2018年02月10日

子どもを大切にする国 特急のなかのほのぼのとしたできごと。南太平洋の子どもたちを思い出した


それは心なごむ光景だった。
特急うずしおの車内に
志度駅だったか
幼稚園(保育所?)の子どもたちが4人の先生の引率で
集団で乗り込んできた。

相席になる人に先生(保育士?)たちが
ひとこと断って子どもを座らせていった。
(どうぞ、どうぞ♪)
子どもたちもどうにか着席できたようだ。

そのなかのひとりの先生(20代半ばかな?)が
一人ひとりの子どもにほほえみを浮かべながら
やさしい所作と澄んだ声で呼びかけて
デジカメで写真を撮ってあげていた。
特急の車内が教会のような厳かな空気さえ感じた。
(スマートフォンでなくデジカメでしかもシャッター音を消して自然光で撮られていた)

その姿が天使のように見えて
仕事といえでも使命感を持って
(だからこそ)楽しんでやっている姿にほのぼのと。

心のなかで、その調子で♪
良い人生になりますようにと願った。

(川端康成の「バッタと鈴虫」に出てくる少女をもちらりと思い出した)

.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

…ときは南太平洋ポリネシアにいた頃のこと。
滞在したボラボラ島(自炊していた)のオテマヌ集落の教会で
日曜の礼拝があり、10代半ばと思われる白いスカートの少女が
小さな子どもたちにマリアさまのようなおだやかな笑顔で接していた。
子どもを飽きさせないように留意しつつ読み書きを教えていたのだろう。
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この少女が天使のように見えた。
10代で諦念にも似たおだやかなほほえみをたたえて。
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(特急うずしおで出会った女性とも雰囲気が似ているので思い出した)

ヴァイタペ村にバスが着いた
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ターザンごっこ
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自転車買ってもらったんだね
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そんなにレンズに近づいても…。駆けっこ早くなったかな?
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愛くるしいムーシン・ダニエルちゃんももう大人になっているんだろうな
右は妹。よく面倒を見てあげていたね。
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乙女ですから
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鶴の折り方、覚えている?
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風がやんだ夕暮れ。ひとり旅っていいね
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観光地から離れた暮らしの匂いがいい
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無人島でのピクニックの記念に
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南太平洋高気圧 1020ミリバール?
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ラグーンのサメはおとなしい。泳いでいてよく囲まれた
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鳥の楽園への入口
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自転車で島を一周すると半日はかかった
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椰子の実を頭に当てると大変
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ボラボラ島の象徴、オテマヌ山
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環礁の外海はいきなり水深数百メートルに
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地球の休日を愉しんでいますか?
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マーロン・ブランドが所有するテティロア島にセスナをチャータして
そこから鳥の楽園に向かった
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ぼくがカメラを持っていると
洋の東西を問わず、日本の田舎を問わず
子どもが寄ってくる。
(警戒されない雰囲気を持っているのは強み? いや、子どもは瞬時に本質を見抜くのだろう)
そしたら一緒に遊ぶ。
折り紙はよく教えてあげたし
ペタンクに入れてもらったり、飛び込みをしたり。
同世代の人たちとはときに無人島に船でわたってピクニックにも行った。
岩に参加者全員の名前を書いているスナップがそのときのもの。
国は変わってもところは変わってもひとの心は同じなんだということを
身体で感じられたことがポリネシア滞在の収穫だった。
(年を取ってから何かをしよう、ではなくいまできるならいまやること。「若さの特権」は時間やお金で買えないよ)

どこも同じ。人は同じだよ。
そして夏は終わらない。永遠に終わらない。
楽園は、それを見ようとする心のなかにあるから。

(ミノルタX-700+MD28/2.8、35/1.8、50/1.4。いいなあ、この時代のカメラって。価格は安いのに完成された技術が凝縮している。このカメラは18年にわたって販売された。篠山紀信や三好和義も使っていたよね。ぼくが常用しているフジのデジカメではこの色は出ないのでなつかしくなる。こんなカメラ、いまの時代にある? ただしぼくが持っている2台のX-700は骨董ではなく完動の現役。ファインダーの優秀さは一眼レフ市場で最優秀。だからピントが合わせやすい。1/1000秒までに抑えたシャッターも安定感抜群で長年の使用に耐えるもの。ミノルタ最後のMF一眼レフとして産業遺産になってもおかしくないと思う。クラウドファンディングでミノルタブランドのデジカメってできないものかな?) 
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http://soratoumi.sblo.jp/article/61144747.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/182280055.html
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posted by 平井 吉信 at 13:10| Comment(0) | 生きる

2018年02月04日

朝のお好み焼きから「生産性」を考える 料理も仕事も生きることも同じ

徳島といえば、大塚食品(ボンカレー)、徳島製粉(きんちゃんラーメン)がある。
ボンカレーはレトルトカレーの元祖だが、子どものぼくはおいしいとは思わなかった。
ルーのカレーでは、当時の家庭の定番はバーモントカレーという家が多かったと思うが
ぼくは満足しなかったので、あらゆるルーをためしてみた。

すると、ゴールデンカレー(中辛)がもっとも好みにあった。
ところがこのカレーにすると幼い妹が辛いといって食べない。
ぼくはバーモントカレーの甘口だけは食べたくない。
そこでカレーの日はルーを2種類用意して
ゴールデンカレーの分は自分でつくるようになった。
(いまでも使うけれど、レシピの7割程度のルーに抑えている)

今度は隠し味をためしてみた。
リンゴをすりおろしたり、はちみつをいれたり
コーヒーの粉、ケチャップなど、
理屈はわからないが、気が済むまで自分でやってみる好奇心旺盛な小学生だった。
餃子やホットケーキを焼くのも当時から家族のなかではもっとも上手だった。

見た目の盛り付けはどうでもいいと思ってしまう。
(どうせ胃袋に入ってしまうので)
料理をすることは好きで、むしろ楽しいといっても差し支えないけれど
時間はかけられない(やりたいことが多いので)。
冷蔵庫や野菜室を見てあまっている食材で
20分で3品程度をつくるというのが日課。

その際に出汁の素とか、○○の素は使わない。
旨味の足し算は味が濁ると気付いてからは
むしろ引き算に徹するようになっている。

そのことに気付いたのは
佐那河内で虎屋 壺中庵という料亭をされている岩本さんの手料理に接してから。
吉野川の河原で芋煮をするのだが
そのさい配を岩本さんがふるわれたことがあった。
メニューは地元佐野塚で採れたジイモを塩だけで味付けをした汁。
それが言葉を失うほど衝撃的だった。
素材の切り方、温度、入れる頃合いなど変数はそう多くない。
それなのにこれまで食べたことがない次元のおいしさだったのだ。

炊飯器で米を炊く、肉を焼く、野菜を茹でる、
といった誰がやっても同じ結果になりそうなことが
実は天と地ほどの差となる。
(できる人はこの言葉を決しておおげさとは思われないと思う)

炊飯器で米を炊くことさえ
ぼくが炊いたのとほかの家人が炊いたのでは質が違う(違いすぎる)。

うちは近所で特別栽培米をつくっている人から玄米を買って
毎日自家精米をして食べているけれど
おいしいご飯はやはりぼくが炊かなければ食べられない。
研ぎ方で、その際の水の使い方、浸し方(時間や温度)で変わってくる。

さらにいうと体調によって材料や調理も変えている。
身体が欲している食べ物を腸に届けるという感じ。

食は人の考え方、性格、体調、免疫力、つまり人生まで変えてしまう。
このブログから楽天的な生き方やユニークな洞察力、
自然への感受性を感じる人がいらっしゃるとすれば
その原点はまちがいなく日常の食にある。
(毎日どこかで外食していることを誇らしげにSNSに投稿する人は食の本質を身体が感じていないのだろう)

だから高校のときから体重や体型はほとんど変わっていないし
体力もさほど落ちていない。見かけも年齢よりは若く見える。
結局、アンチエイジングを突き詰めていけば、やはり食になるのだ。

かといって、オーガニック食材や特殊なサプリメントは買わないし買おうとも思わない。
ていねいにつくられた地元の食材や顔が見える食材であれば十分だ。

限られた時間を有効に活用しようとすれば
食をつくる生産性を上げることが人生の大切な要素と気付く。
(仕事の生産性も大切。特に製造業ではなくホワイトカラー。ぼくからみるとムダな作業をやっているホワイトカラーの生産性を上げれば=ここが経済のボトルネックと思いませんか?=日本の経済はもっと飛翔する)

