2015年09月28日

うさぎ


 うさぎ、うさぎ
  なに見てはねる
   十五夜お月さま
     見てはねる

D7K_5343c.jpg

わらべうたの旋律の美しさは比類のないもの。
心を探る音程の彷徨いから
駈けだした旋律が天に弧を懸ける。
後ろを振り返りたい気持ちを隠して
月に跳ねた。
https://www.youtube.com/watch?v=CeNv6kVIyCs

うさぎ、なぜこんな時代に跳ねる?
暗雲立ちこめる9月28日のスーパームーン。

ニコンD7000+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4Gでねらってみた。
雲間から出てきたところ。
D7K_5349-1.jpg

闇夜を照らすうちに雲が途切れていく
D7K_5370-1.jpg

望遠レンズだけでもこれだけ写る
D7K_5388-1.jpg

posted by 平井 吉信 at 20:49| Comment(0) | 生きる

2015年09月06日

原点の公式があるはずだから


地元で採れた米を
その日食べる分を精米してご飯を炊く
(七分づき)

茶碗に装い、
和田島のちりめんにすだちをかけ
自家製の梅干しを置いて
茶をかける。

緑茶は、
苦みのある茶もいいけれど
知覧茶を選ぶ。

仕上げに地元の焼き海苔を置いた。
(有名な地元ブランドもあるけれど、海苔の風味が生きているとくしま漁連を選ぶ)

米を噛みしめつつ
ちりめんの食感をすだちが引き締め
海苔が香りとで旨味がぎゅっと詰まっている。
茶をぶっかければ
咽から鼻腔へ誘いかける香りが先導して
緑茶に乗って体内へ吸い込まれていく。

これを茶漬けという。
(茶葉を除いて半径10q圏内の食材で完結)

生きていくために身の回りにいのちがあり
それを届ける人がいて
いただいた恵みを別の方法でお返しをする。
それを地域経済の循環という。
いや、それが地域で生きること。

魅力=理念(考え方)×地元にあるもの×発信(個性)=経済(売上)

原点の公式は普遍だけれど
角度を変えて外から見れば
別の意味を持ってくる。

原点の公式とはモノサシ。
それに気付くこと、見つけること、
そこから始めないと―。

posted by 平井 吉信 at 15:55| Comment(0) | 生きる

2015年09月04日

おわら風の盆 生涯に一度の逢瀬


暦を見ていて、
ああ、風の盆だな、と気付いた。

わが南四国の阿波おどり、よさこいも良いけれど
暮らしと世代が溶け込み、まちと風土の一体感、
魂と身体の輪郭の境目がなくなる旋律の深みは
おわら風の盆にかなわない。

胡弓、三味線にからみつく謡い、
うたに寄り添いながらも
自ら鼓舞し空間に散りゆく地方(じかた)。
唄い手を支え、それ以上に調子をつくる囃子。
人生は走馬燈のめぐり、
迎えた秋の実りを送る風の神を鎮める祈り。

どこの祭りにも似ていない、
どこの祭りよりも独創的。
季節は夏のおわり、
熟すのを待つことはできず
指の先にひるがえる
若い男と女の所作に隠した刹那の情熱。
(女踊りは阿波おどりに似ていなくもない)

そこには舞台も照明もなければ
観光客をもてなすこともない。

一度でいい、
招かれざる観光客となって
諏訪町の石畳をしゃなりと過ぎる
深夜の町流しに居合わせたい。
(生涯に一度の逢瀬)

八尾は高台にある
DSC_0201-1.jpg

風が吹かない夏の坂を上がっていく
DSC_0203-1.jpg

DSC_0206-1.jpg

DSC_0202-1.jpg

諏訪町のまちなみ
DSC_0192-1.jpg

DSC_0191-1.jpg


タグ:祭り 踊り
posted by 平井 吉信 at 23:35| Comment(0) | 生きる

2015年08月23日

里山に道路ができる最後の夏 南の羽ノ浦町と北の立江町


道路ができることは便利だけれど、
またひとつ消えていく光景がある。
ここは、小さい頃よく遊んだ場所。
高架のコンクリートがあったところには
小さな坂を登ったところに
焼き杉の民家があった。
納屋の2階から那賀川の土手をオート三輪が走るのを眺めていた。

DSXE3376-1.jpg

家の裏には浦川という流れが早い水路があった。
さらに山際にはカブトムシがたくさんいる雑木林があった。
雑木林は妙見山のふもとである。
飼い犬のチビを連れていったら
鹿を見つけてじゃれて追いかけていき
戻らなかったことがあった。
桜の咲く頃、遊山箱に弁当や寒天を詰めて花見に出かけたのもその頃。

DSXE3360-1.jpg

DSXE3352-1.jpg

並木林のアブラゼミはいまも健在で、
稲穂もよく付いているようだ。
この道路が徳島市内までつながるのに
まだ20年ぐらいかかるのだろうけれど。

DSXE3379-1.jpg

その頃には人口は減少して渋滞も緩和され、就業人口も少なくなる。
未来を夢見る社会とそのための人々の努力でありたい。

posted by 平井 吉信 at 23:36| Comment(0) | 生きる

2015年08月18日

駆け足で過ぎていく雲


盆が終わった庭に一輪のキキョウ、咲き残る。
DSXE3394-1.jpg

見上げると、台風の予兆のようなうろこ雲
DSXE3399.jpg

夏の足音が遠ざかっていく。
posted by 平井 吉信 at 23:57| Comment(0) | 生きる

2015年08月15日

避暑地の支流 ひと夏の涼 ひと夏の寒茶―。


知人にいただいた和釘の風鈴が涼しさに一役買っている。
この世ならぬ、天上の音を奏でる。

それと似ているのが川のせせらぎや水の音。
川から離れては生きていけない。
DSC_1775-1.jpg

やってきたのは自宅から1時間少々のいつもの支流。
地元のスーパーで食材を調達。
ヨーグルト、チーズ、オリーブオイル、塩を使い、
ベーコンの代わりに阿波尾鶏のすきみを使って
(この辺りが産地なので手に入る)
自家製のオクラを添えて
「夏の支流パスタ」をつくろうとして気付いた。
DSXE2917.jpg

あっ、麺を忘れた。
(パスタ麺ではなく中華麺を使う予定だった)。
麺のないパスタは、
「麺要らずの夏の支流パスタ」と改称。

幸いご飯を持ってきているので
卵とともに合わせて丼風にする。
そこで「麺要らずの夏の支流パスタご飯入り」
気取った店なら
「零麺夏のせせらぎジャポネカ with rice and オドーリ 渓谷風チーノ」
と名付けて2200円(税抜)とするだろう。

DSXE2932-1.jpg

漢和及第。
天気は薄曇り。
川のほとりの昼食、誰もいない。
(お時間がある人、いつかご案内しましょう)
河畔の木陰を吹き抜ける風に気付く。
水は冷たくない。

DSXE2937-1.jpg

そこへ、地元のおじいさんが棒と網を持って近づいてきた。
にこりと会釈をされるので
どうぞ、(ここから川へ)お入りください、と合図。
DSXE2961-1.jpg

大きな網と棒を持っている。
棒でたたいて網へ誘導する。
初めて見る漁法に興味をそそられる。

アメゴですか?
アユだという。

良い川海苔が生えている。
ここは人家がないので
流れる水で茶を点てたり料理に使えるのだ。
D7K_4634.jpg

D7K_4637.jpg

食事のあと、林道沿いを歩いて自然を観察。
D7K_4642.jpg

D7K_4651.jpg

D7K_4648.jpg

適当に折り返して引き返す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

麺をどうしても食べたいと
車で海沿いに移動(すぐそばなので)。
地元の寒茶を麺に用いた「手延べつけ麺 寒茶セット」がある。
寒茶を練り込んだ麺に、それを活かすつけ汁、
水出しと思われる寒茶が付いてくる涼感あふれる料理。
(Channel R55)
DSXE3081-1.jpg

ぼくは満腹感があるのでコーヒーにしたが、
寒茶セットを少しいただいてみる。
「ひこうき雲」のように
どこまでも伸びていくプレーンな味覚。
咽をすっと通しながらも
詠み人知らずとさらりと流す涼しさ。
(同じ料理でも初夏とは明らかに違う。夏に向けて人の体調や味覚が欲する点もあるだろうけど、汁の温度にその理由があると見た)

さらに、店主の日比さんが調整された音響を聴いてみる。
タイムドメインという時間軸を重視する理論に基づくスピーカーと
従来の周波数特性を重視するスピーカーを
空間でブレンドして心地よい音世界をつくりあげている。
その音は席によって異なる。
ホールの前席の場所、音が回り込んで包まれる場所などさまざま。
DSXE3089.jpg

