2020年03月24日

不安は不安のまま外から眺めてみる


いいしれぬ不安を抱えている人が多くいらっしゃるだろう。
それは漠然とはしていても絶えず脳裏を離れず
少し油断すると憂鬱にさいなまれるような。

そんなときは不安から逃げないほうがかえっていいように思う。
解決しようとしない態度とでもいうか。

人は矛盾を抱えて生きていくもの、という前提を決めてしまえばいい。
だって人生の縮図のような腸内細菌にも善玉菌も入れば悪玉菌もいる。
しかし悪玉菌とて善玉菌を活性化させる役割を担っているかもしれないのだ。
矛盾は矛盾として存在しながらも
それを気にしないで(あるいは不活性化して)つきあっていく―。
それが人の生き方。

ぼくは座ることを奨める。
そうすると雑念が波のごとく押し寄せてくるだろう。
それはそれでいい。
生きているのだから当然。
生命の矛盾を感じているのだから。

湧き出る雑念を追い払うことなく
自分の身体の外から他人事のように眺めてみる。
ああ、いつもの不安症がやってきたな。
きょうはどれぐらい滞在するかな?

そうして客観的に悩んでいる自分をもう一人の自分が見ているような感じで
自分の心の動きを見守る。いや、自分そのものを見守る。
みじめ、すばらしい、悲しい、嬉しいなどの価値判断を交えずに。
感情と思っていた存在は実は価値判断かもしれない。
だから思い浮かぶことを次々と流れていくのを見守る。

少し変化を感じたなら音楽を聴いてみる。
するといままで気付かなかった何かを感じるかもしれない。
身体の深いところで起こる変化が感じられたら
不安はないことに気付く。
実は不安は消えたわけでもなくなったわけでもない。
不安を感じようとする自分がいるだけ。


そうはいっても国の運営で国民の不安をもっとやわらげられるはず。
ぼくならただちにベーシックインカム(すべての国民に毎月5万円を期限を切らずに給付する)と
消費税の撤廃を行う。
その代わり複雑なしくみをすべて撤廃する。
(手元のお金で生きていってください、というわけ。それでも一定の救済措置は設ける)
すべての国民に現金を給付するとともに所得税の累進を高める。
この国の経済活力にはすべての国民がお金を使える状況が必要だから。
経済が活性化すると裕福な人はさらに裕福になり
そうでない人も豊かに暮らせるようになる。

日本はこの30年間、所得は増えていない唯一の先進国でありながら
物価は上がっているため可処分所得が減少している。
これでノーベル賞が出ているのは国民がすばらしいとしかいいようがないが
それはいつまでも期待できるものではない。
文化や学問や芸術は一見ムダに見えてもそれがとても大切である。
社会のなかに一定の冗長性を持つことが必要だが、
現実は働き盛りの世代は働きづめでお金も生活も心にもゆとりを持てない。
(こんな時代には寅さんも生きていけないよ)。
生産性の高い社会になって冗長性を持ちたい。

そのためにはこの30年の間違った政策を総括して真の改革を行わなければならない。
政党は解体して志と良識のある国民が誰でも参加できる政治にする。
格差を拡大していくと貧困層が増えてくる。
そのことは内需を衰退させて富裕層も影響を受けるが
富裕層は持てる資産が金を生む連鎖があるため苦労しない。

金持ちが道楽ではじめた事業が成功するのは経営能力だけでなく
うまく行けばいいや、の余裕が意思決定を間違わないからとも言える。
その反対に背水の陣で経営を行っている事業所が失敗できないプレッシャーから失敗してしまう。
必要なのは経営能力でも資金でもなく、幸福感を持っていること。
そこが成功の出発点になる。
そんなメッセージを込めて別のWebサイトを立ち上げている。
おだやかな経営 https://www.odayaka-keiei.com/
(やるべきことが多すぎてコンテンツの充実に手が回っていないけどね)

この30年間にやってうまくいかなかったことをもう一度振り返る。
・格差を増大させる競争戦略→ 国民の貧困化(データでも実感でも明らか)
・円安誘導→ 国民の資産が減少
・低金利政策→ お金のありがたみがなく消費が低迷
・複雑なしくみによる肥大化した官僚組織→ 単純なしくみによる間接費のムダを減らす
(民主党政権の事業仕分けの失敗は実効性のある事業そのものに手を付けてしまったこと)

リーマンショックのときは庶民の生活には影響がなかった。
それでも日経平均株価は7千円まで下がった。
今回は限られた企業の倒産ではなく国民全体、世界全体に広がっている。
いくらになるかはわからないが、経済循環が崩壊すれば株式の存在意義がなくなる。
つまりは買い手が付かない相場になる。
けれどぼくはそれでいいと思う。
株価を上げるための政策から距離を置かないと社会は変わらない。
社会を変えたいのであれば。
(いまや株価は人々の暮らしとリンクしているとは思えない。それよりも食糧や健康、安心して暮らせる社会がずっと望まれているのではないか。社会が何に軸足を置くかが明確になること。それが人々の幸福を第一に考えるということになれば、株価は考慮すべき要素でなくなるはず。それよりも理想の姿を描きそこに人々の行動を積み重ねていける社会をつくるべきではないか。要は株価の上昇は目標ではなく結果として株価が上がる政策を打つ必要があるということ)

いまやるべきことはいくつかある。
・消費税率を0%に変更(これは税抜=税込とすれば良いので現場の混乱は起こらない)
・ベーシックインカムの実施(一時金でなくすべての国民に毎月現金を給付)
・所得税率の累進性を引き上げる(だから所得の多寡に関わらず同額を支給)
・高速道路の暫定無料化もしくは一律千円(これはかつての民主党政権の収穫)
・複雑なしくみを撤廃する(補助金、軽減税率、特例など)

高速道路が地方創生に役立つことはデータで実証できる。
(その代わり地方創生の補助金を廃止したらいい)
徳島県南部のある地区で調査を行ったときに
高速道路千円が終了すると入り込み客数が顕著に減少しているこが判明。
入り込み客数の減少は町内でお金を落とす機会が減ることにつながる。
近隣の施設の売上高を並べてみたらやはり入込客数に比例(高い相関関係)していることが判明。
高速道路千円の終了で売上が低迷していることがよくわかる。

社会が自ずと良くなる環境を調えていくのが政治や行政の役割だが
いまの政治は困っている状況に陥らせて補助金をちらつかせている。
(不偏不党の立場で言っているが、経済に関しては現政権の数字よりも民主党政権時が良いというのはデータを分析すればわかるのではないか。もっとも数字が改ざんされていればわからないが)
根っこは中央集権の弊害にある。
そして人々の智慧を結集しようとしない独裁的な政権運営にある。
(無尽蔵の叡智をどのように集約するか、そのためのしくみを考えることが先決。右とか左とかどうでもいい。政党政治は終わりにしたい。リーダーシップとは国家資源を動かすことではなく、国家資源が動くように計るこことではないか)

地方創生ではなく地域主権の法体系、行政のしくみをつくれば自ずと解決できることって多いのではないか。
言い換えれば自助、公助が機能する社会のあり方を考えること。
それがSDGsの理念の実現にも近づくと思うのだけど。
(乱暴な記事の書き方だけど切迫して書いているのでご容赦を)
posted by 平井 吉信 at 21:23| Comment(0) | 生きる

2020年03月13日

ラジオっていいな AM放送はこれからも続けてほしい


午後からの仕事に備えて事務所で内向きの仕事をしていた。
手元のラジオから流れているのはNHK第一の午前の番組「すっぴん」。
本日2020年3月13日は2012年から始まった番組の最終回。
この番組は週替わりの個性豊かなパーソナリティと
藤井彩子アナウンサー(番組内ではアンカーという)が繰り広げるトークが人気だが
リスナー参加型の番組。
ときの流れが放送側と視聴者を結わえ、いつしか番組の個性がつくられていった。

NHKとはいえ、自由な空気が流れる。
(番組Webサイトでパーソナリティの顔ぶれを見てください)
脱線しがちなパーソナリティーを藤井アナがさらりと引き戻す姉御キャラ。
ところが彼女自身もアルコールが欠かせないので逆にリスナーにいじられる。
車で移動する際にときどき聴いていた。

約一ヶ月前、この番組が3月中旬で終わると高橋源一郎さんが告げた。
そして迎えた最終回は金曜担当の高橋さん。
徳島だから945kHzにダイヤルを合わす(ICF-801)。

津田大介さんも10時台のゲストとして
あいちトリエンナーレを振り返った。
11時のニュースのあと、
人気コーナー「源ちゃんのゲンダイ国語」が始まった。
高橋さんがこの日のために前日に徹夜して書いたものをご本人が朗読するという。

