2017年08月06日

先祖供養 いつも思い至るのはあの日とその反省に立つ行動のこと


菩提寺は檀家が多いので
盆に檀家を回ることができない。
そこで8月の第1週から回り始める。
うちはいつも6日に来ていただいている。

ご住職をお迎えするにあたって
早朝にご飯を炊くのはぼくの役割。
(米を炊くのはコツがいるので)
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その後、いつものお勤めを行う。
自己流で読経している。

開経偈
般若心経
観音経(偈)
十三仏真言
光明真言
大師法号
回向
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この経典の抜粋や順が正しいかどうかわからないけれど
かたちではないと思っているので。

家族や先祖だけでなく
72年前の広島、長崎に向けても手向けている。

広島、長崎の市長は心に残る人が多い。
現長崎市長の田上市長の「平和宣言」を注目している。
前市長の銃撃事件の後、勇気を持って立候補したのは
何が長崎市民にとって大切なのかの視点と
自分ならこうする、という信念がおありになったからだと思っている。
冷静かつ熱意を持って決断されたのだろう。
長崎平和宣言も同様だ。
市民の心を映しつつ平易な言葉を使って
冷静かつ客観的に問題提起を行うことで
受け手の心に届く発起であるように感じられる。

現アメリカ大統領を見れば、ヒロシマを訪れた前大統領との品格の差に唖然とする。
田上市長を見ていると国のトップの魂のない言葉に愕然とする。
政治は人格ではないと思う人も少なくないだろうが
愛を持って誠実に語りかけなければ、どんなに良い政策も共感を得て動かしていくことはできない。
政策とは単に実行するだけでなく、その精神が理解され浸透して
国民が担い手となることで政策は生きたものになる。

やはりそうなのだ。
自分の人生と社会、地域、国のあり方は分けて考えることができないと。
タグ:平和宣言
posted by 平井 吉信 at 10:20| Comment(0) | 生きる

2017年07月15日

来る日も来る日もまわり続けた洗濯機の二十年の歳月

昨日、洗濯機の内側の洗濯槽が破損した。
5年前に破損したときは(そのときで15年目だったので取り寄せ部品がない)
部品を接着剤で貼り付けて補修。
万力が使えない場所で手を放すと剥がれてしまうため
力を込めて1時間以上押さえ続けた。
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洗濯機は、松下電器のNA-F42H1という4.2kgの全自動。
1997年に購入したもので20年目だった。
(ブラウン管テレビは現役で2台ある。15インチと19インチ。この時代の家電は使えば使うほど良さがわかる。まずは道具として愚直に磨き上げようとした。機能が求められる時代にそれは良かった)
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20年間毎日動いてくれたことに感謝して
リサイクルとして家を離れるときは酒を振る舞ってねぎらうつもり。

さて、新しい洗濯機を手配するため近所の電気店を訪れると
日立の名札を付けた販促担当の人がいたので
防水パンや水道栓の位置など細かくメモをしたものを見せて
使える機種のなかからおすすめいただいたものにした。
家電はインターネットの口コミはあてにならないので専門店で相談する。

かつて二層式が全盛期の頃に横長の防水パンが設置され
今日の洗濯機(縦型もドラム式も)もそれに合わせているとのこと。
webでサイズをみたら、うちに入る大きさがなかったので
1人用を買うしかないのかをあきらめかけていたが
寸法を読むときの業界知識でわが家にも普通の洗濯機がおけることが判明。
防水パンのサイズは気にしなくて良いのだ。
また、防水パンとは水を流す漕ではなく水が漏れたときの防波堤なので
経年変化は気にしなくて構わないと教えていただいた。
新しい機種同士での価格差(2〜3万円)はインバーターありなしによるもので
節電効果で数年で元が取れるらしい。
圧倒的に静かとも。
また、細かな制御が可能となり繊細な洗い方ができる。
節水もできると聞いたが、うちは地下水使用。
それでも水資源を節約できる。
このようにインバータには利点が多い。

お話しを聞いて実物に触れたうえで
製品にも納得できたので即決。
(中国メーカーとはつくりが違うことが触れてみるとわかる)
今後20年任せる洗濯機は、日立のBW-V70Bという機種に決定。

価格は言い値(といっても値札より下げてもらった)。
その情報(とともに地元の経済循環に)にお金を払うのだ。


(前のブログにも書いたが)
スマートフォンも携帯電話も持たず(PHSは持っている)、
テレビはいまだにブラウン管。
車は20万kmは乗るようにしている。
(生まれて始めて買ったワーゲンゴルフは車体に穴が空くまで乗った)
ジーンズもTシャツもスニーカーすら持たず、
生まれて一度もタバコを吸ったこともなく
パチンコや公営ギャンブルに行ったこともなく
エアコンも取り外したけど
(どうでもいいことを捨てていくと、やりたいことに集中できる。課題ができれば謎解きのように解決する過程を愉しめるようになる)