人の声、口を忠実に再現するタイムドメインが音の輪郭をつくり
研ぎ澄まされた自然体の中域を軸に据える。
これは寒茶の世界に通じる。
しかしこのままだと、なにかが足りない。
蒸留水のような味気なさも音源によっては感じられる。

そこで、人の耳が心地よく感じる低域の響きと心地よい高域を
従来スピーカーから取り出して背景に据え、
声を浮かび上がらせる。
(さまざまなスピーカーを1o単位で調整された)
タイムドメインの素朴でやさしい風味を壊さないように。
足りない味覚をつけ汁で補うことで
寒茶の世界観を壊さぬよう注意を払った一筆書きのように。
ひと夏の涼 ひとの音楽 ひと夏の寒茶―。



追記

ぼくもタイムドメイン・ライトのチューンアップ版を持っている。
この再生音を人に聴かせると
信じられない顔をする人が少なくない。
(11月4日か10日に大勢の人に聴いていただく機会を持つ予定)
オリジナルとチューンアップの違いは大きい。
オリジナルは高域の広がりに力点を置いて
清冽に音楽を奏でるけれど
チューンアップでは、
スピーカーの存在が消える実在感がある。
声を隣の部屋で聴いていたら
誰かが歌っていると錯覚するほどだ。

まずは、オリジナルのまま購入して数ヶ月聴いてみる。


購入してしばらくすると音の変化が現れるから。
その変化を見極めてから
チューンアップを依頼するのがいいやりかた。
http://www.timedomain-lab.co.jp/customize/


posted by 平井 吉信 at 14:59| Comment(0) | 生きる

2015年08月11日

終戦の詔(平成27年8月)と長崎平和宣言(2015年)


「日本のいちばん長い日」(半藤一利)を読むと、
軍部の思惑に引っ張られて
ポツダム宣言受諾をめぐるやりとりが一向に進まないのがじれったい。
降伏を迫られてなお出口のない議論を行う。
当事者はそれぞれが正しいと信じた根拠や信念に則って
命がけの主張を行っているのだろうが、
読み進めるのが嫌になる。

しかし置かれていた状況は厳しい。
戦争を続けるも地獄、止めるも修羅場。
いずれの決定も国の内乱の怖れや
敗戦へつけ込む外国の思惑を見据えれば
英断ですっぱり決着をつけることは困難であったことも確か。

超法規的な「聖断」によって決着を図るという鈴木首相。
昭和天皇の存在がなければ議論が延々と続き、
原爆が次々と落とされ、ソ連が本州に上陸して国土は分割されていたかもしれない。
終戦の詔書に作成は、反乱を懸念しつつ時間との闘いのなかで
クーデターを企てる不穏な空気もあったが、
玉音放送へとつなげることができた。
(いまの内閣にこれだけのことがなしえるとは到底思えない)

朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク
(中略)
耐ヘ難キヲ耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス
(「大東亜戦争終結ノ詔書」)
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taisenkankei/syusen/pdf/syousyo.pdf

平成27年8月1日、宮内庁から
「戦後70年の節目に当たり、
70年振りに玉音放送用の録音原盤の再生を試みたところ、
直接、昭和天皇のお声の再生に成功、録音することができました」
ということで、原盤からの音声が公開されている。
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taisenkankei/index.html

命をかけて戦争を終わらせるという昭和天皇の強い意思、
国民への思いが感じられる。
歴史の経緯を知ったうえではさらに感慨深いものがある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
DSXE4494-1.jpg

現代の長崎へ戻ろう。
一瞬の閃光がもたらした廃墟と
現在の緑の大浦天主堂の対比から
過ぎ去った70年に思いをはせる。
戦争の記憶が薄れれているという実感。

原爆は戦争終結に役立ち有意義であったという他国の世論に対し、
淡々と事実を伝えていかなければならない。
市長は、以下のくだりで
被害者、加害者を越えて向き合うべきとのメッセージを込めた。

「単なる被害者としてではなく、“人類の一員”として、今も懸命に伝えようとしていることを感じとってください。」

そして、2015年のヒロシマ、ナガサキで
いまも被爆者が苦しんでいる現実。
そんな戦争の反省から日本国憲法が生まれたと綴る。

田上市長はさらに個々の相手に呼びかける。
日本政府への呼びかけで、
集団的自衛権への言及を取り上げるマスコミは少なくなかった。
(またもや部分的な引用に意味づけして対立を煽る)。

個々の問題への「はい」、「いいえ」、「どちらともいえない」を尋ねる電話での世論調査。
何度かかかってきたが、一度も答えたことはない。
本質の問いに気付かなければ(設定ができなければ)
見せかけの問いに答えたところで意味がない。

集団的自益権、安保関連法案の是非を問うのなら
それ以前に本質の問いがある。
平和とは何か? それは必要なものか?
平和は誰に何をどのようにもたらすのか?
平和の本質は何か?
それを獲得し維持するために
どのような行動が必要か?を考えるべきだろう。

ときの政権は本質をずらして強引に導こうとしている。
生命や安全までもが「記号」に置き換えられてしまう。
集団的自衛権や安保法案も道具でしかない。
(「戦争法案」のレッテル貼りも同じ穴のムジナ)
行動のもととなる理念、精神、運用の方針など
「どのように」使いこなすかが大切。

アジアを中心とする時代情勢を分析したうえで
なお採択に突っ走ることが問題である。
多くの人々は法案の中味よりもその行動が問題と感じている。
都合の良い解釈で盲目的に突き進んだあのときのように。
日本の歴史でこれほどの痛みと汚点はない。
その責任は子孫である私たちも負わなければならない。
それは、過去に学び、未来を拓くことだ。

政治に無関心なのは「丸投げ」を容認すること。
本来、人の生死は究極的には
その人の「判断」に帰属するもの。
政府に命を預けますか?
何でも政府に求めますか?
自分のことはまず自分で考え行動すべきでは?
どんな国(地域)にしたいのかも含めて。

○○が必要、○○があればだいじょうぶ、ではなく、
「どのように」の視点が欠けているのがいまの日本。
機能不全の政治と行政が補助金をばらまく。
日本の津々浦々で行われている地方創成の実態。
事業の例示や紐を付けたりすることなく
地域に任せたらいい。

残念ながら現在の市町村や県に自治の能力はないだろう。
(行政は全知全能になる必要はなく、民を活かす施策を考えて実行すれば良いのだが)
住民もサービスを当然のごとく受けるとして
義務を果たすことなくお客になってしまっている。

自分たちで生きていくことに目覚めること。
行政機構は、地域が自分で決められる小さな地域国家のような単位が必要だろう。
沖縄の問題は日本全体の問題であり、
我がこととして考えるべきだが、
決めるのは沖縄・宮古・八重山の人たちでありたい。
国は平和外交と民の活動が活発になる規制緩和や制度づくりで
民の活動を支えればいい。

DSXE4488-1.jpg

再度、長崎平和宣言に戻る。
国籍を問わずこの世を去らざるを得なかった人たち、
その傷を背負ってなお生きていく人々の気持ちを
平和宣言は背負っている。
過去に学び、振り返ってはいまに活かし、
未来につなげていくべきもの。
時代の空気を反映させることは自然なこと。

淡々と綴られる田上市長の宣言には
市民の思いを背負う責任、覚悟とそれゆえの客観性が感じられる。
それを踏まえたうえで、
長崎の市長だから言えること、言わなければならないことがある。
(それを政治色とレッテルを貼る御用マスコミの論調も常套手段)。

自分が考え判断すること。
田上市長の長崎平和宣言をご覧になってどうお感じになりますか?

