2016年10月29日

眠りの前に聞いて深い安らぎに誘われる そんな音楽があります


カフェに行けなくても瞑想の時間は取りたい。
瞑想のときには音楽は要らない。
瞑想といってもいまや宗教とは無関係。
Googleなど世界的な企業が組織的に取り入れている
マインドフルネスという考え方によるもの。
瞑想の効能はもはや大脳生理学で明確に実証されている。
専門用語でいえばヴィパッサナー瞑想。

別の話題をもうひとつ。
人は成功するから幸福なのではなく
幸福感があるから成功するということ。
ハーバード大の教授が執筆したベストセラーがある。
「幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論」
(ハーバードからこのような研究が出たのはさすがだと思う)
http://amzn.to/2eFhmRL

ストレスと付き合っていくために
自分をよく知るとともに
ストレスを自分で管理する(ストレスマネジメント)。
幸福を感じる心が生きる原動力であり、そのための心構えが述べられている。
(幸福感とはかつて自己啓発セミナーで取り上げたようなポジティブシンキングとは違う。後者はむしろ他人の気持ちに気付かないふりをしているのではとさえ思うのだ)
幸福を感じる生き方が幸せな生き方、というと禅問答のようだが
この本の趣旨を理解して取り入れられたら
充実感が違ってくるだろう。


さてと、表題に背かないために情報(というか体験)のご提供を。
日本ではプレムプロモーションレーベルからいいのが出ている。
音楽を聞き込んだぼくがおすすめできる厳選した3枚。

★クワイエット・アース/カマール
http://amzn.to/2eZ48NW
試聴ができるhttp://www.relax-garden.com/products/detail.php?product_id=81

この音楽を聴くと、地球の黎明という言葉が浮かぶ。
まだ生物もいない原始地球に音の風景があるとしたら
まだ旋律は生まれていないが
ゆらぎがときおり音程のつながりに昇華するとしたら
こんな音楽ではないかと。
右脳と左脳を調えるなどとうたわれているが
頭のすみずみから淀みが押し出されてすっきりとする。
特に1曲目が白眉。
空間にしずしずと響いて細胞のなかに入り込んでくる。
そこにはこの手の音楽にありがちな作為性、
「癒やしってこんなもの」の意図が感じられない。
細胞レベルで癒やされる感じがする不思議な感覚。


★タントラ/アヌガマ
やさしい波動にあふれている。
荘厳というよりは人の気配。
淡い泡の海に漂うような。
明るいけれどもおだやか。
クワイアットアースとの共通点は潮騒を感じるところ。
http://amzn.to/2eRbhlO


最近購入したのをもう1枚だけ。
これもプレムプロモーションレーベルだが、
紹介する力学も意図もまったくない。たまたま揃っただけ。

★Moon Light Ocean-海の月光浴

波の音が基本にあってそこに音楽がかぶさっている。
一般的な波音のCDは波の音だけなので
室内に飛沫が飛び交うようで波に神経が行っていまい、
居心地が悪く感じられることがある。

制作者の中田悟さんは、BSセント・ギガで耳にしていた。
(良い放送局であったが、残念ながら経営破綻)
自然音に造詣の深い方で多数の録音を残されている。
すでにお亡くなりになっていたのだ。
http://www.bayfm.co.jp/flint/20080309.html

中田さんの波の音は適度に音楽と溶け合う。
音楽(旋律)が出しゃばらず波の音が尖らない。
瞑想中にかけて良い音楽があるとしたら
これだと思う。
瞑想に音楽が向かない理由は
呼吸に集中するのに旋律や律動が邪魔するから。
(特に知っている旋律の場合。絶対音感のある人は無意識に音符にしてしまうし、そうでない人もメロディーを追いかけてしまう)
ところが、このCDは違う。
自然音と音楽がこれほど違和感なく融合しているのは
長年の経験と感性だろう。
瞑想するときにむしろかけたくなるし
眠りに就く前にかけたままでいつのまにか意識が薄れている。
(眠りは深い)

クルマの運転中にかけながら深呼吸をすることもある。
すると、意識が調って身体の調子が改善する。
その後の運転が冴える。
(眠気をさますのに使える)
http://amzn.to/2eX2Jrz


ストレスマネジメント、幸福感、瞑想―。
同義語で捉えられる。
タグ:瞑想
posted by 平井 吉信 at 17:17| Comment(0) | 音楽

2016年09月27日

童謡、唱歌で 夢は山野を駆けめぐる


以前の話題の続き

童謡・唱歌でもっともよく聴いたのがこどもたちによるもの。
NHK東京放送児童合唱団による「早春賦 珠玉の唱歌名曲集」(キングレコードK30X-244)。
http://www.oricon.co.jp/prof/17893/products/131273/1/
(1988年の発売だが、すでにメーカーや合唱団のWebサイトからも消えているようだ。CDは見つけたときに買わないと後がない)
【収録曲】
1. 早春賦
2. 朧月夜
3. 故郷
4. 若葉
5. 茶摘
6. 田植
7. 港
8. 夏は来ぬ
9. 海
10. 牧場の朝
11. 我は海の子
12. 村祭
13. 紅葉
14. 野菊
15. 冬景色
16. 冬の夜
17. 鎌倉
18. 故郷の空
19. 埴生の宿
20. 故郷を離るる歌
(残念ながら廃盤で入手は難しいかもしれないが、中古市場にはあるだろう)。

児童合唱団としての歌唱のレベルは高いが
おとなのようにパフォーマンスがないからいい。
合唱団にありがちなアレンジしすぎて楽曲のニュアンスを損ねることはない。
(子どものお遊戯のレベルではなく安心して聴くことができる。合唱団の技巧が前面に出すぎれば唱歌の世界が小さく沈むが、この盤はそのバランスが絶妙なのだ)

楽曲によってソロパートと合唱パートが交替する場面があり
ソロの子どもたちの突き抜けた透明感は何物にも代えがたい。
秋の野を影絵となってひとりとぼとぼと歩く姿が見えるようだ。
そして仲間が戻ってきて音楽の輪に包まれる。
子どもの顔に笑いが戻る。

伴奏も弦楽器、ピアノ、ハーモニカなど
楽曲によって個性を際立たせて
聴き終える頃には胸にあたたかいものが残る。

現役版で探してみると、次のものがあった。
http://amzn.to/2d5eEmd
カメラータによる録音がとてもていねいで
関係者の思いを感じることができる。
【収録曲】
・汽車(文部省唱歌/作詞不詳/大和田愛羅/編曲:糀場富美子)
・たこのうた(文部省唱歌/編曲:糀場富美子)
・村の鍛冶屋(文部省唱歌/編曲:大竹くみ)
・めえめえ児山羊(藤森秀夫/本居長世/編曲:北爪道夫)
・椰子の実(島崎藤村/大中寅二/編曲:北爪道夫)
・冬景色(文部省唱歌/編曲:鷹羽弘晃)
・一番星みつけた(文部省唱歌/生沼勝/信時潔/編曲:鷹羽弘晃)
・ふじの山(文部省唱歌/厳谷小波/作曲不詳/編曲:大竹くみ)
・村祭り(文部省唱歌/編曲:糀場富美子)
・夕焼け小焼け(文部省唱歌/中村雨紅/草川信/編曲:糀場富美子)
・案山子(文部省唱歌/編曲:糀場富美子)
・故郷(尋常小学唱歌(高野辰之/岡野貞一/編曲:大竹くみ)
・どこかで春が(百田宗治/草川信/編曲:鷹羽弘晃)
・3つの太郎のうたメドレー(編曲:鷹羽弘晃)〜浦島太郎(文部省唱歌)〜金太郎(石原和三郎/田村寅蔵)〜桃太郎(尋常小学唱歌/作詞不詳/岡野貞一)
・赤とんぼ(三木露風/山田耕作/編曲:北爪道夫)
・あの町この町(野口雨情/中山晋平/編曲:鷹羽弘晃)
・雨降りお月さん(野口雨情/中山晋平/編曲:糀場富美子)
・アメフリ(北原白秋/中山晋平/編曲:糀場富美子)
・波浮の港(野口雨情/中山晋平/編曲:北爪道夫)
・旅人の歌(野口雨情/中山晋平/編曲:大竹くみ)
・出船の港(時雨音羽/中山晋平/編曲:大竹くみ)
・砂山(北原白秋/中山晋平/編曲:大竹くみ)
・東京音頭(西條八十/中山晋平/編曲:北爪道
テクニックはさらに磨かれていてアレンジも芸術性を高めている。
けれど、あの旧版がさらに忘れられない。

小さな灯りに代えて小さな音量で唱歌を聴く秋の夜長は、
子どもの頃かけめぐった山野を閃光のように蘇らせてくれる。
posted by 平井 吉信 at 11:05| Comment(0) | 音楽

2016年09月25日

森山愛子 応援しています


前頁から

森山愛子 コンプリートベスト から 赤とんぼ
http://amzn.to/2cvyUzX
レコード会社は森山愛子に叙情歌を歌わせた企画を実現して欲しい。
これだけの歌手の旬を記録しないのはもったいない。
(誰か金持ちのパトロンが付いてレコード会社に大金を積まないものか)
かろうじてYouTube上でNHKの番組の公開収録のうたが見つかるが。
https://www.youtube.com/watch?v=i8FbONpEroQ
個性を出して(小節で)成功したのは唯一この人だけ。
シンディ・ローパーのやさしい感性がうかがえる。
シンディは、震災直後の3月16日、コンサートを(チャリティを兼ねて)予定どおり行った。
彼女もその感受性ゆえに人の心の痛みのわかる音楽家である。

NHKにて
https://www.youtube.com/watch?v=8LwJ-lYmuAk
解説付
https://www.youtube.com/watch?v=6J2f-pLI6c8
(後半にコンサートの映像がある。彼女の赤とんぼでももっとも歌の世界に没入したもの)

ふるさと
https://www.youtube.com/watch?v=k3mxDGGzFuw

千曲川
https://www.youtube.com/watch?v=m6aN0ltN3yg

アンコ椿は恋の花
https://www.youtube.com/watch?v=T2KFkDBWKsU

ヨイトマケの歌
https://www.youtube.com/watch?v=bOvNr5395jM
https://www.youtube.com/watch?v=R-MDpPSAFVI

麦畑
https://www.youtube.com/watch?v=yKNQSjQyqJU
コミカルな味がいい。由紀さおりのようだ。

逢いたくて逢いたくて
https://www.youtube.com/watch?v=bwenCDRLST4
東京ドドンパ娘
https://www.youtube.com/watch?v=k417W-tSRVE
銀座カンカン娘
https://www.youtube.com/watch?v=LFn_g71AQnQ
リンゴの唄
https://www.youtube.com/watch?v=0B-n8EVIuHA
蘇州夜曲
https://www.youtube.com/watch?v=yMGnbi3wD1U
青い山脈
https://www.youtube.com/watch?v=-Hrpr9wNBpE
カナダからの手紙
https://www.youtube.com/watch?v=9IghWDA0mEM
(山川豊と)
https://www.youtube.com/watch?v=_yzNhlsSHD4
(平尾昌晃と)
https://www.youtube.com/watch?v=_yzNhlsSHD4
都会の天使たち
https://www.youtube.com/watch?v=WycHHXHKgyA
昭和歌謡はいい感じ。

なごり雪
https://www.youtube.com/watch?v=UgxMKZDzfWA
https://www.youtube.com/watch?v=6L-C_hbGunc

琵琶湖周航の歌
https://www.youtube.com/watch?v=_brnCnvl5-Q

時代
https://www.youtube.com/watch?v=ZwdDbvafh1g

八月の濡れた砂
https://www.youtube.com/watch?v=h9MdRGalTk4

イムジン河
https://www.youtube.com/watch?v=9QAgGt-Pbso
約束
https://www.youtube.com/watch?v=cyMnvw6Djx0
https://www.youtube.com/watch?v=NdKNyK4QJLM
(韓国歌謡の情感とは距離が近い)

