2016年05月18日

600万画素のデジカメを使って2016年の日本を上空から眺める


全国から専門家と国の担当者を集めての会議の後、
新橋で知人の会社経営者と打ち合わせを兼ねて会食をしていたとき、
ぐらっと揺れた。
揺れる直前に通報が鳴っていたようだ。
(ぼくのはPHSなので通報機能は付いていない)

さて、今回の出張のお伴はフジのF31fdという
平成18年に発売されたデジタルカメラ。
 → FinePix F31fdの仕様

上空から眺める日本列島には感慨がある。
機内では窓に顔を寄せて飽きることなく下界を眺めている。
頭のなかの地図や地形を取り出しながら
模型のように見える日本列島の里山、都市が愛おしい。
この空の下、人々の営み、歴史と文化、それぞれの家族の物語がある。

小学校の頃の通信簿には、
休み時間にぼおっとして窓の外を眺めている子ども、
などと書かれたこともあった。

ところが、日本地図や世界地図を自在に描ける特技があり
「理想の住みたい架空のまち」の地図をチラシの裏に書いていた。
それは海辺であって、港と砂浜と岩礁地形、岬と湾があり
川が湾に流れ込んでいるもの。
少し遡れば渓谷に入り、子どもが冒険をしたくなるような沢がある。
河畔林をたどる子どもの冒険と魑魅魍魎との出会いを書いた物語(ファンタジー)も書いた。
(ご希望の方には読んでいただけるようにしたい)

国土地理院の地図を集めて、そして眺めてうっとりしている。
地図のどこがおもしろい?
そこから実際の風景を想像するのが楽しくて。
地図を見て、描いた世界と実際の違いを見るのが楽しくて。

当時見ていたテレビは、NHKの「新日本紀行」。
(風変わりな子ども)
先般亡くなられた冨田勲さんのオープニングが聞こえてくると
胸が高鳴る小学生だった。
高度経済成長で変わりゆく日本と変わらない日本がせめぎあいながら
ひとつの時代をつくっていた。
そこに生きる人々が時代に流されながらも紡いでいった。
そんなドキュメンタリーを食い入るように見つめていた。
(いまも変わっていないけど)


気流は安定していない
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やや高い高度を飛ぶ他の飛行機が見えた。
距離はそれほど離れていない。
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眼下に見下ろす雲が海に溶け込んでいくたたずまい
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(元画像を縮小しただけだが、600万画素ならではの階調とコントラストが美しい)

やがて雲の上に南アルプスの北岳をはじめとする3千メートルを超える山々が見えてきた。
やはりひときわ高く突き抜けた富士山が見えた。
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宿泊していたホテルの窓から。
東京には意外に緑が多いことに気付く。
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大井川だろう。黄色く濁っているのは増水しているから
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画像処理で先鋭化
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ヤマハのお膝元、浜名湖(先鋭化)
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伊勢志摩を遠くに見つつ、宮川と五十鈴川。伊勢神宮も見える
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数年前の紀伊半島の災害の爪痕か
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和歌山の風力発電所は晴れた日には四国からもよく見える。
あと少しで徳島空港に着陸。
変わりゆく日本、変わらない日本に思いを馳せつつ。
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タグ:東京
posted by 平井 吉信 at 22:34| Comment(0) | 生きる

2016年05月08日

かけがえのないこと 宍喰の寒茶のある暮らし そして甘みと旨味が溶け込んだ「寒茶物語」


1億総評論家が飲食店、宿泊施設、家電品を評価する時代。
自分で実際に判断すれば良いことだが、
失敗したくない、自分で判断できない人たちが
レビューを求めてネットサーフィンをする。
そこに途方もない時間が消費されている。
それを増長しているのがスマートフォン。

そこで、わかりやすいキャッチコピーとシズル感のある写真を見せ
限定などの煽りをきかせて買わせるのがマスマーケティング(楽天など)の手法となっている。
それゆえ、このようなサイトや○○○セレクションなどに登録されたものには
良いモノはほとんど見かけない。
(自分が生きていく身の回りのことは自分で実際に体験して判断しようよ)

「匠の技」「こだわりの逸品」「厳選した材料」
「有機JAS認定」「○○使用、だからこれこれ」などのフレーズを用いた商品を、
買わないようにしている。
(あくまで個人のモノサシですが)

その一方で、良いものは、なかなか浸透しない。
「○○産の○○グレードの材料を○○グラム使用して
手間のかかる○○製法でつくった逸品」といった情報はわかりやすいので
先入観(脳が味わう情報)に弱い私たちは飛びついてしまう。

星の王子様は、ほんとうに大切なものは目には見えない、という。
目に見えないことなので文字では伝えにくい。
社会にはほんの一握りだけれど、
目に見えることから、目に見えないものを推し量っていける人がいる。

目に見えることは、「何を」。
目に見えないけれど大切なことは「どのように」と定義すると、
豊かな人生とは、
「何を」ではなく、「どのように」を大切にする生き方と思う。

なぜ、それをつくっているのか?
どんな気持ちで取り組んでいるのか?
何を伝えよう、届けようとしているのか?

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徳島県最南端の海陽町宍喰(ししくい)地区には寒茶(かんちゃ)という茶がある。
山に自生している山茶を寒の時季(真冬)に摘み取って製茶していたもので、
全国的に寒茶と自称する製品はあったとしても
このような製法を見つけることは難しい。

茶が自生している宍喰の山中は
水をすくって飲めそうな清流、野根川の上流部。
携帯電話すらつながらない地区である。
そのような場所で、農薬を使わず自然に任せて生育した山茶を
わざわざ一年でもっとも寒い時季に摘み取るのはなぜか?

冬の寒さに耐える分厚い茶葉は
旨味を貯えるとともに、カフェインが少ないからである。
しかし、風味が奥に閉じ込められているので
高温の湯で抽出する必要がある(煮るという感覚に近い)。
だから寒茶は、急須に湯を注いですぐに飲んでも出ない。
やかんに煮だして、野良へ持っていて水筒代わりに飲むこともあったのではないだろうか。
地元では普段飲みのお茶として親しまれてきた。
いわば、暮らしの飲み物である(これが従来の寒茶)。

いまから数十年前、
野根川の夏を楽しみに宍喰町を訪れたとき、
キャンプ場の管理をされていた女性から楽しいお話を伺ったことがある。
山峡の地でそよ風に吹かれるような笑顔の女性は、石本アケミさんという。
そのとき、寒茶の存在を教えていただいた。
(同じ徳島県人にも知られていないのである)


生産者は70歳を越えているだろうか。
もともと、まとまった茶畑があるわけではなく
野根川に落ちる急峻な地形とも相まって
山峡の集落では効率的な生産は望めない。
それを高齢者が細々と
しかし、この茶を子どもや孫たちに伝えたいと
作業に励んでいる。
いまも、集落の高齢者が励まし合いながら寒茶の生産を続けている。

このままでは消えゆく運命にある宍喰の寒茶であるが、
東京からIターンで移住されたご夫婦が
地域と寒茶の可能性を信じて、地元の生産者を支援しつつ
寒茶の可能性を極限まで引き出した製品を開発された。
日比光則さん、裕子さんご夫妻である。

