2020年05月18日

生き方は変わっていく コロナのお陰という考え方


連休中に田井ノ浜へ行こうとしたら車を停める場所にロープが張ってあった。
県が管理する高丸山では駐車場が封鎖されていたという。
登山口周辺には車を停められる場所はないので
登山者の車は林道の路肩に停めざるを得ず、
作業用の大型車の往来が激しいなかで危なかったそうだ。

これらの場所は各自が感染症対策を行う限り封鎖する必要はない場所である。
このブログでは新型コロナウイルス感染症について対策を書いてきたが
やるべきことができていない反面、
やらなくてもいいことをやるなどちぐはぐが目立つ。

布マスクはすでに方々に出回り、家庭でも自作されている。
いまさら国が466億円をかけて配布しても意味がない。
不織布のマスクも普通に手頃な価格で近所のスーパーで並んでいたが、
商品を見たところ性能表示がないものであった。
(投げ売りの中国製マスクは買ってはいけない。性能表示とその証拠が提示されているもののみを購入すべき。6月になればマスクの価格はコロナ禍以前に戻るだろう。良質のPFE、BFE99%以上で1枚20円程度。それでも1回で使い捨てずに洗って使いたい)

不織布のマスクは洗って無害化すれば何度でも使えることがわかっている。
だからわが家では前年に備蓄のマスクだけで1年は乗り切れる(真夏でも公共交通を利用する場合や密集した場所に行くときはマスクをしているのでコロナ禍でなくても普段から備蓄をしている)。
また、ウイルスの侵入を阻止する効果に乏しい布マスクでも
不織布を1枚挟むだけで性能が向上することも知られている。
だから布マスクは不織布などをはさんで固定する機能(ポケット)があることが条件となる。

入手が相変わらず困難なアルコールは消毒機能を次亜塩素酸水と併用する(混ぜるという意味ではない)ことで節約できる。
壁面や床面などの広い面積には薬剤散布よりもケルヒャーなどの蒸気クリーナーのほうが適している。
電気と水だけなので機械の購入代金のみで維持費はかからない。
使い分けをすることで中国で死者が出る前に購入したアルコールが未だに使い切らずに残っている。

感染症はCOVID-19だけでない。
新型鳥インフルエンザ(特にH5N1型などの強毒型)が遺伝子の変異でヒトへの感染力を高めたら
その脅威はCOVID-19の比ではない。
だから衛生管理の徹底はコロナ対策ではなく一生の「習慣」とすべきこと。

適切な感染対策と感染の怖れが少ない状況で自己管理を適切に行えば
COVID-19を過度に怖れる必要はない。
逆に何の根拠もなく対策を行わないのは
自分も他人も巻き込む自殺他殺行為に等しい。
うちの近所では居酒屋が再開したが、
窓のない店内で至近距離で歓談することは危険が大きい。
愉しい時間を過ごしてわが家に帰宅することがどのような意味を持つのか考えるべき。

コロナ禍での自助努力として、
食糧を自分で生産、確保(もしくは地区で)する能力や取り組みが必要となった。
社会で多様な役割を細分化したが、
このことでウイルスによって容易に移動や接触を止められたら社会活動が止まってしまう。

できうる範囲(個人、共同体、国として)での自給自足的な考え方が必要となっている。
米や小麦粉が店頭から消えるのはその象徴的なできごと。
コロナ禍でインターネット販売が伸びると考える人もいるだろうが、
流通網だけあっても意味がないのだ。

このことを突き詰めれば国のあり方も人の生き方も変わっていく。
社会のなかで高度に分業化された役割を仕事と認識するのではなく
自分が生きていくのに必要な役割はすべて仕事と理解する。
老若男女を問わず家事、炊事、料理、洗濯、
家財道具の保全、修理、食糧の生産ができたほうがいい。
そうすれば家事が特定の家族の負担にならず、
家事は楽しくなっていく。
(ぼくがコロナ禍で喜んだこととしたらスミレを見に行けたことと、食事の準備が心置きなくできたこと)

東京一極集中を是正しようと叫ばなくてもそうなっていく。
このことは良いことだ。
徳島では県内で感染した人はいないとされているが、
徳島の潜在的な良さを物語っている。
それは中心市街地と呼べる街区がないこともあるが
良質の川に育まれた山のミネラルが県土に行き渡り(藍染めの藍作はその象徴)、
山の幸、川の幸、海の幸が手に入ること。
(このブログの開設当時=約20年前から指摘していたこと)

県の観光政策や経済政策はそのことを明確に意識して打ち出すべきだし、
「VS東京」というコピーや「県外人の来訪を監視している」というメッセージは引っ込めるべきだろう。
徳島の良さを認めようとしないのは徳島県人そのもの。
もし打ち出すとしたら「敵は徳島(地元)にあり」。
逆に徳島の良さを見出せた人が移住なり暫定居住なりしているのが実態だから。

コロナ禍では政府の初動期の対応に確たる方針がなかった。
国ばかりが情けないのではない。
義務を果たそうとしない人々もいる。
無知、無理解、無神経、無行動の四無の人も少なくない。
(スーパーで買い物をして家に戻る際には人も商品も無害化処理が必要だがどれだけの人がそれを実行しているだろうか)。

コロナ禍は大きな代償だけれど、この国が生まれ変われるとしたら意義はある。
(コロナ禍転じて福と成す)
それをやっていくことが一人ひとりの役割、
というか生きがいにしたい2020年である。
posted by 平井 吉信 at 22:54| Comment(0) | 生きる

2020年05月04日

コロナ禍がもたらした料理三昧の暮らし


連休中も外へ頻繁に出ていくので食欲は落ちない。
(ただしヒトがいない場所)
いずれも車で1時間以内の場所.
食事の合間に出るか、弁当(握り飯)を持って行くか。

自宅では普段できない料理に挑戦している。
といってもあり合わせの材料を適当につくっているだけ。
(普段と同じ)
炊きたてを卵掛けにするか、梅干しと納豆で食べるかと
米を研ぐときの高揚感、
(うちは毎回精米機にかけてそのときの気分で五分づきから七分づきで食べている。米は生産方法がわかっている知人から直接買っている)

こんなときカップ麺も悪くないけど乾めんは手軽でいい。
家計にやさしいのはこの会社の製品。
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スーパーやドラッグで見かけることがあると思うけど
価格の割に品質は高い。
(量産品では東の信州ほしののそば、西のさぬきシセイのうどんだろう)

Webサイトを見ると製造品目を絞りこんで一日15トンを製造されている。
使っている小麦粉はASWの一等粉とのこと。庶民の味方♪
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ほとんどすべての製品を食べてみたが
ひやむぎ規格のできがもっともいいようだ。

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太めの乾めんは同社の指定する時間より2割程度は長めに茹でたほうがいい。
もっとも太い麺では15分〜20分でもいい。
(10分どん兵衛に通じる世界)

乾めんは半生麺や冷凍麺より落ちると思っている人はいないだろうか?
むしろデンプン質がアルファ化したてを食べられる点でおいしいといえるのだ。
高級な稲庭うどんは乾めんである)

その一方で地元産のレモンが入手できたのでレモン酒をつけ込んでみた。
(例年、梅干しと梅酒をつくっているのはご存知のとおり。どちらも市販の高級品に負ける気がしない出来映え)
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生きる基本は食事と寝るところから。
国は安心して暮らせる環境を躊躇なく保証すべき。
(もちろん自助は不可欠。そして地域の公助は助けになる)。
ベーシックインカムと消費税廃止はただちに実行するよう求めよう。
国破れても国民は存在し続ける。それでいい)

コロナ禍は読書や音楽三昧と食事をつくって食べる歓び、
その合間に山川海へと出かける暮らしをもたらしている。
posted by 平井 吉信 at 11:25| Comment(0) | 生きる

2020年04月21日

台湾の蔡英文さんのTwitter


ご存知のように蔡英文さんは台湾の総統である。
世界でもっとも成功したコロナ対策で国民の人気は急上昇。
Twitterで発信されているが、そのなかの動画を見ると
母国語ではないのに大臣とともに世界各国の若者と英語で意思疎通されている。
日本語でもときどきツイートしている。
志村けんさん追悼の投稿もあった。
そしてメッセージを世界に発信している。
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(引用)蔡英文総統のTwitterから

マスクは国民に行き渡り、いまや支援物資として人道的な外交を繰り広げている。
プロ野球も開幕したようだ。

同じ時間軸でどうしてこうも違うのか?
ジョンソン首相やクオモ知事もそうだが
国民、州民に対する使命感と愛を感じるではないか。


タグ:マスク
posted by 平井 吉信 at 23:15| Comment(0) | 生きる

2020年04月17日

これまでの負の連鎖を断ち切るきっかけとなるばかりか豊かな未来を生み出せそうな気がする


は…。ためいきが出る政府の対応。
肉の商品券(中止になってよかったが)とか2枚の布マスクとか。
(マスクは止めてくれ)
複雑不公平自己申告(=不正の温床)の30万円給付がなくなってよかったが。
でもこれは額を減らしてでも毎月支給すべきもの。
(電子マネーで配れという経済同友会に所属する企業の商品は以後不買を覚悟。財務大臣よ、お金は大臣が国民に与えるものではない。国民がこんなときのために預けた金を活用するだけ。国民の痛みがわからない財務大臣は政治の舞台から去れ!)