それはラジオをめぐって事故に遭遇した少年と若い看護師の物語。
少年は意識が戻らないが、看護師は少年に呼びかけて毎日ラジオを聴かせている。
それはまだラジオがあった時代のこと。
少年はラジオの音楽に耳を傾けているようにも見えたがやがて他界。
ときは流れて今度は年老いた看護師がおばあちゃんとなって
孫に見舞われる。
孫に問われておばあちゃんは孫にラジオについて話している。
ラジオ放送はもはや行われておらず、孫はラジオの存在を知らない。
そこはロボットの医師と看護師だけがいる近未来の病院。
切ない対話のあとロボット医師が来て「最後のときがきました」と孫に告げる。

人肌の温もりと寂しさをファンタジーに包み込み
社会の風刺も込めて自在に朗読された。
滋味あふれる朗読だった。
朗読が終わると流れてきた曲は?
(当ててみて)

聞き逃した人はNHKの「らじるらじる」で聴くことができる。
https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html?p=2295_17

この番組は人気番組だった。
なぜ番組がなくなるのか、どのような力学が働いたのかはわからない。
でも、この番組には自由な風が吹いていた。

ラジオでなければ伝わらないこと、ラジオでなければできないことがある。
いまの時代だからこそ、ラジオ放送は大切にされるべき。
音だけの世界からあふれる世界のなんと饒舌なことでしょう(どこかで聴いた台詞)。

法律の改正でAM放送は近い将来廃止されるという。
ぼくは2020年のいまもブラウン管テレビ(購入後20数年)や
PHS(スマートフォンは使わない)を使っている。
古くても優位性を感じるから。

もしいまのAM放送のコンテンツがFMワイドで流されても
なにかなじめない気がする。
音が良くなることを喜べないのは単なるノスタルジーと言われるかもしれないが
アナログチューニング(バリコン同調)のラジオで流れる音声は
FMやCDよりも声の現実感とやわらかさが感じられる。
おそらく周波数変調や量子化されていない音の素性が素直なのだろう。

AM放送、なくなってほしくない。



posted by 平井 吉信 at 21:19| Comment(0) | 生きる

2020年03月10日

信頼


誰かを信じられるということは
その人の言動の根っこに愛があるからだろう。
上皇上皇后両陛下、天皇皇后両陛下の存在はこの国に限りなく大きい。

ところがいまや日本政府は海外からも信頼されない。
いま考えるべきはどの政治家が良いか、どの政党を支持するかではなく
どんな国をつくっていくか、そのためにはどんなしくみがいいかだろう。
(すべての記事は不偏不党の立場であるべき姿を描いて書いている)

一人が思いつきで方針を決める、法律の解釈を決める、
するとそれに続く人たちが辻褄合わせに翻弄されるという構図が数年続いている。
総理大臣とは法律をつくる人ではなく
法律に縛られる人である。

1億人の人がいる。そのなかに智慧者も少なくない。
乏しい想像力で思いつきの意志決定を行うのではなく
智慧者の意見を十分に聞いて決めごとをしていくべきだ。
その智慧者とは現場で創意工夫しながら日夜携わる人たちである。
(自民党政権でも小渕首相などはそのようにしていたのではないか)

3月といえば、学校(子ども、教師、保護者)にとって思い出となるかけがえのない時期。
年度末というのは子どもも大変だが大人も事務処理に追われる時期でもある。
学校を休みにすべきかどうかは当の子どもたちに聞いてみたらいい。

そして休むべき、との声で一致すれば休めばいい。
意志決定のためには専門家が同席して科学的な知見や客観的な情報は与えるが
意志決定には関与しなくていい。
ただ子どもに考えてもらう。
そして休まない、と決まったら
こちらが何も言わなくても子どもたちは自主的なルールを決めていくだろう。

・マスクをしましょう。そのマスクは1日2回、給食の前後で取り替えましょう。
・隣の席の人と互いに確認しあいましょう。
・マスクがない子どもは学校が支給しましょう。
・手洗いのルールを決めましょう。
・決めた方法どうりかどうかをペアになって確認することにしましょう。
・体調が少しでも悪ければ保健室に行って相談しましょう。
・誰かが風邪を引いたり体調が悪くなっても気持ち悪がったりせず回復するよう見守りましょう。
・こんなときだからみんな笑顔でいましょう。
・普段以上に友だちの様子に気を配りましょう。

…などと子どもたちは自主的なルールを自分たちで話し合ってどんどん決めていくはずである。

こんな場面でこんな意志決定をしたらどうなるか?
その際に想像力が働かせられるかどうか。
相手の立場に立って目に見えない暮らしに思いを馳せて考えていくこと。
そんなことができない人たちが国の方針を決めているのなら政治は要らない。
お金を自治単位に支給して自分たちがルールや運用を決めることになれば
案外この騒動も収束が早いような気がする。

オリンピックの開催については2月中に方針を決めるべきと書いたけれども
未だに方針が定まっていない。
何度も言うけれど膨大な運営資源、利害関係が絡むことを
年度を明けて意志決定できるはずがないではないか。
第一、選手だって存分に練習できず自粛せざるを得ないので
本番に向けての調整ができないのではないか。

ぼくなら秋に開催することとする。
問題となっている猛暑対策も解決する。
各方面と調整を行い3月前半に意志決定を行わないと
本番は突然の中止となりかねない。
いまは非常時である。
オリンピック開催が重要であれば平時で乗れない相談であっても
各国、各方面が調整する力学が可能にはならないだろうか。
(ぼく自身はオリンピックは中止でもいいと思うが、多くの人がその場にかけているので現実的に対応していくことがいいと思う)
秋に開催することで都合が悪いことがあったとしても
半年以上前なら調整は可能ではないだろうか。

でも、それ以前に小規模の事業所を中心に経営破たんや失業が続出することが心配だ。
ベーシックインカムや減税を行うとしたら大義名分も実効性も見えているいまではないか。
posted by 平井 吉信 at 23:38| Comment(0) | 生きる

2020年02月24日

国の危機


バブル崩壊後、先進国の所得は上がり続けている。
ところがほとんど変わっていないのが日本。
しかし物価は上がり続けている。
特に近年は物価上昇と消費増税で庶民の暮らしは厳しい。

日本の民間企業は優れた人材を擁しながら
トップの根拠のない独断で活かすことができなかった。
→ ここでの教訓は現場から動かしていくことが必要ということ。

お手本はスイス。
セイコーやシチズンに打ちのめされたかのように見えたスイスの時計も
現在、わざわざ買い求める時計はスイス製である。
スイスはEUにも加盟していないが
国民の高所得、充実した休暇で国民生活は極めて豊かである。
さらにどの陣営にも属さず永世中立国による不安のない生活
(欧米の大富豪や共産圏の指導者たちの財産もこの国にあるのだろう。だからテロの対象にもならない)
先進国の桃源郷のような国である。

等距離外交こそ日本に必要だ。
そのことが現在の懸案事項の解決にもつながるような気がする。

日本を立て直すとき
経済は、環境は 福祉はなどと個別に施策を行っても意味がないように見える。
部分的な最適化にとどまるため全体の最適化が失われてしまうからだ。
消費増税(さらに軽減税率)などは国を壊す最たるものだろう。

もはやどの政党がいい、などという次元ではなくなっている。
政党を解体して政治家個人が考える施策で動かしていくべきと思う。
(もちろん政策集団はあっていい)
個別の政策にどのような考えを持っているかの一覧があると有権者も判断できる。

政治家だけではない。
国のしくみも解体再構築しなければならない(かつての看板だけ架け替えて統合したような組織改革ではなく)
国が決めて地方に落とす地方創生ではなく
地域が決めてそれを共有していく方策でないとこの国は立ち上がれない。
政治家はもっと必要だ。
給与は実費弁償にする(兼業は当たり前)、
議会も電子議会とする(子育て中の人も参画できる)
選挙制度もWeb討論、Web投票など。

複雑なしくみを撤廃すれば行政組織は簡素化される。
人口減少で税収が自然減するなかで
中間コストがかかる組織としくみを改善していかなければならない。

消費税撤廃やベーシックインカム(国民1人に一律支給)などは
複雑なしくみの撤廃と浮いた中間コストで財源にできる。

中間コストとは例え話でいうとこういうこと。
被災地の支援に1億円集まったとする。
配布にあたっての基準の作成、そのための調査、配布(振込や配達)の費用に6千万円かかった。
4千万円が被災者の手元に届いたのは数ヶ月後だった―。

被災地に行けば
いまこの瞬間に物資や資金が必要な人がいるのに
現場が差配できなければ助かる人も助からず、
それが届く頃には不要もしくは陳腐化してしまう。

新型ウィルスの対応について国の施策は無力だ。
(オリンピック開催についてもどこかの時点で判断しなければならないだろう)
正しい知識を持って冷静かつ徹底的に自己防衛しないと自分のいのちは守れない。
(顔面の減菌についてもっと実行しなければいけないように思う。マスクで防げるのは空気感染だが、それも高密度のところでは防げない。だから完全防御の格好で治療に当たっているのだろう。ぼくは何らかの方法で顔面のアルコール減菌は有効ではないかと思う。相当の量が必要かもしれないので個々の皮膚の状況にもよるが)

