2014年10月04日

壮大な音楽のスペースドラマ ホルストの惑星。愛しい太陽系に思いをはせる


皆既月食を前に太陽系天体に思いを馳せている。

138億年前、インフレーションからビッグバンを経て
突然宇宙の時空が開かれた。
(現在の物理学はその誕生の瞬間にまで迫ろうとしている。量子論と重力理論の統一を果たそうと試みるのが超弦理論

誕生直後の宇宙は
右も左も重力も電磁気力の区別もない完全な対称の世界だったが、
それが「自発的対称性の破れ」で物質が誕生するきっかけとなる。
いったん対称性が破れるとそこは濃淡を生じ、
やがて無数の銀河を生み、ときに衝突したり惹きつけあって
銀河団という大きな構造を形成する。

無数に生まれた銀河の辺境で
表面温度6千度のG型スペクトルを持つ恒星として
50億年前に輝きだした太陽。
原始の太陽が惹きつけたガスが集まって濃淡をつくり
惑星の原型となる核天体が誕生する。
こうして46億年前に原始地球が誕生する。

誕生後の地球は、
小さな惑星が数回衝突してそのたびに成長していく。
月は衝突の際にちぎれた地球の一部と考えられ、
以後は潮汐力を及ぼすことで地球の生命の誕生に深く関わることになる。
そう、生命は身体と精神の内なる要素に海を持っている。

こうして太陽系内には、
水星、金星、地球、火星(以上、内惑星=地球型惑星)、
木星、天王星、海王星、冥王星(以上、外惑星=木星・天王星型惑星)が存在する。
 → JAXAの太陽系

それぞれに星は固有の性質、エネルギー、気ともいうべき個性を持っている。
個人の生まれた日時に、太陽、惑星、恒星との関係性を見るのが占星術である。

ぼくは12月のとある日の
太陽が昇る6時6分に生まれたので
太陽と射手座(銀河系の中心)が重なる時刻に生まれている。
(射手座の彼方からの強い光を感じることがある)
そして木星の守護を受けつつ、火星の魂を受けついでいる。
群れるのを好まず、現実社会を飛翔して
いつも知性と快楽を求めつつ高い空を駆けていく。
ベートーヴェンへの共感もそのため。

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1990年代を代表するアニメ作品といえば、美少女戦士セーラームーン。
それぞれの星を司る戦士が登場する。
(戦士に変身する前の日本語の名前がいい)
セーラームーンがプリンセスとして覚醒するとき
月野うさぎのおちゃらけの日常から離脱して
歓びや哀しみを超越した表情で凛とたたずむ。
仏教的な諦念や解脱を感じる場面である。

知の狩人マーキュリーの可憐な分析者としての佇まい、
ヴィーナスの天衣無縫な明るさと色彩の幸福感は主人公以上、
闘いの神マーズの正義感や祈り、
小惑星帯からの使者と思われるファイター、メイカー、ヒーラー、
太陽になれなかった巨大な惑星ジュピターのまばゆい輝き、
サターンの深淵を垣間見させる純真、
ウラヌス、ネプチューンの快活と神秘の表裏の関係、
(↑ どちらも声優が抜群にうまい)
死を司るプルートの研ぎ澄まされた美しさなど
(冥王星は、惑星ではなく準惑星との説もあるが、ぼくは惑星と感じる)
太陽系の個性がうまく描かれている。
この作品は、星の世界の神秘と
純粋、愛、友情が結わえられた世界観を提示している。
(子ども向けアニメであるが音楽が効果的に使われている。大人が本気で夢中にやらないと子どもを感動させることはできない)

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美少女戦士セーラームーン デスクに舞い降りた戦士たち 20周年記念 アニメ フィギュア ガチャ バンダイ (全5種フルコンプセット)

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さて、現代のオーケストラ作品で
名のある指揮者がレコーディングするのが
ホルストの組曲「惑星」。
年配の方には水野晴郎の水曜ロードショーのエンディングで流れていた
(「いやぁ、映画って本当にいいもんですね」)
木星の雄大でなつかしい旋律を思い出すだろう。

第1曲:火星 - 戦争の神
Mars, the Bringer of War. Allegro

第2曲:金星 - 平和の神
Venus, the Bringer of Peace. Adagio - Andante - Animato - Tempo I

第3曲:水星 - 翼のある使いの神
Mercury, the Winged Messenger. Vivace

第4曲:木星 - 快楽の神
upiter, the Bringer of Jollity. Allegro giocoso - Andante maestoso - Tempo I - Lento maestoso - Presto

第5曲:土星 - 老年の神
Saturn, the Bringer of Old Age. Adagio - Andante

第6曲:天王星 - 魔術の神
Uranus, Magician. Allegro - Lento - Allegro - Largo

第7曲:海王星 - 神秘の神
Neptune, the Mystic. Andante - Allegretto
(「総選挙」でもっとも高い得票を得るのはどの楽曲だろう?)