まずは感染症危機を収束させる(第一義)。
これが収まらなければ永遠に未来はやって来ない。
複雑なしくみは要らない。まずは生命の安全の確保から。
給付する相手は個人(生活者)であって企業や事業所ではない。
だって感染症を押さえ込まない限り経済活動は成り立たない。

コロナ収束2年計画&価値創造3年計画の5か年計画
2020年 感染拡大防止(まずは一人ひとりを守る。経済対策は無駄打ちだからやらない)
2021年 部分的地域的緩和と飛翔の準備(傷みを緩和する経済対策)
2022年 コロナ収束と社会のしくみ再構築、地域主権の実験開始
2023年 統一した価値感の浸透、理念に基づく経済対策指導、地域主権の行政開始
2024年 地域主権の確立、内需基調の経済循環の拡大(強い産業はすべて国内、大切なものはほとんど自給)


参考 外出制限、22年まで必要 「1回限りだと、すぐに第2波」 米ハーバード大予測(毎日新聞記事)
https://mainichi.jp/articles/20200416/k00/00m/040/171000c


@国民が生きていけるよう(2020年前半〜)
・生命を守るための発動(緊急事態宣言による休業→ 事業所は人件費の支出を止める。個別の休業補償は事務処理上からも不可能なのでそれに変わる所得補償=ベーシックインカムで充当)
・社保、納税の猶予(国が関与する支出を止める)
・ベーシックインカム(所得に関係なく誰にでも定額を毎月給付。一時金ではなく国の財政が許す限り続ける)を発動させて生活を守る。
(自治体に事務処理負担をかけないで迅速に処理)
・正しい情報を報せる(パニック防止、どこに何がどれだけある、感染の状況、感染リスクの評価と対応策など)、情報操作、世論誘導などは言語道断。SNSやブログなどから生の情報や工夫を拾い上げて政策へのヒントとする。
→ 経済対策を実効性のあるものにするためには感染症の流行を押さえ込むこと。1日でも早くそれができればそれが最大の経済対策との認識。将来に伸びるほど経済の損失が膨らむという大局観から。

A医療機関の機能保全(2020年前半〜)
・感染者の早期発見に向けての検査体制の構築
・症状に応じた隔離と病院以外の収容場所の確保(稼働率が激減した宿泊施設を1棟借りあげる)
・足りない医療機器、消耗品の生産を加速、分配(IT活用)
・感染予防策、ワクチン研究開発等

B必要な物資を国内で賄うために必要なハード、ソフトの整備を支援(2020年前半〜)
・食糧、マスクなど
→ 2020年は感染症を爆発させないようにコントロールすることに注力
→ 2021年から感染状況を見ながら地域的部分的に緩和させていく
→ 内需創造、拡大のフェーズ開始

C消費税廃止(2020年後半〜)
・10%(8%)→ 0%(軽減税率廃止)
・所得税税率改定(所得の少ない層→ 減税、所得の多い層→ 増税)
→ 内需を拡大するためにこれまでの30年で中流が消えて二極化した所得格差を是正。教育に力を入れることで文化、科学、経済などすべてに好影響をもたらす原動力となる。

D経済対策本格化(2021年〜)
・自給できない食糧や食品を重点的に政策誘導で他産業から転職奨励
・大規模志向から小規模連携型、環境保全、生態系保全の一次産業育成方針
・効率重視から生産性重視への産業のしくみの転換
・特に疲弊の著しい産業は手厚い支援
・上記を後押しする創業、起業支援の充実

E外交方針の樹立
・東アジア、ロシアなど国境を接する国と関係改善の等距離外交(武力に依存しない安全確保)
・キリスト教圏とイスラム教圏との仲立ち外交(脱イデオロギーの啓発)
・日本の持つ佳き価値感を軸に展開する文化生活を啓発する外交(生産性の高い経済活動の布石)

F政治行政改革
・脱イデオロギー、脱政党で政党は解党して政治家一人ひとりが個々の政策を立案、評価するしくみにする。
・首相は政治家だが、大臣は民間の専門家が着任、政治家は行政府の長にはならず立法府に専念。三権分立を明確に司法はときに政治判断まで踏みこむ独立性を持つ。
・政治家は原則兼業で国会県議会市町村議会を廃止して1本化して増員。ただし費用弁償のみの支給とする。意思決定にはITを活用してムダな会議や委員会を排除。ただし、ほんとうに優れた能力の専門家が各方面から集まって議論を行う。政治家の評価を行う委員会を設置して活動が独善的であったり活動が行われない議員をリストアップして勧告。すべての議員活動はオンライン上の共通システムで閲覧可能とする。
・一定の地域単位で予算、三権を独立して保持。沖縄が台湾と、北海道がロシアと外交交渉を行うこともあり得る。中央政府の権限は主として外交などに限定して大幅に縮小。
・企業や産業の強化、効率化、合理化ではなく根源となる人材育成に力を入れる(※失われた30年の反省。世界は目に見えない資産で勝負している)。
・経済合理性から削られがちな大学や科学の基礎研究の回復
・文化や芸術などこれまでの政権が力を入れてこなかった活動に力を入れる。
・企業向けの補助金は原則廃止するが国策で強化する分野への奨励金は新設。
・政策の透明性を確保して政策評価が全国民参加で行えるしくみをITでつくる。安倍内閣で民意と乖離した無意味な政策が次々と行われるような権力の暴走を阻止するため国民全員参加の評価を行う。
・国民にも政治参画への啓発と教育を行う。それは知識を植え付けるのでも問題解決でもなく、どのような問題を解くべきかを考えてもらう作業から。ここから政治家としての活動への意識を醸成する。
・意味のある財政健全化の基準を設定して財政が膨張してハイパーインフレを起こさないよう監視を行う(デノミなへの警戒と預金封鎖などの怖れも皆無ではない)。とはいえ政府が大規模の財政出動を行うそぶりはないので杞憂かもしれない。政府の負債の反対側は国民の資産でもある。

※失われた30年の反省…風邪を引けば解熱剤を飲み(株価を上げるための金融政策)、身体が弱ってきたらドリンク剤を打う(補助金依存の産業政策)。けれど身体そのものが健康でないと。部分的に筋肉を鍛えて身体を壊すプロ野球選手は多いがそれは本質を見ないから(イチローは決して筋トレをしなかったが骨格や筋肉の動きの本質を見ていたように思う)。より安くより良いものをと海外へ出て行った効率重視、成果主義、KPI偏重の結果がこうなってしまった要因。現政権はさらにそれを進めようとしているので自ら断頭台へ進んでいる。まずは幸福ってなに? 地域と国のあり方は? 成果ってどんな状態?などから21世紀半ばへと向かう理念を導き出すべきでは?


多様な価値観がそれぞれ個性を放つけれど決してバラバラではなく、
またワンチームでなくていいが(ひとつにまとまらないほうが健全な社会)、
国はどうあるべきかの理念は共有している。

国民はやりたいこと、好きなことをのびのびとやることで
ときに思いがけないビジネスへと発展することもある
(国全体が小さな実験を繰り返してそこに共感やら自律による新たな協働が起こるシリコンバレーのよう)。

その結果として豊かな精神性を持って高い生産性を誇る日本となり、
その考え方を世界に啓発することで国際貢献となす。
幸福な国民が作り出す多様な文化(価値)、
豊かだけど個性的で持続的な経済圏が出現する―。

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考えがまとまっていないけれど、コロナ禍はマイナスだけでない、
優れた社会を生み出す転換点になるようにしたい。
コロナをきっかけに社会が生まれ変わっていく姿が見える気がする。
生きていれば未来の実験に参加できるよ。

経営面からの参考情報を書いています
→ コロナ禍の経営危機を乗り切る
 https://www.odayaka-keiei.com/vs-corona
  → コロナ禍での生き残りとコロナ収束後を見据えて
  https://www.odayaka-keiei.com/henkaku

posted by 平井 吉信 at 00:33| Comment(0) | 生きる

2020年04月12日

節約家庭料理 ラーメンを基本に野菜と卵を加える


5袋入りのラ王とかまるちゃん正麺が300円前半で売られているときに買っておく。
それに40円前後で買えるモヤシを入れてみる。
(もやしは根切りをしなくてもいい。ぼくは気にならない)
モヤシは電子レンジ用の密閉容器で薄味をつけて2分程度あたためておく。
(1人前1袋)
そこに胡麻をすり入れて卵を落とせば昼食の完成。
余りもののキノコがあればモヤシを温める際に入れておく。
もやしは栄養価が高く繊維質も豊富な優れた食材。

五分づきのご飯とともに食べれば十分かな?
人ごとで的外れのコロナ対策しかできない政府は不要。
(そのうち暴動かクーデターが起こるかもしれない)
だから自衛策を考えよう。
お金をかけずに手軽でおいしい食事の作り方のひとつとして。
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いまなら余りもののキャベツでお好み焼きをつくるのもあり。
(キャベツの蒸し焼きに粉が付いているような感じ)

旬のジャガイモを洗って塩をまぶして電子レンジ用容器に入れて600w5分程度でおいしいじゃがいものできあがり。そのまま食べられる。

政府の愚策に負けないように自衛しよう。


posted by 平井 吉信 at 14:49| Comment(0) | 生きる

2020年04月07日

国破れて山河あり


新型コロナウイルスの蔓延は国民にとって不幸であった。
経済政策の失敗など格差社会の増長、
国民の分断促進などを生み出した失政が隠れてしまい
(国家を私物化したスキャンダルも葬られようとしている)
非常時を隠れ蓑に別の方向へ突き進もうとしているように見える。
ウイルスそのものよりももっと悪質なもの。
曇りのない目で見れば誰にでもわかるはず。

政治家はその道のプロでなければならない、と思う。
有事の際に思いつきを連発して混乱させてしまう。
マスク2枚の配布とは何のため?
数ヶ月掛けてその程度のこと?
400億円かけて届けるという。
要らないよ―。
全国民が受取を拒否するといえば取り組みをやめるか。

