2018年08月09日

沖縄のこころ

自分たちのことは自分たちで決めたい。
それが「住む」ことの原点だろう。
それに寄り添うのが政治や行政。

2000年に住民投票に辿り着いた徳島はそのことを率先して実践してきた土地である。
自分で決めることとは自分に都合の良いルールを一方的に押し出す(地域エゴ)ことにはならないと信じている。人間に生来備わっている利他の精神が働くはずだから。

沖縄は国防上重要な拠点であり琉球王朝の頃から東アジアの交流拠点。
翁長知事のご逝去によって基地問題への関心が高まっている。
どのような外交理念があるかその実現のための外交方針、戦略への落とし込みがあり
沖縄の米軍基地をどうするかはその後の論点と思う。
基地が経済活動(利権)と結びつくのであれば
それに変わる持続的な経済活動に取り組めば良い。
不可逆的な生態系改変と事故の絶えない安全面での不安、
基地依存の経済ゆえの脆弱性、依存性を考えれば
基地は地元にとってリスク要因ではないのだろうか。

東アジアの近隣諸国との良好な関係と環太平洋の友好関係のあるべき姿を考えれば
国防戦略の方針を見つめることが先ではないか。
地元の人が決めたことを、国はその意思決定を尊重して支えていく。
それが地域の連なりからなる地域主権の連携体、日本という姿でありたい。

きょうは長崎原爆の日でもある。
核廃絶に背を向ける政府は戦争による唯一の被爆国という皮肉。
なぜ、世界をリードしていこうとしないのか?
今年も田上市長の長崎平和宣言がうたわれた。http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020300/p031606_d/fil/japanese.pdf

権力を持つ者を選ぶのは国民である。
まず国民が意識を持ってどんな未来にしたいかを描きできることから行動することだろう。
翁長知事をはじめ、歴代の知事が温めてきた「沖縄のこころ」に未来の日本の進む道があるように思う。https://ryukyushimpo.jp/news/entry-744820.htmlDSFT6274.jpg

8.11追記
沖縄の将来像として日本から独立して独自の三権(ゆいまーる憲法とでも名付けてみては?)を持つことができればすばらしい。
東アジア、東南アジアのハブ機能として
イスラム圏を含めてどの国とも友好関係を持ちアジアにおけるスイスのような役割を果たす。
そこには世界的にも希有な海、風土、食を求めて人々が集まる。
このような永世中立の姿勢には米軍基地は似つかわしくない。
本土に移転するか廃止するかである。
日本も外交政策の転換を求められるだろう。
独立後の沖縄は日本と連邦国家として日常的にはこれまでとなんら変わることはない。
日本にとっても沖縄を介して非公式な打診を行ったり実験的な試みが可能となるなど利点は大きい。
基地の広大な跡地が活性化の種地となる。
一部は自然に復元しつつそのプロジェクトそのものが見学(ツーリズム)の対象にもなる。
世界でもっとも進んだ自治を日本と連携して進めていく沖縄の姿をぜひ見たい。
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posted by 平井 吉信 at 23:49| Comment(0) | 生きる

2018年07月10日

シャボン玉飛んだ

平成30年7月豪雨で被災された方々、お見舞い申し上げます。
数週間前に仕事で訪問した宇和島、伊予吉田、大洲など南予でも甚大な被害。
よく使っている高知道の立川SA近隣では高速道路が崩落。

四国はこれまで台風銀座で大雨には慣れているはずだった。
しかし同じ場所に長時間の雨が続くこのパターンでは
これまでの常識が通用しなかった。

これも温暖化による異常気象ではないかと考えている。
地震活動の活発化とともに日本列島は災害頻発期に突入した。
生きていく一日が貴重。
日々できることをやりきるしかない。

ぼくの胸にシャボン玉の歌がこだまする。

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ

(グレッグ・アーウィン&雨宮知子の歌唱で聴いてみて)

無邪気に飛び跳ねる楽想、
モーツァルトにも匹敵する底抜けの旋律。
その背後に横たわる深淵。
まだ哀しみは過去になろうとしない。
いまは明るくふるまうしかない。
そして涙をたたえて微笑む。
それでも未来はやってくる。
どんな色にするか、決めるときではないにしても。
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2018年06月08日

一瞬に過ぎていく だからいまかいまかと待つ ときを止められる魔法はないけれど


それが一瞬のうちに過ぎていく景色だけれど
心待ちにする場所がある。
名勝地でなく、風景が暮らしに溶け込んでいる一場面。

高徳線にもあれば、予讃線にもある。
土讃線にもあれば、予土線、土佐くろしお鉄道、
徳島線にもあれば、牟岐線、牟岐線阿佐海岸鉄道にもある。

これはどこかわかりますか?
(わかる人はわかるでしょう)
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とここまで書いて、
しまった、高速バスの車内からだったと思い出した。
(質問撤回)

トンネルを抜けて降りてくると見える。
いつもわくわくしながらその瞬間を待つ。
(ぼくの場合、そこに水の表情を追いかけていると気付いた)
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音楽も料理もそう。
駆け抜けていくあの一瞬を逃すまいと
もう来るかいま来るかを神経を研ぎ澄ませて
時空顕微鏡で拡大(スロー再生)しようとしても
一瞬で過ぎていく。
追いかけても、もうそこにはない。
人が生きる本質的な歓びや切なさ、哀しみがあるような気がする。

生きる達人がいるとすれば
そのことを感じているから。
人を喜ばせることがうれしい、
ほんの些細なことにも喜べる自分がいるから。



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posted by 平井 吉信 at 23:09| Comment(0) | 生きる

2018年05月27日

憲法を考える


ダム建設で意見が平行線をたどるとき
「人のいのちか、鳥のいのちか?」のスローガンが掲げられることがあった。
人命を守るための施設をつくろうとしているのに
自然保護団体が反対している。それは反社会的な行為だとでもいわんばかり。

長い間、地域で息づいてきた風土や人間の関係性に着目すると
人のいのちも鳥のいのちも守る方策があって
持続的な未来への道筋を確保することができる。
だから、先の議論は論点ずらしに過ぎない。

ダムが破壊するのは生態系だけでなく地域共同体そのものであるから、
人が生きていく拠り所を失ってしまう。
すると地域は崩壊するしかない。
(補償金で家を建ててもそこには幼なじみはいない。むしろ都市に出て行くきっかけとなるだけ)
ダムができてかえって危険になったと川を知る那賀川流域の古老は語る。
(ダムの上流側は土砂の堆積による河床の上昇による洪水の怖れ、下流は多目的ダムの運用から起こりがちな流量操作が引き起こす人為的な洪水)
それも定量的なデータという根拠を添えて。
地域社会、生態系のみならず
費用対効果と維持管理費用の経済合理性からも
ダム建設は分が悪い。

徳島には良い見本がある。というか生きた文化資産だ。
吉野川の第十堰はそのときどきに人が関わりながら
3百年近くに渡って存在した石積みの堰で
分水の役割を果たしつつ生態系に溶け込んでいる。

洪水を防ぐ効果があると訴求しても
広告の宣伝効果と同じで因果関係の説明が難しい。
その効果を発現させる他の方法、すなわち代替案の検討が行われるが、
環境影響評価や影響緩和策を含めて評価してもダム建設はあり得ない。
人口減少時代に社会インフラの維持管理が大きな問題となるし、
ダムの寿命が来たときにどうするかに答えが見出せない。

(ダムの問題ではないが、徳島では天神丸など剣山系の名峰に大規模な風力発電が企画されているという。これに対し知事は是としない知見。再生可能エネルギーとて大規模集約で行う限り費用対効果や経済合理性、買電に係る国民費用負担の増大などの問題がある。視点を変えて分散型、すなわち各家庭など電気を使うところで発電、蓄電して賄うのが理に叶っているように思われる。知事の判断は慧眼である)

何を解決したいのか、
そのための最適解は何かを説明できなければ論点ではないのだ。


政権はときにメディアを恫喝し
都合の悪い人物に圧力をかけて沈黙させ左遷させ見せしめて
政権に都合の良いように動けといわんばかり。
忖度させる状況を作り出せば為政者は楽だ。
関係者の会社が次々と国の仕事を受託したり補助金を受けたり
その一方で戦略のない思いつきのような法律を次々と成立させてきた。
(恥ずべき為政の先には国民大多数の弱体化でしかない)
そのような独善的な政権が存続しているのは
国民の無関心(無理解)も一因だけれど
政権の暴走を止める手段(憲法や法律)が機能していないからではないか。

近隣諸国をみれば日本の潜在的危機は高まっている。
専守防衛の国に向けて(上空を通過とはいえ)ミサイルを飛ばされる。
これでは先制攻撃を仕掛けられても防ぐ手立てはない。
(迎撃ミサイルで打ち落とせるなどと防衛省も本気で考えていないだろう)
何らかの異常を察知した段階で
行動の選択肢が可能でなければこの国は護れない。

日本国憲法は9条があるために
周辺国との摩擦を軽減しつつ
戦後の経済発展に注力することができた。
その功績は大きい。
戦争をしないというのは崇高な理念であり
受け継ぐべき目には見えない大切な資産である。
しかし現憲法はほころびが目立つようになっている。
例えば、生態系の保全について。

