2019年06月23日

海部川支流の休日 徳島で生きることの意味を語っていくこと


用事を済ませてぼちぼち出かけることにする。
行き先は海部川とその支流。
南阿波サンラインを経由して
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昼は牟岐55ラーメンでいただく。
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母川は蛍とオオウナギの川。
南フランスの小川のような流れ。
湧き水を集めて海部川下流へと注ぐ。
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河畔林と水辺
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海部川支流へと入る。
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背景に沢を従えて
水の流れと風の流れを十文字に受ける地点がある。
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風が吹き下ろすのはわずか2メートル程度の幅の場所でしかない。
(本流と沢の交点)
ここに店をひらく(机と椅子を並べる)。
椅子に座ってうとうとするが、
吹き下ろす涼風はまちの汗や匂いを流してひんやりと。

ほとんど人は来ない。
(午後の時間で一人としか会わなかった)
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水の流れは手ですくって飲めるほど
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身の回りの植物を眺める
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フラクタル&ボタニカル(単語の使い方が間違っているけど)
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これは園芸種? ワスレナグサではない。帰化植物のオオルリソウか?
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近寄ってみるとネジバナの巧みな花の咲き方
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河畔林の豊かさが生命線
目を閉じれば森と川と同化する
例えようがない
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梅雨の晴れ間を縫ってやってきたこの場所は
数十年変わらない場所。
各地で移住促進を競い合っているけれど
徳島で暮らすことは
無数の自分の居場所を見つける愉しさと
そこに行けばいいという安らぎを誰かと分かち合うこと。
山からのミネラル豊富な野菜や魚をいただきながら生きること。
心身の健康が幸福への前提となって
誰かを支え支え合う実感を持って生きていくこと。
(自助努力は大切だけど足りない貯蓄だけ見ていても解決しないよ)
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無理やり「バズる?」動画でアピールして
補助金やら支援金やらの特典を付けないと来てくれない場所ではない。
問われているのは情報発信ではなく
地元で生きている人たちの理念と暮らし方。
そこには汲めども尽きることのない泉がある。

自分探しをするのではなく、居場所探しをするのでもなく
人生に8個か9個あるワンクールのひとこま。
いまそこでできることを積み重ねていければいい。
だから、徳島、四国で生きる意味を探しながら生きてみませんかと
このブログでは語り続けている。

休日っていいな。
また生きていく力が湧いてくる。
タグ:海部川
posted by 平井 吉信 at 14:30| Comment(0) | 生きる

足りない年金でも現実に足を付けてできることがある(循環的な生き方、第二の起業)


金融庁の報告書は楽観的
6月21日付の徳島新聞に
社会保障と税を研究されている西沢和彦さん(日本総合研究所調査部主席研究員)のコラムが掲載されている。また、同日付でさらに詳しい内容がダイヤモンドオンライン(https://diamond.jp/articles/-/206310)にも掲載されている。

不足額の試算にはマクロスライドが織り込まれない楽観的なシナリオで、
公的年金の一定の限界を見据えて長寿社会での環境整備を考えるべきとしている。
その場合、支出と収入の差額(家計の赤字)は月5〜6万円ではなく
年々拡大していくとしている(予測というよりは前提)。

それを考慮すれば必要な貯蓄額は
老後(年金生活)を20年とすると1,700万円、
30年とすると2,800万円不足となる。
国民年金のみ加入者や単身の高齢女性はさらに必要となる
(ぼくの試算では国民年金生活者は7千万円の貯蓄が必要)。

報告書に批判が向けられるとするなら、
不安を煽っているのではなく、
無責任に楽観的な数字を挙げていることとしている。
ぼくも同意見である。
このまま行くと、政府の説明とは裏腹に
貧困にあえぐ高齢者が続出することが確実となる。

公的年金だけで賄えないことが露呈しているので
金融庁の報告書でも株式投資など資産運用を奨めている。
しかし将来に不安を抱える国民が多数を占める国で株価が上がる要素がない。
個別銘柄への投資はミドルリスクハイリターンの可能性があるが目利きが問われて一般的でない。

人生はお金のために生きるのではない、という原点に立ち返ってみる。
お金は暮らしに必要な大切なものでお金は必要である。
ならば、人生を愉しみつつ収益を確保することで
年金や資産運用に依存しない暮らしを確立すればいい。

資産運用の問題だけでない
10代後半の頃
大学→ 就職→ 結婚→ 退職(年金生活)→ 人生終了という
直線的な生き方に疑問を感じて、
まずは出発点を変えてみようと大学を受験せずに独学で勉強する道を選んだ。
もっとも高校卒業時の成績が進学校とはいえ400人中380番であったので
進学の選択肢もなかったのだけれど、
自分のなかでは進学を諦めたのではなく
独学で一生勉強する人生を選んだのだと思っている。
(学年1位になった教科が複数あることは事実だけど)。

好きな本を読むのは時間を忘れるぐらい愉しい。
勉強は好きだが受験対策の勉強という動機ではないので
何十年経っても忘れない。
自分の意思ではなく流されていく人生(それも悪くないけれど)と
好きなことをやりたいときにできる人生では、
どちらを選びたいですか?
(価値観を押しつけるつもりはないけれど)

当時もいまも変わらないのは10年を一単位として
やりたいことをやってみてうまく行けばもっと伸ばし
うまく行かなければ舵取りを変更すればいいと思っている
(10代の頃の文章に「循環的な生き方を選ぶ」などと気取って書いてある)。
できるだけ長く生きる、できれば百歳まで仕事を続ける、とも当時書いてある。
そう決意するとやるべきことは着手して、やらないことには手を付けないようになる。

ゴルフは一度もしたことがない(森を散策するのが好きな人間はしない)、
付き合いの飲み会は行かない(それが愉しいとは思えないし表面的な付き合いは避けたいので)、
食生活には気を付ける(高校のときの体型、体重はほとんど変わっていないし、陸上の経験はないけれどいまでも100メートルを12秒ぐらいで走れそうな気がする)。
タバコは1本も吸ったことがない(だから味覚が生きている。このことが仕事=収益にもつながっている)。
(ゴルフやタバコをしないだけで生涯に1千万円程度は違って来るでしょ。ビールも飲まない)
禁煙に取り組まない職場はこちらが見切って辞めた。
SNSは仕事と人生の生産性を下げるのでやらない
(そうでない人もいるけれど、ほとんどの人は?)
自分のモノサシがあれば「すること」「しないこと」が明快になるので
生き方は簡素で迷わない。

国民年金受給者の足りない金額
国民年金の受け取りを5万円、
必要な生活費(金融庁試算にはない修繕費、旅行や慶弔費まで含めよう)を月額30万円と仮定すると
(楽観的でなく現実的なシナリオ)
年金で30年間暮らすのであれば25万円×360か月=9,000万円必要となる。

国民年金受給者とは自営業者と仮定して
退職金をつくるために小規模共済へ加入することで
退職金を2千万円程度はつくることができる。
(国の制度で中小機構が運用している)
これで不足額は7千万円程度となる。

次に見直すのは生活のあり方。
現役時代のように頻繁に外食に行くこともなければ付き合いの支出もなくなるので生活費を20万円、予備費として5万円の25万円に絞る。
すると元の不足額が7,200万円になり退職金での充当2千万円を控除して5,200万程度となる。
これでも大多数の人にとっては絶望的な数字である。

生き方の視点を変えてみる
心を落ち着けてみる。
いま流れゆくとき、呼吸の一つひとつが生きている証しであり
そのなかでお金に執着することが意味があるとは思えない。
心静かに暮らすとき、不足する年金に怯えるのではなく
別の生き方が見えてこないだろうか。
そもそも無職で30年も過ごす生き方って幸せですか?
誰かの役に立って感謝されながら
その対価としてささやかなお金をもらいながら暮らしてみてはどうですか?
と問いかけてみる。
例えば月収15〜20万円の仕事を自分でつくってみる
(これはサラリーマンを退職して起業する人にも当てはまる)。

身の回りを観察すると
世の中に必要とされる役割がありながら
経済合理性一辺倒の社会で消えていったものが数え切れない。
また、社会が変化すればするほど、それについていけない人が出てくるので
新たな潜在ニーズが渦巻いて生まれていく。

ぼくは料理をするので包丁を用途に応じて使い分けている。
包丁は自分で研いでいる。
粗めの砥石と仕上げの砥石で1本あたり数分で研ぎ上がる。
誰に教わったわけではないが、根元と先端では本能的に確度を変えて研いでいる。
これで1か月程度はだいじょうぶ(プロの料理人のように毎日研ぎ上げる必要はない)。
ところがある日、一本の包丁の木製の柄が朽ちて刃が取れてしまった。

調べてみると県内に包丁専門店は12店舗しか見当たらない。
(廃業されている事業所もあるかもしれない)
幸いにも歩いて行ける距離に専門店があり、
350円(工賃材料込み)で新しい柄に付け替えてもらった。
店主は70代後半の方とお見受けする。
部品である木の柄に刃を差し込んで金槌で数回柄を叩くだけ。
接着剤も使わない。
これで大丈夫ですか?と尋ねたら
抜いてみなさい、と笑っていた。
技術があれば瞬時に解決できるのがプロの技だけど
この道数十年でなくても数日弟子入りして技を覚えれば
店の後継者となることも可能だし
自宅兼包丁研ぎ包丁トラブル解決の専門店として
WordPressベースのWebで年額数千円で情報発信も可能である。

70歳からの起業 もしくは85歳まで現役で続けられるやり方
このように必要とされる役割、社会に貢献できることで
自分ができそうなことを見つけて
70歳からの仕事として取り組めれば足りない年金をカバーできる。
この例では、包丁研ぎをワンコイン(500円)として
1日10人の来客を確保して20日程度の営業日で対応すれば
10万円の収益となる。