早い話が戦略的な手抜きを行うこと。
成果に結びつかない作業はやらなくていい、
というよりやめるべき。
人生はプラスαしていくのではなく、
減らすことに意識を傾ける。
空いたところに成果につながる資源(時間、資金、意識)をつぎ込んでいくこと。

大きな組織では社長とか理事長とかの鶴の一声で現場が混乱する。
(経営資源を理不尽に動かすことがどれだけ生産性を下げるかわかるよね)
その反面、現場では不毛な合議(忖度)と冒険をしないありきたりの結論ありきで
絞りこんだ戦略を打ち出せていない。
それが今日の日本を招いている。
行政や大企業だけでなく政治もその片棒を担いでいる。
ゼロベースでリセットしてあるべき姿を描かないと未来はないよ。

おいしい料理をつくるために今度は○○を導入しよう、
こだわりの素材を使おう、
○○式の調理をしよう、
など手段だけに焦点を当てると
ここ十数年の日本と同じになるよ。

食べるとは何か(何が究極の目的=成果か)
その成果に至るには何が必要か(やらなくていいことは何か)
その成果に至る過程でどのような変数が存在するか
その変数における最適解はなにか

こう考えるべきなのに(以下はたとえですよ)
目標:「○○方式による○○の素材を3割以上採用した朝食を6割以上提供すること」

一見定量的に把握できるけれど、
成果に至る必要なこと、そうでないことの見極めが抜けているよね。
(料理もホワイトカラーの生産性を上げることも同義語とわかりましたか?)
仕事を依頼するなら言葉の定義ができる人、実行している人に依頼しなくてはダメですよ。
(適切な設問をつくることができる能力と言い換えてもいい)

日曜朝の料理の前振りでこれだけ語る人も希有、奇特な人でしょうけど
きょうはお好み焼き。
徳島市内の標高の高い場所で雪に耐えてつくられたキャベツをたっぷり食べたいから。

材料:キャベツ、小麦粉、レンコンパウダー(現在あるところで試作中のもの)、卵

広島焼きのように薄く広げた生地に
富士山のごとくキャベツを盛り上げる。
ひっくり返す前に生地をかけて
キャベツを蒸し焼きにする。
これで十分な栄養が採れるものが調理し始めて15分後には食べられる。

フライパンはリバーライトの26センチの鉄。

これだけで十分。
弱火から強火までリニアに温度が調整できる。
焦げ付くことはないがメイラード反応(焦げ目)を付けやすい。
テフロンでは時間かかって短時間調理ができない。
とはいえ、このお好み焼きも工程の9割は最弱火(生地が薄い点にご留意)。
最後はパリッとさせるために火力を上げる。
これが鉄でないとおいしくできない理由。
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見た目は悪いけれどキャベツたっぷりの後味良しのお好み焼きのできあがり。
(青海苔は日和佐産の青のりを使っている。品質管理がしっかりしていて安心して使える。道の駅日和佐やキョーエイで入手できると思う)
http://www.pref.tokushima.jp/takarajima/docs/2014012200349/
http://www.pref.tokushima.jp/takarajima/docs/2014012200394/

365日のほんのひとこまだけど食べることが大切なら
手間と時間をかけずにあるものを使って自分で作ること。
(食べ終わる頃にはほとんど洗い物も終わっている時短調理)

ゆうべは、窪川の生姜と鳴門わかめのスープをつくった。
(身体を温めるのがねらい)
具材はほかに余り物のシイタケが少々。
出汁と食感を楽しむために
トマトを半分に切って入れてある。
基本は薄めの塩味だけだが、
味付けは自分の器のなかで醤油を好みに応じて垂らす。
これも5分の時短料理。
(写真は撮っていない)

成果に結びつく生産性を上げること。やらないことはやらない。
(しかも「脱こだわり」&かっこつけない、あるもので自然体でやっていく)
そのほうが楽で愉しい。
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posted by 平井 吉信 at 11:31| Comment(0) | 生きる

2018年01月16日

今がいい


徳島でも一面雪景色になったのが数日前、
聞くところによれば、通勤に数時間かかるなどの大渋滞が市内で起こったそうだ。
ぼくはJRで県外出張だったが、東予では雪はなかった(途中の香川県でも)。
(今週だけで四国4県すべてに出張)

ところが今夜はあたたかい。
久しぶりに近所を歩いて戻ってきたところ。
数日前の寒波と大違い。
そしてこの変化を楽しむことができる。
それがすばらしい。
季節の変化、日々の変化、そのなかに妙がある。
それを感じられて満足している。

歩きながら思ったこと。
それは、去年と比べても今年がいいと思う。
たぶん今が一番いいと思う。
人生は地道に積み重ねていくと
知らぬ間に長い距離を歩んでいることに驚く。
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今が一番いいけれど
未来のほうがさらにいいだろう。

積み重ねるだけでなく
やらなくてもいいことをしないようにする。
捨てることが充実した生き方につながる。

充実しているかどうかは自分が決めること。
自分が良ければそれは最良。
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もう一度時間を戻してやり直しても
ここまで来られるかわからないから。
(やり直すとはそういうこと)
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(写真は妙見山の岩脇公園=羽ノ浦町)

自信を持って生きているけれど
(自信なんて必要かな?とも思う。人と比べることもないし)
どちらかといえば淡々と歩みたい。
今が一番いい。

(思ったとおりの人生にならなくても気にしないこと)


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posted by 平井 吉信 at 22:56| Comment(0) | 生きる

2018年01月03日

縄文の家に戻ってきて


久しぶりに竪穴式のわが家へ戻ってきた。
土間にしゃがんで
イノシシの塩蔵肉を焼きながら迎える正月もいいもんだ。
五人の妻もそれぞれ里へ戻ったりうちへ戻ってきたり。
下の息子が初の獲物と自慢しながらウサギを捕ってきた。
捌き方を姉に教わろうとしている。
娘は栗の木林の隣で椎の実を集めている。
あれを煎って客人をもてなそう。
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…などと、縄文時代の家長になった夢を見たか見なかったかは不明であるが
縄文時代に来てしまった。
それもホンモノの縄文時代のようだ。
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不審者はたちまち見とがめられて囲まれた。
(しかし敵意は感じない)
現代の日本語で話しかけてみるが、言葉は通じない。
それでは単語ではどうかと知っている昔風の言葉を並べてみる。
中国から伝来した音読み派生語はすべて通じないと思える。
そこでやまとことば、らしき音を並べて反応を見た。

ヒト オノコ オミナ ワラワ ワゾ イネ… 

そのなかでいくつかの単語に反応した。
意味が同じかどうかはわからないが、数千年を経て通じる言葉があるようだ。
しかし言葉が通じなくてもわかりあえるきっかけとなるあることがある。
ぼくはその方法を知っている。
(よし、やってみよう)

うまくいった。
たちまち、竪穴式住居に向かって歩き出す彼らのあとを
付いてこいとの身振りのようである。

さて、ここで問題です。
縄文時代の大家族の領域に突然侵入してしまったぼくが
何かを手渡したり話しかけたりしないで
(彼らの意思疎通の円の隅っこにひっかかったのか)
招き入れられたやりかたとは?

答えは文末で。

竪穴式住居は意外に内容積は広い。
それゆえ調理の煙はそれほど篭もらない。
むしろこの煙が家屋に良い影響を与えているのではと思える。
相変わらず会話は成立しないが
身振り手振りと単語から少しずつ縄文の言語の断片が見えてきた。

例えば、鳥はワゾというようだ。
女の子がキジバトを指さしてそう言ったからわかったことだ。

遠くでオオカミが冬ごもりの雑木で餌を探す鹿を追いかけている。
西暦でも元号でもたどれない8千年ほど前の日本列島の
薪炭林と海が接する土地に住んでいる一族の物語である。


ここに住み始めて三日になる。
居候はしたくないので何かできることは?と尋ねる。
アガ (狩りのショサ) スル エイカ(私は狩りをしてもよいか?)