その問題を考える前に、無関係に見える人類の進化を辿ってみる。
とにかくホモ・サピエンス(現生人類)は特異な存在である。
赤道から両極の近くまで、島嶼から数千メートルの高地まで分布して
人口は70億人を越えている。
生態系を人為的に変えたり対応できる唯一の存在。
意図するかどうかにかかわらず、ホモ・サピエンスがいるところ、
他の生物が劣勢に立たされ、絶滅してしまう。

日本でここ数十年を振り返ってもニホンカワウソやトキがそうであった。
一度絶滅した種は二度と現れることはない。
植物や菌とて同じ。熱帯雨林の破壊でどれだけ貴重な遺伝子資源を失ったか。
(それらは難病の治療薬の原料となった可能性があるのだ)

生態系の破壊が他の生物のみならず
人類自身の生存を脅かす事態となっている。
急激に人口を増加させ、進化の道筋を乗り越える適応能力を持った人類は
地球の生態系の門番とならなければならない。
(すべての権利の最上概念が生態系の保全ではないかとさえ思うのだ)

ところが現憲法では、生態系の保全はまったくうたわれていない。
未来に承継すべき遺伝子資源という概念もない。
だから生態系の位置づけを憲法で明確にうたう必要がある。


改憲論者のなかには現状が憲法と合わないから
現状に合わせて憲法を改正するという考えもある。
しかしそれは違うだろう。
めざす国の方向性がまずあるべきで
そこから憲法改正の議論が始まるのではないか。
(何度も言うが、憲法改正ありき、反対ありきではなく、イデオロギーや政党を離れて中立に議論をする必要がある)

では、めざすべき方向とは?
ぼくは、アジアのスイスとなるべきだと思う。
独自の文化を持ち、歴史と文化を大切にし
洗練された国民とその風土に憧れる国々は少なくない。
内需を満たしつつ、何か特別な思いや世界観が伝わって
ブランディングにつながる。
そのことが生産性の高い国家の経済ではないだろうか。
賃金を上げる企業に補助金を打つやり方ではなく
賃金が上がるメカニズムを考えて国が誘導していくのが政策だろう。
(瞬間風速で達成するKPIを訴求しても自立的持続的なメカニズムは根付かない)

外交によってEU、中東、アフリカ、オセアニア、東アジアとも
等距離外交、いわゆる中立国としてやっていければいい。
とりわけ中国との関係性の構築にはそれが前提となるような気がある。
近隣諸国とは文化や経済で域内の一体感を醸成することで
平和を担保し海外展開を有利に進めていくことができる。

自衛隊の担うさまざまな機能のなかで、
災害対応は大きな役割となると思われる。
しかしそれでも防衛のための軍隊は必要ではないか。
害を及ぼす国へは先制攻撃も可能とする軍隊の存在が抑止力ともなり得る。
(ここ数ヶ月の近隣諸国の動きを見ていると危機感を持って生きていかなければと思える)

その場合は第9条の改正や追記などではなく(整合性が破たんするだろう)
理想国家へと向かう道筋を照らしてくれる新憲法が必要である
(現憲法をリセットして無から描く必要があるのではないか)。

中立国として必要最小限の軍備を明記するからには
政権や軍部の暴走を食い止める記述が不可欠。
(近隣諸国との関係改善のためにも)
すなわち、国家とはいったい誰のために存在するのか。
言い換えれば、国民の幸福とは何か。
国民の幸福に資する理念を深く掘り下げていく。
その一点からのみ憲法を考えることができれば
意義のある成果にたどり着けるのではないか。

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2018年05月14日

おいしさの向こうに見えたホモ・サピエンスの辿り着いたそれぞれの記憶 決して一人ではないことを幸福として噛みしめる 

料理人なら誰でも知っている。
徳島は日本有数の食材の宝庫であることを。

清流度では高知県と並んで日本1,2を争う。
そこから流れる川が山のミネラルを流域の土地に、
海に伝える。

海はというと、
鳴門海峡で狭められた水域と瀬戸内海、
吉野川、那賀川などの大河が吐き出す土砂やミネラルを貯えた紀伊水道、
そして海洋深層水の接近する室戸岬に近い県南部の黒潮洗う海。
肥沃な土、さらさらとした海岸性の砂地、水はけの良い山岳地帯、中山間地域の棚田…。

京阪神に近い立地と相まって多種多様な農産物や魚介が採れる。
京都にも近いから、京都から料理人が流れてくる。
産地に近いから手頃な価格で手に入る。
だから、食材をそのまま食べる愉しみがある。

例えば、トマトやイチゴ。
せっかくおいしい食材を食べずに
わざわざスイーツを取り寄せることもあるだろうけど、
おいしいときは、そのまま食べるのがおいしい。

ミニトマト(羽ノ浦町産、250円)
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イチゴ(勝浦町産、350円)
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トマト(徳島市国府町産、322円)
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同じ日に別々の場所で購入したものだけど、
口に入れてみたときの驚き。
脳の細胞が沸き立って消えていく。
その通り過ぎていく至福を言葉で表すことはできない。
それは人類数十万年の旅を噛みしめているのだ。

700万年前、チンパンジーの祖先と分かれ
直立二足歩行と夫婦単位で暮らし(アルディピテクス・ラミドゥス)、
集団で自らを守り栄え(アウストラロピテクス)
火や道具を使いながら末永く繁栄して極東まで歩みを進め(ホモ・エレクトゥス)、
中東で出会った芸術家のような同胞(ホモ・ネアンデルターレンシス)の遺伝子を受けつぎ
今日に至る遺伝子を受けつぐ一人(ホモ・サピエンス)の脳内に届けられた
数え切れない時間と思いの果てにあるもの。

食べることは生きる本能に基づく行為でありながら
(一日のかなりの時間をかけて草や根を歯ですりつぶして食べていたアルディピテクスやアウストラロピテクスにとってはそういうことだろう。それよりもっと後に火が使えて肉を家族や集団で分け合って食べた世代はどんな意味を見出していたのだろう)
食べることにそれ以上の価値を見出すのは人類ならでは。
それが味わいであったり、食を通じて関係性を確認したり、
その関係性が増していくことに歓びを感じたり、
食を通じて背後にある思想やかたちないものに思いをはせたり…。

それを奇跡と呼ぶのか感謝と呼ぶのか、
説明ができないから幸福感としておこう。
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posted by 平井 吉信 at 00:06| Comment(0) | 生きる

2018年04月10日

ネアンデルタール人への思いはいまも


強い者が生き残ると考えている人は多いだろう。
ところが進化については必ずしもそうとは言えない。
むしろ強すぎると生き残るのに不利になるような気がする。
(以下は生物学的な考察ではなく感覚的な感想に過ぎないのだけれど)

我が世の春を謳歌した恐竜は
6,500万年前の隕石衝突がきっかけとなって
一瞬のうちに絶滅したとされる。
(地球がその時々に全生命体に与える究極の試練、全球凍結や灼熱地獄などを経験した生命はその度に劇的な進化を遂げた。試練は機会となることを胸に刻んでおくとつらいことがあってもむしろ励みになるはず)

そんななかで生き残ったのは
強者の陰に隠れて細々と生きていた哺乳類の祖先だった。

強すぎるとどんな弊害があるのか?
環境に適応して勢力を伸ばす(増やす)ことになる。
これは間違いないだろう。

ところが環境の変化が起こり
生態系の変化が起こる。
生態系は連鎖しているので
頂点に立つ種への影響は計り知れない。

企業経営にも当てはまる。
あまりに我が世の春を謳歌している企業は
ビジネスの革新は自分の首を絞めることになりかねない。
(つまり収益の要となっている自社の主力事業を自社の新規事業が浸食していく)

ビジネスモデルの革新は
潜在的な需要を喚起するとともに
それまでの支配(競争)のルールを書き換えてしまう。
強みの源泉となっていたことが変化への障壁となって
ビジネスが成立する世界観が崩れてしまう。
強者の企業が強みを磨きつつも
多角化や複合化に走るのは革新への怖れからだ。

人類の場合、ぼくにとって謎であったことは
ネアンデルタールと現代人(ホモ・サピエンス)との関係である。

古い教科書には、ネアンデルタール人は現代人につながる旧人と記されていたが
いまでは紛れもない現代人として「ホモ」の冠称を付けて
「ホモ・ネアンデルターレンシス」ともいう。

ネアンデルタール人は、体格に優れ、脳の容積も
当時のクロマニョン人と比べても大きかった。
色白で褐色の髪をしていたとされ
スーツを着ていまの東京を歩いていても
誰も振り返ることはないだろう。

それなのに絶滅してしまった。
もっとも近い種族として
同じ地球上で試練や豊かさを分かち合った親しい仲間として
ネアンデルタール人への哀愁と感謝を込めて
ぼくは生きている(おおげさではなくそう思っている)。

おさらいだが
ネアンデルタール人は異なる人類である。
白人と黒人は随分見かけが違うので別の種類の人類のように見えるが
同じホモ・サピエンスである。
(70億人がほとんど同じDNAを持つということは、ホモ・サピエンスが小さな集団から再出発したことを意味している)
ところが、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは
遺伝子の配列が異なる。
もしかして見た目の違いは
同じホモ・サピエンスの白人と黒人の差が
異なるヒト属である現世ヨーロッパ人(ホモ・サピエンス)と
ネアンデルタール人のそれよりも大きいかもしれない。

