2020年06月06日

小松島市長選 何を求める 何ができる 思いつきからプロセスの積みあげ重視へ


明日は小松島市長選。
国政では思いつきのアイデアや政権幹部や経験者の関連会社への利権などにうんざりする。
以前から指摘してきたように政権の目玉事業はその話題性に隠れて
決まり切った企業が受託して事務委託費(中間コスト)に大半が消えていく。
それらが政治家になんらかのかたちで間接的に環流するのだろう。

国政と基礎自治体の政治はやや事情が異なる。
まずは限られた予算と権限のなかで為政を行わなければならない。
しかしすでに支出が固定化されている経常的な支出がある。
平成30年度の小松島市では経常収支比率が99.8%に達していることから
市単独財源ではできうることはきわめて限られる。
(公債費負担比率は同年17.7%と警戒水準を突破している)

いまは2020年。政策としてコロナ禍への対応がある。
(これについては国からの臨時交付金等が降りてくると考えられる)
すでに専門家等からの指摘があるように
数ヶ月単位で収束することはあっても
終息までに2年から5年程度はかかるというのがほとんどの識者の見解。

だから重点施策から「賑わい創出」につながるハード整備やイベント系は消さなければならない。
思い出してほしい。
なぜ徳島県は県内由来の感染者が出ていないのか。
それは全国で唯一中心市街地がない県だからである。
それゆえ人が集まる場所として感染症がマークされてきたのは
郊外の商業施設1〜2箇所のみ。

もしある候補者が賑わいをつくるような政策を並べていたら
ぼくはその政治家の顔をまじまじと見つめる。
「時代が見えていますか?」

企業の経営では強みを活かして(伸ばして)
新たな需要をつくりだす(潜在ニーズの「見える化」や提案)ことが戦略である。
基礎自治体では予算と既得権の制約があるが
強みを抽出して磨き上げる方向は間違っていない。

小松島市の強みは何かというと地勢的な拠点性と考える。
徳島市に近く、勝浦川流域(勝浦町・上勝町)からの日々の流入がある。
その一方で阿南市からもバイパスで結ばれている。
そのため、個性ある事業所は徳島市南部、勝浦川流域、県南部から徳島市へ向かう流れの一部を取り込める。

もっとも重要な拠点は赤十字病院である。
ここには医療関係者、入院患者とその付き添いなど常時2千人が滞在する。
循環器系診療ではかつて四国有数と呼ばれていた。

弱みは企業等の立地場所が限られること、まちなかや主要地区の津波防災対策が求められること、
少子化時代に対応できる持続可能な学校教育の構築である。

このような立地においては生活者の安心安全や利便性を考えて都市設計を行うことで
人口減少はあっても存在意義を示していくことはできる。
(近頃当選した県内の若い市長たちは生活者の存在が見えていないのではないか)

国政では思いつき政治の弊害が誰にも明らかで
市町村長をアイデアで選んではいけない(それを実現して意味があるか、実現する裏付けがあるか)。
前市長に見るように市町村政では専制的な運営がなされやすい。
意思決定のプロセスを構築すること、そこに市民の意見が反映されること、
このことが2020年の小松島市にもっとも必要なこと。

さて、ふたりの候補者はどう応えてくれるのか?
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(夕刻の小松島市中心部を日峰山から)

posted by 平井 吉信 at 16:11| Comment(0) | 徳島

2020年04月29日

阿南市加茂谷地区は移住者の隠れた魅力の地 起業の場所


次郎笈、高の瀬峡を経て流れる北川(那賀川本流)と
海部山系から流れる幾つもの谷が集まる南川、
さらには剣山の南斜面から流れる槍戸川(坂州木頭川)が合流して那賀川となる。
全国有数の雨が多い地域から豊富な水量を集めて海に向けて流れ出した急流は
阿南市に入ると中流の様相となる。
かつては阿南市のなかでも陸の孤島とも呼ばれた地域であるが
いまは移住者がこの地で次々と起業されている。

人気のカフェ ボスコベルさん、
土手の下にある和み工房しげぱんさん、
(しげぱんさんはホンモノ志向の良質のパンをつくられている。端正で温もりのある前庭があるが、この庭はうちの親戚筋の人が施工したらしいということもわかった)
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開業したばかりのイタリアンのリストランテ岡本さんも那賀川沿いの場所に立地している。
ここから少し下流の岩脇地区で1年後でないと予約が取れないフレンチレストランのLOUPを経営している佐竹さんも加茂谷のご出身と聞いたことがある。
つまりは自然環境の豊かな大河の畔で
食生活の本質を見つめつつ生きている人たちの楽園となっている。

また、以前に紹介した縄文時代の遺構加茂宮ノ前遺跡や太龍寺に続く遍路道「かも道」も近くにある。

きょうはそんななかで知られざる名瀑「午尾の滝」へ行ってみた。
場所はリストランテ岡本さんから少々上流を山手に入ったところにある。

滝は深瀬八幡神社の境内からすぐ奥にある。
神社までは急な細い坂道で慣れない人は気を付けて。
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滝は上部の岩から末広がりに落ちてくる。
近い場所からそれを眺められるし水面に降りていくこともできる。
岩肌を滑り落ちて淵をつくる佇まい。
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ここから階段を上がれば新緑のなかに鎮座する深瀬八幡神社。
鬼瓦など細部をみればおもしろい。
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境内にはナガバノタチツボスミレ
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(徳島でのこのスミレはいずれも背が高く立派で見映えがする)

目と鼻の先には川沿いに芝生広場がある。
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東流しようとする那賀川に右岸の城山が立ちはだかって北へと向きを変える。
そのため水が淀む。
そこに支流の熊谷川が城山の南斜面から合流する。
典型的な内水面の氾濫するパターンである。
(上流の加茂谷川との合流点はこれと様相は異なるがやはり内水被害に遭遇する場所である)
写真は南岸堰の堰体
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山が迫る右岸と左岸を最短距離で結ぶ加茂谷潜水橋。
潜水橋とは大水で川に潜る橋のこと。車も通れるが欄干がないのでご注意。
四万十川でおなじみの沈下橋だが、四国にはこのような橋は無数にある。
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対岸には受験の神様、お松権現がある。

紹介した地点はすべてこのなかにある(Google航空写真)
https://www.google.com/maps/@33.9242294,134.5590331,2960m/data=!3m1!1e3

高校の頃、加茂谷の同級生の近藤君の家に自転車で遊びに行ったことがあるが
陸の孤島だなと当時も思ったが
今日ではこの隔絶感(とはいいながら日亜化学から20分程度)は
異なる価値感に立てば、住みやすさ、豊かさはもちろん、
阿南市、小松島市、徳島市南部からも近いので集客の可能な経済圏として
今後脚光を浴びるに違いない。
それが地元中心に起こっているのが他の地区と違う。だから外からの風も入っていける。
(創業をお考えの人は相談してくださいね→無料)

徳島の飲食店経営の方、早々に休業しないでください。
こちらに紹介したお店はリピートする価値がありますよ。
しげぱんさんは、感染症対策を行いつつ営業を続けています。
どれをとっても素材の良さを活かすパンづくりが出色。
カレーパンの本格的な風味はちょっと県内では見られないもの。