アシと家長は答えた。
これは肯定を意味する言葉ではないか。
次になにかの文脈で使って反応を見てみよう。

翌日、娘がほほを染めて戻ってきた。
毛皮の物入れを開いたら
見慣れないもの、およそこのあたりでは見かけないものを手に入れたようだ。

娘が取り出したのは
おっと、スマートフォンである。
これを操作していたところ、意識を失って海沿いの森に来ていた。
それが数日前だった。
使う宛がないので落としたことをすっかり忘れていた。
娘はそれがぼくのものと察して持ってきてくれたのだろう。

使い始めて三日目だった。
ぼくは文字を入力できなくて忍耐を強いられていた。
検索しようとブラウザを立ち上げて文字を入力する準備をして
検索が終わるまで10分ほどかかったからだ。
音声入力もあるはずだが、音声入力を公共の場で行うのはそぐわない。
そこでパソコンのキーボードをつなげて入力してみたのだ。
幸いUSBを変換して接続すると認識した。
(キーボードドライバをどこで手に入れたか、誰が開発したかの突っ込みはなしで)

そうしていると、突然身体が宙を舞って気絶した。
そして目が覚めたら縄文の家に来ていたというわけ。

そして客人と思って振る舞っていたら
言葉がわかるようになり
実はここの家人がぼくであることが判明。
(モシカシテ、ボクタチ、イレカワッテイル?)

なんと、ぼくは縄文人(これがルーツ)で
ある日どこかへいなくなったが戻ってきたことが判明。
すっかり未来に大脳が呑み込まれてしまいそうであったが
数日のうちに記憶を取り戻し縄文の家人に戻ったのだ。
もうスマートフォンを見てもそれが何だったか思い出せなくなっている。
しかし薄れつつある記憶と闘いながら
最後の送信ボタンを押した。
(ボクノナハ?)
それがこのブログに掲載されている。

世界初の縄文時代の人間が書いたブログとして大切に見ていただきたい。

(続編に期待する人がいれば続きは書きますが…。即興で書いているのでこの程度だと10分ぐらいで書いてしまいます。正月スペシャルということで)

(5分経過、続編に期待する人いなかったので、ノーマネーでフィニッシュです=意味不明)

ここは徳島市国府町の阿波史跡公園。
鳴門の渦潮や祖谷のかずら橋と並んで徳島を代表する観光地である。
(ミシュランでは6つ星となっているらしい)

ご覧のように縄文時代がここに現れているうえに
公にはされていないことですが
日本の国を初めて治めた女王卑弥呼の墓があると伝えられる
天石門別八倉比売神社(あまのいわとわけやくらひめじんじゃ)が
気延山(きのべさん)の麓に存在している。
なにやらいわくありげな地名が泉のごとく並んでいる土地。
(卑弥呼はおそらく日本中に存在したのだろうね。徳島にいるのなら香川にも高知にも愛媛にも九州にも出雲にも大和にもいたはず。邪馬台国が移動しながら統治していく可能性もあるし)

天石門別八倉比売神社、気延山へはさまざな踏み跡がある。
その途中で翡翠のような実を見つけた。
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桜の一種が冬空に咲いている。
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陽光を透かしてみるツバキ(サザンカではないよね)
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きょうは社務所が開いている
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境内に入るが参詣者は1組だけ
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神社では個人的な願い事はしない(数十年していない)
ただ、この国と斉祀る神々の弥栄だけ。

伝卑弥呼の墓とは、神社の裏手にある五角形の台座のことだろうか?
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お供え物、なんだろう。
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気延山の登りは愉しい。
途中で日当たりの良い尾根筋に出る。
すると午後の光が差し込めて気持ちいい。
そんな気持ちを受け止めるベンチがある。
座るしかない、座りたい。
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雑木林の気持ち良い登りを抜けると山頂
標高は212メートル。
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日だまりの登山道がいい。

212メートルの山頂
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降りてくると鮎喰川で夕暮れに遭遇
沈下橋を吹き抜ける風が河原で加速する
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月が大きいと感じたので(スーパームーンだった)
海へ行ってみる。
月明かり、船の面影、新年を迎えた港に月のみち、波間にひらいた。
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posted by 平井 吉信 at 15:14| Comment(0) | 生きる

2018年01月01日

2018年初めての朝 すべての人に同じ言葉で


朝、産土神社へ参詣。
八幡神社と天照大御神の神札を求める。
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お札は宮司ご一家の暮らしをお支えする意味もある。
だから毎年すべて入れ替える。
神札を神棚へ納めて天津祝詞を奏上。
身体がエレベータで上に運ばれていく気がする。

続いて仏壇で読経。
(祝詞も読経も習っていない。ただ生活の一場面として溶け込ませているだけ)

開経偈
般若心経
観音経(第二十五掲)
十三仏真言
光明真言
大師法号

観音経は謡うように読経しているが
(なぜか旋律や抑揚を付けてみたくなる何かを持っている)
大河「直虎」で柴咲コウが同じようにやっているので驚いた。


次に恒例の実験(結果はわかっているのだけれど)。
神棚、仏壇、荒神棚にそれぞれ御神酒を献上する。

そしてわずか数分で味見をすると
まったく味が違う。
部屋は違えど気温はほぼ同じ。
たかだか3分で風味が変わる要素はないはずなのに
劇的に違う。
(味音痴の家人でもわかる。最初は何かを入れたのだろうと勘ぐっていたぐらい)

今年の酒は近所の多積商店で奨められた南魚沼の八海山特別純米原酒 生詰
(この店には二代続けて舌の肥えた店主がいる)
淡麗辛口のなかに洗練された豊穣なうねりが舌を歓ばせる。
米の旨味のエッセンスを磨いたうえで
さらにいくつかのピークを乗せて(これは杜氏の挑戦だろう)
しかも濁りなく澄み切っている。
(こんな酒がつくれたら杜氏としてはもうやることがないのでは…と思える)
ここ数年でも出色の風味(3千円少々で買える)。
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この酒は正月を寿ぐとともに
昨年にお身内をなくすなど
そうでなかった方々へも向けて
生きていることを歓び
幸あれと祝う酒。

何がめでたいと問題提起する一休禅師にも共感。
(その心は決して皮肉に捉えるのではなく日々生きよと解くべきと考えている)
けれど、何があってもおめでたいと見切る生き方もまた良し。
だからすべての人に投げかけたい。
おめでとうございます。


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posted by 平井 吉信 at 21:24| Comment(0) | 生きる

新年おめでとうございます


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高い空から陽が射して
冷たい風に吹かれているのは寒椿。
まだ日だまりには程遠い日々ですが
あるがままを受け止めて
寒椿は全身全霊で歓びを表しているようです。

いまが充実している方も、そうでない方も
昨年に哀しいできごとがあった方も、特になかった方も
ただ今を生きていることに、
おめでとうございます、と申し上げます。
そして、限りないご多幸をお祈りいたします。

2018年1月
平井 吉信

追記
どちらさまにも年賀状はお出ししておりませんが
みなさまのご健勝を等しくお祈りしております。
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2017年12月31日

2018年のベートーヴェン


晦日にフルトヴェングラー/バイロイト祝祭管弦楽団の第九を聴いた。
新しい年の日付を越えてラトル/ウィーンフィルの第九を聴いた。

年末に第九でも聴くか…ではなく
ベートーヴェンは生きるか死ぬかの間で出会った音楽であり
生涯をかけて接していくと心に決めた。

モーツァルトは天才だけれど
それはロココの時代をまとった絵画。
ベートーヴェンは古典音楽だけれど、いまの時代に生きている。

ベートーヴェンと向き合うことは
作曲者の魂の高さに登り詰めること。
作曲技法や楽曲を分析しても
それ以上に共感の深さを持って楽曲に同化しようとしなければ
音楽は魂に響かない。

20代の頃、
もっともベートーヴェンを理解しているひとりと思っていた。
(いまでも思い上がりとは思っていない)
良い演奏とそうでない演奏は峻別できた。
そして自分も創造したいと思った。

古典のソナタ形式はかたちの秩序を求めている。
その制約が創造を育む。
創作意欲をかき立てられるのは制約があるから、ともいえる。

ベートーヴェンは形式を尊重しつつも
必要なときには飛び越えた。
さらなる真実のためには破ってはならない法則はない。
ゆえに歌手は歌いにくい、オーケストラは弾きにくい、
管弦の響きは鳴りにくい、作曲の職人とはいえない。
ベートーヴェンの作曲はアマチュアのようである。

なぜ、第1楽章は壮絶な稲妻であって痛切な憧れを秘めているのか?
なぜ、第2楽章は踊りの祭典であって天を仰ぐのか?
なぜ、第3楽章は人間が天上世界を追体験することができたのか?
なぜ、第4楽章はこの音楽に初めて接する人を揺さぶるのか?