ネアンデルタール人はホモ・サピエンスとの生存競争に敗れたともいえる。
それはなぜか?
数年前のぼくは、言語能力の差があったこと。
世代交代につれて生存を左右する知恵の蓄積と
それを共有する能力の優劣につながったという説を信じていた。
(わずかな骨格の差から発音の明瞭さが異なるのではないかとの推測による)

もしネアンデルタール人がいまも生きていたなら
大相撲の横綱はすべてモンゴル人ではなく
ネアンデルタール人になっていたかもしれず
脳の容積は知性に比例するのであれば
ノーベル賞の受賞率はホモ・サピエンスより高かったのではないか。

当然、異なる人類同士なので争いは起こったはず。
(同じ人類同士でも争いはあったはずなので)
その際に1対1での戦闘は体力で勝る彼らが上だっただろう。

しかしここでも強者は生存につながらなかった。
約3万年前(諸説あるが)に絶滅してしまった。
ぼくにはネアンデルタール人が文化や芸術の素養を持ち
むしろ争いを避けたのではないかと思えて仕方がない。

ネアンデルタール人は魅力的であったのではないか。
それは科学的な検証を得て復元されたネアンデルタール人の顔から想像する。
ぼくがクロマニョン人だったなら
ネアンデルタール人の女性に惹かれていたような気がする。
ネアンデルタール人のなかにも
ホモ・サピエンスの異性に惹かれる場面があったのではないか。

そう思っていたら
数年前に衝撃的な本が出版された。
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は混血していた、
現代人のなかにネアンデルタール人のDNAが生きているというのだ。

混血で獲得したDNAは特定の病気に罹りやすいデメリットをもたらしたが
それ以上に利点ももたらした。
異なる種族で受けつがれた遺伝子がもたらす多様性が
種の保存に有利に働いたのではないか。

ぼくが言いたいのは
現代に生きるホモ・サピエンスの画一的な生き方に危うさを感じるということ。
(みんなが同じものを良いと思って同一性を極限まで推し進めていく生き方)
言い換えれば、絶滅に向けて束の間の繁栄を謳歌しているようにも見える。

諸行無常、万物流転などの仏教の考え方や
生物多様性の価値や意義という生態系の視点に立てば
一人ひとりどのように生きていくかを自分で考えて
忖度とかSNSへの依存などではなく
自分のモノサシで生きていくことが何より必要なのではないか。

感情の動きをかたちにした非言語的な表現(芸術)をネアンデルタール人は持っていた。
一方で言語を道具に知識や知恵を体系化して承継していったホモ・サピエンス。
ホモ・サピエンスの社会で生きていくという現実を見据えながらも
ネアンデルタール人のような生き方や思いに共感しながら生きていきたい。

NHKで全3回シリーズで始まったNHKスペシャル「人類誕生」。
http://www.nhk.or.jp/special/jinrui/
今回はCGでの動きに最新かつ細心の技術や感性を取り入れている。
アルディピテクス・ラミダス猿人の動きは出色であった。
次回(5/13)は「そしてヒトが生き残った」。
(いよいよネアンデルタール人が登場する。ホモ・サピエンスとの関係はどのように描かれるか楽しみ)

およそ20万年前に生まれたホモ・サピエンスは、アフリカを旅立ち中東へと足を踏み入れた。そこで待っていたのは、別種の人類ネアンデルタール人との出会い。彼らとの混血で獲得した遺伝子が、私たちの進化に大きく貢献したことが分かってきた。
しかし、出会いからわずか1万年ほどでネアンデルタール人は絶滅。なぜ私たちの祖先だけが生き残ったのか? カギを握っていたのは、ホモ・サピエンスの「弱さ」とそれを補うために進化させた「協力」だった。(番組紹介文から)


ライバルと比べて圧倒的に不利な状況や乏しい経営資源だったからこそ
大きな飛翔ができた。
それを企業経営やプロジェクトで描いたのが
プロジェクトXであった。
弱いからこそ、道を模索する。
そこに人類の繁栄につながる大切な行動があったとしたら
現代の人類の生き方はその方向から逸れている。
ネアンデルタール人がかつての友朋に警鐘を鳴らしているように思えてならない。

人類の起源と進化については
年々新たな事実が書き加え(書き換え)られているのだ。
https://amzn.to/2HpiPYC

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posted by 平井 吉信 at 20:18| Comment(0) | 生きる

2018年02月20日

台所のプリンス 1/2回転キッチンループで


空港でのできごと。
「サインしてください」
「一緒に写真を撮ってもいいですか?」
女性がぼくのところをめがけて押し寄せてきた。
「あの、ぼくはユヅルではないのですが…」
(ファンが怒りそうな悪い冗談を。でも、少し目の悪い方が後ろ姿をみて勘違いする人は100人に1人ぐらいはあるかもしれない。所作の真似はできるから→ ナイナイとの影の声)

目が覚めた。
なかなか心地よい夢だった。

実は台所ではぼくもプリンス(と言ってしまおう)。
前振りはこちらの記事から。

短時間で料理をつくるとき
台所を駆け抜けている。
(水場と冷蔵庫と電子レンジとガスコンロと乾物置き場が少し離れているため)。
火をかけたまま、追加の調味料を取りに行く。
そういえばシイタケが残っていた、このタイミングなら使える!
などとダッシュしてはターン。
その際にブレーキをかけながら右手で欲しいものを掴むと
その勢いで反転する
(1/2回転。前身のエネルギーをわずかなきっかけで、むしろその力を利用するように反転させる)。
(いや、ほんとうに日常です)

その姿は氷上の彼に似ていなくもない(と思い込んでいる)。

みなさんの一日もそう。
日常にはひそやかな愉しみが隠れている、と言いたかっただけ。
(突っ込み処満載だけど、納得しどころも少しはわかってもらえた?)


有言実行というのは実は大切なこと

言葉にすることでイメージを描くことはもちろんだが、
自分の本能に火を付ける。
高まった集中力をくまなく使い切るための準備を行うことができる。
それはドーピングすることなく
アドレナリンを分泌させるとともに
視界からすべてを消し去ること。

ライバルが予想以上に飛んだ、早かった、高得点を出した。
ならば、いつもより踏みきりを強めに…などど考えると失敗する。
人間は考えながら行うことはぎこちない。
(えーと、これができたから、次はと、これをして…)
これが失敗の要因。

ところが無意識でやるとどうなるだろう。
脳は集中してやるべきことを行うことができる。
それどころか、脳優位の身体の制御を
身体全体の制御に切り替える、もしくは連携の強化ができるのではないか。
当然、脳だけの制御よりもはるかに高速かつ正確で疲労が少ないのではないか。

そのとき脳内では神経細胞は新たな可能性を求めてつなぎ替えを模索する。
そこに人間の可能性がひらく。
だから、無心とか無欲というよりは、
無意識というのがメンタルの本質を表しているように思う。

数年をかけてスクワットやマシーンで鍛え上げたポパイのような筋肉が
本番でどのように動いてくれるのか。
緊張して我を忘れてしまえば、簡単に負けてしまうだろう。
制御できなければ鍛えたことがかえってブレーキになってしまう。
そのことをよくわかっているアスリートは筋トレは慎重に行うだろう。
骨、筋肉、神経が一体となって意のままに
いや、無意識に動いてくれると良い結果になる。
イチローはルーティンの効果(無意識の動き)と
正しい身体の使い方を実践しているよね。

メンタルを鍛えるというのは
考えずにやることで集中力を引き出すということ。
そこにはライバルはいない。
敵は己自身の心だけ。
そこには戦略はない(不要)。
(勝つために難度の高い技を封印して完成度の高い技の総合点で競うようにする、というのは戦略だけど、試合に臨む姿勢は戦略よりもっと根源的なものが大切)

ものごとを表面的に見ることなく
何のために、どのようなを見ていくと
本質が見えてくる。

→ 近道のようで近道じゃない(KPI達成重視)
→ 遠廻りのようで遠廻りでない(成功のためのプロセスを描く)

いまの時代、本質は既存の問題解決の外にあることが多いとしたら
その枠をはずす(意識しない)ことから始めるしかない。
日本が飛翔するために、一人ひとりが意識すべきこと。
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posted by 平井 吉信 at 01:15| Comment(0) | 生きる

2018年02月10日

子どもを大切にする国 特急のなかのほのぼのとしたできごと。南太平洋の子どもたちを思い出した


それは心なごむ光景だった。
特急うずしおの車内に
志度駅だったか
幼稚園(保育所?)の子どもたちが4人の先生の引率で
集団で乗り込んできた。

相席になる人に先生(保育士?)たちが
ひとこと断って子どもを座らせていった。
(どうぞ、どうぞ♪)
子どもたちもどうにか着席できたようだ。

そのなかのひとりの先生(20代半ばかな?)が
一人ひとりの子どもにほほえみを浮かべながら
やさしい所作と澄んだ声で呼びかけて
デジカメで写真を撮ってあげていた。
特急の車内が教会のような厳かな空気さえ感じた。
(スマートフォンでなくデジカメでしかもシャッター音を消して自然光で撮られていた)

その姿が天使のように見えて
仕事といえでも使命感を持って
(だからこそ)楽しんでやっている姿にほのぼのと。

心のなかで、その調子で♪
良い人生になりますようにと願った。

(川端康成の「バッタと鈴虫」に出てくる少女をもちらりと思い出した)