県内の飲食店のみなさん、5月は風がさわやかで最適の季節。
どうぞ、感染症予防対策を万全にして営業してください。
そのことを発信してください。

〔参考情報〕
→ コロナ禍の経営危機を乗り切る

→ 飲食店の再開に向けての対策と弁当販売の留意点

→ 飲食店が営業を続ける選択肢を応援したい

posted by 平井 吉信 at 23:32| Comment(0) | 徳島

2020年04月12日

若葉の頃を思い出す桜 牛岐城(阿南市富岡町)


牛岐城は阿南市富岡町のまちを見下ろす丘にあった城である、
14世紀末に細川氏ゆかりの人物によって建造されたとされる。
16世紀の終盤になって長宗我部氏が支配するようになった。
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阿南といえば野球のまち、LEDのまちとして売り出している。
近年は冨岡西高校が21世紀枠で出場して活躍。
その冨西生にとってもなじみの場所。
→ 質実剛健を校風とした県南の進学校、冨西の校歌

かつては阿南駅前にセイドー百貨店があり、エスカレーターで上階まで上がっていった。
富岡の商店街はいまより賑やかで専門店が軒を連ねていた。
うちの親父も鮎釣りに行った帰りに紅葉屋に立ち寄って好きなあんパンを買っていた。
富岡のまちは迷路のように入り組んだ路が特徴で
阿南駅から冨岡西高校までは幾通りものルートがあった。
近年になって牛岐城公園周辺はLEDと桜の植樹で整備された。

この日は阿南市内に所用があって訪れた帰りに牛岐城公園に立ち寄ってみた。
まちなかではあるが、車も置くことができる。
上がり口では親子がのびのびと身体を動かしている。
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公園前には広場があり、そこかららせん状の階段で上がっていく。
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ソメイヨシノは満開を過ぎたところであるが
それでも夕方の光を宿し風を受けて散っていく。
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桜の持つ晴れがましさとその裏に秘めたはかなさは
季節の象徴であるばかりか日本人の共感する対象となっている。
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頂上は展望台となっておりLEDのオブジェが置かれている。
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ところで不思議に思うのはどこに行っても女子学生のグループは見かけるけれど
男子学生のグループは見かけない。なぜかな?

食べたくなるような若葉
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富岡のまちなかの喫茶店に女の子と行った。
ビクターの白木のスピーカーSX-3から妙なる音楽が鳴っていた。
(このときの心象風景が後にビクターのSX-V1,さらには同じ設計者のクリプトンKX-1を買わせたのかもしれない)
まあ、それはともかく若葉のような10代の頃を思い出した。

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牛岐城を振り返ればなつかしい。
もちろん高校の頃の通い慣れた路ではあるけれど
中学のときに訪れた明日香村の天武・持統天皇陵にも重なるのだ。
明日香ののどかな春が来年は来るといいなと願いつつ。

posted by 平井 吉信 at 14:10| Comment(0) | 徳島

2020年02月26日

パンデミックに備えていま確保すべきもの


県内でも感染者が出たというニュース。
この結果に驚きはないし過剰反応をする必要はない。
ただ的確に確実に対応していきたい。
(ただし県の対応は疑問。非常時に国の方針を確認するのではなく現場で判断するべき。危機管理とはそういうもの)

マスクがなくて困っている人もいらっしゃると思うが
感染された人のエチケット用は必須としても
予防用としては意外に優先度は低いと思う。
(ほとんどの人は正しい使い方をされていないように思う。その場合はマスクが感染源となってしまう。ぼくもスーパーへの買い物などではマスクを付けない。すぐに帰宅して手洗いと顔洗いで防げるので。またアルコール噴射はよほど大量でないと気休めになる)。

効果的なのは手洗い、顔洗い。
(アルコール噴射よりもまず洗い流すこと=もっとも有効な感染予防)
そこで必要なのは石けん(個体と液体)。
洗顔用にはシャボン玉の無添加(3個入りで300円台)。
https://www.shabon.com/shop/products/view/3112
安心して使える老舗のブランドである。
常用するのでことさら除菌とか薬用などとうたっていない製品が安心できる。
(シャボン玉石けんは県内のドラッグやディスカウントにはほとんど在庫がある)

手荒い用には大手トイレタリーメーカーではなく
サラヤのシャボグリーンフォームがいい。
ヤシノミ由来で泡切れがはやく節水もできる。
イソプロピルメチルフォノール(殺菌剤)も配合。
詰め替え用2.7リットルを備えておくと安心だし割安。
https://shop.saraya.com/smile/item/23077/
(ただし徳島県内で販売しているのは見たことがない。なるべく地元で買いたいので見かけた人は投稿フォームから情報の共有をしましょう)

詰め替え用なので詰め替え容器が必要となる。
サラヤ純正500ml用を確保したいが、いまは入手困難だろう。
https://shop.saraya.com/smile/item/23074/

そこで大手メーカーの泡フォーム容器を洗って使う。
(うちでは花王でもライオンの容器もうまく行っている。もちろん泡用に限る)

睡眠の確保、不要な人混みに行かない、
慢性期で通院している人は行かない(頻度を下げる)などの対策もお忘れなく。
(慢性期の薬の服用を止める絶好の機会かもしれない)

こんな時期は人々の不安につけ込んで怪しい商品が跋扈する。
首からぶら下げる除菌装置などはその最たるもの。
また特にコロナウィルス用などと銘打たなくても
普通の石けんで十分。こまめに手洗いすることが大切。
(普通の石けんで汚れを落とす際に菌が落ちる。さらに石けんには殺菌効果もあるという。PHの効能だろうか)
https://the360.life/U1301.doit?id=4002
不安は不要、正しい知識と徹底した運用あるのみ。

五輪の中止は経済の損失になる。
(それでも人命には変えられないと思うが)
中止、延期、観客なし運用などいずれであっても
多くの人が準備を進めており
早めに対策を決定しないと
運営資源がムダになってしまう。
(猛暑を避けて秋に延期するのも選択肢と思う)
このまま指をくわえて開催突入、
もしくは年度明けに中止などの措置は避けたい。
関係機関の早期の対応を求めたい。
パンデミックは目の前に来ているのだ。
(人命の尊重を第一に大会の運営資源のロスを低減すること、選手の準備への配慮などを考慮すれば、2月中に意思決定できなければ危機管理は機能していないと思う)。

posted by 平井 吉信 at 10:59| Comment(2) | 徳島

2019年12月22日

お城下のリゾート 大滝山のふもとに黄花亜麻が咲いた

徳島お城下の象徴、眉山の北部界隈を大滝山という。
由緒ある神社仏閣が集まっている区域で
実は徳島市の隠れた観光地ではないかと思っている。
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大滝山は風光明媚な場所でもあり
滝の焼き餅という素朴な菓子を販売する茶店が開いている。
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和田の屋本店は大滝山から流れ落ちる滝が
店の庭を通過していくという立地にある。
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気取らないお店でありながら
つくりものではない風情の持つ落ち着きがいい。
和田の屋さんにはもうひとつ冬の風物詩がある。
それはモラエスも愛したとされる黄花亜麻。
これからが満開を迎えて見頃となる。
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花を目当てに、そして甘味処をいただいて
しばりごゆるりとお過ごしになるのも一興。