30万円給付とは貧困世帯がさらなる困窮に陥った際の救済策のようである。
だから大多数の世帯は関係ない。
年収400万円の人が100万円になっても対象にはならない可能性。
仮に一時金30万円をもらったところで4人の家族は生きていけない。
このやり方だと困窮している人たちは救えない反面、
悪知恵を働かせて不正に受け取ろうとする人も現れるだろう。
しかも窓口の行政機関にはこれをチェックする術はない、人員もいない。
郵送やオンラインで申請といっても窓口で訊かなければわからない、書けない。

台湾の蔡英文総統は真の意味で大臣にプロフェッショナルを任命しているので
1月最初に入国検査を行い、2月には全国民にマスクを配布でき、
いまでは世界有数のマスク輸出国となっている。
時間の経過は日本も同じだが、布製マスク2枚を400億をかけて配るそうだ。

イギリスでは患者に率先して面会していたジョンソン首相が感染して
全国民に手紙を託しICUに入院という。
国民は首相のリーダーシップに感銘して快癒を願っているという。

ドイツのメルケル首相もメッセージを知的なメッセージを寄せている。
財政健全化を主張する首相も思いきった経済対策を打つという。
https://www.mikako-deutschservice.com/post/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E5%AF%BE%E7%AD%96%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%B1%E3%83%AB%E7%8B%AC%E9%A6%96%E7%9B%B8%E3%81%AE%E6%BC%94%E8%AA%AC%E5%85%A8%E6%96%87

ニューヨーク州のクオモ知事は現実を直視して毎日のように州民に話しかける。
その姿にニューヨーク在住者は勇気づけられるという。
次期大統領にと望む声も出始めている。

ところ変わってとある国の政府。
これまでも支持者や特権階級には目に見えないところで大盤振る舞いを行ってきたらしい。
(巨額の補助金が大臣の親族の企業やら元大臣が着任した民間企業にばらまかれているとの噂)
仲間内で利益を共有してはかばい合い、批判するものは官僚であろうと民間であろうと失脚させてきた。
こんな政府から別の政府に乗り換えたらいい。

このような非常事態のときだからもっと冷静に、もっと大胆に、そして複雑なしくみは設計しない。
私たちは想像力を働かせて自分たちや家族を自分たちで守っていく。
(自粛するのは義務でもあるが、国に依存せず自衛していく覚悟でもある)
年収100億円の大富豪も路上生活者も同額の現金を給付すればいい。
そこに例外はなく手続きも不要。ただし所得税の累進性を引き上げればいい。

行政の事務処理、国民の「不要不急」の申請が要らない施策でなければならないだろう。
インターネットで書類をダウンロードして印刷することさえ難しい世帯は少なくない。
既存の施策にふくらし粉を付けてわかりにくいことこの上ない経済対策のオンパレード。
支援施策のメニューは多いが、どの施策がその人や企業に最適なのか答えられる人は一人もいない。

10人を雇用する温泉旅館では給与と社保込みで月に300万円必要と仮定する。
3か月休めば人件費だけで会社の預貯金から1000万円近くが減少する。
もしこの会社に300万円しかないのであれば、
役員が会社に貸し付けるか金融機関からお金を借りるしかないが、
借りたところで返すあてがないお金。
経営では人件費はとても大きい項目だ。

そこで無給で休んでもらえるよう給与所得者も自営業者も関係なく国がすべての国民に同額を給付。
(0歳児であろうと100歳であろうと、年収100億円の大富豪も無職の人にも毎月同額を給付)。

いわばコロナ対応期間限定ベーシックインカムだ。
1か月1人5万円とすると4人家族では毎月20万円を給付。
職場待機(無給)となっても切り詰めれば生活はできる。
給与を払わなくて済むのなら、元本返済を一次停止できるなら企業も持ちこたえられるかもしれない。
意外に家族が揃って時間を共有するひとときに何か良いところを感じられるかもしれない。

外国からの流通が止まるとスーパーの店頭から○○が消えたとする。
やはり自国でつくらないといけないことがようやく腹に落ちて実感してもらえる。
米、小麦、野菜、肉などをつくってくれる生産者はありがたい、
保護しなければ…と思えるようになる。
経営の大規模化や多角化はひとつの考え方で否定はしないが
環境保全型農業の価値はもっと多様でその点を評価すべきだ。
この際に食料やマスク、食品などの自給率を上げることを考えたい。

行政や民間が簡単に実行できてその成果が全国民に波及する政策こそがいまやるべきこと。
簡単なことだ。
・消費税の撤廃(既存のプログラムの税率を0%と設定するか、税抜価格=販売価格で対応できるので現場で混乱は起こらない。税率5%では煩雑になる)。
・一人月額いくらの現金支給(全国民対象例外なし、手続き不要)

これでもこぼれる人たちや特定の産業を支援する経済合理性のある施策があれば
必要最小限で追加していけばいい。

生きていればなんとかなる―。
それはそのとおりだけど、
生きていくためにはお金が必要。
この場合のお金(給付)とは生存リスクを低減するもの。
申請しないと給付しないのなら申請できない人、自発的に申請しない人、需給資格はないが不正を行う人も出てくるだろう。
コロナ禍は経済対策ではなく基本的な人権(憲法)を守ることと認識すべき。

このままだと国民はコロナではなく政府によって滅びる。
国民がいなくなって政府が生き残る国で住み続けたいですか?
政府がつぶれたけど国民が元気であれば新たな国をつくるシナリオもありますよ。
どっちを選びますか?

国破れて山河あり。
政府に民を救う意志がないのなら、
政府消えて国民あり、でいい。
生きていかないと。

posted by 平井 吉信 at 23:39| Comment(0) | 生きる

2020年03月24日

不安は不安のまま外から眺めてみる


いいしれぬ不安を抱えている人が多くいらっしゃるだろう。
それは漠然とはしていても絶えず脳裏を離れず
少し油断すると憂鬱にさいなまれるような。

そんなときは不安から逃げないほうがかえっていいように思う。
解決しようとしない態度とでもいうか。

人は矛盾を抱えて生きていくもの、という前提を決めてしまえばいい。
だって人生の縮図のような腸内細菌にも善玉菌も入れば悪玉菌もいる。
しかし悪玉菌とて善玉菌を活性化させる役割を担っているかもしれないのだ。
矛盾は矛盾として存在しながらも
それを気にしないで(あるいは不活性化して)つきあっていく―。
それが人の生き方。

ぼくは座ることを奨める。
そうすると雑念が波のごとく押し寄せてくるだろう。
それはそれでいい。
生きているのだから当然。
生命の矛盾を感じているのだから。

湧き出る雑念を追い払うことなく
自分の身体の外から他人事のように眺めてみる。
ああ、いつもの不安症がやってきたな。
きょうはどれぐらい滞在するかな?

そうして客観的に悩んでいる自分をもう一人の自分が見ているような感じで
自分の心の動きを見守る。いや、自分そのものを見守る。
みじめ、すばらしい、悲しい、嬉しいなどの価値判断を交えずに。
感情と思っていた存在は実は価値判断かもしれない。
だから思い浮かぶことを次々と流れていくのを見守る。

少し変化を感じたなら音楽を聴いてみる。
するといままで気付かなかった何かを感じるかもしれない。
身体の深いところで起こる変化が感じられたら
不安はないことに気付く。
実は不安は消えたわけでもなくなったわけでもない。
不安を感じようとする自分がいるだけ。


そうはいっても国の運営で国民の不安をもっとやわらげられるはず。
ぼくならただちにベーシックインカム(すべての国民に毎月5万円を期限を切らずに給付する)と
消費税の撤廃を行う。
その代わり複雑なしくみをすべて撤廃する。
(手元のお金で生きていってください、というわけ。それでも一定の救済措置は設ける)
すべての国民に現金を給付するとともに所得税の累進を高める。
この国の経済活力にはすべての国民がお金を使える状況が必要だから。
経済が活性化すると裕福な人はさらに裕福になり
そうでない人も豊かに暮らせるようになる。

日本はこの30年間、所得は増えていない唯一の先進国でありながら
物価は上がっているため可処分所得が減少している。
これでノーベル賞が出ているのは国民がすばらしいとしかいいようがないが
それはいつまでも期待できるものではない。
文化や学問や芸術は一見ムダに見えてもそれがとても大切である。
社会のなかに一定の冗長性を持つことが必要だが、
現実は働き盛りの世代は働きづめでお金も生活も心にもゆとりを持てない。
(こんな時代には寅さんも生きていけないよ)。
生産性の高い社会になって冗長性を持ちたい。

そのためにはこの30年の間違った政策を総括して真の改革を行わなければならない。
政党は解体して志と良識のある国民が誰でも参加できる政治にする。
格差を拡大していくと貧困層が増えてくる。
そのことは内需を衰退させて富裕層も影響を受けるが
富裕層は持てる資産が金を生む連鎖があるため苦労しない。

金持ちが道楽ではじめた事業が成功するのは経営能力だけでなく
うまく行けばいいや、の余裕が意思決定を間違わないからとも言える。
その反対に背水の陣で経営を行っている事業所が失敗できないプレッシャーから失敗してしまう。
必要なのは経営能力でも資金でもなく、幸福感を持っていること。
そこが成功の出発点になる。
そんなメッセージを込めて別のWebサイトを立ち上げている。
おだやかな経営 https://www.odayaka-keiei.com/
(やるべきことが多すぎてコンテンツの充実に手が回っていないけどね)

この30年間にやってうまくいかなかったことをもう一度振り返る。
・格差を増大させる競争戦略→ 国民の貧困化(データでも実感でも明らか)
・円安誘導→ 国民の資産が減少
・低金利政策→ お金のありがたみがなく消費が低迷
・複雑なしくみによる肥大化した官僚組織→ 単純なしくみによる間接費のムダを減らす
(民主党政権の事業仕分けの失敗は実効性のある事業そのものに手を付けてしまったこと)