.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

…ときは南太平洋ポリネシアにいた頃のこと。
滞在したボラボラ島(自炊していた)のオテマヌ集落の教会で
日曜の礼拝があり、10代半ばと思われる白いスカートの少女が
小さな子どもたちにマリアさまのようなおだやかな笑顔で接していた。
子どもを飽きさせないように留意しつつ読み書きを教えていたのだろう。
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この少女が天使のように見えた。
10代で諦念にも似たおだやかなほほえみをたたえて。
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(特急うずしおで出会った女性とも雰囲気が似ているので思い出した)

ヴァイタペ村にバスが着いた
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ターザンごっこ
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自転車買ってもらったんだね
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そんなにレンズに近づいても…。駆けっこ早くなったかな?
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愛くるしいムーシン・ダニエルちゃんももう大人になっているんだろうな
右は妹。よく面倒を見てあげていたね。
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乙女ですから
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鶴の折り方、覚えている?
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風がやんだ夕暮れ。ひとり旅っていいね
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観光地から離れた暮らしの匂いがいい
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無人島でのピクニックの記念に
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南太平洋高気圧 1020ミリバール?
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ラグーンのサメはおとなしい。泳いでいてよく囲まれた
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鳥の楽園への入口
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自転車で島を一周すると半日はかかった
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椰子の実を頭に当てると大変
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ボラボラ島の象徴、オテマヌ山
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環礁の外海はいきなり水深数百メートルに
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地球の休日を愉しんでいますか?
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マーロン・ブランドが所有するテティロア島にセスナをチャータして
そこから鳥の楽園に向かった
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ぼくがカメラを持っていると
洋の東西を問わず、日本の田舎を問わず
子どもが寄ってくる。
(警戒されない雰囲気を持っているのは強み? いや、子どもは瞬時に本質を見抜くのだろう)
そしたら一緒に遊ぶ。
折り紙はよく教えてあげたし
ペタンクに入れてもらったり、飛び込みをしたり。
同世代の人たちとはときに無人島に船でわたってピクニックにも行った。
岩に参加者全員の名前を書いているスナップがそのときのもの。
国は変わってもところは変わってもひとの心は同じなんだということを
身体で感じられたことがポリネシア滞在の収穫だった。
(年を取ってから何かをしよう、ではなくいまできるならいまやること。「若さの特権」は時間やお金で買えないよ)

どこも同じ。人は同じだよ。
そして夏は終わらない。永遠に終わらない。
楽園は、それを見ようとする心のなかにあるから。

(ミノルタX-700+MD28/2.8、35/1.8、50/1.4。いいなあ、この時代のカメラって。価格は安いのに完成された技術が凝縮している。このカメラは18年にわたって販売された。篠山紀信や三好和義も使っていたよね。ぼくが常用しているフジのデジカメではこの色は出ないのでなつかしくなる。こんなカメラ、いまの時代にある? ただしぼくが持っている2台のX-700は骨董ではなく完動の現役。ファインダーの優秀さは一眼レフ市場で最優秀。だからピントが合わせやすい。1/1000秒までに抑えたシャッターも安定感抜群で長年の使用に耐えるもの。ミノルタ最後のMF一眼レフとして産業遺産になってもおかしくないと思う。クラウドファンディングでミノルタブランドのデジカメってできないものかな?) 
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http://soratoumi.sblo.jp/article/61144747.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/182280055.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/181212781.html
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posted by 平井 吉信 at 13:10| Comment(0) | 生きる

2018年02月04日

朝のお好み焼きから「生産性」を考える 料理も仕事も生きることも同じ

徳島といえば、大塚食品(ボンカレー)、徳島製粉(きんちゃんラーメン)がある。
ボンカレーはレトルトカレーの元祖だが、子どものぼくはおいしいとは思わなかった。
ルーのカレーでは、当時の家庭の定番はバーモントカレーという家が多かったと思うが
ぼくは満足しなかったので、あらゆるルーをためしてみた。

すると、ゴールデンカレー(中辛)がもっとも好みにあった。
ところがこのカレーにすると幼い妹が辛いといって食べない。
ぼくはバーモントカレーの甘口だけは食べたくない。
そこでカレーの日はルーを2種類用意して
ゴールデンカレーの分は自分でつくるようになった。
(いまでも使うけれど、レシピの7割程度のルーに抑えている)

今度は隠し味をためしてみた。
リンゴをすりおろしたり、はちみつをいれたり
コーヒーの粉、ケチャップなど、
理屈はわからないが、気が済むまで自分でやってみる好奇心旺盛な小学生だった。
餃子やホットケーキを焼くのも当時から家族のなかではもっとも上手だった。

見た目の盛り付けはどうでもいいと思ってしまう。
(どうせ胃袋に入ってしまうので)
料理をすることは好きで、むしろ楽しいといっても差し支えないけれど
時間はかけられない(やりたいことが多いので)。
冷蔵庫や野菜室を見てあまっている食材で
20分で3品程度をつくるというのが日課。

その際に出汁の素とか、○○の素は使わない。
旨味の足し算は味が濁ると気付いてからは
むしろ引き算に徹するようになっている。

そのことに気付いたのは
佐那河内で虎屋 壺中庵という料亭をされている岩本さんの手料理に接してから。
吉野川の河原で芋煮をするのだが
そのさい配を岩本さんがふるわれたことがあった。
メニューは地元佐野塚で採れたジイモを塩だけで味付けをした汁。
それが言葉を失うほど衝撃的だった。
素材の切り方、温度、入れる頃合いなど変数はそう多くない。
それなのにこれまで食べたことがない次元のおいしさだったのだ。

炊飯器で米を炊く、肉を焼く、野菜を茹でる、
といった誰がやっても同じ結果になりそうなことが
実は天と地ほどの差となる。
(できる人はこの言葉を決しておおげさとは思われないと思う)

炊飯器で米を炊くことさえ
ぼくが炊いたのとほかの家人が炊いたのでは質が違う(違いすぎる)。

うちは近所で特別栽培米をつくっている人から玄米を買って
毎日自家精米をして食べているけれど
おいしいご飯はやはりぼくが炊かなければ食べられない。
研ぎ方で、その際の水の使い方、浸し方(時間や温度)で変わってくる。

さらにいうと体調によって材料や調理も変えている。
身体が欲している食べ物を腸に届けるという感じ。

食は人の考え方、性格、体調、免疫力、つまり人生まで変えてしまう。
このブログから楽天的な生き方やユニークな洞察力、
自然への感受性を感じる人がいらっしゃるとすれば
その原点はまちがいなく日常の食にある。
(毎日どこかで外食していることを誇らしげにSNSに投稿する人は食の本質を身体が感じていないのだろう)

だから高校のときから体重や体型はほとんど変わっていないし
体力もさほど落ちていない。見かけも年齢よりは若く見える。
結局、アンチエイジングを突き詰めていけば、やはり食になるのだ。

かといって、オーガニック食材や特殊なサプリメントは買わないし買おうとも思わない。
ていねいにつくられた地元の食材や顔が見える食材であれば十分だ。

限られた時間を有効に活用しようとすれば
食をつくる生産性を上げることが人生の大切な要素と気付く。
(仕事の生産性も大切。特に製造業ではなくホワイトカラー。ぼくからみるとムダな作業をやっているホワイトカラーの生産性を上げれば=ここが経済のボトルネックと思いませんか?=日本の経済はもっと飛翔する)

早い話が戦略的な手抜きを行うこと。
成果に結びつかない作業はやらなくていい、
というよりやめるべき。
人生はプラスαしていくのではなく、
減らすことに意識を傾ける。
空いたところに成果につながる資源(時間、資金、意識)をつぎ込んでいくこと。

大きな組織では社長とか理事長とかの鶴の一声で現場が混乱する。
(経営資源を理不尽に動かすことがどれだけ生産性を下げるかわかるよね)
その反面、現場では不毛な合議(忖度)と冒険をしないありきたりの結論ありきで
絞りこんだ戦略を打ち出せていない。
それが今日の日本を招いている。
行政や大企業だけでなく政治もその片棒を担いでいる。
ゼロベースでリセットしてあるべき姿を描かないと未来はないよ。

おいしい料理をつくるために今度は○○を導入しよう、
こだわりの素材を使おう、
○○式の調理をしよう、
など手段だけに焦点を当てると
ここ十数年の日本と同じになるよ。

食べるとは何か(何が究極の目的=成果か)
その成果に至るには何が必要か(やらなくていいことは何か)
その成果に至る過程でどのような変数が存在するか
その変数における最適解はなにか

こう考えるべきなのに(以下はたとえですよ)
目標:「○○方式による○○の素材を3割以上採用した朝食を6割以上提供すること」

一見定量的に把握できるけれど、
成果に至る必要なこと、そうでないことの見極めが抜けているよね。
(料理もホワイトカラーの生産性を上げることも同義語とわかりましたか?)
仕事を依頼するなら言葉の定義ができる人、実行している人に依頼しなくてはダメですよ。
(適切な設問をつくることができる能力と言い換えてもいい)

日曜朝の料理の前振りでこれだけ語る人も希有、奇特な人でしょうけど
きょうはお好み焼き。
徳島市内の標高の高い場所で雪に耐えてつくられたキャベツをたっぷり食べたいから。

材料:キャベツ、小麦粉、レンコンパウダー(現在あるところで試作中のもの)、卵

広島焼きのように薄く広げた生地に
富士山のごとくキャベツを盛り上げる。
ひっくり返す前に生地をかけて
キャベツを蒸し焼きにする。
これで十分な栄養が採れるものが調理し始めて15分後には食べられる。

