
タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 18:34| Comment(0) | 徳島

2017年01月29日

和田乃屋に黄花亜麻の季節がやってきた。焼き餅は江戸時代のファストフード

阿波踊り会館からも歩いていけるところの山裾に
天然の滝を取り込む中庭を持つ甘味処が和田乃屋本店
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徳島市内の観光でここに立ち寄らない手はない。
眉山の山麓、大滝山はお城下の保養の地。
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ここには皇室をはじめ、文化人や著名人が立ち寄った。
実は父母もこちらの二階で、滝を眺めながら見合いの茶席を囲んだという。
(それがきっかけでここに文章を書く人間がいるわけで)

しかし和田乃屋さんは気取らない庶民の店だ。
女子高生や近所のおばさんたちが気軽に立ち寄って
焼き餅と抹茶を召し上がっていく。
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その和田乃屋の冬の風物詩といえば
徳島に縁のポルトガル人、モラエスが愛した黄花亜麻
滝を背景に満開となっている。
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冬の海松茶色の山麓に山吹の光がぽっとたたずむ風情、
もち米を伸ばして手で焼いた焼き餅と
抹茶をいただきながら庭を眺めると
癒されたい女性御用達の空間となる。
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滝のやき餅は江戸時代のファストフード、
そして平成のスローフード。
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タグ:2017 和田乃屋
posted by 平井 吉信 at 11:13| Comment(0) | 徳島

2016年12月25日

徳島LEDアート2016 速報 演出ではないほんものに触れてみては?


時間の都合で一部しか回れなかったが、速報として掲載。

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すべてを見ていないので…とお断りしたうえで書き続けるので
読み飛ばしていただいてもいいことだけれど…。

アップルの端末が出回った頃、
指先で画面がスクロールしたり拡大したりすることが不思議だった。
サンダーバードの新作では、至るところでVRとARの接続する場面が画かれている。
https://www.youtube.com/watch?v=b48iqR63zEM

人々は常に新しい刺激を求め、刺激に飽きたら既成の表現になってしまう。
(LED電飾を見て目を留めることがなくなった)
参加者を見ていると、SNS投稿のためだろうか、
現物を見るより先にシャッターを押していて
心のなかに入っていっていない気がする。
もはやLEDやPJMはアートというよりも電光看板と同じ領域に入ってきたような気がする。
(いっそのこと風船にスポンサー名を入れて予算を抑える発想もあったかも)
でも、その方向はデジタルサイネージがたどる道と同じようで虚しい。
(サイネージを一定のルールのもと誰でも参加できる地域のパブリックメディア=迷子犬を探していますなど、地域コミュニケーションツールとして活用する方策があったはずだが、地図と観光情報がセットになったような箱や見たくもない広告を見せる手段としてITゼネコンや広告代理店の飯の種にされてしまった)
今回も個人が創意工夫して出品されている作品に共感できるものがあったような。

これは勝浦町でこの秋に行われたイベント。
現地に行かないで写真だけをお見せしても仕方ないけど、
お時間があれば見てください。感じるものはないでしょうか?
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html


このブログでも紹介しているような
流れとさざなみが一体となって川底を映すほんものの川のきらめき、
夜の森の静寂のなかにきらめく樹間の星座や獣の気配の饒舌さ。
時間とともに色あせていくものとそうでないもの―。
わくわくやどきどきを大切にしたいから。
徳島にはそれがある。
目には見えない自分だけの宝を探しに行ってみては?
(アートは無目的なもの。感動ってそこから生まれる。宝物はそれを見ようとする心のなかに発現するもの。問題提起として書いてみた)
posted by 平井 吉信 at 14:39| Comment(0) | 徳島