2018年08月17日

効率主義の社会でこぼれる夢を拾っていきたい よろず修理屋、夫婦ではじめました


「音の鳴らなくなったCDラジオプレーヤーを持って来られたお客様がありました」。
その人は、ぼくに静かに語り掛けます。

ことの顛末はこうです。
ここは開業したばかりの電気製品を中心によろず修理を行う作業所です。
まだ世間に知られていないし
経営者が器用な人ではなさそうで、それほど繁盛しているように見えません。

ある日、店の電話が鳴りました。
「すみません、古い機械があるのですが、そちらで修理していただけますか?」
声の主は40歳前後の女性でしょうか。
「どこ行っても修理してもらえないんです」と
消え入るような声の調子。
一度見せていただけたら…と治る可能性があるかもと店主。
声の主はさらに続けます。
「この子をもう一度鳴らしたいのです」。

(ここからは店主を主語に一人称で)
しばらくしてお店にいらっしゃった女性が持ってきたのは
ソニーがOEMか通販専用ブランドでつくっていた商品のようです。
私はさっそく見てみました。

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調べてみるとピックアップ(CD信号の読み取りを行うレンズとその駆動装置)が寿命のよう。
古い機種で交換部品もすでにありません。
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しかしこの時点で諦めることはありません。
メーカーに部品はなくなっていても
どこかで細々と同じ仕様のものが作られていたり
秋葉原の部品店で在庫があったりするのです。
いまは便利な世の中です。
インターネット検索をするうち
ピックアップの製造元と品番らしきものが判明。


消耗部品のコンデンサーも見ましたが、
(たいがいはコンデンサーが液漏れをしていたり寿命を迎えていたりします)
意外なことに電気的な劣化は見られません。

部品を取り寄せてさっそく組み込んで見ます。
音が出ました。
この時点で修理完了、ではありません。
長い間通電していなかった機械は動作が不安定で
しばらく鳴らしながら様子を見る必要があります。

数日鳴らしているうち、修理直後は不安定だった読みこみが落ち着いてきて
音飛びしていた箇所で飛ばなくなりました。
私はそのとき気付きました。
音飛びはピックアップだけでなく、CDを押さえる蓋の滑りにくさも原因かと。
そこで潤滑剤のシリコンを回転部に施してみました。
もともとのこの機種の特性でしょうか、
ピックアップの感度が高すぎるのも原因かもしれません。

そうして一週間ほど鳴らすうち再生音が安定しました。
私は修理完了の電話を入れ、
「できればご自身が聞きこんだCDを持ってきてください」とお伝えしました。

しばらくして見えられたのはご夫婦でした。
「まさかこれが治るとは!」
ご主人が驚いていました。
奥様はその様子を見て満足そうでした。
目の前でCDが鳴ったのを見届けたご夫婦はお礼を言って帰られました。

それから一週間して電話を入れてみました。
当店では、修理後もその動作を確認するため
一度だけお電話を入れています。
電話に出られたそのお声は弾んでいました。
私たち夫婦もその様子を聞いてうれしくなりました。
(一人称はここまで。ここからは平井が代わります)

ぼくの想像ですが
あのCDプレーヤーはご夫婦にとって大切なものだったのでしょう。
若い頃、ふたりで耳を傾けた音楽を奏でていたのかもしれません。
社会の片隅で大切にしている時間と物語があり、
それを紡ぐ人がいるのです。
なんでも修理する仕事、よろず修理屋。
でもご主人は照れながらぽつりと言いました。
「これでは飯は食えない」(笑)。

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照れ屋のご主人とそれを支える奥さんが
今年の春に創業したよろずごとを修理するお店を紹介しました。
(照れ屋なのでサングラスをして強面風ですが、実はやさしく誠実なご主人です)
(修理中の写真は福島ご夫妻の提供)

よろずやADLiB https://www.facebook.com/yorozuyaadlib/
バイクの電装系カスタム ADLiB https://www.facebook.com/adlibz900/?ref=py_c
徳島市南沖洲1-1-15
福島照男・宏子 090-6885-0028
posted by 平井 吉信 at 23:23| Comment(0) | 生きる

2018年08月09日

沖縄のこころ

自分たちのことは自分たちで決めたい。
それが「住む」ことの原点だろう。
それに寄り添うのが政治や行政。

2000年に住民投票に辿り着いた徳島はそのことを率先して実践してきた土地である。
自分で決めることとは自分に都合の良いルールを一方的に押し出す(地域エゴ)ことにはならないと信じている。人間に生来備わっている利他の精神が働くはずだから。