簡素な暮らしをめざしているのではなく、
やりたいことに集中できるよう環境を調えていく感覚。
ただ生きているいまを
胸の疼くように噛みしめている。
幸福がひたひたと静かに押し寄せてくる感じ。

求めない、求めても得られない、ゆえに頓着しない、
けれど大切にしていることはある。
いまがどんな状況であれ、幸福と言える。
人の暮らしってそれでよいのではないかと。


九州北部豪雨災害の被害に遭われた方々の
心身おだやかにお過ごしになられる日が訪れることを
お祈りいたします。

こちらから思いをかたちにしてみました。
https://docs-donation.yahoo.co.jp/report/kyushu_heavyrain2017/


さて、新しい洗濯機が出張中に届いていた。
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さっそく出張帰りの洗濯物を始める。
最初の数十秒は洗濯機が自動で制御に必要な情報を集めているようだ。
それからボタンひとつで動き出す。
静かだ。
うちは夜中に洗濯しても誰にも苦情は来ないはずだが、
静かなことは大歓迎。
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洗い上がりを見てさらに驚いた。
カッターシャツにしわがない。
からまないのと、ふわりと仕上がる。
そのまま干して乾いたらアイロン不要だった。

それぞれ専門分野に職人的な研究者がいたサンヨーを失ったのは
日本にとって不幸であったが、
日立は地道にコツコツと研究開発を行っているようだ。
7kg用とのことだが、
底に手が届きやすいし、内部容量は大きい設計のようだ。
小さなサイズで最新の技術が盛りこまれているのが7kgクラス。
ただし同じメーカーの7kgでも価格差がある場合は
インバータ装備の有無での性能差が大きいのでご注意)
つくりこみも中国製と比べてもしっかりしている。
洗濯機はドラム式ではなく完成度の高い縦式がいいということを実感。

革新的な家電はともかくブラッシュアップ(改善)型の家電では
日立のようなメーカーに一日の長がある。
家電で感動するなんて、とも思ったが、
その積み重ねが大きいということだろう。

日立 7.0kg 全自動洗濯機 ビートウォッシュ BW-V70B

posted by 平井 吉信 at 11:54| Comment(0) | 生きる

2017年07月01日

地域で創業、起業をするために


人口減少の影響を受けるのは山間部から。
人口の減少は市場規模の縮小を意味し、
産業の担い手の高齢化と相まって廃業、移転が避けられない。
(都市部で成功した人が趣味のために余生を楽しむビジネスを行うのなら別だが)

すると、暮らしのための買い物ができなくなる。
移動スーパーやインターネット、生協も代替手段だが
それですべてを補えるわけではない。
(自分が動いて選ぶという買い物の楽しみ)

事業はリピーターの存在が不可欠である。
いつもいつも来てくれるのは地元のお客さんであり、
地元の事業所は地域の暮らしを支える責務があるともいえる。

しかし、地域の人口は減少している。
ゆえに商圏を拡大しなければならない。
商圏の拡大には、魅力が必要。
魅力とは、あえてそこを選ぶ強い理由。
個性、専門性、大切にしていることが共感を呼ぶこと。
顧客を選ぶ(排他とは意味が違う)から、顧客に選ばれる。

けれど、その方向性と地元密着が相容れない。
地元に専門性を必要とする人が少ない、テイストがわかる人が少ない。
地元密着型の事業だと、地元と地元外の顧客は、8対2となる。
ある程度安定するものの地域経済の規模は小さくなるのでジリ貧となっていく。

地元と地域外の両方に訴求しようとする。
比率は、6対4となる。
それまで地元になかった半歩先を行くもので、
地元にもある程度受け容れられる個性である。
しかし、地元の購買力はやがて落ちていくし、
顧客は移り気で地域外からの購買力も安定して確保できない。

地域外の特定の層に訴求すると、地元と地域外の割合は、1対9となる。
個性や専門性が際立っている、
その事業の動機や理念に共感できる、
経営をしている人がどういうわけか人を惹きつける力があり、
アートとしても感性に訴える、
事業の成り立ちに多くの人が関わっている、関わりたいと思う参画意識。
(これらの場合はSNSは効果的な情報伝達手段となる)
こうしたものが、わざわざそこまで出かける魅力となる。

しかし、それには交通事情が関所となる。
平日に客足を確保しようと思えば、
非日常感のある場所ではあっても
道が狭く曲がりくねっておらず(幹線から脇に入る距離が短い)、
来訪のための所要時間が最大で1.5時間までではないだろうか。