政策については道州制の導入が以前から提案されている。
それも有力な方策と思う。
現時点では経済の活性化が重要課題だろう。
そのためには内需を刺激することが欠かせない。
これはGDPにも速攻で効いてくるはず。
税制改正と合わせて消費税撤廃やベーシンクインカムのような格差を是正する政策が経済を活性化させる。
(その代わりに補助金、国の一部負担などを廃止ないしは減額する。国民も自分で考えて判断していかなければ国依存になってしまう)
これは庶民を救うだけではない。
経営者層(富裕層)にとっても内需の拡大は歓迎すべきこと。
優秀な人材が集まる、研究開発に力を入れられる、
品質管理、生産管理が国内でやれる、
メイド・イン・ジャパンの神話が蘇り海外からも高く買ってもらえる。
(公定歩合の上昇、円高は国民の資産を増やすが、円高になっても魅力的な製品は売れる。円高の影響を受けるのはコモディティ製品。こう考えるとアベノミクスは真逆の政策になっている)
内需拡大の成果が、環境への投資、教育の充実、福祉への備えなどへ降りていくはずだから。

こんなとき誰かが陣頭指揮を取ってもらいたいとしたら
ぼくならジャパネットたかたの前社長の高田明さんがいいと思う。
長崎の小さなカメラ店が一代で大企業に成長させた手腕は見事。
でも一貫しているのは社会に貢献する志と
人々の気持ちに寄り添った行動だろう。
同社の情報漏洩問題が起こったときも会社を無にする覚悟で
徹底した再発予防が行われたと聞いている。
何をするかが的確なだけでなく、
どのようにすればそれが浸透するかを考え抜いた人(経営)。
そんな人が舵取りをしなければこの国は存続が難しくなっているのではないか。

追記
政治家の劣化は度を超えている。
大本営発表を信じてはいけない、と思える。
日本は決して安全ではない。
ぼくはここ数週間の仕事をすべてキャンセルしてもいいと思う。
気温が上がっているのに感染が広がっていることから
インフルエンザと異なり夏場でも感染しうることが予想される。
五輪がそのまま開催されることはありえない。
中止か延期か観客なしかは別にして
五輪がパンデミックの引き金になりうるなら
数日以内になんらかの発表があるのではないか。
人のいのちより重いイベントなど世の中にはない。
posted by 平井 吉信 at 10:38| Comment(0) | 生きる

2020年02月15日

不器用な料理好き


靴の紐が結べない、ネクタイがうまく結べないおとながいるとしたら
ぼくです。
魚を食べたら骨を口内で突き立ててしまう。
スマートフォンの操作をしようとしたら画面が消えてしまう。
フリップ方式で文字を入力しようとすると1行に数分はかかってしまう。
(だからいまでもPHS。サービスがこの夏で終了するとしたらどうやって生きていけばよいのか…)
ただしパソコンの文字入力で日本語に適した文字配列(NICOLA準拠)だと
分速300文字は打てるかもしれない。
(でもそのキーボードをWindows 10で使うにはソフトやドライバーの難易度が高い)

テレビは20数年を経たソニーのブラウン管テレビ(15インチ)。
これぐらいの画面の大きさが見やすいように思う(距離2メートル)。

電子書籍(AmazonのKindle)は目が疲れず(バックライトは使用しない)
文字が読みやすく(拡大も可能)
価格も安く(特売をねらえば紙本の20〜30%で売られていることもある。Amazonはダイナミックプライシングなので日々見ているとおもしろい)
数え切れない冊数をポケットに入る端末で持ち歩ける快適さ。
(充電も忘れた頃にやってくるぐらいの頻度)

そして小学生の頃から好きでやっている料理。
レシピなどない時代にアップルパイを自作したりしていた。

どんなに多忙であっても台所で料理はつくりたい。
ありあわせの材料で限られた調理器具で
洗い物も含めて半時間以内に終える程度のものだけど。
(家庭用では献立を出発点とするとロスが出やすいように思う。材料発想でそのときにあるものと家人の体調で最終形を決めればいい。脱こだわり、脱レシピでいい)

このご飯は五分づき(毎日玄米を精米している。玄米は近所で採れた特別栽培米)。
米をおかずにご飯が食べられそうなおいしさ。
(おかずが要らないぐらいの満足感)
まずは研ぎ方、浸水時間、水温、水の量にかかってくる。
(浄水器の水で研いでいる)
炊飯器の性能はそれほど重要ではない。
DSCF9381-1.jpg

そしてテルモスの保温鍋を20数年使っている。
適当に切った根菜に余り物の野菜、肉類またはウィンナーなどを入れて
煮立ったら内鍋を外鍋に入れて放置するだけ(電気代も不要)。
味付けはその日の気分でオリーブオイルやカレー粉、塩、酒やワインなどを使う。
これはカレー風味だけど、ご飯だけでご飯が食べられるご飯に
おかずだけで十杯程度は食べたくなるポトフの組み合わせ(たった2品)。
これで十分、これでごちそう。
人生はそれでいい。
posted by 平井 吉信 at 13:24| Comment(0) | 生きる

2020年02月09日

マスクの備蓄は控えめに


例年冬場になるとマスクは少なくとも200枚は備蓄している。
ところが今年は年末に食中毒で倒れている間に
市場からマスクが枯渇してしまった。

ぼくは風邪やインフルエンザ予防にマスクは有効と考えているが
そのためには厳密な運用が必要である。
(マスクを付けたら感染症を防げるわけではない)

一例を挙げれば
・手すりやドアノブ、スイッチ類には手を触れない。
・手を触れたら携帯用のアルコールで減菌する。
(現金でやりとりを行ったあとも減菌)
・外出から帰ると適度な塩分濃度をつくって鼻うがいを行う。
・マスクは一度口から離したら使わない。ひも以外は触れない。
・マスクをしていてもいなくても意識して顔に手を触れないようにする。
・携帯電話やPCキーボード、(自分専用といえども)車のハンドルは毎日アルコールで拭く。
・咽を湿らすスプレーを常に携帯。
・うがいは頻繁に行う。

可能であれば
・睡眠時間を6時間以上設定する(年度末は難しいが)。
・身体を温める食物を適宜使う(根菜や生姜など)。
・ココアやチョコレートを適量摂取する。

台所も同様である。
(他人の調理場で供される料理だけは直感を頼りに信頼するか運を天に任せるしかないが、不幸にも食中毒を経験したばかり)

潔癖症のようであるが、身体ひとつで事業をやっている身なれば大げさとは思えない。
(芸能人などはもっと厳格に自己管理しているでしょう)

昨年秋からの備蓄が100枚を切っているのだが
この冬はマスクは買わないことにした。
(自己管理で補うしかない)
RXM02826.jpg
いま必然性の高い人の手に行き渡って欲しいと思う。
(震災のときも被災された方が必要とされる物品の購入は控えた)
だから必要な場面で必要以上の購買は行わないようにしたい。
一人ひとりの良識が事態を早期に良い方向に向かわせるのだから。

普段から不断の取り組みがあってこそ健康維持ができる。
こんな時代だからこそルーティンの大切さが教訓となっている。

posted by 平井 吉信 at 11:16| Comment(0) | 生きる

2020年01月26日

吉田城満寺での佳き出会い 全国一自殺率の低いまちの曹洞宗の名刹はこんなにも明るい


海部町(現海陽町)は全国でもっとも自殺率が低いまちとして知られる。
他人に干渉しないで自分の判断で生きていくけれど、
何かおかしいと思ったら地域で関わりを持っていくという。

田舎は何をやるにも見られている気がする、煩わしいというのが
ぼくも感じるところでそれが田舎暮らしへの最大の隘路となっていると思う。
ところが都会の距離感のようなクールさと
必要があればそっと見守る、場合によってはお節介もするという
共同体の姿を兼ね備えているという。

全国に発信した著書


わかりやすく解説したサイト
http://ilovetokushima.com/?p=2670


ぼくも高校の頃から自転車で海部町、海南町を訪れていた。
お目当ては海部川。
高松塩江と海南町を結ぶ国道193号線は
当時未舗装の区間や対向困難な箇所があるという時代であったが
海部川の表情は濃厚で
社会人になってから仲間とキャンプに出かけていた。
(海部川については下のタグから見られます)

この日は海部川支流を遡ったところの神社界隈に珍しい植生があることを知っているので
そちらにやってきた。
お目当ての植生は見つけられなかったが、赤いツチトリモチはまだ残っていた。
DSCF9137-1.jpg