未来予想図2
https://www.youtube.com/watch?v=ycZIihGtauQ

スイートメモリー
https://www.youtube.com/watch?v=pxJjICWQ_Kk
小節は使わなくても歌える。

ひこうき雲
https://www.youtube.com/watch?v=fuI7ofi2244

やさしい悪魔
https://www.youtube.com/watch?v=PceI_6fij0o
(これはキャンディーズに及ばない。急ごしらえのトリオだから)

わたしの彼は左きき
https://www.youtube.com/watch?v=M3j8i9Py8S8

みずいろの雨
https://www.youtube.com/watch?v=4z2Ov2wU0Gc
(これはオリジナルが強敵)
https://www.youtube.com/watch?v=SijwJOkSKTA

手紙
https://www.youtube.com/watch?v=G8K0uplLWfg
(またまた強敵にぶつけてきた)

いい日旅立ち
https://www.youtube.com/watch?v=k2PjSMeWIBY
(元歌は山口百恵の祈りを込めた情感が印象的だが)

涙そうそう
https://www.youtube.com/watch?v=trOFhJeuvVY


https://www.youtube.com/watch?v=ue8XZIzLZJk

浜辺の唄
https://www.youtube.com/watch?v=gZ7exjLwNHA

悲しい歌でも間奏中に笑顔を見せるのは、
森山愛子は聴いている人を思って歌っているから。
歌のうまさはだれのために使うかを心に留めている人。

それにしてもこれだけのレパートリーをこなしているのに驚く。
地方を題材にして小節を使う情感豊かな楽曲は十八番だが
それ以外にも歌の世界に浸ることができた。

歌は人を振り返らせ、未来を向く勇気を少し感じることができる。
森山愛子にはカバーアルバムをつくって欲しいと願っている。
http://amzn.to/2cvM9QZ
タグ:森山愛子
posted by 平井 吉信 at 16:09| Comment(0) | 音楽

童謡、唱歌、叙情歌を秋の夜長に聴く 決定版を探して


由紀さおり(安田姉妹)つながりで前からの続きということで。

童謡と唱歌の魅力についてはそれぞれの想い出が照らしてくれる。
その追体験をしたいからCDを聴くのだけれど
どれを選ぶかが難しい。

お姉さんとの姉妹での童謡や唱歌も人気作となっている。
トルコ行進曲での超絶技巧も楽しい。
でも、童謡や唱歌は繊細で歌手の自己主張のさじ加減が難しい。
ぼくもこれまであまたの歌手を集めてみた。

倍賞千恵子 叙情歌全集
http://amzn.to/2d0ktl0
凛として昭和の生活感を背負った歌がある。
叙情歌をサロン芸にしないために、
全集だったが思い切って手に入れた。
歌は楽曲の世界を壊すことなく淡々と綴る。
しかしそこに情感が香る。

雨宮知子 おかあさんの詩
http://amzn.to/2d8oDHT
クルマで聴くと心が洗われる。
気がつくと一緒に歌っている。
(信号で止まったら恥ずかしいので歌をやめる)

グレッグ・アーウィンの英語で歌う、日本の童謡
http://amzn.to/2d8nBLW
雨宮知子の日本語の童謡のあとに
日本語の意義を英訳してグレッグが歌う。
同じ歌の日本語と英語が聴ける。
英訳にじんと来ることもある。
豪華ななのは絵本が付いてくること。
いや、絵本にCDが付いているというべき。
日本人の心の郷愁を呼び起こす画には見入っていまう。
故郷を思う気持ちに東西はない。
口コミで支持されて売り続けられているが、
廃盤になってからこの世界観に触れられなくなっては後悔する。

山野さと子 
どうようベスト
http://amzn.to/2cvz1f1
同 さくらsong
http://amzn.to/2cvySYY
同 35周年記念
http://amzn.to/2d8mv2T

NHKの歌のおねえさんであり、アニメ主題歌も多い。
歌の世界のために奉仕しているという感がある。
雨宮知子とともに大切にしたい童謡や叙情歌の歌い手。

スーザン・オズボーン wabi (英語)
http://amzn.to/2d8nyzO
呼吸の深さ。赤とんぼの世界観は想像を絶する深みと
(安易に使いたくないが)押し寄せる癒やしの波が空間を包み込む。
スーザンは決してオペラティックには歌わないが、
豊かな声量はまるで母なる地球から湧き出しているかのよう。

有山麻衣子 幻のコンサート
http://amzn.to/2cvyXf6
音楽評論家に見出された音大出身生の録音でこれ1枚だけ。
場の空調ノイズさえ厭わす拾いだした録音の空間の再現度と
徹底的にノンビブラートで声を投げ出している。
外国の楽曲も数曲入っていて
フォーレのレクイエムの魂の慰め(純粋に美しいからとしかいいようがない)、
カントルーブのオーベルニュの歌から「バイレロ」は清涼の極み。
中古でもちろんプレミアムとなっている。
しかし中古で高く買うなら、
録音に携わったインフラノイズ社から市販されるようになった。
「マスタークオリティー 有山麻衣子 幻のコンサート」
http://www.infranoise.net/shop/

白鳥英美子 抒情歌 ベスト
http://amzn.to/2cvySbm
http://amzn.to/2d8pzvE
アメジンググレースで脚光を浴びたことを覚えている人も多いだろう。
どの楽曲もつるつると引っ掛からず聴くことができるのど越しの良さがいい。
もう一歩の深みも欲しいけれど
表現に走ると、世界が矮小化される罠に落ちるのは童謡や叙情歌の怖さだから。

トワエモア 風のリボン
http://amzn.to/2cvySbm
夜しみじみと聴いている。或る日突然、砂山など部屋に波紋が広がっていくようで。
たぶん、深夜にもっとも取り出しているCD。楽曲の途中でそのまま眠っている。
でも、デジタルアンプだから朝まで点けても問題なし。

森山愛子 コンプリートベスト から 赤とんぼ
http://amzn.to/2cvyUzX
レコード会社は森山愛子に叙情歌を歌わせた企画を実現して欲しい。
(森山愛子については次頁にて)

童謡、唱歌、叙情歌に浸ってきたが、
個性が楽曲に優っていたり
声の透明度、抱擁度、優しさと強さ、
いずれも必要とされる。
声の色がひといろ過ぎて飽きそうになったり、
それぞれ収録曲も違えば得意も違う。
結局1枚ですべてを満たすものはなく、
そのときの気分で聴いている。
いずれでも言えるのは、ビブラートは要らないというところ。
オペラ歌手が歌えば美しく響かそうとして詩が埋没する。
(歌の心に入っていけないのは大きな問題)
安田姉妹では、遅い楽曲でお姉さんの歌い方がやはり引っ掛かる。
(妹さんはビブラートを抑制しつつもレガートの魔法を持っている)

臼澤みさき 赤とんぼ
https://www.youtube.com/watch?v=6rbeiR8C7Jk
震災後に発表されたアルバムから。
歌は風土と結びついていることを実感。
応援している。

特に難しいのは「赤とんぼ」。
楽曲の世界観からはアレンジは最小限に留めておきたい。
テンポルバートは論外。
音程の動きは想像以上に難しく、これを遅いテンポを保って
つぶやきでもなく、朗々と歌い上げるのでもなく
寂しさや懐かしさをこめつつ、淡々と流す情感の深さ、とでもいおうか。
いつの日か、理想の赤とんぼに出会えることを楽しみにしつつ。

→ 童謡、唱歌で 夢は山野を駆けめぐる









posted by 平井 吉信 at 14:04| Comment(2) | 音楽

2016年09月24日

由紀さおり 夜明けのスキャット〜宇宙戦艦ヤマト〜海上自衛隊東京音楽隊


ルールールルルー♪
歌詞が出てくるのはずっと後。
でもこのまま終わってもいいと思えた。
子ども心に何を感じたのか。
おとなの女性の色気を敏感に感じ取る年頃だったのかも。

歌詞がわかるようになると
こんなうたがテレビに流れて人々はどうだっただろう。

…ゆくの、よ(と、違う世界に旅立つことを示唆)
夜は流れず星は消えない 愛の歌響くだけ…
(説明はしないけれど)

う、これは。
独身の男女が聴いてはいけない歌。

昭和44年当時と同じ音程で
むしろレガートに磨きをかけて。
何という歌手人生だろう。

いまから数年前、
由紀さおりの初期のオリジナルアルバムがCD化された。
いまも衰えていないとはいえ
21歳でなければ歌えない声がある。

これらも手に入る最後の機会かもしれない。
ファーストアルバム「夜明けのスキャット」(1969.7/10)
http://amzn.to/2d7tIQy

セカンドアルバム「由紀さおりの美しき世界」(1969.12./1)
http://amzn.to/2d7sHIc

サードアルバム「あなたと夜と音楽と -由紀さおりの魅力-」(1970.6/5)
http://www.universal-music.co.jp/yuki-saori/products/toct-29012/
(ジャケット写真の妖艶なこと)
http://amzn.to/2d7uTzx
(上記はアマゾンMP3の試聴先)
HMVも売り切れ
http://www.hmv.co.jp/artist_%E7%94%B1%E7%B4%80%E3%81%95%E3%81%8A%E3%82%8A_000000000035868/item_%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%A8%E5%A4%9C%E3%81%A8%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%A8-%E7%94%B1%E7%B4%80%E3%81%95%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%81%AE%E9%AD%85%E5%8A%9B_4993673
新品で入手できるのはタワーレコード
http://tower.jp/item/3076121/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%A8%E5%A4%9C%E3%81%A8%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%81%A8--%E7%94%B1%E7%B4%80%E3%81%95%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%81%AE%E9%AD%85%E5%8A%9B-
(ブログに掲載すると瞬く間に売り切れるかも。ご容赦)

淑女の香りが芳しいほど耳元をくすぐる。
少女の祈りのような高音が明滅するかと思えば
次の瞬間、小悪魔の表情が舌をぺろっと出して
甘やかな吐息をふっと漏らす。
昭和のささやき、たまらない。

1970年といえば、大阪万博。
その象徴であった太陽の塔に打たれた。
子ども心にこんなものが世の中にあるのか。
見たい、欲しいと思った。
万博のテーマも岡本太郎のねらいも知るよしもなかったが
理屈を越えて飛び込んでいく生命力を感じた。
夢遊病のように崇拝した岡本太郎の呪縛から解き放たれたのは
近年になってからである。


昭和の歌と21世紀の歌との埋めがたい溝を感じる。
という言い方が控えめであるのなら
優劣があるように思える。

近作のNHKの連ドラの主題歌を
若手の人気ユニットが歌っていたが、
オープニングは聴きたくなかった。
(楽曲は悪くないのだが、声が流れてくると暗い気持ちになった)
ディレクターや録音に携わるプロデューサーはなぜ放置しているのか。

ところが、由紀さおりがテレビの番組で
若手が鼻濁音の発音ができていないことを嘆いていた。
(もちろん、連ドラのオープニングを指したものではない)
ぼくは、授業で日本語の発声練習をしたほうがいいと思う。
かつて日本語にあった、Y行、KY行、W行が
時代に埋没して消えていったこともある。
発音が単純化することは、例えば外国語の対応力が低下することを意味する。
文字に書かれていないことを理解できなくなることにも通じる。
(文字に書かれていないことは理解しない、という文脈につながる不安があるのだ)
発音とは文字を読むことではない。
だれも東京を「トウキョウ」とは発音しないのだから。