これまでの専門店との違いは体験による啓発を行うことである。
包丁を研げば料理が安全になる、おいしくなる、
正しい包丁の使い方や使いこなしを教えてもらえる―。
これまで包丁専門店に足を運んでいない顧客層を開拓できることになる。
一生ものだよ、と言って数千円の包丁をお分けして
そのメンテナンスを続けていくビジネスモデルも可能だろう。

内山節さんの視点
本日(6/23)の徳島新聞に内山節さんのコラム(いつも日曜に掲載される)が載っていた。
「人を貧しくする政治」とタイトルが付けられている。
縄文時代を研究する知人から聞いた話として
縄文時代の人たちは深い精神性を持っていたという。
それは生きるために働く割合が低かったため。
豊かな自然があってそこから少しいただくだけで事足りた。
当時想定された作業を学生たちにやってもらったところ
一日4時間程度の労働で事足りた。
生きるためにあくせくしない縄文人は
深い精神性を持っていたはずという。

ところがいまの日本では
生きるための道具に過ぎないお金のはずが
お金のために働き、
お金のために貯蓄や投資をすることを仕向ける政治への疑問を投げかけておられる。

岡本太郎の縄文土器の写真を見たことがきっかけとなり
縄文時代は日本の歴史でもっとも進んだ時代であるばかりか
世界的に見ても希有な持続可能な生活を送っていた時代と考えて
20代のぼくも三内丸山遺跡を訪れるなど
若い頃から縄文への畏敬の念を持ち続けている。
(このブログでも縄文をテーマに度々書いている)

30代の頃、内山節さんの「森にかよう道」などの著作を読んで共感したので
講演会ができないかと模索したことがあった(結局はできなかった)。
今回は徳島新聞主催で2019年7月13日に開かれる。
無料だが申込制となっているので6月28日必着で応募をということである。
https://www.topics.or.jp/articles/-/212338

社会に横たわる潜在的な需要を見つけて自分ができることを重ね合わせる
社会に必要とされていて大手が参入しない領域であって
地域の役に立って対価が得られる作業を趣味の仕事として磨いていけば
月収10〜20万円程度は十分可能である。
しかもそのための労働時間は一日半日程度で事足りる。

退職後の起業(第二、第三の人生)として
20年間で4,800万円の収入を得ることは十分可能である。
残りの人生は精神的な人格の形成や若い世代の手助けに回ることで
自らも歓びが得られる。

上記は一例だが、それぞれが実行可能な取り組みがあるはずである。
そのための考え方や方法論を問題提起しつつ啓発するための
Webサイトを立ち上げた。
今後コンテンツを充実させていきたい。

「おだやかな経営」
https://www.odayaka-keiei.com/

「おだやかな経営」は、国に頼らないで生きていく着眼点でもあるけれど
同時に誰一人落ちこぼれない政策を求めていきたい。
また、心身の健康を保つことが人生の前提となるので
それについても深めていきたい。

追記
徳島県海陽町の海部川流域の山懐に城満寺という禅寺がある。
https://tabi-labo.com/286004/jomanji

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由緒ある寺を継いだ若い住職の取り組みに注目している。



タグ:年金 縄文
posted by 平井 吉信 at 12:13| Comment(0) | 生きる

2019年06月13日

「高齢社会における資産形成・管理」(金融審議会WG)を読んで


令和元年6月3日に発表された
金融審議会 市場ワーキンググループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」が
話題となっているので読んでみた。
人生百年時代の資産形成と管理について問題提起を行ったもの。
特に不快な表現はなく、積算の根拠も示されている。
どこが問題なのかわからなかった。
これに対し与党の政治家(生活苦とは無縁の人たち)から
報告書を受け取らないなどの態度が表明されている。その理由もわからない。

大勢の有識者が集まって行政機関の名で出す報告書は
根拠を明らかにするとともに角を丸めて
控えめな表現(伝える意図よりも言いすぎないことが求められる)で
ニュアンスが伝わりにくいのが通例。
この報告書も問題提起を行っているが
それ自体が不当に危機を煽っているわけではない。
以下に置かれているので消されないうちにダウンロードして読まれることをおすすめする。
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20190603/01.pdf

ここでのモデル試算はあくまで平均的な世帯像ということになっている。
しかしぼくのような国民年金受給者(若い頃はお金がなくてかけられていないのでもらえても月4〜5万円だろう)だと、毎月不足するお金はこの試算以上となる。
仮に月の生活費を26万円として国民年金の場合なら
不足額は月21万円の赤字で1年で230万円程度、
30年無職で生きれば預貯金は7千万円弱必要ということになる。

うちにあるテレビは現役のブラウン管テレビ(15インチと19インチ)。
持ち物には小学校から使っているモノもある。
エアコンは使っていないので夏場の気温は平均で32度ぐらいである。
スマートフォンは10年間導入の検討を行い
2年前に2012年製の中古端末を3千円で試験的に導入し
その動作を確認できた。
使ってみたところ特に用途が見当たらず
普段は電源を切って運用し必要なときは電源を入れて
レスポンシブWebの検証用に使っている(これだけで使う意味は十分にあるので買って良かったと思っている。フリップ入力という使いにくいインターフェイスが操作を遠ざけている)。
車も20万km未満の走行で買い替えることはない。
こんな生活態度の人間を浪費家と呼ぶ人は少ないだろうけれど、
2千万円の預貯金で30年はおろか20年乗り切るのも冗談でしょうと言いたくなる。

先の報告書の試算では月額の支出26万円のなかに
住宅リフォームや介護費用、重篤な病気の治療費は含まれないとしている。
うちは数年前に危険な状態であった屋根の葺き替えを行って
途方もない修繕費が入り用となったがそんな数字も含まれない。
冠婚葬祭や接待交際、旅行などもときどき行くとすれば月額30万円以上は必要だろう。
さらに老後にローンが残る人はどうなるだろう。
悲観論でも理想論でもなく
普通の世帯で老後の資金は5千万円〜7千万円は必要なのだ。
そのうち退職金で2千万円程度を充当できるとすれば、
3千万円〜5千万円の預貯金が必要ということになる。

若いときにやりがちな過ちがある。
それは過去の意思決定の後始末を未来に回すこと。
ローンを組んで大型ミニバンを買ってそのツケを6年後まで払うのではなく
身の丈の車を購入してローンを組まない、
もしくは必要なときにシェアカーといった手段もあり得る。
貯蓄がないといっても収入の多い少ないではなくお金の使い方に問題がある。
自分に投資するのは未来の種まきを行う有意義なお金の使い方だが
将来に果実を生まない資産に投資してそのツケを未来で払うというお金の使い方は
いわゆるマイナス生産の投資。これではこれからの時代に生きていけない。
投資すべきは自分自身。
自分が未来にやりたいことをやり切るための投資に振り向けるべきでは?

世帯の貯蓄残高に目を向けると
貯蓄がほとんどなく老後を迎えている世帯も相当ある。
さまざまな調査で数字が異なるが、
14%の世帯は貯蓄がないという結果もあれば、
30〜40代がもっとも貯蓄がない世帯の割合が高いが
どの年代でも貯蓄なしの世帯が3割程度あるという調査もある。

現実を直視すれば老後の貯蓄は2千万円で足りず
物価は年々上昇するなかで
消費税率が10%に改定されると生活を直撃する。
これでは老後にすらたどり着けないことにある。
ここ十年程度の政策は格差を広げるばかりで
将来への不安は増すばかり。
政治や行政任せではいけないというのが
この報告書の隠れた問題提起ではないかと思えるのだ。

政治には期待していないし、
政策を任せたい政党はどこにもないけれど
それでも次善の選択をあきらめることなく続けていく。
民主主義の義務を果たしていくことは
自分で意見を持って主張しできることから地道に実行していくこと。
そこから賛同者も広がっていく。
とにかく夢をあきらめないこと。
絶望的な未来に光を観るのは一人ひとりの行動の積み重ね。
30年後のことはいったん忘れて信念を持って毎日を積み重ねていく。
ただいまを生きる―。それが答え。

追記
金融庁では公的年金以外に必要となる老後の生活費を
1,500〜3,000万円と独自に試算していたことが判明。
(これも控えめで楽観的な試算だろう)

一方で非正規雇用が4割に達しており
そのほとんどの年収が200万円に満たないのが現実。
モデル試算はいまや日本から消えてしまった「中流」が前提のようだ。
生活格差の拡大で富裕層は以前より金持ちになり
平均値を押し上げていると思われる。
(平均値が中流より上となっていることに留意すべき)。

さらに経営者として多額の有利子負債(キャッシュフローと比べて大きいという意味)を抱えて入れば
まずは借入を返済しなければならない。
自分の代でそれができないと子息は事業を継がないので
返せない借金となる。
廃業してその費用で清算ができれば良いが
そのような事業所はほとんど見当たらない。
(売却時の資産がスクラップ価格になるからだ)

政府の言葉を信じて老後が一文無しになっても救済はない。
現実にお金は必要となるので
いまから自給自足で相当程度を賄える四国の山間部に移住して準備をするか
株式投資でも始めるかの自衛策が必要となる。

ただし平均株価は人口減少の日本の現状と内需を拡大できない政策では
上がる要素はまったくない。
リスクはあっても個別の銘柄への投資が次善の選択。
しかし投資した企業が市場の環境変化に翻弄されたり
災害多発期に入ってリスク対応の不備(BCPなど)で
株価が暴落すれば財産を失うことになる。
分散投資は基本ではあるが、一般の方は株式投資に手を出すべきではないのでは?
(ぼくは行っていない)

