2017年11月04日

文化の森のPJM 人は足早に立ち去っていく


文化の森でプロジェクションマッピングを行っていた。
誰も見に来る人はいなかったが、10分ほど滞在していると
親子連れが1組やってきた。
というより、図書館の帰りに立ち寄ったらしく
ほどなく場を離れた。
もう見慣れてしまったのだろう。

最新の技術は時間とともに色あせていくことが人々の行動から見て取れる。
それでも税金を投入して行われている以上、
多くの人に楽しんでもらえたらと紹介することとした。
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光と音のプログラムは制作者自慢の技術なのだろうが
琴線に触れてこない。
参加者が関われる仕掛け、参加者とともにつくる創作というところは買えるが、
そこに風土の匂いがしない。
(ほんものの滝だったら、半日滞在しても飽きないのに)。

先月見た勝浦町のあかりの里さかもとはこんな感じ。
住民の手作り感がある。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/181290730.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html

虫の声、風のざわめき、遠い国から聞こえてくる足音…
まるで昔話が出現したような錯覚を受ける。


posted by 平井 吉信 at 19:14| Comment(0) | 徳島

2017年10月15日

あかりの里さかもと2017


仕事で上勝町を訪れた帰り、夜になった。
今年は見られないと思っていた第4回のイベントだが、
新坂本トンネルを越えると神社の石段に沿って明滅する光が見えてきた。
車を停めて坂道を上り階段の下に出た。
あとは画像で。
→ 詳細は前年のブログ http://soratoumi2.sblo.jp/article/177277035.html

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明滅する行灯の行列はほのぼのとするものであった。
(ただLEDの照明は残念ながらこのイベントに合っていない)。

第4回を見て感じたことは、
よそでやっている陳腐なプロジェクションマッピングとはちがって
(手作りイベントを数多くやってきたから言うけど、一過性のパフォーマンスは心に残らない。税金を活かせない残念な使い方)
地元の人たちがていねいにつくりあげていること。
そこで思ったのは、やわらなか光を通して
日常の感謝や祈りを込める場となればさらに輝くのではと思った。

「おひなさまの奥座敷」といわれる勝浦町坂本地区は
集落のまとまりがよく、地区のみなさまが一体となって地区を盛り上げようとしている。
祭り以外にも足を運んでさかもとグリーンツーリズムに触れてみては?

動画で見る

タグ:勝浦町
posted by 平井 吉信 at 23:00| Comment(0) | 徳島

2017年10月07日

勝浦川中流の飯谷町 滝のそばの竹林でかぐや姫が光に包まれて生まれた

郷土の愛すべき魑魅魍魎たち、
狸や妖怪が好きなんだろう、この作者は。

そうかもしれません。
暮らしのなかで息づく現象、なにかの気配、
それは風が動きながら鳴らす葉音が
この世ならざる気配を運んでくるのかも。

闇は闇で美しい。
そして闇は光があるから存在がわかる。
光は闇があるから輝きが際立つ。

小松島のルピアからほんの10分で
徳島市飯谷町の勝浦川支流に落ち込む鳴滝がある。
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県道から入ったすぐで標識もあるけれど
ことさら観光という雰囲気はまとっていない。
そんな場所に地元の人たち(飯谷鳴滝会)が
周辺の竹林に灯りを施したと聞いてやってきた。
10月8日、9日もやっているそう。
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2017/10/2017_15073386320773.html

小学校のなかにある杉尾神社の秋祭りが開かれるらしいので、
この二日のほうが人が出るような気がする。
(小学校の校庭に神社があるとは珍しい)