ぼくが感じたのもそのことだったのだろう。

変えること、変えないことが世の中にはあるはず。
日本語の響きは変えないことだろう。
変えなければならないもの、
いまの時代に照らして再定義すべきものは
家元とか形式主義とか権威など残っているのだ。


さて、スキャットといえば、宇宙戦艦ヤマトの川島和子が印象的だ。
(あ、あの場面の、あーあー あああ、という)
https://www.youtube.com/watch?v=nvH9f78-VFI

滅びの美学が使命感を残り火のように燃やす。
大気圏でカプセルを切り放したはやぶさが
地球に突入して燃え尽きた2010年6月13日。
https://www.youtube.com/watch?v=KO2550BAMU4

はやぶさは金属の塊ではない。
そこに人々が魂を吹き込み、はやぶさがそれに応えた。
最後の任務となる日、
JAXAは、はやぶさの向きを変えて
生まれ故郷の姿を最後に見せたという。
関係者にとって、いや関係者でなくても
はやぶさを愛おしいと思う気持ちに変わりはない。
(ぼくの前にははやぶさの模型がある。これを眺めるときは無心に見るとき)
D7K_1835-2.jpg

こんなときに聴きたくなるのが
宇宙戦艦ヤマト交響組曲。

ぼくはボックスで買ったがいまは見当たらない。
CDは見つけたときに求めなければ後悔する。
(まだあると思っていて、数日の違いで入手できなかったことがたびたびある)

主題歌挿入歌を集めたアルバム
http://amzn.to/2cuAbXZ

いまは海上自衛隊東京音楽隊の三宅由佳莉だ。
特に坂の上の雲の主題歌「stand alone」に胸を打たれる。
https://www.youtube.com/watch?v=sXpKMO4XGx8
http://amzn.to/2d7xlWZ
こんな歌い方を毎日していたら身が持たない、と思えるほど
燃え尽きて歌っている。
スタジオ録音のCDでどこまで入っているかはわからないが
まずは、YouTubeで見てみては?


由紀さおりから始まり、はやぶさ経由でヤマトでとまる。
さらに海上自衛隊へと流れた。
秋が来たということ。
posted by 平井 吉信 at 22:52| Comment(0) | 音楽

2016年07月24日

国道55号線は「Pineapple」の季節 胸がつんと鳴る夏の日


室戸岬へと伸びる国道55号線、
パイナップルをめぐる季節は何度もやって来る。

7-1.jpg
(南阿波サンラインの下りの直線。この次のカーブをどのようにトレースする?)

夏を迎えようとする1982年5月21日、
松田聖子の5枚目のアルバム「Pineapple」が発売された。
帯には、”シュロの香り、南風 いま、ココナツ色の気分”
ジャケットは、甘酸っぱい黄色の背景に
彼女の顔がいっぱいに映し出されたもの。

松田聖子 Pineapple(パイナップル)楽曲
01 P・R・E・S・E・N・T 
 作詞:松本隆/作曲:来生たかお/編曲:大村雅朗
02 パイナップル・アイランド
 作詞:松本隆/作曲:原田真二/編曲:大村雅朗
03 ひまわりの丘
 作詞:松本隆/作曲:来生たかお/編曲:船山基紀
04 LOVE SONG
 作詞:松本隆/作曲:財津和夫/編曲:瀬尾一三
05 渚のバルコニー
 作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂/編曲:松任谷正隆
06 ピンクのスクーター
 作詞:松本隆/作曲:原田真二/編曲:大村雅朗
07 レモネードの夏
 作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂/編曲:新川博
08 赤いスイートピー
 作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂/編曲:松任谷正隆
09 水色の朝
 作詞:松本隆/作曲:財津和夫/編曲:大村雅朗
10 SUNSET BEACH
 作詞:松本隆/作曲:来生たかお/編曲:大村雅朗


デビュー当時、特に「裸足の季節」では
全力疾走で弾ける声が衝動を抑えきれず、
(100メートル走なのに200メートル走ってしまったかのように)
その音楽はマイクに収まらなかったが、ぼくらの心に届いた。
2曲目の「青い珊瑚礁」では
ハイトーンに添えられた甘いささやきが魅了した。
そして5枚目のパイナップルでは、
松本隆が二十歳の松田聖子の地平線を広げつつ
パイナップルという世界観に凝縮して見せた。

1曲目の躍動するリズムの刻み、浮かび上がる声が
夏という舞台装置を調える。
ふっと息を抜くところの表情がまばゆい。
伸ばした音がふわりと着地する直前の声のわずかな裏返り、
跳躍する音程を追いかけて伸びる間合い。
うまく歌おう、という意識よりも(音程を決めるよりも)
移りゆくときの流れに身を任せてみたの、と言いたげに。
(様式化された見栄を切る美空ひばり型ではなく、楽曲にのめり込みながらも、次のフレーズで別人のような表情を見せる、どこか醒めた目を持つちあきなおみ型に近い)

松本隆の世界観をミュージシャンがかたちにすれば、
水を得た魚のように泳ぐ人魚姫、聖子。
バンドやコーラスとのからみと声の浮き上がりのバランス。
アナログのマスターサウンド版を持っているが、
録音もプロの仕事だ。
(A面は朝、B面は昼下がりに聴きたい)
これだけの条件が揃った希有なアルバムであり、
(ハイレゾやSA-CDで聴いても愉しいと思うよ)
大滝詠一などと並んで日本のポップスの3本の指に入るアルバムと思っている。
(陳腐だけど、無人島に持っていく10枚のひとつ。残りの9枚はいつか)

DSC_1311.jpg
(北の脇)

人はなぜ、夏の日射しに憧れながら夏の翳りを感じるのか。
甘酸っぱいときめきは、まぶしさのせいであり、
若さがのめり込む衝動の裏には、ためいきの煩悶がある。

D7K_6493-1.jpg
(北の脇への森の散策路)

みずみずしい夏の朝に始まり
黄昏に漂う余韻で締めくくる。
夏に漂う若さの刹那を切なくうたう―。
これがパイナップルだ。
D7K_6564-1.jpg
(南阿波サンライン展望台の夕暮れ)

さらりと聞き流せば、さわやか。
入り込めば、さらにさらに深い泉へと誘ってくれる。
それはあなたしだい(聴く度に新たな発見があるのですよ、いまだに)。

朝焼けの海を、自転車で室戸岬に向かいながら
あのとき耳にこだましていたあの楽曲と、
波間に燦爛していた光を思い出す。

DSC_0036-1.jpg
(岬まで信号のない道は”空と海”をたどる旅)

室戸岬へと伸びる国道55号線、
パイナップルをめぐる季節は今年もやって来た。
D7K_9380-1.jpg
(田井ノ浜のハマボウ)

追記

もっとも音が良いのはステレオサウンドから発売されたSA-CD(廃盤。残念だけれど)
http://store.stereosound.co.jp/products/detail.php?product_id=2013

ネットワークプレイヤーを持っている人はハイレゾ音源
http://mora.jp/package/43000001/4582290406558/

CDプレーヤーならBlu-spec CD2(入手できる)
Pineapple


posted by 平井 吉信 at 14:50| Comment(0) | 音楽

2015年12月30日

ベートーヴェン第九交響曲の世界へようこそ 2015年が暮れていく


佐渡裕の第九演奏会から三日目。
いまだに第九の放射するエネルギーのなかにいる感じ。
第九のCDを聴いてみたいというリクエストが寄せられているので
まとめてお答えすることでご容赦を。


10代後半から20代にかけての10年はベートーヴェンの研究に没頭した。
文献としては、セイヤーの畢生の大作「ベートーヴェンの生涯」(上・下。音楽之友社刊)。
これは、ベートーヴェンの残した客観的な資料を集めて考証した伝記で
基準となるもの。

耳が聞こえなくなって、苦渋の顔を浮かべて、ハイリゲンシュタットの森で…という
あの既成概念を洗い出すためにも信頼できる資料が必要であった。
セイヤーの伝記はベートーヴェン研究の基準となるもの。
当時のぼくは生きるか死ぬかという生活であったが
いまこれを読まなければならない、との決意で
ベートーヴェンが生まれてからこの世を去るまで
当時のヨーロッパの社会生活を交えながら脚色を避けて正確な考証に徹している。
上下刊で1,200頁を越える大作を2か月かけて読んだ。
(どんなに苦しいときでも自己投資の時間と費用は惜しまないで生きることを学んだ)

主要な作品は総譜を求めて実際の演奏と照らし合わすとともに
自分ならこうする、との思いで総譜に書き込んでいった。

DSXE6811.jpg

真実と思ったことがある。
それは、作品と同じ魂の高さでなければその真価はわからないということ。
自分を磨き上げることでベートーヴェンの音楽をたぐり寄せるしかない。
さまざまなことに研鑽を重ねた若い日々だった。
(そのお陰でいまがあるのだけれど、いまだって当時と変わることなく挑んでいる)

今回は第九の話なので
そんなぼくが心を揺さぶられた演奏(レコード・CD)について記したい。

宇宙には芸術を生み出す混沌としたエネルギーが充ちているけれど
それを美というかたちにするためには女神のささやきが必要である。
ただし、女神は自ら作品を創造できないので
自らの魂をこれはという芸術家に降ろしていく。

その魂が降りた作曲家がベートーヴェン。
没後188年が経過してなお、
その音楽が洋の東西を越えて人々を感動させるのだから。

その作曲を演奏するのが指揮者とオーケストラ。
作曲者と同じ高さまで登り詰めないと人々を感動させる演奏はできない。
作曲者が乗り移って鬼気迫る音楽を紡いだのがフルトヴェングラー。

夢見るような少年期の表情、
痛切なまでの憧れを大人になっても持ち続けたのではないかと思える。
もちろん、そのような男を女性は放っておかないし
彼自身も恋多き男だったかもしれない。
彼が活躍した晩年は戦中から戦後にかけて。
19世紀のロマンティシズムがまだ社会の各所に息づいていた時代に
夢見る大人が夢中で演奏したベートーヴェン。
雄弁でありながらどこか寂しげで、
高くそびえ立つアルプスの高峰のように豊かでもあり、
人恋しくうたう切なさと雄弁なフォルテ、
潮が満ちて引くような生理的な呼吸が
ベートーヴェンそのもののように崇高で無邪気で律儀でもあり、
雷に打たれたような、身震いして宇宙と共鳴するような凄みでもあり。

CDは1951年のライブ録音、バイロイト祝祭管弦楽団を指揮したもの(通称バイロイトの第九)
復刻処理でみずみずしく滴りおちるような再生音になった。
音が悪い、録音が古いかどうかは耳で判断して欲しい。
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱つき》[バイロイトの第9/第2世代復刻]


ぼく自身は第九のレコード、CDをたくさん持っているが、
それらをすべて解説していたら日が暮れてしまう。

おもしろいものを3枚ぐらい拾ってみよう。

ひとつは、バーンスタインが、ベルリンの壁崩壊のときに演奏したライブ。
これも歴史の証人のような場面でバーンスタインのみならず
ただならぬ雰囲気のなか、演奏が行われている。
(1989年12月25日、東ベルリンにてライヴ録音)

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

もともと熱を持った指揮者が燃え尽きるような演奏。
なお、第4楽章では、Freude(歓喜)をFreiheit(自由)に変更して歌っている。


音楽を伝統の枠のなかで純粋に響かせても第九は美しい。
そのような演奏もいくつか。
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

ベートーヴェン:交響曲第9番<合唱>

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」


しかし、「伝統」というのは良くも悪くも権威、常識と結びついて
革新的な伊吹で熱を帯びることはない。
第九も作曲当時からの垢が付いてきた。
それらをそぎ落として新たないのちを吹き込んだのがノリントン。