フライパンはリバーライトの26センチの鉄。

これだけで十分。
弱火から強火までリニアに温度が調整できる。
焦げ付くことはないがメイラード反応(焦げ目)を付けやすい。
テフロンでは時間かかって短時間調理ができない。
とはいえ、このお好み焼きも工程の9割は最弱火(生地が薄い点にご留意)。
最後はパリッとさせるために火力を上げる。
これが鉄でないとおいしくできない理由。
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見た目は悪いけれどキャベツたっぷりの後味良しのお好み焼きのできあがり。
(青海苔は日和佐産の青のりを使っている。品質管理がしっかりしていて安心して使える。道の駅日和佐やキョーエイで入手できると思う)
http://www.pref.tokushima.jp/takarajima/docs/2014012200349/
http://www.pref.tokushima.jp/takarajima/docs/2014012200394/

365日のほんのひとこまだけど食べることが大切なら
手間と時間をかけずにあるものを使って自分で作ること。
(食べ終わる頃にはほとんど洗い物も終わっている時短調理)

ゆうべは、窪川の生姜と鳴門わかめのスープをつくった。
(身体を温めるのがねらい)
具材はほかに余り物のシイタケが少々。
出汁と食感を楽しむために
トマトを半分に切って入れてある。
基本は薄めの塩味だけだが、
味付けは自分の器のなかで醤油を好みに応じて垂らす。
これも5分の時短料理。
(写真は撮っていない)

成果に結びつく生産性を上げること。やらないことはやらない。
(しかも「脱こだわり」&かっこつけない、あるもので自然体でやっていく)
そのほうが楽で愉しい。
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posted by 平井 吉信 at 11:31| Comment(0) | 生きる

2018年01月16日

今がいい


徳島でも一面雪景色になったのが数日前、
聞くところによれば、通勤に数時間かかるなどの大渋滞が市内で起こったそうだ。
ぼくはJRで県外出張だったが、東予では雪はなかった(途中の香川県でも)。
(今週だけで四国4県すべてに出張)

ところが今夜はあたたかい。
久しぶりに近所を歩いて戻ってきたところ。
数日前の寒波と大違い。
そしてこの変化を楽しむことができる。
それがすばらしい。
季節の変化、日々の変化、そのなかに妙がある。
それを感じられて満足している。

歩きながら思ったこと。
それは、去年と比べても今年がいいと思う。
たぶん今が一番いいと思う。
人生は地道に積み重ねていくと
知らぬ間に長い距離を歩んでいることに驚く。
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今が一番いいけれど
未来のほうがさらにいいだろう。

積み重ねるだけでなく
やらなくてもいいことをしないようにする。
捨てることが充実した生き方につながる。

充実しているかどうかは自分が決めること。
自分が良ければそれは最良。
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もう一度時間を戻してやり直しても
ここまで来られるかわからないから。
(やり直すとはそういうこと)
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(写真は妙見山の岩脇公園=羽ノ浦町)

自信を持って生きているけれど
(自信なんて必要かな?とも思う。人と比べることもないし)
どちらかといえば淡々と歩みたい。
今が一番いい。

(思ったとおりの人生にならなくても気にしないこと)


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posted by 平井 吉信 at 22:56| Comment(0) | 生きる

2018年01月03日

縄文の家に戻ってきて


久しぶりに竪穴式のわが家へ戻ってきた。
土間にしゃがんで
イノシシの塩蔵肉を焼きながら迎える正月もいいもんだ。
五人の妻もそれぞれ里へ戻ったりうちへ戻ってきたり。
下の息子が初の獲物と自慢しながらウサギを捕ってきた。
捌き方を姉に教わろうとしている。
娘は栗の木林の隣で椎の実を集めている。
あれを煎って客人をもてなそう。
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…などと、縄文時代の家長になった夢を見たか見なかったかは不明であるが
縄文時代に来てしまった。
それもホンモノの縄文時代のようだ。
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不審者はたちまち見とがめられて囲まれた。
(しかし敵意は感じない)
現代の日本語で話しかけてみるが、言葉は通じない。
それでは単語ではどうかと知っている昔風の言葉を並べてみる。
中国から伝来した音読み派生語はすべて通じないと思える。
そこでやまとことば、らしき音を並べて反応を見た。

ヒト オノコ オミナ ワラワ ワゾ イネ… 

そのなかでいくつかの単語に反応した。
意味が同じかどうかはわからないが、数千年を経て通じる言葉があるようだ。
しかし言葉が通じなくてもわかりあえるきっかけとなるあることがある。
ぼくはその方法を知っている。
(よし、やってみよう)

うまくいった。
たちまち、竪穴式住居に向かって歩き出す彼らのあとを
付いてこいとの身振りのようである。

さて、ここで問題です。
縄文時代の大家族の領域に突然侵入してしまったぼくが
何かを手渡したり話しかけたりしないで
(彼らの意思疎通の円の隅っこにひっかかったのか)
招き入れられたやりかたとは?

答えは文末で。

竪穴式住居は意外に内容積は広い。
それゆえ調理の煙はそれほど篭もらない。
むしろこの煙が家屋に良い影響を与えているのではと思える。
相変わらず会話は成立しないが
身振り手振りと単語から少しずつ縄文の言語の断片が見えてきた。

例えば、鳥はワゾというようだ。
女の子がキジバトを指さしてそう言ったからわかったことだ。

遠くでオオカミが冬ごもりの雑木で餌を探す鹿を追いかけている。
西暦でも元号でもたどれない8千年ほど前の日本列島の
薪炭林と海が接する土地に住んでいる一族の物語である。


ここに住み始めて三日になる。
居候はしたくないので何かできることは?と尋ねる。
アガ (狩りのショサ) スル エイカ(私は狩りをしてもよいか?)

アシと家長は答えた。
これは肯定を意味する言葉ではないか。
次になにかの文脈で使って反応を見てみよう。

翌日、娘がほほを染めて戻ってきた。
毛皮の物入れを開いたら
見慣れないもの、およそこのあたりでは見かけないものを手に入れたようだ。

娘が取り出したのは
おっと、スマートフォンである。
これを操作していたところ、意識を失って海沿いの森に来ていた。
それが数日前だった。
使う宛がないので落としたことをすっかり忘れていた。
娘はそれがぼくのものと察して持ってきてくれたのだろう。

使い始めて三日目だった。
ぼくは文字を入力できなくて忍耐を強いられていた。
検索しようとブラウザを立ち上げて文字を入力する準備をして
検索が終わるまで10分ほどかかったからだ。
音声入力もあるはずだが、音声入力を公共の場で行うのはそぐわない。
そこでパソコンのキーボードをつなげて入力してみたのだ。
幸いUSBを変換して接続すると認識した。
(キーボードドライバをどこで手に入れたか、誰が開発したかの突っ込みはなしで)

そうしていると、突然身体が宙を舞って気絶した。
そして目が覚めたら縄文の家に来ていたというわけ。

そして客人と思って振る舞っていたら
言葉がわかるようになり
実はここの家人がぼくであることが判明。
(モシカシテ、ボクタチ、イレカワッテイル?)

なんと、ぼくは縄文人(これがルーツ)で
ある日どこかへいなくなったが戻ってきたことが判明。
すっかり未来に大脳が呑み込まれてしまいそうであったが
数日のうちに記憶を取り戻し縄文の家人に戻ったのだ。
もうスマートフォンを見てもそれが何だったか思い出せなくなっている。
しかし薄れつつある記憶と闘いながら
最後の送信ボタンを押した。
(ボクノナハ?)
それがこのブログに掲載されている。

世界初の縄文時代の人間が書いたブログとして大切に見ていただきたい。

(続編に期待する人がいれば続きは書きますが…。即興で書いているのでこの程度だと10分ぐらいで書いてしまいます。正月スペシャルということで)

(5分経過、続編に期待する人いなかったので、ノーマネーでフィニッシュです=意味不明)

ここは徳島市国府町の阿波史跡公園。
鳴門の渦潮や祖谷のかずら橋と並んで徳島を代表する観光地である。
(ミシュランでは6つ星となっているらしい)

ご覧のように縄文時代がここに現れているうえに
公にはされていないことですが
日本の国を初めて治めた女王卑弥呼の墓があると伝えられる
天石門別八倉比売神社(あまのいわとわけやくらひめじんじゃ)が
気延山(きのべさん)の麓に存在している。
なにやらいわくありげな地名が泉のごとく並んでいる土地。
(卑弥呼はおそらく日本中に存在したのだろうね。徳島にいるのなら香川にも高知にも愛媛にも九州にも出雲にも大和にもいたはず。邪馬台国が移動しながら統治していく可能性もあるし)

天石門別八倉比売神社、気延山へはさまざな踏み跡がある。
その途中で翡翠のような実を見つけた。
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桜の一種が冬空に咲いている。
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陽光を透かしてみるツバキ(サザンカではないよね)
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きょうは社務所が開いている
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境内に入るが参詣者は1組だけ
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神社では個人的な願い事はしない(数十年していない)
ただ、この国と斉祀る神々の弥栄だけ。