中流の星谷付近(左岸)。土手と河畔林と夏草を見ながら自転車でたどる
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横瀬付近。勝浦川の横瀬立川の鮎は日本一という人もあった。
横瀬付近は子どもがちょっと冒険をしながら川遊びをするのに最高の場所であった。
ダムができる前までは。
正木ダムができてからは大水が出なくなって
河原は草が茂るようになった。
水は濁るようになった。
かつて横瀬立川を流れた冷たいまでの清冽な水は失われている。
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飯谷は勝浦川中流でもっとも狭い峡谷の地形。
勝浦川の流れは勝浦町横瀬でいったん山間部から抜け出して
中流平野を形成するのだが
勝浦町の下流から徳島市飯谷町、小松島市田浦町に抜ける流路は
山間部をえぐるように苦しそうな蛇行をする。
隆起する山をものともせず浸食して流れる先行河川、横谷の地形である。
吉野川の大歩危小歩危や肱川下流もそうではないだろうか。
(ブラタモリファンなら見逃せない地形なのだ)。

台風で水没しそうな飯谷潜水橋。その向こうに飯谷小学校が見える
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特に飯谷小学校前の水衝部は
勝浦川でもっとも深いともいわれ
(15メートル以上?)
親父は「淵の底には洞穴があって渦を巻いている」と聞かされたそう。
または、その洞穴が小松島のほうへ続いているとも。

しかし、飯谷小学校前の深みは少なからず水遊びの犠牲者を出している。
それらの魂を慰めることが必要だろう。

一度勝浦町内の生比奈小学校にご依頼をいただいて
川について授業を行ったことがある。
飯谷小学校では、子ども向けのコンサートを開いたことがある。

この子どもたちは、もう大人になって
力強く未来を歩んでいる(応援している)。
輝実さんは上勝町の若きリーダー、
子育てをしながら遺志を受けついで歩まれている。
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地域に元気をとの願いで地元有志の方が始めたその初日である。
明日は人が多く来ることが予想される。

県道から見えるぼんぼりのような灯り
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竹林の光の帯は銀河となってたゆたい、いのちの誕生を伝える
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かぐや姫の影が見えてくる
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あなたにはかぐや姫の誕生が見えますか?
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竹は伸びるときは1日に1メートルは成長する。生命力の極みの植物。
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それはそうと、勝浦町では
さかもとあかりの里がまもなく始まる。
 → 2016年のさかもとあかりの里

タグ:勝浦川
posted by 平井 吉信 at 23:12| Comment(0) | 徳島

2017年10月01日

藍について 徳島と藍 ジャパンブルーと藍色


現在は見る影もないが、かつて全国有数の商都であった徳島市。
それは藍の豪商がいたから。
吉野川の大水が運ぶ土佐水(上流の土佐に降った雨が洪水となるのでこう呼ぶ)が
流域の土地に肥沃な土と、山の栄養分を海にもたらした。
藍の作付はその名残である。

先日の徳島新聞で徳島経済研究所の上席研究員の大谷博さんが書かれていたように
藍染めについての表記がわかりにくい。
それに触れる前に少しだけ藍染めの説明を。

友人の藍染め作家、石井孝明君は藍染めの啓発の資料を作成している。
以下はその引用。

《藍草栽培の年間スケジュール》
3月・・・・・・種まき
4〜5月・・・定植(ていしょく)
6月・・・・・・間(ま)引き、害虫駆除
7月・・・・・・一番刈り
8月・・・・・・二番刈り 
9月から染料づくりがはじまる。
乾燥させた藍草は細かく刻まれ、茎を取り除く
葉を 100日ほどかけて発酵させたものを「すくも」と呼ぶ。

すくもは、藍染めの色素・インジゴを3〜5%(100kg中3〜5kg) ほど含有する。
インジゴは普通の水には溶けないので、藍染めできる液に作りかえる必要がある。
このことを「藍建(あいだて)」、あるいは、単に「建(た)てる」という。
これに熱湯、アルカリ材(灰汁)、ブドウ糖(酒)を加える。
染色可能な状態になれば、
液面が濃い青ムラサキ〜ウルシ色に変わる。
表面には「藍の華(はな)」と呼ばれる泡が現れる。
香りも一気に変わり、目にしみるような発酵臭がしはじめる。

(引用ここまで)

とのことで、染めるまでに数ヶ月を要する。
すくもをつくって染める技法を「灰汁発酵建て」という。
発酵により色が濃く鮮やかになるのが特徴で
本藍染めなどと呼ばれるのはこの技法。