そこから城満寺へと向かった。
年末には竹の灯りのイベントをされていたと新聞記事に掲載されていた。

城満寺は曹洞宗で9番目に古い名刹であった。
当時は吉田城の城主であった海部氏(地方豪族で代々海部郡司を世襲)が
曹洞宗の開祖道元禅師の弟子で若い瑩山禅師を招いて開いたのが城満寺。
DSCF9149-1.jpg
西暦でいうと1300年にならない頃である。
(瑩山禅師は後に曹洞宗太祖となる)
http://jomanji.web.fc2.com/

道元禅師の打ち出した只管打坐(しかんたざ=ひたすら座る)の実践は
戦乱に明け暮れ陰謀に巻かれる戦国武将たちに心の平穏が訪れる機会となったのではないか。

ぼくは仏教の専門家でも歴史に明るいわけでもないので間違っているかもしれないが
自分なりにこう捉えている。

中央集権国家をめざす政治と結びついて奈良仏教の勢力が伸びてきた。
その一方で仏教本来の姿とかけ離れていった側面もあった。

そんなとき空海が中国から持ち帰った真言密教は真言や法具を自在に駆使して
一部の神秘体験や法力を布教の道具として用いていた。
それは仏教の礎ともなり当時の社会に仏教の光を感じさせるために必然であった。
しかしそのためには高度な知識と師の先導による体験が必要で
庶民には手が届かなかった。

そのことを意識されていたかどうかはわからにが
弘法大師は全国を行脚してさまざまな知識(科学や医学、土木の知見)を駆使して
地域に足跡を残している。
直接的に真言密教とは関係がなくても
実践を通して教えを弘めていくうえでは必然であったと思う。

世が乱れる時代になって
民衆は救いを求めていた。
そんなときにただ「○○○○」と唱えればいい、というわかりやすさが必要であった。
来世(らいせ)が救われると信じることでいまを生きる苦労がどれだけ軽減されたか。
未来の光がいまを照らすと信じられたことで救われた人が多かっただろう。
これもこの時代に必要な方便であったと考える。


21世紀になって
Volatility(変動性)Uncertainty(不確実性)Complexity(複雑性)Ambiguity(曖昧性)の時代、
Googleなど世界的なIT企業では
社員の研修にマインドフルネスの概念を採り入れている。

マインドフルネスの概念を漢字で表すなら「念」。
字を分解すると「今」「心」。
それは、今起きていることを注意深く洞察することである。
・自己と他者を理解し受け入れること、感謝を抱いてつながりを感じること、
・集中力、判断力を高めることができ、
・コミュニケーションや対人関係を改善し、健康を育み、生活の質を向上
その結果、なにかに気付くというもの。

これらは生活のなかに修行があるとう臨済宗、曹洞宗に源流を辿ることができる。
マインドフルネスとは念であるとしたが、瞑想も日常的に行う。
(ただし禅宗の座禅は瞑想ではない。少なくとも瞑想を目的にはしていない)

実はすでに人々は仏である。仏であるがゆえに修行をする。
悟りを得るのが目的ではない。すでに悟っていることに気付かないだけだ。
道元さんはそう言っているような気がする。
幸せの青い鳥を探し続けてついに見つけることはできなかったように
青い鳥は自分の内なる存在なのである。

幸福になることが目的ではない。
成功したから幸福になるのではない、
むしろ幸福感が成功への出発点である。
いまの自分の幸せに気付かない限り
人生の充実感は得られないということ。

もちろん必要最小限の生存のための条件は必要で
そのために消費税の撤廃やベーシックインカムの導入は社会の重要な転換点になり得る。
なぜなら0.14%の富裕層が世界の金融資産の81.3%を持っている一方で
(それらは課税逃れの工夫で課税できない)
政府には教育や医療、福祉のための財源が乏しい。
(世界中で不穏な政権が跋扈しているが、それらも民衆の心理の裏返しのように思える。ただしどの政権も民衆のためには動いていないが、そのことに気付かないようカモフラージュされている)

社会のしくみを変えることは必須ということ。
まずは身近なことに関心を持ち、地域の活動や政治への関心を高めること。
それと同時に個人として生きることの意味を見つめ直すこと。
環境問題、教育、貧困、いじめ、格差社会などの原点は個人の欲望にある。
禅宗の教えは釈迦の考えをいまの時代の処方箋としても提示しているように思えるのだ。


城満寺は曹洞宗である。
海部に城満寺ができると周辺に数多くの禅寺が誕生したという。
けれど長宗我部氏の侵攻で海部氏の吉田城は落ち
戦火に焼かれた城満寺も大正時代まで復興されなかったという。

そうであっても曹洞宗の教えがその後も受けつがれていったとすれば
海部町で自殺率が低いのは頷ける。
多かれ少なかれ現代人の生き方を示唆している(影響を受けている)のは
禅宗のように思える。

城満寺は古刹などと書くと陰々滅々とした雰囲気を連想する人もいるだろうが
城満寺の雰囲気はこれまで訪れたどの寺とも異なる。

寺が地域のはれのばでもあり、ケの場でもあるのだけれど
ここには陽気な娯楽性を感じる。
開けた芝生と枯山水。和モダンと呼びたい光景である。
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城満寺にはアートの気が満ちている
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華道家萩原亮⼤さんが作庭した枯山水の庭。山麓と一体となっている
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座禅を行い寝起きを行う僧堂があるのも珍しい。
城満寺の復興に尽くされた前ご住職の大槻哲哉さまは
全国を托鉢するなどして浄財を集められたが
平成30年6月24日に遷化された。
http://jisya-now.com/?p=1428
その後を受けつぐ田村航也住職と一度お会いできたらと思っていた。

本堂で合掌していると
お寺の方が見えられた。
若いお弟子さまだ。
(お名前は聞かなかった)

しばし歓談をしていると
本堂に上げていただいた。
ご本尊は釈迦如来。
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翌日に開かれる座禅会のため
大般若波羅蜜多経の教本がずらりと用意されていた。
これをぱらりと空気を通すごとくめくるのだそうだ。

奥には前のご住職のお姿(写真)もあった。
どこか遠くを見つめる深い眼差しの方であった。
お弟子さんいわく、現ご住職もすばらしい師匠という。
在家の人に囲まれているときはその雰囲気になじむようにされているが
眼光の強さ、自分を見ているようで周囲を観じていらっしゃるような雰囲気を持っておられるという。

続いて僧堂をご案内された(外からである)。
ここは座禅を行う場であり、寝起きをする場でもあり
食事をする場でもある。
一人当たりわずかな空間があってそこが生活のすべて。
空調はないが、さすがに冬場は座禅の最中に被るものがあるという。
ある日、座禅をしていると、とてもすがすがしい境地になって
思わず感謝の言葉が出たとおっしゃっていた。

お弟子さんも20代の方とお見受けしたが
澄んだまなざしと堂々とした良いお声をされており
充実した修行をされている様子が一目で伝わってきた。

「佳き出会いでした」と双方が合掌。
「良いご修行を」と願って城満寺を後にした。

追記
城満寺は檀家を持たない寺であるから
在家との接触、托鉢などを通して暮らしを営まれている。
仏教の純粋なかたちを今に解釈して継承しつつ
マインドフルネスの実践をされている希有の場となっている。
ここでは座禅の指導などもなさっているので
一度訪れてみてはいかが?
http://jomanji.web.fc2.com/

posted by 平井 吉信 at 12:17| Comment(0) | 生きる

2020年01月01日

新たな年を迎えるに当たりみなさまのご多幸をお祈りいたします


神棚を祀り
仏壇で供養を行い
荒神棚を手入れする。

祝詞を奏上し
読経を行う。

そして産土神社へと参拝。

年末にかけては寝込んでしまったが
かえって休養となったお陰で
普段はじっくりと聴けていない
ベートーヴェンと向かい合うことができた。
特に後期の弦楽四重奏曲、ピアノソナタはベートーヴェンの独白のようなもので
音楽が空間に波紋を広げていくと感情を満たしてくれる。
しずしずと深く広く展開する音楽を聴いていると
いまここにいるのだなと感じる。

年賀状は一度いただいた人は永久有効としているので
何度もお出しいただく必要はありません。
いただけるものはありがたく拝読しますが
返信もいたしません。

生きていくとすべての人にお世話になっていると気付き
正月だけでなくすべての刹那が大切な時間と思うようになってから
年賀状をお送りすることをやめてしまった。

変わることなく祈っているのは人々のご多幸、
生きとし生けるものが互いにその役割を果たしていのちを全うすることだけ。

だからこの瞬間が大切で
その祈りを届けていると感じていただけたらそれで十分。

やがて親族が集まってきた。
ささやかな宴を催そう。

生きていたらそれで十分だよ。

神棚は屋久杉でつくられた珍しい品物で
全国の神様(御札)が鎮座されている。
天津祝詞、十言神呪などを歌うように奏上する。
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仏壇は紫檀(パーロッサ)の前練仕様。
唐木仏壇の本場、徳島ならではだが、
今となっては良質の南洋材の入手が難しくなっている。
いつものように開経偈、般若心経、観音経(偈)、十三仏真言、光明真言、お大師法号と進む。
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いつもおもしろいのは
同じ御神酒(日本酒)をお祀りしてほんの数分後にお下げして飲んでみると神棚と仏壇ではまったく味が違うこと。これはどんな味覚の豊かでない人でもわかる。神棚では香りが増し、仏壇では香りが抜けてしまう。