長崎平和宣言(長崎市)
http://nagasakipeace.jp/japanese/peace/appeal.html

宣言の動画
https://www.youtube.com/watch?v=FtmIK5BgyyE
posted by 平井 吉信 at 23:09| Comment(0) | 生きる

2015年08月04日

酸酸と梅干し 燦々と夏の太陽 情熱のトマト 嗚呼情熱の人生


台風に邪魔されてなかなか明けなかった梅雨。
梅雨明けというけれど、
この言葉が表しているのは、
「梅雨が明けた」のか、
「梅雨を明けた」のか。
(どちらの意味もあるのではないかと推察)

それでようやく漬け梅の土用干しができることになった。
週末から4日間、人間が5分もいたくない炎天下にさらす。
5kgのうち、1kgは梅酒にしたので4kgを梅干しにする。
(土用干しの間は夕立に備えるため近所にしか出られない)

子どもの頃から梅干しが好きで
大粒の真っ赤な(しそが滴るような)梅干しを
口に放り込んで舌の上で転がす。
ときどき歯をからませて、ぐちゃぐちゃぐちゃ。
すっ、すっ、ごくん。
(ああ、親の目を盗んで3個食べてしまった子どもの罪悪感)。
種を出して熱い茶をすするときの充実感!
(千利休が奥の細道に旅に出たようなちょっと場違いなストライク感)

(よだれが出た人、いますか? いや、文章だけでは出ないでしょう)
(でも、よだれが出たという人はとても想像力が豊かで感性の磨かれた人ですよ、芸術家になれると思います)
写真ではどうですか?
DSXE2810.jpg
干して3日目。
これたまらん、食べたくなったでしょう。
では、みなさんの代わりにひとつだけ。ほんの1個だけ。
試しに食べたら、今年の完熟の南高梅もまた絶品。
もうひとつ試食を、いや切りがない。
DSXE2817.jpg
市販品には負ける気がしない。
一部は塩抜きをして蜂蜜漬けにしてみよう。

こちらは2年目の熟成梅酒。
熊本の35度の米焼酎と蜂蜜で漬け込んだもの。
まろやかでおだやかな酸味が夏バテを防いでくれる。
古酒の良さは感じるけれど、
3か月程度の新酒のみずみずしさも甲乙付けがたい。
これをそのまま氷で割り、原酒を味わった後、
炭酸で割るのが日課。
DSXE2394-1.jpg

外気は連日35度超だけれど、
自宅ではエアコンは使っていない。
信号待ちの駅、日陰で待つ人は多いけれど
ぼくは日向で太陽を全身で受け止める。
暑い夏を楽しみたいから。
(これは理屈じゃなくて本能)

徳島ではもうひとつ良いことがある。
それは、夏野菜をたっぷり食べられること。

毎日食べるのがゴーヤーのサラダ。
2oぐらいに薄く切って好みのドレッシングで食べる。
(1日1本は食べているかも)
ゴーヤーチャンプルーも本場仕込みの風味でつくれるけど、
冷蔵庫でサランラップをかけて少し冷やしたサラダがいい。
香味として、ミョウガのスライスを添えることもある。

オクラは1分程度茹でて輪切りにして鰹節を振りかけ
そうめんつゆをかけて。

シシトウは終わりかけているけれど
キュウリ、県内でも高地のミニトマト、カボチャは真っ盛り。

毎日野菜をたくさん食べていると
これも生きているって実感。
朝採れた野菜が近所で売っているのは
野菜の宝庫徳島ならでは。

寝る前はシャワーではなく風呂で代謝を良くする。
Kindle Voyageをジップロックに入れて
風呂で読んでいるのは「鳴門秘帖」。
(阿波藩は悪者なのだ)
夏だから、少しのわくわくを楽しみながら少し長めの風呂で汗をかく。

健康診断の結果が戻ってきた。
医者があきれるぐらいの完全A級の数値。
でも、数字に一喜一憂せず、生きていることを楽しむ。
一瞬一瞬を楽しむために生きていくこと、
それはもちろん、誰かに必要とされている実感があること。

時間の積み重ねに
こうありたいという意思(意識)をどれだけ込められるか、
そして結果に頓着せずに受け容れていくこと。
(だから、寝ていられない)

エアコンすらはずして
夏の暑さを楽しもうとするのは
エコのためでも身体を鍛えるためでもなく、
ただ受け容れることを幸せと感じているから。

近所の酒屋(多積商店)ですすめてくれたオリーブオイル。
ここには店主の目利きで有名になる前の良いワインや焼酎が揃っている。
(磨かれる前の原石の発掘や蔵元との交渉に努力されているので酒の銘柄は書けません)
食材や調味料も然り。
これまでおすすめで裏切られたことはない。
オリーブオイルの銘柄は、サジターリオ(250ml、1,750円)。
(ぼくは射手座生まれ、日出とともに生まれたのでアセンダントも射手座。太陽と射手座=銀河系の中心が重なる月と時刻に生まれた。サジターリオはイタリア語で射手座の意味と見た)

トマトに少々の粗塩とともにかけてみる。
青臭さが美味でおいしさ濃厚、どんどん身体に吸い込まれていく。
これは料理に使うだけではなく、飲んで味わえる。
DSXE2298-1.jpg
赤はいい、情熱の人生。熱い魂は暑い。
(涼しい部屋にこもって心と身体を冷やしてはダメですよ)

DSXE3670-1.jpg

梅干しもトマトもその根底には情熱が流れている。
降り注ぐ夏の太陽が育んだ。
暑いの好きだ。
暑い夏は生きている実感を与えてくれる。
暑いって、空を見上げるのは、
人間と夏の契約だから。

タグ:
posted by 平井 吉信 at 01:04| Comment(0) | 生きる

2015年07月22日

モネの庭 四国高知に息づく印象派の世界 青いスイレンがつなぐかけはし 


南四国は滞在して良さがわかる。
徳島から入って国道55号線を南に下り、
南阿波サンラインを経由して
室戸岬へ南下していく海岸線こそ、日本の白眉ではないだろうか。
室戸だけでも2泊3日は必要だけど、
岬を折り返して高知方面へ向かうと
やがて北川村への分岐がある。
モネの庭マルモッタンは近い。

モネの庭マルモッタンのコンセプトや由来はこちら。
http://www.kjmonet.jp/about_01.html

小さな日本の田舎がモネの庭をつくる?
DSXE2548.jpg

DSXE2585.jpg

冬を除いて花が咲いている庭園、というのはどこでもあるけれど
モネの庭というのは、
フランスのモネの庭の関係者から認められたもの。
しかもここは散策する楽しみがある。
一度来るとときの経つのを忘れるほどで
この日も弁当を持っていって半日ほど楽しめた。
D7K_4045.jpg

台風11号が南四国を直撃し、訪問日はその2日後。
今回の台風は室戸岬に上陸したことからまさに台風の通り道。
高知、徳島では農作物や家屋に被害が甚大で
浸水した家屋や倒れた樹木も少なくなかった。
モネの庭は樹木と無数の山野草がある。
花は散り、草花はなぎ倒され、樹木の葉がちぎれて
園内は修羅場だろうと考えた。

ところが…。

信じられない光景が広がっていた。
倒れた草花はあったとしても、ごく一部。
言われてみなければ誰も台風の痕跡に気付かないほど。
一つひとつの草花をいのちとして扱うために
身体を張って風雨を防いだのでは?と思えた神業。
D7K_4206.jpg

この庭には、フランスの思いも
日本にモネの庭を再現しようとした人々の思いも
それを楽しみに応援、来訪する人々の思いが詰まっている。
D7K_4464.jpg

D7K_4465.jpg

花に囲まれて夢のような時間を過ごす。
ユリはこのブログでも紹介しているタキユリの近種カノコユリ。
D7K_4036-1.jpg

緑に塗られた木の橋に辿り着くと最初の印象派が現れる。
DSXE2419-1.jpg

DSXE2424.jpg

モネの模写と風景を対比させるためキャンバスが点在している。
DSXE2438-1.jpg

D7K_4419.jpg

DSXE2520-1.jpg

池にかかる橋の上にはバラの橋梁。
こんな木陰に椅子を置いて本を読んでみたい。
人生ってそんな時間をつくるためにあるんでしょう―。
DSXE2437.jpg

橋の上から眺めた池の全景。
スイレンを浮かべながら色彩が明滅する美に般若心経の無常観さえ漂う。
DSXE2420-1.jpg

かたちあるものは滅びる。
とらわれを捨てて、花の色彩さえ透明になって
心の目で観る庭の非日常感。
D7K_4075.jpg

その奥に確かに在るもの。
在るがゆえに美しく、美しいがゆえに存在しない。
来訪者の賑やかな歓声で日常に戻ると、
真夏の太陽の下、庭の花たちの饗宴。
D7K_4416.jpg

D7K_4430.jpg

フランスの庭園に日本の夏の足音。
D7K_4108-1.jpg

庭だけでなく散策の小径がいい。
そこかしこに光が落ちていて
人の見知らぬ間に小人と妖精が歩くのだろう。
DSXE2443-1.jpg

小径もまた夏の叙情
DSXE2448.jpg

青いスイレンは熱帯の植物。
モネはアフリカ原産の青いスイレンをフランスで咲かせることを夢見た。
しかし、その願いは叶わなかった。
ここ南四国の高知で青いスイレンが開花する。
D7K_4049-1.jpg