それは、寒茶の地平線を切りひらいたもので
水で抽出することもできるティーバッグ「寒茶物語」として提供されている。
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コーヒーでも水で抽出すると、まろやかな風味になることは知られている。
しかしそのために、数時間かけて抽出することが一般的である。
その抽出装置もそれぞれ工夫されている。
(私が行きつけの四万十市の喫茶ウォッチもそうである)

しかし、この製品「寒茶物語」は、水で数分で抽出できるよう茶葉を加工したもので、
オリジナルの寒茶とは異なる価値を提案している。

その風味は、茶の甘みが感じられ、飲んだあとに旨味があとを引く。
(すっきり風味のあとの名残感が飲んだ人をなごませる)
もちろん、湯で抽出してもいい。
その場合は、ウーロン茶で感じられるような、心地よい酸味が鼻腔に抜けていく。
この1杯の茶には、それを育てる自然の営みと
真冬の時期だからこそ茶葉に宿る風味を取り出したことと
寒茶のある風土と人々に共鳴して、惜しみなく支援を行ってきた思いが込められている。

寒茶物語の風味は、乳酸発酵で現在ブームとなっている阿波晩茶をはじめ、
一般的な紅茶や緑茶とも異なる風味である。
それでいて、誰が飲んでもすうっと飲める。
(個性と普遍性を高度に両立させているので、お茶に目がない人たちに味わっていただきたい)
そして、胃腸が弱い人や子ども、高齢者が飲んでも身体にやさしいのがいいところ。
(カフェインが少ないので)
真冬の茶葉に閉じ込められた旨味成分を「どのように取り出すか」を研究し
試行錯誤の末に実現できた開発者のひそかな高揚感すら感じられる。

寒茶物語は、徳島県南部の一部の場所でしか入手できない。
インターネットでの販売も検討されているようだが、
現時点では、道の駅宍喰温泉 産直市場「すぎのこ市場」(ホテルリビエラししくいの隣,道の駅宍喰)で入手できる。

facebookすぎのこ市場

ティーバッグなので飲みたいときにすぐに飲める。
けれど、わざわざ寒茶だけを味わい尽くす休日の時間も素敵。
このお茶には、ゆったりとした暮らしを楽しむきっかけが詰まっているから。
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徳島県最南端の宍喰町久尾の集落へ出かけて
野根川の清流と茶が自生する斜面を見ていただけると
寒茶に託した人々の思いが伝わってくる。
川からの薫風を感じる初夏からせみしぐれの夏、
寒茶の里を訪ねてみては?
(商品を買って産地を応援できるけど、それだけではなく直接現地を訪ねてみては?)

追記

寒茶を練り込んだ手延べ乾めんも完成した。
麺本体だけでも稲庭うどんに匹敵するおいしさである。
この麺は、つるぎ町の製麺所(本田製麺)に特注してつくられたもの。
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麺になにかを混ぜ込むことはどこでもやっているけれど
たいがいは風味よりも話題性が先行しているように思う。

ところが、「手延べつけ麺 寒茶」は、
麺だけですでに完結している世界観を持つ。

使用している国産小麦は、日比さんがかつて数ヶ月かけて
全国を訪ね歩いて見つけたものを生産者から直接購入されていると伺った。
安全安心とおいしさへの思いは深いが、そのことは売り文句として語らない。

そこに宍喰の寒茶の茶葉を使っている。
麺のゆで汁を飲んでみると
すでに寒茶の旨味が溶け込んでいる。

つけ麺は、日比さん特性の塩だれ。
(もちろん化学調味料や保存料は使用していない)
麺の風味を壊すことなく、塩で麺の甘みと旨味を引き出している。
茹でる時間は、5分程度。ゆであがりを水で締めてできあがり。
あまりにもプレーンでさりげないだけに
夏の暑さをものともしない涼しさを感じさせる。
手延べ乾めんに寒茶の旨味を閉じ込めた
この突き抜けた世界観は唯一無二のものだろう。
「手延べつけ麺 寒茶」は現代の千利休に味わっていただきたいと思う。
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手延べつけ麺は、日比さんの経営されているChannel R55が全国初と聞いている。
お店でもいただくことができるが、現在は、一時休業されているようである。
再開されれば本ブログでもお知らせしたい。


posted by 平井 吉信 at 17:46| Comment(0) | 生きる

2016年05月01日

九州を東から南へと駆け足で旅をする


前頁から続く)

三崎港から臼杵港に入り、別府へ向かうと鉄輪温泉郷の湯けむり
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地獄めぐりでは、海地獄は一見の価値あり
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お約束の血の池地獄
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温泉地獄蒸しプリン(明礬地獄)
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路上の隙間から湯気が立ちのぼる鉄輪温泉郷の夜
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大分牛の鉄板焼き
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コップのフチ子さん別府バージョン
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霧のかかる金鱗湖周辺(由布院)
日本語よりは韓国語や中国語が飛び交う
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俗化が進んだ場所を避けて散策
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薄曇りに春のきざし
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川沿いの壁から湧き出る湯(大分)。
湯の個性はもちろん、食事、とりわけ自家製の米は最高評価の炊きあがり。
立地の魅力や個性だけではない、あたたかいおもてなしを感じる宿。
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九州は日の国 至るところで火山活動 四国の人間は目を奪われるだけ
長者原
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阿蘇山(撮影は2008年)
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霧島国立公園内
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竹田市入田地区の水路橋。川は岩盤を削って流れる独特の地形。
九州のナイアガラの滝も同様の成り立ちか。
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白川水源で咽を潤す人々(南阿蘇村、2008年)
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高千穂神社の夫婦杉は手をつないで三周まわると良いそうだ
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曇りの日ではあったが、高千穂峡。秘境のごとく見えて観光地
子どもの頃から一度は見てみたい場所だったから満足
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天孫降臨の神話の里は神様を身近に感じる場所(天岩戸神社)
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景色を切り取るというよりその場が発する雰囲気に呼び寄せられる感じ
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天安河原は洞穴に祀られている。暗闇にたたずむオーラは重苦しささえ漂う
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裸踊りを舞うと見てみたくなる
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この清楚で凛とした雰囲気はなんだろう。天岩戸神社のもうひとつの宮(東本宮)
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新緑とともに萌える
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大地の鼓動の蒸気と硫黄臭
日本で最初の国立公園は霧島国立公園
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えびの高原から韓国岳をめざす(2014年)
硫黄山は立ち入りが制限されることも。
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まだ雪が残る韓国岳の斜面
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氷に朝日があたるとプリズムが現れる
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韓国岳の火口
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2011年に噴火した新燃岳
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えびの高原の池は噴火の痕跡なのか
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九州の川と滝はこのようなかたちが多い
丸尾の滝(霧島温泉郷)
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天降川(鹿児島)
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霧島神宮
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龍馬とお龍が(日本で初めてといわれる)新婚旅行にやってきたのはいつのことだったか
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宮崎といえば、チーズ饅頭(小林市、宮崎市)と鳥南蛮
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鹿児島といえば、かるかん(明石屋本店)
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天文館通りのラーメン
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これまでに泊まった宿で唯一5点満点をつけたいと思った(鹿児島)
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決して表面的な満足感に終わらせないのは
コストを抑えるために過剰なサービスをそぎ落とすとともに、
地元食材の料理は背伸びをしないのに完成度が高く
工程の標準化を進めているように感じられる。
目に見えないバックヤードのマネジメントがしっかりしているから安心感がある。
顧客の意見に振り回されることなく、冷静に強みを活かし、切り捨てるところを見極めている。
(旅行評価サイトのレビューは表面的な現象の感想にとどまっているが、その背後にどのような文化やしくみがあるかを感じることができればこの宿の真価が見えてくる)。
しかもここではミニチュアではないホンモノの自然が感じられる。
露天風呂で一緒になった男性は(鹿屋市在住というご近所)
ここが最高、親戚一同で泊まりに来た、という。
そういうぼくもリピーター。

