2018年02月07日

雪が舞う四国のJR 


西日本が寒波の到来に凍り付いている。
それでも出張は頻繁にある。
しんしんと雪のなか、朝が来た。
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そして牟岐線の普通列車が滑り込んできた。
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勝浦川も雪化粧
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里山の小川は空を映して凍える
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阿讃山脈を越える頃には盆地は雪に。
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ところが讃岐白鳥に差し掛かる頃には雪が消えてしまったが。

列島は凍り付いてしまった。
猛暑と極寒は温暖化の副産物かもしれない。

特急いしづちはこの車両が好きだ。
シートが良く電源も完備している。
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別のいしづちとすれ違った(台湾仕様だったかな)。
めずらしく東予もうっすら雪化粧。
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事務所の気温は6度。
でも仕事は仕事で。
冬のひとこまとして受け止めている。



posted by 平井 吉信 at 21:22| Comment(0) | 徳島

2018年01月21日

阿波藍アート 藍のけしき 県立二十一世紀館にて はんなりとたゆたう光になって


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(フジX-T2+XF35mmF1.4 R、XF14mmF2.8 R、フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS。いずれも手持ち)

あかり障子とふすまで区切られた空間がある。
障子の和紙がすずろに明るい。
紙一枚で隔てた「向こう」と「こちら」は
ことさらに区切られてはいない。
けれども、幾重にも空気を閉じ込めた和紙のとばりは
光をはんなりと宿し、
そのときの風に移ろい、
水気を調えながら、
そこはかとなく気配を映し出している。

床の間があり、茶の間が寝間にも広間にもなる
融通無碍の空間、日本家屋。
まず柱を立て、屋根を造って全体が見えた後、
それを分割して「間取り」をする日本家屋は、
ふすまを自由につけ外すことによって、
ひとつの部屋を多目的に使うことができる。
間取りとは、部屋をつくることであると同時に、
時間に応じて間をしつらえることである。
建具で仕切り方を変えるだけで、
晴れの日と普段のくらしが入れ替わる。
 
障子を開けると、縁側が見え、
外の空気が人の気配を伺いながら入ってくる。
それからなじみの顔が縁側に現れる。
四季を取り込み、人を取り込む間取り。
障子やふすま、雨戸といった建具がその微妙な仲立ちをする。
隔てながらつないでいる不思議なやりとり。

夕暮れ時、表で遊んでいた子どもは、
ふと気づいてひとりふたりと消えていく。
昼でも夜でもない時刻、河童に喰われぬうちに家に走って帰る。
玄関戸を開けると、
夕げの支度が整ったことを知らせるおつゆの香りが漂っている。
 
生活様式の変化、洋風化に伴い失ってしまったのは、
家族のつながり、自然との無意識のやりとりかもしれない。

この藍染めの空間展示は
あちらとこちらを分けつつも
はんなりと互いを映す。
足元が見えないほどの暗がりに
光源からの光の粒子もしくは波が
藍染めの布をたゆたう。

時間が揺らぎ
空間があいまいになる。
ブライアン・イーノの環境音楽のような効果音もいい。

あなたもはんなりと漂うときの微粒子になってみる―。

ローランド・リケッツ監修による標記イベントは
2018年1月28日まで(無料)。
https://www.pref.tokushima.lg.jp/ippannokata/kyoiku/bunka/5009667

(無味乾燥のプロジェクションマッピングよりずっといい。個人的なつながりの音楽関係者に使途不明のお金をつぎ込んだのは誰の判断? その反面、図書館や通常の文化振興予算を大幅に削減したのは誰の判断? このままうやむやになるか、引責して辞めてしまっても真相はわからない。多くの指標で全国最下位に近い現状でマスコミ受けするパフォーマンスではなくもっと地に足の付いた県政を)



posted by 平井 吉信 at 22:18| Comment(0) | 徳島

2018年01月20日

冬の短編集 大麻比古神社から「田園」へ


産土神社へは元日に足を運んだ。
けれど一宮へはまだ行けていなかった。
夕方近くに時間が取れた日、
大麻比古神社へと参詣。

ご神木を眺める人
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神殿の屋根が淡く照り返す
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静まりかえった池と眼鏡橋
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田園が聴きたくなった。
この光なら、
ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1977年)で。
(賛同してもらえるでしょう)
http://amzn.to/2rngHw9
posted by 平井 吉信 at 23:47| Comment(0) | 徳島