(ここは山奥ではなく街なか。阿波おどり会館から歩いて5分程度)
タグ:和田乃屋
posted by 平井 吉信 at 21:55| Comment(0) | 徳島

2019年11月30日

深まる県都 秋が来てまちは沈む


以前にも書いたように四国四県都で徳島市だけが沈滞している。
この沈み込みは尋常ではないように思える。
周辺自治体の商業施設に集客を奪われ、
最後はイオンモールによってとどめをさされた、と思っていたら
ドンキホーテまで出店。
そしてそごう徳島店の撤退決定(2020年夏)。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/186711175.html

そごうが出店しているアミコビルをどのようにするかについて
専門家や企業経営者が地元新聞紙上でコメントしているが
取り壊して別の器を立てるという話が多い。
(現実はそれを行う財源も清算する原資もないのではないか)
その後の活用についてはいずれも我田引水の感じが否めない。

解体するといっても負債を抱えた運営会社はそうはいかないだろう。
かといって商業施設が入ることもないだろう。
現実的には小区画に分けてオフィスビル(一部は飲食や物販を集約する)として
やっていくしかないだろう。

それよりも大切なこと、
市としてどんなまちをつくるのか百年後を見据えたまちづくりを
そのなかから3〜5年でできることを落とし込んでいく。

まずは遠いようでも百年の計を定めて
ときの市長や知事の意向に左右されないまちづくりの礎をつくることだろう。
(知事と市長のやりとりを見ているとどちらも市民のためにお引き取りください、といいたくなる)

百年後を見据えて人の住まいはどうあるべきか?
人口はどのように推移するか?
公共交通の体系はどう整理されていくか?
川によって寸断されている地区をどのように有機的につなげていくか?
その際の役割分担はどうするか?
そして来たるべき南海トラフの災害時への備え(自助共助公助の連携)はどうあるべきか?
(これらをばらばらにやるのではなくひとつの理念で編み上げていく)

まちの将来を考え、未来の人たちへの橋渡しを考えて実践すること、
結局はそれがいま生きる人たちの糧にもなり得るのではないか。
そのための政策誘導、地区の特性、ゾーニングなどの都市政策はどうあるべきか?
公民の連携や巻き込みはどうつくっていくか。

だから未来をつくるためのかけがえのない時間を
つまらぬ面子や思いつきの政策でつぶすのはやめてほしい。
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県庁から市役所までを散策して秋が深まっていくのを感じる。
川と眉山が何かを語ってくれているような。
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(ソニーRX100M7)
タグ:徳島市
posted by 平井 吉信 at 21:49| Comment(0) | 徳島

2019年10月22日

そごう徳島店の上空に彩雲と日暈


そごう徳島店の営業が2020年8月末までとなった。
このニュースは県内を一日で駆け抜けた。

徳島市周辺ではすでに商業床が飽和していると見られる。
だからそごう撤退後に代替となるキーテナントを誘致するのは至難の業。
家賃を下げて不動産管理会社の損失を税金で補てんするのを市民が厭わなければ。

インターネットで買える時代であろうと
百貨店のエスカレータを上がり下りするハレの気分。
どちらかといえば幼少時の思い出は東新町の丸新百貨店のおもちゃ売り場や
食堂で食べるオムライスであったりする。
ときには高松三越と栗林公園というとびきりのハレもあった。
それらの百貨店での晴れがましい気分は
大手SC(イオンモールやゆめタウン、フジグランなど)にはないもの。

百貨店では対面販売による情報提供や助言があるのがいい。
万年筆を買うときは専門店かそごうの文具売場で試し書きをして買っていた。
(もっとも近い購入では神保町の専門店へ足を運んだ)
数少ないブランドもののジャケットもそごうで買った(オンワード樫山系列)。
地下の食品売場はやはりときめくものがある。

いまどき百貨店で買い物をするなんて
情緒的であって合理的でないと言われそうだが
それを否定するならITで管理される社会へとまっしぐら。
(ぼくはスマートフォンを使うことすら抵抗があるのだ)。

いまの時代に車掌の乗っているバスなら乗ってみたい。
JR四国の危機意識が伝えられるが
ぼくは率先してJRに乗るようにしている。
しかし車掌が切符回収までやっている現状では
乗客とのていねいな意思疎通など無理である。

生産性を高めることと人員を投入することが同義語となるような経営。
そのための施策を国が行えるよう知恵を絞りたい。
(合理化、削減、コストダウンを行うと志気が下がり品質が低下し経営が下り坂となることを前社長の時代のマクドナルドが等身大の実験として示してくれた)

これは日本の現場で当たり前のように見られる光景。
特別養護老人施設では決められた時間内に少人数の福祉士が世話をしなければならない。
そこには悲壮感すら漂う。
人の手をかけて事業を行うことの意義がある。
しかしそこには人間への尊厳が同時になければならない。

北海道では花畑牧場や六花亭製菓が北海道から出ようとしないことに
拍手をしている。
それは地元の雇用のためであり
地元の人に愛される製品(都会のスイーツとは異なる価格の相場観)を意識されているからだと思う。
製品の品質感は高いがそれは手が届くもの。

そごう徳島店を見たくなってわずかの時間の隙間に駅前駐車場に車を停めて見ていた。
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西日を受けて立体感を示すクレメントビル。同じことにならなければよいが。
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気がつくと日暈が出ている。
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彩雲も見えた。
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全国の都道府県都で徳島市中心市街地の衰退はおそらくワースト1だろう。
いまの東新町の通行量は人口3万人の高知県四万十市の商店街とほぼ同じだ。
空き地と立地のパズルゲームを市のトップがやっているだけで
そこに数十年後の徳島市をどうすべきかの理念が感じられない。

高知市ではチェントロに続いて県市図書館「オーテピア」、歴史博物館と相次ぎ
高知城、日曜市、ひろめ市場、よさこい情報館と続くまちなみは観光客と市民で賑わっている。

松山市は四国の県都のなかでもっとも商店街、百貨店、市民の連携のソフトが機能している。
(三越と高島屋がL字商店街の末端にある。かたや松山城、かたや交通の結節点の市駅という構造)
ロープウェイ街は地方都市でもっとも地価上昇率が高くなった。
大街道には老舗の間を縫って全国FCと娯楽が林立して残念ではあるが
銀天街までの1kmの道を多くの人が回遊している。
なにより「お城下」(おまち)が好きという人たちがまちをつくっているのだ。
道後温泉をつくった伊佐庭如矢(いさにわ ゆきや)の英断が今日の松山に引き継がれている。
ハードだけではない、と言ったが、消費の媒介に過ぎないカード事業を
地域の価値創造、交換に育てようとする「マチカ」の取り組みは全国最先端である。
https://machica.jp/
交通結節点の松山市駅も思い切った空間整備に出ようとしている。


高松市は中心市街地活性化の予算がもっともつぎ込まれた都市のひとつ。
丸亀町は別の街区に生まれ変わったが、
そこには百年後を見据えたあるべき姿とそれに向かう明確な戦略がある。
なぜ再開発をするのか?と問われたら
市の大半の固定資産税を生み出す地区の資産価値を上げるため、
という明快な答が関係者から返ってくるだろう。