伝卑弥呼の墓とは、神社の裏手にある五角形の台座のことだろうか?
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お供え物、なんだろう。
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気延山の登りは愉しい。
途中で日当たりの良い尾根筋に出る。
すると午後の光が差し込めて気持ちいい。
そんな気持ちを受け止めるベンチがある。
座るしかない、座りたい。
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雑木林の気持ち良い登りを抜けると山頂
標高は212メートル。
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日だまりの登山道がいい。

212メートルの山頂
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降りてくると鮎喰川で夕暮れに遭遇
沈下橋を吹き抜ける風が河原で加速する
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月が大きいと感じたので(スーパームーンだった)
海へ行ってみる。
月明かり、船の面影、新年を迎えた港に月のみち、波間にひらいた。
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タグ:縄文 2018
posted by 平井 吉信 at 15:14| Comment(0) | 生きる

2018年01月01日

2018年初めての朝 すべての人に同じ言葉で


朝、産土神社へ参詣。
八幡神社と天照大御神の神札を求める。
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お札は宮司ご一家の暮らしをお支えする意味もある。
だから毎年すべて入れ替える。
神札を神棚へ納めて天津祝詞を奏上。
身体がエレベータで上に運ばれていく気がする。

続いて仏壇で読経。
(祝詞も読経も習っていない。ただ生活の一場面として溶け込ませているだけ)

開経偈
般若心経
観音経(第二十五掲)
十三仏真言
光明真言
大師法号

観音経は謡うように読経しているが
(なぜか旋律や抑揚を付けてみたくなる何かを持っている)
大河「直虎」で柴咲コウが同じようにやっているので驚いた。


次に恒例の実験(結果はわかっているのだけれど)。
神棚、仏壇、荒神棚にそれぞれ御神酒を献上する。

そしてわずか数分で味見をすると
まったく味が違う。
部屋は違えど気温はほぼ同じ。
たかだか3分で風味が変わる要素はないはずなのに
劇的に違う。
(味音痴の家人でもわかる。最初は何かを入れたのだろうと勘ぐっていたぐらい)

今年の酒は近所の多積商店で奨められた南魚沼の八海山特別純米原酒 生詰
(この店には二代続けて舌の肥えた店主がいる)
淡麗辛口のなかに洗練された豊穣なうねりが舌を歓ばせる。
米の旨味のエッセンスを磨いたうえで
さらにいくつかのピークを乗せて(これは杜氏の挑戦だろう)
しかも濁りなく澄み切っている。
(こんな酒がつくれたら杜氏としてはもうやることがないのでは…と思える)
ここ数年でも出色の風味(3千円少々で買える)。
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この酒は正月を寿ぐとともに
昨年にお身内をなくすなど
そうでなかった方々へも向けて
生きていることを歓び
幸あれと祝う酒。

何がめでたいと問題提起する一休禅師にも共感。
(その心は決して皮肉に捉えるのではなく日々生きよと解くべきと考えている)
けれど、何があってもおめでたいと見切る生き方もまた良し。
だからすべての人に投げかけたい。
おめでとうございます。


タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 21:24| Comment(0) | 生きる

新年おめでとうございます


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高い空から陽が射して
冷たい風に吹かれているのは寒椿。
まだ日だまりには程遠い日々ですが
あるがままを受け止めて
寒椿は全身全霊で歓びを表しているようです。

いまが充実している方も、そうでない方も
昨年に哀しいできごとがあった方も、特になかった方も
ただ今を生きていることに、
おめでとうございます、と申し上げます。
そして、限りないご多幸をお祈りいたします。

2018年1月
平井 吉信

追記
どちらさまにも年賀状はお出ししておりませんが
みなさまのご健勝を等しくお祈りしております。
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 00:00| Comment(0) | 生きる

2017年12月31日

2018年のベートーヴェン


晦日にフルトヴェングラー/バイロイト祝祭管弦楽団の第九を聴いた。
新しい年の日付を越えてラトル/ウィーンフィルの第九を聴いた。

年末に第九でも聴くか…ではなく
ベートーヴェンは生きるか死ぬかの間で出会った音楽であり
生涯をかけて接していくと心に決めた。

モーツァルトは天才だけれど
それはロココの時代をまとった絵画。
ベートーヴェンは古典音楽だけれど、いまの時代に生きている。

ベートーヴェンと向き合うことは
作曲者の魂の高さに登り詰めること。
作曲技法や楽曲を分析しても
それ以上に共感の深さを持って楽曲に同化しようとしなければ
音楽は魂に響かない。

20代の頃、
もっともベートーヴェンを理解しているひとりと思っていた。
(いまでも思い上がりとは思っていない)
良い演奏とそうでない演奏は峻別できた。
そして自分も創造したいと思った。

古典のソナタ形式はかたちの秩序を求めている。
その制約が創造を育む。
創作意欲をかき立てられるのは制約があるから、ともいえる。

ベートーヴェンは形式を尊重しつつも
必要なときには飛び越えた。
さらなる真実のためには破ってはならない法則はない。
ゆえに歌手は歌いにくい、オーケストラは弾きにくい、
管弦の響きは鳴りにくい、作曲の職人とはいえない。
ベートーヴェンの作曲はアマチュアのようである。

なぜ、第1楽章は壮絶な稲妻であって痛切な憧れを秘めているのか?
なぜ、第2楽章は踊りの祭典であって天を仰ぐのか?
なぜ、第3楽章は人間が天上世界を追体験することができたのか?
なぜ、第4楽章はこの音楽に初めて接する人を揺さぶるのか?

楽曲はたったいま生まれた。
再創造の現場に居合わせた。
魂の高みを見ようとする人間に新たな地平線を見せてくれる。

ぼくは知っている。
それは射手座の彼方から届いた銀河の光芒が放つ強力な磁場のよう。
(共感と同じ魂の高さで白い光を見る。例え幻想であっても)

その気持ちをこの地域に、この国に、この星に振り向ける。
それしかできない、それでいい。

2018年 年賀状に代えて
posted by 平井 吉信 at 23:58| Comment(0) | 生きる

2017年08月06日

先祖供養 いつも思い至るのはあの日とその反省に立つ行動のこと


菩提寺は檀家が多いので
盆に檀家を回ることができない。
そこで8月の第1週から回り始める。
うちはいつも6日に来ていただいている。

ご住職をお迎えするにあたって
早朝にご飯を炊くのはぼくの役割。
(米を炊くのはコツがいるので)
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その後、いつものお勤めを行う。
自己流で読経している。

開経偈
般若心経
観音経(偈)
十三仏真言
光明真言
大師法号
回向
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この経典の抜粋や順が正しいかどうかわからないけれど
かたちではないと思っているので。

家族や先祖だけでなく
72年前の広島、長崎に向けても手向けている。

広島、長崎の市長は心に残る人が多い。
現長崎市長の田上市長の「平和宣言」を注目している。
前市長の銃撃事件の後、勇気を持って立候補したのは
何が長崎市民にとって大切なのかの視点と
自分ならこうする、という信念がおありになったからだと思っている。
冷静かつ熱意を持って決断されたのだろう。
長崎平和宣言も同様だ。
市民の心を映しつつ平易な言葉を使って
冷静かつ客観的に問題提起を行うことで
受け手の心に届く発起であるように感じられる。

現アメリカ大統領を見れば、ヒロシマを訪れた前大統領との品格の差に唖然とする。
田上市長を見ていると国のトップの魂のない言葉に愕然とする。
政治は人格ではないと思う人も少なくないだろうが
愛を持って誠実に語りかけなければ、どんなに良い政策も共感を得て動かしていくことはできない。
政策とは単に実行するだけでなく、その精神が理解され浸透して
国民が担い手となることで政策は生きたものになる。

やはりそうなのだ。
自分の人生と社会、地域、国のあり方は分けて考えることができないと。
タグ:平和宣言 2017
posted by 平井 吉信 at 10:20| Comment(0) | 生きる

2017年07月15日

来る日も来る日もまわり続けた洗濯機の二十年の歳月

昨日、洗濯機の内側の洗濯槽が破損した。
5年前に破損したときは(そのときで15年目だったので取り寄せ部品がない)
部品を接着剤で貼り付けて補修。
万力が使えない場所で手を放すと剥がれてしまうため
力を込めて1時間以上押さえ続けた。
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洗濯機は、松下電器のNA-F42H1という4.2kgの全自動。
1997年に購入したもので20年目だった。
(ブラウン管テレビは現役で2台ある。15インチと19インチ。この時代の家電は使えば使うほど良さがわかる。まずは道具として愚直に磨き上げようとした。機能が求められる時代にそれは良かった)
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20年間毎日動いてくれたことに感謝して
リサイクルとして家を離れるときは酒を振る舞ってねぎらうつもり。

さて、新しい洗濯機を手配するため近所の電気店を訪れると
日立の名札を付けた販促担当の人がいたので
防水パンや水道栓の位置など細かくメモをしたものを見せて
使える機種のなかからおすすめいただいたものにした。
家電はインターネットの口コミはあてにならないので専門店で相談する。

かつて二層式が全盛期の頃に横長の防水パンが設置され
今日の洗濯機(縦型もドラム式も)もそれに合わせているとのこと。
webでサイズをみたら、うちに入る大きさがなかったので
1人用を買うしかないのかをあきらめかけていたが
寸法を読むときの業界知識でわが家にも普通の洗濯機がおけることが判明。
防水パンのサイズは気にしなくて良いのだ。
また、防水パンとは水を流す漕ではなく水が漏れたときの防波堤なので
経年変化は気にしなくて構わないと教えていただいた。
新しい機種同士での価格差(2〜3万円)はインバーターありなしによるもので
節電効果で数年で元が取れるらしい。
圧倒的に静かとも。
また、細かな制御が可能となり繊細な洗い方ができる。
節水もできると聞いたが、うちは地下水使用。
それでも水資源を節約できる。
このようにインバータには利点が多い。