個人での防御策といっても
未来を切りひらく自己投資は積極的に、それ以外の支出は切り詰める以外に
やるべきことが見当たらない。
個人としての自助努力と国民の義務を果たすことは当然だが
政治や行政にもメッセージを伝えていかないと
(選挙やパブリックコメント、懇談会や議会への参加、インターネットでの意見表明、地域活動など)
この国はそう遠くない将来に「見たくない明日」になってしまう。



posted by 平井 吉信 at 23:24| Comment(0) | 生きる

2019年05月13日

ある夫婦の苦しみ誰も救えず 崖に突き進む暗黒の時代


いつの時代でも心中はなくならないのかもしれないが、
個人番号が割り振られて個人が管理される時代にこのような事態が起こるようだと
政策が間違っているのではないか。

借金苦「死ぬなら一緒に」最期の旅3カ月 夫の悔恨と、妻が言い残した「郵便貯金」(毎日新聞)
https://mainichi.jp/articles/20190513/k00/00m/040/074000c?fm=mnm

ミスをしたら容赦しない社会、
なのに声を上げるべきところで第三者の振りをして関わらない。

宮沢賢治の言葉がふつふつと湧いてくる。
「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」
(実はこの言葉は幸福論の本質を突いている。細胞のDNAレベルで検証しうることなのだけど)

物価が上がるのに所得は増えず、ここ十数年可処分所得が減少していること、
将来に対する不安が増大して消費に回らないこと(お金を使いたくない)、
内需が弱くて経済を牽引できないこと、
産まれたときの格差(経済格差)は死ぬまで消せない。
これがこの国の実態とすれば
秋に消費税率を上げる(生活苦の増大)、軽減税率を設定する(混乱)、それに商品券のばらまき(無意味の極めつけ)と悪政が続けばこの国を出たくなる。

怒りと哀しみを覚える事件が日々起こっているが
それらはほんとうに防げなかったのか―。
政治や行政がこんな状況なら
国を排除して地域自治を行うしかないではないか。
posted by 平井 吉信 at 21:21| Comment(0) | 生きる

2019年04月27日

比べることなく無目的でいる


誰かにいい、悪いと言われるために生きているのではない。
「幸福」とは自分のモノサシで生きること。
いや、モノサシという表現もちがう気がする。
それが比較の基準になってしまうから。

「VS東京」というフレーズを徳島県は広告塔にしているけれど
幸福感を打ち出していくにはどこかと比較している時点でどうなのかな?


何が起こっても
善悪や評価を付けず受け容れていけばいい。
幸福とは
物質的な欲求が満たされた状態でないことを知っているのに
欲求が満たされなければ不幸と考えてしまう。

瞑想(というより呼吸法)をしてみたらどうかなと思う。
呼吸のみに意識を集中させる数分を毎日持つこと。
大脳生理学や心理学からその意味付け(利点)はできるだろうけど。
幸福とは比べないこと、無目的に生きること。

風が吹いて枝が揺れたり
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野に咲く花の存在に気付いたり
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水の音や水面のきらめき、
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海の香りにときめいたりできる。
海、山、川が身近にあって(それも全国有数の質で)
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(↑県庁から半時間少々でこんな場所があるよ)
太平洋から紀伊水道、瀬戸内(鳴門)まであって
野菜、根菜、葉物、魚介、肉が万遍なく揃っていて
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京阪神に日帰りのアクセスができる徳島とは
いったいどんな県だろう。

徳島の強みを活かす政策は何かを考える前に
徳島の強みを感じる人々が増えること。
何のために…という目的がなく綴っているるブログだけど。

(野菜と肉の蒸し調理、自家製ドレッシングで朝採れの野菜を食べるなんて徳島では普通です)
posted by 平井 吉信 at 21:27| Comment(0) | 生きる

2019年04月14日

「天下御免」の平賀源内 平成から令和へ何をつぶやく

耳に離れない旋律があって
その音楽を聴くととても愉快な気分になれる。
貴重な音源がYouTubeに残されていた。
https://www.youtube.com/watch?v=LIWc-XL0EcM

ご存知の方はいらっしゃるだろうか。
大河が始まる前のNHKの時代劇「天下御免」。
平賀源内を主役に跳んでいる昭和のテレビ時代劇。
平賀源内は讃岐が生んだスーパースター。
龍馬も好きだけど、もしかしたらそれ以上にファンかもしれん(個人的に)。
ふたりとも目先のことなど考えていない。
それなのに民衆の気持ちに寄り添って行動する。
源内は、土曜の丑の日にウナギのプロモーションを行って
それが今日まで定着する(夏がウナギの旬というわけではないよ)。
「天下御免」の番組ではねずみ取り器を発明して「チュートレール」と名付けたり。
(エレキテルは誰でも知っているよね)
その後継者が小林製薬である(と言ってしまおう)。

幸いにも主演の山口崇さん自らが録画していたテープが世界に唯一現存するものらしい。
(NHKにも残されていないとは…)
その第1話をご覧いただける。
気分が落ち込んでいる人、心が晴れない人はご覧になられてみては?
https://www.youtube.com/watch?v=qNVGikGiA4w

ぼくは最終回が目に浮かぶ。
出血した親友の右京介の止血をした白い布を広げてみれば
白地に赤い日の丸。これを国旗にしよう、と言っていた記憶がある(劇中)。
(右とか左とかじゃない。番組には自由な風が吹いていて心地よかったよ、子ども心にも)

出演していた俳優の顔ぶれ、ユーモアと自由な風が横溢している。
(70年代最高のエンターテインメントではないだろうか)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%B8%8B%E5%BE%A1%E5%85%8D
(源内は山口崇さんがはまり役だね)


金毘羅船々追風に帆かけてシュラシュシュシュ
まわれば 四国は讃州那珂の郡
象頭山 金毘羅大権現 一度まわれば♪
https://www.youtube.com/watch?v=aOyk0iwF6Oo

数少ない家族の泊まり旅行が琴平であったことを思い出した。
旅館の2階から川が真下に見えた記憶がある。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/64208508.html


もし平賀源内がタイムスリップして現れたらどう言うだろう。
スマートフォンをかざして元号発表を待ち受ける場面に
「つまらん、実につまらん」とつぶやいているではないか。
彼にその理由を聞いてみると
(スマートフォンを見ても一瞬に何を行っているかわかるのは江戸時代の人ととは思えん)
将来に不安を抱えている人々が暴動を起こさないよう
上から諭して和を持って貴しとなせ、と言われているようなものだろう。
いまこの国に必要なのは尽きることのない豊かな発想力、行動力だ。
やればできる!
一人ひとりが覚悟を決めて人生を愉しめばいいよ。
それがこの国をいきいきとさせる、政治家や官僚に任せてはいけないよ。
未来をつくるのはあなたがたの意志だよと。

いつの時代でも
平均的なものが正常という考え方で均質化を求めるのは
多様性を排除する力学。
失敗者を容赦なく批判する時代が令和であるなら
実につまらない。
幸福とは、平均的な考え方や
他人との比較のなかには決してない。
自分が定義すればいい。

源内さんにそう言われたので伝えておきましたよ。

志度に記念館がある。行ってみたいな。
http://ew.sanuki.ne.jp/gennai/index.html


追記
平賀源内の著書でないけどKindleユーザーは無料で読めるよ
平賀源内捕物帳 萩寺の女

万葉集は好きだけど、「令和」という元号には
国民や地域が主人公という匂いがしない。
一人ひとりが生ききるしかないね。
posted by 平井 吉信 at 11:37| Comment(0) | 生きる

2019年04月06日

十年で循環する生き方 次の1クールを考えようと海が見える丘に(大神子)

新年度になって仕事を休むのは例年。
つい数日前までの年度末の激務から心身を休めているだけでなく
桜の季節だからというだけでなく
新元号だからというわけではなく
冨岡西高校が選抜で良い試合だったからではなく
つまるところ十年一区切りで見直しを行おうとしている。

10代後半の頃に気付いたことがある。
高校卒業→ 大学受験→ 就職→ 結婚→ 引退の一直線の生き方はできないと。
人生は一度しかないのに、これではやり直すことが難しい。
10年ぐらいで何かに取り組んで納得が行く生き方をしていくとなると
8クール程度の経験ができる。
新たな展開へはこれまでの経験(強み)は活かせるが
価値基準を変えて異なる見方ができるのではないかと。

風呂に入っているとき、
就寝前の音楽を聴いているとき、
車の運転をしているときなど
何か思い浮かんだらICレコーダーに記録できるようにしている。
(菩提樹の下で瞑想はしていないが)
おぼろげに次の10年の進み方が見えてきたところ。

異なるものの見方、実践とこれまでの経験や強みを合わせるところに
新たな価値提案ができるのではないかと。

そんな思考をめぐらすのなら家でいるより外へ出たほうがいい。
ところが外へ出ると外界の持つ情報量に敏感に身体が反応してしまう。
風のそよぎ、陽光と陰翳の万華鏡のような瞬間、路傍の山野草、野鳥の声…。
自然は饒舌すぎて耳をふさげなくなってしまう。
そしてついにそれに向かって行動を起こしてしまう。
それが写真を撮る行為であったりする。

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樹木のトンネルで足を止める
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海がなつかしい
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海を眺める椅子がある
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船を眺めるのも楽し
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これは砂船
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越ヶ浜を対岸から眺める
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この日の大神子、言葉ではなく写真。
何か感じられましたか?



posted by 平井 吉信 at 23:39| Comment(0) | 生きる

2019年04月04日

明日香から万葉の世界へ 万葉恋歌


万葉集が好きになったのは中学の頃の旅行がきっかけだった。
国語を担当する担任の先生が明日香村へと連れていっていただいた。
高松塚古墳の壁画がブームになっていた頃だったと記憶する。