徳島市では、今後数十年のビジョンを提示しそれに沿って行動することが求められる。

そうだ、明日(10/22)からは北海道の物産展だ。
そごうへ行こう、
そごうへ行って数年に1回だけ食べることにしている憧れのお菓子
マルセイバターサンドを買いに行こう。
(ぼくにとって若い頃から、そしていまでも最高のお菓子は不変となっている)

(撮影はソニーRX100M7)
タグ:徳島市
posted by 平井 吉信 at 00:38| Comment(0) | 徳島

2019年09月22日

銀河に旅立つ汽車


ゴダイゴの銀河鉄道999は名曲だけど
子どもの頃は歌えなかった。

親しみやすい旋律なのに
部分的に挿入される難解な半音階と転調、
ミッキー吉野の仕掛ける疾走するアレンジと変化するリズム、
さらりと歌える人は音楽の鋭い耳と表現を持っている。

タケガワユキヒロの角の取れた心地よい声が
旅立つ若者の冒険心と夢をくすぐる。
もともとは英語詩を和訳したもので
サビのパートにはオリジナルの英訳を残したという。

ところかわって、日本で唯一電車が走っていない徳島県。
それでは地元ではJR徳島線、高徳線、牟岐線を走る車両をなんと呼んでいるか?
2019年のいまも「汽車」です。

(例文)
高校入学の初登校日に担任が
「自転車通学の人は? バス通の人? 汽車通の人は?」などど挙手させる。
(都会から赴任してきて「電車通で通学している人?」と尋ねても誰も手を上げないよ)


それでも便数が少なくなかなかお目にかかれないので
線路を眺めながら心のなかで999号を走らせてみる。
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(この鉄橋の上を深夜時刻表にない列車が灯りを消して走っているという目撃例がある。きっと機械の身体にされるためにアンドロメダに向かう幽霊列車だろう)

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(哲朗がトチローの母に助けられて戦士の銃を手渡されたのは大きな衛星を持つこの星だった)

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(機械伯爵がときどき現れてコレクションをみせびらかせるというトレーダー分岐点を密かに撮影した。命がけだった)

「JALジェットストリーム」の城達也のナレーションが響く。
いま万感の想いを込めて汽車がゆく。
JR四国がんばれと
手を振る人に笑顔で応え
さようならスリーナイン―。

タグ:JR
posted by 平井 吉信 at 22:35| Comment(0) | 徳島

2019年09月13日

西日を受けて西を向いた狸は温度が上がるので


仕事が終わったその場から散策する。

巨大なたぬきの像が鎮座する公園にやってきた。
子どもの頃は国鉄小松島駅と隣接する新港公園があった場所。
いつ果てるともなく続く12両編成の列車が通るたび、
人力で踏切を上げ下げするのだ。
いつの時代?と言われそうだが
子どもの頃には蒸気機関車も走っていた。

国鉄小松島線が廃止後に広大な敷地が公園に変わった。
そこに鎮座するのがスタジオジブリの作品の主人公になった金長狸である。
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手を叩くとありがたくも狸の霊能力で滝が落ちてくるとの伝説があるが
この日は現れなかった。

西に傾いた太陽から熱波を浴びている。
彼は西日をまともに受けているので温度が上昇してセンサーが動作しないのだろう。

暑い!という声が公園の散策びとからも漏れてくる。
でも、見上げた空が夏と違うことに気付いた。
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posted by 平井 吉信 at 22:24| Comment(0) | 徳島

2019年09月07日

お地蔵様と池 歴史をひもとく散策(観音寺=徳島市国府町、桜間の池、桜間神社=石井町)


徳島新聞に夜泣き地蔵の伝説の紹介記事が掲載され、その史跡が残る徳島市西部の国府町を訪ねた。
子どもが授かるようにと願をかけて
叶うと小さな地蔵を納める子授け地蔵の風習。
池のなかから鳴き声がして
池をさらって出てきた子どもの夜泣きに効果がある夜泣き地蔵。
これらの情報が交錯して
その地蔵様がどこにあるのかインターネットでも情報は得られない。
そこで目星を付けて実地踏査を行った。

鮎喰川の土手下にある地蔵尊
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確かに小さな地蔵が安置されている。子授かり地蔵かもしれない
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続いて旧道を辿って観音寺へ
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気温は35度ぐらいだが、暑さにめげずに巡礼される方が次々と訪れる 
ぼくもがらにもなく般若心経を読経(自宅の仏壇ではやっているけれど外では読まない)
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観音寺だが境内には地蔵様が何体も
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愛しまれている子どものよう
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夜泣き地蔵は古から多くの女性たちがさすることでお顔が摩滅している
子どもを思う親心、子育ての苦しみから逃れたいと思いつつもここに足を運んだ女性たち
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子どもが大切にされる社会でありたいもの。

観音寺をあとに北西へ向かうと田んぼに地蔵が見えてくる
徳島市国府町から石井町にかけては吉野川の氾濫原だったことで
洪水痕跡を記して戒めとするともに子孫の無事を願う高地蔵が祀られている
この地蔵も外の輪郭は原形をとどめないほど風化している
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地蔵から指呼の間に池が見えてきた
舌洗いの池という
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義経が上陸して平家倒幕へ北進する際に馬に水を飲ませたという
その際に井戸の名を尋ねて「勝間の井」と地元の人が答えた。
これを聞いて義経は縁起がいいと喜んだという
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もともとはここから下手の村々の水源であり
水神、弁財天、観音の神々が祀られている
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鮎喰川の伏流水が湧き出す池は地域の憩いの場となっている
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ここから北西へ上がると県道徳島鴨島線がある。
国府町から石井町に入ったあたりで飯尾川に面した桜間の池というのがある。
鎌倉時代には鏡のような静けさをたたえた池として風光明媚な場所であったという。
江戸時代の徳島藩蜂須賀家の何代目かが顕彰のために巨岩を運んで整地した。
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国土地理院の地図を見れば、飯尾川との関連が一目で分かる(実際に神社のすぐ北を流れている)。
地形的には鮎喰川に合流する飯尾川、第十堰南岸に注ぐ神宮入江川、それに江川は吉野川の分流(河跡)であることが明らか。
当時は飯尾川に蕩蕩と水が流れて飯尾川と一体となった池であり
飯尾川の分流が膨らんだ地形ではなかったのだろうか。
今日の桜間の池は直径5メートル程度の小さな池である。
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桜間神社のご祭神は木花開耶姫命である
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飯尾川からみればこんもりと盛り上がった地形が古墳のように見える。
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国府と石井は一体となった吉野川洪水地帯であり
田畑に点在する地蔵と川が流れた痕跡の上に今日の集落がある。
交通の要衝となっている国道、県道を一歩入れば別の世界が待っている。
タグ:神社 第十堰
posted by 平井 吉信 at 14:47| Comment(0) | 徳島

2019年08月23日

夏の夜 おだやかな経営を求めて 幸福な経営について考える全10回の場

元号「令和」の考案者とされる中西進さんは89歳の現在も現役の研究者である。
ぼくも万葉集が好きでこのブログでもたびたび触れている。
だから明日香村へはたびたび足を運んでいる古墳にも関心が深い。
中西先生の著作も2冊購入している。

万葉集の研究者の第一人者であるとともに、
アカデミックな分野での地位と名誉の数々を得ていらっしゃるが
ご本人は気さくなお方のようにお見受けする。

なによりも万葉集の普及啓発のために各地で開いた勉強会は
昭和から始まって令和にまで達する。
いまなお新作の著書が旺盛に発刊されている。
人々を幸せにすることでご本人も幸福な人生を歩まれている。
中西先生のご健勝をお慶び申し上げるばかりである。