楽曲はたったいま生まれた。
再創造の現場に居合わせた。
魂の高みを見ようとする人間に新たな地平線を見せてくれる。

ぼくは知っている。
それは射手座の彼方から届いた銀河の光芒が放つ強力な磁場のよう。
(共感と同じ魂の高さで白い光を見る。例え幻想であっても)

その気持ちをこの地域に、この国に、この星に振り向ける。
それしかできない、それでいい。

2018年 年賀状に代えて
posted by 平井 吉信 at 23:58| Comment(0) | 生きる

2017年08月06日

先祖供養 いつも思い至るのはあの日とその反省に立つ行動のこと


菩提寺は檀家が多いので
盆に檀家を回ることができない。
そこで8月の第1週から回り始める。
うちはいつも6日に来ていただいている。

ご住職をお迎えするにあたって
早朝にご飯を炊くのはぼくの役割。
(米を炊くのはコツがいるので)
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その後、いつものお勤めを行う。
自己流で読経している。

開経偈
般若心経
観音経(偈)
十三仏真言
光明真言
大師法号
回向
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この経典の抜粋や順が正しいかどうかわからないけれど
かたちではないと思っているので。

家族や先祖だけでなく
72年前の広島、長崎に向けても手向けている。

広島、長崎の市長は心に残る人が多い。
現長崎市長の田上市長の「平和宣言」を注目している。
前市長の銃撃事件の後、勇気を持って立候補したのは
何が長崎市民にとって大切なのかの視点と
自分ならこうする、という信念がおありになったからだと思っている。
冷静かつ熱意を持って決断されたのだろう。
長崎平和宣言も同様だ。
市民の心を映しつつ平易な言葉を使って
冷静かつ客観的に問題提起を行うことで
受け手の心に届く発起であるように感じられる。

現アメリカ大統領を見れば、ヒロシマを訪れた前大統領との品格の差に唖然とする。
田上市長を見ていると国のトップの魂のない言葉に愕然とする。
政治は人格ではないと思う人も少なくないだろうが
愛を持って誠実に語りかけなければ、どんなに良い政策も共感を得て動かしていくことはできない。
政策とは単に実行するだけでなく、その精神が理解され浸透して
国民が担い手となることで政策は生きたものになる。

やはりそうなのだ。
自分の人生と社会、地域、国のあり方は分けて考えることができないと。
タグ:平和宣言 2017
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2017年07月15日

来る日も来る日もまわり続けた洗濯機の二十年の歳月

昨日、洗濯機の内側の洗濯槽が破損した。
5年前に破損したときは(そのときで15年目だったので取り寄せ部品がない)
部品を接着剤で貼り付けて補修。
万力が使えない場所で手を放すと剥がれてしまうため
力を込めて1時間以上押さえ続けた。
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洗濯機は、松下電器のNA-F42H1という4.2kgの全自動。
1997年に購入したもので20年目だった。
(ブラウン管テレビは現役で2台ある。15インチと19インチ。この時代の家電は使えば使うほど良さがわかる。まずは道具として愚直に磨き上げようとした。機能が求められる時代にそれは良かった)
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20年間毎日動いてくれたことに感謝して
リサイクルとして家を離れるときは酒を振る舞ってねぎらうつもり。

さて、新しい洗濯機を手配するため近所の電気店を訪れると
日立の名札を付けた販促担当の人がいたので
防水パンや水道栓の位置など細かくメモをしたものを見せて
使える機種のなかからおすすめいただいたものにした。
家電はインターネットの口コミはあてにならないので専門店で相談する。

かつて二層式が全盛期の頃に横長の防水パンが設置され
今日の洗濯機(縦型もドラム式も)もそれに合わせているとのこと。
webでサイズをみたら、うちに入る大きさがなかったので
1人用を買うしかないのかをあきらめかけていたが
寸法を読むときの業界知識でわが家にも普通の洗濯機がおけることが判明。
防水パンのサイズは気にしなくて良いのだ。
また、防水パンとは水を流す漕ではなく水が漏れたときの防波堤なので
経年変化は気にしなくて構わないと教えていただいた。
新しい機種同士での価格差(2〜3万円)はインバーターありなしによるもので
節電効果で数年で元が取れるらしい。
圧倒的に静かとも。
また、細かな制御が可能となり繊細な洗い方ができる。
節水もできると聞いたが、うちは地下水使用。
それでも水資源を節約できる。
このようにインバータには利点が多い。

お話しを聞いて実物に触れたうえで
製品にも納得できたので即決。
(中国メーカーとはつくりが違うことが触れてみるとわかる)
今後20年任せる洗濯機は、日立のBW-V70Bという機種に決定。

価格は言い値(といっても値札より下げてもらった)。
その情報(とともに地元の経済循環に)にお金を払うのだ。


(前のブログにも書いたが)
スマートフォンも携帯電話も持たず(PHSは持っている)、
テレビはいまだにブラウン管。
車は20万kmは乗るようにしている。
(生まれて始めて買ったワーゲンゴルフは車体に穴が空くまで乗った)
ジーンズもTシャツもスニーカーすら持たず、
生まれて一度もタバコを吸ったこともなく
パチンコや公営ギャンブルに行ったこともなく
エアコンも取り外したけど
(どうでもいいことを捨てていくと、やりたいことに集中できる。課題ができれば謎解きのように解決する過程を愉しめるようになる)

簡素な暮らしをめざしているのではなく、
やりたいことに集中できるよう環境を調えていく感覚。
ただ生きているいまを
胸の疼くように噛みしめている。
幸福がひたひたと静かに押し寄せてくる感じ。

求めない、求めても得られない、ゆえに頓着しない、
けれど大切にしていることはある。
いまがどんな状況であれ、幸福と言える。
人の暮らしってそれでよいのではないかと。


九州北部豪雨災害の被害に遭われた方々の
心身おだやかにお過ごしになられる日が訪れることを
お祈りいたします。

こちらから思いをかたちにしてみました。
https://docs-donation.yahoo.co.jp/report/kyushu_heavyrain2017/


さて、新しい洗濯機が出張中に届いていた。
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さっそく出張帰りの洗濯物を始める。
最初の数十秒は洗濯機が自動で制御に必要な情報を集めているようだ。
それからボタンひとつで動き出す。
静かだ。
うちは夜中に洗濯しても誰にも苦情は来ないはずだが、
静かなことは大歓迎。
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洗い上がりを見てさらに驚いた。
カッターシャツにしわがない。
からまないのと、ふわりと仕上がる。
そのまま干して乾いたらアイロン不要だった。

それぞれ専門分野に職人的な研究者がいたサンヨーを失ったのは
日本にとって不幸であったが、
日立は地道にコツコツと研究開発を行っているようだ。
7kg用とのことだが、
底に手が届きやすいし、内部容量は大きい設計のようだ。
小さなサイズで最新の技術が盛りこまれているのが7kgクラス。
ただし同じメーカーの7kgでも価格差がある場合は
インバータ装備の有無での性能差が大きいのでご注意)
つくりこみも中国製と比べてもしっかりしている。
洗濯機はドラム式ではなく完成度の高い縦式がいいということを実感。

革新的な家電はともかくブラッシュアップ(改善)型の家電では
日立のようなメーカーに一日の長がある。
家電で感動するなんて、とも思ったが、
その積み重ねが大きいということだろう。

日立 7.0kg 全自動洗濯機 ビートウォッシュ BW-V70B

タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 11:54| Comment(0) | 生きる

2017年07月01日

地域で創業、起業をするために


人口減少の影響を受けるのは山間部から。
人口の減少は市場規模の縮小を意味し、
産業の担い手の高齢化と相まって廃業、移転が避けられない。
(都市部で成功した人が趣味のために余生を楽しむビジネスを行うのなら別だが)

すると、暮らしのための買い物ができなくなる。
移動スーパーやインターネット、生協も代替手段だが
それですべてを補えるわけではない。
(自分が動いて選ぶという買い物の楽しみ)

事業はリピーターの存在が不可欠である。
いつもいつも来てくれるのは地元のお客さんであり、
地元の事業所は地域の暮らしを支える責務があるともいえる。

しかし、地域の人口は減少している。
ゆえに商圏を拡大しなければならない。
商圏の拡大には、魅力が必要。
魅力とは、あえてそこを選ぶ強い理由。
個性、専門性、大切にしていることが共感を呼ぶこと。
顧客を選ぶ(排他とは意味が違う)から、顧客に選ばれる。

けれど、その方向性と地元密着が相容れない。
地元に専門性を必要とする人が少ない、テイストがわかる人が少ない。
地元密着型の事業だと、地元と地元外の顧客は、8対2となる。
ある程度安定するものの地域経済の規模は小さくなるのでジリ貧となっていく。

地元と地域外の両方に訴求しようとする。
比率は、6対4となる。
それまで地元になかった半歩先を行くもので、
地元にもある程度受け容れられる個性である。
しかし、地元の購買力はやがて落ちていくし、
顧客は移り気で地域外からの購買力も安定して確保できない。