この作品には冥王星が含まれていない。作曲当時は発見されていなかったからである。
それはともかく、このところ、惑星を寝ながら浸る毎日である。
聴くのは次の2枚のいずれか。


初演者ボールトが最後に辿り着いた5回目の録音は90歳に当たる1978年のもの。
本家本元だけにプレミアム価格となっている。けれど無理をしてプレミアム価格を求めることはないと思う。



レヴァイン盤は手頃な価格で手に入る。新しい録音ならではの浮遊感もある。平均的でいえば、録音の良さも含めて満足できる。



冨田勲がシンセサイザーで挑戦した当時の話題作。
メロディーラインが浮かび上がる。
オーケストラのようなピアニシモやフォルテシモがない分
楽曲の構造が掴みやすい。
ステレオ装置で聴くと浮游する音空間に驚くだろう。

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火星…楽曲の完成度が高いせいか、何度聴いてもあきることがない。闘いの神火星の残忍な一面と背後に漂う快楽が音楽として結晶している。レヴァイン盤は、シカゴ交響楽団の金管がたまらない。迫力と精緻な合奏能力はいくら音量を上げても足りないくらいの快感に浸る。ボールトはやや遅めのテンポで重厚に踏みしめていく。ブラスセクションの輝きではロンドンフィルはシカゴに勝てないが、重量感や音楽の押し寄せる抑揚ははシカゴ響を上回る。ボールトはこの曲の初演者でもある。

金星…惑星でもっとも美しい楽曲。ぼくはこの曲を聴いている間、創造力が汲めども尽きることのない泉のように沸き上がる。ボールト盤では、悠久から響いてくるホルンに続いて、しずしずとうたう弦楽のみずみずしさは言葉にできない。伏し目がちなヴィーナスのほのかな微笑にも似ている。レヴァイン盤もデリカシーにあふれて十分に美しいが、ボールトの滋味あふれる音楽の歩みが心に残る。デュトワ/モントリオール響は遅いテンポで楽曲の魅力を拡大して魅せる。

水星…木星への間奏曲のような位置づけである。軽妙に動く妖精の羽根がはばたき、クライマックスに向けて一瞬の光を放つ。レヴァイン盤では清澄な空間に浮游する印象派の音楽のようにまばゆく耳に心地よい。

木星…太陽系最大の惑星木星へのオマージュ。第4主題に至るまで豊穣と豊麗を尽くす音の絵巻物。自分の人生を振り返るとき、こんな楽曲が鳴り響く人は幸せに違いない。堂々と滑り出しあの旋律を淡々と奏でつつ踏みしめていくボールト盤の味わいは80歳代の老指揮者が辿り着いた朗々とした世界観。身体の細胞がとろけていく刹那かも。一方でレヴァインは早いテンポで颯爽と進めつつ、あの主題は若武者らしく恰幅豊かに響かせる。

土星…老いていく人生を土星と重ねたもので、重い足取りで歩む。ところがふと若い頃の輝きが走馬燈のように強い光を放つ。けれどその光は長く続かない。終焉に向けてすべてを解き放って踏みしめていく。音楽でこのような深淵を表現しえるのか。最初はとっつきにくいが、スルメのような音楽。

天王星…冒頭で最後の審判のような金管が鳴り響くと、行進曲のような意外な展開となる。つかみどころがない眩惑のような音の魔術。レヴァイン盤で聴くと、オーケストラの醍醐味が部屋に響き渡る。

海王星…セーラームーンでは、ヴィーナス(愛野美奈子)が好きだが、惑星のなかで神秘あふれるドビュッシーのような印象派の楽曲が海王星。深沈と海王星の氷に沈み込んでいくような趣き。やがて人魚の合唱が遠く聞こえてくると神秘の海が部屋に横たわる。ああ、海王星。

惑星は意外にも高価なオーディオ装置で聴くよりも
タイムドメインのようなデスクトップオーディオで
その繊細な音の扉をひらくほうが楽しい。


あなたはまだホルストの惑星を聴いていない?
これから聴く楽しみが増えましたね。

さて、10月8日の皆既月食を楽しみに。

【参考】太陽系をビジュアルに見たいときは
画面ではなく紙(本)で見たい




夜の静寂で太陽系に思いをはせるとき
心がしずしずとひらかれていく。


posted by 平井 吉信 at 13:21| Comment(0) | 音楽

2014年09月10日

今宵の月 南の花嫁さんを照らす


月を見ていて思った。
「南の花嫁さん」はいいな。
この歌が世に出た昭和17年の当時は知らないけれど
籠のオオムだけをおみやげに
隣の村に嫁入りするという世界観にふわふわと誘われる。

どんな時代背景や曲の意図があるかは知らない。
戦勝の傍らで時代を覆う影。
南洋までを支配下にという野望とは別に
歌だからこそ浮き世離れした世界を描いてみせたのでは。

この身ひとつで嫁ぐ幸福な女性はもういない。
21世紀の日本人は愛に臆病になってしまったのか。
経済や分別、おひとりさんの気楽さが上回るというのか。

https://www.youtube.com/watch?v=PhafGWOyRHA
高峰三枝子の歌い方が絶妙だ。
時代を超越した鼻歌のように
羽毛が絹をまとって軽やかに舞うように
くるくるくると踊るような
舌たらずのスタッカートのあとの
思いがけないレガートなフレージングに
はっと気付かされる。
楷書のように端正でありながら
裏返りそうで裏返らず
さりげなく揺れる音程。
(意識して揺らしていないのだ)

歌は愛の歓びをちらりを垣間見せ
こぼれる花の花かんざしに
にっこり微笑む今宵のスーパームーンのように
自信にあふれて去って行く。
何度でも聞きたくなる。
(音源は戦前の音源=SPと戦後の録音があるようだ)。
万葉の時代には戻れないけれど
素朴な愛の感情はなにより大切にしたいもの。
高峰三枝子全曲集

この時代の唄を集めて遊佐未森がうたったアルバムがある。
彼女も南の花嫁さんに共感しきっているのだろう。
(彼女のキーは♭=黒鍵がたくさん付いている?)
いまの時代に歌って欲しい人はやはりこの人かも。
「檸檬」と題された選曲がたまらない。
「ゴンドラの唄」や「蘇州夜曲」も歌うのだ。
遊佐未森「檸檬」