お話しを聞いて実物に触れたうえで
製品にも納得できたので即決。
(中国メーカーとはつくりが違うことが触れてみるとわかる)
今後20年任せる洗濯機は、日立のBW-V70Bという機種に決定。

価格は言い値(といっても値札より下げてもらった)。
その情報(とともに地元の経済循環に)にお金を払うのだ。


(前のブログにも書いたが)
スマートフォンも携帯電話も持たず(PHSは持っている)、
テレビはいまだにブラウン管。
車は20万kmは乗るようにしている。
(生まれて始めて買ったワーゲンゴルフは車体に穴が空くまで乗った)
ジーンズもTシャツもスニーカーすら持たず、
生まれて一度もタバコを吸ったこともなく
パチンコや公営ギャンブルに行ったこともなく
エアコンも取り外したけど
(どうでもいいことを捨てていくと、やりたいことに集中できる。課題ができれば謎解きのように解決する過程を愉しめるようになる)

簡素な暮らしをめざしているのではなく、
やりたいことに集中できるよう環境を調えていく感覚。
ただ生きているいまを
胸の疼くように噛みしめている。
幸福がひたひたと静かに押し寄せてくる感じ。

求めない、求めても得られない、ゆえに頓着しない、
けれど大切にしていることはある。
いまがどんな状況であれ、幸福と言える。
人の暮らしってそれでよいのではないかと。


九州北部豪雨災害の被害に遭われた方々の
心身おだやかにお過ごしになられる日が訪れることを
お祈りいたします。

こちらから思いをかたちにしてみました。
https://docs-donation.yahoo.co.jp/report/kyushu_heavyrain2017/


さて、新しい洗濯機が出張中に届いていた。
DSFT2325.jpg

さっそく出張帰りの洗濯物を始める。
最初の数十秒は洗濯機が自動で制御に必要な情報を集めているようだ。
それからボタンひとつで動き出す。
静かだ。
うちは夜中に洗濯しても誰にも苦情は来ないはずだが、
静かなことは大歓迎。
DSFT2329.jpg

DSFT2333.jpg
洗い上がりを見てさらに驚いた。
カッターシャツにしわがない。
からまないのと、ふわりと仕上がる。
そのまま干して乾いたらアイロン不要だった。

それぞれ専門分野に職人的な研究者がいたサンヨーを失ったのは
日本にとって不幸であったが、
日立は地道にコツコツと研究開発を行っているようだ。
7kg用とのことだが、
底に手が届きやすいし、内部容量は大きい設計のようだ。
小さなサイズで最新の技術が盛りこまれているのが7kgクラス。
ただし同じメーカーの7kgでも価格差がある場合は
インバータ装備の有無での性能差が大きいのでご注意)
つくりこみも中国製と比べてもしっかりしている。
洗濯機はドラム式ではなく完成度の高い縦式がいいということを実感。

革新的な家電はともかくブラッシュアップ(改善)型の家電では
日立のようなメーカーに一日の長がある。
家電で感動するなんて、とも思ったが、
その積み重ねが大きいということだろう。

日立 7.0kg 全自動洗濯機 ビートウォッシュ BW-V70B

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posted by 平井 吉信 at 11:54| Comment(0) | 生きる

2017年07月01日

地域で創業、起業をするために


人口減少の影響を受けるのは山間部から。
人口の減少は市場規模の縮小を意味し、
産業の担い手の高齢化と相まって廃業、移転が避けられない。
(都市部で成功した人が趣味のために余生を楽しむビジネスを行うのなら別だが)

すると、暮らしのための買い物ができなくなる。
移動スーパーやインターネット、生協も代替手段だが
それですべてを補えるわけではない。
(自分が動いて選ぶという買い物の楽しみ)

事業はリピーターの存在が不可欠である。
いつもいつも来てくれるのは地元のお客さんであり、
地元の事業所は地域の暮らしを支える責務があるともいえる。

しかし、地域の人口は減少している。
ゆえに商圏を拡大しなければならない。
商圏の拡大には、魅力が必要。
魅力とは、あえてそこを選ぶ強い理由。
個性、専門性、大切にしていることが共感を呼ぶこと。
顧客を選ぶ(排他とは意味が違う)から、顧客に選ばれる。

けれど、その方向性と地元密着が相容れない。
地元に専門性を必要とする人が少ない、テイストがわかる人が少ない。
地元密着型の事業だと、地元と地元外の顧客は、8対2となる。
ある程度安定するものの地域経済の規模は小さくなるのでジリ貧となっていく。

地元と地域外の両方に訴求しようとする。
比率は、6対4となる。
それまで地元になかった半歩先を行くもので、
地元にもある程度受け容れられる個性である。
しかし、地元の購買力はやがて落ちていくし、
顧客は移り気で地域外からの購買力も安定して確保できない。

地域外の特定の層に訴求すると、地元と地域外の割合は、1対9となる。
個性や専門性が際立っている、
その事業の動機や理念に共感できる、
経営をしている人がどういうわけか人を惹きつける力があり、
アートとしても感性に訴える、
事業の成り立ちに多くの人が関わっている、関わりたいと思う参画意識。
(これらの場合はSNSは効果的な情報伝達手段となる)
こうしたものが、わざわざそこまで出かける魅力となる。

しかし、それには交通事情が関所となる。
平日に客足を確保しようと思えば、
非日常感のある場所ではあっても
道が狭く曲がりくねっておらず(幹線から脇に入る距離が短い)、
来訪のための所要時間が最大で1.5時間までではないだろうか。

最初の入口は、事業所との濃い意思疎通をきっかけにファンとなってもらうこと。
(体験型とは、その専門性やコツなどを5人程度の人数で1時間程度にわたって事業所が啓発する密度の高いやりとりを持てることを意味する)

発信して魅力のあるコンセプトを構築すること、
そこに来てもらうための発信ができること、
前提には、共感を得る理念、世界観を持っており
それに沿って迷いのない絞りこまれた経営(=経営資源の戦略的な集中)ができていることが前提。
また、成り立つ事業は限界利益率が高いビジネスモデル、
例えば、高い製造直売のような形態か、専門性の高いサービス提供型に限られる。
かつ閑散期の影響を軽減する仕掛けを持っていること。

こう考えると、地域での起業は生きがいと直結している反面、
戦略がないと持続することが難しいとわかる。
交流会やSNSで知り合った数人がコラボレーションと称して
自分たちの持ち物を組み合わせてもほとんどが育たないのは戦略がないからである。

異業種交流会やFacebookなどで知り合った連中がその場で意気投合して
Aの持っている製品や素材 × Bのネットワークや話題 × Cの提供するプラットフォームや流通
の掛け算をコラボレーションと称しているけれど
(仲立ちをする煽り手や目を輝かせて夢を語る似非メンターがいる)
それが特定の周波数を響かせ合う音叉のように共鳴し合い強め合い
それがファンとなって買い手も売り手の3人も納得できる絵を描けているだろうか?

同じようなことをやっていても
支持される場合と支持されない場合がある。
それは、その行動が社会性の裏付を持っているかどうか。
ここでの社会性は、
多くの人が心の奥に気付いていないかもしれない潜在的な思い(集合心理の欲求や共感の要素)を
浮かび上がらせることができる力のこと。
(こういうことがやりたかった、私はこれを求めていた、と気付かせる)
時代を移す鏡に写る心象風景、社会的な使命を帯びた革新性など
心の中で待ち望んでいたものを掘り起こしてくれたから。
それにはSNSの働きは大きいだろう。

戦略とは、誰のどんな場面にどのように役立つかを描いて
それを実現する経営資源を組み合わせ、
それを必要とする人の心に響き、行動に移してもらい、
言っていたことが裏切られなかった、と納得して信頼関係を築いて
次に仲間を連れてリピートしてもらうまでの一連のプロセスの設計である。

心を動かすということは、
「何をやるか」よりも「どのようにやるか」が大切ということ。
やっていること「何を」は同じであっても(ありふれたことであっても)
その動機はそれぞれ違う。
そのことは「どのように」の違いになって現れる。

ビジネスの手法も然り。
10万円の元手で掘っ立て小屋で始めて
少しずつ元手を増やし、
それで機械や設備を揃え、人を発掘して育てるなど
カネ  → モノ  → ヒトとノウハウ と経営資源を少しずつ拡大していく循環を持つこと。
このように、出発点はカネである。
思いや理念はある程度、身が肥えてこなければ前面に打ち出したくでもできない。
しかし、思いや理念がなければ稼ぐ前提が存在しない、というのも真実。
(ニワトリと卵のようなものだが、実際には並行して獲得、発信していくものだろう)

自分が自分の打ち出す理念を信じることができなければどうなるだろう?
お金が入ってこなければ、簡単に理念を放棄してしまうことになる。
すると、出発点がずれてしまう。
このことは小さなビジネスにとって致命的だ。
なぜなら、出発点を固定してそこに経営資源を準備したので
それが揺らぐとリスク要因となる。
理念は間違っていない、アプローチを変えてみよう、
それを試行錯誤で行っていく(リーン・スタートアップ)考え方ならいい。
でも理念は変えるべきではない。
出発前に社会を洞察し、自分の気持ちに絶えず問いかけてこの理念でいいと確信を持つこと。
それが出発点だから。