D7K_4068.jpg

D7K_4076-1.jpg

アフリカから南四国へとかけた夢をフランスのモネの魂に返す。
それは水面に映る睡蓮の極楽浄土。
D7K_4072-1.jpg

台風で傷ついた羽とからだを投げ出すように
カノコユリの間を翔ぶ。
ぼくはここに生きている!と声が聞こえた。
D7K_4084-1.jpg

蝶が舞い、トンボが横切り、蜂がうなる。
その鱗粉のきらめき、葉音のときめき。
D7K_4097-1.jpg

D7K_4139-1.jpg

D7K_4183.jpg

蜂を引き連れてどこへいく?
D7K_4123-1.jpg

太陽にきらめく紺色の燐
D7K_4273-1.jpg

D7K_4257-1.jpg

D7K_4410.jpg

D7K_4378.jpg

D7K_4361.jpg

D7K_4339-1.jpg

D7K_4343.jpg

自らの可能性を信じていま咲き誇る花も、
散る前に最後の輝きを放とうとする刹那の花も、
すでに散って舞台から去った名残の花も、
DSXE2499-1.jpg

D7K_4460-1.jpg
みんな愛されたのだから。
人は誰だって愛されるのだから。
花は庭に、花は心に。
(このブログもそうなりたいのだ)

DSXE2420-1.jpg

花に魂を奪われた人は花を愛でる。
守られた花は魂となって夏の太陽に溶けていく。
そのやりとりを感じられたら―。
ここはモネの庭 マルモッタン。
posted by 平井 吉信 at 21:22| Comment(0) | 生きる

2015年07月21日

虫は一瞬立ち止まる 虫だった頃の記憶と人間につながるDNAの原形が見つめる 


このブログには昆虫の近接写真が出てくる。
でも、特殊な機材は使っていない。
X20という富士フイルムの小型デジカメで取ることが多い。
DSCF7380-1.jpg
(クマゼミとの距離3センチ)

車のボンネットの上にいたゴマダラカミキリ。
触覚が指に触れてくる距離で撮影。
(距離2センチ)
DSCF7404-1.jpg

同じ日、散歩していてバッタに遭遇。
ハンミョウのようにすばしこい。
(せわしなく動いてとどまらない)
でも、ぼくもナンバ歩きで気配を消して瞬時に移動する。
(バッタは驚く、いつのまに?)
そして、バッタの前2センチにカメラを置く。
(これはなんだ?)
ピントが合うまで時間がかかる。
(バッタのなかにはカマキリのような危険因子とは認識されない)
(その合間をついて)
― 撮影できた。
DSCF7485-1.jpg

それも一瞬のできごと。
バッタは、すたこらと路肩の草むらへ走り込む。
DSCF7486-1.jpg

花や虫は相手(人間)が安全かどうかを
本能的に判断しているのではないだろうか。
花は人間に認めてもらいたい。
人がいなければ、花を愛でる存在はない。
観測という行為が存在の根源にあると量子力学は語る。
だから、存在を認めて語り掛ける。
すると風に揺れていたのがぴたりと止まる。
無意識に押したシャッター音で我に返る。
その瞬間、光が花と人間を往復する。
光の粒子には意思疎通がある。
それをテレパシーと呼ぶのかも。

花はそれで良いとして
虫は自分の直前にレンズが来ると嫌な感じがするだろう。
それでも危険かどうかの処理に判断の空隙ができるのではないか。
空隙 ― それは好奇心(と仮にしておく)。

人間には海を泳いでいた微生物や虫の遺伝子がある。
だが虫にも人間につながる原形の遺伝子があるのだ。
危ないもの見たさの躊躇とスリルが人間の遺伝子から間借りしてわき起こる。
けれどそれも束の間、
現在の姿として持っている本能で
虫の性に戻って逃げていくのだ。


posted by 平井 吉信 at 00:00| Comment(0) | 生きる

2015年07月18日

台風一過 クマゼミの羽化 こぼれおちる太陽 空に向かって歩みをすすめる 

(サスペンスドラマの紹介文のような長いタイトルになってしもた)

どんよりとした雲が広がる朝、
朝起きると庭を見て回る。
すると、蝉の抜け殻に気付いた。
D7K_3858-1.jpg

ここの土で七年過ごした宿主はどちらに?
と探していたら軒下にいた。
D7K_3872-1.jpg

距離は約3メートル。
わざわざ桃の木に行かなかったのは
朝は雨がぱらついていて
退避していたのかも。

羽根はまだ伸びきっていない。
足取りもおぼつかない。
人間と視線を合わせるも先を急ぐ彼女(メスである)。
小さなオーバーハングを10分ほどかけて
越えようとしたそのとき、地面に落下した。
D7K_3904-1.jpg

誰かに踏まれたり小動物に食われる危険がある。
少しだけお節介をして桃の木にとまらせた。

雲の切れ目からこぼれ落ちる太陽をめざして
少しずつ上へ上へと。
(それをニコンD7000を片手に樹上から撮影するアクロバット)
(こないだも沢沿いの岩場に咲く山野草を撮影していて沢に落ちたっけ)
(それは慣れっこ)
(それよりも桃の木こそ迷惑)
(でも今年は毛虫を数十匹退治してウシガエルにやったから)
(食べたの?)
(わからない?)
(ウシガエルを飼っているの?)
(そうではなく、近所に住んでいるつがい)
(きょうもいるかな、とあいさつをするのが日課)
(ひとりごとはとりあえずおいといて)

D7K_3582-1.jpg

DSXE1696.jpg

DSXE2325-1.jpg

キキョウの花を背後に少しずつ上がっていく
D7K_3945-1.jpg

彼女は、人でいう額に
宝石のようなアクセサリーをまとっているのにお気づきだろうか?
D7K_3960.jpg
(実はこれも目。セミには5つの目がある)

D7K_3961-1.jpg

D7K_3974-1.jpg

視線を合わせるセミとヒト。
残された時間は異なるけれど、
どちらも夏の太陽の下、息をしている。
D7K_3983-1.jpg

翔べ、大空をめざして!
D7K_3984-1.jpg

クマゼミの危機に対して手を差し伸べたのは集団的自衛権ではなく
誰かが救うだろう、未来にツケを回せという集団的無責任ではなく、
ただ生きている個体の判断。

この国よ、翔べ、大空をめざして!

(ニコンD7000+AF-S Micro 60mm f/2.8G)
posted by 平井 吉信 at 13:23| Comment(0) | 生きる

2015年07月13日

「かさね」という言葉 ― かさねとは八重撫子の名なるべし ―


この春に「紫の上かさね」と名付けた山野草のことを書いた。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/118377747.html

希少種ではないかと自生地を明らかにしなかったが、
その後、勝浦川沿いの堤防に至るところに生えていることがわかった。
その名前はクサフジという。

そのとき浮かんだのは、
芭蕉が「おくのほそ道」を綴ったなかで
那須野を訪れた際に弟子の曾良が詠んだこの句。

かさねとは八重撫子の名なるべし
 

馬をひくおかっぱの童女の名前が
「かさね」という鄙にはまれな名前であったことに着想したもの。

「おくのほそ道」は推敲された紀行文学だけれど
それでいて飄々とした一筆書きの潔さがある。
空間に響かせたときの余韻がいい。
(音の情景を楽しむともいえる)

「おくのほそ道」は学生時代に授業で習っているはずだけれど
いまのあなたの年齢で振り返ったとき、どんな世界観を感じるだろうか。
とはいえ、古典をひもとくには気が重いという方、
Kindleならこの解説本がいいだろう。
(リンク先は電子書籍)
おくのほそ道(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典<ビギナーズ・クラシックス 日本の古典> (角川ソフィア文庫)<ビギナーズ・クラシックス 日本の古典> (角川ソフィア文庫)

(紙書籍はこちら)
おくのほそ道(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)


東日本大震災をきっかけに日本国籍を取得されたドナルド・キーンさんは
「おくのほそ道」の世界を英訳で紹介している。
宮田雅之さんの切り絵が句ごとに挿入され
午後の紅茶を飲みながら読み返した名著。
「かさね」の句には次の英訳を施している。

Double--that must be
The name somebody gave to
A double-petalled pink.