甘樫丘、雷の丘と飛鳥川、岡寺、伝飛鳥浄御原の宮、石舞台古墳、天武持統陵、鬼の雪隠、亀石などを自転車でめぐる夢のような三日間だった。
明日香村の地形は以下の記述のように変化に富んで
そこに四季折々の風情、光の彩なす影、風のそよぐ緑、棚田の色彩に古京がたたずまい
自転車や徒歩がとても楽しい。
「明日香川上流は山また山として、檜隈は野、真弓は丘、そして山と丘に囲まれた飛鳥古京は箱庭のような原としてとらえることができる(「万葉の歌 明日香・橿原」(中西進企画、清原和義著)



これが古墳や考古学、古代文学に思いをはせるきっかけとなった。
その後、何度か明日香を訪れては感慨に浸っている。

馬子の墓とされる石舞台古墳
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いまも昔もそう変わっていない飛鳥川
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明日香川明日も渡らむ石橋の遠き心は思ほえぬかも


明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに


落ち着いたまちなみは地元が意識して守っているもの(橘寺周辺)
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橘の寺の長屋にわが率寝し童女放髪は髪上げつらむか


川原寺を望む
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かつての都が置かれていた場所(飛鳥宮跡・伝飛鳥板蓋宮跡/飛鳥浄御原宮跡)
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甘樫丘はいつ来ても明日香を濃厚に感じるところ。かつては盟神探湯が行われた
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丘からは大和三山や大原が見える
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田んぼにこんなものが古代からあるなんて(亀石)
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吉備姫王墓の猿石
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庭園のようでもあり儀式の場のようでもあり(亀形石槽)
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檜隈の中心地、中尾山古墳へ。自転車で徒歩でめぐる飛鳥路のなつかしい感じはどこから来るのだろう(高松塚古墳の近傍にて)
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さ桧の隈 桧隈川の 瀬を早み 君が手取らば 言寄せむかも

(↑絵のように美しい場面ですね)

高松塚古墳の北にある中尾山古墳。宮内庁の定める文武天皇陵とは別に中尾山古墳が文武陵ではないかとの説が有力。いずれにしても親族が集まって埋葬されている事実に変わりはない
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田園を逍遥すると印象的な丘がある。なぜかなつかしささえ感じる(高松塚古墳の南方にある文武天皇陵=檜隈安古岡上陵)
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天武・持統天皇陵(檜隈大内陵)
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春過ぎて夏来るらし白妙の衣乾したり天の香具山




万葉集がいいのは表現がまっすぐな歌、おおらかなうたが多いこと。
永井路子さんいわく
「そこかしこにも、みずみずしい愛の息吹きがあり、率直すぎるほど率直な欲望の告白があった」。
目のやり場にもこまる感じと記されている。
確かに「新肌触れし児ろしかなしも」などといわれるとそうだろう。
(この直截な言い方とその裏にある得意気な顔と逢えない時間がやりきれない切なさが入り交じった感情を現代の日本語で書き表すことは難しい。例え言葉で言い得てもその感情を追体験する場面がないから)

この時代は耐え忍ぶ恋が美徳だなんて思っていない。
縄文の時代にピカソのような表現があったように(わびさびとは程遠い)
ほんの少し前の日本には夜這いと若い衆組による仲裁などがあったという。
万葉集には日本人の愛のかたち、原形があるとも結論づけている。

多摩川にさらす手作りさらさらに 何そこの児のここだかなしき


音楽のような余韻を残す言葉の存在感も今日の日本語からは消えている。

会っている間が夫婦であり結婚であったという古代の結婚観も図々しくも新鮮。
魅力がなくなれば関係は消滅する。
だからこそ逢瀬にかける。

君が行く道の長路を繰り畳ね焼き亡ぼさむ天の火もがも

これは激しい。
旅に出る恋人が通る道を焼き尽くすという女の情念。

吾を待つと君が濡れけむ足引の山のしづくにならましものを


二人行けど行き過ぎ難き秋山をいかにか君が独り越ゆらむ

大津皇子をめぐる女たちのつややかな返歌や姉の弟を想う絶唱。


この著作が生まれたのは1972年。
高度経済成長、カップヌードル、インスタントな恋愛という風潮のなかで
万葉を通して愛の原形を見つめている。
その文体は口語体でラジオのDJのようでありながら
ふと立ち止まる瞬間に古の薫風が当時の香りをまとって
いまの時代に吹いてくる。
アカデミックとは無縁の万葉集の読み解きだが、
万葉集のなかでも恋の歌を集めて永井ワールドを全開に魅力を語っている。
いまの二十代の人が見ても共感できるのではないだろうか。

(目次)
プロローグ 日本人の愛の原型
1 片恋
2 ひと目見し人
3 ひめごと
4 悦びを謳う
5 待つ
6 別れてある時も
7 夫と妻
8 人妻ゆえに
9 悲しき恋の物語
10 万葉の恋愛美学

残念ながらこの名著も廃刊となっているかもしれないが、中古では手に入る。


https://amzn.to/2OFrbz2
(Kindleででも復刻してもらえないかな)

手持ちの1995年光文社名著愛蔵版の初版1刷と2004年同文庫本の初版1刷
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タグ:縄文 万葉集
posted by 平井 吉信 at 00:14| Comment(0) | 生きる

2019年02月11日

食べることで身体を癒していく 


このところ仕事が立て込んでいたうえ
風邪の人との面談が相次いだ。
疲労もあったのだろう、しばらくして風邪を引いた。

連休中は寝たり起きたり。
その合間に仕事をしている。
今朝は寒く感じて室温をみれば8〜9度。
エアコンがないので冬の室内は10度〜12度ぐらいだが
慣れてしまってキーボードを打つ手もなめらかに動く。
高気密高断熱の家屋で全体暖房が理想だろうが
うちはそうもいかない。エアコンを付けないのはきかないから。

鼻水が止まらなくて風邪+アレルギー性鼻炎のような症状。
日曜でもやっていて漢方薬を処方してくれる医院が近所にあったので行ってみた。
けれど忙しいのか流れ作業で診察は瞬時に終了(忙しいのはわかるけど…)。
体温すら計らず自己申告だった。家庭の体温計は信用できるのだろうか。

結果はアレルギーの対症療法の薬を処方された(ザイザル錠、モンテルカスト錠)。
(患者一人ひとりに適切な処方はあるというのに。かかりつけ医ならおそらく葛根湯加川キュウ辛夷を処方するだろうけど、ここは初診)
実際に主訴は解消したけれど(それはそれで仕事に出るので無意味とは言わないが)
体調(現在の体質)を改善しなければ意味がない。

熱っぽさがなく平熱だが芯から冷たい感じがする。
(平熱は36度台後半であるが、計ってみるとそれより低い)
この時点でインフルエンザは却下できる。

ということで自己診断は麻黄附子細辛湯の処方。
(似たような位置づけでは小青竜湯があるけれどこちらを選んだ)
なかなか薬局には売っていないが近所の店頭で探し出した。
https://shop.cosmospc.co.jp/products/detail.php?product_id=680
(インターネットでも少ない)

急性鼻炎のようなアレルギー症状が治まる今夜ぐらいから
葛根湯加川キュウ辛夷か辛夷清肺湯(手に入りやすい商品名ではチクナイン)に切り替えていく。
https://www.kobayashi.co.jp/brand/chikunain/prejudice.html

それ以上に食事が大切。
身体をあたためるスープは20分もあればつくれる。
ニンジン、赤タマネギ、生姜、エノキに酒、塩を入れて
食べるときに醤油、コショウを少し落とす(好みに応じて)。
冷凍餃子を解凍したものを入れていて
そこからも旨味が出てくる。
あっさりとしているので中華風スープとしていくらでも食べられる。
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五分搗き米に自作の梅干しは
噛めば噛むほど身体の内部にまで広がっていくようで。
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相変わらず葛湯またはゆこうの絞り果汁の湯割は続けている。
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(ゆこうには優れた抗酸化作用、腸内健康を整える働きがある。それは他の香酸柑橘よりも優れていることがわかっている。ありがたいことにまだ青果が手に入る。しかも無農薬)
風邪を引くと身体はケーキのような甘みを欲しがらない。
葛湯にメープルシロップ、ゆこうの果汁をかけたらちょうどいいおやつにもなる。

風邪薬だけに頼らないで免疫力を高めるには口からの摂取が助けになる。

追記
堺屋太一さんが亡くなられた。
大阪万博は少年の憧れであり
特に太陽の塔にはわけもなく惹かれた。
(芸術は理屈を越えているんだよね)
https://taiyounotou-expo70.jp/

晩年の岡本太郎さんにお会いし
サインをいただく機会があって
そのことをご本人にも告げた。
太郎さんは万博を調和だとはまったく考えておらず
それを告発するために屋根を突き破ってそびえ立っているのだと。
(枠内に収まる建築家とそれを打ち破る革命家)
かっこいいではないか。
posted by 平井 吉信 at 12:00| Comment(0) | 生きる

2019年01月05日

問題提起 スーパーやSCの車止めは危険

この正月に高齢の母が車止めにつまづいて頭からコンクリートの道路に転倒した。
歯を損傷、打撲、頭蓋骨骨折の疑いがあるので急いで正月の当番医を探して向かった。
徳島市歯科医師会休日救急等診療所である。
https://www.tda.or.jp/index.php/shittoko/holiday

対応いただいたドクターは徳島大学の方のようで
1時間近くにわたって
ていねいかつ真摯に処置をいただき事なきを得た。
技術といい患者への視線といいすばらしいご対応をいただいた。

ところでこの車止め、ぼくも何度かつまづいたことがある。
身近な人間に聞いてみると、あるという答えが少なくない。

これは誰のどんな場面で役に立っているのだろう。
バックで駐車する際に後ろの車に当てないため?
しかし車によってオーバハングは違うし停止位置も違う。
ミニバンなどでは大きなバックドアを開けるのに
予想以上に場所を取る。
車止めはあくまで目安に過ぎない。