最初の入口は、事業所との濃い意思疎通をきっかけにファンとなってもらうこと。
(体験型とは、その専門性やコツなどを5人程度の人数で1時間程度にわたって事業所が啓発する密度の高いやりとりを持てることを意味する)

発信して魅力のあるコンセプトを構築すること、
そこに来てもらうための発信ができること、
前提には、共感を得る理念、世界観を持っており
それに沿って迷いのない絞りこまれた経営(=経営資源の戦略的な集中)ができていることが前提。
また、成り立つ事業は限界利益率が高いビジネスモデル、
例えば、高い製造直売のような形態か、専門性の高いサービス提供型に限られる。
かつ閑散期の影響を軽減する仕掛けを持っていること。

こう考えると、地域での起業は生きがいと直結している反面、
戦略がないと持続することが難しいとわかる。
交流会やSNSで知り合った数人がコラボレーションと称して
自分たちの持ち物を組み合わせてもほとんどが育たないのは戦略がないからである。

異業種交流会やFacebookなどで知り合った連中がその場で意気投合して
Aの持っている製品や素材 × Bのネットワークや話題 × Cの提供するプラットフォームや流通
の掛け算をコラボレーションと称しているけれど
(仲立ちをする煽り手や目を輝かせて夢を語る似非メンターがいる)
それが特定の周波数を響かせ合う音叉のように共鳴し合い強め合い
それがファンとなって買い手も売り手の3人も納得できる絵を描けているだろうか?

同じようなことをやっていても
支持される場合と支持されない場合がある。
それは、その行動が社会性の裏付を持っているかどうか。
ここでの社会性は、
多くの人が心の奥に気付いていないかもしれない潜在的な思い(集合心理の欲求や共感の要素)を
浮かび上がらせることができる力のこと。
(こういうことがやりたかった、私はこれを求めていた、と気付かせる)
時代を移す鏡に写る心象風景、社会的な使命を帯びた革新性など
心の中で待ち望んでいたものを掘り起こしてくれたから。
それにはSNSの働きは大きいだろう。

戦略とは、誰のどんな場面にどのように役立つかを描いて
それを実現する経営資源を組み合わせ、
それを必要とする人の心に響き、行動に移してもらい、
言っていたことが裏切られなかった、と納得して信頼関係を築いて
次に仲間を連れてリピートしてもらうまでの一連のプロセスの設計である。

心を動かすということは、
「何をやるか」よりも「どのようにやるか」が大切ということ。
やっていること「何を」は同じであっても(ありふれたことであっても)
その動機はそれぞれ違う。
そのことは「どのように」の違いになって現れる。

ビジネスの手法も然り。
10万円の元手で掘っ立て小屋で始めて
少しずつ元手を増やし、
それで機械や設備を揃え、人を発掘して育てるなど
カネ  → モノ  → ヒトとノウハウ と経営資源を少しずつ拡大していく循環を持つこと。
このように、出発点はカネである。
思いや理念はある程度、身が肥えてこなければ前面に打ち出したくでもできない。
しかし、思いや理念がなければ稼ぐ前提が存在しない、というのも真実。
(ニワトリと卵のようなものだが、実際には並行して獲得、発信していくものだろう)

自分が自分の打ち出す理念を信じることができなければどうなるだろう?
お金が入ってこなければ、簡単に理念を放棄してしまうことになる。
すると、出発点がずれてしまう。
このことは小さなビジネスにとって致命的だ。
なぜなら、出発点を固定してそこに経営資源を準備したので
それが揺らぐとリスク要因となる。
理念は間違っていない、アプローチを変えてみよう、
それを試行錯誤で行っていく(リーン・スタートアップ)考え方ならいい。
でも理念は変えるべきではない。
出発前に社会を洞察し、自分の気持ちに絶えず問いかけてこの理念でいいと確信を持つこと。
それが出発点だから。

借入はなるべく行わない、補助金は当てにしない。
それがやり方を間違えない。
戦術の試行錯誤はあっても理念の試行錯誤はないのだから。

地方創生に絡んで各地で目にするコミュニティビジネス型の創業にはパターンがある。
地域の課題を解決するために、ITの導入、人材の育成、産業構造の転換等を図ろうとする。
そこに各省庁の補助金を使って、上記の方策で地域ビジネスの実験を行う。
地域課題の解決策の構築(開発費用)を補助金で賄うという発想である。
しかし補助金はやがて切れてしまうので
ノウハウやしくみは普遍化して類似の地域で売り出す必要がある。
(早い話が補助金でコンサルティングのネタをつくる)
そこそこ成功してマスコミに受ける絵ができると
今度はどこかの地域が補助金を活用して発注してくれる。
もしくは実績を手に地域を流れて金儲けをしていく。
(地方創生は地域おこし自称コンサルタントの草刈り場になっている)
補助金による開発費用のリスクを自治体が負担するビジネスモデルは錬金術のようでもある。
(自治体の職員の目利きが問われている)