全編を通してキーンさんが綴る
夢のような余韻を楽しめる本である。
この本は一句ごとに挿入されたカラーの挿絵を楽しみたく
めくりつつ出会いを楽しめるので
Kindleで買う選択肢はない。
(リンク先は紙書籍だが、入手は難しいかもしれない)
対訳 おくのほそ道 (Illustrated Japanese Classics)

クサフジという名のありふれた山野草だが
那須野にいた童女を思わせる素朴でありながら
遠くは万葉のあずまうたに通じる世界がある。
源氏物語への遡及は無理があるかもしれないが
京都に生まれたら優美な姫になれたかもしれないと
「紫の上かさね」と名付けたもの。
DSCF5732-1.jpg

仕事は多忙をきわめていても
ほんの10分だけ、ネットサーフィンの手を休めて
遠い時代の旅を胸にあたためることができれば
それはまたそれで生きる力になるのではないか。
(仕事の合間にこれだけのブログを更新しながら頭は仕事の着想を得ようとしている)
タグ:勝浦川
posted by 平井 吉信 at 11:28| Comment(0) | 生きる

2015年07月08日

タイムマシーンの出口にある松林 北の脇海岸


阿南市北の脇海水浴場は、徳島県南を代表する渚。
小学校時代…海水浴といえば、ここである。
学校でバスを貸し切り、浮き輪に尻を落として
夏の太陽の下、
ざぶん、どぶん、ゆらり、と波に遊んでもらう。
(波は友だちだから)
唇が紫色になったら、砂に潜り込む。
波で砂を洗い流してスイカ割りだ。
海の家では、おにぎりや焼きそばを食べる。

.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

とある夏休み

「行くよ」
「待って!」
松原まで走っていこう。

「口笛聞こえない?」
耳を澄ましてみる…。聞こえてくるのは松原のざわめきだけ。
「口笛?」
その音は彼女の右横30センチのところから聞こえてきた。
息をはずませた呼吸のまま、誰かが口笛を吹いている。
風がささやくように、空気をわずかに震わせていた。
「うん、聞こえる」
口笛はそのまま彼女の頬を撫でるように通りすぎると、
もうふたりの間に距離はなかった。

 国道を左へ 海に向かう真っ直ぐの道
  色づいた早稲の海 自転車ですり抜ける
   入道雲 田に風わたり せみの合唱
  そのとき松林から蝶が飛び出した
   動くものみんな 夏

学校が半日で終わった午後、自転車に乗って海水浴にやってきた。
彼女は浮輪につかまり、漂うように沖へ出ていく。
ぼくはその横を伴泳する。
水が冷たく感じられるころには、浜が小さくなっている。
見上げた空の高さと白い雲……空が視界から突然消えると、
しょっぱい感覚がした。それが二人にとって初めてのキスだった。

太陽は西へと傾いている。
さっきと同じ道なのにまるでちがう景色に思えてきて…
(きっと疲れたんだよ)
背中でこっくり──。
この道はもうすぐ黄金色に変わる。


.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★


海開きには少し早い。
あの夏がやってきた!
夏はいまもそこにあるし
夏はこれから始まろうとしている。
おとなの衣装(分別)を脱いで
背の高い子どもに戻ろう。

思い出とは過去をあたためることだけでなく
未来への燭光であり、風を送るタイム扇風機。

空を映す鈍色(にびいろ)の海
DSXE2034-1.jpg

DSXE2049-1.jpg

荒れ気味の渚から松林へ入ると
ここだけ時間が止まっている。
タイムマシーンの出口のようだ。
DSXE2038.jpg

DSXE2040.jpg

世代を重ねがらも
あの日と同じような蝶が蜜を吸い、
ほほを撫でる風が松林を吹き抜ける。

DSCF7194-1.jpg

日常と非日常の接点を行き来しつつ
ヒトは生きていくことができる。
DSXE2037-1.jpg

そのような生き方、そのような土地を選ぶのは、自分。
(楽園は、それを見ようとする心のなかにある)
rakuen.jpg
さて、あなたは?

 → 北の脇の夏休み
 → 上向きの視線は人間が夏と交わした契約
posted by 平井 吉信 at 13:16| Comment(0) | 生きる

2015年06月14日

石見銀山の古民家を改修した宿にて


日本の歴史をひもとくとき、
明日香とともに出雲は欠かせないが、
これまで出雲は訪れていなかった。
そこで4月の初めに、
蒜山、大山、妻木晩田遺跡、皆生温泉、境港、美保関、
中海・宍道湖を経由して出雲へ入った。
(これらの旅日記は折を見て…)

宿は、 石見銀山のある大森町で
古民家を改修した宿に泊まることにした。
松場登美さんが経営されている他郷阿部家である。
偶然だが、(株)いろどりの横石知二さんと
3月に東北で講演会で一緒になられたことを
予約後に知った。

古民家は、
その風土のなかで育まれたかたち(というより智慧)に
持続可能な未来へ向けての箴言が含まれていると思う。
吉野川の第十の堰もそうであったように、
未来へのメッセージは至るところに落ちている。

上勝町の谷崎勝祥さんは、
全国棚田100選の「樫原の棚田」で保全の取り組みを続けてこられた。

標高600 メートルまで張りめぐらされた水路。
その昔、米は経済や生活の中心であり、
いかに効率的に米を作るかが農家の知恵。
劣悪な自然条件と闘いながら築かれた棚田も、
高齢化による耕作放棄や山林への転換が進む現在、
維持する苦労は並大抵ではなく、
数年後には維持できなくなりそうだとも言う。

棚田での農業はもはや経済的には成り立たなくなっている。
しかし、降った雨を受け、時間をかけてゆっくりと川へ流す棚田の役割は、
人と自然が調和した水循環のしくみである。
近年、「棚田」がマスコミ等でも取り上げられるようになったが、
棚田が持つ治水・利水効果はもとより、
生活と結びついた文化的な意味、
生態系に果たす役割などについては、都市の住民どころか、
多くの生産者も気づいていない。
「棚田は大きな水の器であり、ミミズの穴が都市を潤している」と谷崎さん。
しかし、里山の荒廃を憂えて、谷崎さんは次の戯れ歌(ご自身談)を読んだ。

ヒューと鳴き 棚田に近づく 鹿たちよ もみじの山に帰れよはやく

(里山びとの呼びかけに鹿から返歌があった)

去れという棚田のひとよ もみじ山 いずこにありや 杉ばかり見ゆ

棚田は、山に降った雨を一度に下流に流すことなく
時間と空間で受け止めて少しずつ下流に流す考えは
近代治水と対極の考え方である。

樫原の棚田に水が張られた(2015.5.17)
DSXE0749.jpg
(谷崎さんは数年前にお亡くなりになられている)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

伝統が尊いのではない。
かつてそこにあったものの本質を見つめて
いまの暮らしに合わせて再定義しないと
形骸化してしまう。

古民家とて然り。
これらは修復して未来に引き継ぐ「遺産」ではなく
これからも活用していく生きた「資産」であるはず。

世界遺産に登録された石見銀山のある大森町で
古民家を再生して日々の暮らしで使っている
松場登美さんのお話しを伺うこともあって
今回泊めていただくことになった。

徳島からの旅人は少ないらしいが、
私がデジタルサイネージコンソーシアムを通じて
存じ上げている方が泊まられていることを知った。

DSXE9315s.jpg

DSXE9314s.jpg

DSXE9230-2s.jpg

DSXE9120s.jpg

DSXE9121s.jpg

DSXE9162-1s.jpg

DSXE9191s.jpg

DSXE9126-1s.jpg

こんな台所は男でも憧れる(包丁を研ぐのが趣味なので)
DSXE9286-1s.jpg

DSXE9310-1s.jpg

おにぎりは、握り加減が肝。ある意味では究極の料理
DSXE9174-1s.jpg

DSXE9305s.jpg

DSXE9213s.jpg

DSXE9226s.jpg

翌朝、大森町の集落を散策して感じた。
家々の軒先には季節の野の花が飾られている。
それは旅人をもてなす(=演出)けれど
住む人の心を映したもので
日々の暮らしの場を見つめている。
DSXE9247s.jpg

DSXE9236s.jpg

DSXE9253s.jpg

DSXE9260s.jpg

DSXE9271s.jpg

DSXE9338s.jpg

DSXE9265s.jpg

DSXE9273s.jpg

だから、このまちは、
観光地としての記号を発していないし、
迎合する雰囲気を持っていない。
それゆえ、心のひだに触れてくる。

他郷阿部家は、
口コミサイトでの得点を意識した至れり尽くせりの宿ではない。
そこに住む人が心地よい空間を用意して
ともに分かち合おうとする座を提供している。
だから、食事は、客人と家人が同じ席で談笑しながらいただく。
DSXE9298a.jpg

それゆえ、その土地で短期滞在をしているかの感覚を覚え
旅の印象、まちの風情を濃厚に感じるのだ。

レビューの得点を気にしてサービス競争に陥る宿、
パスポート、キャッチコピー、親善大使、コンテンツの仕掛けなど
四国各県で観光の仕掛けを行っているが、
アピールをすればするほど、風土と旅人、
いわば、風と土の関係が見えなくなり
旅人と四国の間に距離をつくってしまう。