リーマンショックのときは庶民の生活には影響がなかった。
それでも日経平均株価は7千円まで下がった。
今回は限られた企業の倒産ではなく国民全体、世界全体に広がっている。
いくらになるかはわからないが、経済循環が崩壊すれば株式の存在意義がなくなる。
つまりは買い手が付かない相場になる。
けれどぼくはそれでいいと思う。
株価を上げるための政策から距離を置かないと社会は変わらない。
社会を変えたいのであれば。
(いまや株価は人々の暮らしとリンクしているとは思えない。それよりも食糧や健康、安心して暮らせる社会がずっと望まれているのではないか。社会が何に軸足を置くかが明確になること。それが人々の幸福を第一に考えるということになれば、株価は考慮すべき要素でなくなるはず。それよりも理想の姿を描きそこに人々の行動を積み重ねていける社会をつくるべきではないか。要は株価の上昇は目標ではなく結果として株価が上がる政策を打つ必要があるということ)

いまやるべきことはいくつかある。
・消費税率を0%に変更(これは税抜=税込とすれば良いので現場の混乱は起こらない)
・ベーシックインカムの実施(一時金でなくすべての国民に毎月現金を給付)
・所得税率の累進性を引き上げる(だから所得の多寡に関わらず同額を支給)
・高速道路の暫定無料化もしくは一律千円(これはかつての民主党政権の収穫)
・複雑なしくみを撤廃する(補助金、軽減税率、特例など)

高速道路が地方創生に役立つことはデータで実証できる。
(その代わり地方創生の補助金を廃止したらいい)
徳島県南部のある地区で調査を行ったときに
高速道路千円が終了すると入り込み客数が顕著に減少しているこが判明。
入り込み客数の減少は町内でお金を落とす機会が減ることにつながる。
近隣の施設の売上高を並べてみたらやはり入込客数に比例(高い相関関係)していることが判明。
高速道路千円の終了で売上が低迷していることがよくわかる。

社会が自ずと良くなる環境を調えていくのが政治や行政の役割だが
いまの政治は困っている状況に陥らせて補助金をちらつかせている。
(不偏不党の立場で言っているが、経済に関しては現政権の数字よりも民主党政権時が良いというのはデータを分析すればわかるのではないか。もっとも数字が改ざんされていればわからないが)
根っこは中央集権の弊害にある。
そして人々の智慧を結集しようとしない独裁的な政権運営にある。
(無尽蔵の叡智をどのように集約するか、そのためのしくみを考えることが先決。右とか左とかどうでもいい。政党政治は終わりにしたい。リーダーシップとは国家資源を動かすことではなく、国家資源が動くように計るこことではないか)

地方創生ではなく地域主権の法体系、行政のしくみをつくれば自ずと解決できることって多いのではないか。
言い換えれば自助、公助が機能する社会のあり方を考えること。
それがSDGsの理念の実現にも近づくと思うのだけど。
(乱暴な記事の書き方だけど切迫して書いているのでご容赦を)
posted by 平井 吉信 at 21:23| Comment(0) | 生きる

2020年03月13日

ラジオっていいな AM放送はこれからも続けてほしい


午後からの仕事に備えて事務所で内向きの仕事をしていた。
手元のラジオから流れているのはNHK第一の午前の番組「すっぴん」。
本日2020年3月13日は2012年から始まった番組の最終回。
この番組は週替わりの個性豊かなパーソナリティと
藤井彩子アナウンサー(番組内ではアンカーという)が繰り広げるトークが人気だが
リスナー参加型の番組。
ときの流れが放送側と視聴者を結わえ、いつしか番組の個性がつくられていった。

NHKとはいえ、自由な空気が流れる。
(番組Webサイトでパーソナリティの顔ぶれを見てください)
脱線しがちなパーソナリティーを藤井アナがさらりと引き戻す姉御キャラ。
ところが彼女自身もアルコールが欠かせないので逆にリスナーにいじられる。
車で移動する際にときどき聴いていた。

約一ヶ月前、この番組が3月中旬で終わると高橋源一郎さんが告げた。
そして迎えた最終回は金曜担当の高橋さん。
徳島だから945kHzにダイヤルを合わす(ICF-801)。

津田大介さんも10時台のゲストとして
あいちトリエンナーレを振り返った。
11時のニュースのあと、
人気コーナー「源ちゃんのゲンダイ国語」が始まった。
高橋さんがこの日のために前日に徹夜して書いたものをご本人が朗読するという。

それはラジオをめぐって事故に遭遇した少年と若い看護師の物語。
少年は意識が戻らないが、看護師は少年に呼びかけて毎日ラジオを聴かせている。
それはまだラジオがあった時代のこと。
少年はラジオの音楽に耳を傾けているようにも見えたがやがて他界。
ときは流れて今度は年老いた看護師がおばあちゃんとなって
孫に見舞われる。
孫に問われておばあちゃんは孫にラジオについて話している。
ラジオ放送はもはや行われておらず、孫はラジオの存在を知らない。
そこはロボットの医師と看護師だけがいる近未来の病院。
切ない対話のあとロボット医師が来て「最後のときがきました」と孫に告げる。

人肌の温もりと寂しさをファンタジーに包み込み
社会の風刺も込めて自在に朗読された。
滋味あふれる朗読だった。
朗読が終わると流れてきた曲は?
(当ててみて)

聞き逃した人はNHKの「らじるらじる」で聴くことができる。
https://www.nhk.or.jp/radio/ondemand/detail.html?p=2295_17

この番組は人気番組だった。
なぜ番組がなくなるのか、どのような力学が働いたのかはわからない。
でも、この番組には自由な風が吹いていた。

ラジオでなければ伝わらないこと、ラジオでなければできないことがある。
いまの時代だからこそ、ラジオ放送は大切にされるべき。
音だけの世界からあふれる世界のなんと饒舌なことでしょう(どこかで聴いた台詞)。

法律の改正でAM放送は近い将来廃止されるという。
ぼくは2020年のいまもブラウン管テレビ(購入後20数年)や
PHS(スマートフォンは使わない)を使っている。
古くても優位性を感じるから。

もしいまのAM放送のコンテンツがFMワイドで流されても
なにかなじめない気がする。
音が良くなることを喜べないのは単なるノスタルジーと言われるかもしれないが
アナログチューニング(バリコン同調)のラジオで流れる音声は
FMやCDよりも声の現実感とやわらかさが感じられる。
おそらく周波数変調や量子化されていない音の素性が素直なのだろう。

AM放送、なくなってほしくない。



posted by 平井 吉信 at 21:19| Comment(0) | 生きる

2020年03月10日

信頼


誰かを信じられるということは
その人の言動の根っこに愛があるからだろう。
上皇上皇后両陛下、天皇皇后両陛下の存在はこの国に限りなく大きい。

ところがいまや日本政府は海外からも信頼されない。
いま考えるべきはどの政治家が良いか、どの政党を支持するかではなく
どんな国をつくっていくか、そのためにはどんなしくみがいいかだろう。
(すべての記事は不偏不党の立場であるべき姿を描いて書いている)

一人が思いつきで方針を決める、法律の解釈を決める、
するとそれに続く人たちが辻褄合わせに翻弄されるという構図が数年続いている。
総理大臣とは法律をつくる人ではなく
法律に縛られる人である。

1億人の人がいる。そのなかに智慧者も少なくない。
乏しい想像力で思いつきの意志決定を行うのではなく
智慧者の意見を十分に聞いて決めごとをしていくべきだ。
その智慧者とは現場で創意工夫しながら日夜携わる人たちである。
(自民党政権でも小渕首相などはそのようにしていたのではないか)

3月といえば、学校(子ども、教師、保護者)にとって思い出となるかけがえのない時期。
年度末というのは子どもも大変だが大人も事務処理に追われる時期でもある。
学校を休みにすべきかどうかは当の子どもたちに聞いてみたらいい。

そして休むべき、との声で一致すれば休めばいい。
意志決定のためには専門家が同席して科学的な知見や客観的な情報は与えるが
意志決定には関与しなくていい。
ただ子どもに考えてもらう。
そして休まない、と決まったら
こちらが何も言わなくても子どもたちは自主的なルールを決めていくだろう。

・マスクをしましょう。そのマスクは1日2回、給食の前後で取り替えましょう。
・隣の席の人と互いに確認しあいましょう。
・マスクがない子どもは学校が支給しましょう。
・手洗いのルールを決めましょう。
・決めた方法どうりかどうかをペアになって確認することにしましょう。
・体調が少しでも悪ければ保健室に行って相談しましょう。
・誰かが風邪を引いたり体調が悪くなっても気持ち悪がったりせず回復するよう見守りましょう。
・こんなときだからみんな笑顔でいましょう。
・普段以上に友だちの様子に気を配りましょう。

…などと子どもたちは自主的なルールを自分たちで話し合ってどんどん決めていくはずである。

こんな場面でこんな意志決定をしたらどうなるか?
その際に想像力が働かせられるかどうか。
相手の立場に立って目に見えない暮らしに思いを馳せて考えていくこと。
そんなことができない人たちが国の方針を決めているのなら政治は要らない。
お金を自治単位に支給して自分たちがルールや運用を決めることになれば
案外この騒動も収束が早いような気がする。

オリンピックの開催については2月中に方針を決めるべきと書いたけれども
未だに方針が定まっていない。
何度も言うけれど膨大な運営資源、利害関係が絡むことを
年度を明けて意志決定できるはずがないではないか。
第一、選手だって存分に練習できず自粛せざるを得ないので
本番に向けての調整ができないのではないか。

ぼくなら秋に開催することとする。
問題となっている猛暑対策も解決する。
各方面と調整を行い3月前半に意志決定を行わないと
本番は突然の中止となりかねない。
いまは非常時である。
オリンピック開催が重要であれば平時で乗れない相談であっても
各国、各方面が調整する力学が可能にはならないだろうか。
(ぼく自身はオリンピックは中止でもいいと思うが、多くの人がその場にかけているので現実的に対応していくことがいいと思う)
秋に開催することで都合が悪いことがあったとしても
半年以上前なら調整は可能ではないだろうか。