落とし穴は普遍化したノウハウがどこででも通用しないということ。
いまだに上勝町のいろどりに匹敵する葉っぱビジネスは存在しない。
ノウハウが足りないのではない。
(ほんとうに大切なことは目には見えない)
そこに求心力と担い手がいないから。
最初に開拓したヒトの利益(ブランド)があるから。
ビジネスモデルは容易に移転できないことがわかっていながら
いまだに国も自治体も成功事例とそのノウハウにすがろうとする。

地域おこし協力隊はそのエンジンとして機能するはずであったが、
受け容れ側のプロセスの設計図が不明確で未来予想図を描けないまま招へいしたので、
協力隊がイベントの裏方などをやっている場面が散見される。

協力隊のやりたいことが地域課題の解決になること、
そのためのサポート体制(公民連携)があること、
少なくともこれが協力隊事業の出発点(枠組み)。
そもそも源流をたどれば、地域に立法や行政などの主権があること。
(消費者庁の移転は何の解決にもならない)
そこに地域が生きていく課題(本質)があるのではないか。


地域で起業する事業所は地域に受け容れてもらわなければならない。
そのため地域の役務や行事に積極的に参画していくことが求められる。
これは事業が失敗しないための前提と理解する。
田舎の人間関係の本質の一端がそこにあるから(嫌な面ではあるけれど)。
プライベートな時間を割いてでも飛び込んでいかなければ
地元は支えてくれない。

しかしそのことをやっていると本業ができなくなる。
地元の人たちの意見を聞きすぎるとコンセプトが迷走してしまう。
のんびりと自分のやりたいことをやるために地域に入ってきたはずなのに
望んでいたものとは違っている。

基礎自治体では、円滑に事業が進むよう援護射撃を行っている。
すなわち改装の補助金、研修事業やイベントの開催を委託するなど。
すると、疲弊している地の事業者はおもしろくない。
入ってきたばかりのよそものばかりを優遇すると役場にクレーム。

地域で事業が円滑に行くためには
もともとの地元出身者が
都市部のビジネスの洗練を身に付けて戻ったときに限られる。
すばりいうと、Iターン事業は苦難の道のりが待っている。
(こう書くと身も蓋もないが、それだけ地元の力を底上げしなければ地域ビジネスは前へ進めないだろう)

限界集落や防災危機を眼前にしながらも地域住民の意識は高まらない。
一例として、生活道でもある国道を時速30kmで走る地元車両が道をふさいで平気な顔をしている。
これはひとつの象徴的な事例である。
地域に篭もって社会とのつながりを実感していないという意味で。
これがどれだけ訪問者の地域への心象を悪くさせているか、
ひいては経済活動にも影響を及ぼしているか。
(当事者は想像もしていないだろう)

このような状況のなかで地域で起業して成功するのは100に3つ。
うまく行っているように見えて、内実は大変なのが100に10。
残りの9割は撤退もしくは撤退予備軍となっている。
創業を煽るだけでなく、公民挙げて地域プラットフォームを動かして
創業者を支えていくことが必要だ。

なぜなら、集落を維持するためには地域で経済活動を循環させていくことが必要だから。
そのためには、外部の力(有名人)をあてにせず、適切な助言者のサポートのもと
内側から起こしていくこと。それができなければ地域が、ひいては日本が沈んでしまう。

いまの日本の政治や行政の形態、現政権の政策、地方創生のばらまきは
浪費と地域の自立を妨げるだけで
地域の課題の解決にもっとも遠いやり方であることに気付いて欲しい。
posted by 平井 吉信 at 21:53| Comment(0) | 生きる

2017年06月26日

花に包まれて


短いようで長い、長いようで短い人生で
夏を待つことなく旅を完結させた人のために
口屋の浜から花に包まれてお送りしたいと思ったので。

銅の夢 栄枯の旅路 舟乗りて 櫂の滴と漕ぎ出す君に
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posted by 平井 吉信 at 22:31| Comment(0) | 生きる

2017年06月23日

逝ってしまった人へ


生きることはすばらしい。
滅びることも然り。
ブログで発信を続けながら
社会を、そして自らを照らそうとしていた人。
早いか遅いかだけで誰にでも等しく訪れること。
貴い旅立ちを敬い、いとおしむ。
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posted by 平井 吉信 at 19:09| Comment(0) | 生きる