考えてみれば、ベートーヴェンの作品のコピー、
すなわち楽譜(写譜)は劣悪な環境でなされている。
悪筆の作曲家のペンの跡をなぞるのは他人である。
音楽のことがわからないと、基本的な写譜ミスをしてしまうかもしれない。
逆に音楽のことが分かりすぎると、
ベートーヴェンが従来の常識を越えて飛翔している
場違いな音符を排除してしまうかもしれない。
いや、作曲家自身も耳が聞こえないうえ、
オーケストレイションが上手な人ではない。
校正を重ね、熱にうなされるようにペンを走らせていただろうから
手元には何種類もの原版があったに違いない。

このような状況で原典をたどる作業すら容易ではない。
しかしベートーヴェンの真筆がわからない以上、
受けつがれた伝統を信じて音化していく人もいれば
時代考証を可能な限り行い、
垢をそぎ落としながら最後は芸術家(創造するという意味)の判断を行う人もいる。

ノリントンは後者の人である。
演奏は聴いたことがない新鮮さ、
次々と現れる耳慣れない表現に釘付けになる。
身体が動き出す。まるでロックのよう(ベートーヴェンの音楽がそうなのだ)。
それでいて、ベートーヴェンの音楽は壊れていない。
奇をてらうことを目的ではなく
作品に魂を吹き込むために演奏していることが伝わってくる。
ノリントンはベートーヴェンの本質を捉えていると直感でわかった。

だから、ノリントンの第九は欠かせない。
ノリントンには新旧2種類のベートーヴェン交響曲全集がある。
オーケストラの良い新盤(シュトゥットガルト放送交響楽団)と
旧録音(ロンドン・クラシカル・プレイヤーズ)を区別しよう。
第九は幸いにも単体で発売されている。
ベートーヴェン: 交響曲第9番「合唱」 (Ludwig Van Beethoven : Symphony No.9 D minor op.125 / Roger Norrington, Radio-Sinfonieorchester Stuttgart, Gachinger Kantorei Stuttgart) [輸入盤]


しかし、9つの交響曲を全集として聴いてみると
さらに愉しいひとときが待っている。
ところが、シュトゥットガルト放送交響楽団(新盤)の全集は廃版になっている。
気がつくと新品も中古もプレミアム価格となっている。
 → ベートーヴェン:交響曲全集(視聴はここでしかできない。英雄や第5などもとても良い演奏と気付く。ただしこのWebページでプレミアム価格で新品や中古を買ってしまわないように。ぼくが見たときには5万円の値付けも)

ある中古盤を購入しようとすると
「盤質は良いがカビあり」とある。
現物を見ないと何とも言えないが、カビが表層を食い込んでいたらお手上げである。

そこで、新品(輸入盤)を購入しようと
アマゾンUK、アマゾンUSAを探してみた。
すると、USAに1セットあった。
日本へ持ちこんで1万円弱である。
購入しようとして、再度検索してみたら
日本のアマゾンで輸入盤としての扱いを発見した。
これではオーケストラの名称で検索しても出ない。
高価な中古を購入している人のためにURLを下記に。
新盤のベートーヴェン全集が新品で買える。
(なくなればいつ再発売されるかはわからない)
Norrington Conducts Beethoven Complete Symphonies


今朝、未明は
ラトル/ウィーンフィルを聴いていた。
現代の指揮者がウィーンフィルを率いて
新しい解釈と往年の表現を織り交ぜたような愉しい演奏。
ベートーヴェン:交響曲第9番(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)


もうあとわずかで2015年が暮れていく。
ベートーヴェンの第九とともに過ごす時間もあとわずか。
みなさまのご多幸をお祈りいたします。

平井 吉信

DSXE6541-1.jpg
この指揮棒で何代目だろう。振り続けていると、いつのまにか折れてしまう。
posted by 平井 吉信 at 14:23| Comment(0) | 音楽

2015年12月27日

人生が駆け足を止めた 佐渡裕 第九演奏会 アスティ徳島


年の瀬になれば、第九を聴くのがここ数十年の決まり事。
ベートーヴェン研究は10代後半からで生涯の課題と思っている。
ベートーヴェンの音楽の魂に触れていた20代。
総譜を見ながら、ここは自分ならこうする、と悶々としていた。
集めたレコード、CDは数多いけれど、
実演に接する機会には恵まれていない。

そんな折、佐渡裕が自ら音楽監督を務めるプロオケを率いて来県する。
(オーケストラは兵庫芸術文化センター管。設立10年のプロフェッショナル楽団である)。
佐渡さんは震災の鎮魂で1万人の第九を振るなどきっとこの曲に思い入れがある。
しかも徳島は鳴門が日本での第九初演の地。
日曜日なので仕事を入れなくていいとチケットを手配したのが数ヶ月前。
(ぼくよりももっと聴きたいという人がいたので)

当日は小学生が遠足に行くが如し。
分刻みの仕事の日常から離れられた。
目と鼻の先のホールなのに開演の2時間前に家を出るなんて。

第1楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポ・ウン・ポコ・マエストーソ。
弦の刻みは神秘の霧ではなくmpで明快に。
第1楽章はベートーヴェンのペンがもっともなめらかに進めている。
(実際は推敲に魂を費やしたのだろうが、ソナタ形式のひとつの完成形。これより先は弦楽四重奏の高みに入っていく)
指揮もそれを信じてやや抑えた感じで音符を空間につむいでいく。
オケの編成は50名弱だと思うが、弦を前面に押し出すことなく
比較的管楽器が目立っていたように思う。
モダン楽器を使った室内オケのような端正なできばえ。

第2楽章は、内声部の充実とパートを自在に出し入れしつつ、
音楽としての魅力を存分に引き出している。
第1楽章もそうだったが、何もしていないようで
音楽が息づいていた。
前半2つの楽章を感動を持って味わえる感性の持ち主なら
どんな境遇にあっても人生の楽しみを見出しそこに光を当てられる人。
ただしCDなどの録音メディアでは
きょうの佐渡さんのように、パートが浮き上がっては
次の瞬間に響きに溶け込む様子はマイクに入らないだろう。
実演ならではの感動もそこにある。

第3楽章の冒頭、第1主題が天上から降りてくると
魂がぞくぞくする。
ベートーヴェンが辿り着いた突き抜けた遊びの境地。
西洋的には天国の花園の逍遥、
東洋的には無為の為のような瞬間が訪れる。
モダン楽器から過剰な表情は排して
古典のたたずまいを感じさせるのは一貫しているが、
即物的に響く古楽器風の演奏とは異なるあたたかい表情を持っている。

第4楽章、歓喜の主題が低弦から次々と受け渡されていくと
主旋律とオブリガートが明滅する。
個性を持ったそれぞれの人がそれぞれ輝く瞬間がある、
違いを認め合いたたえ合うから
全体はあくまでひとつに溶け合っていくという
ベートーヴェンのメッセージが込められているよう。
佐渡裕の第九を聴きたいと熱望し
念願かなって初めて聴いたぼくの隣では涙を流していた。
理屈を越えて胸に飛び込んできたのをひたひたと感性で受け止めた涙。

佐渡さんといえば、ベルリンフィルとの初演で
背伸びしつつ力業で対峙していた印象があったが、
この日の演奏は違った。
肩の力を抜いて統率するよりもオケの自発性に任せつつ、
全体の構造はぶれないという指揮。
フルトヴェングラーは楽団員を神秘の魔法にかけ、
佐渡さんの師匠のバーンスタインはオケを乗せ上手。
この日の演奏は、一見何もしていないように見えるけれど
音楽の骨格を支えつつ、細部を任せることで
音楽が息づいている印象。
ひとつのプログラムを徹底的に磨き上げる
天才肌のカルロス・クライバーとは違うが
熱い気持ちを秘めて職人芸で端正、躍動、
精妙に描く点で音楽の方向性は似ている気がした。
それは日本人の感性も後押ししているはず。

惜しむらくは会場の容量と残響。
合唱を率いるとはいえ比較的小規模編成に対し
4千人収容のほぼ満席だから
デッドで音楽が前へ出てこない感じ。特にヴァイオリンパート。
(ぼくがいたのが後席右奥というのもあるけれど)。
これが教会のような規模である程度の残響があれば
地面に漂う低弦、空間を浮游する木管など、
ホールエコーによる恍惚とした神秘体験すらできたのではないか。
(この日の最善は、弦のバランスなども考慮すると、ある程度直接音を身体で受け止めることができた前席で左寄りの席ではなかったかと)

人生がこのように過ぎてくれたらという音楽(ひととき)は夢のように駆け抜けた。
2015.12.27 ベートーヴェン第九 演奏会にて。

 → ベートーヴェン:交響曲第9番

第九はこれがおすすめ
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱つき》[バイロイトの第9/第2世代復刻]
時代を経ても感動は普遍であることを教えてくれる。

DSXE6541-1.jpg

追記

少し遅いクリスマスプレゼント、喜んでくれた(感激してくれた)。
お返しは、貼るカイロ。身体を冷やさないようにね、というメッセージ。
そんなやりとりがいいようで。



posted by 平井 吉信 at 23:03| Comment(0) | 音楽

2014年11月02日

トルコ行進曲の聞き比べ モーツァルトは燃え立つ火です 


音楽は生活そのものになっている。
音楽のない一日など考えられない。
おいしいコーヒーや紅茶とチョコレート、焼酎とちくわ、
ウィスキーとチーズなどが添えてあってもいいし
薫風の五月に
窓を開けてまどろみつつ雲を眺めながらの
ベートーヴェンのピアノソナタなどもいい。
例えば、ピアノソナタ第15番 ニ長調「田園」Op.28 第1楽章など。
(まるでいかめしくなく、弾む愉悦感と薫風のような詩情は現代人の心に届くはず)

聴く音楽の幅は広いので本人はジャンル(先入観)を意識していない。
歌謡曲やニューミュージック、フォーク・ロックはYouTubeから発掘する。
手持ちのCDでよく聴くのは、松田聖子、ちあきなおみ、小柳ルミ子、キャンディーズなど。

好きな作曲家は、古からでは、モーツァルト、ベートーヴェン。
この二人は特別な存在でベートーヴェンについては
若い頃からスコアを眺めたり文献を繙いたりと生涯の研究テーマ。
耳のごちそうとして、シューベルト、ブルックナー。
もっとも聞いているのはフランスものかも。
(フォーレ、ドビュッシー、ラヴェル)。

変わり種では、ギターの作曲を行ったソルやヴィラ・ロボス、
オペラでは、プッチーニを筆頭に、レハールなど、
現代では、武満徹や吉松隆、
曲によっては、マーラー(第9の1楽章)、ショスタコーヴィチ(第15)。

もちろんジャズも。寝る前のキースのケルンコンサートや
ビル・エヴァンスは愛聴盤。

ラテンやボサノバは午後のひとときに欠かせない。

民族音楽に惹かれて南太平洋で一ヶ月過ごしたこともある。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/97208434.html
南西諸島、とりわけ八重山の音楽は心の糧でもある思い出のたまて箱。


NHKの特番(銀河宇宙オデッセイ、地球大進化、生命40億年はるかな旅、神の数式、篤姫などのサントラ)、アニメのサントラ(羽田健太郎は良かった)、ときにはボカロ作品なども。

変わり種では、雅楽や神社の神楽(4枚組のCDは宝物)、
リズムという概念のない邦楽の宇宙に浸る心地よさ。

なかでもおすすめは「日本古代歌謡の世界」。
神様が好きな人は決して後悔しない音楽。
(出会わなかったこと後悔することはあっても)
日本古代歌謡の世界


さて、モーツァルトに話を。
(遠廻りしたかも)
誰もが知っているモーツァルトのトルコ行進曲は、
ピアノソナタ K331の第3楽章。
ぼくが持っているのは、リリー・クラウスの1954年録音。
シャンデリゼ劇場を愛して止まなかった
名エンジニアのアンドレ・シャルランの名録音。
ワンポイント録音で、モノラルながら現在のデジタル録音が失ったものが閉じ込められている。
ピアノを打鍵したときのアタックとそのあとにまとわりつくコロンという響きの清楚で心地よさ。