でも、それ以前に小規模の事業所を中心に経営破たんや失業が続出することが心配だ。
ベーシックインカムや減税を行うとしたら大義名分も実効性も見えているいまではないか。
タグ:マスク
posted by 平井 吉信 at 23:38| Comment(0) | 生きる

2020年02月24日

国の危機


バブル崩壊後、先進国の所得は上がり続けている。
ところがほとんど変わっていないのが日本。
しかし物価は上がり続けている。
特に近年は物価上昇と消費増税で庶民の暮らしは厳しい。

日本の民間企業は優れた人材を擁しながら
トップの根拠のない独断で活かすことができなかった。
→ ここでの教訓は現場から動かしていくことが必要ということ。

お手本はスイス。
セイコーやシチズンに打ちのめされたかのように見えたスイスの時計も
現在、わざわざ買い求める時計はスイス製である。
スイスはEUにも加盟していないが
国民の高所得、充実した休暇で国民生活は極めて豊かである。
さらにどの陣営にも属さず永世中立国による不安のない生活
(欧米の大富豪や共産圏の指導者たちの財産もこの国にあるのだろう。だからテロの対象にもならない)
先進国の桃源郷のような国である。

等距離外交こそ日本に必要だ。
そのことが現在の懸案事項の解決にもつながるような気がする。

日本を立て直すとき
経済は、環境は 福祉はなどと個別に施策を行っても意味がないように見える。
部分的な最適化にとどまるため全体の最適化が失われてしまうからだ。
消費増税(さらに軽減税率)などは国を壊す最たるものだろう。

もはやどの政党がいい、などという次元ではなくなっている。
政党を解体して政治家個人が考える施策で動かしていくべきと思う。
(もちろん政策集団はあっていい)
個別の政策にどのような考えを持っているかの一覧があると有権者も判断できる。

政治家だけではない。
国のしくみも解体再構築しなければならない(かつての看板だけ架け替えて統合したような組織改革ではなく)
国が決めて地方に落とす地方創生ではなく
地域が決めてそれを共有していく方策でないとこの国は立ち上がれない。
政治家はもっと必要だ。
給与は実費弁償にする(兼業は当たり前)、
議会も電子議会とする(子育て中の人も参画できる)
選挙制度もWeb討論、Web投票など。

複雑なしくみを撤廃すれば行政組織は簡素化される。
人口減少で税収が自然減するなかで
中間コストがかかる組織としくみを改善していかなければならない。

消費税撤廃やベーシックインカム(国民1人に一律支給)などは
複雑なしくみの撤廃と浮いた中間コストで財源にできる。

中間コストとは例え話でいうとこういうこと。
被災地の支援に1億円集まったとする。
配布にあたっての基準の作成、そのための調査、配布(振込や配達)の費用に6千万円かかった。
4千万円が被災者の手元に届いたのは数ヶ月後だった―。

被災地に行けば
いまこの瞬間に物資や資金が必要な人がいるのに
現場が差配できなければ助かる人も助からず、
それが届く頃には不要もしくは陳腐化してしまう。

新型ウィルスの対応について国の施策は無力だ。
(オリンピック開催についてもどこかの時点で判断しなければならないだろう)
正しい知識を持って冷静かつ徹底的に自己防衛しないと自分のいのちは守れない。
(顔面の減菌についてもっと実行しなければいけないように思う。マスクで防げるのは空気感染だが、それも高密度のところでは防げない。だから完全防御の格好で治療に当たっているのだろう。ぼくは何らかの方法で顔面のアルコール減菌は有効ではないかと思う。相当の量が必要かもしれないので個々の皮膚の状況にもよるが)

政策については道州制の導入が以前から提案されている。
それも有力な方策と思う。
現時点では経済の活性化が重要課題だろう。
そのためには内需を刺激することが欠かせない。
これはGDPにも速攻で効いてくるはず。
税制改正と合わせて消費税撤廃やベーシンクインカムのような格差を是正する政策が経済を活性化させる。
(その代わりに補助金、国の一部負担などを廃止ないしは減額する。国民も自分で考えて判断していかなければ国依存になってしまう)
これは庶民を救うだけではない。
経営者層(富裕層)にとっても内需の拡大は歓迎すべきこと。
優秀な人材が集まる、研究開発に力を入れられる、
品質管理、生産管理が国内でやれる、
メイド・イン・ジャパンの神話が蘇り海外からも高く買ってもらえる。
(公定歩合の上昇、円高は国民の資産を増やすが、円高になっても魅力的な製品は売れる。円高の影響を受けるのはコモディティ製品。こう考えるとアベノミクスは真逆の政策になっている)
内需拡大の成果が、環境への投資、教育の充実、福祉への備えなどへ降りていくはずだから。

こんなとき誰かが陣頭指揮を取ってもらいたいとしたら
ぼくならジャパネットたかたの前社長の高田明さんがいいと思う。
長崎の小さなカメラ店が一代で大企業に成長させた手腕は見事。
でも一貫しているのは社会に貢献する志と
人々の気持ちに寄り添った行動だろう。
同社の情報漏洩問題が起こったときも会社を無にする覚悟で
徹底した再発予防が行われたと聞いている。
何をするかが的確なだけでなく、
どのようにすればそれが浸透するかを考え抜いた人(経営)。
そんな人が舵取りをしなければこの国は存続が難しくなっているのではないか。

追記
政治家の劣化は度を超えている。
大本営発表を信じてはいけない、と思える。
日本は決して安全ではない。
ぼくはここ数週間の仕事をすべてキャンセルしてもいいと思う。
気温が上がっているのに感染が広がっていることから
インフルエンザと異なり夏場でも感染しうることが予想される。
五輪がそのまま開催されることはありえない。
中止か延期か観客なしかは別にして
五輪がパンデミックの引き金になりうるなら
数日以内になんらかの発表があるのではないか。
人のいのちより重いイベントなど世の中にはない。
posted by 平井 吉信 at 10:38| Comment(0) | 生きる

2020年02月15日

不器用な料理好き


靴の紐が結べない、ネクタイがうまく結べないおとながいるとしたら
ぼくです。
魚を食べたら骨を口内で突き立ててしまう。
スマートフォンの操作をしようとしたら画面が消えてしまう。
フリップ方式で文字を入力しようとすると1行に数分はかかってしまう。
(だからいまでもPHS。サービスがこの夏で終了するとしたらどうやって生きていけばよいのか…)
ただしパソコンの文字入力で日本語に適した文字配列(NICOLA準拠)だと
分速300文字は打てるかもしれない。
(でもそのキーボードをWindows 10で使うにはソフトやドライバーの難易度が高い)

テレビは20数年を経たソニーのブラウン管テレビ(15インチ)。
これぐらいの画面の大きさが見やすいように思う(距離2メートル)。

電子書籍(AmazonのKindle)は目が疲れず(バックライトは使用しない)
文字が読みやすく(拡大も可能)
価格も安く(特売をねらえば紙本の20〜30%で売られていることもある。Amazonはダイナミックプライシングなので日々見ているとおもしろい)
数え切れない冊数をポケットに入る端末で持ち歩ける快適さ。
(充電も忘れた頃にやってくるぐらいの頻度)

そして小学生の頃から好きでやっている料理。
レシピなどない時代にアップルパイを自作したりしていた。

どんなに多忙であっても台所で料理はつくりたい。
ありあわせの材料で限られた調理器具で
洗い物も含めて半時間以内に終える程度のものだけど。
(家庭用では献立を出発点とするとロスが出やすいように思う。材料発想でそのときにあるものと家人の体調で最終形を決めればいい。脱こだわり、脱レシピでいい)

このご飯は五分づき(毎日玄米を精米している。玄米は近所で採れた特別栽培米)。
米をおかずにご飯が食べられそうなおいしさ。
(おかずが要らないぐらいの満足感)
まずは研ぎ方、浸水時間、水温、水の量にかかってくる。
(浄水器の水で研いでいる)
炊飯器の性能はそれほど重要ではない。
DSCF9381-1.jpg

そしてテルモスの保温鍋を20数年使っている。
適当に切った根菜に余り物の野菜、肉類またはウィンナーなどを入れて
煮立ったら内鍋を外鍋に入れて放置するだけ(電気代も不要)。
味付けはその日の気分でオリーブオイルやカレー粉、塩、酒やワインなどを使う。
これはカレー風味だけど、ご飯だけでご飯が食べられるご飯に
おかずだけで十杯程度は食べたくなるポトフの組み合わせ(たった2品)。
これで十分、これでごちそう。
人生はそれでいい。
posted by 平井 吉信 at 13:24| Comment(0) | 生きる

2020年02月09日

マスクの備蓄は控えめに


例年冬場になるとマスクは少なくとも200枚は備蓄している。
ところが今年は年末に食中毒で倒れている間に
市場からマスクが枯渇してしまった。

ぼくは風邪やインフルエンザ予防にマスクは有効と考えているが
そのためには厳密な運用が必要である。
(マスクを付けたら感染症を防げるわけではない)

一例を挙げれば
・手すりやドアノブ、スイッチ類には手を触れない。
・手を触れたら携帯用のアルコールで減菌する。
(現金でやりとりを行ったあとも減菌)
・外出から帰ると適度な塩分濃度をつくって鼻うがいを行う。
・マスクは一度口から離したら使わない。ひも以外は触れない。
・マスクをしていてもいなくても意識して顔に手を触れないようにする。
・携帯電話やPCキーボード、(自分専用といえども)車のハンドルは毎日アルコールで拭く。
・咽を湿らすスプレーを常に携帯。
・うがいは頻繁に行う。