YouTubeでは誰がうたっているかわからないけれど
(小柳ルミ子? この人もいい)
楽しいイラストで彩られた音源があった。
ほのぼのとする。
https://www.youtube.com/watch?v=fIN1BI4fZ4A

今宵のスーパームーンは月の光を浴びて
南の花嫁さんに染まっていく。

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posted by 平井 吉信 at 00:06| Comment(0) | 音楽

2014年05月21日

南太平洋「ファイカヴァの恋歌」民族音楽の地球紀行はノンサッチで


船が桟橋に着いた。
桟橋には島の酒場があった。
男たちが静かに酒を飲んでいた。
ひとりがささやくようにぽつん、と歌いだした。
何人かがそれに続いた。

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(HMVの犬のようで)

時にかけあい、時に独唱を浮かび上がらせる。
波が小刻みに橋桁に当たっては合いの手を入れる。

 ウミアエコ アシアオタタ ウモハタハク オモマヘニィファ
 ヘタギオイアウエ トイタギオイアウエ
 コイカイテオイ ペーアガフィフィ…

男たちがささやく朴訥な恋歌だった。
こんなラブソングを歌われたら、
女はたまらないだろうと思った。
胸にかけられる一杯の甘酒のようだった。

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(彼女の父はスペイン人)

酒はさらに進んだ。
男たちはタコ釣りの唄を歌いだした。
木の机を叩いて、櫓がカヌーに当たる音を表現していた。
物哀しいその歌は、
旋律を書き留めることができない微妙な音程で揺らいでいた。
男たちの声は風に吹かれて海の彼方へ消えていく。

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(アウトリガーカヌーを礁湖に繰り出す。この日のラグーンは荒れていた)

「空と海」より


《オセアニア》南太平洋の音楽~最後の楽園

リンク先で試聴できます
「ファイカヴァの恋歌」を聞いてみてください。
「イメネ・ツキ」を聞いてみてください。
めくるめく南海の孤島の郷愁がひしひしと迫ります。

この盤は一時30万円のプレミアム価格が付いたこともありました。
(残り1枚となっています。好きな人に買っていただけたらと)
20代のぼくを南太平洋へ誘った音楽です。

民族音楽は言葉の壁と時間と距離の隔たりを瞬時に越えて
心に飛び込んでくる。
ノンサッチは民族音楽をソニーの小型録音機を現地に持参して
生のままの音楽を閉じ込めたレーベル。
未来に受けつぐ資産として日本だけで再発売された。
バリのガムラン、南インドの古歌、カリブ海の陽気な音楽、
ジンバブエのシェナ族の楽器の癒し、
声明のようなチベットの仏教音楽など名盤ぞろいの好企画。
http://wmg.jp/special/nonesuch/

いくつか挙げてみよう。

≪バリ≫ガムラン&ケチャ

《ペルー》太陽の帝国~インカ文明の文化遺産

≪ジンバブエ≫ショナ族のムビラ3

≪ブルガリア≫ブルガリアン・ヴォイス RITUAL

ノンサッチ民族音楽シリーズ

posted by 平井 吉信 at 00:24| Comment(0) | 音楽

2014年03月09日

東北に春を告げる「春告げ鳥/山崎ともみ」


春を告げるユキワリイチゲに触発されて
忘れがたい音楽を思い出した。

 春告げ鳥が 野山で鳴いて
 きらきら 雪解け水が
 小川に 注ぐ


その歌は魂がこもっていた。
移動中の車のラジオからニュースを聞こうと
NHKにダイアルを合わせたときのこと。
胡弓の前奏に乗ってしずしずと拡がっていくと、
春を待つ清冽なまでの娘心が歌い出された。

 恋をしました 好きな人がいます
 母さんに まだ内緒です
 母さんに まだ内緒です

 
ハンドルを握る手が止まった。
日本の言葉を慈しむように胸に抱きしめて歌っている。
-この国にまだこんな歌をうたえる人がいたんだ―。
歌の切なさに恍惚とした幸福感さえ感じた。

 短い夏が 駆け抜けて行き
 木の葉が 色づく頃に
 告白します
 おんなじ苦労 させたくないからと
 母さんに叱られるけど
 母さんに叱られるけど

 
初めて恋をしたときのみずみずしい気持ちと
切なさをそのまま閉じこめてしまった…。
なんという歌なんだろう! 
永井龍雲の作品だった。

 夢を見ました 子供の手を引いて
 母さんと 港にいます
 母さんと 港にいます
 大漁旗の 船で肩組む
 父さんと あの人が


(春を告げる蝋梅、神山町)
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山崎ともみさんは岩手県出身で
歌手3年目の27歳の女性だとわかった。
高校を卒業と同時に上京し市川昭介門下生となり、
5年のレッスンを続けて1997年にデビュー。

漁師の父に新しい船を買ってあげるのが彼女の願いだったが、
父は船上で病に倒れて帰らぬ人に。

そんな事情は知らなくても、
亡き父へ寄せる思いの深さが無垢なまま飛び込んでくる。
この曲を聴いて心を動かされない人とは生きていけない―。
そこまで思えたのは、2000年10月に発売されたこの曲。