石見銀山が世界遺産に登録されたのは、
数百年前から持続可能な産業構造をめざしていたことにある。
大森の町も未来へと続いていく人々の営みが感じられるから
若い人たちがまちに住みたいと思えるのだ。

都会でのくらしはよそよそしい、乾いている。
さりとて、田舎暮らしに憧れて移住した人が受ける洗礼が
田舎ならではの窮屈な人間関係である。
コミュニティ活動の名の下に
人間関係を無理強いする悪癖がどの地方にもあるが、
大森町ではそれは感じなかった。

ぼくは、家元に代表される伝統芸能に興味はないし、
形骸化していると思うけれど
伝統のかたちをなぞることが無意味だとは言い切れない。
特定のかたちが精神に影響を及ぼすことはあるだろうし、
身体感覚の奥深くに芽生える共感や畏れもあるだろう。
だから、自分なりに実践してみようと考えている。
それでも、いまの時代の精神に照らして
変えるところ、変えてはいけないところを見極めていく必要があると思う。


どんな家に住みたいかと自問自答してみる。
大手ハウスメーカーから地元ビルダーまで
高すぎる天井、ダイニングキッチン、オール電化、おしゃれな階段…
金太郎飴のようなモデルハウスを見る度、
空間が人の心とどのように作用するかが見えて来ない。
平均化された社会への従属意識が強い人はそれで良いのだけれど、
どうもそうはなっていないのがこの頃の住宅。
住む人が主で、住まいは従なのだが…。

幼い頃、押し入れを隠れ家にしたあの感覚がモデル住宅にはないでしょう。
風雅かどうかは別にして、にじり戸を開けて入る茶室はどうですか?

現代のモデルハウスに見るような住宅の違和感は、
多世代の家族が交わる感覚が希薄というのがひとつ。
その反面、ダイニングスペースで無理に家族の交流を
強いているやりきれない感覚がありはしないだろうか?
個としての自立や覚醒をうながす構造になっているだろうか?

機能的には、
広い容積であって高気密高断熱に違和感がある。
これは空気が汚れたら一家全員が一度にやられることを意味する。
いつまでも匂いがこもることも想像に難くない。
それを換気システムで動かせば、低周波の暗騒音で
神経がやられてしまうだろう。

さりとて地元の木材で木の香りに包まれて…とやられると
マーケティングの匂いを感じてしまう。
究極的には、風土のなかで生きていくことと、
家族や外の人々との関係性をどのように構築したいかを
突き詰めて産み落とされるものだろう。

他郷阿部家の造りは伝統的な古民家の材を活かしてはいても
個と家族、集団の関係が整理されていることの心地よさがあるようだ。

石見銀山の土地の力、場の持っている生命力を投影した暮らしを
「群言堂」で展開されている。
DSXE9335s.jpg

DSXE9334s.jpg

DSXE9316s.jpg

DSXE9324s.jpg

DSXE9318-2s.jpg

この方がお召しになっておられるのは他郷阿部家の衣装
(群言堂ブランドで販売されているかも)
DSXE9252-1.jpg

風土と食べ物、衣服は密接に関わりつつ、
まれ人に触発されて通じる風の道は根っこへの滋養となり、
土地びとに触発されて感じる土の匂いは
旅人に立ち止まるきっかけと元気を与える。
旅の本質はそこにあるのだ。

松場登美さんは、7月5日に徳島は井川町に来られる。
フォーラムの参加には申込が必要なので以下をご参考に。
http://www.gungendo.co.jp/?p=7665
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2015/06/2015_14331174265507.html
http://www.tokushima-u.ac.jp/docs/2015060400033/files/270705.pdf

タグ:
posted by 平井 吉信 at 01:17| Comment(0) | 生きる

2015年05月23日

ブログからつながること 教育からつむぐこと


SNSはやっていないけど、
Web上に名前や顔写真、電話番号まで載せていると
良いこともある。

自分の世界観を打ち出していくと
そこに共感する人たちと最短距離で出会える。
すでに相手はこちらの思いがわかっているので
いきなり本題に入れる。
そこには、SNSのわずらわしさ、
お義理の「いいな」、からみ、炎上とは無縁。
ケータイ電話に「はじめまして」の着信をいただくこともある。
(そのためにWeb上に番号を公開している)
ラインのような内輪の閉じた空間ではなく
あくまで共感を求めて外へ開いていくもの。
それが匿名でないWebやブログの良さかも。


このブログがきっかけとなって
中学生の頃の同級生の女の子と電子空間で再開することができた。
当時の彼女のイメージは、足が早く運動神経が良くて
素朴で飾らないけれど笑顔がまぶしい小麦色の女の子。
(彼女の笑顔は好きだった)
感じたことを天然色で表現できる
連続テレビ小説のヒロインのようだった。

DSC_3298-1a.jpg

話が弾んだのは中学の恩師について。
M先生は、当時齢七十を超えていた数学の教師。
春夏秋冬よれよれの灰色のコートを着て
手には黒板を指さす棒を持って
初登場のとき、机をぴしりと叩いて授業を始めたときは
教室が静まりかえった記憶がある。

がっしりとした骨格に引き締まった筋肉質の身体、
張りのある声はいまの30代〜40代には求めえない骨太さ。
風貌だけでも威厳に満ちていたが、
権威は一切まとっていない。
(学校や文部省の方針、出世にも頓着しない)
(教師というよりは数学者、哲学者というべき)
3年間の授業では、にこりともしたことがない。
誰にも媚びず、生徒を怖がらせる存在であった。

ときに声を荒げてて
「おせ(阿波弁でおとなの意)にならんとわからん」
などと苛立つこともあるけれど、
わかるように教える、わかるまで教えるという信念と
やさしさの照れ隠しのような感情を含んでいたと。
(中三の1学期には微分積分にまで進んでいた)。
「畏敬」とはこんなときに抱く感情。
そのとき教えてもらった生徒はみんな感じていた。
ぶっきらぼうな言い方ではあっても
生徒への愛が根底にあることを。


設立されたばかりの私立中学の第1期生だったので
後に学園の理事長となる方ともキャッチボールをした記憶がある。
歴史がないことで、学園が上から下まで等距離にあった。
先生と教科書以外の関連内容で質問したり討論することも少なくなかった。
屋上には後藤光学製の20センチアクロマート屈折赤道儀を備えた天文台があり、
当時は周囲が暗かったこともあって
肉眼の900倍の光を集める口径20センチ50倍の視野に
まぶしいばかりのオリオン星雲M42を捉えた夜には
♪ オリオン舞い立ちすばるはさざめく♪と
片道30分の真っ暗な土手沿いの道を
「冬の星座」を歌いつつ自転車を漕いで帰った。

D7K_0406-1.jpg

当時の学園は、徳島市内でありながら荒野に埋もれるような場所で
麦畑のような葦原(秘密基地をつくっていた)の道を駅に歩いていくと
M先生の自宅があった。
(スタジオジブリの素材になりそうな光景)
一度、数人で尋ねたことがあるが
自分に厳しく律する哲学者のような暮らしに感銘を受けた。

国語のF先生はやはり70歳を越えていたが
対照的に好々爺で、孫に接するように語りかける。
それでいて、背筋を伸ばし「稟」とした存在。
(やわらかな楷書、しっかりとした草書というか)

ときどきは教科書から離れて
時事問題や文学を語られるのだけれど
(特に瀬戸内文学など)
経験を積み円熟したものの見方を
わかりやすく展開していただいた。

その後、名門の公立高校に進むぼくであったが、
受験勉強は一切しなかった(これまでの人生でも一度も受験勉強をしていない)。
学校ではすでに高校の教科に進んでいたし、
受験勉強とはいえ、いまさら中学の教科書を繙くのも気が向かない。
さらに、学校には受験生がいないので合否のデータがなかった。

進学校とはいえ公立の高校に入った途端、
あまりの教師の水準、志の低さに愕然とした。
彼らは生徒が理解しようとしまいと時間通りに進めるだけ。
授業に創意工夫が見られないのだ。
この経験は、後に人前で話をするようになるぼくの反面教師となった。
高校の授業はおもしろくないので
授業中は天文学や天体物理学などの本を読みあさっていた。
教科書もわくわくするおもしろさがなかったし。

その後、レールの上を歩かず自分で人生を切りひらいていくと決めた。
大学では求めるものがないと判断して
(実際にそうだろう。狭い範囲であっても専門性、実用性はないし、広く俯瞰する汎用性、応用力も得られないだろう)
独学でさまざまな学問を勉強と実践をいまも続けている。
それは中学時代に得たものが大きかった。