沖縄は国防上重要な拠点であり琉球王朝の頃から東アジアの交流拠点。
翁長知事のご逝去によって基地問題への関心が高まっている。
どのような外交理念があるかその実現のための外交方針、戦略への落とし込みがあり
沖縄の米軍基地をどうするかはその後の論点と思う。
基地が経済活動(利権)と結びつくのであれば
それに変わる持続的な経済活動に取り組めば良い。
不可逆的な生態系改変と事故の絶えない安全面での不安、
基地依存の経済ゆえの脆弱性、依存性を考えれば
基地は地元にとってリスク要因ではないのだろうか。

東アジアの近隣諸国との良好な関係と環太平洋の友好関係のあるべき姿を考えれば
国防戦略の方針を見つめることが先ではないか。
地元の人が決めたことを、国はその意思決定を尊重して支えていく。
それが地域の連なりからなる地域主権の連携体、日本という姿でありたい。

きょうは長崎原爆の日でもある。
核廃絶に背を向ける政府は戦争による唯一の被爆国という皮肉。
なぜ、世界をリードしていこうとしないのか?
今年も田上市長の長崎平和宣言がうたわれた。http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020300/p031606_d/fil/japanese.pdf

権力を持つ者を選ぶのは国民である。
まず国民が意識を持ってどんな未来にしたいかを描きできることから行動することだろう。
翁長知事をはじめ、歴代の知事が温めてきた「沖縄のこころ」に未来の日本の進む道があるように思う。https://ryukyushimpo.jp/news/entry-744820.htmlDSFT6274.jpg

8.11追記
沖縄の将来像として日本から独立して独自の三権(ゆいまーる憲法とでも名付けてみては?)を持つことができればすばらしい。
東アジア、東南アジアのハブ機能として
イスラム圏を含めてどの国とも友好関係を持ちアジアにおけるスイスのような役割を果たす。
そこには世界的にも希有な海、風土、食を求めて人々が集まる。
このような永世中立の姿勢には米軍基地は似つかわしくない。
本土に移転するか廃止するかである。
日本も外交政策の転換を求められるだろう。
独立後の沖縄は日本と連邦国家として日常的にはこれまでとなんら変わることはない。
日本にとっても沖縄を介して非公式な打診を行ったり実験的な試みが可能となるなど利点は大きい。
基地の広大な跡地が活性化の種地となる。
一部は自然に復元しつつそのプロジェクトそのものが見学(ツーリズム)の対象にもなる。
世界でもっとも進んだ自治を日本と連携して進めていく沖縄の姿をぜひ見たい。
posted by 平井 吉信 at 23:49| Comment(0) | 生きる

2018年07月10日

シャボン玉飛んだ

平成30年7月豪雨で被災された方々、お見舞い申し上げます。
数週間前に仕事で訪問した宇和島、伊予吉田、大洲など南予でも甚大な被害。
よく使っている高知道の立川SA近隣では高速道路が崩落。

四国はこれまで台風銀座で大雨には慣れているはずだった。
しかし同じ場所に長時間の雨が続くこのパターンでは
これまでの常識が通用しなかった。

これも温暖化による異常気象ではないかと考えている。
地震活動の活発化とともに日本列島は災害頻発期に突入した。
生きていく一日が貴重。
日々できることをやりきるしかない。

ぼくの胸にシャボン玉の歌がこだまする。

シャボン玉飛んだ
屋根まで飛んだ
屋根まで飛んで
こわれて消えた

シャボン玉消えた
飛ばずに消えた
産まれてすぐに
こわれて消えた

風、風、吹くな
シャボン玉飛ばそ

(グレッグ・アーウィン&雨宮知子の歌唱で聴いてみて)

無邪気に飛び跳ねる楽想、
モーツァルトにも匹敵する底抜けの旋律。
その背後に横たわる深淵。
まだ哀しみは過去になろうとしない。
いまは明るくふるまうしかない。
そして涙をたたえて微笑む。
それでも未来はやってくる。
どんな色にするか、決めるときではないにしても。
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posted by 平井 吉信 at 23:17| Comment(0) | 生きる