リリー・クラウス モーツァルトピアノソナタ

トルコ行進曲の聞き比べができるYouTubeのリストがある。
https://www.youtube.com/watch?v=2y6OMn8O-fI&list=PLoVQukp35B67aeuZQ-wEXCZj7wYO48fPG

グールド。個性的であろうとする演奏なのか、個性を超越した表現なのか
https://www.youtube.com/watch?v=x4TRZjbhxmw&list=PLoVQukp35B67aeuZQ-wEXCZj7wYO48fPG&index=8

その前にこれを見てみる。
グールド本人による弾き方の解説。
http://www.youtube.com/watch?v=i8dSdoGQKXE

風変わりで効果をねらった演奏と捉えるか、
内面の小宇宙の光を見るか。

作曲者はその曲の世界観を持つ。
演奏者は同じ精神に立ってその世界観を再現しようとする。
しかし作曲者とて神ではない。
作曲者も演奏者も新しい光を当ててみたいと考えるのは同じ。
作品の精神は尊重して、かたちにはとらわれず―。

グールドのトルコ行進曲は成功例と思う。
クラウスのトルコ行進曲のタタッとせき立てるリズム、
生命力があふれながらも小粋で洒脱で古典の枠を踏み外していない。
表情豊かで端正な演奏だけど、
風のように駆け抜けてニュアンスがスピーカーからこぼれ落ちる。
モーツァルトがいまにも飛び出してきそう。
(YouTubeの聞き比べのなかにクラウスより魅力的な演奏はあるだろうか?)

K331は第1楽章が好きで、小学生でも弾けそうな主題のなかに
すでに人間の感情があふれている。
感情があふれるように一瞬スキップを踏むように駈けだす瞬間、
涙を溜めながらも前を向いて凛々しく歩こうとする。
(だから、なよなよと演奏してほしくない)

ライオンのイメージCMとも重なる。
ライオンの企業広告 働く女性への応援歌篇
http://www.youtube.com/watch?v=azAYaMy7Zrg
(このCMはいいな。登場する女性たちが魅力的。相棒に似ている人もいる)


リリー・クラウスは第二次大戦の最中、ジャワで日本軍に抑留されている。
(ハンガリー人なのに)
それなのに、戦後、日本の戦災孤児を引き取ったとの話もある。
魂の芸術家と呼びたいリリーの生涯を
NHKのディレクターが長年追い求めて一冊の本にまとめた。
この本の表紙のリリーは凛として女優にも優る。
リリー、モーツァルトを弾いて下さい

モーツァルトは全宇宙であり、燃え立つ火です――リリー・クラウス。




タグ:音楽 神社
posted by 平井 吉信 at 12:33| Comment(0) | 音楽

2014年10月04日

壮大な音楽のスペースドラマ ホルストの惑星。愛しい太陽系に思いをはせる


皆既月食を前に太陽系天体に思いを馳せている。

138億年前、インフレーションからビッグバンを経て
突然宇宙の時空が開かれた。
(現在の物理学はその誕生の瞬間にまで迫ろうとしている。量子論と重力理論の統一を果たそうと試みるのが超弦理論

誕生直後の宇宙は
右も左も重力も電磁気力の区別もない完全な対称の世界だったが、
それが「自発的対称性の破れ」で物質が誕生するきっかけとなる。
いったん対称性が破れるとそこは濃淡を生じ、
やがて無数の銀河を生み、ときに衝突したり惹きつけあって
銀河団という大きな構造を形成する。

無数に生まれた銀河の辺境で
表面温度6千度のG型スペクトルを持つ恒星として
50億年前に輝きだした太陽。
原始の太陽が惹きつけたガスが集まって濃淡をつくり
惑星の原型となる核天体が誕生する。
こうして46億年前に原始地球が誕生する。

誕生後の地球は、
小さな惑星が数回衝突してそのたびに成長していく。
月は衝突の際にちぎれた地球の一部と考えられ、
以後は潮汐力を及ぼすことで地球の生命の誕生に深く関わることになる。
そう、生命は身体と精神の内なる要素に海を持っている。

こうして太陽系内には、
水星、金星、地球、火星(以上、内惑星=地球型惑星)、
木星、天王星、海王星、冥王星(以上、外惑星=木星・天王星型惑星)が存在する。
 → JAXAの太陽系

それぞれに星は固有の性質、エネルギー、気ともいうべき個性を持っている。
個人の生まれた日時に、太陽、惑星、恒星との関係性を見るのが占星術である。

ぼくは12月のとある日の
太陽が昇る6時6分に生まれたので
太陽と射手座(銀河系の中心)が重なる時刻に生まれている。
(射手座の彼方からの強い光を感じることがある)
そして木星の守護を受けつつ、火星の魂を受けついでいる。
群れるのを好まず、現実社会を飛翔して
いつも知性と快楽を求めつつ高い空を駆けていく。
ベートーヴェンへの共感もそのため。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1990年代を代表するアニメ作品といえば、美少女戦士セーラームーン。
それぞれの星を司る戦士が登場する。
(戦士に変身する前の日本語の名前がいい)
セーラームーンがプリンセスとして覚醒するとき
月野うさぎのおちゃらけの日常から離脱して
歓びや哀しみを超越した表情で凛とたたずむ。
仏教的な諦念や解脱を感じる場面である。

知の狩人マーキュリーの可憐な分析者としての佇まい、
ヴィーナスの天衣無縫な明るさと色彩の幸福感は主人公以上、
闘いの神マーズの正義感や祈り、
小惑星帯からの使者と思われるファイター、メイカー、ヒーラー、
太陽になれなかった巨大な惑星ジュピターのまばゆい輝き、
サターンの深淵を垣間見させる純真、
ウラヌス、ネプチューンの快活と神秘の表裏の関係、
(↑ どちらも声優が抜群にうまい)
死を司るプルートの研ぎ澄まされた美しさなど
(冥王星は、惑星ではなく準惑星との説もあるが、ぼくは惑星と感じる)
太陽系の個性がうまく描かれている。
この作品は、星の世界の神秘と
純粋、愛、友情が結わえられた世界観を提示している。
(子ども向けアニメであるが音楽が効果的に使われている。大人が本気で夢中にやらないと子どもを感動させることはできない)

美少女戦士セーラームーンR [DVD]

美少女戦士セーラームーン デスクに舞い降りた戦士たち 20周年記念 アニメ フィギュア ガチャ バンダイ (全5種フルコンプセット)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、現代のオーケストラ作品で
名のある指揮者がレコーディングするのが
ホルストの組曲「惑星」。
年配の方には水野晴郎の水曜ロードショーのエンディングで流れていた
(「いやぁ、映画って本当にいいもんですね」)
木星の雄大でなつかしい旋律を思い出すだろう。

第1曲:火星 - 戦争の神
Mars, the Bringer of War. Allegro

第2曲:金星 - 平和の神
Venus, the Bringer of Peace. Adagio - Andante - Animato - Tempo I

第3曲:水星 - 翼のある使いの神
Mercury, the Winged Messenger. Vivace

第4曲:木星 - 快楽の神
upiter, the Bringer of Jollity. Allegro giocoso - Andante maestoso - Tempo I - Lento maestoso - Presto

第5曲:土星 - 老年の神
Saturn, the Bringer of Old Age. Adagio - Andante

第6曲:天王星 - 魔術の神
Uranus, Magician. Allegro - Lento - Allegro - Largo

第7曲:海王星 - 神秘の神
Neptune, the Mystic. Andante - Allegretto
(「総選挙」でもっとも高い得票を得るのはどの楽曲だろう?)

この作品には冥王星が含まれていない。作曲当時は発見されていなかったからである。
それはともかく、このところ、惑星を寝ながら浸る毎日である。
聴くのは次の2枚のいずれか。


初演者ボールトが最後に辿り着いた5回目の録音は90歳に当たる1978年のもの。
本家本元だけにプレミアム価格となっている。けれど無理をしてプレミアム価格を求めることはないと思う。



レヴァイン盤は手頃な価格で手に入る。新しい録音ならではの浮遊感もある。平均的でいえば、録音の良さも含めて満足できる。



冨田勲がシンセサイザーで挑戦した当時の話題作。
メロディーラインが浮かび上がる。
オーケストラのようなピアニシモやフォルテシモがない分
楽曲の構造が掴みやすい。
ステレオ装置で聴くと浮游する音空間に驚くだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

火星…楽曲の完成度が高いせいか、何度聴いてもあきることがない。闘いの神火星の残忍な一面と背後に漂う快楽が音楽として結晶している。レヴァイン盤は、シカゴ交響楽団の金管がたまらない。迫力と精緻な合奏能力はいくら音量を上げても足りないくらいの快感に浸る。ボールトはやや遅めのテンポで重厚に踏みしめていく。ブラスセクションの輝きではロンドンフィルはシカゴに勝てないが、重量感や音楽の押し寄せる抑揚ははシカゴ響を上回る。ボールトはこの曲の初演者でもある。

金星…惑星でもっとも美しい楽曲。ぼくはこの曲を聴いている間、創造力が汲めども尽きることのない泉のように沸き上がる。ボールト盤では、悠久から響いてくるホルンに続いて、しずしずとうたう弦楽のみずみずしさは言葉にできない。伏し目がちなヴィーナスのほのかな微笑にも似ている。レヴァイン盤もデリカシーにあふれて十分に美しいが、ボールトの滋味あふれる音楽の歩みが心に残る。デュトワ/モントリオール響は遅いテンポで楽曲の魅力を拡大して魅せる。

水星…木星への間奏曲のような位置づけである。軽妙に動く妖精の羽根がはばたき、クライマックスに向けて一瞬の光を放つ。レヴァイン盤では清澄な空間に浮游する印象派の音楽のようにまばゆく耳に心地よい。

木星…太陽系最大の惑星木星へのオマージュ。第4主題に至るまで豊穣と豊麗を尽くす音の絵巻物。自分の人生を振り返るとき、こんな楽曲が鳴り響く人は幸せに違いない。堂々と滑り出しあの旋律を淡々と奏でつつ踏みしめていくボールト盤の味わいは80歳代の老指揮者が辿り着いた朗々とした世界観。身体の細胞がとろけていく刹那かも。一方でレヴァインは早いテンポで颯爽と進めつつ、あの主題は若武者らしく恰幅豊かに響かせる。

土星…老いていく人生を土星と重ねたもので、重い足取りで歩む。ところがふと若い頃の輝きが走馬燈のように強い光を放つ。けれどその光は長く続かない。終焉に向けてすべてを解き放って踏みしめていく。音楽でこのような深淵を表現しえるのか。最初はとっつきにくいが、スルメのような音楽。

天王星…冒頭で最後の審判のような金管が鳴り響くと、行進曲のような意外な展開となる。つかみどころがない眩惑のような音の魔術。レヴァイン盤で聴くと、オーケストラの醍醐味が部屋に響き渡る。

海王星…セーラームーンでは、ヴィーナス(愛野美奈子)が好きだが、惑星のなかで神秘あふれるドビュッシーのような印象派の楽曲が海王星。深沈と海王星の氷に沈み込んでいくような趣き。やがて人魚の合唱が遠く聞こえてくると神秘の海が部屋に横たわる。ああ、海王星。