続いて産土神社への参拝。
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個人の願い事はしないで神々の弥栄と世界の平和を祈る。
ここで産土神社、天照大御神、三宝荒神の神札を求める。
(神社を守る神職への感謝を込めている)







posted by 平井 吉信 at 16:29| Comment(0) | 生きる

2019年12月27日

かかりつけの先生と楽しむ会話


ここ二日は体調がもっとも悪かった。
熱を測ると39度近い。
(いつもはそれぐらいでも自宅でできる仕事はやっている。高熱には強い)
ところが両日とも朝から夜遅くまでぎっしりとスケジュール。
どちらの日にも夜は長時間のセミナーがある。

人前に出るため合間を見てインフルエンザの検査はしておいた。
幸いにも陰性だった。
(キャンセルできない仕事だったのでインフルエンザだけは避けられてよかった。せっかく来ていただける方々のために最善を尽くしたい)

二日目の午後の早い時間から気力だけで仕事をしている感じ。
その夜のセミナー(10回シリーズの最終回)で誰にも悟られないようにふるまったが
お一人の女性の方が近づいて「きょうは顔色がお悪いですね」と気付かれた。
(このとき38.8℃ぐらいだっただろうか)

二日間の強行日程を終えて三日目の朝にかかりつけ医に駆け込んだ。
前日の晩はほとんど寝られないほど苦しんだ。

実はこの患者、自分の症状から病名はほとんどわかっている(つもり)。
(高熱ではあってもインフルエンザでないのは検査を受ける前からわかっていた)
実はかかりつけの先生も患者の特性を理解されている。
(先生も椅子に背伸びをしながらリラックスされて会話を楽しんでおられる)
主訴を整理して(5W1Hに順序立てて)お伝えすると
こちらが出題するような感じとなる。
会話がカンファレンスのようになって病名が絞りこまれていく。
先生はにこやかに検査と措置を決めて看護師に指示を出す。

点滴を受けてベッドで休んでいると
先生が血液検査の結果を持って現れた。
「白血球の値がやや高いですね」
(ああそうか、抗生物質を処方されるのだな)
「三日間出しておきましょう」
忘年会のシーズンなのでどんなに気を付けてもありますよ、
と先生は笑う。

徳島近郊には食生活という根源から心臓病の治療を行う心臓クリニックなど
自宅の近くには現代の赤ひげ先生はいらっしゃる。
(実は徳島県は人口当たりの医師の数は全国一という恵まれた県である)
かかりつけの先生は薬漬けの医療を行う方ではない。
抗生物質も適量を守ればもちろん有益ではあるけれど
漢方薬を使われることが多い。
(漢方薬は対症療法ではないが症例と合えば速効で効く)
そこで、抗生物質以外に何を処方されるかを心のなかで描いてみる。
投与された薬を見ると予想はほぼ当たっていた。

近所の先生なので身元はばれているし身内もばれている。
(義弟は世界的な医薬品メーカーのMRでかつてこちらを担当していたこともある)
先生も遠慮がないし、こちらもお慕いしながらも茶目っ気を持って接している。
(症状の説明に専門用語を使う患者はいないでしょ)

点滴を受けている間に診療所は昼休みに。
先生と看護師たちとの屈託のない会話が大声で響いている。
(いや、診療中だって同じ。そこがいい)
いつもいつも病人ばかり診ているので気が滅入ってしまう。
それをコントロールするための明るい雰囲気が定着している。
医師とか僧侶とかの職業は明るくふるまうことは自己防衛でもあるのだ。

医学の世界も日進月歩で新たな治療法や診断法が見つかっている。
知識をアップデートすることにも熱心な先生で
学会に参加するために本人は休診で別の通いの医師が診られていることもある。

かかりつけの診療所は
外観が新しいわけでも最新鋭の設備があるわけでもないとしても
患者が絶えることがない。
前夜あれほど苦しんだ症状がほとんど消えて
いまはブログを更新している。

健康なときは身体のことを忘れている。
病気になればそのことを受けとめる。
そこには何の価値判断も不要。
(遍界かつて蔵さず)
ただ感謝あるのみ。



posted by 平井 吉信 at 21:09| Comment(0) | 生きる

2019年12月08日

夜の牟岐線のひなびた駅前にて


今夜は友の家で手料理を味わいながら飲むのだ。
年に数回、持ち回りでやっている。
高校のときの同級生らの集まり。
戸狩野沢温泉に人生初スキーへ行ったのもこの仲間たち。
あれから年月は流れたけれども変わることなく
ときの間の忘れ物のような時間。

暗闇にたたずむ駅の風情がなつかしい。
何もかもなつかしい。
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posted by 平井 吉信 at 22:30| Comment(0) | 生きる

2019年11月23日

飲食店経営者や小規模事業者はキャッシュレスに対応しないようにしよう


飲食店でキャッシュレス対応にすると
お金を触らないので良いとか
レジで釣り銭が省けてスピードアップするということが考えられるけど
それはどうかな。

もともとつくる量が限られているうえ
キャッシュレスになったからといって
既存顧客の一部が現金決済から切り替えるだけ。
入金は月2回で現金仕入を行う飲食店も多いことから
資金繰りにも影響する。
3%程度の手数料は確かに痛手だが
それ以上に顧客が増えるという説もまことしやかだが
さまざまな現場の声を聞いてみるとそうでもないようだ。
(そもそも食べたいから行くのでキャッシュレス対応だから行くわけではないだろう)

だから飲食店はキャッシュレスに対応しないように。
その他の店も国の施策につられないように。
特にQRコード決済は現金よりも手間がかかるうえ
セキュリティやシステムの安定度に大きな問題を抱えている。
(現場からは読めなかったり通信不調でアプリケーションがハングアップしたりするなどQRコード決済のトラブルが日常茶飯事に聞こえてくる。ペイペイなどQRコード決済対応の店には行かないようにするのが無難。目先のキャンペーンに釣られることなく顧客のセキュリティを守ることが店の信頼につながる。どうしてもキャッシュレスに対応するならFeliCaなど非接触型IC搭載などのセキュリティの高い決済方式で。そうしないと悪貨が良貨を駆逐してしまう)

お店の方へ
アプリケーションをインストールして紐付けするだけで使えるQRコード決済ですが
お客様のセキュリティを守ることが大切ではないでしょうか。
(技術的な面からもQRコード決済は数年以内に消滅すると考えられませんか?)
posted by 平井 吉信 at 23:34| Comment(0) | 生きる

2019年10月22日

きょうは佳き日 即位礼正殿の儀


清々しい一日だった。
業務を抱えて(なぜこんなに仕事が集中するのだろうと)
その合間に家事やら趣味やらを織り交ぜているところ。

天皇陛下のお言葉はいつも深い。
言霊というか魂の深いところで発せられていることが伝わってくる。
洞察力に優れ頭脳明晰でおありになるけれど、それをひけらかすお方ではない。

趣味の天体観測にアスコのスカイルック13センチ反射経緯台を選ばれていることから
バランス感覚に優れたお方とお見受けしている。
山登りもお好きと伺って親近感を覚える。

ご身分がお人柄をつくることはあるだろう。
しかし現在のご身分でなかったとしても
人々から愛され尊敬されていらっしゃるだろう。
(比べる存在ではないけれどこのお方の人格や品位に比べられる政治家はひとりもいない。世界の王室のなかでももっとも優れたお方と確信している)

憲法では天皇は国及び国民統合の象徴ということになっている。
しかし折に触れて政治性を帯びないようご留意されてメッセージを発信されたらいいなと思っている。
人々の意見をよく聴いた上で冷静かつ的確にご判断される陛下。
一人の独裁的な運営ではなく
意思疎通を大切に洞察に基づく的確なリーダーシップが求められるいま、
不謹慎であることは重々承知で
局面を動かすメッセージを発せられることを願っている。

主義主張を超えて生きていくよすがであり
生きていこうと思えるかけがえのない存在。
(政治家以上に重責であることを自覚された上でそれも糧にして生きていらっしゃるよう)
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(本日咲いていた花。フジX-T30+XF35mmF1.4 R)
posted by 平井 吉信 at 23:33| Comment(0) | 生きる

2019年10月13日

台風19号 未来の日本を映し出す


出張から徳島に戻ると
長野県、関東、福島県を中心に洪水被害が深刻との報道。
堤防が決壊してまちが水没している地区もある。
新幹線の車両基地も水没しているようだ。
お見舞い申し上げます。