借入はなるべく行わない、補助金は当てにしない。
それがやり方を間違えない。
戦術の試行錯誤はあっても理念の試行錯誤はないのだから。

地方創生に絡んで各地で目にするコミュニティビジネス型の創業にはパターンがある。
地域の課題を解決するために、ITの導入、人材の育成、産業構造の転換等を図ろうとする。
そこに各省庁の補助金を使って、上記の方策で地域ビジネスの実験を行う。
地域課題の解決策の構築(開発費用)を補助金で賄うという発想である。
しかし補助金はやがて切れてしまうので
ノウハウやしくみは普遍化して類似の地域で売り出す必要がある。
(早い話が補助金でコンサルティングのネタをつくる)
そこそこ成功してマスコミに受ける絵ができると
今度はどこかの地域が補助金を活用して発注してくれる。
もしくは実績を手に地域を流れて金儲けをしていく。
(地方創生は地域おこし自称コンサルタントの草刈り場になっている)
補助金による開発費用のリスクを自治体が負担するビジネスモデルは錬金術のようでもある。
(自治体の職員の目利きが問われている)

落とし穴は普遍化したノウハウがどこででも通用しないということ。
いまだに上勝町のいろどりに匹敵する葉っぱビジネスは存在しない。
ノウハウが足りないのではない。
(ほんとうに大切なことは目には見えない)
そこに求心力と担い手がいないから。
最初に開拓したヒトの利益(ブランド)があるから。
ビジネスモデルは容易に移転できないことがわかっていながら
いまだに国も自治体も成功事例とそのノウハウにすがろうとする。

地域おこし協力隊はそのエンジンとして機能するはずであったが、
受け容れ側のプロセスの設計図が不明確で未来予想図を描けないまま招へいしたので、
協力隊がイベントの裏方などをやっている場面が散見される。

協力隊のやりたいことが地域課題の解決になること、
そのためのサポート体制(公民連携)があること、
少なくともこれが協力隊事業の出発点(枠組み)。
そもそも源流をたどれば、地域に立法や行政などの主権があること。
(消費者庁の移転は何の解決にもならない)
そこに地域が生きていく課題(本質)があるのではないか。


地域で起業する事業所は地域に受け容れてもらわなければならない。
そのため地域の役務や行事に積極的に参画していくことが求められる。
これは事業が失敗しないための前提と理解する。
田舎の人間関係の本質の一端がそこにあるから(嫌な面ではあるけれど)。
プライベートな時間を割いてでも飛び込んでいかなければ
地元は支えてくれない。

しかしそのことをやっていると本業ができなくなる。
地元の人たちの意見を聞きすぎるとコンセプトが迷走してしまう。
のんびりと自分のやりたいことをやるために地域に入ってきたはずなのに
望んでいたものとは違っている。

基礎自治体では、円滑に事業が進むよう援護射撃を行っている。
すなわち改装の補助金、研修事業やイベントの開催を委託するなど。
すると、疲弊している地の事業者はおもしろくない。
入ってきたばかりのよそものばかりを優遇すると役場にクレーム。

地域で事業が円滑に行くためには
もともとの地元出身者が
都市部のビジネスの洗練を身に付けて戻ったときに限られる。
すばりいうと、Iターン事業は苦難の道のりが待っている。
(こう書くと身も蓋もないが、それだけ地元の力を底上げしなければ地域ビジネスは前へ進めないだろう)

限界集落や防災危機を眼前にしながらも地域住民の意識は高まらない。
一例として、生活道でもある国道を時速30kmで走る地元車両が道をふさいで平気な顔をしている。
これはひとつの象徴的な事例である。
地域に篭もって社会とのつながりを実感していないという意味で。
これがどれだけ訪問者の地域への心象を悪くさせているか、
ひいては経済活動にも影響を及ぼしているか。
(当事者は想像もしていないだろう)

このような状況のなかで地域で起業して成功するのは100に3つ。
うまく行っているように見えて、内実は大変なのが100に10。
残りの9割は撤退もしくは撤退予備軍となっている。
創業を煽るだけでなく、公民挙げて地域プラットフォームを動かして
創業者を支えていくことが必要だ。

なぜなら、集落を維持するためには地域で経済活動を循環させていくことが必要だから。
そのためには、外部の力(有名人)をあてにせず、適切な助言者のサポートのもと
内側から起こしていくこと。それができなければ地域が、ひいては日本が沈んでしまう。

いまの日本の政治や行政の形態、現政権の政策、地方創生のばらまきは
浪費と地域の自立を妨げるだけで
地域の課題の解決にもっとも遠いやり方であることに気付いて欲しい。
posted by 平井 吉信 at 21:53| Comment(0) | 生きる

2017年06月26日

花に包まれて


短いようで長い、長いようで短い人生で
夏を待つことなく旅を完結させた人のために
口屋の浜から花に包まれてお送りしたいと思ったので。

銅の夢 栄枯の旅路 舟乗りて 櫂の滴と漕ぎ出す君に
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タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 22:31| Comment(0) | 生きる

2017年06月23日

逝ってしまった人へ


生きることはすばらしい。
滅びることも然り。
ブログで発信を続けながら
社会を、そして自らを照らそうとしていた人。
早いか遅いかだけで誰にでも等しく訪れること。
貴い旅立ちを敬い、いとおしむ。
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posted by 平井 吉信 at 19:09| Comment(0) | 生きる

2017年06月10日

勝浦町のホシケイラン 無関心な社会に警鐘を鳴らす


これは土地所有者のご好意で見せていただいたもの。
(以前から何度かお会いした方だったので)

ぼくはこの花は初めて見た。
ガンゼキランの変種だとか。
葉の斑点が花の華やかさを倍加させている。
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樹上にはセッコクも咲いている。
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日が当たり過ぎるとダメだそうで
適度な日陰が必要とのこと。

でも野に咲いてこその山野草。
生態系(遺伝子資源)の価値はお金で置き換えることができないもの。
図書館や博物館、自然保護の予算は現知事下で急激に削減されているときく。
実はぼくも図書館へは足が向かなくなった。
読んでみたい新刊や話題の著書がほとんど見当たらないから。

政治家がよく打ち出すパフォーマンス予算(成果を誇示するため花火を打ち上げるだけ)を
地道な活動に回せたらどれだけ社会が良くなるか。
県の臨時オーケストラの取り組みは不正が発覚した時点で止めるべき。
(県は被害者というけれど、不自然な使途を許す土壌を提供した時点で責任は免れない。ほんとうの被害者は県民。県民は怒っているよ)

かけた費用と成果をどう説明する?
コンサートの開催回数、参加人数と予算を比べると経済合理性の低さが際立つ。
参加者のアンケートの満足度? それをどのように施策の効果と結びつけるの?
まさかと思うけれど広報効果の定量化はできないよ。
文化行政への波及性はあるの?
国民にベートーヴェンは徳島の意識の醸成ができた、なんて言える?
(もっとも文化にはあまり力を入れないようだね。それに徳島市内に音楽ホールはないよ)
どのような動機で行われたか?
なぜ、このような不祥事が起こったのか? 
公費で行う事業である以上、委託先であっても秘匿すべき経費はないはず。
そこにメスを入れないで総括はできないよ。

ぼくは誰よりもベートーヴェンに私淑しているし
音楽については全身全霊を打ち込んで向かい合っているけれど
この取り組みはもはや感動を生まないよ。オーケストラのせいではないけれど。

こんな状況下で起こりがちなのは
関係者がまじめにコツコツやっている事業がさらに先細りするとともに
善意の事業がさらに厳しく使途をチェックされるようになる、ということ。
事業仕分けもそうだった。
悪しきはパフォーマンス予算(ほんとうの戦略的な予算は1つか2つの課題に徹底的に取り組むことであちこちに波及して好転していくこと。真の課題を見極めて集中的に取り組む例として、ジュリアーニ元NY市長が手がけた軽犯罪の徹底防止などがそうだった。あれでニューヨークは安心を取り戻し短期間かつ劇的に経済や観光の活性化に結びついた)
いくらばらまいても経済が好転しないのは、
真の課題の見極め(要因の連鎖、解くべき論点)ができていないから。

プロジェクションマッピングやLEDのイベントも徳島に似合わない。
もっとすばらしいものに気付く機会を奪っているという点で。
県のプロモーションも首都圏に対抗するという打ち出しではなく
ほんとうに対抗すべきは変革すべき内側(県民の意識も含む)ではないの?
徳島に移転すべきは消費者庁(特定の機能の地方移転という意味)ではなく、
各県の知事が力を合わせて
行政や立法機能の自主的な運営(地域主権)をめざすのが本質ではないの?


現政権の悪質度が加速してまるで戦前のような状況になってきた。
もっと政治や行政に関心を持たないと、どんどん社会は外堀を埋められていくよ。
おかしいと感じなくなったら、次の世代は大きなつけを払わされるよ。

日本の国が好きだから、四国徳島が好きだから、言わずにはいられなかった。
タグ:2017 勝浦町
posted by 平井 吉信 at 22:45| Comment(0) | 生きる