惑星は意外にも高価なオーディオ装置で聴くよりも
タイムドメインのようなデスクトップオーディオで
その繊細な音の扉をひらくほうが楽しい。


あなたはまだホルストの惑星を聴いていない?
これから聴く楽しみが増えましたね。

さて、10月8日の皆既月食を楽しみに。

【参考】太陽系をビジュアルに見たいときは
画面ではなく紙(本)で見たい




夜の静寂で太陽系に思いをはせるとき
心がしずしずとひらかれていく。


posted by 平井 吉信 at 13:21| Comment(0) | 音楽

2014年09月10日

今宵の月 南の花嫁さんを照らす


月を見ていて思った。
「南の花嫁さん」はいいな。
この歌が世に出た昭和17年の当時は知らないけれど
籠のオオムだけをおみやげに
隣の村に嫁入りするという世界観にふわふわと誘われる。

どんな時代背景や曲の意図があるかは知らない。
戦勝の傍らで時代を覆う影。
南洋までを支配下にという野望とは別に
歌だからこそ浮き世離れした世界を描いてみせたのでは。

この身ひとつで嫁ぐ幸福な女性はもういない。
21世紀の日本人は愛に臆病になってしまったのか。
経済や分別、おひとりさんの気楽さが上回るというのか。

https://www.youtube.com/watch?v=PhafGWOyRHA
高峰三枝子の歌い方が絶妙だ。
時代を超越した鼻歌のように
羽毛が絹をまとって軽やかに舞うように
くるくるくると踊るような
舌たらずのスタッカートのあとの
思いがけないレガートなフレージングに
はっと気付かされる。
楷書のように端正でありながら
裏返りそうで裏返らず
さりげなく揺れる音程。
(意識して揺らしていないのだ)

歌は愛の歓びをちらりを垣間見せ
こぼれる花の花かんざしに
にっこり微笑む今宵のスーパームーンのように
自信にあふれて去って行く。
何度でも聞きたくなる。
(音源は戦前の音源=SPと戦後の録音があるようだ)。
万葉の時代には戻れないけれど
素朴な愛の感情はなにより大切にしたいもの。
高峰三枝子全曲集

この時代の唄を集めて遊佐未森がうたったアルバムがある。
彼女も南の花嫁さんに共感しきっているのだろう。
(彼女のキーは♭=黒鍵がたくさん付いている?)
いまの時代に歌って欲しい人はやはりこの人かも。
「檸檬」と題された選曲がたまらない。
「ゴンドラの唄」や「蘇州夜曲」も歌うのだ。
遊佐未森「檸檬」

YouTubeでは誰がうたっているかわからないけれど
(小柳ルミ子? この人もいい)
楽しいイラストで彩られた音源があった。
ほのぼのとする。
https://www.youtube.com/watch?v=fIN1BI4fZ4A

今宵のスーパームーンは月の光を浴びて
南の花嫁さんに染まっていく。

DSC_9970a.jpg

posted by 平井 吉信 at 00:06| Comment(0) | 音楽

2014年05月21日

南太平洋「ファイカヴァの恋歌」民族音楽の地球紀行はノンサッチで


船が桟橋に着いた。
桟橋には島の酒場があった。
男たちが静かに酒を飲んでいた。
ひとりがささやくようにぽつん、と歌いだした。
何人かがそれに続いた。

Image00045.jpg
(HMVの犬のようで)

時にかけあい、時に独唱を浮かび上がらせる。
波が小刻みに橋桁に当たっては合いの手を入れる。

 ウミアエコ アシアオタタ ウモハタハク オモマヘニィファ
 ヘタギオイアウエ トイタギオイアウエ
 コイカイテオイ ペーアガフィフィ…

男たちがささやく朴訥な恋歌だった。
こんなラブソングを歌われたら、
女はたまらないだろうと思った。
胸にかけられる一杯の甘酒のようだった。

Image00048.jpg
(彼女の父はスペイン人)

酒はさらに進んだ。
男たちはタコ釣りの唄を歌いだした。
木の机を叩いて、櫓がカヌーに当たる音を表現していた。
物哀しいその歌は、
旋律を書き留めることができない微妙な音程で揺らいでいた。
男たちの声は風に吹かれて海の彼方へ消えていく。

Image00043.jpg

Image00044.jpg

Image00047.jpg
(アウトリガーカヌーを礁湖に繰り出す。この日のラグーンは荒れていた)

「空と海」より


《オセアニア》南太平洋の音楽~最後の楽園

リンク先で試聴できます
「ファイカヴァの恋歌」を聞いてみてください。
「イメネ・ツキ」を聞いてみてください。
めくるめく南海の孤島の郷愁がひしひしと迫ります。

この盤は一時30万円のプレミアム価格が付いたこともありました。
(残り1枚となっています。好きな人に買っていただけたらと)
20代のぼくを南太平洋へ誘った音楽です。

民族音楽は言葉の壁と時間と距離の隔たりを瞬時に越えて
心に飛び込んでくる。
ノンサッチは民族音楽をソニーの小型録音機を現地に持参して
生のままの音楽を閉じ込めたレーベル。
未来に受けつぐ資産として日本だけで再発売された。
バリのガムラン、南インドの古歌、カリブ海の陽気な音楽、
ジンバブエのシェナ族の楽器の癒し、
声明のようなチベットの仏教音楽など名盤ぞろいの好企画。
http://wmg.jp/special/nonesuch/

いくつか挙げてみよう。

≪バリ≫ガムラン&ケチャ

《ペルー》太陽の帝国~インカ文明の文化遺産

≪ジンバブエ≫ショナ族のムビラ3

≪ブルガリア≫ブルガリアン・ヴォイス RITUAL

ノンサッチ民族音楽シリーズ

posted by 平井 吉信 at 00:24| Comment(0) | 音楽

2014年03月09日

東北に春を告げる「春告げ鳥/山崎ともみ」


春を告げるユキワリイチゲに触発されて
忘れがたい音楽を思い出した。

 春告げ鳥が 野山で鳴いて
 きらきら 雪解け水が
 小川に 注ぐ


その歌は魂がこもっていた。
移動中の車のラジオからニュースを聞こうと
NHKにダイアルを合わせたときのこと。
胡弓の前奏に乗ってしずしずと拡がっていくと、
春を待つ清冽なまでの娘心が歌い出された。

 恋をしました 好きな人がいます
 母さんに まだ内緒です
 母さんに まだ内緒です

 
ハンドルを握る手が止まった。
日本の言葉を慈しむように胸に抱きしめて歌っている。
-この国にまだこんな歌をうたえる人がいたんだ―。
歌の切なさに恍惚とした幸福感さえ感じた。

 短い夏が 駆け抜けて行き
 木の葉が 色づく頃に
 告白します
 おんなじ苦労 させたくないからと
 母さんに叱られるけど
 母さんに叱られるけど

 
初めて恋をしたときのみずみずしい気持ちと
切なさをそのまま閉じこめてしまった…。
なんという歌なんだろう! 
永井龍雲の作品だった。

 夢を見ました 子供の手を引いて
 母さんと 港にいます
 母さんと 港にいます
 大漁旗の 船で肩組む
 父さんと あの人が


(春を告げる蝋梅、神山町)
D7K_4186_NX2_3.jpg

山崎ともみさんは岩手県出身で
歌手3年目の27歳の女性だとわかった。
高校を卒業と同時に上京し市川昭介門下生となり、
5年のレッスンを続けて1997年にデビュー。

漁師の父に新しい船を買ってあげるのが彼女の願いだったが、
父は船上で病に倒れて帰らぬ人に。

そんな事情は知らなくても、
亡き父へ寄せる思いの深さが無垢なまま飛び込んでくる。
この曲を聴いて心を動かされない人とは生きていけない―。
そこまで思えたのは、2000年10月に発売されたこの曲。

同じ年齢で大きな夢にかけた女性のことを思い出した。

アマゾン(プレミアムが付いています)
春告げ鳥/愛し川

YouTubeで見ることができます。

その後、山崎ともみさんは引退されたと聞きました。
心に届く歌が売れるとは限らないことをたくさん見てきましたが…。

10年後、ご出身の大槌町は壊滅的な被害を受けました。
無事であること、そしてその後のご多幸を祈るばかりです。
この曲でうたわれた小川や港はどうなったのでしょうか。

 
posted by 平井 吉信 at 01:05| Comment(2) | 音楽

2013年12月31日

BREEZEが心の中を通り抜ける A LONG V-A-C-A-T-I-O-N


2013年の大晦日、突然に訃報がやってきた。

80年代のカーステレオから流れてくるのはこのアルバム。
1981年3月21日発売の大滝詠一「ロング・バケイション」。

久しぶりに棚から取り出したアナログレコード。
ジャケットはあの日のまま輝いている。
(シュガーベイブやナイアガラ・ソングブックなどもある)。
D7K_5709_NX2.jpg

シングルカットされた「君は天然色」が有線から流れ出すと、
夏を迎えることなく大ヒットとなった。
翌1982年、
CDがCBSソニーから3500円〜3800円で発売されることになる。
世界で最初のCD、その第1号ともいうべき、
35DH-1という商品番号が与えられていた。

ぼくは、レコード(27AH-1234)から
ソニーのカセットBHF46にダビングして
クルマで聴いていた。
(この時代のCD化は概して失敗。CDプレーヤーの完成度が低いこともあるが、トラックダウンなどの処理のノウハウもデジタルに不慣れであったせいか、買うのはアナログだと思っていた)

カセットはノイズがあって音が悪く、
テープも伸びると思われているが、
いまも手元にあるカセットをウォークマンプロで再生しても
伸びているものは見かけない。
音の悪いCDをカセットに録音し直すと
聴きやすくなることを経験したのもこの頃。
サーという高域のヒスノイズが気になるのは最初だけで
いつのまにか人間の脳が補正してしまう。
(むしろ量子化の隙間を適度に埋めて音楽再生に貢献していたのではないかと)
だから、ノイズを低減するドルビーCなどをかけると
かえって音楽の躍動が損なわれてしまうことも知っていた。

どうやって生きるかに悩んだ70年代は過ぎ去り、
80年代を迎えた若者は自信に満ちていたようにも思う。
田舎の若者たちは給料の大半をつぎ込んで
お気に入りの5速マニュアルのクルマを改造。
カーステ全開で海辺を走ればそれでご機嫌。
将来の不安など微塵もなかった。
大きなラジカセを肩に担いで
500マイルは遠くない、
と若者を旅と音楽に誘うCMが流れていた。

ぼくは、ミノルタの一眼レフを片手に
自由な気分が横溢する時代を感じながら
南太平洋の島をめぐり、
日本各地、四国各地を歩いた。
できないことなんてないと思っていた。
死にかけたこともあるけれど、楽しかった。

音楽も世相を反映してか、まさに百花繚乱。
大滝詠一が発売された1981年の
シングルとアルバムの年間売上10位は以下のとおり。

◆昭和56年(1981年)のシングル売上10位
1位 寺尾聰:「ルビーの指環」
2位 竜鉄也:「奥飛騨慕情」
3位 近藤真彦:「スニーカーぶる?す」
4位 イモ欽トリオ:「ハイスクールララバイ」
5位 松山千春:「長い夜」
6位 都はるみ:「大阪しぐれ」
7位 シャネルズ:「街角トワイライト」
8位 五輪真弓:「恋人よ」
9位 松田聖子:「チェリーブラッサム」
10位 松任谷由実:「守ってあげたい」

◆アルバム10位
1位 寺尾聰:『Reflections』
2位 大滝詠一:『A LONG VACATION』
3位 アラベスク:『グレイテスト・ヒッツ』
4位 松山千春:『時代をこえて』
5位 T.C.R.横浜銀蝿R.S.:『ぶっちぎりII』
6位 オフコース:『We are』
7位 中島みゆき:『臨月』
8位 ノーランズ:『恋のハッピー・デート』
9位 ノーランズ:『セクシー・ミュージック』
10位 五輪真弓:『恋人よ』