高齢者がアクセルとブレーキを踏み間違うような場面では車止めは無力。
車止めに当てて停める習慣がある人は愛車のシャシやサスペンション、タイヤを傷めている。
近年の車はバックギアに入れるとソナーによる警告や
ナビを介して映像が見られることも多い。
車止めが誰のどんな場面で役に立っているのか不明だ。
(車をぶつけて駐車する人から施設が訴えられないような抗弁か。しかし歩行者からも同様に車止めによるケガを訴訟される怖れもあるというのに)

高齢化社会が進むなか、見かけだけのバリアフリーをうたっていても
実際に障がいを持つ人や高齢者などが危ないと感じるところは多いのではないか。
机上の設計ではなく実際に該当する方達に模擬をしていただいて検証しないと
魂の入った施設にはならない。

健常者であっても急いでいるとき、足元が見えにくい時刻や気象条件のとき
鳴り出した携帯を取り出そうと一瞬注意が殺がれたときなど
ごく日常で車止めが凶器となる場面は潜んでいる。
歩く人の不注意で済ませることはできないように思う。
なぜならそれは「設置しない」ことで防げる。
歩行者がつまづくという予見できる事故を放置して設置しているから。
(福島原発と同じ)

商業床は購買力に対して過剰でSC同士の過当競争が始まっている。
車止めのあるスーパーは「ヒトにやさしい」を放棄しているように見える。
事故が起こったのはマルナカ南小松島店である。
同店に限らず県内のスーパー、SCには設置しているところが多い。
家人は車止めのないスーパー以外はもう行かないと言っているし
ぼくも連れていかない。
(近所でいえばキョーエイ小松島店には車止めがない)

SCの巨大化とともに
駐車する車の動線と歩行者の動線の交錯が日常茶飯事となっている。
車社会を否定するものではなく、
車と人が広大な駐車場で共存できるしくみを考案できたら
実用新案などを取得することなく幅広く公開、広まって欲しい。
まだまだ社会には当たり前のように見えて改善を要する課題がたくさんある。

タグ:2019
posted by 平井 吉信 at 12:18| Comment(3) | 生きる

2019年01月03日

生きていますか


おだやかな2019年の正月ですが、
分刻みまで動いていてゆったりとはしていません。
神への斉祀り、仏への回向も滞りなく
正月の凛とした朝の空気に祝詞と読経が空気を震わせます。
働いている人も、ゆっくりと休まれている人にも
おごそかな元日の良き日を祈ります。
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おだやかな生き方は
自分でつくっていくものでしょう。
でも、嵐のような生き方や波瀾万丈も人生、
どれが良いかはわかりませんが
我慢をするのも耐えるのも
それは生きるという点で
胸を張って生きていけば良いのではと考えます。

東から昇った太陽を受けて
庭に咲いている野菊を見ていると
時間が過ぎていきます。
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良き人生、残したい社会をつくろうとする心の動きが
正月を寿ぐことではないかと思います。
(だから年賀状は出すことなく、いただいた方にも返信いたしません)
目に見えることも大切だし目に見えないことも大切。
まずは、正月の光を受ける野菊を心で観じて
ご多幸を祈る気持ちとともにお届けします。
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2019年1月
タグ:2019
posted by 平井 吉信 at 11:20| Comment(0) | 生きる

2018年10月27日

安田純平さん 帰国!


使命感を持って動く人がいなければ
誰も知らない、伝わらない。
だからそれを報せる活動は尊い。

消費税率の引き上げでどれだけ不要の費用が発生するか?
(緩和措置による予算発動で相殺されるうえに内需がさらに低迷して税収が大幅に落ち込む)
そのうえに軽減税率でどれだけ多くの人を困らせるか。
(しくみを複雑にするコストは誰が負担するか? 現場でのトラブルはどう対応するのか)
ごく簡単なひとこと(施策と呼べない)で
この国に生産性を損なうマジック。
21世紀を通じて後の教科書に刻まれるだろう愚策。

どの国もそうだろうが
一握りの有志が命を削って行動するなか
ありえないことを堂々と政治や行政がやってしまう。

安田さんの無事は
東京五輪の開催より価値があると思う。
よかった。
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 09:59| Comment(0) | 生きる

2018年10月16日

冷え冷えとした宇宙空間に浮かぶ それは藍染めの贈り物


石井孝明さま ← 平井吉信

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こんばんは、出張から戻りました。
お届け物(お預かりもの)を拝見しました。

藍染めはその移ろいゆくはかなさとそれゆえの強さの両面があるよね。
そして前者の表現が藍を使っての花鳥風月の表現だよね。
ところが、これは花鳥風月を飛び越えて無機的な宇宙空間に出てしまった。
(それまでは月や星を描いてもそれは地上人の視点だった)
でも、宇宙に出てもやはり手仕事の温もりがこの無機質な空間に
エーテルのような物質感を与えているね。

ぼくは技法はわからないけど
片方から恒星系からの光を受けた連星もしくは惑星と衛星(月)が
冷え冷えとした空間に浮かんでいる。
この冴え冴えとした藍の色は花鳥風月を映していた存在とは思えない。
しかも宇宙空間には揺らぎがある。
銀河のような表現と藍のぞっとする冷たい深み、色の深沈とした沈み込み…。
南部陽一郎が言っていた「自発的対称性の破れ」の結果だね。

手元に置いておいて返したくないぐらい。
宇宙を題材にしながらも見つめているのは人のこころ。
サー・エイドリアン・ボールトの指揮する「惑星」の滋味(5回目のロンドン響との録音)。
言い換えれば、星も生き物も素粒子の組み合わせだけど共鳴するものがあるんだろう。
「いい作品」とひとことで片づけたくない深みがあるよ。

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それは帰宅した玄関に置かれていたもの。
一目で藍染め職人(作家)の石井孝明君からとわかった。
見たままの心の動きをさっそくメールで送ったところ。

見せてくれていると思っていたら、彼からの贈り物という。
生きていく力が湧いてくるよ。


追記

彼(石井孝明)に作品を依頼したい人は
ぼく(平井吉信)に相談してくれたらつないでみる。
(売り物じゃないから、って言われるかもしれないけど)
でも、最近は篠原ともえとも協働しているから。
https://lineblog.me/shinoharatomoe/archives/67146721.html
posted by 平井 吉信 at 22:17| Comment(0) | 生きる

2018年09月09日

西日本洪水 防災から減災―総合治水へ

川のフォーラムを開いたのは1994年のこと。
ジャーナリストの筑紫哲也さん、本田勝さん、
俳優の近藤正臣さんらをお招きして
800人ほどを集めたイベントだった。

そのときのパネリストの一人が新潟大学教授の大熊孝先生。
確かご先祖のお墓が香川におありになるとかで墓参りを兼ねてお越しいただいたと記憶している。
大熊先生は川の本質をたった数行で看破されている。
「川とは、地球における物質循環の重要な担い手であるとともに、人間にとって身近な自然で、恵みと災害という矛盾の中に、ゆっくりと時間をかけて、地域文化を育んできた存在である」。

この言葉のなかに武田信玄、黒田如水、野中兼山の時代から育まれてきた考え方があり、
22世紀を見据えて私たちがよりどころとする技術思想が含まれている。


.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★


今回の洪水を受けて地元新聞にもっと治水対策に予算をという趣旨の投書があった。
結論からいうと、お金をかければ解決する問題ではない。
(むしろ被害を増大させる怖れがある)
投書された方はムダな金を政府が使っているのに
ほんとうに必要なところにかけようとの憤慨からだろうと推察する。

肱川が氾濫した大洲ではダムを管理している事務所の説明で
「ダムを撤去せよ」の発言に拍手が起こったと聞いている。

ダムは矛盾だらけである。
・水を溜めなければ利水にならないが、貯めると洪水調整が難しくなる(多目的ダムの場合)。
・ダムがなければ上流から流れ込む水量がそのまま下流へ流れていくが、ダムの放流操作によって上流からの流入以上の水を下流へ流すことがある。つまりダムが洪水を引き起こす恐れ(今回の大洲がそうであったのでは? ただし現場の責任を問うのは別の問題)。
・仮に治水機能があったとしても堆砂によりダムは年々寿命に近づく。ダムが砂で埋まればもはやダムとしての機能は果たさず生態系の墓場が遺されるだけ。
・経済合理性からも一定期間のB/C(費用対効果)ではその設置が是とされる場合はほとんどない。

ダムができればちょっとした洪水(被害が出ない程度)を調節できるので
河原に水がかぶらなくなり草が生える。
このことは一見自然が豊かになったように見えるが実が逆で
河原という生態系が破壊されている。
また草や木は流れの阻害要因となって洪水時には水位を上げる要因となる。

近代の治水は、川を連続堤防で仕切って(あるいはかさ上げして)
川をまっすぐにして
上流に降った雨を一刻も早く海へ流そうとするもの。
温暖化に伴うゲリラ豪雨の危険が増大するなかで
水のピークを高める治水が仇となって
一気に水が出るので越流、破堤しやすくなり
その際のリスクを高めることにつながっている。
わかりやすくいえば、治水を行うほど生命の危険が増しているということ。

さらに物質の循環(山のミネラルや土砂)を遮断することで
生態系が元に戻すことのできない被害を受ける。
(漁獲高が減少するというのは目に見えるごく一部の事件に過ぎない)
腹立たしいのは誰も責任を取らないし
それを回復させる手段(選択肢)がほとんどないことだ。

山の治水力を高めることを基本に
(山の保水力は洪水に無関係との一部の学者の見解もあるが、各地の山林家はそうではないという)
あふれても被害が少なくて済むよう、
水を遊ばせる(意図的にあふれさせる)場所を設定するなどして
洪水が起きても致命的な被害が起こらないようにする総合治水の考え方が提唱されているが
現場までは浸透しているとは言いがたい。