★ ☆

ぼくは10代の頃、誓ったことがある。
それは百歳まで現役でやっていきたいということ。

お金には執着しないが、
自分のやりたいことをやっていれば
自ずとお金は入ってくる。
だから年金2千万円問題も個人的には頓着しない。

☆ ★ ☆

8月26日(月)から小松島商工会議所で始まる塾では
第1回のテーマが「幸福を見つめて〜 80 歳まで続けられる経営〜」

今日の経営と生きるテーマを扱っていて
最新のマーケティングやマネジメントを扱いつつ
中小企業・小規模事業者のために簡潔にお伝えしていこうと考えている。
座学が1時間に、グループでの意見交換の楽しいひととき。

月曜日朝の申込も有効なので以下の項目を添えて
小松島商工会議所までどうぞ。(受講料無料)
小松島商工会議所(小松島市小松島町字新港36)
電話0885-32-3533
fax0885-32-0008
cci-bansou@komatsushima.ne.jp


(申込者)
住     所
事 業 所 名
氏     名
連 絡 先(電話)
連絡先(メール)


カリキュラムはこちらから。
2019koma_lec02.pdf
posted by 平井 吉信 at 22:51| Comment(0) | 徳島

2019年07月15日

初夏の日、立ち寄るともなく立ち止まった場所


大宮八幡神社(佐那河内村)
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大川原高原の紫陽花(佐那河内村)
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川島潜水橋(川島町)
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posted by 平井 吉信 at 22:18| Comment(0) | 徳島

2019年03月27日

冨岡西高校 よかったね

2019年3月26日、
冨西の試合があるというのに
県外出張が先に決まっていて
試合を見ることができない。

池田高校が活躍した時代からその兆候はあったが
高校野球は良い選手を集められる私立高校が優位となっている。
(甲子園で勝つことは格好の宣伝となる)
その傾向が顕著になればなるほど
公立高校の進学校で地元の生徒が通う学校が
甲子園で勝つことが難しくなっている。

21世紀枠とはいえ
初出場となったことで野球のまち阿南は盛り上がっている。
冨岡西高校(通称「冨西」)は創立122年の伝統校で著名人も多く
校風は質実剛健で卒業生は25千人を数える。

あいにく映像は見られなかったがラジオの実況で状況は伝わってきた。
2回の攻撃の前だったか校歌が流れた。
ベートーヴェンの音楽にも通じる胸弾む校歌である。
同点になった6回は球場が冨西一色となったような雰囲気すら感じられた。
http://tomiokanishi-hs.tokushima-ec.ed.jp/%E6%A0%A1%E6%AD%8C%E3%83%BB%E6%A0%A1%E7%AB%A0/

試合は1対3で敗れはしたが、見ていて悔しい気持ちはない。
むしろすがすがしいぐらい。
勝ち負け以上に大切なことを体験できたという潔さが選手には感じられた。

頭を使わず号令があれば猪突猛進するのが体育会系。
ところが冨西はノーサインで選手が考えながら野球を進めるというのだ。

一人ひとりが考えて考え抜いて(アイコンタクトすら取らずに)
一球ごとに訪れる「この状況でいますべきこと」をチームで創造していく作業。
それはスポーツを越えて芸術とか即興とか、光の速さでの以心伝心というか、
すがすがしい時間をつくりあげていた。
そのことを指摘する好記事があった。
https://number.bunshun.jp/articles/-/838795


傍観者、長いものに巻かれる、他人に不寛容、評論家のような人たちが多くなった時代に
自分のこととして捉えて(プレーヤーとして)
身の回りの人と意思疎通を図りながら
責任を持って未来をつくる意思を込めた。
いまの時代にもっとも必要なことがぎゅっとこの試合に詰まっていた。

母校に戻ったら春の日射しに桑野川の水面が輝いていたことだろう。
あの校歌のように。

琴江はきよく せゝらぎて  桜ふぶきの 風香る
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(琴江=桑野川の古称)

追記
翌日の新聞記事でわかったことだが
バッテリーは小学校から組んでいること、
3回の攻撃で右打ちの打者が左打席に入って
その後本来の右打席に戻ったが
これは仲間の緊張をほぐすためだったという。

初出場校が甲子園の舞台で大観衆(及びテレビ放映)を前に
こんなことを考えられる冷静さ、のびやかさ。
実にいいではないか。

posted by 平井 吉信 at 23:17| Comment(0) | 徳島

2019年03月21日

太陽が西に傾いても磯遊び 海渡る風ぬるむ大砂海岸(海南町)

することがないことが贅沢といえるといい。
でも、それはすることがないことに「退屈」しているのではなく
することがないことを「楽しめる」こと。

ここは海南町の大砂海岸。
徳島県内でも屈指の透明度を誇る渚。
かつて淡水であれば飲める、
という水質検査結果が出たこともあった。
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何もすることがないヒトにおすすめの場所。
駐車場が海岸とほぼ同じ高さにあって
トイレが完備していて
ここで弁当やパンを持ってきて
好きな飲み物を煎れて
(V60ドリッパーで手入れするのもよし)
野外用のアルミの椅子と机を置いて
本を見ながら眠たくなったらそのまま目を閉じて
潮騒と潮風に浸るだけ。

考えてみれば徳島に大砂海岸がなければ
移住してしまうかもしれない、という
宝物級の場所なのだけど
ここもあまり知られていない。

大潮の引き潮かもしれない。
普段は海中の岩の上を沖まで歩く。そこから砂浜を振り返る
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良質の海藻が岩に付着している 水の透明度が高いことが一目でわかる
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潮だまりには小魚やらウニ(ガンガゼ)やら海藻やら
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ハマダイコンは春の海辺の風物詩
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若いふたりの落書きは青い春の証し
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波打ち際に銀河のようにあらわれる貝のみち
近づいてみると無数の貝殻の集まり
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浜に打ち上げられた海藻やら波打ち際のおだやかな表情やら
そろそろ浜節句の季節、アンロクの酢みそ合えやら桜餅やら
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渚にいると普段考えないことも考えてみる。
県知事選だから県政について考えてみた。

観光の魅力度が全国最下位、
人口あたりの宿泊者数が全国最低、
糖尿病の罹患率が全国一などの注目すべき指標がある。
これらを改善しようと思ったら
課題の本質を見極めて
本質的な課題、つまり解くべき論点を間違えないこと。

非日常的なパフォーマンスの予算ではなく
日常の暮らしの質を高めていけば自ずと県民生活は向上する。
例えばトップの号令で1つか2つに集中している文化イベント予算を削減して
県立図書館の蔵書の充実や司書の待遇改善に回す。
良質の人材を確保できたら(もしくは既存の人材の志気を高められたら)
お金をさほどかけずとも
良質の蔵書が揃い魅力的な企画が上がってくるはず。