2018年06月08日

一瞬に過ぎていく だからいまかいまかと待つ ときを止められる魔法はないけれど


それが一瞬のうちに過ぎていく景色だけれど
心待ちにする場所がある。
名勝地でなく、風景が暮らしに溶け込んでいる一場面。

高徳線にもあれば、予讃線にもある。
土讃線にもあれば、予土線、土佐くろしお鉄道、
徳島線にもあれば、牟岐線、牟岐線阿佐海岸鉄道にもある。

これはどこかわかりますか?
(わかる人はわかるでしょう)
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とここまで書いて、
しまった、高速バスの車内からだったと思い出した。
(質問撤回)

トンネルを抜けて降りてくると見える。
いつもわくわくしながらその瞬間を待つ。
(ぼくの場合、そこに水の表情を追いかけていると気付いた)
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音楽も料理もそう。
駆け抜けていくあの一瞬を逃すまいと
もう来るかいま来るかを神経を研ぎ澄ませて
時空顕微鏡で拡大(スロー再生)しようとしても
一瞬で過ぎていく。
追いかけても、もうそこにはない。
人が生きる本質的な歓びや切なさ、哀しみがあるような気がする。

生きる達人がいるとすれば
そのことを感じているから。
人を喜ばせることがうれしい、
ほんの些細なことにも喜べる自分がいるから。



posted by 平井 吉信 at 23:09| Comment(0) | 生きる

2018年05月27日

憲法を考える


ダム建設で意見が平行線をたどるとき
「人のいのちか、鳥のいのちか?」のスローガンが掲げられることがあった。
人命を守るための施設をつくろうとしているのに
自然保護団体が反対している。それは反社会的な行為だとでもいわんばかり。

長い間、地域で息づいてきた風土や人間の関係性に着目すると
人のいのちも鳥のいのちも守る方策があって
持続的な未来への道筋を確保することができる。
だから、先の議論は論点ずらしに過ぎない。

ダムが破壊するのは生態系だけでなく地域共同体そのものであるから、
人が生きていく拠り所を失ってしまう。
すると地域は崩壊するしかない。
(補償金で家を建ててもそこには幼なじみはいない。むしろ都市に出て行くきっかけとなるだけ)
ダムができてかえって危険になったと川を知る那賀川流域の古老は語る。
(ダムの上流側は土砂の堆積による河床の上昇による洪水の怖れ、下流は多目的ダムの運用から起こりがちな流量操作が引き起こす人為的な洪水)
それも定量的なデータという根拠を添えて。
地域社会、生態系のみならず
費用対効果と維持管理費用の経済合理性からも
ダム建設は分が悪い。

徳島には良い見本がある。というか生きた文化資産だ。
吉野川の第十堰はそのときどきに人が関わりながら
3百年近くに渡って存在した石積みの堰で
分水の役割を果たしつつ生態系に溶け込んでいる。

洪水を防ぐ効果があると訴求しても
広告の宣伝効果と同じで因果関係の説明が難しい。
その効果を発現させる他の方法、すなわち代替案の検討が行われるが、
環境影響評価や影響緩和策を含めて評価してもダム建設はあり得ない。
人口減少時代に社会インフラの維持管理が大きな問題となるし、
ダムの寿命が来たときにどうするかに答えが見出せない。

(ダムの問題ではないが、徳島では天神丸など剣山系の名峰に大規模な風力発電が企画されているという。これに対し知事は是としない知見。再生可能エネルギーとて大規模集約で行う限り費用対効果や経済合理性、買電に係る国民費用負担の増大などの問題がある。視点を変えて分散型、すなわち各家庭など電気を使うところで発電、蓄電して賄うのが理に叶っているように思われる。知事の判断は慧眼である)

何を解決したいのか、
そのための最適解は何かを説明できなければ論点ではないのだ。


政権はときにメディアを恫喝し
都合の悪い人物に圧力をかけて沈黙させ左遷させ見せしめて
政権に都合の良いように動けといわんばかり。
忖度させる状況を作り出せば為政者は楽だ。
関係者の会社が次々と国の仕事を受託したり補助金を受けたり
その一方で戦略のない思いつきのような法律を次々と成立させてきた。
(恥ずべき為政の先には国民大多数の弱体化でしかない)
そのような独善的な政権が存続しているのは
国民の無関心(無理解)も一因だけれど
政権の暴走を止める手段(憲法や法律)が機能していないからではないか。