地域外の特定の層に訴求すると、地元と地域外の割合は、1対9となる。
個性や専門性が際立っている、
その事業の動機や理念に共感できる、
経営をしている人がどういうわけか人を惹きつける力があり、
アートとしても感性に訴える、
事業の成り立ちに多くの人が関わっている、関わりたいと思う参画意識。
(これらの場合はSNSは効果的な情報伝達手段となる)
こうしたものが、わざわざそこまで出かける魅力となる。

しかし、それには交通事情が関所となる。
平日に客足を確保しようと思えば、
非日常感のある場所ではあっても
道が狭く曲がりくねっておらず(幹線から脇に入る距離が短い)、
来訪のための所要時間が最大で1.5時間までではないだろうか。

最初の入口は、事業所との濃い意思疎通をきっかけにファンとなってもらうこと。
(体験型とは、その専門性やコツなどを5人程度の人数で1時間程度にわたって事業所が啓発する密度の高いやりとりを持てることを意味する)

発信して魅力のあるコンセプトを構築すること、
そこに来てもらうための発信ができること、
前提には、共感を得る理念、世界観を持っており
それに沿って迷いのない絞りこまれた経営(=経営資源の戦略的な集中)ができていることが前提。
また、成り立つ事業は限界利益率が高いビジネスモデル、
例えば、高い製造直売のような形態か、専門性の高いサービス提供型に限られる。
かつ閑散期の影響を軽減する仕掛けを持っていること。

こう考えると、地域での起業は生きがいと直結している反面、
戦略がないと持続することが難しいとわかる。
交流会やSNSで知り合った数人がコラボレーションと称して
自分たちの持ち物を組み合わせてもほとんどが育たないのは戦略がないからである。

異業種交流会やFacebookなどで知り合った連中がその場で意気投合して
Aの持っている製品や素材 × Bのネットワークや話題 × Cの提供するプラットフォームや流通
の掛け算をコラボレーションと称しているけれど
(仲立ちをする煽り手や目を輝かせて夢を語る似非メンターがいる)
それが特定の周波数を響かせ合う音叉のように共鳴し合い強め合い
それがファンとなって買い手も売り手の3人も納得できる絵を描けているだろうか?

同じようなことをやっていても
支持される場合と支持されない場合がある。
それは、その行動が社会性の裏付を持っているかどうか。
ここでの社会性は、
多くの人が心の奥に気付いていないかもしれない潜在的な思い(集合心理の欲求や共感の要素)を
浮かび上がらせることができる力のこと。
(こういうことがやりたかった、私はこれを求めていた、と気付かせる)
時代を移す鏡に写る心象風景、社会的な使命を帯びた革新性など
心の中で待ち望んでいたものを掘り起こしてくれたから。
それにはSNSの働きは大きいだろう。

戦略とは、誰のどんな場面にどのように役立つかを描いて
それを実現する経営資源を組み合わせ、
それを必要とする人の心に響き、行動に移してもらい、
言っていたことが裏切られなかった、と納得して信頼関係を築いて
次に仲間を連れてリピートしてもらうまでの一連のプロセスの設計である。

心を動かすということは、
「何をやるか」よりも「どのようにやるか」が大切ということ。
やっていること「何を」は同じであっても(ありふれたことであっても)
その動機はそれぞれ違う。
そのことは「どのように」の違いになって現れる。

ビジネスの手法も然り。
10万円の元手で掘っ立て小屋で始めて
少しずつ元手を増やし、
それで機械や設備を揃え、人を発掘して育てるなど
カネ  → モノ  → ヒトとノウハウ と経営資源を少しずつ拡大していく循環を持つこと。
このように、出発点はカネである。
思いや理念はある程度、身が肥えてこなければ前面に打ち出したくでもできない。
しかし、思いや理念がなければ稼ぐ前提が存在しない、というのも真実。
(ニワトリと卵のようなものだが、実際には並行して獲得、発信していくものだろう)

自分が自分の打ち出す理念を信じることができなければどうなるだろう?
お金が入ってこなければ、簡単に理念を放棄してしまうことになる。
すると、出発点がずれてしまう。
このことは小さなビジネスにとって致命的だ。
なぜなら、出発点を固定してそこに経営資源を準備したので
それが揺らぐとリスク要因となる。
理念は間違っていない、アプローチを変えてみよう、
それを試行錯誤で行っていく(リーン・スタートアップ)考え方ならいい。
でも理念は変えるべきではない。
出発前に社会を洞察し、自分の気持ちに絶えず問いかけてこの理念でいいと確信を持つこと。
それが出発点だから。

借入はなるべく行わない、補助金は当てにしない。
それがやり方を間違えない。
戦術の試行錯誤はあっても理念の試行錯誤はないのだから。

地方創生に絡んで各地で目にするコミュニティビジネス型の創業にはパターンがある。
地域の課題を解決するために、ITの導入、人材の育成、産業構造の転換等を図ろうとする。
そこに各省庁の補助金を使って、上記の方策で地域ビジネスの実験を行う。
地域課題の解決策の構築(開発費用)を補助金で賄うという発想である。
しかし補助金はやがて切れてしまうので
ノウハウやしくみは普遍化して類似の地域で売り出す必要がある。
(早い話が補助金でコンサルティングのネタをつくる)
そこそこ成功してマスコミに受ける絵ができると
今度はどこかの地域が補助金を活用して発注してくれる。
もしくは実績を手に地域を流れて金儲けをしていく。
(地方創生は地域おこし自称コンサルタントの草刈り場になっている)
補助金による開発費用のリスクを自治体が負担するビジネスモデルは錬金術のようでもある。
(自治体の職員の目利きが問われている)

落とし穴は普遍化したノウハウがどこででも通用しないということ。
いまだに上勝町のいろどりに匹敵する葉っぱビジネスは存在しない。
ノウハウが足りないのではない。
(ほんとうに大切なことは目には見えない)
そこに求心力と担い手がいないから。
最初に開拓したヒトの利益(ブランド)があるから。
ビジネスモデルは容易に移転できないことがわかっていながら
いまだに国も自治体も成功事例とそのノウハウにすがろうとする。

地域おこし協力隊はそのエンジンとして機能するはずであったが、
受け容れ側のプロセスの設計図が不明確で未来予想図を描けないまま招へいしたので、
協力隊がイベントの裏方などをやっている場面が散見される。

協力隊のやりたいことが地域課題の解決になること、
そのためのサポート体制(公民連携)があること、
少なくともこれが協力隊事業の出発点(枠組み)。
そもそも源流をたどれば、地域に立法や行政などの主権があること。
(消費者庁の移転は何の解決にもならない)
そこに地域が生きていく課題(本質)があるのではないか。


地域で起業する事業所は地域に受け容れてもらわなければならない。
そのため地域の役務や行事に積極的に参画していくことが求められる。
これは事業が失敗しないための前提と理解する。
田舎の人間関係の本質の一端がそこにあるから(嫌な面ではあるけれど)。
プライベートな時間を割いてでも飛び込んでいかなければ
地元は支えてくれない。

しかしそのことをやっていると本業ができなくなる。
地元の人たちの意見を聞きすぎるとコンセプトが迷走してしまう。
のんびりと自分のやりたいことをやるために地域に入ってきたはずなのに
望んでいたものとは違っている。

基礎自治体では、円滑に事業が進むよう援護射撃を行っている。
すなわち改装の補助金、研修事業やイベントの開催を委託するなど。
すると、疲弊している地の事業者はおもしろくない。
入ってきたばかりのよそものばかりを優遇すると役場にクレーム。

地域で事業が円滑に行くためには
もともとの地元出身者が
都市部のビジネスの洗練を身に付けて戻ったときに限られる。
すばりいうと、Iターン事業は苦難の道のりが待っている。
(こう書くと身も蓋もないが、それだけ地元の力を底上げしなければ地域ビジネスは前へ進めないだろう)

限界集落や防災危機を眼前にしながらも地域住民の意識は高まらない。
一例として、生活道でもある国道を時速30kmで走る地元車両が道をふさいで平気な顔をしている。
これはひとつの象徴的な事例である。
地域に篭もって社会とのつながりを実感していないという意味で。
これがどれだけ訪問者の地域への心象を悪くさせているか、
ひいては経済活動にも影響を及ぼしているか。
(当事者は想像もしていないだろう)

このような状況のなかで地域で起業して成功するのは100に3つ。
うまく行っているように見えて、内実は大変なのが100に10。
残りの9割は撤退もしくは撤退予備軍となっている。
創業を煽るだけでなく、公民挙げて地域プラットフォームを動かして
創業者を支えていくことが必要だ。