そして、バブルの崩壊とともに80年代はその終焉を迎える。

久しぶりに、レコードをターンテーブルに載せる。
アンプは、オンキヨーのデジタルアンプから
ビクターのアナログアンプに戻した。
(良質のフォノイコライザーを内蔵している)
チューニング音から「君は天然色」が始まった。
アルバム全体に「A」コードのソノリティが充ちていて
大滝詠一の声も南のリゾートに誘った。

手元には、極上のアナログレコード(初回プレス)、
そして20周年リマスターCDがある。
けれど、いま買うのなら
2011年に発売された30周年リマスターだ。

視聴ボタンから流れる音楽を聴いただけで、
20周年リマスターと大きな違いがある。
(20周年盤は鮮明だけど違和感があって最後まで聴き通すのがつらい)
あの時代の空気を感じるのは、
30周年リマスターだ。
(早めに押さえておかないと入手が難しくなりそう)
A LONG VACATION 30th Edition


追記

大晦日の夜、除夜の鐘の鳴る頃、
ロング・バケイションを久しぶりに部屋で聴いた。

さすが、オーディオシステム。
カーステレオでは聞こえてこない
音の万華鏡が手に取るようにわかる。
コーラスの多重録音や楽器の細やかな出し入れなど、
凝った音づくりに聞こえるけれど、
音楽の流れは途切れていない。
もしかして、基本トラックの音録りは
通しで、それもワンテイクで拾っているのではないだろうか。

アルバム全体を通してリゾート一点張りの音楽ばかりではない。
曲想の変化を持たせてみました、
と取って付けたような不自然さはないのに、
センチメンタルを表現しようとはしていないのに、
オプティミストやペジミストの佇まい、
メランコリーが立ちこめる。

レガートでつないだ旋律に運ばれて
言葉の音節が日本語の位置に縛られることなく自在に動く。
ロックのリズムというか、曲の魂を優先させたからだろう。

雨のウェンズデイ、スピーチバルーンが流れる頃、
日付が変わった。

大滝詠一は楽曲にメッセージを込めることはしない。
職人芸で音を紡いでいくだけ。

好きにやりなよ―。

そんな大滝詠一の世界観。
追悼の文章なんて彼に似合わない。
あの時代の空気が、いまの時代に必要だから。
posted by 平井 吉信 at 16:43| Comment(0) | 音楽

2013年09月03日

いまの時代だから吉松隆 音楽の花がしずしずと開く 


虫の鳴く声に秋が濃厚になってきた。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番が似合う季節となった。
以前に、ユジャ・ワンを紹介したけれど、
ロマンティックが好きな人はリヒテルなど。
ツィマーマンはいいけれど、
ピアノの表現の深さに圧倒されてしまうので。

作曲家たちは、♪の高さと長さで躍動するいきものをつくる。
ところが、そのパターンも無限にあるわけではない。
もう、美しい旋律は出し尽くされたのではないか。
いまの時代にそぐわないのではないか。

いや、そんなことはない。
むしろ、それを受け止める人々の心が変わったのだと。
木訥とした東歌(あずまうた)や
愛の歓びを直截的にうたいあげた
万葉の時代に戻れないように
(新古今の時代にはすでに失われてしまった)
21世紀は、
美しい旋律をそのままに愛でることをためらうようになったのか。

作曲家が旋律を奏でることを諦めた21世紀に
日本の作曲家が挑戦しているようだ。
とはいえ、決して懐古趣味でもなければ、
耽美的に過ぎることもない。

吉松隆との出会いは、
英シャンドスレーベルから発売された
ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」だった。
静謐、耽美、躍動を織り交ぜた佳品で
夜の空間にぽつんと浮かび上がるように
少しずつ花開いていく。
包まれながら眠りを誘う楽曲。



よく聴いているのは「プレイアデス舞曲集」。
これは、田部京子のピアノが超絶的に美しい。
ピアニストの独白と楽曲の語りかけが溶け合い、
聴くものをこのうえない幸福感に包む。
彼女のモーツァルトの協奏曲やシューベルトなども
実演で聴いてみたいと思う。

作曲者自身が次のように解説されている。
「プレイアデス舞曲集」は、虹の7つの色、いろいろな旋法の7つの音、様々に変化する7色のリズム、を素材にした「現代ピアノのための新しい形をした前奏曲集」への試み。
 バッハのインヴェンションあたりを偏光プリズムを通して現代に投影した練習曲集でもあり、古代から未来に至る幻想四次空間の架空舞曲を採譜した楽曲集でもあり、点と線だけで出来た最小の舞踊組曲でもある。


NHKの大河「清盛」でも、
重要なモチーフとして挿入されたのは、
プレイアデス舞曲集の「4つの小さな夢の歌 」から
「春:5月の夢の歌」だった。

CDでは2枚に分かれていてどちらも揃えるべきだが、
ぼくは第2集をよく聴いている。





交響曲第4番。
それは、古今の交響曲の旋律のいいところどりという
楽しい交響曲である。



もしかして、吉松作品は、東日本大震災を経験した私たちが
もっとも必要としている音楽なのかもしれない。

自宅の庭の花。
この花も朝露を浴びて、開くことを夢見ている。
いや、意思の力で開く。
D7K_2227_NX2.jpg


タグ:音楽
posted by 平井 吉信 at 22:54| Comment(0) | 音楽

2013年08月25日

雨降りの日曜 みかん蜂蜜と採れたてブルーベリーとドビュッシーで

四国では久しぶりの雨があった。
まわりの景色が潤って見え、
雨なのに心にざわめきを感じる。
図書館にでも行ってみたくなる気分。

朝食は、
地元農園の採れたてブルーベリー(1パック200円!)に
みかん蜂蜜をかけたヨーグルト。

蜂蜜は地元勝浦町産の松平養蜂場。
みかん農家が養蜂しているのだろう。
上品な甘みとほのかな柑橘の香りがいい。
価格も300グラムで920円と手頃。

DSCF5368a.jpg

コクが欲しいときは
ニュージーランド産のオーガニッククローバー、
料理用には廉価なカナダ産を使っている。

昨晩、十数年ぶりにビフテキを食べた
(ということは、つくるのも十数年ぶり)。
肉は地元の牧場直送でていねいに育てられたもの。
(100グラム900円程度)
フライパンはリバーライトの26センチ鉄板で。
(→ RIVER LIGHT 極 フライパン 26cm 12K26
まずは、肉を半時間程度常温に置く。
フライパンを充分加熱したあと少し冷まして
弱火でニンニクの香り付け、
ニンニクを取り出して、強火に切り替え。
火力を強火を中心に徐々に中火に下げつつ
裏返して再び強火、
最後は赤ワインのフランベで仕上げ。

(掃除も洗濯も料理も家事全般はおもしろい。そんな単純な日常のなかに人生の真実があるんよね)

DSCF5359a.jpg

DSCF5785.jpg

だから、朝は軽く、けれど雨に弾む心で。

ならば、ドビュッシーを聴こう。
曲は「喜びの島」。
サンソン・フランソワで。

シャガールの「ペレアスとメリザンド」の好きな人には、
「牧神の午後への協奏曲」ともに楽しめる。

両手を拡げて空に向かいたくなるような気分の朝には
決まって「喜びの島」が聴きたくなる。
ほかにも、しっとりとしたベロフや
近年にBISレーベルで録音された
小川典子の全集も持っているが、
フランソワが気まぐれに光を散乱させる
ひらめきに浸ってしまう。

フランソワ節がドビュッシーの楽曲の構造と合致して
どちらが作曲でどこまでが演奏なのかがわからない。
(永遠の夏が)いつまでも続いて欲しいと感じつつも
ソナタ形式のような物語ではないけれど、
終盤に向けて楽曲は準備を進め、
フランソワはますます飛び跳ねて
突然終わりを迎えてしまう。



実演で聴けるなら、
田部京子で聴いてみたい気がする。
吉松隆の「プレイアデス舞曲集1&2」では
静謐で音のない世界の美しさまで描いてみせた。
(リンク先でぜひ視聴してみてください。例えば、第2集の1曲目「4つの小さな夢の歌」は先のNHK大河ドラマ(清盛)で聴いたことがあるのでは。第2集のジャケットも田部京子が夢幻のように美しい)




盛夏を過ぎて秋を迎える心の準備は
カルミナ四重奏団のドビュッシーとラベルの弦楽四重奏曲もいい。



蜂蜜とブルーベリーとドビュッシー…なんだか、歌のタイトルになりそうな(^^)。

posted by 平井 吉信 at 11:59| Comment(0) | 音楽

2013年08月11日

真夏の「スコール」(松田聖子) Blu-spec2 CDで


連日40度を超える地域がどこかで観測されるという猛暑。
きょうは日曜日だけれど仕事をしている。
その事務所の気温は32.6度、湿度77%。
でも、快適。
食欲はまったく落ちず、仕事もはかどるのは、
時間をかけて慣らしたから。
(いきなり真似をしても難しいですよ)

地球温暖化が予想されていた頃、
海、山、川が好きな人間にとって
時間をかけて身体を高温に慣らしていこうと
考えたのが約十年前。
毎年エアコンの稼働日数を少しずつ減らしていき、
心理的にも涼しく過ごせる工夫を加味し、
ついに昨年にエアコンを取り外すことに。
(8000メートルの高度に一月かけて慣らすのと同じ)

水分を意識して取らないのもコツ。
世の中は水分を取れの大合唱だが、
必要以上に取りすぎていないだろうか?
(逆に高齢者は咽の渇きを意識しにくい。ならば、発汗量などから必要な水分と電解質の量を算出して表示、警告するような携帯型の測定器を誰か開発しないだろうか)

暑い夏を涼しく過ごす工夫のひとつは音楽を聴くこと。
「あまちゃん」ブームで、かつてのアイドルに光が当たっているけれど、
ユニットでうたうことが多いあの手のモノにはなじめない。
(仕掛けの匂いが濃厚で好きではない)
「あまちゃん」はその舞台裏を皮肉っているようにも見えるが。

そんなおり、ソニーから、
Blu-spec CD2」という技術を応用した
音楽CDのシリーズが2013年7月に発売された。
(通常のCDラジカセやCDプレーヤーで再生できる)
買ったのは、松田聖子の「SQUALL」(彼女のデビューアルバム)。

この年の冬は大雪に見舞われるのだが、
夏はからりと晴れ渡って空気が澄んでいた。
そんな1980年夏の発売。

実はレコードも持っているけれど、
ターンテーブルに載せる時間はなかなか取れない。
(オンキヨーのデジタルアンプのフォノEQも実用的ではないし)
そこで、CDを買ってみた。

さあ、かけてみよう。
少しずつ音量を上げていく。
再生装置は、デスクトップに接続したTIMEDOMAIN light
(仕事オーディオ)。
そして、オンキヨーのデジタルアンプA-1VLに接続した
無垢マホガニーの箱でソフトドームが奏でるビクターのSX-V1(部屋オーディオ)。
(ハイエンドオーディオ装置の持つ「嫌な重苦しさ」がないのが良いところ)

一曲目の「南太平洋サンバの香り」、
言葉尻を捉えるつもりはないけれど
「南太平洋 ポリネシアの香り」とか「フラの香り」、
もしくは、「大西洋 サンバの香り」か。
でも、これでいい。
作詞家は百も承知で「南太平洋」の持つ南洋の果てしないロマンと
「サンバ」の持つ非日常のざわめきを感じながら
語感の良さも加味して直感的に付けたのだろう。

波間を縫ってサンバのぞめきがフェードインすると、
聖子の声が登場、
リズムと旋律をていねいに出し入れしながら
声に寄り添う。
キーは高めで、
声が裏返る手前のハイトーンを引き出している。