全国第2位の茶の産地 知覧茶 普段飲みにも使うことが多い
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鹿児島の最南端は起伏のある地形を縫って走る
シルエットとなって待っているのは開聞岳
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川辺川や小川(こがわ)の魅力にも触れていない。
九重山系にも足を運べていない。
九州北部にもアプローチできていない。

九州は大きい。
月日は百代の過客にして
自分の非日常と誰かの日常が出会う日々もまた旅。
だから、自分を見つめることは誰かを見つめること、
ある地域を通して国の姿を映そうとしている。
自然の持つ恵みと災いのどちらも感じつつ
災いを怖れるだけでなく、
どのようにつきあっていくかがヒトの智慧。
観光地の魅力も大きいけれど、九州の潜在的な可能性はさらに大きい。

さらに屋久島、奄美へと続く海の旅路はいつかまた。


タグ:神社 九州
posted by 平井 吉信 at 22:12| Comment(0) | 生きる

2016年04月29日

分かち合う国 九州へと至るみち


2011年3月の東日本大震災が発生し、
容易ならざる事態と判明したことで
お金の拠出も含めて
自分としてできることを積み重ねていった。
一つひとつは小さなことでも
連帯感を持って生きていきたかったから。

そして半月後、自粛の雰囲気が横溢するなかで
旅行に出かけることとした。
(ただし遠出は避けた)

旅立つ3日前の春休みの日、
とある島の人気の宿に電話を入れてみると
空きがあるという。
奮発してその宿に泊まった。
おだやかな春の日に、
島めぐりのひなびた味わいとともに思い出となった。

あれから5年目の春に震災が起こった。
今回は、4月の第1週に旅に出た。
別府から由布院へのアクセスや
竹田から高千穂に抜ける国道57号線も被災した。
幸いにも霧島から宮崎は影響を受けなかったようだが、
数日ずれただけでなにごともなく旅は終わり四国へ戻った。

悪ふざけや悪意のある中傷は良くないが、
ぼくが被災者であれば、
被災しなかった人たちは遠慮することなく普段通りに過ごして欲しいと思う。
同情は要らない。
(自分のプレーで被災した人たちに)「勇気を与える」なんて言って欲しくない。
それは与えられるものでなく、自分で感じるものだから。
励ましの意図を込めたデザインや垂れ幕、SNSも不要。
(どちらかといえば、やっている人の自己満足では?)

腹をくくるしかない。
起こったことをすべて受け容れ、
まずは、身の回り1メートル四方を片づけることから始めたい。
次の日は、別の1メートル四方を、その次の日はさらに別の区画を…。

経済的な支援や人的なサポートは当然必要だが、
内なる力がなければ支援を受け止められない。
何が起こったかを評価するのではなく
その状態をどう認識するかが大切。
被災しなければ向かい合うことはなかった現実だけど
そこから学びがきっとあるはず。
日々懸命に生きていくなかで
心のなかにきらりと一条の光が見えたら。
(無理にポジティブシンキングに持っていくこととはまったく違う)
ささやかであっても、幸福を感じるセンサーは閉ざさないでください。


被災した人もそうでない人も
それぞれができることを行って
ひたむきに生きていく。
その過程で少しでも得られたものがあれば
多くの人と分かち合うことを考える国でありたい。

 → 九州に至る

タグ:九州
posted by 平井 吉信 at 14:06| Comment(0) | 生きる

2016年04月22日

春の名残を追いかけて いつのまにか薫風が季節を運ぶ


日本のような温帯モンスーンの国では
どこかで誰かが春を待っている。
季節が移り変わるから心が求めるのか
心が感じるから季節が通り過ぎていくのか。

その足跡は見えなくても
通り過ぎたあとには変化が起こる。

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どこにでも生えている野草でも希少種でも花は花

しだれ桜の名所が神山町に整備されたと聞いてやってきた。
ここへは、文化の森を過ぎて鮎喰川へ出会う前に左折する道をたどる。
地震の直前、竹田から高千穂へ抜ける小径で感じた春の気配と似ている。
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あいにく、しだれ桜は前日の嵐で吹き飛ばされているようだった。
それでも散策してみたい。
付近の山々は萌えている。
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枝に残る花びらを見つけた。
今年最後のしだれ桜の散りゆくときに立ち会えた。
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春の七草のひとつ ハハコグサともゴギョウとも
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今度は、神山の鬼籠野経由で帰ろうとすると
ノボリフジの名所、神光寺の表示があった。
ご真言を唱え賽銭を供えて花を見る。
良い雰囲気の小さな庭、阿弥陀如来、地蔵菩薩が花に浮かび上がるさまは極楽浄土。
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それは、人が朽ちていなくなったあとにもやって来る。
果たしてそうだろうか?
それを愛でる人がいなくなれば
春は来なくなるかもしれないのだ。


タグ: 神山
posted by 平井 吉信 at 00:20| Comment(0) | 生きる

2016年04月18日

熊本地震 民間だからできること 〜モンベルのアウトドア義援隊協力のご案内〜


熊本地震は連鎖的に被害が拡大している。
ひとりの人間としてできることはないだろうか?
そう考えている人は少なくない。

大手の公益的な団体などが募る義援金は
その使途の内容や支援内容の有効性など、
災害時に有効に活用されたかどうかの検証が必要と考えている。

クロネコヤマトやモンベルは民間企業であるが
厳しい経済環境でも業績を残している。
初動期に必要なもの、長期的に必要なことを見極めて
現場の視点で支援を行っている印象がある。

モンベルは、東日本大震災のときにも
援助物資(約300トン=トラック積載量換算)、
援助金(45,221,554円)を集め、
現地ボランティア約400名を送り込んだ。
現在も復興支援として、復興共生住宅の建造を担うなど
災害支援の勘どころを知っている。
(阪神淡路大震災のときからの経験を積み重ねている)
http://about.montbell.jp/release/disp.php?infomation_id=300

クロネコヤマトは、
東日本大震災 生活・産業基盤復興再生募金を設けて
142億円を被災地に役立てている。
しかもその目的、過程、内訳が明確である。

【採用指針】
1.見える支援・速い支援・効果の高い支援
2.国の補助のつきにくい事業
3.単なる資金提供でなく新しい復興モデルを育てるために役立てる。
http://www.yamatowf-saisei.jp/overview.html
(行政にここまでの透明かつ的確な運用ができただろうか?)