同じ年齢で大きな夢にかけた女性のことを思い出した。

アマゾン(プレミアムが付いています)
春告げ鳥/愛し川

YouTubeで見ることができます。

その後、山崎ともみさんは引退されたと聞きました。
心に届く歌が売れるとは限らないことをたくさん見てきましたが…。

10年後、ご出身の大槌町は壊滅的な被害を受けました。
無事であること、そしてその後のご多幸を祈るばかりです。
この曲でうたわれた小川や港はどうなったのでしょうか。

 
posted by 平井 吉信 at 01:05| Comment(2) | 音楽

2013年12月31日

BREEZEが心の中を通り抜ける A LONG V-A-C-A-T-I-O-N


2013年の大晦日、突然に訃報がやってきた。

80年代のカーステレオから流れてくるのはこのアルバム。
1981年3月21日発売の大滝詠一「ロング・バケイション」。

久しぶりに棚から取り出したアナログレコード。
ジャケットはあの日のまま輝いている。
(シュガーベイブやナイアガラ・ソングブックなどもある)。
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シングルカットされた「君は天然色」が有線から流れ出すと、
夏を迎えることなく大ヒットとなった。
翌1982年、
CDがCBSソニーから3500円〜3800円で発売されることになる。
世界で最初のCD、その第1号ともいうべき、
35DH-1という商品番号が与えられていた。

ぼくは、レコード(27AH-1234)から
ソニーのカセットBHF46にダビングして
クルマで聴いていた。
(この時代のCD化は概して失敗。CDプレーヤーの完成度が低いこともあるが、トラックダウンなどの処理のノウハウもデジタルに不慣れであったせいか、買うのはアナログだと思っていた)

カセットはノイズがあって音が悪く、
テープも伸びると思われているが、
いまも手元にあるカセットをウォークマンプロで再生しても
伸びているものは見かけない。
音の悪いCDをカセットに録音し直すと
聴きやすくなることを経験したのもこの頃。
サーという高域のヒスノイズが気になるのは最初だけで
いつのまにか人間の脳が補正してしまう。
(むしろ量子化の隙間を適度に埋めて音楽再生に貢献していたのではないかと)
だから、ノイズを低減するドルビーCなどをかけると
かえって音楽の躍動が損なわれてしまうことも知っていた。

どうやって生きるかに悩んだ70年代は過ぎ去り、
80年代を迎えた若者は自信に満ちていたようにも思う。
田舎の若者たちは給料の大半をつぎ込んで
お気に入りの5速マニュアルのクルマを改造。
カーステ全開で海辺を走ればそれでご機嫌。
将来の不安など微塵もなかった。
大きなラジカセを肩に担いで
500マイルは遠くない、
と若者を旅と音楽に誘うCMが流れていた。

ぼくは、ミノルタの一眼レフを片手に
自由な気分が横溢する時代を感じながら
南太平洋の島をめぐり、
日本各地、四国各地を歩いた。
できないことなんてないと思っていた。
死にかけたこともあるけれど、楽しかった。

音楽も世相を反映してか、まさに百花繚乱。
大滝詠一が発売された1981年の
シングルとアルバムの年間売上10位は以下のとおり。

◆昭和56年(1981年)のシングル売上10位
1位 寺尾聰:「ルビーの指環」
2位 竜鉄也:「奥飛騨慕情」
3位 近藤真彦:「スニーカーぶる?す」
4位 イモ欽トリオ:「ハイスクールララバイ」
5位 松山千春:「長い夜」
6位 都はるみ:「大阪しぐれ」
7位 シャネルズ:「街角トワイライト」
8位 五輪真弓:「恋人よ」
9位 松田聖子:「チェリーブラッサム」
10位 松任谷由実:「守ってあげたい」

◆アルバム10位
1位 寺尾聰:『Reflections』
2位 大滝詠一:『A LONG VACATION』
3位 アラベスク:『グレイテスト・ヒッツ』
4位 松山千春:『時代をこえて』
5位 T.C.R.横浜銀蝿R.S.:『ぶっちぎりII』
6位 オフコース:『We are』
7位 中島みゆき:『臨月』
8位 ノーランズ:『恋のハッピー・デート』
9位 ノーランズ:『セクシー・ミュージック』
10位 五輪真弓:『恋人よ』

そして、バブルの崩壊とともに80年代はその終焉を迎える。

久しぶりに、レコードをターンテーブルに載せる。
アンプは、オンキヨーのデジタルアンプから
ビクターのアナログアンプに戻した。
(良質のフォノイコライザーを内蔵している)
チューニング音から「君は天然色」が始まった。
アルバム全体に「A」コードのソノリティが充ちていて
大滝詠一の声も南のリゾートに誘った。

手元には、極上のアナログレコード(初回プレス)、
そして20周年リマスターCDがある。
けれど、いま買うのなら
2011年に発売された30周年リマスターだ。

視聴ボタンから流れる音楽を聴いただけで、
20周年リマスターと大きな違いがある。
(20周年盤は鮮明だけど違和感があって最後まで聴き通すのがつらい)
あの時代の空気を感じるのは、
30周年リマスターだ。
(早めに押さえておかないと入手が難しくなりそう)
A LONG VACATION 30th Edition


追記

大晦日の夜、除夜の鐘の鳴る頃、
ロング・バケイションを久しぶりに部屋で聴いた。

さすが、オーディオシステム。
カーステレオでは聞こえてこない
音の万華鏡が手に取るようにわかる。
コーラスの多重録音や楽器の細やかな出し入れなど、
凝った音づくりに聞こえるけれど、
音楽の流れは途切れていない。
もしかして、基本トラックの音録りは
通しで、それもワンテイクで拾っているのではないだろうか。