地球温暖化により異常気象が頻発する時期に入ったことは
このブログでもたびたび触れている。
また、治水思想を含む河川工学のあるべき姿についても触れている。

堤防が決壊すれば壊滅的な被害を被ることは明らか。
それと同時に下流では被災を免れることになる。

日本の平野は沖積平野。洪水がつくった土地に都市(人口)が集中する。
また、ダムが一定の水量を超えると放流が始まる。
放流が始まると、
ダムに流入する水量以上を放出しなければ
ダムが決壊する怖れがあるので(それは下流のまちが消えてなくなるぐらいのインパクト)
放流はやむをえない。
しかし予測できない局所のできごとに加えて
社会的なルールや意思疎通の手続きのため
理想的に実行できるかどうか。

ダムは洪水対策のためにつくるのではなかったか。
(もちろおダムには利水用のダムや複合的な目的を持った多目的ダムなどがあり、治水だけを目的に設置されているわけではない)
確かにダムの治水容量を満たすまでの時間軸で洪水を吸収するのだが
(その間の降水量をなかったことにできる)
洪水初期に水を貯めたとしても
水量が増えてくる洪水後期に放流すれば下流はダムがない状態より危険度が増す。

ダムは生態系破壊の最たる存在。
上流から供給される土砂で堆砂が進み数十年で寿命を迎える。
水とミネラルを遮断することの影響は長期に渡って海にも現れる。

どれだけ治水対策をしてもそれを上回る雨はやってくる。
しかも過剰な対策の費用と維持管理費を人口減少時代の日本が将来にわたって賄えない。
いずれにしても川はあふれるのである。

ならば、流域で生命財産への影響が少ない場所で
河川工学上あふれやすい場所(水衝部など)を予め想定(計画的に設置)しておく。
生命に別状がなければそれでいい。
(ぼくはとても親しい人を2人洪水で亡くしている)
経済活動の補償を保険で対応するのが合理的。
沖積平野に住むことを選んだ私たちは
人命の尊重を第一に、社会的経済合理性を持ち
生態系と景観の保全を達成できるこの方法が唯一の選択肢。

ところがいまの治水は効率的に水を流すことを最優先しているため
いったんあふれたら今回のように取り返しのつかない被害となってしまう。

ダムではなく大水を時間軸で吸収する手段は森の保水力や棚田、遊水地など
複合的に組み合わせる。
これらはコンクリート構造物のような老朽化はしないし
維持管理の費用もほとんどかからない。

台風19号の被災地はおそらく激甚災害に指定されるだろうが、
人口減少で将来に取り得る対策は限られてくるという前提と
災害復興への支出が国家財政を圧迫していく時代。
消費税増税で格差が広がっていく社会で
(緊急性の乏しい憲法改正や生活者を混乱に招いている軽減税率など何をやっているんだという人が増えている)
情報格差も罹災格差もますます広がっていく気がしてならない。
(ぼくがスマートフォンを使わないのは情報を通して国民を支配する道具に見えてしまうから。自分の生命を自分で守るというのは基本だが、政府がそれをいうと国民を守ることを放棄したようにも聞こえてしまう)

いまを生きていくのが大変な時代、
誰かに思いをはせていくことと
冷静に本質を見て地道に行動していくこと。
いまは被災された方のために。

参考「災害時に役立つラジオ(2020年版)」
http://soratoumi.sblo.jp/article/187322503.html

タグ:台風
posted by 平井 吉信 at 21:37| Comment(0) | 生きる

2019年09月22日

ほんとうと思えること 誰がみても善いこと 精神の美しさを求めること


社会全体の意識レベルを上げていきたい。
政治とか経済をカテゴリーで語る時ではなくなっているし
未来を誰かに任せる危うさは嫌というほど見えている。
このままいくと人間社会は破滅を迎えるだろう。

世界中のあちことで同時多発的に起こっている独裁的な政治。
政治の影響はあまりに大きい。
独善的な意思決定で国民が振り回されるのは東アジアだけでなくどこも同じ。

東日本大震災での福島第一原発が辿った結果について
当時の経営陣は刑事責任を負わないという判決が出た。
法治国家とは法律が社会の基準となるのは言うまでもない。

しかし社会の隅々まで隈なく拠り所を記すことは不可能であり
そこに解釈の余地が生じる。
(一票の格差是正が大原則で2県にまたがる選挙区を設置したものはその最たるものだろう。それは心なき法治主義)
そもそも法律とは人々とその社会や生態系も含めて幸福のためにあるものだろう。
対策の必要性は東電内でも共有されていたはずであり
電源の水没を防ぐ措置や冗長化などは直ちに対策できたはずだし、
長期的には防潮堤の設置も計画できたはずである。
これがほかの産業なら消費者に迷惑をかけて会社も利益を喪失する程度で済む。

しかし原子力に関しては
いったん被害が起これば元に戻すことが不可能で(不可逆的)
その被害が天文学的時間に渡り(永続的)
生産活動や食物連鎖、生態系へ広がり(連鎖的波及的)
生命の設計図を変えてしまう危険性(種の存続への危機)
結果が壊滅的という例を見ない分野である。

原子力の原理そのものは善も悪もない科学技術である。
しかしそれを使いこなす技術思想(技術そのものとそれを運用する真善美に基づく理念)がいまの社会にはない。その象徴が核兵器である。
こんな社会で原子力を使いこなせるはずがない、とぼくは思う。
善意に基づいて支え合う社会が世界中に成立するまでは原子力は封印すべきだろう。

核兵器は全世界で即刻皆無にできなければ
百年という短い時間でも人類の存続は難しくなってしまう。
政治は有力な手段であるとしたら、
その政治家を選んでいるのが人間である。
(例えば、ゴルバチョフがいたから時計が未来へと進められた。現在の世界が必要としているのは彼のような政治家)
政治家を変えるなら自分たちの意識を変えないと
偽物のリーダーシップや危ない思想に共感したり
悪意を善意のように解釈してしまう。
そして気付いたときは後戻りできなくなる。
いまはその瀬戸際まで行っているのではないか。

為替だとか株価だとか言う前に
なぜこんなに物価が急激に上がるのか
消費税はほんとうに必要なものなのか
根源を考えてみようと訴えている。

根源とは人々の幸福であり、個人も法人も人種も年齢も能力も関係ない。
ただし、人々が誰かのために生きることが自分も幸せという状態
(幸福とは何かの価値基準が共有されていること。真善美という生活理念が憲法や法律の前提としてあることだろう)

社会を構成する一人ひとりの意識とその集合体である社会の成熟を進めるために
間違った方向に進んだ社会システムを再構築して
一人ひとりが社会に関係性を持って関わる社会を構築しなければならないだろう。

そして歪みをもたらしている貨幣経済に変わる社会を考えなければならない。
お金を持つことが悪いのではないが、
それをどう活用するかの熟度が追いついていない社会では
格差と悪意が拡大するのみ。

地域単位で自治を行いつつ連合国家をなすという姿、
つまりは地域が主体的に人々が関わりを実感できる社会が回答のひとつだろう。

まずは地域主権。
地域のことは地域で考えて財源を負担して実行するという考え方だが
地域と全体ですること、公民でやるべきことを明確に分ける必要がある。。
社会的に影響度が高く公益性が高い分野は全国統一組織で考える(JR、郵便事業など)。
生活に直結する分野に競争原理は害となるので公営(水道事業、図書館など)、
それ以外は、紐の付いた交付金ではなく
地域が独自にルールを決めてお金の使い道も決めていく自治へ。
(かたちだけの消費者庁の移転など何の意味もないのだ)

そして格差の是正。
所得税率の変更と消費税の廃止を経て補助金などのムダな事業、
省庁の天下り先が所管する肥大化した事業等を廃止。
そしてベーシックインカムを導入する。

れいわ新選組の山本代表が何を考えているかはわからないが
理想郷に向けて政治がいまやるべきことを
地域主権と格差是正として多くの人(弱者と呼ばれる人たち)が関わっていく社会をめざしているのだろう。
(既存の利害関係に従属している政党とは一線を画していることが多額の寄付からも伺える。演説のわかりやすさだけでなく危機感を持つ人々の心に響いたのだと思う。蛇足だからこの頃あちこちで耳にする「ささる」という言葉に違和感を覚える。共感しているという状態は、おだやかでじんわりとあたたかい心の作用と思うから)

ぼくは憲法は改正すべきと思っているが
それは現政権とは異なる価値観に基づいている。
原子力発電所さえ事故を防げない未熟な社会の理念。
(今回の判例はその象徴。決して東電だけの責任ではない)
詭弁に気付かない国民が多い社会で
間違った方向をめざす人たちが主導する憲法改正などありえない。