石井君の作品を本人の許可を得て掲載
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これは「空と海」と題してぼくをイメージしてつくってくれたもの
事務所にいつも吊してある。工芸品というよりは空気のような存在。
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県内には藍染め作品を展示販売している場所がいくつかある
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藍染作家の梶本登基子さん
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海陽町の(株)トータスでは、藍の機能性に着目し
手間のかかる無農薬での自家栽培の藍を使った藍染め商品を販売している。
しかも手頃な価格設定である。
(「ガイアの夜明け」でも紹介された)
おだやなか笑みを浮かべた亀田悦子さんのお話しを聞いていると
和んでくる。
https://www.youtube.com/watch?v=WSKk5Z0dy48

このトータスで10年働いて、2017年春から独立してお店を開いたのが
永原レキさん。
海に面したIn Between Bluesと名付けられた店は
仲間とともに改装したもの。
カフェ、藍染め工房(体験もできる)、藍染めサーフボードも販売している。
徳島では藍染めが取り上げられると若い作家ということで
紙面でお目に掛かることが増えている。
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ぼくは空と海だけど永原さんは海と空。ともに共通項はこの人である。
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さて、藍染めの分類については「すくも」(灰汁発酵建て)のみならず
藍の葉の乾燥葉を砕いて発酵させずに藍染めを行う製法(灰汁建て)もある。
色調に違いがあったとしてもそれは好みの範囲。
これらは「藍染め」の表示で良いと思う。
(このやりかたでなければの「原理主義」は業界の衰退を招くと考えている)

それに対し、みやげもの店などで長年にわたって販売されてきた手頃な価格の製品は
化学染料である。
従って、藍染め(天然)、藍染め(化学染料)の二種類の表示がわかりやすいと思う。
藍染めと記しながら化学染料と添えるのは矛盾するようだが
これまでの慣例も認めることで業界からの反発も抑えることができる。
少なくとも天然と化学染料を表示で識別できるようにしておきたい。
(知らない人が外観で見分けるのはむずかしい)
藍染め作家、職人の手仕事に敬意を払いたいから。


追記

徳島県は、7月24日を「藍の日」と定める条例をつくっている。
http://www.pref.tokushima.jp/gikai/honkaigi/jyorei/index10.html
https://style.nikkei.com/article/DGXLZO18785090S7A710C1LA0001?channel=DF220420167266

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なぜ、藍かって?
夕焼けとトマトのあとでは青が恋しくなったでしょう。
posted by 平井 吉信 at 22:36| Comment(0) | 徳島

2017年09月06日

狸の話題でもうひとつ 金長神社(金長大明神)が存続の危機


徳島には狸の伝説がある。
化かされた話があちこちに伝承されている。
眉山で狸火が出る。
ちらほらと炎が山麓で舞う。
狸が遊んでいるんだなと佐古の人たちは思う。
しかし火を手招きしようものなら
遠い山裾の火がたちまち眼前にやってくるという。
(見て見ぬ振りをしなければならないのだ)

もっとも有名なのは小松島の金長狸だ。
(以下は昔話を記憶でたぐり寄せているので正確ではないかもしれないが)
子どもにいじめられていたのを日開野村の商家に助けられて
その家に報いようと護り神になろうと決意。
そのために狸界での高い位を得ようと
四国の総大将、津田の六右衛門のもとに修業に出る。

めきめきと頭角を現す金長に、
六右衛門は娘の鹿子姫の婿にと迎えようとするが
義理を果たしたい金長は固持して小松島に戻る。
このうえもなく良い縁談を断るとは謀反の疑いあり!と
六右衛門は金長を抹殺しようとする。

あらぬ疑いをかけられた金長、
必死に逃げ延びたが、一の子分を殺されてしまった。
互いに憎悪を募らせた両陣営が勝浦川の河原、
右岸と左岸をはさんで陣取った。
いまの徳島市大原町のあたり。
(いまでも狸が出そうな寂しいところである)