アルバム全体を通してリゾート一点張りの音楽ばかりではない。
曲想の変化を持たせてみました、
と取って付けたような不自然さはないのに、
センチメンタルを表現しようとはしていないのに、
オプティミストやペジミストの佇まい、
メランコリーが立ちこめる。

レガートでつないだ旋律に運ばれて
言葉の音節が日本語の位置に縛られることなく自在に動く。
ロックのリズムというか、曲の魂を優先させたからだろう。

雨のウェンズデイ、スピーチバルーンが流れる頃、
日付が変わった。

大滝詠一は楽曲にメッセージを込めることはしない。
職人芸で音を紡いでいくだけ。

好きにやりなよ―。

そんな大滝詠一の世界観。
追悼の文章なんて彼に似合わない。
あの時代の空気が、いまの時代に必要だから。
posted by 平井 吉信 at 16:43| Comment(0) | 音楽

2013年09月03日

いまの時代だから吉松隆 音楽の花がしずしずと開く 


虫の鳴く声に秋が濃厚になってきた。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番が似合う季節となった。
以前に、ユジャ・ワンを紹介したけれど、
ロマンティックが好きな人はリヒテルなど。
ツィマーマンはいいけれど、
ピアノの表現の深さに圧倒されてしまうので。

作曲家たちは、♪の高さと長さで躍動するいきものをつくる。
ところが、そのパターンも無限にあるわけではない。
もう、美しい旋律は出し尽くされたのではないか。
いまの時代にそぐわないのではないか。

いや、そんなことはない。
むしろ、それを受け止める人々の心が変わったのだと。
木訥とした東歌(あずまうた)や
愛の歓びを直截的にうたいあげた
万葉の時代に戻れないように
(新古今の時代にはすでに失われてしまった)
21世紀は、
美しい旋律をそのままに愛でることをためらうようになったのか。

作曲家が旋律を奏でることを諦めた21世紀に
日本の作曲家が挑戦しているようだ。
とはいえ、決して懐古趣味でもなければ、
耽美的に過ぎることもない。

吉松隆との出会いは、
英シャンドスレーベルから発売された
ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」だった。
静謐、耽美、躍動を織り交ぜた佳品で
夜の空間にぽつんと浮かび上がるように
少しずつ花開いていく。
包まれながら眠りを誘う楽曲。



よく聴いているのは「プレイアデス舞曲集」。
これは、田部京子のピアノが超絶的に美しい。
ピアニストの独白と楽曲の語りかけが溶け合い、
聴くものをこのうえない幸福感に包む。
彼女のモーツァルトの協奏曲やシューベルトなども
実演で聴いてみたいと思う。

作曲者自身が次のように解説されている。
「プレイアデス舞曲集」は、虹の7つの色、いろいろな旋法の7つの音、様々に変化する7色のリズム、を素材にした「現代ピアノのための新しい形をした前奏曲集」への試み。
 バッハのインヴェンションあたりを偏光プリズムを通して現代に投影した練習曲集でもあり、古代から未来に至る幻想四次空間の架空舞曲を採譜した楽曲集でもあり、点と線だけで出来た最小の舞踊組曲でもある。


NHKの大河「清盛」でも、
重要なモチーフとして挿入されたのは、
プレイアデス舞曲集の「4つの小さな夢の歌 」から
「春:5月の夢の歌」だった。

CDでは2枚に分かれていてどちらも揃えるべきだが、
ぼくは第2集をよく聴いている。





交響曲第4番。
それは、古今の交響曲の旋律のいいところどりという
楽しい交響曲である。



もしかして、吉松作品は、東日本大震災を経験した私たちが
もっとも必要としている音楽なのかもしれない。

自宅の庭の花。
この花も朝露を浴びて、開くことを夢見ている。
いや、意思の力で開く。
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タグ:音楽
posted by 平井 吉信 at 22:54| Comment(0) | 音楽

2013年08月25日

雨降りの日曜 みかん蜂蜜と採れたてブルーベリーとドビュッシーで

四国では久しぶりの雨があった。
まわりの景色が潤って見え、
雨なのに心にざわめきを感じる。
図書館にでも行ってみたくなる気分。

朝食は、
地元農園の採れたてブルーベリー(1パック200円!)に
みかん蜂蜜をかけたヨーグルト。

蜂蜜は地元勝浦町産の松平養蜂場。
みかん農家が養蜂しているのだろう。
上品な甘みとほのかな柑橘の香りがいい。
価格も300グラムで920円と手頃。

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コクが欲しいときは
ニュージーランド産のオーガニッククローバー、
料理用には廉価なカナダ産を使っている。

昨晩、十数年ぶりにビフテキを食べた
(ということは、つくるのも十数年ぶり)。
肉は地元の牧場直送でていねいに育てられたもの。
(100グラム900円程度)
フライパンはリバーライトの26センチ鉄板で。
(→ RIVER LIGHT 極 フライパン 26cm 12K26
まずは、肉を半時間程度常温に置く。
フライパンを充分加熱したあと少し冷まして
弱火でニンニクの香り付け、
ニンニクを取り出して、強火に切り替え。
火力を強火を中心に徐々に中火に下げつつ
裏返して再び強火、
最後は赤ワインのフランベで仕上げ。

(掃除も洗濯も料理も家事全般はおもしろい。そんな単純な日常のなかに人生の真実があるんよね)