可能であれば
・睡眠時間を6時間以上設定する(年度末は難しいが)。
・身体を温める食物を適宜使う(根菜や生姜など)。
・ココアやチョコレートを適量摂取する。

台所も同様である。
(他人の調理場で供される料理だけは直感を頼りに信頼するか運を天に任せるしかないが、不幸にも食中毒を経験したばかり)

潔癖症のようであるが、身体ひとつで事業をやっている身なれば大げさとは思えない。
(芸能人などはもっと厳格に自己管理しているでしょう)

昨年秋からの備蓄が100枚を切っているのだが
この冬はマスクは買わないことにした。
(自己管理で補うしかない)
RXM02826.jpg
いま必然性の高い人の手に行き渡って欲しいと思う。
(震災のときも被災された方が必要とされる物品の購入は控えた)
だから必要な場面で必要以上の購買は行わないようにしたい。
一人ひとりの良識が事態を早期に良い方向に向かわせるのだから。

普段から不断の取り組みがあってこそ健康維持ができる。
こんな時代だからこそルーティンの大切さが教訓となっている。

タグ:マスク
posted by 平井 吉信 at 11:16| Comment(0) | 生きる

2020年01月26日

吉田城満寺での佳き出会い 全国一自殺率の低いまちの曹洞宗の名刹はこんなにも明るい


海部町(現海陽町)は全国でもっとも自殺率が低いまちとして知られる。
他人に干渉しないで自分の判断で生きていくけれど、
何かおかしいと思ったら地域で関わりを持っていくという。

田舎は何をやるにも見られている気がする、煩わしいというのが
ぼくも感じるところでそれが田舎暮らしへの最大の隘路となっていると思う。
ところが都会の距離感のようなクールさと
必要があればそっと見守る、場合によってはお節介もするという
共同体の姿を兼ね備えているという。

全国に発信した著書


わかりやすく解説したサイト
http://ilovetokushima.com/?p=2670


ぼくも高校の頃から自転車で海部町、海南町を訪れていた。
お目当ては海部川。
高松塩江と海南町を結ぶ国道193号線は
当時未舗装の区間や対向困難な箇所があるという時代であったが
海部川の表情は濃厚で
社会人になってから仲間とキャンプに出かけていた。
(海部川については下のタグから見られます)

この日は海部川支流を遡ったところの神社界隈に珍しい植生があることを知っているので
そちらにやってきた。
お目当ての植生は見つけられなかったが、赤いツチトリモチはまだ残っていた。
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そこから城満寺へと向かった。
年末には竹の灯りのイベントをされていたと新聞記事に掲載されていた。

城満寺は曹洞宗で9番目に古い名刹であった。
当時は吉田城の城主であった海部氏(地方豪族で代々海部郡司を世襲)が
曹洞宗の開祖道元禅師の弟子で若い瑩山禅師を招いて開いたのが城満寺。
DSCF9149-1.jpg
西暦でいうと1300年にならない頃である。
(瑩山禅師は後に曹洞宗太祖となる)
http://jomanji.web.fc2.com/

道元禅師の打ち出した只管打坐(しかんたざ=ひたすら座る)の実践は
戦乱に明け暮れ陰謀に巻かれる戦国武将たちに心の平穏が訪れる機会となったのではないか。

ぼくは仏教の専門家でも歴史に明るいわけでもないので間違っているかもしれないが
自分なりにこう捉えている。

中央集権国家をめざす政治と結びついて奈良仏教の勢力が伸びてきた。
その一方で仏教本来の姿とかけ離れていった側面もあった。

そんなとき空海が中国から持ち帰った真言密教は真言や法具を自在に駆使して
一部の神秘体験や法力を布教の道具として用いていた。
それは仏教の礎ともなり当時の社会に仏教の光を感じさせるために必然であった。
しかしそのためには高度な知識と師の先導による体験が必要で
庶民には手が届かなかった。

そのことを意識されていたかどうかはわからにが
弘法大師は全国を行脚してさまざまな知識(科学や医学、土木の知見)を駆使して
地域に足跡を残している。
直接的に真言密教とは関係がなくても
実践を通して教えを弘めていくうえでは必然であったと思う。

世が乱れる時代になって
民衆は救いを求めていた。
そんなときにただ「○○○○」と唱えればいい、というわかりやすさが必要であった。
来世(らいせ)が救われると信じることでいまを生きる苦労がどれだけ軽減されたか。
未来の光がいまを照らすと信じられたことで救われた人が多かっただろう。
これもこの時代に必要な方便であったと考える。


21世紀になって
Volatility(変動性)Uncertainty(不確実性)Complexity(複雑性)Ambiguity(曖昧性)の時代、
Googleなど世界的なIT企業では
社員の研修にマインドフルネスの概念を採り入れている。

マインドフルネスの概念を漢字で表すなら「念」。
字を分解すると「今」「心」。
それは、今起きていることを注意深く洞察することである。
・自己と他者を理解し受け入れること、感謝を抱いてつながりを感じること、
・集中力、判断力を高めることができ、
・コミュニケーションや対人関係を改善し、健康を育み、生活の質を向上
その結果、なにかに気付くというもの。

これらは生活のなかに修行があるとう臨済宗、曹洞宗に源流を辿ることができる。
マインドフルネスとは念であるとしたが、瞑想も日常的に行う。
(ただし禅宗の座禅は瞑想ではない。少なくとも瞑想を目的にはしていない)

実はすでに人々は仏である。仏であるがゆえに修行をする。
悟りを得るのが目的ではない。すでに悟っていることに気付かないだけだ。
道元さんはそう言っているような気がする。
幸せの青い鳥を探し続けてついに見つけることはできなかったように
青い鳥は自分の内なる存在なのである。

幸福になることが目的ではない。
成功したから幸福になるのではない、
むしろ幸福感が成功への出発点である。
いまの自分の幸せに気付かない限り
人生の充実感は得られないということ。

もちろん必要最小限の生存のための条件は必要で
そのために消費税の撤廃やベーシックインカムの導入は社会の重要な転換点になり得る。
なぜなら0.14%の富裕層が世界の金融資産の81.3%を持っている一方で
(それらは課税逃れの工夫で課税できない)
政府には教育や医療、福祉のための財源が乏しい。
(世界中で不穏な政権が跋扈しているが、それらも民衆の心理の裏返しのように思える。ただしどの政権も民衆のためには動いていないが、そのことに気付かないようカモフラージュされている)

社会のしくみを変えることは必須ということ。
まずは身近なことに関心を持ち、地域の活動や政治への関心を高めること。
それと同時に個人として生きることの意味を見つめ直すこと。
環境問題、教育、貧困、いじめ、格差社会などの原点は個人の欲望にある。
禅宗の教えは釈迦の考えをいまの時代の処方箋としても提示しているように思えるのだ。


城満寺は曹洞宗である。
海部に城満寺ができると周辺に数多くの禅寺が誕生したという。
けれど長宗我部氏の侵攻で海部氏の吉田城は落ち
戦火に焼かれた城満寺も大正時代まで復興されなかったという。

そうであっても曹洞宗の教えがその後も受けつがれていったとすれば
海部町で自殺率が低いのは頷ける。
多かれ少なかれ現代人の生き方を示唆している(影響を受けている)のは
禅宗のように思える。

城満寺は古刹などと書くと陰々滅々とした雰囲気を連想する人もいるだろうが
城満寺の雰囲気はこれまで訪れたどの寺とも異なる。

寺が地域のはれのばでもあり、ケの場でもあるのだけれど
ここには陽気な娯楽性を感じる。
開けた芝生と枯山水。和モダンと呼びたい光景である。
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城満寺にはアートの気が満ちている
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華道家萩原亮⼤さんが作庭した枯山水の庭。山麓と一体となっている
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座禅を行い寝起きを行う僧堂があるのも珍しい。
城満寺の復興に尽くされた前ご住職の大槻哲哉さまは
全国を托鉢するなどして浄財を集められたが
平成30年6月24日に遷化された。
http://jisya-now.com/?p=1428
その後を受けつぐ田村航也住職と一度お会いできたらと思っていた。

本堂で合掌していると
お寺の方が見えられた。
若いお弟子さまだ。
(お名前は聞かなかった)

しばし歓談をしていると
本堂に上げていただいた。
ご本尊は釈迦如来。
DSCF9162-1.jpg
翌日に開かれる座禅会のため
大般若波羅蜜多経の教本がずらりと用意されていた。
これをぱらりと空気を通すごとくめくるのだそうだ。

奥には前のご住職のお姿(写真)もあった。
どこか遠くを見つめる深い眼差しの方であった。
お弟子さんいわく、現ご住職もすばらしい師匠という。
在家の人に囲まれているときはその雰囲気になじむようにされているが
眼光の強さ、自分を見ているようで周囲を観じていらっしゃるような雰囲気を持っておられるという。

続いて僧堂をご案内された(外からである)。
ここは座禅を行う場であり、寝起きをする場でもあり
食事をする場でもある。
一人当たりわずかな空間があってそこが生活のすべて。
空調はないが、さすがに冬場は座禅の最中に被るものがあるという。
ある日、座禅をしていると、とてもすがすがしい境地になって
思わず感謝の言葉が出たとおっしゃっていた。