食の宝庫徳島であるから糖尿病が高いのは仕方がない、ではなく
健康な人(例えば健康保険の使用が少ない人)にはインセンティブを行う。
(例えば半額を県が補助するなど)
実際に霞ヶ関周辺を見聞している立場からみると
消費者庁の移転など我田引水の地域エゴイズムのように映る。
それよりも国の施策でおかしいときに県が異論を唱えられること、
「うちの県では地域振興券をやりません」
「軽減税率は事業所の負担が大きすぎるのでやりません」
(国税だから県が口出しできないではなく姿勢を打ち出して問題提起を行う)
逆に国が躊躇している良い施策があれば県が率先してやる。
そんなことが可能になれば
良質の移住者が増え、健康に気を配る人の割合が増加し
盛り上がった内需を経済で循環させることができ
地元の日常の魅力が上がれば観光客も地元をまるごと体験したくなる。

そのような施策は決して華々しいものではなく
むしろ現場に権限委譲して裁量を認めてやりがいを引き出すなかで
(KPIやPDCAサイクルは上を納得させる鉛筆のなめかたでしかないので撤廃)
当たり前のことを当たり前のように地道に積みあげていくことではないのだろうか。
同じ施策をやっているのに成果が違う、ということができうるのではないか。
(日本マクドナルドのカサノバ社長を見ているとそれが徳島県庁にも当てはまると思う)

議会との間には緊張関係をつくるために
不偏不党を前提に政策をめぐる議論をすべて公開して太陽の下で検討を進める。
(いまの県議会は機能していない。存在していなくても県民生活には影響がない)
それだと知事が議会の集中砲火を浴びるのでは?
それも含めて県民に判断してもらえればいい。

大きな変革はダメ。
資源(ヒト、モノ、カネ、ノウハウ)を動かすとき
そこに必ずロス(間接経費の増大、時間の浪費、ノウハウの欠如による失敗)が増えて
志気の低下が起こる。

前例踏襲のままでよいか?
それも違う。
まずは大きな理念を掲げよう。
その理念の下、経済政策やら少子化対策やら個々の課題を編み込んでいく。
例えば、この県の強み弱みを俯瞰するとき
県民の日常の暮らしの質を高めることがもっとも本質的な課題(すべてにきいてくる論点)
として理念に掲げたら
産業政策も農業政策も福祉政策も観光政策もすべてそのモノサシを行動基準とする。
政策が目に見えない一本の糸で結ばれるようになると
そこに同じ金額で同じ事をしても政策効果が上がるようになるのではないか。
個別の政策のアイデアよりも政策を編み込むモノサシ(価値判断)を据えること。
それが県政をよくする一歩。
(いまの徳島市政がもっとも欠けていること)

良い未来をつくりたいのなら
住民も政治家もエゴを捨ててどんな未来をつくりたいか
(そこに政党もイデオロギーも選挙区対策も要らない)
その1点だけが動機となるようなことはできないものか。
(だから候補者が何をしてくれるのかではなく、県民として何がしたいか、できるかを問い直すことが大切)
posted by 平井 吉信 at 22:12| Comment(0) | 徳島

縄文時代の加茂宮ノ前遺跡(阿南市)の発掘

フェリーを乗り継いで屋久島に渡って縄文杉を見に行ったことがある。
東北を見聞しながら三内丸山遺跡を訪れたことがある。
岡本太郎が撮影した縄文土器の鋭い造形に見入ったことがある。
日本列島でもっともいい時代と思えるし
もしかしたら人類史のなかでも最良の時代(住まい)だったのではないかとも。

那賀川中流域の阿南市加茂谷地区に縄文の遺跡があり
発掘作業のあと埋め戻される前に公開されるときいて
忙中閑を見つけてやってきた。

那賀川の河原からそう遠くない場所で水利に恵まれた場所だが
洪水に遭遇しそうな場所でもある。
当時は河床が低かったのか、それとも流路が少し違っていたのかわからないが
なぜこの地に居住を定めたのか、現地を踏んでみないとわからないと思った。

縄文時代、縄文文化といっても幅が広い。
国立歴史民俗博物館の山田康弘さんは次のように定義する。
「土器の出現から灌漑水田稲作が開始されるまでの日本列島において、狩猟・採集・漁労を主な生業とし、さまざまな動植物を利用し、土器や弓矢を使い、本格的な定住生活を始めた人々が残した日本列島各地における文化群の総称である」。
その年代も旧石器時代のあとを受けて1万6500年前から
3000年~2500年前までの時代とされるから1万年以上の長さがある。
しかも地域的な多様性と交易があったという。
縄文時代の研究はここ数年で深化している。
最新の知見ということで
2019年1月に講談社から発刊されたこの本をおすすめしたい。
(ぼくは電子書籍版で購入)



縄文の女神、ヴィーナスとも呼ばれるこの土偶もたまらない
https://www.city.chino.lg.jp/site/togariishi/1755.html
https://www.youtube.com/watch?v=07kak67VMdw

さて、臨時駐車場から発掘現場まで歩いて10分で到着。
すでに多くの人が来訪されている。
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「縄文時代後期の集落跡から、石杵と石臼計300点以上のほか、表面に水銀朱が塗られた耳飾りや土器など計700点以上も見つかった」(朝日新聞デジタル記事から引用)とのこと。
朱とは血の色と見立ててそこから儀式の意味付けもできるような気がする。

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地元に縄文の息吹があったということは古くから人が四国東部に住んでいたということ。
縄文人も春の甲子園を応援してくれている、と考えて
2019年春に21世紀枠で出場が決まった冨岡西高校野球部の活躍を祈ります。
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posted by 平井 吉信 at 11:12| Comment(0) | 徳島

2019年02月02日

吉野川橋 黄昏


鳴門方面へ行くとき、かつてこの橋しかなかった時代があった。
昭和30年代には川面から水陸両用機が発着していたらしい。
平成も終わろうとする2019年の冬、
人々の暮らしを見つめてきた流れとそこに架かる橋。

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タグ:吉野川
posted by 平井 吉信 at 19:11| Comment(0) | 徳島

2018年12月03日

ゆこうの季節 絞って飲んであったまって 柿と合わせれば上質の口溶け 


ゆこうだいだいゆずの自然交配種、
上勝町を中心に那賀郡、海部郡の一部に存在する。
地元のぽん酢には欠かせない果汁。
すだち、ゆず、ゆこうはそれぞれ個性がある。
すだちとゆずは果汁というより果皮に特徴を感じるが
ゆこうは果皮というよりは果汁に魅力がある。
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コ島を代表する香酸柑橘(こうさんかんきつ)三姉妹を例えると
おっとりと知的な姉は上品でくせがないおいしさで長女の風格の「ゆこう」、
明るい笑顔をふりまく個性的な性質で周囲を自分に染めていく次女の「ゆず」、
きりりと小顔だが小気味のよい口調で相手をさわやかな笑顔に巻き込む三女の「すだち」。
この三種をブレンドしてつくるのがコ島の酢飯。

11月頃から勝浦郡の直売所でゆこうの生果が並ぶようになる。
買ってから少し熟成をさせて数日前に初絞りを飲んでみた。
熱っぽいのに出張が続く日々にどうしても身体が欲しがった感じ。