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だから、朝は軽く、けれど雨に弾む心で。

ならば、ドビュッシーを聴こう。
曲は「喜びの島」。
サンソン・フランソワで。

シャガールの「ペレアスとメリザンド」の好きな人には、
「牧神の午後への協奏曲」ともに楽しめる。

両手を拡げて空に向かいたくなるような気分の朝には
決まって「喜びの島」が聴きたくなる。
ほかにも、しっとりとしたベロフや
近年にBISレーベルで録音された
小川典子の全集も持っているが、
フランソワが気まぐれに光を散乱させる
ひらめきに浸ってしまう。

フランソワ節がドビュッシーの楽曲の構造と合致して
どちらが作曲でどこまでが演奏なのかがわからない。
(永遠の夏が)いつまでも続いて欲しいと感じつつも
ソナタ形式のような物語ではないけれど、
終盤に向けて楽曲は準備を進め、
フランソワはますます飛び跳ねて
突然終わりを迎えてしまう。



実演で聴けるなら、
田部京子で聴いてみたい気がする。
吉松隆の「プレイアデス舞曲集1&2」では
静謐で音のない世界の美しさまで描いてみせた。
(リンク先でぜひ視聴してみてください。例えば、第2集の1曲目「4つの小さな夢の歌」は先のNHK大河ドラマ(清盛)で聴いたことがあるのでは。第2集のジャケットも田部京子が夢幻のように美しい)




盛夏を過ぎて秋を迎える心の準備は
カルミナ四重奏団のドビュッシーとラベルの弦楽四重奏曲もいい。



蜂蜜とブルーベリーとドビュッシー…なんだか、歌のタイトルになりそうな(^^)。

posted by 平井 吉信 at 11:59| Comment(0) | 音楽

2013年08月11日

真夏の「スコール」(松田聖子) Blu-spec2 CDで


連日40度を超える地域がどこかで観測されるという猛暑。
きょうは日曜日だけれど仕事をしている。
その事務所の気温は32.6度、湿度77%。
でも、快適。
食欲はまったく落ちず、仕事もはかどるのは、
時間をかけて慣らしたから。
(いきなり真似をしても難しいですよ)

地球温暖化が予想されていた頃、
海、山、川が好きな人間にとって
時間をかけて身体を高温に慣らしていこうと
考えたのが約十年前。
毎年エアコンの稼働日数を少しずつ減らしていき、
心理的にも涼しく過ごせる工夫を加味し、
ついに昨年にエアコンを取り外すことに。
(8000メートルの高度に一月かけて慣らすのと同じ)

水分を意識して取らないのもコツ。
世の中は水分を取れの大合唱だが、
必要以上に取りすぎていないだろうか?
(逆に高齢者は咽の渇きを意識しにくい。ならば、発汗量などから必要な水分と電解質の量を算出して表示、警告するような携帯型の測定器を誰か開発しないだろうか)

暑い夏を涼しく過ごす工夫のひとつは音楽を聴くこと。
「あまちゃん」ブームで、かつてのアイドルに光が当たっているけれど、
ユニットでうたうことが多いあの手のモノにはなじめない。
(仕掛けの匂いが濃厚で好きではない)
「あまちゃん」はその舞台裏を皮肉っているようにも見えるが。

そんなおり、ソニーから、
Blu-spec CD2」という技術を応用した
音楽CDのシリーズが2013年7月に発売された。
(通常のCDラジカセやCDプレーヤーで再生できる)
買ったのは、松田聖子の「SQUALL」(彼女のデビューアルバム)。

この年の冬は大雪に見舞われるのだが、
夏はからりと晴れ渡って空気が澄んでいた。
そんな1980年夏の発売。

実はレコードも持っているけれど、
ターンテーブルに載せる時間はなかなか取れない。
(オンキヨーのデジタルアンプのフォノEQも実用的ではないし)
そこで、CDを買ってみた。

さあ、かけてみよう。
少しずつ音量を上げていく。
再生装置は、デスクトップに接続したTIMEDOMAIN light
(仕事オーディオ)。
そして、オンキヨーのデジタルアンプA-1VLに接続した
無垢マホガニーの箱でソフトドームが奏でるビクターのSX-V1(部屋オーディオ)。
(ハイエンドオーディオ装置の持つ「嫌な重苦しさ」がないのが良いところ)

一曲目の「南太平洋サンバの香り」、
言葉尻を捉えるつもりはないけれど
「南太平洋 ポリネシアの香り」とか「フラの香り」、
もしくは、「大西洋 サンバの香り」か。
でも、これでいい。
作詞家は百も承知で「南太平洋」の持つ南洋の果てしないロマンと
「サンバ」の持つ非日常のざわめきを感じながら
語感の良さも加味して直感的に付けたのだろう。

波間を縫ってサンバのぞめきがフェードインすると、
聖子の声が登場、
リズムと旋律をていねいに出し入れしながら
声に寄り添う。
キーは高めで、
声が裏返る手前のハイトーンを引き出している。

数十年に一人の逸材と見抜いたからこそ、
デビュー曲に「裸足の季節」を使ったのだろう。

歌いこなすのには技術を要する楽曲である。
揺れ動く心を暗示する半音階を多様しつつ、
弾ける若さを表現するため音程の跳躍も随所に散りばめ、
場面展開にはコード進行を変える。
(音程を追いかけるだけで大変=音程のずり上げやオーバーシュートしないよう)
印象的なサビは親しみやすい旋律で
わかりやすい音程と伸ばす音符でハイトーンを際だたせる。
(計算し尽くされた楽曲である)
うまくいけば、
他のアイドルとは楽曲の難易度で差を付け、
(歌いこなすことで耳に残る)
表現力でさらに印象づけるという戦略だったのかも。