お弟子さんも20代の方とお見受けしたが
澄んだまなざしと堂々とした良いお声をされており
充実した修行をされている様子が一目で伝わってきた。

「佳き出会いでした」と双方が合掌。
「良いご修行を」と願って城満寺を後にした。

追記
城満寺は檀家を持たない寺であるから
在家との接触、托鉢などを通して暮らしを営まれている。
仏教の純粋なかたちを今に解釈して継承しつつ
マインドフルネスの実践をされている希有の場となっている。
ここでは座禅の指導などもなさっているので
一度訪れてみてはいかが?
http://jomanji.web.fc2.com/

posted by 平井 吉信 at 12:17| Comment(0) | 生きる

2020年01月01日

新たな年を迎えるに当たりみなさまのご多幸をお祈りいたします


神棚を祀り
仏壇で供養を行い
荒神棚を手入れする。

祝詞を奏上し
読経を行う。

そして産土神社へと参拝。

年末にかけては寝込んでしまったが
かえって休養となったお陰で
普段はじっくりと聴けていない
ベートーヴェンと向かい合うことができた。
特に後期の弦楽四重奏曲、ピアノソナタはベートーヴェンの独白のようなもので
音楽が空間に波紋を広げていくと感情を満たしてくれる。
しずしずと深く広く展開する音楽を聴いていると
いまここにいるのだなと感じる。

年賀状は一度いただいた人は永久有効としているので
何度もお出しいただく必要はありません。
いただけるものはありがたく拝読しますが
返信もいたしません。

生きていくとすべての人にお世話になっていると気付き
正月だけでなくすべての刹那が大切な時間と思うようになってから
年賀状をお送りすることをやめてしまった。

変わることなく祈っているのは人々のご多幸、
生きとし生けるものが互いにその役割を果たしていのちを全うすることだけ。

だからこの瞬間が大切で
その祈りを届けていると感じていただけたらそれで十分。

やがて親族が集まってきた。
ささやかな宴を催そう。

生きていたらそれで十分だよ。

神棚は屋久杉でつくられた珍しい品物で
全国の神様(御札)が鎮座されている。
天津祝詞、十言神呪などを歌うように奏上する。
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仏壇は紫檀(パーロッサ)の前練仕様。
唐木仏壇の本場、徳島ならではだが、
今となっては良質の南洋材の入手が難しくなっている。
いつものように開経偈、般若心経、観音経(偈)、十三仏真言、光明真言、お大師法号と進む。
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いつもおもしろいのは
同じ御神酒(日本酒)をお祀りしてほんの数分後にお下げして飲んでみると神棚と仏壇ではまったく味が違うこと。これはどんな味覚の豊かでない人でもわかる。神棚では香りが増し、仏壇では香りが抜けてしまう。

続いて産土神社への参拝。
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個人の願い事はしないで神々の弥栄と世界の平和を祈る。
ここで産土神社、天照大御神、三宝荒神の神札を求める。
(神社を守る神職への感謝を込めている)







posted by 平井 吉信 at 16:29| Comment(0) | 生きる

2019年12月27日

かかりつけの先生と楽しむ会話


ここ二日は体調がもっとも悪かった。
熱を測ると39度近い。
(いつもはそれぐらいでも自宅でできる仕事はやっている。高熱には強い)
ところが両日とも朝から夜遅くまでぎっしりとスケジュール。
どちらの日にも夜は長時間のセミナーがある。

人前に出るため合間を見てインフルエンザの検査はしておいた。
幸いにも陰性だった。
(キャンセルできない仕事だったのでインフルエンザだけは避けられてよかった。せっかく来ていただける方々のために最善を尽くしたい)

二日目の午後の早い時間から気力だけで仕事をしている感じ。
その夜のセミナー(10回シリーズの最終回)で誰にも悟られないようにふるまったが
お一人の女性の方が近づいて「きょうは顔色がお悪いですね」と気付かれた。
(このとき38.8℃ぐらいだっただろうか)

二日間の強行日程を終えて三日目の朝にかかりつけ医に駆け込んだ。
前日の晩はほとんど寝られないほど苦しんだ。

実はこの患者、自分の症状から病名はほとんどわかっている(つもり)。
(高熱ではあってもインフルエンザでないのは検査を受ける前からわかっていた)
実はかかりつけの先生も患者の特性を理解されている。
(先生も椅子に背伸びをしながらリラックスされて会話を楽しんでおられる)
主訴を整理して(5W1Hに順序立てて)お伝えすると
こちらが出題するような感じとなる。
会話がカンファレンスのようになって病名が絞りこまれていく。
先生はにこやかに検査と措置を決めて看護師に指示を出す。

点滴を受けてベッドで休んでいると
先生が血液検査の結果を持って現れた。
「白血球の値がやや高いですね」
(ああそうか、抗生物質を処方されるのだな)
「三日間出しておきましょう」
忘年会のシーズンなのでどんなに気を付けてもありますよ、
と先生は笑う。

徳島近郊には食生活という根源から心臓病の治療を行う心臓クリニックなど
自宅の近くには現代の赤ひげ先生はいらっしゃる。
(実は徳島県は人口当たりの医師の数は全国一という恵まれた県である)
かかりつけの先生は薬漬けの医療を行う方ではない。
抗生物質も適量を守ればもちろん有益ではあるけれど
漢方薬を使われることが多い。
(漢方薬は対症療法ではないが症例と合えば速効で効く)
そこで、抗生物質以外に何を処方されるかを心のなかで描いてみる。
投与された薬を見ると予想はほぼ当たっていた。

近所の先生なので身元はばれているし身内もばれている。
(義弟は世界的な医薬品メーカーのMRでかつてこちらを担当していたこともある)
先生も遠慮がないし、こちらもお慕いしながらも茶目っ気を持って接している。
(症状の説明に専門用語を使う患者はいないでしょ)

点滴を受けている間に診療所は昼休みに。
先生と看護師たちとの屈託のない会話が大声で響いている。
(いや、診療中だって同じ。そこがいい)
いつもいつも病人ばかり診ているので気が滅入ってしまう。
それをコントロールするための明るい雰囲気が定着している。
医師とか僧侶とかの職業は明るくふるまうことは自己防衛でもあるのだ。

医学の世界も日進月歩で新たな治療法や診断法が見つかっている。
知識をアップデートすることにも熱心な先生で
学会に参加するために本人は休診で別の通いの医師が診られていることもある。

かかりつけの診療所は
外観が新しいわけでも最新鋭の設備があるわけでもないとしても
患者が絶えることがない。
前夜あれほど苦しんだ症状がほとんど消えて
いまはブログを更新している。

健康なときは身体のことを忘れている。
病気になればそのことを受けとめる。
そこには何の価値判断も不要。
(遍界かつて蔵さず)
ただ感謝あるのみ。



posted by 平井 吉信 at 21:09| Comment(0) | 生きる

2019年12月08日

夜の牟岐線のひなびた駅前にて


今夜は友の家で手料理を味わいながら飲むのだ。
年に数回、持ち回りでやっている。
高校のときの同級生らの集まり。
戸狩野沢温泉に人生初スキーへ行ったのもこの仲間たち。
あれから年月は流れたけれども変わることなく
ときの間の忘れ物のような時間。

暗闇にたたずむ駅の風情がなつかしい。
何もかもなつかしい。
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posted by 平井 吉信 at 22:30| Comment(0) | 生きる

2019年11月23日

飲食店経営者や小規模事業者はキャッシュレスに対応しないようにしよう


飲食店でキャッシュレス対応にすると
お金を触らないので良いとか
レジで釣り銭が省けてスピードアップするということが考えられるけど
それはどうかな。

もともとつくる量が限られているうえ
キャッシュレスになったからといって
既存顧客の一部が現金決済から切り替えるだけ。
入金は月2回で現金仕入を行う飲食店も多いことから
資金繰りにも影響する。
3%程度の手数料は確かに痛手だが
それ以上に顧客が増えるという説もまことしやかだが
さまざまな現場の声を聞いてみるとそうでもないようだ。
(そもそも食べたいから行くのでキャッシュレス対応だから行くわけではないだろう)

だから飲食店はキャッシュレスに対応しないように。
その他の店も国の施策につられないように。
特にQRコード決済は現金よりも手間がかかるうえ
セキュリティやシステムの安定度に大きな問題を抱えている。
(現場からは読めなかったり通信不調でアプリケーションがハングアップしたりするなどQRコード決済のトラブルが日常茶飯事に聞こえてくる。ペイペイなどQRコード決済対応の店には行かないようにするのが無難。目先のキャンペーンに釣られることなく顧客のセキュリティを守ることが店の信頼につながる。どうしてもキャッシュレスに対応するならFeliCaなど非接触型IC搭載などのセキュリティの高い決済方式で。そうしないと悪貨が良貨を駆逐してしまう)

お店の方へ
アプリケーションをインストールして紐付けするだけで使えるQRコード決済ですが
お客様のセキュリティを守ることが大切ではないでしょうか。
(技術的な面からもQRコード決済は数年以内に消滅すると考えられませんか?)
posted by 平井 吉信 at 23:34| Comment(0) | 生きる

2019年10月22日

きょうは佳き日 即位礼正殿の儀


清々しい一日だった。
業務を抱えて(なぜこんなに仕事が集中するのだろうと)
その合間に家事やら趣味やらを織り交ぜているところ。

天皇陛下のお言葉はいつも深い。
言霊というか魂の深いところで発せられていることが伝わってくる。
洞察力に優れ頭脳明晰でおありになるけれど、それをひけらかすお方ではない。

趣味の天体観測にアスコのスカイルック13センチ反射経緯台を選ばれていることから
バランス感覚に優れたお方とお見受けしている。
山登りもお好きと伺って親近感を覚える。

ご身分がお人柄をつくることはあるだろう。
しかし現在のご身分でなかったとしても
人々から愛され尊敬されていらっしゃるだろう。
(比べる存在ではないけれどこのお方の人格や品位に比べられる政治家はひとりもいない。世界の王室のなかでももっとも優れたお方と確信している)

憲法では天皇は国及び国民統合の象徴ということになっている。
しかし折に触れて政治性を帯びないようご留意されてメッセージを発信されたらいいなと思っている。
人々の意見をよく聴いた上で冷静かつ的確にご判断される陛下。
一人の独裁的な運営ではなく
意思疎通を大切に洞察に基づく的確なリーダーシップが求められるいま、
不謹慎であることは重々承知で
局面を動かすメッセージを発せられることを願っている。