森が燃えても温暖化が深刻化して異常気象と災害が勃発する状況になっても
基本的な人権が尊重されない社会で抑圧される事態を直視しない人たちに、
スウェーデンの女性や香港の若者たちが身体を張って行動している。
未来を描く理念、利他心を持って行動する人たち。
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あなたはどちらの社会に住みたいですか?
そしてどうしたいですか?
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posted by 平井 吉信 at 10:57| Comment(0) | 生きる

2019年09月07日

軽減税率ひどい状況

ここ数週間は消費税増税後のレジ対応とキャッシュレス対応をどうするかという問題に追われている。小規模事業者はそもそも必要性がないところだが、悩ましい問題が起こっている。

事例1 増税後も税込価格を据え置きを考えていた飲食店
決算書を見せていただいて、同じ条件で所得が減少する状況を再現することで次年度の参考としていただいたところ、顔色が変わった。原材料費や消耗品費には増税対象もありえるうえ2%の値引き相当の影響が深刻なことが判明。急きょ10月以降の価格改定を検討。

事例2 端数処理に困って値上げも
レジが立て込んでくると計算と釣り銭を考慮して100円単位、10円単位としている。そこで8%の税抜き価格に10%の税率を載せてみると端数が続出。そこで切り上げて端数を嫌う措置としたが、便乗値上げと言われないかと不安(店に罪はないよね)。

事例3 大手や供給元は増税前から堂々と値上げ
すでに商品によっては増税前から値上げが相次いでいる。所得は減少、値上げで家計を圧迫、さらに増税で悲鳴状態の家計が10月以降どうなるか? 消費増税時に便乗と受け取られないための防御措置かもしれないが、生活者は…。バスクリンやバスロマンなど前年度に1.5倍程度の値上げとなった商品があり、それ以後ぼくはメーカーの姿勢に疑問を感じて不買を続けている。

地方新聞にあるFPのコメントが載っていた。「増税に与える影響は家計には大きくない。むしろ長期的な視野で資産設計を」とのコメント。日々生きていくお金が足りない現状で長期的対応など取れるはずがない。なにがしかの事情があるのだろうが、このFPの顔と名前を記憶した。

事例4 増税とキャッシュレスの混同
レジ対応を迫られるのが同時となったため、両者を混同している事例多数。レジの買い換えでキャッシュレス対応ができるの誤認数多し。実はぼくにもよくわからない。そもそも方式とサービスが多すぎて。

事例5 すべて10%と見なす軽減税率対象店
テイクアウトと店内での飲食が半々のジェラート店。持ち帰り時も同じ税込価格で混乱を回避しようと目論むが、テイクアウトの客から不正に2%をもらっていることになる(解釈上は税抜き価格がテイクアウト客は高く取るということになる)。顧客からの苦情が殺到する予感。

事例6 キャッシュレス導入への躊躇
客の顔ぶれがほぼ決まっており、ほとんどの人は使っていない。それなのにあえて導入する理由がわからない。しかし10月以降は他店に流れないか不安がある。また、日々の入金がありそれで仕入も行っていたが(仕入先もほとんど現金決済)、電子決済が増えてくると月2回の振込ではATMから引き出す手間が僻地では大きい。しかも2〜3%の決済手数料が収益を圧迫する。つくれる数量が一定で売上の上限が自ずと決まっている以上、どうしようもない。

事例7 通信環境が心配
山間部でカフェを経営しているが、光インターネットは回線が来ていない。現状はADSLのみだがサービス終了が近づいている。インターネット接続が安定しない状況で決済時のトラブルが心配。ADSL経由でWi-Fiを用意したとしても客にレジでつないでもらわなければならない。
→ この声は県内の山間部等でよく聞かれる。机上でつくられた計画は地方ではそもそも使えない可能性があることを訴えたい。

技術では、FeliCa、磁気ストライプ、QRコード。支払いではプリペイドやデビットなどの電子マネーとクレジットの二方式、運用では、ICカード、おサイフケータイ、各社の専用アプリケーション(個人間送金も含む)、それにオンライン決済がある。そしてそれぞれのサービスは民間が競ってアピールし営業合戦を行っている。この状況を的確に説明できる人は1万人に1人もいないのでは?

インフラが調っていない中国で、個人の信用度を国が把握する手段のQRコード決済はセキュリティーが低い(セブンペイでおなじみ)。読み取る手間と時間がかかり、そこにスキミングなどの詐欺や回線不調、アプリケーションのハンブアップなどのトラブルが生じる怖れのあるQRコード決済を国が進めるというのは無策の極みではないか(ペイペイなどのQRコード決済には手を出さないよう。「身に覚えのない取引があった」となっても知らないよ。キャッシュレスは少なくともセキュリティが確保されたIC非接触系でいこう!)。

余談だが、セブンイレブンが一定の廃棄を推奨したり営業時間の短縮を認めないという話を聞いてぼくはnanacoカードを廃棄した。企業の姿勢を見て意志を示すことは必要ではないだろうか。ただしオーナーには罪はないので店は利用している。香港のように声を挙げていかないと大きな不正に気付かず飼い慣らされ弱らされてしまうよ。理想の未来をつくることをあきらめたらあかん。

消費がリーマンショック級に冷え込んでいる状況での増税、さらに傷口に塩を塗る軽減税率という悪法。軽減税率は消費者に利点ありとするのは表向きで現実はそのコストを消費者に転嫁してかえって消費者は気付かず割高な商品を買わされることになる。大手は対応できるが中小零細はご覧のとおり。

社会全体でどれだけムダなコストが軽減税率対策に費やされるのか、
国はどれだけ対策費用をばらまいて財政を悪化させるのか、
消費増税はいったい何のためなのか、
誰も得をしない政策を推し進めたら未来はどうなるか?

消費増税と軽減税率を推し進めたのは公明党ということを覚えておこう(政治が悪いがそれを選ぶ国民も悪い)。新聞などマスコミは軽減税率導入前の混乱に触れようともしない(新聞て食べられるんですか? 生活必需品なんですか?)。利害得失が行動原理とならないように生きていきたい。
posted by 平井 吉信 at 10:37| Comment(0) | 生きる

2019年08月15日

2019年 盂蘭盆会


ご住職に読経していただいたのは盆に入る前だった。
うちの菩提寺は檀家が多いので8月に入ったら地区ごとにまわっていく。
昨日はご先祖を迎えに行って家に帰ったところで読経を行う。

開経偈
般若心経
観音経(第二十五掲)
十三仏真言
光明真言
大師法号
回向
(自己流だが詠んでいるうちに寝てしまう家族もいる)
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数日前に仕事の帰りに立ち寄った知人宅で
盆というのに線香もあげず読経もせず帰ってしまったことを思い出して
そのご家族の分も詠んだ。
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きょうは終戦の日。
魂にとっての慰めは戦争を起こさせないこと。
終戦と盆が重なったのが象徴的。
普段は見守っていただいている祖先に感謝を捧げる日。

家族、親族、友人、知人、国民…すべての幸福を願いながら
祈りのなかに昇華させていく一日。
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台風は四国から去った。
家の周囲の土嚢を撤去して2019年の盆は過ぎていく。

posted by 平井 吉信 at 17:51| Comment(0) | 生きる

2019年07月28日

不二家ルックチョコ 塩バニラと塩アイス


塩を舐めたいと思うのは
炎天下で自転車を漕いでいた10代の頃。
上からの直射と下からの照り返し。
地球の扇風機はきょうも止まったまま。
坂をあえぎあがっていると自分の汗で溶けてしまいそうな。
(まるでナメクジのように)
塩が舐めたい。

マルナカで見かけたのはこんなチョコレート
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(化粧箱のきらきら感が なんとなく、クリスタル。2003年5月4日に著者の方にもお会いしたことがあったけど)

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https://www.fujiya-peko.co.jp/sweets/item/26100.html
(樹液のようにあふれる塩キャラメルの 甘い匂いに誘われたあたしはカブトムシ♪)

冷やして食べると極楽へ行った感じ。
塩と甘さっていい。

10月からは消費税が10%に?!
可処分所得は減少&消費税率上昇による負担増
だから高級スイーツをあきらめてルックで行こう!
(マルセイバターサンドは5年に1回にしよう)

国(政府)はつぶれてもいいが
国民は元気でいて欲しい。
もっと正しい政策をやって欲しい。
(みんなわかっているよ、限界点を超えつつあると)

まず生きていける国にしよう
総務省の地方創生は例示された事業が紋切り型だけど
(消費者庁の移転などは本筋ではなく地域エゴだよ、地域主権を求めていくことが本筋でしょう)
ほんとうの地方再生とは地域主権をつくること。
中央の政策では食糧の自給を高めること
(戦闘機買うよりほんとうの国防は食糧の自給だよ)