再び、中学に戻ろう。
とある夏のこと。
F先生は、受け持ちの生徒全員(といっても7人しかいないので事実上の英才教育)を
明日香村に連れていってもらったことがあった。

DSC_1732-1.jpg

このときの甘酸っぱいできごとは胸のポケットにしまうとして
その後、たびたび訪れる明日香、ひいては考古学、民俗学に引かれるきっかけとなった。
(三内丸山遺跡への承継、遠野物語への探求、先月も石見銀山と妻木晩田遺跡へ)

日本は教育にもっとも力を入れよう。
それも既存の領域の予算を増額するのではなく
押しつけの道徳を施すなどではなく、
これまでの教育のしくみをゼロベースで見直すべき。
志を持つ地域の人たちやプレーヤーを活用しつつ
閉ざされた学校から地域に開かれ、地域とともに地域の役に立つ
人生の多世代がクロスする場でありたい。
授業は覚えることから、
「考える」こと、議論と合意形成を身に付けることへ。
(そうしないと実際に行動できないだろう)
突出した個性ある人材を生み出せるよう。
そして教育費は限りなく低廉に。
(だって人材は国、地域、企業の資産だろう。教育機会の差がその後数世代にわたって影響しているように見えるから)

一機の原発の災いが引き起こした途方もない損失や
オスプレイの購入費を見るたび
お金(というか力を入れるべきところ)の使い途を間違えていると思う。
何度も言っているが、政治家と政党はすべて廃止しよう。
志と知見を持つ人たちによる費用弁償に置き換えるべき。
場合によってはプロジェクトごとの任期付の雇用や特命もあり得る。
住民を巻き込んでコミュニティとして行動していくためには、
コンサルタントに依頼してはいけない。
中央集権は弊害のみ。
移民をもっと受け容れよう。


.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★


4.jpg

あんなことがあった、こんなこと覚えている?
そうだったね。

人は、思い出を食べて生きていけるけれど
人生は短いようで長いから、
もっと輝く未来が待っているに違いない。

posted by 平井 吉信 at 19:10| Comment(0) | 生きる

2015年05月14日

凛とたたずむ


沢筋の木かげの森に群生するヤマシャクヤク。
陽光を受けて黄色にも緑にも見える白。
すべてを映し出しながら
ときに向こうが透けて見えそうなときもあり
それでいて自らの個性を輝かせる。

見る人が想像を膨らませても
ヤマシャクヤクは凛と風に揺れるだけ。

全体として躍動しながら
個々の花が存在をひらいていく。
社会もそうありたい。

D7K_7192.jpg

憲法はどのような役割を担っているのか?
自衛権と自衛の方策はどうあるべきか?
原発のない社会をどのようにめざすか?
教育は国の力なのに大学の学費を値上げ?
個人情報の秩序ある保全とは?
科学振興やものづくりは?
まち・ひと・しごと、地方創成の意義は?
補助金や交付金に依存しない方策は?
国がやるべきこと、地域がやるべきこと、地域、地区、個人の役割とは?



posted by 平井 吉信 at 10:49| Comment(0) | 生きる

2015年04月08日

初号スーパーニッカ 別れのグラスはさらになつかしく


今年の桜は雨にたたられた。
それでも、こんな桜は見られた。

(大山の麓の仁王堂公園から)
D7K_2137-1.jpg
続きはいずれまた。

新しい年度が明けたが
仕事は山ほど待っている。

それでも文章を書くこと、音楽を聴くことは好きだから。

夜更けを迎える頃、
発売日に手に入れた初号スーパーニッカ復刻版と向かい合う。
テイスティンググラスから口を付けて口を湿らせる。
口のなかで蒸発させるがごとく
飲むのではなく転がすのでもなく
ただじっと待っている。

浄水器シーワンの水を口に含む。
このとき水のおいしさが滲みてくる。
水を流し込んで初めて気付くのが
舌の奥、咽の入り口あたりに残る
少し塩気を含んだ甘酸っぱい香り。
鼻に抜けてまた香る。

ウイスキーの良さがわかると
ほかの酒に戻れなくなりそうなほど。

ウイスキーはほんの少し。
だけど、水割りにはしない。
少し飲んでは水を流し込む。
音を立てて咽を通り過ぎる
冷たい、それでいて、ほのかな甘み
逆説的には、ウイスキーは水のおいしさを引き立てるとも言える。

音楽はマッサンのサントラをかけている。
アマゾンではなく、ototoyから購入する。
アマゾンのダウンロードはmp3だから魅力がない。
ototoyからは、wavとflacの両方で購入することができる。
たまたま欲しい曲がマッサンの3枚のサントラにまたがっていた。
ダウンロード購入はこんなとき理に叶う。

その3曲とは、
マッサンのメインテーマ
Auld Lang Syne(蛍の光)〜Orchestra Ver.
The Parting Glass 〜Piano Quintet Ver.〜

マッサンのメインテーマは、スコットランドの民族楽器を配しつつ
前を向いて草原を駈けていくかのようなみずみずしさに憧れる。
夢や希望、不安を織り交ぜつつも
上を向いた瞳に憧れをたたえた青春の一コマ。
(作曲 :  富貴晴美 )

このドラマの成功は
ヒロインを演じたシャーロット・ケイト・フォックスにある。
(といっても仕事でほとんど見られていないのだが。しかもブラウン管のアナログテレビのわが家ではテレビが見られなくなるのは秒読みに入っている)

彼女の演技は計算を感じさせないのに
すみずみまで繊細な感受性と大胆な表現が散りばめられている。
日本語を話せない、理解できないはずなのに
言葉の呪縛を離れて感情が裸になって突き動かしていく。

きわめてEQが高い人なのだろうと思う。
彼女の共感力が、まわりの人の共感を引き出し
場の空気を作り出す。
それを引き出したのが
マッサン(玉山鉄二)の公私を越えた支えや気付きにあるのだと思う。

2曲目に選んだのは、螢の光のオーケストラ版。
閉店で耳にするあの音楽と同じ旋律とは思えない
オーケストラの奏でる和声の縦の構造が複雑な人の感情に訴求する。
螢の光/Auld Lang Syneの持つ旋律は
どこにいても、誰が聞いても「なつかしい」。

3曲目は、同じくスコットランド民謡の旋律から
The Parting Glass 〜Piano Quintet Ver

Of all the money that e’er I spent
I’ve spent it in good company
And all the harm that ever I did
Alas it was to none but me
And all I’ve done for want of wit
To memory now I can’t recall
So fill to me the parting glass
Good night and joy be with you all

今まで私が持っていたお金は、
すべて気の合う仲間たちと一緒に使ってしまった
人を傷つけることもあったけれど、
結局最後に傷つくのは自分だった
後先考えずにやったことなんて
今となっては思い出すこともできない
だから、別れの一杯をついでおくれ
さようなら 楽しんで生きておくれ…


人生を悟ったエリーが雪の河畔にひとりで口ずさむ。
雪化粧、白鳥のうた、辞世の句。
https://www.youtube.com/watch?v=eAJPkPbABd8

初号スーパーニッカはグラスの底に名残惜しそうに溜まっている。
きょうも時間をかけてここまでたどりついた。
人生の最後にやって来る別離を祝福するかのように…。

別れのグラスは最後の数滴になり、
やがてウイスキーはなくなっても
さらにさらになつかしく、香りを漂わせる。
D7K_2352-1.jpg

 → 連続テレビ小説「マッサン」オリジナル・サウンドトラック

 → 連続テレビ小説「マッサン」オリジナル・サウンドトラック2―北海道・余市編―

 → ニッカ 初号スーパーニッカ 復刻版 700ml



タグ:音楽
posted by 平井 吉信 at 00:11| Comment(0) | 生きる

2015年04月05日

小松島市で地域おこし協力隊の募集のお知らせ


このブログとご縁のある方で
三大都市圏にお住まいであって
田舎暮らしをしながら社会の役に立つ仕事がしたい方にお知らせです。

小松島市が地域おこし協力隊を募集中です(市の嘱託職員)。
(募集要項、応募用紙、待遇など)
https://www.city.komatsushima.tokushima.jp/soshiki/16/tiikiokosi.html


業務概要としては、
「共通業務」
小松島市の地元では地域資源の掘り起こしや活用方策、
柔軟な発想による地域おこし提案などを行うとともに、
フェイスブックやインターネット動画配信などによる
地域おこし活動などの情報発信を日常的に行う。

「商工観光業振興支援」
地域行事・イベントの運営・支援や空き店舗の利活用
(例:チャレンジショップ・アンテナショップ)も含めた中心市街地活性化の検討、
地域資源の発掘による観光地としての情報発信、
みなとまちづくり支援活動(NPO法人との連携)などを行う。