この2社はCSRに力を入れている企業である。
なにか役に立つことを考えている人は、
行動の選択肢に入れても良いかもしれない(ご判断は各自で)。


追記
軽量でかさばらず高性能なアウトドア用品は災害時に役立つものが多い。
山を趣味にしている人は自宅でも山用品を使っている人が少なくない。
普段から自然のたたずまいを感じながら生きることは
人生観を育むとともに、災害時の対応で自らを助けるかもしれない。
posted by 平井 吉信 at 11:06| Comment(0) | 生きる

2016年04月16日

自分で生きていく覚悟、誰かを助ける勇気、社会を見据えて行動すること


4月15日の朝、新聞を開いて驚いた。
(家族の誰一人として知らなかった)
熊本でM7の地震が発生したという。
しかし、当初の報道からは、
揺れはひどかったものの、甚大な被害であることはわからなかった。
数日が経過したいま、その実態が少しずつ伝わってきた。

インターネットは閲覧しなければ情報収集ができない。
テレビやラジオもスイッチをいれていないとわからない。
今回は、地震通知メールも流れてこなかった。

情報のすきまで、巨大地震の発生と紙一重の生活を送っていることに気付いた。

現実を直視すると、
電気が足りている状況で
地殻変動の活動期にさしかかった日本で
原発を再稼働させるという選択肢はありえない。

先の福井地裁の判決文が掲載されている。
http://www.news-pj.net/diary/1001
その最後が以下のように綴られている。

(ここから引用)
 他方、被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。

 また、被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。

(引用ここまで)

誰も止められない政府の暴走に対して、
国の豊かさとは何かの本質を見据え、
机上の法律解釈から、暮らしを直視する方向へと転換した。
司法の暴走という人もいるだろうが、
そもそも人(その他もろもろの生物なども含めて)の幸福のために
司法が存在しているのではないだろうか。

株価が下がった、誰かがスキャンダルを起こした、
などのノイズを意図的に生活から遮断している。
今後もそのつもりだけれど、自分の生命は一人ひとりが守らなければならない、
そして、余裕があればまわりの誰かを。
できれば、そうならないための社会のしくみを。

そんな覚悟を持って生きていく時代に向かい合っている。

災害に遭われた方も、そうでない方も
ご無事とご安全を。


険しい環境でも花を咲かせる山野草がある。
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posted by 平井 吉信 at 10:57| Comment(0) | 生きる

2016年04月14日

桜はこれが見納めと思って だから誰かに


徒歩1分のところにある桜並木をニコンを片手に出かけた。
サンダルをひっかけて散歩がてら、陽光を浴びながら。

もう花見は終わっているけれど
ぼくは散り際の桜はそこはかとなく美しいと感じる。
誰もいないこの並木で
花びらは、ここにいるよ、ってささやいている。
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花見に行けなかった人のために。
家族を気遣って花を見に行かなかった人のために。
会社の経営が大変で花見の気分になれなかった人のために。
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これを見て。
日射しに打たれ雨に打たれ、
風に散らされても、なお残る花びら。
その向こうに空が透けて見えるかもしれない。
あと数日、
いや、次の瞬間には生まれた樹を去って行くかも。
それでも、桜は桜。
この桜はいまこれを見ているあなたかも。
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人は最後の旅に出て、旅立つ直前に悟ることがあるという。
その突き抜けたときにも似て、いっそう輝いている。
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さくらは、さくら。
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posted by 平井 吉信 at 23:33| Comment(0) | 生きる

2016年02月19日

東京は行列がごちそう 光がつながれば都市 情報がつながればDNA 宿主という生命は何を想う


グルメではありません。
グルメブログにもしたくありません。
それでも、食べることの幸福感は生きる原動力となっています。
みなさまに食欲が湧くようなのもたまに良いかと。

東京出張(二日間の長い会議)に臨むに当たって
いつもは会場の近所で済ませている。
飛行機の到着が早くて時間がたっぷり取れるため
空港から京急と三田線を乗り継いで神保町へ。
(もうこの時点で食べる意識よりも老舗の万年筆店を訪ねてみようかなどと)


駅を降りてすぐに行列が見えた。
(時刻はまだ11時半というのに)
東京では昼食に行列は珍しいことではない。
気に留めるまでもなく通り過ぎようとしたら
カレー店のよう。
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店内の様子から回転は早いと見て
知らない店だけど、長丁場の会議だからと自分に言い訳して
普段はあまり食べないカツカレーに挑戦してみようかと。
(メニューの左上に置いてあるので人気メニューではないかと推察)

意外に待つことなく店内へ。
(入店前にメニューを聞いてくれることもあって店内ではすぐに出てきた)

黒いルーは玉ねぎをじっくり炒めたものを基調としながら
野菜の甘さを香辛料で引き締めた感じ。
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キャベツが皿に乗っているのも
狭い店内で回転率を上げるのと
カレーのコクをひとくちで更新する工夫かと。

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サラリーマンばかりの客層で地元のソウルフードのような位置づけかとも。
たまにこれが無償に食べたくなることがありそう。
(この店が有名店とは、店を出たあとで判明。スマートフォンを持っていないので情報はパソコンから)

それから岩本町に出て秋葉原まで歩き、日比谷線で南下しようと。
赤いマフラー手ぬぐいにして横丁の風呂屋に通う
昭和の男女を見つめていたのはこの川
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会議は虎ノ門周辺なので定宿はいつも愛宕山近辺にしている。
いままで気付かなかったけれど、
ホテルの左前にひとだかり(飲食店の行列)。
東京名物の東京タワーと行列ということで
さっそく並んでみようと近寄った。
例によって何屋かわからないけれど
数千円を請求される雰囲気ではないし
女性もちらりほらりと並んでいるので
闇鍋感覚の不見転で並ぼうとしたのが…。
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行列があまりに長く、店は洞窟の奥にあるようで
諦めることに(会議が始まるまで40分ぐらいしかない)。

あとで調べるとそば店が地図上にあるようだが
再開発が進んでいることもあって確信は持てない。

そこで虎ノ門ヒルズの中の香港料理店へ。
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前回はワンタン麺とマンゴープリンだったが、
今回はサンラータン麺。
酢の酸味がうれしく最後まで残さずいただく。
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ヒルズは昼の憩いの場となっているよう。
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咽が渇いたので茶を買うことに。
手頃な価格だが、セブンイレブンの緑茶(コカコーラのOEM)は
あっさりと咽に流し込みたいときに手に取る商品。

会議が始まった。
昨日は気付かなかったけれど
席が替わったので東京タワーが見えることに気付いた。
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延べ12時間にも及び会議を終えて。
夕刻迫る羽田空港。この飛行機で徳島に戻る。
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Webのような都市のネットワークを上空から眺める。
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飽きることなく窓の外から下界を見下ろす。
いつまでも飽きることなどなく眺める。
小さな人間が空を飛ぶことに感動がなくなったら
カレーやラーメンやそばを食べることは
もっとつまらないことだろう。
人が生きることはどんなに地味で地道であっても
いのちのリレーを受けつぎながら、ときを刻むDNAの継承者。
― 漆黒の宇宙に明滅する光なのではないかと。



(フジX20で撮影)
posted by 平井 吉信 at 18:42| Comment(0) | 生きる

2016年02月16日

前日の雪が解けて徳島県西部のまちや集落はうっすら雪化粧


東予に行っての帰り。
川之江から県境の境目トンネルを越えると雪景色。
樹氷が展開する風景を撮っている人も。
池田ダム湖を過ぎて吉野川が目に飛び込んできた。
増水して笹濁りの水は翡翠色。