なぜなら、集落を維持するためには地域で経済活動を循環させていくことが必要だから。
そのためには、外部の力(有名人)をあてにせず、適切な助言者のサポートのもと
内側から起こしていくこと。それができなければ地域が、ひいては日本が沈んでしまう。

いまの日本の政治や行政の形態、現政権の政策、地方創生のばらまきは
浪費と地域の自立を妨げるだけで
地域の課題の解決にもっとも遠いやり方であることに気付いて欲しい。
posted by 平井 吉信 at 21:53| Comment(0) | 生きる

2017年06月26日

花に包まれて


短いようで長い、長いようで短い人生で
夏を待つことなく旅を完結させた人のために
口屋の浜から花に包まれてお送りしたいと思ったので。

銅の夢 栄枯の旅路 舟乗りて 櫂の滴と漕ぎ出す君に
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タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 22:31| Comment(0) | 生きる

2017年06月23日

逝ってしまった人へ


生きることはすばらしい。
滅びることも然り。
ブログで発信を続けながら
社会を、そして自らを照らそうとしていた人。
早いか遅いかだけで誰にでも等しく訪れること。
貴い旅立ちを敬い、いとおしむ。
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タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 19:09| Comment(0) | 生きる

2017年06月10日

勝浦町のホシケイラン 無関心な社会に警鐘を鳴らす


これは土地所有者のご好意で見せていただいたもの。
(以前から何度かお会いした方だったので)

ぼくはこの花は初めて見た。
ガンゼキランの変種だとか。
葉の斑点が花の華やかさを倍加させている。
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樹上にはセッコクも咲いている。
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日が当たり過ぎるとダメだそうで
適度な日陰が必要とのこと。

でも野に咲いてこその山野草。
生態系(遺伝子資源)の価値はお金で置き換えることができないもの。
図書館や博物館、自然保護の予算は現知事下で急激に削減されているときく。
実はぼくも図書館へは足が向かなくなった。
読んでみたい新刊や話題の著書がほとんど見当たらないから。

政治家がよく打ち出すパフォーマンス予算(成果を誇示するため花火を打ち上げるだけ)を
地道な活動に回せたらどれだけ社会が良くなるか。
県の臨時オーケストラの取り組みは不正が発覚した時点で止めるべき。
(県は被害者というけれど、不自然な使途を許す土壌を提供した時点で責任は免れない。ほんとうの被害者は県民。県民は怒っているよ)

かけた費用と成果をどう説明する?
コンサートの開催回数、参加人数と予算を比べると経済合理性の低さが際立つ。
参加者のアンケートの満足度? それをどのように施策の効果と結びつけるの?
まさかと思うけれど広報効果の定量化はできないよ。
文化行政への波及性はあるの?
国民にベートーヴェンは徳島の意識の醸成ができた、なんて言える?
(もっとも文化にはあまり力を入れないようだね。それに徳島市内に音楽ホールはないよ)
どのような動機で行われたか?
なぜ、このような不祥事が起こったのか? 
公費で行う事業である以上、委託先であっても秘匿すべき経費はないはず。
そこにメスを入れないで総括はできないよ。

ぼくは誰よりもベートーヴェンに私淑しているし
音楽については全身全霊を打ち込んで向かい合っているけれど
この取り組みはもはや感動を生まないよ。オーケストラのせいではないけれど。

こんな状況下で起こりがちなのは
関係者がまじめにコツコツやっている事業がさらに先細りするとともに
善意の事業がさらに厳しく使途をチェックされるようになる、ということ。
事業仕分けもそうだった。
悪しきはパフォーマンス予算(ほんとうの戦略的な予算は1つか2つの課題に徹底的に取り組むことであちこちに波及して好転していくこと。真の課題を見極めて集中的に取り組む例として、ジュリアーニ元NY市長が手がけた軽犯罪の徹底防止などがそうだった。あれでニューヨークは安心を取り戻し短期間かつ劇的に経済や観光の活性化に結びついた)
いくらばらまいても経済が好転しないのは、
真の課題の見極め(要因の連鎖、解くべき論点)ができていないから。

プロジェクションマッピングやLEDのイベントも徳島に似合わない。
もっとすばらしいものに気付く機会を奪っているという点で。
県のプロモーションも首都圏に対抗するという打ち出しではなく
ほんとうに対抗すべきは変革すべき内側(県民の意識も含む)ではないの?
徳島に移転すべきは消費者庁(特定の機能の地方移転という意味)ではなく、
各県の知事が力を合わせて
行政や立法機能の自主的な運営(地域主権)をめざすのが本質ではないの?


現政権の悪質度が加速してまるで戦前のような状況になってきた。
もっと政治や行政に関心を持たないと、どんどん社会は外堀を埋められていくよ。
おかしいと感じなくなったら、次の世代は大きなつけを払わされるよ。

日本の国が好きだから、四国徳島が好きだから、言わずにはいられなかった。
タグ:2017 勝浦町
posted by 平井 吉信 at 22:45| Comment(0) | 生きる

ある日の東京 from 2017 flashback to 1991


バブルの時代、
空気を膨らませるように肩幅の広い衣装を着て闊歩していた主人公たち。

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「もっと上をめざす「クリスマスイブには!」
時代が押し上げてくれた(上げ底の)上昇感。
でも気流に乗り遅れそうな焦燥感。
理想を現実の間を感じながら取り繕う洒落た言葉、
(それができると先頭を走っている気がした)
地面から足が届かなくなるほど仮面を被った自分。
ふと、ためいきをつく(虚無感)。
素顔に戻れる相手、素顔を受け容れてくれる相手に
いつかめぐりあうかもしれない…。
求めつつも流されていく。
寂しい―。
あの日 あのとき あの場所で 君に会えなかったら…。

そこに小田和正が入ってきた。
(あの月曜9時のトレンディドラマを実は見ていない)

地球の歴史では、生命を絶滅させる大異変が数回起こっている。
奇跡的に生き延びた生命がその後に爆発的な進化を遂げた。
(マイナス50度で地球が凍り付く全球凍結、
地表が1,000度の灼熱地獄に包まれた隕石衝突…想像できる?)
手厳しいけれど地球の愛情なんだね。
バブルもそう。
浮かれることもよかった。それが崩壊することもよかった。
次の進化のための過程と捉えられるから。
バブル崩壊後の「失われた20年」ではなく、
「変革と創造の20年」と考えてみたら?
(乗り遅れたのは大企業だったけど)
いまの経済政策はこの流れに逆行している。
10年後、20年後の暮らしを見つめて
どの方向へ舵を切るかが必要。
目先の株価や成長率だけを追っていると
世界でもっとも宝物に恵まれた日本の良さを失ってしまうよ。
めざすべきは経済のリーダーではなく、世界に道を示す生き方のリーダー。
でもそれがかえって経済成長にもつながるはず。


あれから四半世紀、失ったものもあれば得たものもある。
時代を否定することも肯定することもなく
淡々と自分の生きる道を歩いていただけ。
バブルに乗ることはできなかったけれど
(乗りたかったけど、お金を持ち合わせていなかったから)
バブルに浮かれた時代、いい時代だったね。

.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★


時代はときどき過去から未来へと手紙を届けるように
不定期なワープを仕掛けてくるね。
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携帯電話は限られた人だけ。
― いま、どこにいるんだろう。何をしているんだろう―。
つながるまでの時間が感情に水をたっぷりかける。

スマートフォンを持たないぼくは
まだあの頃の時間を体内に持っている。
(もしかしたら手放したくないのではないかと)

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いまの東京に泡が弾ける狂騒はないけれど
あのときの舞台のようなまちなみを感じつつ
東京を歩き、空を飛んだ。
仕事の余韻を楽しみつつ立ち去る2017年初夏の東京。

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タグ:東京 2017
posted by 平井 吉信 at 11:31| Comment(0) | 生きる

2017年04月12日

燃えさかる魂のいつかを


少女が見上げる視線の先にあるのは一条の光。
ひとつのことに打ち込める幸せな人生と
逃げ道のない過酷な運命を背負いながら
魂を鼓舞していくただひとり。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ハ短調の第1楽章に乗せて
蝶の舞いのごとく優雅に始まり、
はらはらと散る花吹雪となって駆け抜け、
鬼気迫る刹那で締めくくる。
手が届きそうなところまでたどりついたのだが。

綿綿と愛を奏でる第2楽章もいつかは終わるように
跳躍し続ける魂もいつしか地上へ降りていく。
そのとき、あなたは何を振り返る?
記憶のなかで取り出して、ぼくは何を思う?