「農林水産業振興支援」
「こまつしまブランド」など特産品の開発と物産販売・情報発信、
里山等の環境保全への地域支援活動、
生き物調査、関係団体と連携しての六次産業化支援等を行う。

募集対象
(1)心身ともに健康で誠実に職務ができる方
(2)任用される前に小松島市に住所を定めたことがなく、任用の日に年齢20歳以上、40歳未満の方(性別は問いません)
(3)三大都市圏及び政令指定都市(条件不利地域を除く)に現に在住されている方で、小松島市に住民票を移すことが可能である方
(4)地域にとけ込み、地域の自治会活動に参加できる方
(5)普通自動車免許を取得している方(マニュアルが望ましい)
(6)文書作成(ワード等)・表計算(エクセル等)・E メールを使用できる方

募集期間: 平成27年4月1日(水)から平成27年4月30日(木)必着

ということで、参考となる情報を以下に集めてみました。

港には外国航路の客船が立ち寄り、巨大なたぬきの公園があります
http://soratoumi2.sblo.jp/article/102997084.html

小松島は人口4万人のちいさなまち。昭和のテイストを残した二条通など。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/101853542.html

まちのすぐそばなのに、人が踏みこまない静かな渚があります。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/114463056.html

港のそばに広くて走り回れる緑の公園があります
http://soratoumi2.sblo.jp/article/102997084.html

特急が止まる駅から市役所まで3分です
http://soratoumi2.sblo.jp/article/81295030.html

里山では勝浦川の伏流水を利用しておいしい米がつくられています。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/76293552.html

かつては四国の玄関口として栄えた旅客航路や日本一短い国鉄の路線があり
京阪神からのリゾート客が海水浴を楽しむまちでした。
http://niki.main.jp/komaline/index.html

市街地の背後には日峰山があります。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/104415420.html

ジブリの平成狸合戦ぽんぽこで有名になった金長たぬきは小松島の出身です。
映画の題材として広く使われています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E6%B3%A2%E7%8B%B8%E5%90%88%E6%88%A6

竹ちくわ、ちりめん、アシアカエビなどの海の幸が豊富です。
一方で、徳島県の木になっているヤマモモは全国生産の7割を占めるなか
その主要産地が小松島で、私の親戚筋が栽培を始めたものです。
http://www.agrinews.co.jp/modules/pico/index.php?content_id=15467


地域おこし協力隊は全国で展開されている総務省の所管する事業です。
うまく行っている事例もありますが、成果の出ない事例もあります。
うまく行かない事例を分析すると、
(1)自治体が求める仕事内容が明確でなく雑用係となっている。
 → 自治体に明確なビジョンと人を活かす工夫が求められます。
(2)活性化の仕掛けを協力隊に丸投げして協力隊が孤立化している。
 → 行政、商工会議所などの経済団体、NPOなどが協力隊と一体となってフォローすることが求められます。いわば協力隊の夢を叶えるサポーターの存在が必要です。

この2つが主な要因です。
幸いにして小松島にはそのようなことは少ないと思われます。
(行政スタッフが優秀です)

応募要項からは、
中心市街地の活性化と第一次産業の振興が2つのテーマであり、
そのための企画、調整やコンテンツ作成といった役割を求めていることがわかります。

協力隊のみなさんが陥る失敗の要因は、
(1)地元への調整、根回し、ていねいな説明を省いて行動しようとして自ら孤立してしまう。
 → 巻き込みがなにより大切。共感を得るためには能力よりも資質が大切です。
(2)地域の課題の解決を、自分の得意分野に収斂しようとして地域ニーズと乖離してしまう。
 → 協力隊はある意味では地域の課題を解決するのと個人の夢が合致させる事業ですが、誰も求めていないことをやることは意味が労多くして実りが少ない結果に終わるでしょう。

地元に溶け込みながらも、なじみすぎず、共感と問題意識の両面を持つことが求められます。
ここで成果を出したら、これからのあなたの可能性が見えてくるかもしれません。

応募する前に質問等がありましたら
小松島市産業振興課(0885-32-3809)
もしくは私(平井吉信)までどうぞ(070-5680-7800)。
(行政関係者でなく一市民です)


posted by 平井 吉信 at 15:06| Comment(0) | 生きる

2015年03月29日

四国の春 点描 2015年3月

春は豪華絢爛のときを迎えつつある。
四国各地の春を集めてみた。
(富士フイルム X20)

四万十川 中村の赤鉄橋上手の右岸の菜の花
http://www.city.shimanto.lg.jp/kanko/img/news/news20150307.pdf
DSCF5414-1.jpg

DSCF5409-1.jpg

石垣の里に展示されていた小学生の愛らしい作品(愛南町外泊)
DSCF5489.jpg

JR四国 予讃線下灘駅(双海町)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E7%81%98%E9%A7%85
DSCF5570-1.jpg

DSCF5564-1.jpg

DSCF5591-1.jpg

吉野川第十堰下流の北岸

DSXE8587-1.jpg

最後は、那賀川下流の岩脇公園の桜から。
http://www.rurubu.com/season/spring/sakura/detail.aspx?SozaiNo=360002

どんがん淵から流れ出す小川が那賀川へと注ぐ。
幼い頃は葦が繁る沼地で
子どもは近づかないように言われていた。
近年は、どんがん淵の周囲を整備して公園となった。

昨日の晴れが打って変わって雨。
それでも午後から雨が上がり、夕方近くになって薄日が射してきた。
買い物がてら足を伸ばしてみよう。
ひょうたん型のどんがん淵の中央には赤い太鼓橋がかかっている。
(富士フイルム X-E2+XF35mmF1.4 R)

DSXE8693-1.jpg

DSXE8695-1.jpg

雨の雫を宿す
DSXE8688-1.jpg

DSXE8680.jpg

薄曇りのやわらかな光にたゆたう
DSXE8677.jpg

DSXE8675-1.jpg

DSXE8674-1.jpg

DSXE8682-1.jpg

DSXE8710-2.jpg

DSXE8719-1.jpg

DSXE8733-1.jpg

もう夕方だね、帰ろう。
桜が満開を迎えると五月の薫風は近い。


posted by 平井 吉信 at 20:14| Comment(0) | 生きる

2015年03月23日

那賀川中流域のオキナグサ


春の色、那賀川下流編から半月が流れて
中流へと遡ってきた。
季節も山へ向かって駆け上がっていく。
ここも水量は多く流れは早い。

春を迎えることを心待ちにしている。
まるで初めて春に出会うように。
季節がめぐること、それは地球がめぐること。
血がめぐること、それはいのちがめぐること。
DSXE8359-2.jpg

木々や草花が次々と芽吹いていく。
期待と不安が入り交じる人の春。
清い流れも濁った流れも人の世ゆえ。
矛盾を抱えて生きていくのが人だから
歓びが多いほど無常もまた然り。
無常であるから歓びも輝いて見える。
そのことを教えてくれるのが、春なのだ。
DSXE8357-1.jpg

いつもの河原をたどってみる。
山からの小さな流れ込みが本流に流れ込み
砂と岩がつくる生態系の妙。
ここは、那賀川が生み出した奇跡の場所。

陽光とそよ風が瀬音をきらめかす。
弁当を持ってピクニックに来ている男女を見た。
テーブルのような岩に腰掛けて
彼女の手作りの料理が並べられ
おいしいお茶でのどを潤している。

春を駆け足で知らせに来たオオイヌノフグリのときめき
DSCF5316-1.jpg

岩に這いつくばるスミレがいい
DSCF5362-1.jpg

D7K_1813.jpg

D7K_1828.jpg

D7K_1843.jpg

浅瀬に集まっておとなになる日を感じるオタマジャクシ
DSXE8328.jpg

最初のオキナグサはいつもの場所にあった。
でも100人中95人はこの花に気付かない。
数年前のように花があちこちにあるという感じではない。
それでもあるところにはある。
それも千手観音のような盛りつけで。
D7K_1862.jpg

D7K_1899.jpg

DSCF5336-2.jpg

DSXE8390-1.jpg

DSXE8446.jpg

両手を広げて存在感を示す子どものように
DSCF5322-1.jpg

産毛が西に傾いた太陽に照らされてまさにオキナ。
やがて白髪のオキナグサに変わってしまう。
人の世のように。
D7K_1890a.jpg

竹取の翁の「かぐや姫の物語」は日本人の世界観を表出している。
諦念を覚えて人は執着を放つことができる。
月の衣を着ることは
地上の記憶を失うことを意味するが
自ら切り放せたとき、魂の存在が見えてくる。


posted by 平井 吉信 at 22:04| Comment(0) | 生きる