橋桁の名残と思われる構造物と
常夜灯、さらに水辺へ降りる階段。
かつては渡し船があったのだろうか。
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山は清明にして地面にまで日が射している
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池田のまちの南の山麓が雪解けで蒸発している
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太陽が川面を追いかけていく
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吉野川の支流、半田川を少し遡ったところの集落
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半田の里では雪がないときにはこんな風景が見られる
(2006.9.25)
先の縦長の写真は、
この写真では画面左の半田川(下から上へと流れている)の屈曲点から
下向きに撮っている。
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トトロが出てきそうな里山の風情
ここは半田そうめんの里。
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のどかな里山からおいしい乾めんがつくられている。
(食べたことがない人は、人生で出会う楽しみを残している♪ おすすめは茹で時間6分のうどん)
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冬から春への兆しをちらりと見せつつ冬は手綱を引いて
里山に雪景色を見せてくれる。
それを受け止めて心をくすぐっていたい。

【追記】
フジX-E2は2016.2.4にファームウェアが更新されて電子シャッターが使えるようになった。
フォーカルプレーンシャッターの衝撃から逃れることができたことで
原盤では小石や微細な枝までが分解していて
ナナオL997ディスプレイ上では壮観となっている。
センサーも欲張らない16メガのため、画素ピッチが細かくなりすぎず
トーンと解像度が絶妙に均衡している感じ。
いずれもjpegそのままを縮小。

posted by 平井 吉信 at 18:07| Comment(0) | 生きる

2016年02月14日

低気圧がもたらした重い空気 里山に降りて空白の一日


低気圧の接近が南から湿った風と温かい空気をもたらした日のこと。
どんよりとした空気は生暖かく、湿気を含んでいる。
レンズを通しても湿度が高そうな珍しい冬の一日。

水車を回す水にはまだ春の勢いはない。
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この辺りでつくられた特別栽培米を玄米のまま求めて
自宅で分搗き米に精米しているわが家。

あぜ道にオオイヌノフグリ。
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菜の花が灰色の空と重い空気にしっとりと佇んでいる。
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訃報があり、香典を持参する家人を送迎して時間待ちのひとこま。
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ご冥福を。

三寒四温ではなく気まぐれな低気圧がもたらした空白。
心が晴れることはないけれど、
あるがままに過ごしてみようと思う一日。

(フジX-E2+XF35mmF1.4 R)
posted by 平井 吉信 at 18:14| Comment(0) | 生きる

2016年01月31日

きょうもみた するとももももう


あしたもみよ、とのことで
きょうもみた。
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数日前と打って変わって
気温は十度を超えている。
陽光に花弁をひろげたばかり。
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視線をたどると、桃も。
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冬があるから春がはずむ。


フジX-E2+タムロン90oF2.5(ミノルタマウント)にて手持ち撮影



posted by 平井 吉信 at 12:32| Comment(0) | 生きる

2016年01月10日

初詣 神様にふたたび会う機会 鳴門の阿讃山麓を西から東へ


元日は産土(うぶすな)神社へとあいさつに行く。
ここ数年は快晴で竹がからからと音を立てて
高い空に向かって光の柱が伸びるような初詣。

それからいくつかの神社を回る。
二日目は、気延山のふもとにある天石門別八倉比売神社(あまのいわとわけやくらひめじんじゃ)。
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そして気延山に登る。
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幾何学的におもしろい樹木の紋様。縄文を思わせる
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現在の阿波の一宮は、大麻比古神社。
ご祭神は大麻比古大神と猿田彦大神。

ご神木は太陽を従えてざわめく
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正月ともなれば混み合うのでそれを避けてきたが
参拝の列が駐車場の階段まで伸びている。
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そこで列に並ばず、離れたところから祝詞を奏上する。
(祈るのは我が身のことではなく神々の弥栄と国の平和のみ)

裏山は神社ならではの生態系がうれしい。
眼鏡橋の池に光が踊るさまは息を呑む。
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池の中央に岩があってそこに1円玉を投げようとする人たちがいる。
聞いてみると、岩に載るとよいらしい。
手元に4円あったので投げてみたら1個が岩のうえでとどまった。

対岸から見ていると
日の光が一瞬立ちこめたように見えたのでシャッターを押した。
すると2コマに写っていた。
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広大な社の敷地には自然度が高い風景が散りばめられている。
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この森で両手を広げて陽光を受けながら胸をふくらませてみたら?
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遅い昼食は、近くの道の駅第九の里で。
鳴門は、日本での第九初演の地なのだ。
(また、第九でつながった)
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ドイツ館とこちらの売店で鳴門やドイツ由来の特産品が楽しめる。
ブラートヴルストをいただく。
ライ麦パンにドイツ直送の白ソーセージをはさんだホットドッグは
注文してからつくられる。
それを外の日だまりで食べる幸福感。
(この内容でこの価格だから人気なのも当然)
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鳴門から吉野川北岸を伝う道沿いには古墳や神社が点在する。
次に訪れたのは大麻比古神社から5km東に位置する阿波神社。
ご祭神は37歳で崩御されてこの地で火葬されたとされる土御門上皇。
(隣接する池に浮かぶ区画を宮内庁が管理)
近くの大麻比古神社の喧噪が幻のように感じられる閑静な一角。
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以前から気になっていたのが
阿波神社から東へ2kmのところにある
こんもりとした小さな森に囲まれた神社。
なぜだかわからないけれど
長い参道と鎮守の森の配置の妙というか雰囲気が良いのだ。
初めて近づいてみると
葛城神社と読める。
小さな社だけれど地区の人に大切にされているようだ。
ご祭神は、一言主命。
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きょうはえびす祭り(えべっさん)でもある。
鳴門の事代主神社に初めて詣でることにした。
(葛城神社から6km東)
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主に近隣で商売をされていると思われる人たちが参拝に訪れているようだ。
撫養街道に面し背に山を抱えて風水としては申し分のない立地。
まちなかでありながら、すがすがしさを調え
家々の軒の間をすり抜けるように格別の親しみを覚える。
また来たくなるあたたかい雰囲気に包まれた神社。
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みなさまにとって、良い年となるようお祈りいたします。
そして、日本はもちろん世界が少しでも良い方向へ進むよう。



追記1
不思議なのは
自宅の神棚、荒神棚、仏壇に酒を祀っても
ほんの数分でそれぞれの風味が激変すること。
もっとも香り高く濃厚で香気すら放つのが神棚。
仏壇は気の抜けたような酒の魅力が薄まった感じ。
両者の中間が荒神棚。
(香りを際立たせる神様と香りを召し上がる仏様ということか)
これは気のせいではなく誰が味わってもわかる。


追記2 
鳴門の事代主神社がある撫養街道は
古くから栄えた旧街道筋で
まちの散策が好きな人にとっては宝物が散りばめられている。
古民家の軒先の営業看板、古い酒蔵、由緒ある神社、
路地のたたずまい、煙突、郵便ポストめぐりなど
宝探しに尽きることがない。
もし、この一角に空き家を見つけられると
まち暮らしの味わいが好きな人にはたまらないだろう。

追記3
鳴門といえば、鳴門の渦潮、渦の道だが、
鳴門鯛、なると金時、鳴門わかめ、れんこんと全国区の産物がずらり。
(ことに鳴門金時は東南アジアでも知名度が高まり人気らしい)