2018年01月07日

ナガヤの一角 フラワーデザインのお店"Bilton Flower Design"


(前頁から続く)
昨年暮れにナガヤの一角に新しい店が出店されたというので訪れてみた。
戸を開けてみると、そこには造花をアレンジする女性の姿があった。
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ナガヤは場であるが、ここの店内も場となっている。
(どこもナガヤの一角はそうなのだと思う)
部屋の主は、イギリス人の夫(Christopherさん)を持つ日本人の妻(ビルトン育代さん)。
育代さんは起業したばかりだが、冒険心あふれる魅力的な方である。
すでに結婚式場など県内のハレの場で使われていて評価が高い。
http://www.biltonflowerdesign.com/
(Webを見れば彼女のまっすぐな生き方が見えてくる)

みなさんも、人生のさまざまな場面で、
誰かに花を贈りたい、会社に飾りたい、友人に気持ちを届けたい、
ときに自分のご褒美に、などと考える人は一度行ってみたら?

傍らにアメリカ人の夫(Patrickさん)を持つ日本人の妻(ブラウン友貴さん)もいらっしゃる。
ブラウン夫妻も近々事業を立ち上げようとされているとのこと。
(後々ご自宅を訪問するなどお話を聞いてみようと思う)

また、マーケティングに精通されている日本人の男性にもお会いできて感銘を受けた。
ビルトンさんの強力な助っ人、川人弘典さん。
(初対面なのに感覚の研ぎ澄まされた方だと一瞬で伝わってきた。時系列ではすれ違っているが以前にお勤め先を訪問したことが判明。縁とはふしぎなもの)
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場の雰囲気がすべて物語っているよね。
(みなさまの今後のご活躍をお祈りいたします)

続く
posted by 平井 吉信 at 13:29| Comment(0) | 徳島

ナガヤという場に集まる人たち


自分の生きる道を自分でつくりたい、と思っている人は多いけれど
どうすればいいかわからない。
そもそもやりたいことが見つからないこともある。

「何を」やるかはもちろん大切でそれは出発点だけれど
「どのように」やるかがもっと大切と思う。

自分の生き方をするために創業・起業という選択肢がある。
けれど人口減少やインターネットでの情報が錯綜しているなか、
組織に所属してやっていくのも個人でやっていくにもリスクの程度に変わりはない。
むしろ時代を読める人にとっては
この時代をかえって絶好の機会と捉えることもできるのではないか。
しかし従来のビジネスの発想(固定費をかけてハードを整備して借入を返済する)ではうまくいかない。

そこで、いまあるものを磨いていくこと、
風土や文化を意識しつつ理念をつくる。
その原点をもとに経営資源を構築していくやり方が最善。

何も新しいことではない。
強みを掘り下げてそれを活かすこと
(ほとんどは本人さえ気付いていない)。
SWOT分析という手法があるが、
これをほんとうに使いこなしている企業は見たことがない。
たいていはマス目をクロスワードパズルのように遊んでいるだけ。

経営も地域も「あるもの探し」から始まる。
そしてそれをいまの時代に照らして再構築する。
温故知新(温故革新)ともいえる。

古い家屋を改修、再生して使うことは
一定の制約があるなかでやっていくことになる。
そこに自由な発想や飛翔が生まれる余地がある。

リノベーションの枠組みを通じて
感度の高い、感性の豊かな、時代を見据えて何かをしようとする人が集まる可能性がある。
(先月、尾道の空き家再生プロジェクトを研究して四国のある自治体に提案したところだった)