さらに、郊外の宅地化で氾濫原だった場所を
従来のように遊水地として機能させることが難しくなった。
その一方で人口が減少しているので空き家が増えている。
治水は現在も複雑な要素(都市計画や市町村マスタープラン、私有財産や住む権利など)が絡み合う。
しかし総合治水により減災というソフトを高めていくしか方策はない。

追記

参考書として2018年に良書が刊行された。
「河川工学者三代は川をどのように見てきたのか」(篠原修著)

市民の目線に立つ科学者としての大熊孝先生の河川観が導かれるまでの
河川工学に取り組んだ学者(実践者)の人間像を探りつつ土木史の流れを抽出。
そして河川工学から川と人の関係性を見据える未来への問題提起で締めくくられている。
大熊先生とは親しい内山節さんの推薦文が帯に掲載されている。
「川のあり方からこれからの社会を考える絶好のテキスト」

大熊先生の人なつっこい笑顔で宴の場での愉しげな時間が思い出させる。
その一方で厳しい場面に自ら名乗りを挙げて
学問と実践から導いた根拠で一歩も引くことはない。
その根底にあるのは大熊河川観といいたい哲学的な思想。
川を治めるのは為政者ではなく住民の自治によるもの。
(大熊先生がいらっしゃらなければ、この国はどうなっていくだろうと思う一人)

もう一度、大熊孝さんの言葉で締めくくる。
「川とは、地球における物質循環の重要な担い手であるとともに、人にとって身近な自然で、恵みと災害という矛盾のなかに、ゆっくりと時間をかけて、地域文化を育んできた存在である」
計画による百年の計が重要である。
(建設省、国土交通省の関係者のなかにも勇気を持って総合治水、流域治水に言及、実践された方がいらっしゃる)

川が洪水であふれることを前提に
人々の生活設計(少なくとも生命は守る)、地域づくりを行うべき。
行政担当者の理解と熱意を前提に住民ももっと勉強して
線状降水帯多発時代の川の考え方(生き方)を考えてみよう。


タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 13:18| Comment(0) | 生きる

2018年09月02日

再訪 とりの巣カフェ 森のカフェは冨美さんと地域の夢を乗せて3年目


池田I.Cを降りて約半時間、カフェに辿り着いた。
見上げると、急傾斜の山あいを天に向かって連なる民家がある。
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向かいの山々は秋が来ると色づく広葉樹の森。
その山裾を縫うように川が流れ、その川がくるりと向きを変えて流れる。
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とりの巣カフェの対岸の森(動画)
https://youtu.be/zdxDWvP6k4g

野鳥の声は絶えることなく―。
そんな場所に木の香りが漂うカフェがある。

徳島・高松方面から池田町を通り吉野川を南下する国道32号線は
吉野川が四国山地の隆起を削るように流れる先行谷という地形。
ラフティングの世界選手権が開かれなかったとしても
ここは日本を代表する渓谷であることは間違いない。
土讃線の特急「南風」に乗車すると列車内のアナウンスがこう告げる。
「左手に見えます川は四国三郎の名で知られる吉野川です。長い年月をかけて水の浸食によってつくられた…(略)土讃線でもっとも景色が美しいところといわれています。小歩危峡を過ぎて鉄橋を渡りますと右手に大歩危峡が見えてきます。トンネルがございますがしばらくご覧ください」
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なかでも高台から見る小歩危峡が美しい。
ところが先の西日本豪雨で山城町(大歩危小歩危がある地区)も大きな影響を受けた。
数年前に訪問したとりの巣カフェでも
カフェに向かう主要道が数週間寸断されていたそうだ。
久しぶりに訪問してオーナーの大久保冨美さんにお話を伺うことにした。
(以下、冨美さん。地元の人は「冨美ちゃん」と呼ぶ)

冨美さんにはずっと温めてきた夢があった。
それは、四国のまんなかの場所に拠点をつくること。
自分が生まれたときから身体に刻み込まれていたもの。
「私にとって、すごい場所。それを来て感じてもらえたら」という。
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カフェに腰を据えると、
大きく空いた窓から伊予川の渓谷と対岸の山が見える。
カフェから自由に出入りできるテラスには野鳥がよくやってくる。
外へ出れば眼下にU字型に蛇行しつつ川が流れる屈曲点の上に立つ。
目を閉じれば森のそよぎがきこえるようで山気が迫ってくる。
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この地に溶け込んでいるのが
地元の木材をふんだんに使った建物。
テーブルには山から切りだした太い木が使われている。
年月を刻んだどっしりとしたたたずまい。
ここに置いたら機械は使えないので
10人以上で抱えて移動するしかないだろう。
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天井を見てもためいきが漏れる。
地元の木がカフェの建物となってこれから先もここに存在していく。
人々の営みを呼吸するように。
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夫の事業が建設業で実家が林業家であることもカフェ成立の要因となっている。
(私は林業はできないけれどと前置きして)
木に囲まれた空間は林業家として父が一代で築いた資産を活かしている。
自分なりに地元の木のすばらしさを伝えたかったから。

森と渓谷、風のそよぎや鳥のさえずり…、
ここの魅力が伝わるには拠点(目的)が必要。
食事ができてゆったりできる場所を描いて
たどりついたのがカフェ。

やりたいと思いながらいつかはやろう、と誰でも思う。
でも、いつかはない―。
冨美さんは50歳で市役所を辞めて挑戦を始めた。
父に材を揃えてもらいながら2年をかけて準備。
その過程で地元のたくさんの方々にも関わっていただいた。
こうして2016年5月31日に待望の「とりの巣カフェ」が誕生。
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オープン時の様子が分かる動画を公開されている
https://www.youtube.com/watch?time_continue=79&v=QR0VRo0FoMU

冨美さんには娘さんがいらっしゃる。
調理の学校を出て自然にここを手伝うようになった。
店のコンセプトを料理でどう再現するかは直前まで試行錯誤を重ねたという。
きっかけは近所のおじさんのひとこと。
「あやかちゃん、カフェができたらパスタが食べたい」って。
ふっと天からの啓示が降りてきたみたいに和風パスタが完成、
オープンの2週間前だったという。
当初考えていたのは田舎料理。
地元の素材を使うことは大切だが
そこにおしゃれ感覚がなければ人は来ないと気付いた。

そして迎えたオープンの日、
百人を越えるお客様が押し寄せて
7人の女性で編成された臨時の厨房チームはてんてこまい。
注文した料理がなかなかやって来ない…。
そうするうちに近所の人が赤飯を持ってきてくれて
ご来店のみなさまに振る舞われた。
(地元が一体となって盛り上げているんですね)

開業前には「こんなところまで来てくれるだろうか」
と不安に押しつぶされそうでした。
いまでは「自分が愉しみながら、ここでいることの目的を伝えていきたい。そんな3年目です」。
独自の工夫を凝らした「とりの巣和風パスタ」はその後人気メニューとなっている。
これからは厨房を担当するあやかさんの思いがこのカフェを成長させていくことになる。
「こんな場所にこんな店がある」。
来た人にそう思ってもらえたらいい。
冨美さんもあやかさんもそんな思いで未来を見つめている。
(メニューのいくつかはあとで紹介)

.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

冨美さんは新たな構想を実行しようとされている。
「調和とやすらぎのユートピアという言葉が浮かびました。ここを学びの場と定義したのです。けれど、当の本人が”何を学ぶのだろう”と考え続けていました」。
と前置きして
「カフェの下に宿泊施設を整備中です(できれば露天風呂も)。四国の真ん中の場所に”訪れの”拠点をつくるイメージで」。
とりの巣カフェにどんな人が集まり、地域の未来をどのように描いていくかが楽しみです。

冨美さん、お時間をいただきましてありがとうございます。
人生を愉しみながら夢を実現させているとりの巣カフェで
時間を忘れて風に吹かれてみるのもいいとご紹介しました。


とりの巣カフェひとくちメモ

公式ウェブサイトから「とりの巣カフェとは」 
http://torinosucafe.com/introduction
(初恋の相手、隣の家の真ちゃんと結婚しました…。そして人生の3番目の夢にかける冨美さんの思いが綴られています)

冨美さんにお話しを伺ったメニュー紹介(一部)

そば米トマトリゾット
夏こそトマトを使ったリゾットはいかがですか?
酸味とコクが食欲をそそります。
ここでは郷土料理のそば米と合わせてみました。
(健康志向を意識していませんが、そばにはさまざまな機能性が報告されています)
そして、軽やかな食感のお麩を添えました。
(この麩は素材にこだわった手焼きで娘の嫁ぎ先の奈良県から送ってもらっています)
オリーブオイルと塩の風味でガーリックトースト風。
この食感、味わってみませんか。
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とりの巣和風パスタ
パスタも食べたいけど、うどんも食べたい方におすすめ。
かつおと昆布で出汁をていねいにとってありますので
スープのように飲んでいただけます。
地元の「星降る高原」で採れた肉厚のしいたけは
ステーキにしても美味しいもの。
ベーコンを炒めて仕上げに温泉卵をトッピングして鳥の巣をイメージ。
開店当初から一番人気のメニューです。

阿波シカドライカレー
タマネギ、ニンジン、ゴボウ、レンコン、シイタケ、生姜、ニンニク…。
根菜をオリーブオイルで炒めてトマトを煮込み、
地元で採れた新鮮な鹿肉と19種類のスパイスを調合して
この風味に仕上げました。
「日本のジビエを味わうグルメな旅と極上の店」(双葉社)で紹介されました。