砂糖をまぶして食べる赤飯や老舗の鳴門饅頭、金時豆の入ったお好み焼きなど
塩田で栄えたまちだけに、砂糖、甘いものへのの思い入れもひとしお。

鳴門の西はずれに位置する大麻地区は、
大麻比古神社ドイツ館、大谷焼などがまとまって存在する。
窯元を一つひとつめぐるのも一興。

大塚国際美術館はもとより、リゾートしての存在感も放っている。
会員制高級リゾートのグランドエクシブ鳴門など、
瀬戸内海に面した高台には別荘やリゾートホテル、レストランがずらり。

庶民の食事では、出汁となじむ鳴門細麺うどんもある。

高松道、徳島道、本四連絡道が集まる交通の拠点であり、
徳島空港までは徳島市より近い。
大鳴門橋を渡れば、淡路島経由で明石、神戸もドライブがてら。

まちなかには、小学校、中学校、高校が点在し
高島にはリゾートのような立地に鳴門教育大学がある。

数少ない弱点は公共交通の便と水がおいしくないところだが
それは浄水器で補完できる。
ここ数ヶ月はコウノトリが巣作りをしている話題でも知られる。

地元ではあまり発信していないけれど、
特徴的な風土とリゾートの風合いを混ぜた独特の距離感は
都市生活との二元生活を送りたい人や
静かで風光明媚だけれど
人間関係が面倒な田舎暮らしまでは求めていない人の終の棲家として好適。

posted by 平井 吉信 at 23:14| Comment(0) | 生きる

2015年12月21日

田園に囲まれた音楽を聴くための家


完成した友人宅の新居を訪れた。
夫は高校の同級生で山と音楽が好き。
妻は近所の幼なじみで同じく音楽が好き。
ピアノにゆかりのある仕事をしている。
田園のなかにたたずむこの家は
地元の木材を使っている。

この家には裏山で取れる雑木を燃料にする蒔ストーブがある。
ほんのりとあたたかい。
炎を見ていると時間がどんどん過ぎていくけれど
それもまた時間の使い方。

テレビは見当たらない。
別室に15インチの小さなのが1台あるけれど
ほとんど見ないという。
(うちも15インチのブラウン管テレビが1台あるだけなのでその気持ちはわかる。大きな画面は不要。バラエティは見ないので芸人がわからないし流行語大賞もわからない)
パソコンもなければ、スマートフォンもない。
(ぼくもスマートフォンはいったい何に使ったら良いかわからない。もう5年も使い途を考えているのだけれど)
その代わり、電池で動くパナソニックのラジオが置いてあり
ときどき友人が聞いている。

玄関を入って左へ廊下を伝うと居間がある。
部屋にはグランドピアノ、別室にも別のグランドピアノ、
(タッチが違う)
電子ピアノもある。
宵の口ならピアノを弾いても苦情は来ないゆったりとした風景。

久しぶりだからKちゃん(幼なじみ)に
ブラームスのワルツ作品39の15番を弾いてとリクエスト。
照れながら応じてくれた。
ためらうような旋律から空に羽ばたくようで。
子どもの頃、好きなレコードだったから。
音楽は心の滋養、いつになっても、どこにいても
胸おどらせる。
どんなに短くても音楽はひとつの小宇宙だから。

お礼にオーディオ装置を手直し。
ちょっと手を入れると見違える音に生まれ変わった。
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(オーディオって買ってつないだときの10倍以上はよくなるからおもしろい。ときには名機と付き合う苦しみもあるけれど)
ここで鳴っている音にはまったく不満はない。
迫力めいた音ではなく
音楽が親密に寄り添ってくるけれど
はっとするようなニュアンスを奏でるから。
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Kちゃんは紅茶を入れてくれる。
小さな音楽で談笑のひととき。
こうしておだやかな夕暮れを迎えた日曜日。
でも…。

のどかで平和なひとときに
脳裏を離れないのは
この国の未来や社会のこと。
何ができるだろう、何をすればいいんだろう。
社会の幸福がなければ個人の幸福はありえないと。
posted by 平井 吉信 at 23:52| Comment(0) | 生きる

いつものあの人たちと何気ない時間だけれど


仕事で中村(四万十市)へ行ったら
喫茶ウォッチへ。
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この日も地元の女性客でいっぱい。
亡き店主が築き上げたJBLのパラゴンとソナスファベールを
マッキントッシュで鳴らしている。
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きょうは時間の関係でカレーのセットメニューで(焼きカレーは食べる時間を考えて断念)。
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.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

美郷物産館へ立ち寄る
野菜をこのように陳列できるといい。
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JAの巨艦市には真似ができないのは
ここを運営する人たちの気持ちがこもっているから。
美郷で起業した徳長さんの梅酒「トオカミ」と「エミタメ」も並べられている。
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今年の自家製梅干しも上々だけど
あえてプロの作品と比べるために梅干しを買う。
(素人が手間をかけてつくり手作りの良さってあるよね)
それから昼のランチを。
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明石弘美さんの笑顔に見送られて、次の仕事へ。


タグ:ランチ 美郷
posted by 平井 吉信 at 00:00| Comment(0) | 生きる

2015年12月20日

コップのフチ子さん クリスマスの衣装で登場


コップを置く仕草で文章を始めた11月22日のブログからコップつながりで。

もうすぐクリスマス。
まちは幸福の赤に染まり
人々の暮らしを見守る。
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政府は、時代錯誤意味不明の迷走を続けちゅうが、
(ぼくの描く理想の未来とは180度違う)
庶民のくらしは平和そのもの。
(忍び寄る影も感じるけれど)

コップのフチ子さん、クリスマス版登場。
海洋堂つながりでフィギュアの話題をと思ったもので。
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フィギュアであれ生身のヒトであれ
微笑みから思いを伝えることはできる。

ガシャポン コップのフチに舞い降りた聖夜の天使 コップのフチ子 クリスマス 5種アソート

道後温泉限定版(ご当地版)もあるとか…
コップのフチ子 温泉 バージョン 手ぬぐい 愛媛 道後温泉 限定 ネイビー ご当地 四国 愛媛県 フチ子 グッズ ふち子 てぬぐい 紺

ヨーグルトのCMもあるとか
https://www.youtube.com/watch?v=tyBtU9g5PhY

posted by 平井 吉信 at 16:52| Comment(0) | 生きる

2015年11月12日

目に見えないアクセス〜「来て良かった。また、来たい」と思いつつ〜


飲食店に入る。
いらっしゃいませ、と言って、
ドン、と水の入ったコップを置く。

そうではなく、
笑顔で運ばれてくる。
もちろんていねいな所作で。

どちらの水がおいしいでしょうか?
(どちらを飲みたいでしょうか?)