そして2枚目のシングル「青い珊瑚礁」で弾けた。
この曲もサビが印象的だけれど、
その後の低い音での独白が要。
等身大の18歳が声色を切り替えて表現する。

いま聞いても「若い」(幼い)という感じがしない。
デビュー当時から大人に憧れる感性(=の色気)を持っていたから。
逆に、いまでも小娘のような雰囲気を漂わせている。
(でも、好きなのは10代から20代半ば=1987年までだが)

ファーストアルバム「SQUALL」は、
ピンクのトーンに包まれたアップのジャケットとともに
店頭で光を放っていたことだろう。
(CDの発売前なので30センチLPレコードの時代)

さて、Blu-spec CD2で再発された
このアルバムの音質についても触れておこう。

音が躊躇なく波形が立ち上がる感じで歪み感極小、
アナログの持つ空間に拡がるプレゼンスとは異なるけれど、
それを補ってあまりある低域の安定感と抜けの良さ。
無理なく音楽のエッセンスを凝縮した感じ。
カッティングレベルを上げて
音圧感を演出するのではないかと危惧したが、
得られた再生音は、いつまでも浸っていたいと思える自然な音。
(隣の部屋で聞いてもわかると思う)
こんなCDを80年代に出して欲しかった、と思った。
(久保田早紀の「サウダーデ」も発売されているではないか)

もう一枚、今回のシリーズではない単発のシングルだけれど、
「小麦色のマーメイド」をご紹介。
これには「マドラスチェックの恋人」がカップリング。
彼女のシングルでは、この曲(両面とも)がもっとも好き。
リゾートのはざまに漂う小麦色の娘という
つくられた世界なのだけど、
3分のミディアムテンポの楽曲が非日常の世界観を描ききる。
「音楽ビジネス」の凄みを感じるが、
当の本人はどこまでも涼しげ。
(「潮騒のメモリー」は、「小麦色のマーメイド」へのオマージュか)。

いつも思うけれど、大ヒット曲のなかには、
「なんでこんな曲が?」というのが少なくない。
逆に、いい曲なのに、セールスは伸びなかったという例は多い。
でも、ひとつ言えることは、
売れることをねらって(しかも当たった)
アーティストはその後が続いていない。
売れなくても伝えたいことを地道に伝えるアーティストは息が長い。
メッセージは継続して発していかなければ信頼されない。
音楽ビジネスもマーケティングの縮図のようである。

もちろん、世阿弥の「風姿花伝」が説くように、
若い頃ならではの輝き、きらめきでしか伝えられないこともあるし、
年齢ならではの輝きを付加して磨いていくアーティストもいる。
(感性が枯れてしまった大御所たちの名前は出さないけれど)

カップリングの「マドラス〜」もいい。
マリーナの桟橋に真っ白のクルーザーという舞台設定だが、
陽気に過ぎ去った夏への心象風景を
女の子の心理で切なくも淡々と綴った夏の名曲。
(「Pineapple」で突き抜けた聖子はすでに新しい世界を築いていた)

それからときが過ぎて、1985年の「ボーイの季節」。
(作詞/作曲:尾崎亜美 編曲:大村雅朗)
松本隆の世界観とは異なるリアルな状況で
切ない夏を描ききる。
シングルとしてはここまでしかフォローできないけれど、
ビジネスを越えた魂を感じてしまう。


ソニーの Blu-spec CD2シリーズでは
かつての名アルバムたちが続々と登場する。
Blu-spec CD2が発売されたからといって、
すでに持っている人は、
改めて買い直す必要はないとは思う。
(このシリーズではまだ1枚しか買っていないが)

真夏のひととき、氷を入れたコーラを飲みながら
やわらかな音楽が弾んでいくのも
良い時間の過ごし方かと。
中域の実在感と弾むようでいて自然な音質に打たれたのである。
(それがBlu-spec CD2の本質ではないかと)










Blu-spec CD2
原盤の材料を従来のガラスから、半導体製造用のシリコンウエハーに変更。カッティングマシン本体もBlu-ray Disc用とし、トラックピッチは約20倍、レーザーの照射位置精度は10倍に向上。また、感光剤も金属酸化物の熱記録方式に改めて記録精度を上げたことにより、ジッター値を1/2に低減したもの。


posted by 平井 吉信 at 15:08| Comment(0) | 音楽

2012年12月16日

2つのサウダーデ〜久保田早紀「サウダーデ」と新田次郎・藤原正彦「狐愁 サウダーデ〉」〜

2012年11月下旬に、
新田次郎の絶筆となった作品を受けて
子息の藤原正彦さんが完成させた書籍、
孤愁〈サウダーデ〉」を購入した。

久保田早紀「サウダーデ」
アナログレコード(LP)の時代に購入したもの。

D7K_2538a.jpg

「サウダーデ」で結ばれた
音楽と書籍について記してみる。
まずは久保田早紀から。

久保田早紀は、1979年の「異邦人」のヒットで知られる。
独創的な詩と旋律を別世界に連れ去る編曲の妙、
彼女が天を見上げたり、
ためいきを肩で付いたりするだけで
楚々とたゆたうヴォーカル。
音符が逃げ出す隙間さえない音楽の密度に
多くの人が逃げ出せなくなった。

それから1年後、
彼女はポルトガルに赴いてアルバム「サウダーデ」を録音した。
情念豊かなポルトガル音楽「ファド」を意識したといわれる。
(※リスボンで録音されたのはA面)。
サウダーデ