アクセスメモ
ナビでガイドすると新宮I.Cからを案内される場合がありますが、
山道に不慣れな方は池田I.Cで降りることをおすすめします。
そこから半時間ぐらい。
国道32号線から分かれて10分ぐらいでカフェに到着します。
その道も狭くなく快適に通れます。
愛媛・高知方面からで山道に慣れた方は新宮I.Cでもいいでしょう。
降りてすぐの霧の森菓子工房で「霧の森大福」を買うこともできます。

冨美さんのひそかな愉しみ
この窓から向かいの山越しに満月が昇るそうです。
そこでテラスに出て、鳥の羽のかたちのスピーカーを外に持ち出して
「ムーンリバー」をかけてうっとりしています。
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「葉音」と名付けられたこのスピーカー、お店で販売先を紹介してもらえます。
振動を木でできた羽根から発音する無指向性のスピーカーです。
雰囲気が掴めるよう動画にしてみました。
https://youtu.be/7LfdFYpTa20

音楽家が集まる
とりの巣カフェに村上 “ポンタ” 秀一さんが来てくださったとか。
冨美さんは最初ポンタさんのことを知らなかったそうですが
日本を代表するプロのセッションドラマー、スタジオミュージシャンです。
音楽の企画する人が当店のWebサイトを見て連絡を取られました。
ふんだんに木を使っていてやさしく艶やかな響きがあって
屋根と床が並行でないのでフラッターエコーが発生せず
空気が澄んでいて6等星が見えて
川を見下ろす高台の上にあって…。
2018年10月13日にはポンタさんが再来されます。
ポンタさんは生の音楽を聴かせてあげたいと全国を回っているそうで
カフェでの再開が楽しみです。
これまでにハープのコンサートをはじめ音楽家の方々が口コミで
ミニコンサートを開きたいと来訪されているようです。

往年の名機 ビクターSX−3
ドイツの針葉樹をすき込んだクルトミュラー社の25センチウーファーと
シルクのソフトドームトゥイーターの白木の2ウェイスピーカーは
ビクターが1970年代に売り出したベストセラーのスピーカー。
とりの巣カフェの毎日の音楽はこのスピーカーが奏でている。
(↓個人的な追想)
初めてのデートで入った喫茶店で
SX-3が艶やかな音が流れていたのを憧れを持って聴いていた。
オトナになってその系譜のSX-V1を購入。
(マホガニー無垢のキャビネットに13センチのクルトミュラーのウーファとソフトドームをアレンジしたもの)
その後、いま使っているクリプトンのKX-1も17センチ口径のクルトミュラーコーンを使用。
人生の最初でつながったものはその後も縁があるもの。
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posted by 平井 吉信 at 18:17| Comment(0) | 生きる

2018年08月17日

効率主義の社会でこぼれる夢を拾っていきたい―。よろず修理屋、夫婦ではじめました


「音の鳴らなくなったCDラジオプレーヤーを持って来られたお客様がありました」。
その人は、ぼくに静かに語り掛けます。

ことの顛末はこうです。
ここは開業したばかりのよろず修理を行う作業所です。
まだ世間に知られていないし
経営者が器用な人ではなさそうで、それほど繁盛しているように見えません。

ある日、店の電話が鳴りました。
「すみません、古いCDラジオがあるのですが、そちらで修理していただけますか?」
声の主は40歳前後の女性でしょうか。
当店のことを口コミで知った方かもしれません。
「どこへ行っても修理してもらえないんです」と
消え入るような声の調子。
一度見せていただけたら直る可能性があるかどうかがわかります、と店主。
声の主はさらに続けます。
「この子をもう一度鳴らしたいのです」。

(ここからは店主を主語に一人称で)
しばらくしてお店にいらっしゃった女性が持ってきたのは
ソニーが通販専用ブランドでつくっていた商品のようです。
私はさっそく見てみました。

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調べてみるとピックアップ(CD信号の読み取りを行うレンズとその駆動装置)が寿命のよう。
古い機種なので交換部品もすでにありません。
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しかしこの時点で諦めることはありません。
メーカーに部品はなくなっていても
どこかで細々と同じ仕様のものが作られていたり
秋葉原の部品店で在庫があったりするものです。
そこでインターネット検索をするうち
ピックアップの製造元と品番らしきものが判明。

消耗部品のコンデンサーもチェックをしましたが、
(たいがいはコンデンサーの液漏れなど寿命を迎えていることが多いのです)
意外なことに電気的な劣化は見られません。

部品を取り寄せてさっそく組み込んで見ます。
すんなりと音が出ました。
しかし修理完了ではありません。
長い間通電していなかった機械は動作が不安定で
しばらく鳴らしながら様子を見る必要があります。

数日鳴らしているうち、
修理直後は不安定だった読みこみが落ち着いてきて
音飛びしていた箇所で飛ばなくなりました。
もともとのこの機種の特性でしょうか、
ピックアップの感度が高すぎるのも原因かもしれません。
動作を見ていて私は気付きました。
CDを押さえながら回転させるストッパーの滑りにくさも一因ではないかと。
そこで潤滑剤のシリコンを回転部に施してみました。

こうして一週間ほど鳴らすうち再生音が安定しました。
私は修理完了の電話を入れ、
「できればご自身が聞きこんだCDを持ってきてください」とお伝えしました。

しばらくしてご夫婦で引き取りに見えられました。
沈黙していたCDラジオからなめらかに音楽が流れたときの
おふたりの表情は忘れられないものでした。
「まさかこれが直るとは!」
同行のご主人も驚いていました。
奥様はその様子を見て満足そうでした。
ご夫婦は礼を言って帰られました。

それから一週間して電話を入れてみました。
当店では修理後に動作を確認するため
一度だけお電話を入れています。
電話に出られた奥様のお声は弾んでいました。
私たち夫婦もその様子を聞いてうれしくなりました。
(一人称はここまで。ここからは平井が代わります)

ぼくの想像ですが
あのCDプレーヤーはご夫婦にとって大切なものだったのでしょう。
若い頃、ふたりで耳を傾けた音楽を奏でていたのかもしれません。
社会の片隅で大切にしている時間と物語があり、
それを紡ぐ人がいるのです。
なんでも修理する仕事、よろず修理屋。
でもご主人は照れながらぽつりと言いました。
「これでは飯は食えない」(笑)。

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照れ屋のご主人とそれを支える奥様が
今年の春に創業したよろず修理屋のお店を紹介しました。
(サングラスをして強面風ですが、実はやさしく誠実なご主人です)
(修理中の写真は福島ご夫妻の提供)

よろずや修理屋 ADLiB:https://www.facebook.com/yorozuyaadlib/
電送専門サービス ADLiB:https://adlibz.jimdo.com/
ADLiB Hiroko :https://www.facebook.com/adlib.hiroko/?ref=py_c
所在地:徳島市南沖洲1-1-15
福島照男・宏子 
posted by 平井 吉信 at 23:23| Comment(4) | 生きる

2018年08月09日

沖縄のこころ

自分たちのことは自分たちで決めたい。
それが「住む」ことの原点だろう。
それに寄り添うのが政治や行政。

2000年に住民投票に辿り着いた徳島はそのことを率先して実践してきた土地である。
自分で決めることとは自分に都合の良いルールを一方的に押し出す(地域エゴ)ことにはならないと信じている。人間に生来備わっている利他の精神が働くはずだから。

沖縄は国防上重要な拠点であり琉球王朝の頃から東アジアの交流拠点。
翁長知事のご逝去によって基地問題への関心が高まっている。
どのような外交理念があるかその実現のための外交方針、戦略への落とし込みがあり
沖縄の米軍基地をどうするかはその後の論点と思う。
基地が経済活動(利権)と結びつくのであれば
それに変わる持続的な経済活動に取り組めば良い。
不可逆的な生態系改変と事故の絶えない安全面での不安、
基地依存の経済ゆえの脆弱性、依存性を考えれば
基地は地元にとってリスク要因ではないのだろうか。

東アジアの近隣諸国との良好な関係と環太平洋の友好関係のあるべき姿を考えれば
国防戦略の方針を見つめることが先ではないか。
地元の人が決めたことを、国はその意思決定を尊重して支えていく。
それが地域の連なりからなる地域主権の連携体、日本という姿でありたい。

きょうは長崎原爆の日でもある。
核廃絶に背を向ける政府は戦争による唯一の被爆国という皮肉。
なぜ、世界をリードしていこうとしないのか?
今年も田上市長の長崎平和宣言がうたわれた。http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020300/p031606_d/fil/japanese.pdf

権力を持つ者を選ぶのは国民である。
まず国民が意識を持ってどんな未来にしたいかを描きできることから行動することだろう。
翁長知事をはじめ、歴代の知事が温めてきた「沖縄のこころ」に未来の日本の進む道があるように思う。https://ryukyushimpo.jp/news/entry-744820.htmlDSFT6274.jpg

8.11追記
沖縄の将来像として日本から独立して独自の三権(ゆいまーる憲法とでも名付けてみては?)を持つことができればすばらしい。
東アジア、東南アジアのハブ機能として
イスラム圏を含めてどの国とも友好関係を持ちアジアにおけるスイスのような役割を果たす。
そこには世界的にも希有な海、風土、食を求めて人々が集まる。
このような永世中立の姿勢には米軍基地は似つかわしくない。
本土に移転するか廃止するかである。
日本も外交政策の転換を求められるだろう。
独立後の沖縄は日本と連邦国家として日常的にはこれまでとなんら変わることはない。
日本にとっても沖縄を介して非公式な打診を行ったり実験的な試みが可能となるなど利点は大きい。
基地の広大な跡地が活性化の種地となる。
一部は自然に復元しつつそのプロジェクトそのものが見学(ツーリズム)の対象にもなる。
世界でもっとも進んだ自治を日本と連携して進めていく沖縄の姿をぜひ見たい。
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 23:49| Comment(0) | 生きる