茶道の名残手(なごりて)は料理にに通じるもの。
厨房を見ると、
良い料理を出す店は
(客が見ていようが見ていまいが)
手技のキレとタメがある。

ラーメンを茹でる。
湯切りをする。
お待たせしないという気持ちと
ていねいにおつくりするという気持ちが
すばやい動作にやわらかい着地をさせる。
すると、名残手のような動きになる。

ものごとには、目に見えることと、目に見えないことがある。
どちらも大切だが、
目に見えない領域が影響を及ぼしている。
脳には人が意識してアクセスできない領域があり
それが人の心や行動に影響を与えているとされる。
それどころか、無意識の行動は
普段の行動(能力)を軽く越える。

意識は傍観者である: 脳の知られざる営み (ハヤカワ・ポピュラーサイエンス)

意識と無意識の区分は、
さまざまな見方で投影されていることに気付く。
かたちとこころ、
陰と陽(太極図)、
おもてなしも然り。

「おもてなし」とは、表と裏の境界がなく、
思っていることと行動が一致していること。
だから「かたち」から入って「こころ」を導く方程式もある。
習い事がそうだし、
イチローや五郎丸選手の決まり切った所作もそうだ。

たぶん、探している答えはどこかにあるのだけれど
そこにアクセスできていないだけ。
答えに近づくのは情報だけではないこと。
理念や感性の世界の向こうから
こちらへ降りてくるのではないかと。

理念があれば、無意識に通じ、
常識を越えて空に飛翔できる。


閑話休題

久しぶりに立ち寄ったそば店で
「お久しぶりです」と屈託のない笑顔。
その瞬間に、心の上着を脱いでいる。
「こうでなければならぬ」の店よりも、
くつろぎをさりげなく打ち出せる。
そばの味はやさしく滋味ゆたか。
「来て良かった。また、来たい」と思いつつ。
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脇町 楽庵にて


追記

いまから十数年前のこと。
佐那河内で料理店を営む岩本光治さんに
徳島市佐野塚地区のジイモで芋の汁をつくっていただいた。
吉野川の河原でのひとこまである。

口に運んだ芋煮はじんわりと口に溶ける。
「芋がえらいんですよ」と岩本さん。
(いや、それを引き出せたからこそ)
食材がほんのりと訴える声をたぐっていくと、
波紋を広げるように共鳴する味覚。
塩と昆布だけでこれだけ豊かな世界が描けるのかと。
語らずといえども深い世界があることを知った。

岩本さんのお店は、佐那河内にある。
虎屋 壺中庵

タグ:佐那河内
posted by 平井 吉信 at 12:33| Comment(0) | 生きる

2015年11月07日

那賀川河川敷に宇宙人到来 それは黄色、紫、白の未確認生物で…


それは月のない夜のこと。
那賀川のほとりに未確認飛行物体が降りたったとの報せを聞いて
密かに特殊部隊を当該地区に派遣しました。

物体は白い円盤状で突起がいくつかあり
その先端が黄色く光っていたというもの。

捜索隊は夜でも昼のように見える暗視野照明装置を付けて警戒に当たります。

まずは流れが早い場所から。
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しかし、こんなところに隠れているはずはありません。
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やがて、捜索隊は次々と異星人に遭遇します。
彼らが見たものとは(続く)

















黄色い異星人 アオヤギバナ星人を発見。
まるでこの星を謳歌しているようです。
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続いて、薄紫の頭を発見。
これは19世紀にイギリスで発見された異星人に似ています。
ナガバシャ人です。
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濃い紫は、ホソバリンドウ星から来たようです。
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白いUFOでは攻撃部隊が見えます。
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ナカガワノギク星の住人です。本来は白いのですが、赤い花もあります。
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生きることの意味を教えてくれているようです。
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おっと、敵の母船に見つかってしまいました。
確かに白い円盤に突起があり、緑や黄色に彩られています。
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こちらの装備は攻撃用ではありませんので
まずは抵抗する意思がないことを示します。
彼らと意思疎通としてみると
ウメバチソウ星からの使者のようです。

使者からの伝言を解読すると次のようです。

多くの宇宙人が偵察に押し寄せているのは
この国が経済政策を誤ったことがきっかけで格差が拡大し
貧困層を多く生み出しているから。
平和を強く願って国の犠牲になった人たちの思いを忘れて
自国が攻撃されていないのに戦力を出動させる準備を調えているから。


なるほど、さらにメッセージを聞いてみましょう。

格差を是正する政策を行うとともに、
中央集権を崩して規制緩和を行い既得権を解放、
自由かつ支え合う協調社会のもとで
問題解決に重点を置いた教育に力を入れ
ものづくりや農業、基礎科学の価値を認め尊重し
やりたい人がのびのびと能力を活かし
そこから全体に波及していく社会が必要と訴えています。

(国がお膳立てをして国民を活躍させるという発想の貧しさ)

さらに細かい論点を次々と質問してきます。

クローズアップ現代のキャスターは何か悪いことをしましたか?
ジャーナリストらしい問題提起と鋭い論点で本質に迫っていましたが
何か都合が悪いことがありますか?
本質を国民に問いかけるのがマスコミの使命ではありませんか?


地球人としてこう答えました。

言論統制を行いつつ一億総動員して
狂気の世界へ連れていこうと企みは決して成功しません。
地球46億年、人類60万年の歴史を学んだ私たちは
いまの奇跡とともに、人間の力をもっと信じています。
政治や行政が途を開くことはできず、
一人ひとりが使命感を持って充実した日々を送る意思を持つことから
未来が始まります。
まずは理念を持って高く掲げること。
あとは地道に続けていくことです。
(右とか左のイデオロギー、保守、革新、維新などの分類も不要。あるべき姿を見据えてゼロベースで考えていくこと)

ナルホド、ワカリマシタ。

彼らはひとまず帰っていきました。

秋の那賀川の河原で宇宙のファンタジーを見ようとしたのですが
生々しい現実に戻されたようで。

でも、花のいのちはすがすがしい。
花は与えられるものではなく、自分から求め得るもの。
心の中の花を咲かせることが大切なこと。
(自然界の山野草にも思いをはせてください)


おまけ

おいしくいただきました。
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posted by 平井 吉信 at 15:00| Comment(0) | 生きる

2015年10月14日

徳島大学の薬草植物園の一般公開の日


年に1度、数日だけ公開される。
場所は徳島市国府町で、土地勘がないと辿り着くことは難しい。
道路も狭いし駐車場からの出入りも気を使う。
それでも、見たい気持ちが強くなった。
仕事で鴨島方面へ向かう日と重なったため、
1時間ほど早めに出て途中で立ち寄ることとした。

徳川家康の長寿はその淡々とした哲学(処世術)とともに
自らが薬草に親しんだことがある。
薬草の効用はもとより、健康管理の重要性に気付いていた。
(戦国の世では経験がものをいうため、競合より長く生きると有利)

普段接している山野草でも
トリカブトやセンブリなど薬草とされるものは少なくない。
薬草を料理に取り入れているのは月ケ谷温泉で、
以前に紹介したところ。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/73836190.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/59956611.html

健康でいることが目的ではなく
充実して人生を生ききることの意義、
その爽快感を味わいたくてぼくは生まれてきたように思う。
けれど、健康でなかったとしても
くよくよせず、受け容れればいい。
そこから広がる可能性、というより
健康な身体では気付かなかった世界が見えてくる。