まるごとていねいに水洗いして適当に切り分けて
絞り器にかける。
それを湯で割って蜂蜜を入れるのが冬の風物詩。
身体が温まるし風邪の菌が死ぬような感覚がある。
(ゆこうに優れた機能性があるのは体感的に間違いない。研究機関で明らかにしてくれるとうれしいのだが)
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今年はさらに変わった商品と合わせてみた。
手元にあるのは柿とゆこうのコンフィチュール
素材は、柿、ゆこう、砂糖、洋酒である。
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韓国ドラマが流行した頃、
NHKで「宮廷女官チャングムの誓い」というドラマがあって
主演のイ・ヨンエの清純さが話題となった。
その少女時代、先生が料理の授業で生徒に味見させて
甘みを何で付けたかを当てさせる場面があった。
誰も答えられないなかで
主人公のチャングムが「柿でございます」と答えて
料理の先生を驚かせる場面があった。

柿は砂糖の代わりに使える上質の甘みである。
その柿をゆこうと使う作り手の感性に驚いた。

ゆこうの特性に注目して取り組んでいる人たちが県内には数人いる。
味匠「濱喜久」の濱田利宏さんもそのひとりで
ゆこうドレッシング、ゆこうちり酢は出色のできばえである。
さしみをちり酢でいただくと、普段使っている醤油が白身魚の魅力を邪魔しているとわかる。
なでるようにちり酢をつけて口に放り込むと素材そのままでは感じにくかった良さが抽出される。
素材を活かすゆこうの特徴を初めて商品化されたと言って過言でない。
お店で手に入るので調味料としてご紹介したい。
(濱喜久さんの大将は気取らないけど地元素材への愛情が感じられるよね)
【濱喜久オリジナル】ゆこうドレッシング 1本 500円(税抜)
【濱喜久オリジナル】ゆこうちり酢(白ポンズ)1本 500円(税抜)

→ おみやげ用として購入できる
→ ブログで紹介されている https://yoko-leaf.blog.so-net.ne.jp/2015-02-03

ゆこうはゆずと違って独特の色がなく
透明感のある酸味とまろやかな果汁感がまったり感と鮮烈感を併せ持つ。
ゆこうそのものがおいしいだけにゆこうを活かすのは少々難しい。
ゆずだと誰がどんなものをつくっても風味がわかりやすく、
ゆずを活かしているねということになる。
(裏を返せばゆずの個性が相方よりも目立つ)

ところがゆこうは相手を活かす風味の透明感とまろやかさがある。
これと組み合わせてうまくいくのは実は難しい。
その素材をビスコッティにしておいしいものをつくりあげた人が
今度はコンフィチュールにしてみたのだから
季節の素材をどう料理しているかがゆこうファンなら気になる。

パンやヨーグルトにかけてもいいが
まずはそのまま味わってみるのがいい。
包み込むような果実感のあるまあるい酸味が溶けていく
その一瞬一瞬が愛おしい。
おそらくゆこうをもっとも活かした食品(菓子)になっただろう。
決め手は熟れた柿と組み合わせた点にあると思う。
この商品は旬の果実を使うhowattoさんの方針で数日しか販売されない。
次回の販売(12/7)が今年最後の機会となりそうとのことである。

そんな貴重な食材を大胆にもゆこう果汁の湯割にも入れて見たのだ。
するとまろやかさとおいしさがゆこう果汁をひっそう引き立てる。
いつもは蜂蜜だけど、メープルシロップも少量入れている。

感じたことは
やさしい風味なので湯割りに混ぜずに、
やはりスプーンでそのままスイーツとして食べるのがいい。
柿の上品な甘みはゆこうのおいしさを邪魔せず
ゆこうの酸味は柿に足りない快感をもたらす。

ゆこうの季節、コ島でしか入手できないこの果実を果汁として味わえれば
地元の風土が近寄ってくるのでは?

ゆこうを飲めば、これ以上の飲み物は要らないと思えてくる。
おいしいのは当たり前だけど
それ以上にこの包まれる安心感、心地よさ、ひだまりのなかで感じる酸味の輝きというか。
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追記
チャングムが肉の下味を柿と言い当てる名場面は第5回。
https://terutell.at.webry.info/200702/article_2.html
料理の真髄を突いていると思いながら見ていたな。
posted by 平井 吉信 at 00:11| Comment(0) | 徳島

2018年11月26日

阿波狸合戦のあった勝浦川下流の散策(徳島市南部の論田、大原、小松島市江田地区)


ときは江戸の末期、天保年間に遡る。
小松島は日開野(ひがいの)で染め物を商う大和屋の茂右衛門は
子どもにいじめられていたタヌキを助けた。
それ以来、タヌキは大和屋の護り神となった。
タヌキの名は金長という。
(茂右衛門は実在の人物で子孫も健在)
金長は、阿波狸合戦の主人公であり、
スタジオジブリの平成狸合戦ぽんぽこにも出てくる。

コ島は津田の六右衛門のもとで修行を重ねて成就の後、
小松島の主人の下に帰ろうとする金長を
師匠の六右衛門が娘婿にと見込んで呼び止めたが、
大和屋への恩義を果たしたい金長は義理を尽くして辞する。
これを謀反と受け止めた六右衛門は奇襲をかけるが
金長の一の子分、藤樹寺の大鷹の犠牲で金長はいのちからがら日開野へ逃げ帰る。
金長に思いを寄せていた六右衛門の娘、鹿の子姫は悲しんで身を投げて父の行動を諫めた。

やがて娘の自死を悲しむ津田方(六右衛門一派)と
合戦を受けて立つ覚悟の日開野方(金長一派)が勝浦川の下流で激突する。
阿波の狸合戦と後生に知られる戦いは三日三晩続き、
付近の河原には無数のタヌキの屍が転がっていたという。
(住民の目撃談)
金長は六右衛門を討ち取ったが
自身も六右衛門に切られて瀕死の重傷で苦しみながら死んだ。
その後を継いだ大鷹の息子の小鷹が二代目金長を襲名、
津田方は六右衛門の子息、千住太郎を据えて弔い合戦というときに
屋島の八毛狸の仲裁で和解した。
再び平和を取り戻した阿波狸界だが、やがて暗雲が垂れ込めることになる。
そこから始まるのが後述の三田華子の阿波狸列伝である。


ぼくも父もタヌキに化かされた実体験がある。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html
それは昭和の終わり頃から平成にかけての話である。
とにかくコ島には狸をめぐる無数の民話が存在する。

「阿波狸列伝」(全3巻)を読めば
ハリーポッターやスターウォーズが表面的な大味の物語に見えてくる。
そこには人情や意地、人の生き方や哲学、陰陽の呼吸や風土と一体となった冒険譚が繰り広げられる。
(以前から電子書籍で復刻してもらえないものだろうかと繰り返し書いている)

今回は近場にして足をほとんど踏み入れていない
阿波狸合戦のあった地区へをご紹介。
ところは徳島市の旧国道55号線沿線の論田町から大原町、
小松島市の江田町にかけての勝浦川三角州。

この地区には車を停めるところが皆無である。
そこで江田の潜水橋の左岸に数台置ける広さの河川敷があるので
そこに停めるのがいいだろう。
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江田の潜水橋を左岸から右岸に渡ることにする。
(川は下流を向いて左手を左岸、右手を右岸という)
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右岸には分派流があって小川の風情を醸し出す
誰かが釣りをしている。北海道の原野を流れる川に見えなくもない。
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何を釣っているのだろう。
淡水魚研究家か、タナゴやカワムツ釣りのような通の釣りかもしれない。