ほら、すべてをかけるコーダがやってきた。
次々と息をはずませる間もなく
時間のはざまの火の鳥がそこにいる。
銀盤の中央で光る身体のまま永遠に。

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追記
ラフマニノフの2番のCDを買う前に全曲聴いてみたい人は
YouTubeでどうぞ。
辻井伸行とBBCで
https://www.youtube.com/watch?v=dGX3temma5Q

タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 00:33| Comment(0) | 生きる

2017年03月30日

四国巡礼 旅を想う カナダからのお遍路


春はお遍路の季節。
四国巡礼の旅、空海の遺徳を忍ぶ旅人は宗派も民族も問わない。
土佐佐賀の展望台はいつも小休止を取るところ。
抗うことを忘れたひねもすのたりのたりの海。
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車から降りて歩いていると展望台があった。
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展望台から海を眺めていると、ぼくの後ろから人影。
地図を眺めているようだ。
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ここは声をかけるのが礼儀と、
「何かわからないことはありますか? ここがどこかわかりますか?」
と日本語で話しかけた。
(外国人だから英語というのは先入観で、まずは日本語で話しかけてみる)
「ニホンゴ ワカラナイ」

ここからは英語で(それを日本語に訳してブログへ)。
「いまいるのはこの辺りですよ」(ローマ字表記の地図を指さして)
「ああ、わかります」
「きょうはどこまで行きますか?」
「ナダまで」
「岬のあるところですね。ここからだと10km少々でしょう。天候がいいのですばらしい歩きになりますよ」
「そう思います」(自分の身なりを指さして)「きょうはそこで泊まります」。
「灘には公的なキャンプ場ではありませんが、休む場所があって快適に泊まれるでしょう。四国に来て何日になりますか?」
「35日です。徳島ではお遍路をたくさん見かけましたが、高知県西南部ではあまり見かけません。公共交通を使っているのでしょうか?」
「距離が長いですからそんな人もいるでしょう」
(5本指のタビのような靴やハイドレーションを見て)
「アクティブな装備ですね。特に靴がいい」
 彼女はアウトドアの装備である。
「とても楽でいいですよ」
「合理的と思います。ぼくも遍路するなら白装束や杖や傘は持たずにあなたのようなアウトドア装備で行きたいですね。ところで、どちらから来られましたか?」
「カナダから」
「もし伺ってよければ、仕事は?」
「科学者です。研究が一段落して次の研究が秋から始まるのでこうして一人旅を楽しんでいます」
 なるほど、サバティカルリーブ(適当な日本語訳が思い浮かばない)のようなものなのだろう。
「うらやましい! ぼくはこれから仕事で四万十市へ行くところです」
「どんな仕事で?」
(略)
「あ、そうそう。写真を撮ってもいいですか?」
「どうぞ」
「一枚だけ。ありがとう。良い旅の幸運を祈ります」
「あなたも」

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旅はいい。
風が自由だから。
自由な旅をしていたことを思い出してなつかしくもあった。
日本人がめずらしいのか、子どもが照れながら付いてくる。
(いや、地方に行ったときは日本人の子どもも遊んでくれたけど)

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生きていることそのものが人生の旅ではあるけれど
旅心をどこかに置き忘れてはいないだろうか。
いや、置き忘れたのは旅心ではなく、旅に憧れる気持ち。
それさえあれば、いつでもどこからでも始められる。
いまはゆとりがなくても、時間をつくることができなくても
憧れを温めて続けて人生のいつかの時期にスイッチを入れてみる。
そんな時間はきっと訪れると信じて生きていく。
旅は、それがあると思い浮かべるだけで愉しく過ごせる人生快適化装置。

posted by 平井 吉信 at 23:07| Comment(0) | 生きる

2017年03月23日

証人喚問


テレビで断片を見ただけ。
でも、その人は誠実に対応されているように見えた。
(ウソをついているようには見えなかった)
確かに一連の行為は誉められたものではない。
けれど、私人を招へいするよりも先に招へいすべき関係者がいるはず。
当該事件に関係した官僚は証人として国民に答える義務がある。

誰かの感情を損ねれば、手続きやルールは容易にねじまがる―。
この証人喚問の実現そのものが問いただすべき構造を象徴している。
この事件は、21世紀の日本であっても、
戦前と同じように、いやそれ以上の独裁政治が起こりえることを国民に示してしまった。
もし何らかの関与があったのなら、まだましだ。
働きかけがないのに、ねじまがったとしたら、
その力学こそあぶり出すべき本質だ。
今回は氷山の一角に過ぎない。

淡々と事実を確認している質問者(野党)があった反面、
下品で感情的に煽っていた質問者(与党)もあった。
自分たちは同じ穴の狢ではないという心象を植え付けるために
証人の証言に傷を付けようとしていた。
ここは国会の場であるというのにその品格のなさ。
それらの政党は国民の心象を損ねただろう。

証人には偏った世界観はあったとしても
それを実現するために手段を選ばなかったとしても
信念を持って生きてきた人と思った。
煽りにも同調せず冷静に対応していた。

ときの権力者がでっち上げれば
たやすく重大な犯罪者にされることを意味する共謀罪。
近隣諸国との対立を深めつつ
おとなしく従順な国民をつくる教育はそのシステムの仕上げ。
マイナンバー、マスコミへの恫喝(キャスターの退任)、
消費税引き上げ、円安誘導、一億総活躍、補助金ばらまきなども
個々の政策だけを見ているとわからなくても並べてみると
国民を統制する国家像が見えてくる。
そのようなつまらない未来は誰も選ばない。

経済ではなく、幸福感が生きる基準になる。
国に依存しない自主性、自律性、個性を大切にする(ぼくが理想と考える)未来。
安全な食糧が国内で安定的に確保され(これこそ真の安保だ)
生産者の暮らしが成り立つ。
憲法にうたわれる健康で文化的な暮らしが約束される社会であって
教育には熱心でその機会は誰にでも開かれている。
伸びようとする才能や、限りない知恵の探究を支える。
(カネになる研究だけでなく、じっくりと基礎研究や誰もが顧みない分野を深掘りするのもいい)

それでも学歴よりも創造性や職人の技が尊重される。
(日本がめざすべき生産性の高い経済のお手本はスイスだろう。ITやシステム化が進む社会で標準化の思想、合理化の手法、思想教育などを押しつけるのはかえって未来のリスク要因)
住民は直接的に政治や自治に参加している。
政治家は兼務で報酬はボランティア程度。
政党はなく、特定のイデオロギーにも支配されない。
自分たちのお金が、自分たちの考えで自分たちのために使われ、
その過程や結果が目に見えるので賄賂や利益誘導は自ずと発生しない。

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そこに日本ならではの文化や風土(世界中の人がうらやむクールな日本)が漂い、
ものだけでなく、生き方や風土や社会の姿が憧れの国となる。
そのための理念、中長期の方針、アクションプランも描けるだろう。

関心をそらす仕掛けやサプライズに惑わされず、
目に見える現実(そのように見させている構図に気付くこと)から
目に見えない背後の力を見よう。
悪意を持って与えられる社会ではなく、つくりたい未来を描く国になろう。
一人ひとりがその気持ちを強く持って行動することだ。

事件を解明して幕引きではなく
なぜこのようなことが起こりえるのか、
特定の人物や組織が国を支配しようとする動きを
どうすれば防げるのか?
政党政治ではなく、国民が未来をつくるしくみに転換していくこと。
(いつも言っているように、地域が主権を持つこと。四国のことは四国で決められること。そして多くの人が政治に関わることが必要。徳島と高知を1人の議員が担うなんて馬鹿げている。サラリーマン、子育て中の主婦、成人後の学生、場合によっては公務員すらも構わない。議員は兼業で実費弁償だけの報酬で良いのだ。国会議員と県議会議員を区別する必要があるとも思えない)
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追記
ぼくは、天皇陛下を尊敬し日本の国家も国旗もそして何よりこの国が好きな愛国者と思っているけれど、右でも左でも保守でも革新でもないし、どの政党もイデオロギーも支持はしない。日本は、東アジアの近隣諸国とはもちろん、イスラム圏も含めて中立的に良好な関係を築ける数少ない可能性をもった国と信じている。カネのばらまきや軍事力だけが外交ではないのだ(もちろん自衛力は不可欠で自衛隊の役割は大切)。近隣諸国の嫌がることはせず、公害防止や食品の安全確保など相手にとって必要な技術やソフトを支援することで良好な関係が築ける(それこそ相手国の国民が望んでいることだろう)。日本を批判する外堀が埋まってしまえば互恵的な関係を築くのは難しくないはずで、それが日本の国益に叶うことなのだ。



タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 23:32| Comment(0) | 生きる

2017年03月10日

消防車 赤いヒーローは子どもの人気者


午前中に市役所で消防フェアがあると、
広報車が廻ってきた。
生きているのかわからないほどの日々だけれど
それはみんな同じ。
いまこのときも親の介護や資金繰りや子育てに必死の人たちがいるはず。
そんな人たちのひとときの安らぎの時間になりたい。

概観の凹凸とレバーの多さ、メカニカルな造形を後ろから見る
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真剣に聴く人、ていねいに説明する人。
フェイスブックなら「いいね」と押すところ。
(もう流行は下火になったようだけど)

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あのシリーズをつくった円谷プロ風でもあり
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このディティール、曲線の流れとそれが突然切られた視点の力
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空高く誘う。子どもの夢はいつも空にあるから
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こんな体験もいつか役に立つかもしれない。火に対する対処を心の奥深くに刻んで
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どんな道具が現場に役に立つか。想定内も想定外も隊員の使命感と勇気と工夫にささえられている
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竹輪を持った小松島のキャラ。これはたぬぽんだったっけ? 商工会議所さん
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→ 「こまポン」でした。

良い写真だな(ぼくの写真ではなくて、人々の表情がおだやかで)
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嫌なニュースが続くこの頃、
限界を超えてしまったかのような国際情勢、
国内でも独裁への道を進む勢力がちらりと見せた事件の断片、
あの日から6年を迎えるというのに教訓を進化できない私たち。
(暴力や主義主張に流されない静かな革命が必要だろう)
何が起こっても不思議でない危機的な社会に言葉にならない重さを感じる。
それでも、ヒトの営みが好きになる一日。
かすかな力であっても思いを込めた光が存在し
それを集めることはできる。
その力がいまにも消えそうな明日を照らすと信じて。

(フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4)

追記

こんなイベントでした。
【イベント内容】
●消防車両の乗車体験・放水体験・装備品の展示
●AEDの取り扱いを含めた心肺蘇生法等の救急体験
●防災スタンプラリー(景品プレゼント!)
●地震体験車で南海地震を体験しよう
●煙体験ハウスで煙の怖さを学ぼう
●炊き出し訓練(試食あり!)
タグ:小松島 2017
posted by 平井 吉信 at 21:40| Comment(0) | 生きる

2017年02月02日

19回太陽が廻って2月2日は神山の休日、上一宮大粟神社と大粟山の物語


創業して19年目の今日は、2が二つ並ぶ日。
太陽が19回廻って水瓶座に戻ってきた。

仕事は次々と押し寄せて少し疲労感(with充実感)はあるけれど、
それもまた人生。

そんなとき、ほのかに季節を感じつつ
しっとりと濃淡を散りばめたやさしい料理が欲しくなる。
行こう、神山へ。

いつもの店で出てきたのは
ホウボウの煮付け、鳥の唐揚げ。
それぞれ、いい。
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季節を先取りした菜の花のおひたしなどもある。
これでじゅうぶん。

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3分の食事の日常を、
半時間かけて食べる非日常に変えてくれる。

文旦のデザート
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小学生の頃、来ていた毛糸の服をいまも着ている
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料理だけではない居心地の良さは
お迎えしていただく店の方々の品格あってゆえ。

.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

今年はじめて上一宮大粟神社へ行ってみる。
神社の下にクルマを停めて石段を上がるときめき。
(神社の境内近くまでクルマを乗り入れずに下から歩くのがいい)
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手水の使い方の説明が少女のイラストで。
人形のアリスちゃんの里がえりの物語をふと思い出した。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/174363083.html
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ここへ行くとは知らせていなかった相棒が、
そういえば、注連縄が新しくなったらしいと教えてくれる。
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日本麻振興会による動画が掲載されている。
https://www.youtube.com/watch?v=Pu73v42SYiQ
2016年10月9日に奉納されたとのこと。
地元の方々で賑わっている。
大切な信仰の山、神社、土地である。

参拝では個人的なお願いはしない。
ご祭神(大宜都比売)とこの国の弥栄を祈るだけ。
そしてただありがたく。

あそこに粟の紋様が付いている、と指さすので見ると確かに。
(いつも指摘に感心するが、先入観なくものごとを見ているのだろう)
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こんなことも言う。
オバマさんは好きだけど、社会に変革をもたらすことはできない。
社会(毒)を薬で治そうとするから。治されたくない人が抵抗するから。
トランプ大統領の出現は必然で、
薬を受け付けない人が勘違いして毒を受け付けてしまう。
けれど短命に終わる政権。
誰も幸福にはならないことがすぐに露呈するから。
しかし毒と薬は紙一重。実はそのなかに新しい時代の萌芽がある。
その役割は(本人も意図せず)崩壊の引き金を引くこと。
毒を毒で洗い流し、既得権や既成の価値観がひっくり返る。
歴史のなかでトランプ政権は変革を呼び出すスイッチ、との意見。

(小泉政権の作用に似ているのだともいう。その後の民主党政権を生み出す流れをつくりだしたが、その揺れ戻しは強烈に働いた。それは政党政治の終焉を意味しているとぼくは思う)
なるほど、政治や経済はまるで素人の話だけれど、そういう感じ方もあるのだろう。


インターネットではこの神社はパワースポットとの言い回しや
特別な場所という表現がときどき見られるが
(それはそれで肯定したい)
それは、全国で○○川の鮎は日本一というのに似ている。
(日本一の鮎や邪馬台国は全国どこにでもあるのだ。それでいい)

→ 地元ケーブルテレビ制作「第三回 阿波古代史プロジェクト「天岩戸は神山で開いた」〜阿波に広がる古事記の世界〜」https://www.youtube.com/watch?v=lbDf0zvcjFo

それよりも上一宮大粟神社の醸し出す雰囲気が好きだ。
風雪に耐えた時間の悠久を感じさせる。


神社とゆかりのある隣の神宮寺にも立ち寄る。
ここの庭園は山懐のひたひたと迫る場所にあり
心地よい分散と集中を感じさせる庭の配置となっている。
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地蔵様にもぬくもりを。
施した人の心も、施された地蔵尊のお顔も、ぬくい。
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ぼけ封じの観音様は現代風の凛々しいお顔。
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ランチを食べた店でイラストの地図を手に入れたので見ていると、
大粟山に常設アートがあるという。
神社から登るのではと見当を付けて境内へ戻ると
たまたま上から降りてきた人がいたのでお尋ねすると
クルマで車道から行くといい、上には祠があるだけ、とのこと。

そこでコットンフィールドから廻っていくと
大久保の棚田へ出た。
なるほど、大粟山を半周したことになる。
これは行きすぎた。
途中で山へ入る細い分岐があったのでそちらへ入ると
どうやら林間にアートらしきものが。

釣り鐘のようなオブジェだが、竹の切り口でできている
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クルマを停めて次々と見つけながら
森を散策していく。
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針葉樹がほとんどだけれど
樹間の木漏れ日が宝物のようだ。
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高いところがもうないので
ここが上一宮大粟神社の背後にある大粟山の山頂のようだ。
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往路と道を変えて下っていると
神社の方向へと下る道があり、
しばらく下ると神社の社務所へと出た。
やはり上一宮大粟神社から大粟山へ通じる散策路があったのだ。
思ったより近い。
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神山の氣にふれた半日。
魂をふくよかなに広げた神山の休日も過ぎて、
次は20年目の2月2日か、と思いつつ仕事に戻っている。
いつもと変わることなく今日が終わる。
ただ受け容れて、ぼうっとありがたくもある。
ほのぼのと―。





posted by 平井 吉信 at 21:56| Comment(0) | 生きる

2017年01月19日

雲間 アスファルト 南風


年度末なので移動の頻度と距離が長い。
県北、上勝、愛媛…を半日でなど。
ブログもメールも手つかず。
年賀状は1世紀お待ちください…。
(一度でもいただいたのなら、またこちらから出したのも含めて未来無期限有効としたします)

といいながら、1月に入って初めての休みに束の間のひとこま。
オープンカーの勢揃いに、
雲間からの日射しが錯乱し
潮風に吹かれてヤシがしゃべる。
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雲間 アスファルト 南風、の連想ゲームは
南阿波サンライン。
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その心は、
人も植物も雲も生きている、ということ。
posted by 平井 吉信 at 23:59| Comment(0) | 生きる