アルバムの冒頭に聞こえてくるのは
からみつくような二本(もしくはそれ以上)のポルトガルギター。
ギターの伴奏は雄弁にかき鳴らされるが、
声にからみついては浮き上がらせる。
この世界をつくっているのは確かにギター。
ざわついては心をかきたてる。

ヒット曲の呪縛を解き放たれた「異邦人」。
ポルトガル娘のためいきが聞こえてきそうな「アルファマの娘」。
路地から路地へ声かけて歩く
お人好しの笑顔には深い皺があると「トマト売りの歌」。
沸き立つアルペジオが見事に決まる「18の祭り」。
(18になった娘が束ねた髪をほどいて踊る。そのスカーフが落ちたのが好きな男の前なんて)。
移ろう水、見つめる心が揺らいで、ひとり佇む。
切なさの頂点に紡がれた「4月25日橋」。
風景を切り取り、登場人物に生命を与え、
ひとつの小宇宙をつくる。
(なんて豊かなファンタジーなんだろう)

久保田早紀がこのアルバムをつくったのは22歳。
等身大の彼女がいまもスピーカーから流れ出すと、
通り過ぎたいくつかの情景、場面が回り始める。
いまでも心をこれほどかき乱されることなんて。

涼しげなヴォーカルは
猫の目のように表情を変えていく。
青春の情熱を抑えていても
転調の瞬間、白い微笑みがこぼれていく。
(あのモーツァルトのように)

確か彼女は天文に興味があったはず。
当時のぼくも天文学者になりたかった。

これだけの作品がつくれたら
アーティスト冥利に尽きるだろう。
持っているレコードとCDから
感性がきらめくベストテンを選ぶとしたら
このアルバムを入れておく。
(ただし、感性の切れ味を堪能するのは疲れることも。そんなときに「木綿のハンカチーフ」を聴くと無条件でなごんでしまう)

2012年冬、あれから30年を経てまだ手に入るなんて。
アマゾンでレビューを綴る人たちも同じ思いのようだ。



孤愁〈サウダーデ〉については後日。
タグ:音楽 天文
posted by 平井 吉信 at 02:12| Comment(0) | 音楽

2012年10月27日

ラフマニノフの2番をユジャ・ワンで 咲き誇る花をちらりと魅せる


ユジャ・ワン。
それは、YouTubeで
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を彷徨っていてみつけたもの。

第1楽章〜第3楽章
http://www.youtube.com/watch?v=yJ1v0N9TKfc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=q752m5YWPb4
http://www.youtube.com/watch?v=VXjPo1yRG0M

ラフマニノフの2番は
胸の疼くような耽美をピアノと管弦楽で描いた名作。
熱烈な恋愛のさなかにこの曲に浸ると
細胞が溶けてしまいそうだった20代。

その頃買ったのが
リヒテルが1960年代に録音したもの(アナログレコード)。
ヴィスロツキ/ワルシャワ国立フィルのローカルオケがいい。
ピアノの一部となって寄り添う。
19世紀のロマンティシズムを綿綿と綴った耽美の極地で
独身の若者が浸るには美しすぎる音楽だった。




アシュケナージのLPも持っている。
リヒテルに比べれば
淡々とグランドマナーで楽曲を再現していく。
ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウのバックが絶妙で
第2楽章の終わりなど、ひたひたと押し寄せる弦楽に包まれて
ピアノが昇華していく。

21世紀になってからは
ツィマーマンのCDが新たに手元に加わった。
ツィマーマンは若い頃、徳島に来たことがあった。
夫人を伴っての来日公演で、
演奏会終了後に彼女に寄り添って会場を去っていった。
音楽の向こうに、
彼が醸し出す孤高の求道者と妻を愛するひとりの人間の姿が重なった。

ツィマーマンは2000年に小澤とこの曲を録音した。
他の演奏者と次元が違うぐらい雄弁に語り掛ける。
その技術をハガネのような精神で空間にほとばしらせる。
繊細、緻密、大胆、劇的、そして内省的、
最大にして必要最小限。

楽曲の背後にある精神をえぐり出して
かたちにした求道者のような演奏だ。
この曲にもはや解釈の余地が残されていないのではないかと思えるほど。
曲よりも演奏者の力量が優っている印象もあるけれど。




久しぶりに、別の演奏を探してみようとしたら
ユジャ・ワンだった。
感じたままに音をつむぎながら
随所に音がきらめく。
強い音のあとの弱音の美しさにはっとする。
切れ味鋭く、しなやか。
咲き誇る花を秘めていても
すべて見せずに、ちらりと魅せるように。




彼女の個性が示されているのが
トルコ行進曲。
http://www.youtube.com/watch?v=vWFcbuOav3g&feature=related
この演奏はおもしろい。
「音楽」が「音」で「遊ぶ」としたら
彼女は「遊んでいる」。
(道を究めようとする人だけが、「遊び」を知っている)


調べると、北京生まれの20代の女性だとわかった。
ユジャはミニスカートで演奏会を行うこともあり、
物議を醸している。
それは、彼女のメッセージだと思う。
「伝統」という殻を壊しているのだ。
かたちにとらわれる人たちに突きつけた挑戦状。
でも、ぼくには仮面の下の無邪気な彼女が見えるような気がする。
(いまはそんな「花」でいいけど、30代になったら、あなたはどう演奏する?)

かたちをなぞることなく、精神を活かし、
いまの時代に再創造していく試み。
音楽に限らず、商店街や企業のあり方だってそう。

人の生き方も。

タグ:音楽
posted by 平井 吉信 at 11:25| Comment(0) | 音楽