主義主張を超えて生きていくよすがであり
生きていこうと思えるかけがえのない存在。
(政治家以上に重責であることを自覚された上でそれも糧にして生きていらっしゃるよう)
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(本日咲いていた花。フジX-T30+XF35mmF1.4 R)
posted by 平井 吉信 at 23:33| Comment(0) | 生きる

2019年10月13日

台風19号 未来の日本を映し出す


出張から徳島に戻ると
長野県、関東、福島県を中心に洪水被害が深刻との報道。
堤防が決壊してまちが水没している地区もある。
新幹線の車両基地も水没しているようだ。
お見舞い申し上げます。

地球温暖化により異常気象が頻発する時期に入ったことは
このブログでもたびたび触れている。
また、治水思想を含む河川工学のあるべき姿についても触れている。

堤防が決壊すれば壊滅的な被害を被ることは明らか。
それと同時に下流では被災を免れることになる。

日本の平野は沖積平野。洪水がつくった土地に都市(人口)が集中する。
また、ダムが一定の水量を超えると放流が始まる。
放流が始まると、
ダムに流入する水量以上を放出しなければ
ダムが決壊する怖れがあるので(それは下流のまちが消えてなくなるぐらいのインパクト)
放流はやむをえない。
しかし予測できない局所のできごとに加えて
社会的なルールや意思疎通の手続きのため
理想的に実行できるかどうか。

ダムは洪水対策のためにつくるのではなかったか。
(もちろおダムには利水用のダムや複合的な目的を持った多目的ダムなどがあり、治水だけを目的に設置されているわけではない)
確かにダムの治水容量を満たすまでの時間軸で洪水を吸収するのだが
(その間の降水量をなかったことにできる)
洪水初期に水を貯めたとしても
水量が増えてくる洪水後期に放流すれば下流はダムがない状態より危険度が増す。

ダムは生態系破壊の最たる存在。
上流から供給される土砂で堆砂が進み数十年で寿命を迎える。
水とミネラルを遮断することの影響は長期に渡って海にも現れる。

どれだけ治水対策をしてもそれを上回る雨はやってくる。
しかも過剰な対策の費用と維持管理費を人口減少時代の日本が将来にわたって賄えない。
いずれにしても川はあふれるのである。

ならば、流域で生命財産への影響が少ない場所で
河川工学上あふれやすい場所(水衝部など)を予め想定(計画的に設置)しておく。
生命に別状がなければそれでいい。
(ぼくはとても親しい人を2人洪水で亡くしている)
経済活動の補償を保険で対応するのが合理的。
沖積平野に住むことを選んだ私たちは
人命の尊重を第一に、社会的経済合理性を持ち
生態系と景観の保全を達成できるこの方法が唯一の選択肢。

ところがいまの治水は効率的に水を流すことを最優先しているため
いったんあふれたら今回のように取り返しのつかない被害となってしまう。

ダムではなく大水を時間軸で吸収する手段は森の保水力や棚田、遊水地など
複合的に組み合わせる。
これらはコンクリート構造物のような老朽化はしないし
維持管理の費用もほとんどかからない。

台風19号の被災地はおそらく激甚災害に指定されるだろうが、
人口減少で将来に取り得る対策は限られてくるという前提と
災害復興への支出が国家財政を圧迫していく時代。
消費税増税で格差が広がっていく社会で
(緊急性の乏しい憲法改正や生活者を混乱に招いている軽減税率など何をやっているんだという人が増えている)
情報格差も罹災格差もますます広がっていく気がしてならない。
(ぼくがスマートフォンを使わないのは情報を通して国民を支配する道具に見えてしまうから。自分の生命を自分で守るというのは基本だが、政府がそれをいうと国民を守ることを放棄したようにも聞こえてしまう)

いまを生きていくのが大変な時代、
誰かに思いをはせていくことと
冷静に本質を見て地道に行動していくこと。
いまは被災された方のために。

参考「災害時に役立つラジオ(2020年版)」
http://soratoumi.sblo.jp/article/187322503.html

タグ:台風
posted by 平井 吉信 at 21:37| Comment(0) | 生きる

2019年09月22日

ほんとうと思えること 誰がみても善いこと 精神の美しさを求めること


社会全体の意識レベルを上げていきたい。
政治とか経済をカテゴリーで語る時ではなくなっているし
未来を誰かに任せる危うさは嫌というほど見えている。
このままいくと人間社会は破滅を迎えるだろう。

世界中のあちことで同時多発的に起こっている独裁的な政治。
政治の影響はあまりに大きい。
独善的な意思決定で国民が振り回されるのは東アジアだけでなくどこも同じ。

東日本大震災での福島第一原発が辿った結果について
当時の経営陣は刑事責任を負わないという判決が出た。
法治国家とは法律が社会の基準となるのは言うまでもない。

しかし社会の隅々まで隈なく拠り所を記すことは不可能であり
そこに解釈の余地が生じる。
(一票の格差是正が大原則で2県にまたがる選挙区を設置したものはその最たるものだろう。それは心なき法治主義)
そもそも法律とは人々とその社会や生態系も含めて幸福のためにあるものだろう。
対策の必要性は東電内でも共有されていたはずであり
電源の水没を防ぐ措置や冗長化などは直ちに対策できたはずだし、
長期的には防潮堤の設置も計画できたはずである。
これがほかの産業なら消費者に迷惑をかけて会社も利益を喪失する程度で済む。

しかし原子力に関しては
いったん被害が起これば元に戻すことが不可能で(不可逆的)
その被害が天文学的時間に渡り(永続的)
生産活動や食物連鎖、生態系へ広がり(連鎖的波及的)
生命の設計図を変えてしまう危険性(種の存続への危機)
結果が壊滅的という例を見ない分野である。

原子力の原理そのものは善も悪もない科学技術である。
しかしそれを使いこなす技術思想(技術そのものとそれを運用する真善美に基づく理念)がいまの社会にはない。その象徴が核兵器である。
こんな社会で原子力を使いこなせるはずがない、とぼくは思う。
善意に基づいて支え合う社会が世界中に成立するまでは原子力は封印すべきだろう。

核兵器は全世界で即刻皆無にできなければ
百年という短い時間でも人類の存続は難しくなってしまう。
政治は有力な手段であるとしたら、
その政治家を選んでいるのが人間である。
(例えば、ゴルバチョフがいたから時計が未来へと進められた。現在の世界が必要としているのは彼のような政治家)
政治家を変えるなら自分たちの意識を変えないと
偽物のリーダーシップや危ない思想に共感したり
悪意を善意のように解釈してしまう。
そして気付いたときは後戻りできなくなる。
いまはその瀬戸際まで行っているのではないか。

為替だとか株価だとか言う前に
なぜこんなに物価が急激に上がるのか
消費税はほんとうに必要なものなのか
根源を考えてみようと訴えている。

根源とは人々の幸福であり、個人も法人も人種も年齢も能力も関係ない。
ただし、人々が誰かのために生きることが自分も幸せという状態
(幸福とは何かの価値基準が共有されていること。真善美という生活理念が憲法や法律の前提としてあることだろう)

社会を構成する一人ひとりの意識とその集合体である社会の成熟を進めるために
間違った方向に進んだ社会システムを再構築して
一人ひとりが社会に関係性を持って関わる社会を構築しなければならないだろう。

そして歪みをもたらしている貨幣経済に変わる社会を考えなければならない。
お金を持つことが悪いのではないが、
それをどう活用するかの熟度が追いついていない社会では
格差と悪意が拡大するのみ。

地域単位で自治を行いつつ連合国家をなすという姿、
つまりは地域が主体的に人々が関わりを実感できる社会が回答のひとつだろう。

まずは地域主権。
地域のことは地域で考えて財源を負担して実行するという考え方だが
地域と全体ですること、公民でやるべきことを明確に分ける必要がある。。
社会的に影響度が高く公益性が高い分野は全国統一組織で考える(JR、郵便事業など)。
生活に直結する分野に競争原理は害となるので公営(水道事業、図書館など)、
それ以外は、紐の付いた交付金ではなく
地域が独自にルールを決めてお金の使い道も決めていく自治へ。
(かたちだけの消費者庁の移転など何の意味もないのだ)

そして格差の是正。
所得税率の変更と消費税の廃止を経て補助金などのムダな事業、
省庁の天下り先が所管する肥大化した事業等を廃止。
そしてベーシックインカムを導入する。

れいわ新選組の山本代表が何を考えているかはわからないが
理想郷に向けて政治がいまやるべきことを
地域主権と格差是正として多くの人(弱者と呼ばれる人たち)が関わっていく社会をめざしているのだろう。
(既存の利害関係に従属している政党とは一線を画していることが多額の寄付からも伺える。演説のわかりやすさだけでなく危機感を持つ人々の心に響いたのだと思う。蛇足だからこの頃あちこちで耳にする「ささる」という言葉に違和感を覚える。共感しているという状態は、おだやかでじんわりとあたたかい心の作用と思うから)

ぼくは憲法は改正すべきと思っているが
それは現政権とは異なる価値観に基づいている。
原子力発電所さえ事故を防げない未熟な社会の理念。
(今回の判例はその象徴。決して東電だけの責任ではない)
詭弁に気付かない国民が多い社会で
間違った方向をめざす人たちが主導する憲法改正などありえない。

森が燃えても温暖化が深刻化して異常気象と災害が勃発する状況になっても
基本的な人権が尊重されない社会で抑圧される事態を直視しない人たちに、
スウェーデンの女性や香港の若者たちが身体を張って行動している。
未来を描く理念、利他心を持って行動する人たち。
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あなたはどちらの社会に住みたいですか?
そしてどうしたいですか?
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posted by 平井 吉信 at 10:57| Comment(0) | 生きる