合戦が始まり、双方に多数の死傷者が出たらしい。
夜中にけたたましい音が聞こえてきて
翌朝河原に行くとおびただしい狸の死骸が目撃された。

さて、総大将はどうなったか?
六右衛門は金長に討たれたが
金長も六右衛門に噛まれた傷に三日三晩苦しんで落命。
いくさは六右衛門の息子、千住太郎と
金長の一の子分であった藤ノ木寺の鷹の息子が二代目金長を襲名し
弔い合戦に至ったが、屋島の狸の仲裁で平和な狸界に戻った。
https://www.city.komatsushima.tokushima.jp/komatsushima-navi/spots/8102.html
(小松島で金長狸のことを教えてくれと誰かに頼んだら、10人中11人は講談師のように語ってくれますよ。なにせ小学校の必須科目に「国語」「算数」「理科」「社会」「保健・体育」「金長狸」とあるので)

これが映画にもなった阿波狸合戦。
→ 阿波狸合戦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%B3%A2%E7%8B%B8%E5%90%88%E6%88%A6

映画が興行的に成功したので
感謝の意を持って関係者が建立したのが金長神社。

スタジオジブリの平成狸合戦ぽんぽこにも金長は主役として出てくる。
徳島を代表する小松島の銘菓「金長まんじゅう」の物語もそこに由来する。
(ハレルヤ本店はうちの近所にあって、エースをねらえのヒロインによく似た同級生の女の子がいた。ハレルヤでアップルパイとタヌキのケーキを買ってもらえるときは大喜びだった)
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さて、ときは千住太郎と二代目金長が義兄弟の契りを結んで
平和が訪れた阿波狸界から物語が始まる。
それが三田華子の「阿波狸列伝」。

このおもしろさはハリウッドの冒険ものや
大味な魔法使い少年の物語などとは比べられない。
人情の機微、術使い、多彩な登場人物がいきいきと描かれながら
それぞれが物語の大切なひとこまとして進んでいく。
郷土の書店「小山助学館」から出された全3巻は徳島の秘宝だが、現在は入手が難しい。
電子書籍で蘇らないものだろうか?


金長神社は公園内にある(もしくは隣接している)。
タヌキである金長大明神を祀っている。
子どもの頃は、ここに無料の動物園があって
日本猿、孔雀、タヌキなどを見ることができた。
動物がいる囲いの上に上がることもでき、
管理されない自由度が良かった。
ただし無料であったので動物の飼育と維持管理が市の負担となったのだろう。
ずっと昔に動物園は閉鎖され、公園だけとなった。
今では訪れる人もまばらな状況である。

それでもこの公園は人の手で管理されている。
現地を訪れた際、手入れをされていた方に話しかけてみると
近所の女性の方(78歳)でシルバー人材センターの報酬として管理されているらしい。
この日も血圧が高かったが、じっとしておられぬとここに来ていたとのこと。

ここがつぶされてヘリコプターの発着場を含む多目的公園が計画されているらしい。
市でもなんとかここを残せないかと模索しているとも聞く。
しかし都市公園法では神社の設置は認められていないとの解釈で
現状では取り壊さざると得ないようだ。
行政は法令に則って手続きを進めざるを得ないというのは理解できるが
法令はすべての状況を想定して記述しているわけではない。
かといって現状は市民にとってなくてもいい場所のようになっているのも事実。

公園整備には、日赤病院、日峰山と日の峰神社、小神子などとの一体的な関係性を明確にしつつ
防災、レクリエーション/スポーツ、憩いの機能を再編集約することが求められる。
金長神社をどのように位置づけるか(もしくは切り放して存続させるか)も
そのなかで考えていくことになるのだろう。

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金長神社がなくなる前に一度見に来てみては?

追記
こちらは巨大な狸の像。
さて、どこにあるのだろう?
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答えはJR南小松島駅にある観光ステーションで。
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※ブログ中、ほぼほぼ一部不正確な記述がありえる系の可能性とかがなきにしもあらずかもしれないなのでと推察されるような的ですなので(流行語を使いこなすのはむずかしい)。

posted by 平井 吉信 at 23:29| Comment(0) | 徳島