数十年に一人の逸材と見抜いたからこそ、
デビュー曲に「裸足の季節」を使ったのだろう。

歌いこなすのには技術を要する楽曲である。
揺れ動く心を暗示する半音階を多様しつつ、
弾ける若さを表現するため音程の跳躍も随所に散りばめ、
場面展開にはコード進行を変える。
(音程を追いかけるだけで大変=音程のずり上げやオーバーシュートしないよう)
印象的なサビは親しみやすい旋律で
わかりやすい音程と伸ばす音符でハイトーンを際だたせる。
(計算し尽くされた楽曲である)
うまくいけば、
他のアイドルとは楽曲の難易度で差を付け、
(歌いこなすことで耳に残る)
表現力でさらに印象づけるという戦略だったのかも。

そして2枚目のシングル「青い珊瑚礁」で弾けた。
この曲もサビが印象的だけれど、
その後の低い音での独白が要。
等身大の18歳が声色を切り替えて表現する。

いま聞いても「若い」(幼い)という感じがしない。
デビュー当時から大人に憧れる感性(=の色気)を持っていたから。
逆に、いまでも小娘のような雰囲気を漂わせている。
(でも、好きなのは10代から20代半ば=1987年までだが)

ファーストアルバム「SQUALL」は、
ピンクのトーンに包まれたアップのジャケットとともに
店頭で光を放っていたことだろう。
(CDの発売前なので30センチLPレコードの時代)

さて、Blu-spec CD2で再発された
このアルバムの音質についても触れておこう。

音が躊躇なく波形が立ち上がる感じで歪み感極小、
アナログの持つ空間に拡がるプレゼンスとは異なるけれど、
それを補ってあまりある低域の安定感と抜けの良さ。
無理なく音楽のエッセンスを凝縮した感じ。
カッティングレベルを上げて
音圧感を演出するのではないかと危惧したが、
得られた再生音は、いつまでも浸っていたいと思える自然な音。
(隣の部屋で聞いてもわかると思う)
こんなCDを80年代に出して欲しかった、と思った。
(久保田早紀の「サウダーデ」も発売されているではないか)

もう一枚、今回のシリーズではない単発のシングルだけれど、
「小麦色のマーメイド」をご紹介。
これには「マドラスチェックの恋人」がカップリング。
彼女のシングルでは、この曲(両面とも)がもっとも好き。
リゾートのはざまに漂う小麦色の娘という
つくられた世界なのだけど、
3分のミディアムテンポの楽曲が非日常の世界観を描ききる。
「音楽ビジネス」の凄みを感じるが、
当の本人はどこまでも涼しげ。
(「潮騒のメモリー」は、「小麦色のマーメイド」へのオマージュか)。

いつも思うけれど、大ヒット曲のなかには、
「なんでこんな曲が?」というのが少なくない。
逆に、いい曲なのに、セールスは伸びなかったという例は多い。
でも、ひとつ言えることは、
売れることをねらって(しかも当たった)
アーティストはその後が続いていない。
売れなくても伝えたいことを地道に伝えるアーティストは息が長い。
メッセージは継続して発していかなければ信頼されない。
音楽ビジネスもマーケティングの縮図のようである。

もちろん、世阿弥の「風姿花伝」が説くように、
若い頃ならではの輝き、きらめきでしか伝えられないこともあるし、
年齢ならではの輝きを付加して磨いていくアーティストもいる。
(感性が枯れてしまった大御所たちの名前は出さないけれど)

カップリングの「マドラス〜」もいい。
マリーナの桟橋に真っ白のクルーザーという舞台設定だが、
陽気に過ぎ去った夏への心象風景を
女の子の心理で切なくも淡々と綴った夏の名曲。
(「Pineapple」で突き抜けた聖子はすでに新しい世界を築いていた)

それからときが過ぎて、1985年の「ボーイの季節」。
(作詞/作曲:尾崎亜美 編曲:大村雅朗)
松本隆の世界観とは異なるリアルな状況で
切ない夏を描ききる。
シングルとしてはここまでしかフォローできないけれど、
ビジネスを越えた魂を感じてしまう。


ソニーの Blu-spec CD2シリーズでは
かつての名アルバムたちが続々と登場する。
Blu-spec CD2が発売されたからといって、
すでに持っている人は、
改めて買い直す必要はないとは思う。
(このシリーズではまだ1枚しか買っていないが)

真夏のひととき、氷を入れたコーラを飲みながら
やわらかな音楽が弾んでいくのも
良い時間の過ごし方かと。
中域の実在感と弾むようでいて自然な音質に打たれたのである。
(それがBlu-spec CD2の本質ではないかと)










Blu-spec CD2
原盤の材料を従来のガラスから、半導体製造用のシリコンウエハーに変更。カッティングマシン本体もBlu-ray Disc用とし、トラックピッチは約20倍、レーザーの照射位置精度は10倍に向上。また、感光剤も金属酸化物の熱記録方式に改めて記録精度を上げたことにより、ジッター値を1/2に低減したもの。


posted by 平井 吉信 at 15:08| Comment(0) | 音楽

2012年12月16日

2つのサウダーデ〜久保田早紀「サウダーデ」と新田次郎・藤原正彦「狐愁 サウダーデ〉」〜

2012年11月下旬に、
新田次郎の絶筆となった作品を受けて
子息の藤原正彦さんが完成させた書籍、
孤愁〈サウダーデ〉」を購入した。

久保田早紀「サウダーデ」
アナログレコード(LP)の時代に購入したもの。

D7K_2538a.jpg

「サウダーデ」で結ばれた
音楽と書籍について記してみる。
まずは久保田早紀から。

久保田早紀は、1979年の「異邦人」のヒットで知られる。
独創的な詩と旋律を別世界に連れ去る編曲の妙、
彼女が天を見上げたり、
ためいきを肩で付いたりするだけで
楚々とたゆたうヴォーカル。
音符が逃げ出す隙間さえない音楽の密度に
多くの人が逃げ出せなくなった。

それから1年後、
彼女はポルトガルに赴いてアルバム「サウダーデ」を録音した。
情念豊かなポルトガル音楽「ファド」を意識したといわれる。
(※リスボンで録音されたのはA面)。
サウダーデ


アルバムの冒頭に聞こえてくるのは
からみつくような二本(もしくはそれ以上)のポルトガルギター。
ギターの伴奏は雄弁にかき鳴らされるが、
声にからみついては浮き上がらせる。
この世界をつくっているのは確かにギター。
ざわついては心をかきたてる。

ヒット曲の呪縛を解き放たれた「異邦人」。
ポルトガル娘のためいきが聞こえてきそうな「アルファマの娘」。
路地から路地へ声かけて歩く
お人好しの笑顔には深い皺があると「トマト売りの歌」。
沸き立つアルペジオが見事に決まる「18の祭り」。
(18になった娘が束ねた髪をほどいて踊る。そのスカーフが落ちたのが好きな男の前なんて)。
移ろう水、見つめる心が揺らいで、ひとり佇む。
切なさの頂点に紡がれた「4月25日橋」。
風景を切り取り、登場人物に生命を与え、
ひとつの小宇宙をつくる。
(なんて豊かなファンタジーなんだろう)

久保田早紀がこのアルバムをつくったのは22歳。
等身大の彼女がいまもスピーカーから流れ出すと、
通り過ぎたいくつかの情景、場面が回り始める。
いまでも心をこれほどかき乱されることなんて。

涼しげなヴォーカルは
猫の目のように表情を変えていく。
青春の情熱を抑えていても
転調の瞬間、白い微笑みがこぼれていく。
(あのモーツァルトのように)

確か彼女は天文に興味があったはず。
当時のぼくも天文学者になりたかった。

これだけの作品がつくれたら
アーティスト冥利に尽きるだろう。
持っているレコードとCDから
感性がきらめくベストテンを選ぶとしたら
このアルバムを入れておく。
(ただし、感性の切れ味を堪能するのは疲れることも。そんなときに「木綿のハンカチーフ」を聴くと無条件でなごんでしまう)

2012年冬、あれから30年を経てまだ手に入るなんて。
アマゾンでレビューを綴る人たちも同じ思いのようだ。



孤愁〈サウダーデ〉については後日。
タグ:音楽 天文
posted by 平井 吉信 at 02:12| Comment(0) | 音楽

2012年10月27日

ラフマニノフの2番をユジャ・ワンで 咲き誇る花をちらりと魅せる


ユジャ・ワン。
それは、YouTubeで
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を彷徨っていてみつけたもの。

第1楽章〜第3楽章
http://www.youtube.com/watch?v=yJ1v0N9TKfc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=q752m5YWPb4
http://www.youtube.com/watch?v=VXjPo1yRG0M

ラフマニノフの2番は
胸の疼くような耽美をピアノと管弦楽で描いた名作。
熱烈な恋愛のさなかにこの曲に浸ると
細胞が溶けてしまいそうだった20代。

その頃買ったのが
リヒテルが1960年代に録音したもの(アナログレコード)。
ヴィスロツキ/ワルシャワ国立フィルのローカルオケがいい。
ピアノの一部となって寄り添う。
19世紀のロマンティシズムを綿綿と綴った耽美の極地で
独身の若者が浸るには美しすぎる音楽だった。




アシュケナージのLPも持っている。
リヒテルに比べれば
淡々とグランドマナーで楽曲を再現していく。
ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウのバックが絶妙で
第2楽章の終わりなど、ひたひたと押し寄せる弦楽に包まれて
ピアノが昇華していく。

21世紀になってからは
ツィマーマンのCDが新たに手元に加わった。
ツィマーマンは若い頃、徳島に来たことがあった。
夫人を伴っての来日公演で、
演奏会終了後に彼女に寄り添って会場を去っていった。
音楽の向こうに、
彼が醸し出す孤高の求道者と妻を愛するひとりの人間の姿が重なった。

ツィマーマンは2000年に小澤とこの曲を録音した。
他の演奏者と次元が違うぐらい雄弁に語り掛ける。
その技術をハガネのような精神で空間にほとばしらせる。
繊細、緻密、大胆、劇的、そして内省的、
最大にして必要最小限。

楽曲の背後にある精神をえぐり出して
かたちにした求道者のような演奏だ。
この曲にもはや解釈の余地が残されていないのではないかと思えるほど。
曲よりも演奏者の力量が優っている印象もあるけれど。




久しぶりに、別の演奏を探してみようとしたら
ユジャ・ワンだった。
感じたままに音をつむぎながら
随所に音がきらめく。
強い音のあとの弱音の美しさにはっとする。
切れ味鋭く、しなやか。
咲き誇る花を秘めていても
すべて見せずに、ちらりと魅せるように。




彼女の個性が示されているのが
トルコ行進曲。
http://www.youtube.com/watch?v=vWFcbuOav3g&feature=related
この演奏はおもしろい。
「音楽」が「音」で「遊ぶ」としたら
彼女は「遊んでいる」。
(道を究めようとする人だけが、「遊び」を知っている)


調べると、北京生まれの20代の女性だとわかった。
ユジャはミニスカートで演奏会を行うこともあり、
物議を醸している。
それは、彼女のメッセージだと思う。
「伝統」という殻を壊しているのだ。
かたちにとらわれる人たちに突きつけた挑戦状。
でも、ぼくには仮面の下の無邪気な彼女が見えるような気がする。
(いまはそんな「花」でいいけど、30代になったら、あなたはどう演奏する?)

かたちをなぞることなく、精神を活かし、
いまの時代に再創造していく試み。
音楽に限らず、商店街や企業のあり方だってそう。

人の生き方も。

タグ:音楽
posted by 平井 吉信 at 11:25| Comment(0) | 音楽