古い民家を改修して雑貨屋を始めた人が徳島市内にいることは知っていた。
けれど、山野草の咲く頃や水がぬるむ季節はついつい海山川へ足を運んでしまう。
今回から手作りのお菓子を定期的に出品される方がいると聴いたこともあって
1月6日に足を運んだ。
そして、古い長屋を活かした試みをナガヤプロジェクトと名付けて
管理運営をされている吉田絵美さんとお会いすることができた。
http://nagayaproject.com/


その昔、中学時代は二軒屋駅から
英才教育で知られる私立中学まで歩いて通っていた。
当時バイパスはできたばかりで
狸の巣がありそうな葦原のところどころに民家が集まっているような地区であった。

中学には丸山先生という怖い数学の教師がいた。
3年間で一度も笑ったことはない。
いつもよれよれの灰色のコートを着て(白墨が積もっていた)
プラスチックの指し棒を持って授業を行っていた。
怖い先生で指し棒で机を叩かれると震え上がったものだが
人を理解させるとはこういうことかと納得できる授業だった。
「恩師」「畏敬」という言葉は丸山先生のためにある。

卒業後、クラスメート数人で沖浜にあるご自宅を訪ねたことがある。
哲学者のような暮らしをされていたことが心に残っている。
その後、沖浜地区はバイパスの整備とともに急激に郊外型SCの銀座となった。
あの頃、葦原を倒して秘密基地をつくった思い出も
あのとき辿った通学路も記憶の彼方に行ってしまった。

初めてナガヤに来られる方は、
県南部から来られる人は沖浜のKFCを左折するとわかりやすいのではないか。

仕事の邪魔にならないようと思ったので
吉田さんとは立ち話程度であったが
このプロジェクトを応援したいと思わずにはいられなかった。


小さな起業には競合のない青い海が必要。
そこには市場はないが、社会の目に見えないうねりから小さな泡が生まれることがある。
稼ぐことの難しさを知っている同士、その泡は互いに近い場所にいると相互に成長できる。

成功した大きな泡は小さな泡を育てることに生きがいを覚える。
それは使命共同体という場。
本音でやっていく人生とか、同じ幸福感を持つ場で大きくなっていくことが必要。
生きる動機のベクトルを合わせたら、互いに成長の渦を巻きながら収益につなげたい。

場という考え方がある。
内側と外側、Iターンと地元など場をどうつくるか。
どのタイミングでどんな仕掛けで融合させるかさせないかの管理が難しい。
(移住者を早く溶け込まそうと地元の濃い人間関係に放り込むとほぼ失敗する)
その意味で地元のしがらみもあるけれど
外の風を知って地元を客観的に(愛情を持って)見られるUターンが
仕掛けるのがうまく行きやすい。

場のなかでひとりよがりにならないこと、
ひがみやねたみを生まないための動き方ができるよう
内の誰かが調整を行う。
しかし場を管理することは困難で、ほとんどの地区でできていないように思う。
(美波町の移住コーディネータ小林陽子さんはそれができていらっしゃる)
https://tokushima-iju.jp/interview/414.html

強いていえば、役場や経済団体なども参画する公民連携の任意組織を置いて
小林陽子さんのようなリーダーがいて
全体会議で方針を定め、それに沿って上がってきたプロジェクトを承認し
応援し調整を行う。
それぞれのプロジェクトは、公民連携組織の下部組織に置くという
ゆるやかなオーサライズがいいかもしれない。

場のなかでは生きていくことのメッセージを出し続けること。
そのなかに多様性を大切にするというビジネス生態系がある。
それを稼ぎにつなげるためのサポーター(有償・無償・公的支援のミックス)が必要。
(経営のテクニックや社会の定石で説明しようとする既存勢力(行政、金融機関)の支援が成果につながらない場面が多いのだが)。

2018年のいまは、
震災後に芽生えた幸福を問い直す心の動きや
本音で生きていこうとする生き方が背後にあることを知って
ブランディングやマネジメントを行う必要がある。

ぼくはそのように整理している。
そしてナガヤとは民間が自由に、しかしベクトルあわせを行いながら
場を醸成(管理というニュアンスではなく)できる場所ではないかと。

続く
posted by 平井 吉信 at 13:24| Comment(0) | 徳島