ただ田舎は住民の意識が低い(あえて書くよ)し保守的。
だから耕作放棄地や棚田に自治体もしくは中間組織が間に入って
土地取引の活性化や円滑は賃借を行い
(地権者と買い主や賃借人ではなく公益的な組織とそれぞれが契約する)
都市部からの移住者のみならず地元の人もその恩恵にあずかれる。
このことは生態系保全、水害防止、鳥獣害軽減など幾重にもプラスになっていく。
経済では一人ひとりの消費を活性化させるもっとも簡素で速効性のある取り組みを行う。
(それが何かはおわかりですね)
それが企業の収益向上、もっとも悩ましい人材確保にもつながっていく。
不足している業種や民営化がなじまない業種(水道事業など)には
公共の運営(雇用)でいい。
ひとつの歯車を回せば複数の課題(経済や株価、災害、生態系、人口集中軽減、少子化や高齢化など)が動いていく。それを見極めて集中的に取り組む。
ほんとうに取り組むべき課題は2つか3つではないのかな。

山本太郎/れいわ新選組を応援したくなる。
いや応援ではなく、一体となって国を動かしていこう。
posted by 平井 吉信 at 12:56| Comment(0) | 生きる

朋あり近所より来る 令和の宴2019年夏


ここは小松島市内の田園地帯の一角にある友人の家。
年に数回は集まってそれぞれが手料理を持ち寄っている。

ホストのK君は30年近く乗っていたコロナを
インプレッサ(1.6リットル)に乗り換えたばかり。
(また20年以上は乗るんだろうな。安全性では世界一だと思うよ)
コロナは9代目の4ドアセダンだったが
まちで見かけるたび振り向く人がいるような流麗なデザイン。
(バブルの頃は自動車デザインに華があった)
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最初の到着だったのでK君の買い出しを兼ねて近くまでドライブ。
新しいインプレッサは1.6で十分走る。
燃費も20km/リットルを軽く越えているそうだ。
欧州車の乗り心地と国産車の取り回しの良さを併せ持つ。
(かつてぼくもインプレッサに乗っていたけれど格段の進化を感じる)

来られる時間に集まってくるゲストを待ち受ける土曜の宵。
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やがて集まってきた連中が持ちこんだ料理や菓子は次のとおり。
どら焼き(小豆を36時間水に浸けてあんこも手製)、
・パウンドケーキ(自家製)
・お好み焼き(手製)
・シリアル(手製)
・サラダ(自家製農園)
・紫イモのだんご(手作り)
・乾めん(本田麺)
・飲み物も獺祭、チューハイ、ノンアルコール、紅茶、緑茶(それぞれメーカー製)
・甘酒(手製)
・梅酒(手製)
(ほかに何があったが忘れた。ほとんど手作りしてしまう集団)

料理の合間にCDを持ち寄って聴き合う。
(ぼくは小松玲子のサヌカイトのCD「ラブレター」を持ちこんだ)
http://soratoumi2.sblo.jp/article/184430724.html
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右の藍染め作品はI君の作品。もちろん仕事の帰りに寄ることになっている。
左端はダイヤトーンの16センチフルレンジ(アルニコ)をキャビネットに入れたもの。
アンプはうちにあったヤマハのA2000a。もちろん稼働品。

この家にはグランドピアノが2台あるけどきょうは弾いてもらえなかった。
(また今度ブラームスでも弾いてね)

シリアルを手作りしたKちゃん
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おいしい酒だけど企業の姿勢がさらに好きだ
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そんなこんなで日付が変わるまで歓談と飲食という半日が終わった。
夏はカエルの声を聴きながら
秋は虫をめでながら
冬は薪ストーブの炎を眺めながら
春は高校時代のことを語り合いながら―。

田園の一軒家に集まる度に年齢を重ねていく。
令和の宴、2019年夏のこと。
posted by 平井 吉信 at 12:28| Comment(0) | 生きる

2019年07月20日

追悼 京都アニメーション 明日は選挙


理不尽な事件やできごとを極力見ないようにしている。
それなのに次々と飛び込んでくる。

「らき☆すた」は、地域巡礼のきっかけとなったアニメで
聖地とされた鷲宮神社が2〜3倍の参拝客数となったこと、
各商店限定でオリジナルグッズ(絵馬)を扱い
数千万円の経済効果となったこと、
版権の管理をはじめしくみをつくった商工会へ問い合わせを行ったことがあった。

徳島出身の豊崎愛生さんが主人公の平沢唯の声を演じる「けいおん!」 では
声優らによるバンド活動も話題になった。
(それにしてもジャンルを問わず学園ものに「桜ヶ丘高校」が多いような感じるのは気のせい?)

京都アニメーションの社員の方々、ご家族の心情に思いを寄せる。
いまは安らかにと願うばかり。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

異常気象による激甚災害の増加が予想される。
政治の失態で暮らしの質の低下が懸念される。
何もかも政治に結びつけるわけではないが
(まずは自助努力と思って生きている)
今日の異常な事態は政治や行政が招いている。
(みんなすでにわかっているのに…)

人心の荒廃、災害の頻発、無関心と誹謗中傷…
国が破産することよりも
人々が生きる気力を失ってしまうことが怖い。
「入れたい政党(候補者)がない」
その気持ちもわかるが、
それでも次善の選択をするつもりで選挙に行って欲しい。
いまはどんな社会なのか、
その先に何があるのか?
(安定と称して)このまま前へ進めて良いのか?
(そのことが判断できることが自分の未来をつくることにつながる)
投票率が下がること=自分の暮らしに関心がない、は
すべての人にとって不幸だから。

庭に出てみると、一ヶ月にわたって咲き続けるキキョウが終盤に差し掛かった。
野菊とツユクサの間で咲いている。
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曇りの日の光はかえって隅々までやわらかく照らしている
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虫も休んでいる。
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ヒメヒオウギズイセンという帰化植物がどこからかやって来た
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小さいカマキリがどのようにしてこんな小さな庭にやってくるかは知らないが
毎年見かける。
いつもの得意の手で距離を詰めていくが逃げる気配はない。
身繕いをしながらも目はこちらを向いている。
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ツユクサのつぼみは絞りながら瓶から取り出した藍染めのように見える
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片隅で見つけたのは子どものコウモリ。これらが猫の額ほどの場所の同じ一日である。
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それぞれができることを淡々と(けれど生命を続けるためにしっかりと)やっている。
小さな庭の小さな営みのなかにも真実がある。

(フジX20、フジX-T30+XF35mmF1.4 R+中間リングの手持ち)

posted by 平井 吉信 at 13:54| Comment(0) | 生きる

2019年06月23日

海部川支流の休日 徳島で生きることの意味を語っていくこと


用事を済ませてぼちぼち出かけることにする。
行き先は海部川とその支流。
南阿波サンラインを経由して
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昼は牟岐55ラーメンでいただく。
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母川は蛍とオオウナギの川。
南フランスの小川のような流れ。
湧き水を集めて海部川下流へと注ぐ。
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河畔林と水辺
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海部川支流へと入る。
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背景に沢を従えて
水の流れと風の流れを十文字に受ける地点がある。
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風が吹き下ろすのはわずか2メートル程度の幅の場所でしかない。
(本流と沢の交点)
ここに店をひらく(机と椅子を並べる)。
椅子に座ってうとうとするが、
吹き下ろす涼風はまちの汗や匂いを流してひんやりと。

ほとんど人は来ない。
(午後の時間で一人としか会わなかった)
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水の流れは手ですくって飲めるほど
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身の回りの植物を眺める
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フラクタル&ボタニカル(単語の使い方が間違っているけど)
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これは園芸種? ワスレナグサではない。帰化植物のオオルリソウか?
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近寄ってみるとネジバナの巧みな花の咲き方
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河畔林の豊かさが生命線
目を閉じれば森と川と同化する
例えようがない
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梅雨の晴れ間を縫ってやってきたこの場所は
数十年変わらない場所。
各地で移住促進を競い合っているけれど
徳島で暮らすことは
無数の自分の居場所を見つける愉しさと
そこに行けばいいという安らぎを誰かと分かち合うこと。
山からのミネラル豊富な野菜や魚をいただきながら生きること。
心身の健康が幸福への前提となって
誰かを支え支え合う実感を持って生きていくこと。
(自助努力は大切だけど足りない貯蓄だけ見ていても解決しないよ)
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無理やり「バズる?」動画でアピールして
補助金やら支援金やらの特典を付けないと来てくれない場所ではない。
問われているのは情報発信ではなく
地元で生きている人たちの理念と暮らし方。
そこには汲めども尽きることのない泉がある。

自分探しをするのではなく、居場所探しをするのでもなく
人生に8個か9個あるワンクールのひとこま。
いまそこでできることを積み重ねていければいい。
だから、徳島、四国で生きる意味を探しながら生きてみませんかと
このブログでは語り続けている。

休日っていいな。
また生きていく力が湧いてくる。
タグ:海部川
posted by 平井 吉信 at 14:30| Comment(0) | 生きる