河原の花にも目をとめる。
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土手から見えた木造家屋。
ベランダがいい。
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分派流は大原の崖にぶつかって淵をつくる。
さっきの浅い小川とは思えない深淵。
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誰が放流したかブラックバス。
釣りきって欲しい。
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川沿いに神社がある(蛭子神社)。
このあたりから自転車専用道が旧国道に架かる勝浦浜橋まで続く。
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江田の堰は潮止めとなっている。
ここは汽水域である。
背後に見えるのは江田の潜水橋。
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(レンズ遊びでフジのデジカメにミノルタのフィルム一眼用のレンズ(1980年代発売newMD85mmF2)を付ける)。

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勝浦川最下流に架かる野神潜水橋。
道幅は狭く大型車は躊躇するだろう。
ところが人も自転車も車も意外に通っているのだ。
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さらに下流へ移動すると野神潜水橋と江田潜水橋が同じ視野に見られる。
(ミノルタ85oで撮影)
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阿波の狸合戦があったのはこのあたりの河原ではないだろうか。
勝浦浜橋だと水深がありすぎて狸が渡れないからだ。
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さらに下流へ土手を歩いて行くと寺が目に入った。
土手を降りて見ると身代わり観音で知られる真言宗耕福寺という。
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耕福寺からは土手に戻らず土手の下の集落を歩く。
道幅は狭く車での撮影はできない。
すると曲線を描いたみごとな石積みの壁が見えてきた
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これは、おとめ石を積んだものといわれる。
おとめ石とは「乙女石」ではなく
コ島藩主が採取を禁じた「お止め石」とのこと。
https://www.city.tokushima.tokushima.jp/kankou/shimin_isan/city/032.html
良質の石は勝浦川河口の南部の大神子海岸で採れた。
明治になって解禁されてから地元の名士が建てたものだろう。

周辺はデザイナーが建てたような瀟洒な一戸建ても目に付き
新旧が対照的だ。
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花を育てる人も多い
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徳島市内の人口が密集しているとは思えないのどかな風景
穴場のような非日常感ある住まいだが、
実は旧国道まで指呼の間にある。
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蛭子神社を過ぎれば再び江田潜水橋。
勝浦川下流に位置する徳島市南部の地区はのどかで
住宅に行き届いた配慮を持つ人が多く住む土地である。
この地で200年近く前にあった狸の合戦や
殿様のおふれに思いをはせながら歩いてみると
半日の時間が短く感じられることだろう。
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タグ: 徳島市 2018
posted by 平井 吉信 at 23:18| Comment(0) | 徳島

2018年10月16日

徳島の魅力は全国2位


今朝の徳島新聞に都道府県の魅力度ランキングで
徳島県が最下位から2番目という調査結果だったと伝えた。
(否定せずに受け止めたらいいと思うよ)
(言い換えればモノサシをひっくり返せば全国2位になる)

ところが幸福度1位の福井県はというと39位。
住んでいる人の満足度とは違うことがわかる。
ハレとケでいう、ハレの観光地は上位に行くけれど
住んで良い県(ケの良さ)は下位にランクされている、と見ることもできる。

非日常ではなく日常が良いとは
このブログでも伝わっているように
・川の良さ(地球の水循環と物質の循環、それに寄り添う人々の暮らし)
・ミネラル豊富な土から採れる野菜や米、果実
・瀬戸内、大河の吐き出す紀伊水道、太平洋の3水域の水産物
→ とにかく食材の宝庫
・京阪神へのアクセスの良さ
・女性が元気
(VS東京とはこれらを無視して東京の価値観と対峙しようとしているように見えてしまう。それで行くとワースト2位が順当な県)

でもいまの地域のブランディングって
日常の暮らしの良さを地道に伝えることだし
それを体験を通じて共感につなげていけば良いこと。
(調査結果は間違っていないと思うけど、この調査会社は地域のブランディングのことがわかっていないね)

このブログはこれまでに
徳島を中心に四国の話題を848本投稿している。
仕事と遊びが重なりあいながら
充実した日々を過ごしていることが伝わると思うけど。
(毎日やりたいことだらけで時間がいくらあっても足りないぐらい)
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 22:53| Comment(0) | 徳島

2018年10月15日

妖しくて気の毒な日峰山 最後は故郷の空へと続いていく


いつも気の毒と思ってしまうのだけど
家の近所で小さい頃から遊んだ日峰山(ひのみね)は
(国土地理院地形図では芝山と標記されている)
夕方近くになって腹ごなしに散策してしまう。
妖しい写真、妖艶な写真を連発して
日峰山の印象を悪くしているのではないかと。

本ブログではアクセス数が極めて多い大神子(おおみこ)関連の記事も日峰山と関係が深い。
(大神子小神子という地名も県外の人から見ると妖しい)
http://soratoumi2.sblo.jp/article/88676981.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/114463056.html

日の峰の東端が海に落ち込む断崖を
うちの父は「通り魔」と呼んでいた(犯罪が起きる場所という意味ではないが意味不明)。

確かにこの山は朝夕を訪わず散策する人が多いのだが
防空壕があったりひっそりとたたずむ隠された池があったり
変なオブジェがあったりそれ以外にも敏感な人には感じるところがあったりするようだ。

そんな印象で見ていくとどんどん心象が悪くなる。
しかもこの山のふもとには金長神社がある。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/182757285.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/180910689.html

さらに妖しくなっていく。
2014年秋にもあやしいとブログに書いているではないか。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/104415420.html

しかしこの山の東端の小神子(こみこ)の山上には一部上場企業の別荘がある。
日峰山は標高191メートルの偉容を小松島市街地に投影して
きょうも輝いている、と明るく締めくくる。

ふもとには金長神社のほか、野球場(通称「グラウンド」)がある。
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民さんのような野菊が咲いている
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赤い実
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道ばたの道祖神ならぬ陶器、これがまた妖しい
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猪が出ても妖怪が出ても誰も驚かないあやしい池 昼なお暗い
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夕暮れに妖しく輝く宝石
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山頂の前に展望広場がありここから市街地を臨む
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東のピークをめざして山道へと入る
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この山域で岩場を登るもっとも野性味あるルート
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岩場を登り切ると西北の展望が開け、徳島市内が遠望できる
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登り切ると東へ向かって降りていく
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どちらを向いてもハギ
澄行く水に秋萩たれ 玉なす露はススキに満つ♪
日本の秋がしみじみと染み入る
そうなんだ、思い出した。
子どもの頃、秋になるとこの山の沢を登って秋に浸っていたっけ。
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小神子の沖を船が行く
沖合の一本松(岩)まで小舟を漕いで
ボウゼを釣りに行ったのはいつの日か?
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中村(四万十市)のみなさま、どこを向いても女郎蜘蛛だらけ
https://www.shimanto-kankou.com/kanko/culture/kumo.html
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ねぐらへ帰るカラス 親がいるときといないときで風景が変わって見える
それが故郷
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ヒッチコックの映画のように
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萩の向こうに港を歩く人が見えた
すぐそばで子どもの頃がする
人の里と隣り合わせの近そうで近くない。
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志を果たしていつの日には帰らん

(フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4 R)
↑ 散策で持っていくカメラとレンズ1本
posted by 平井 吉信 at 22:22| Comment(0) | 徳島