2018年07月10日

シャボン玉飛んだ

平成30年7月豪雨で被災された方々、お見舞い申し上げます。
数週間前に仕事で訪問した宇和島、伊予吉田、大洲など南予でも甚大な被害。
よく使っている高知道の立川SA近隣では高速道路が崩落。

四国はこれまで台風銀座で大雨には慣れているはずだった。
しかし同じ場所に長時間の雨が続くこのパターンでは
これまでの常識が通用しなかった。

これも温暖化による異常気象ではないかと考えている。
地震活動の活発化とともに日本列島は災害頻発期に突入した。
生きていく一日が貴重。
日々できることをやりきるしかない。

ぼくの胸にシャボン玉の歌がこだまする。

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ

(グレッグ・アーウィン&雨宮知子の歌唱で聴いてみて)

無邪気に飛び跳ねる楽想、
モーツァルトにも匹敵する底抜けの旋律。
その背後に横たわる深淵。
まだ哀しみは過去になろうとしない。
いまは明るくふるまうしかない。
そして涙をたたえて微笑む。
それでも未来はやってくる。
どんな色にするか、決めるときではないにしても。
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posted by 平井 吉信 at 23:17| Comment(0) | 生きる

2018年06月08日

一瞬に過ぎていく だからいまかいまかと待つ ときを止められる魔法はないけれど


それが一瞬のうちに過ぎていく景色だけれど
心待ちにする場所がある。
名勝地でなく、風景が暮らしに溶け込んでいる一場面。

高徳線にもあれば、予讃線にもある。
土讃線にもあれば、予土線、土佐くろしお鉄道、
徳島線にもあれば、牟岐線、牟岐線阿佐海岸鉄道にもある。

これはどこかわかりますか?
(わかる人はわかるでしょう)
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とここまで書いて、
しまった、高速バスの車内からだったと思い出した。
(質問撤回)

トンネルを抜けて降りてくると見える。
いつもわくわくしながらその瞬間を待つ。
(ぼくの場合、そこに水の表情を追いかけていると気付いた)
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音楽も料理もそう。
駆け抜けていくあの一瞬を逃すまいと
もう来るかいま来るかを神経を研ぎ澄ませて
時空顕微鏡で拡大(スロー再生)しようとしても
一瞬で過ぎていく。
追いかけても、もうそこにはない。
人が生きる本質的な歓びや切なさ、哀しみがあるような気がする。

生きる達人がいるとすれば
そのことを感じているから。
人を喜ばせることがうれしい、
ほんの些細なことにも喜べる自分がいるから。



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posted by 平井 吉信 at 23:09| Comment(0) | 生きる

2018年05月27日

憲法を考える


ダム建設で意見が平行線をたどるとき
「人のいのちか、鳥のいのちか?」のスローガンが掲げられることがあった。
人命を守るための施設をつくろうとしているのに
自然保護団体が反対している。それは反社会的な行為だとでもいわんばかり。

長い間、地域で息づいてきた風土や人間の関係性に着目すると
人のいのちも鳥のいのちも守る方策があって
持続的な未来への道筋を確保することができる。
だから、先の議論は論点ずらしに過ぎない。

ダムが破壊するのは生態系だけでなく地域共同体そのものであるから、
人が生きていく拠り所を失ってしまう。
すると地域は崩壊するしかない。
(補償金で家を建ててもそこには幼なじみはいない。むしろ都市に出て行くきっかけとなるだけ)
ダムができてかえって危険になったと川を知る那賀川流域の古老は語る。
(ダムの上流側は土砂の堆積による河床の上昇による洪水の怖れ、下流は多目的ダムの運用から起こりがちな流量操作が引き起こす人為的な洪水)
それも定量的なデータという根拠を添えて。
地域社会、生態系のみならず
費用対効果と維持管理費用の経済合理性からも
ダム建設は分が悪い。

徳島には良い見本がある。というか生きた文化資産だ。
吉野川の第十堰はそのときどきに人が関わりながら
3百年近くに渡って存在した石積みの堰で
分水の役割を果たしつつ生態系に溶け込んでいる。

洪水を防ぐ効果があると訴求しても
広告の宣伝効果と同じで因果関係の説明が難しい。
その効果を発現させる他の方法、すなわち代替案の検討が行われるが、
環境影響評価や影響緩和策を含めて評価してもダム建設はあり得ない。
人口減少時代に社会インフラの維持管理が大きな問題となるし、
ダムの寿命が来たときにどうするかに答えが見出せない。

(ダムの問題ではないが、徳島では天神丸など剣山系の名峰に大規模な風力発電が企画されているという。これに対し知事は是としない知見。再生可能エネルギーとて大規模集約で行う限り費用対効果や経済合理性、買電に係る国民費用負担の増大などの問題がある。視点を変えて分散型、すなわち各家庭など電気を使うところで発電、蓄電して賄うのが理に叶っているように思われる。知事の判断は慧眼である)

何を解決したいのか、
そのための最適解は何かを説明できなければ論点ではないのだ。


政権はときにメディアを恫喝し
都合の悪い人物に圧力をかけて沈黙させ左遷させ見せしめて
政権に都合の良いように動けといわんばかり。
忖度させる状況を作り出せば為政者は楽だ。
関係者の会社が次々と国の仕事を受託したり補助金を受けたり
その一方で戦略のない思いつきのような法律を次々と成立させてきた。
(恥ずべき為政の先には国民大多数の弱体化でしかない)
そのような独善的な政権が存続しているのは
国民の無関心(無理解)も一因だけれど
政権の暴走を止める手段(憲法や法律)が機能していないからではないか。

近隣諸国をみれば日本の潜在的危機は高まっている。
専守防衛の国に向けて(上空を通過とはいえ)ミサイルを飛ばされる。
これでは先制攻撃を仕掛けられても防ぐ手立てはない。
(迎撃ミサイルで打ち落とせるなどと防衛省も本気で考えていないだろう)
何らかの異常を察知した段階で
行動の選択肢が可能でなければこの国は護れない。

日本国憲法は9条があるために
周辺国との摩擦を軽減しつつ
戦後の経済発展に注力することができた。
その功績は大きい。
戦争をしないというのは崇高な理念であり
受け継ぐべき目には見えない大切な資産である。
しかし現憲法はほころびが目立つようになっている。
例えば、生態系の保全について。

その問題を考える前に、無関係に見える人類の進化を辿ってみる。
とにかくホモ・サピエンス(現生人類)は特異な存在である。
赤道から両極の近くまで、島嶼から数千メートルの高地まで分布して
人口は70億人を越えている。
生態系を人為的に変えたり対応できる唯一の存在。
意図するかどうかにかかわらず、ホモ・サピエンスがいるところ、
他の生物が劣勢に立たされ、絶滅してしまう。

日本でここ数十年を振り返ってもニホンカワウソやトキがそうであった。
一度絶滅した種は二度と現れることはない。
植物や菌とて同じ。熱帯雨林の破壊でどれだけ貴重な遺伝子資源を失ったか。
(それらは難病の治療薬の原料となった可能性があるのだ)

生態系の破壊が他の生物のみならず
人類自身の生存を脅かす事態となっている。
急激に人口を増加させ、進化の道筋を乗り越える適応能力を持った人類は
地球の生態系の門番とならなければならない。
(すべての権利の最上概念が生態系の保全ではないかとさえ思うのだ)

ところが現憲法では、生態系の保全はまったくうたわれていない。
未来に承継すべき遺伝子資源という概念もない。
だから生態系の位置づけを憲法で明確にうたう必要がある。


改憲論者のなかには現状が憲法と合わないから
現状に合わせて憲法を改正するという考えもある。
しかしそれは違うだろう。
めざす国の方向性がまずあるべきで
そこから憲法改正の議論が始まるのではないか。
(何度も言うが、憲法改正ありき、反対ありきではなく、イデオロギーや政党を離れて中立に議論をする必要がある)

では、めざすべき方向とは?
ぼくは、アジアのスイスとなるべきだと思う。
独自の文化を持ち、歴史と文化を大切にし
洗練された国民とその風土に憧れる国々は少なくない。
内需を満たしつつ、何か特別な思いや世界観が伝わって
ブランディングにつながる。
そのことが生産性の高い国家の経済ではないだろうか。
賃金を上げる企業に補助金を打つやり方ではなく
賃金が上がるメカニズムを考えて国が誘導していくのが政策だろう。
(瞬間風速で達成するKPIを訴求しても自立的持続的なメカニズムは根付かない)

外交によってEU、中東、アフリカ、オセアニア、東アジアとも
等距離外交、いわゆる中立国としてやっていければいい。
とりわけ中国との関係性の構築にはそれが前提となるような気がある。
近隣諸国とは文化や経済で域内の一体感を醸成することで
平和を担保し海外展開を有利に進めていくことができる。

自衛隊の担うさまざまな機能のなかで、
災害対応は大きな役割となると思われる。
しかしそれでも防衛のための軍隊は必要ではないか。
害を及ぼす国へは先制攻撃も可能とする軍隊の存在が抑止力ともなり得る。
(ここ数ヶ月の近隣諸国の動きを見ていると危機感を持って生きていかなければと思える)

その場合は第9条の改正や追記などではなく(整合性が破たんするだろう)
理想国家へと向かう道筋を照らしてくれる新憲法が必要である
(現憲法をリセットして無から描く必要があるのではないか)。

中立国として必要最小限の軍備を明記するからには
政権や軍部の暴走を食い止める記述が不可欠。
(近隣諸国との関係改善のためにも)
すなわち、国家とはいったい誰のために存在するのか。
言い換えれば、国民の幸福とは何か。
国民の幸福に資する理念を深く掘り下げていく。
その一点からのみ憲法を考えることができれば
意義のある成果にたどり着けるのではないか。

タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 23:15| Comment(0) | 生きる