西洋医学の拠点のような徳島大学薬学部が
薬草の研究を続けているという点も興味がある。

といってもアカデミックな話題ばかりでなく
花を見ると、つい意思疎通を図ろうとするのは性。

名称をメモしなかったし、
名前を知ることにさして興味はない(山野草でもそうだが)。
まずは、生命体として付き合ってみる。

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リュウキュウアイ(間違っていたらご容赦を)
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アイ(藍染めに使う)。雑草のようだが、こんな花だと知っていた?
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媚薬として使われたイランイラン。
南の島では、花嫁さんを迎える初めての夜にベッドにまきちらかすという。
それは、花に託した愛のメッセージ。
人生に一度しかないその夜のためにイランイランを使う。
実際に落ちた花びらから匂いをかいでみた。するとその気になった(かも)。
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生き物の気配を感じたら、キリギリスの仲間(ヤブキリか?)だった。
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人のそばにいるが気付かれない
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一眼レフから小さなデジカメ(X20)で5センチに接近
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逃げずにこちらをうかがっている。
昆虫は瞬時に危険か否かを察知して
危険でないと判断すれば好奇心を働かせているのでは?
そう感じるしかないキリギリスの表情。おもしろい。
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徳島市近郊の田園地帯の一角にある薬草植物園から
社会に役立つ発見が生まれたらいいな。
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タグ:藍染め
posted by 平井 吉信 at 00:05| Comment(0) | 生きる

2015年09月30日

四国カルストは雨 恵みの雨 災いの雨


連休といえども休みの感覚はないけれど
それでもどこかへ行ってみようと考えた2015年秋。
遠出する気はないけれど、
さりとていつもの場所とは違うところ。

そんな状況で思い浮かんだのは
四国カルスト。
愛媛県・高知県境にまたがる石灰岩の高原地形は
四国に類のないもの。
これまで晴天に恵まれたことがなかったのだ。

自宅を抜け出したのは深夜。
4時間弱かかるとして途中が仮眠が必要。
川沿いの静かな場所として、道の駅633美の里を選んだ。

東四国からは大豊I.Cで降りて一般道を抜けて国道33号に合流し
そこから天狗高原もしくは地芳峠をめざす。

(予想していたことだけど)
離合が(ドライバーの判断と技術によっては)困難であった。
ときに右側にクルマを手向けて交わしたり
下がる下がらないの判断、
後続車の止め位置などを総合的に見極めて
どのようにクルマを動かすかを判断すること。
(ステアリング操作と車幅感覚の活用など技術面もあるが)
山道に不慣れだと周囲に迷惑をかける。
(免許所得後の離合の実施研修はビジネス機会になり得るのでは?)

漢和及第(閑話休題のいつもの誤用)

銀連休は晴れが続くと頭の隅にあったのだけれど、
山間部に差し掛かるとぱらりぱらり。
朝になれば晴れるとみて道の駅駐車場で仮眠に就く。

睡眠時間2時間少々で朝が来た。
普段とそう変わらないともいえるけど
窮屈な車内の仮眠では熟睡は難しい。
起きて簡単な朝食をつくる。
ここの道の駅でお世話になったので
帰りに買い物をすることにして出発。

仁淀川支流・安居渓谷の分岐を過ぎて土居川と合流し、
池川町を下っていく。
まちなか(商店街)の横を清流が流れる四国の郡上八幡のような場所。
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茶畑と沈下橋、
そして、高知ではシャクリと呼ばれる
箱めがねで水中を見てアユをかける漁法も見ることができた。
ここの風景が、鎌井田地区と並んで
仁淀川流域でも特に好きな場所。
しばらく風に吹かれてみる。
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国道33号から四国カルスト分岐へ。
天狗荘へと登る道、地芳峠への440号線、大野ヶ原への最短36号線がある。
前2ルートは問題ないが、36号線は離合が不慣れな人は避けよう。
(Google地図では太く描かれているので誤解しやすい)

36号からカルストを見上げる大野ヶ原の盆地に到着。
酪農の草原が広がる牧歌的な風景。
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これから天狗高原へと足を伸ばそうと。
しかし…
カルストへ上がると下界では想像できない風雨で
姫鶴平に着く頃には視界が5メートルとなった。
ヘッドライトがなければ、止まっている車にぶつかりそうなほど。

傘を差してみたが、飛ばされそう。
濡れた服のまま車内へ戻るとガラスが曇る。
次々と上がってきたクルマが離合できずに
何度か停渋滞をつくる。
天狗高原までたどり着けないと判断して大野ヶ原へ降りることとした。

そんな合間でも
風雨の落ち着くときに周辺の景色と山野草を拾ってみた。

見たことのないかれんな花が沢沿いに群生。
紫から白に至るまで花の色が違う。
雨の中、小さなぼんぼりが灯っているようにも見える。
ハガクレツリフネの一種ではないだろうか。
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四国カルストは1,000メートルを超え、
山頂部は1,400メートルに達する高地なので
植生も標高に準じる。
雨に打たれて雫を宿した姿はけなげで凛々しくもある。
あなたの名前はもしかして、シコクフウロですか?
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赤いシロツメグサがある。青い赤鬼と同じように変な日本語である。
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星のかたちをした山野草。
純白に黄緑のアクセントで、
雨に打たれて灰色の空に花弁をひらく。
雲間からこぼれた雨を受けて
風に耐えている。
シノノメソウと思ったが、
かの有名なアケボノソウではないだろうか。
初めてこの花を見た人の感動は深い。
なぜなら、花弁が空間に浮かぶ星夜のような光景は
地上では稀だから。
そっと見守れば観光資源になり得るけれど、
ほとんどの人はその存在に気付かない。
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上の2枚はX20。
センサーサイズの小さなこの機種がもっとも活き活きと山野草の姿を映し出す

うなぎのような造形がつらなる紫の花
手元の図鑑ではセキヤノアキチョウジに似ている。
楽器のようなかたちを楽しむのなら
ルーペがあればいい。
(→ アキチョウジではないかとご指摘をいただきました)
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ここからはX20
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シコクフウロもX20で
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霧が晴れたら牛がいた。
群れのなかでもっとも好奇心が旺盛な個体が人間観察を行っている。
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小さな牧場は有料で見学できるが、
それよりも前景の花に目を留めた。
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濃厚なチーズケーキをいただいた。
時間は2時間待ちとのことで、この日は11時半に品切れだったとか。
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土居川に架かる橋に建物が付いている。
鉄橋を渡る汽車のようにも見えるが、実は建物。
四国では愛媛にも建物付の橋がある(内子だったか)。
(土木遺産が好きな人にとってたまらない造形と工法だろう)
ここは市場も開かれる。
男と女の出逢いは市場から。
そんな時代がこの地球上のどこかにあったかも。
市場にはどんなドラマが詰まっているのだろう。
心のレンズで繙いてみたい。
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川口橋については↓
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195849
http://ameblo.jp/sup2410/entry-11237389748.html

里の秋を感じてはクルマを止め。
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道の駅633美の里で地元の茶葉を買い込む。
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クマ笹茶は、道の駅土佐さめうらで。
手作りのカボチャパイとサツマイモパイ(ともに150円)


吉野川支流の地蔵寺川にかかる木橋。
ここをわたって集落の人が集まる。
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駆け足のクルマの旅であっても
南四国は山紫水明から高原までの遷移と山里の暮らしを垣間見た。
その翌日、南四国は大雨に遭遇した。
人は川から離れて生きるよりも、
川とうまく付き合う暮らしを選んだそのときから、
恵みと災いをもたらす存在に畏敬の念を持っている。

posted by 平井 吉信 at 00:28| Comment(0) | 生きる