近隣諸国をみれば日本の潜在的危機は高まっている。
専守防衛の国に向けて(上空を通過とはいえ)ミサイルを飛ばされる。
これでは先制攻撃を仕掛けられても防ぐ手立てはない。
(迎撃ミサイルで打ち落とせるなどと防衛省も本気で考えていないだろう)
何らかの異常を察知した段階で
行動の選択肢が可能でなければこの国は護れない。

日本国憲法は9条があるために
周辺国との摩擦を軽減しつつ
戦後の経済発展に注力することができた。
その功績は大きい。
戦争をしないというのは崇高な理念であり
受け継ぐべき目には見えない大切な資産である。
しかし現憲法はほころびが目立つようになっている。
例えば、生態系の保全について。

その問題を考える前に、無関係に見える人類の進化を辿ってみる。
とにかくホモ・サピエンス(現生人類)は特異な存在である。
赤道から両極の近くまで、島嶼から数千メートルの高地まで分布して
人口は70億人を越えている。
生態系を人為的に変えたり対応できる唯一の存在。
意図するかどうかにかかわらず、ホモ・サピエンスがいるところ、
他の生物が劣勢に立たされ、絶滅してしまう。

日本でここ数十年を振り返ってもニホンカワウソやトキがそうであった。
一度絶滅した種は二度と現れることはない。
植物や菌とて同じ。熱帯雨林の破壊でどれだけ貴重な遺伝子資源を失ったか。
(それらは難病の治療薬の原料となった可能性があるのだ)

生態系の破壊が他の生物のみならず
人類自身の生存を脅かす事態となっている。
急激に人口を増加させ、進化の道筋を乗り越える適応能力を持った人類は
地球の生態系の門番とならなければならない。
(すべての権利の最上概念が生態系の保全ではないかとさえ思うのだ)

ところが現憲法では、生態系の保全はまったくうたわれていない。
未来に承継すべき遺伝子資源という概念もない。
だから生態系の位置づけを憲法で明確にうたう必要がある。


改憲論者のなかには現状が憲法と合わないから
現状に合わせて憲法を改正するという考えもある。
しかしそれは違うだろう。
めざす国の方向性がまずあるべきで
そこから憲法改正の議論が始まるのではないか。
(何度も言うが、憲法改正ありき、反対ありきではなく、イデオロギーや政党を離れて中立に議論をする必要がある)

では、めざすべき方向とは?
ぼくは、アジアのスイスとなるべきだと思う。
独自の文化を持ち、歴史と文化を大切にし
洗練された国民とその風土に憧れる国々は少なくない。
内需を満たしつつ、何か特別な思いや世界観が伝わって
ブランディングにつながる。
そのことが生産性の高い国家の経済ではないだろうか。
賃金を上げる企業に補助金を打つやり方ではなく
賃金が上がるメカニズムを考えて国が誘導していくのが政策だろう。
(瞬間風速で達成するKPIを訴求しても自立的持続的なメカニズムは根付かない)

外交によってEU、中東、アフリカ、オセアニア、東アジアとも
等距離外交、いわゆる中立国としてやっていければいい。
とりわけ中国との関係性の構築にはそれが前提となるような気がある。
近隣諸国とは文化や経済で域内の一体感を醸成することで
平和を担保し海外展開を有利に進めていくことができる。

自衛隊の担うさまざまな機能のなかで、
災害対応は大きな役割となると思われる。
しかしそれでも防衛のための軍隊は必要ではないか。
害を及ぼす国へは先制攻撃も可能とする軍隊の存在が抑止力ともなり得る。
(ここ数ヶ月の近隣諸国の動きを見ていると危機感を持って生きていかなければと思える)

その場合は第9条の改正や追記などではなく(整合性が破たんするだろう)
理想国家へと向かう道筋を照らしてくれる新憲法が必要である
(現憲法をリセットして無から描く必要があるのではないか)。

中立国として必要最小限の軍備を明記するからには
政権や軍部の暴走を食い止める記述が不可欠。
(近隣諸国との関係改善のためにも)
すなわち、国家とはいったい誰のために存在するのか。
言い換えれば、国民の幸福とは何か。
国民の幸福に資する理念を深く掘り下げていく。
その一点からのみ憲法を考えることができれば
意義のある成果にたどり着けるのではないか。

posted by 平井 吉信 at 23:15| Comment(0) | 生きる

2018年05月14日

おいしさの向こうに見えたホモ・サピエンスの辿り着いたそれぞれの記憶 決して一人ではないことを幸福として噛みしめる 

料理人なら誰でも知っている。
徳島は日本有数の食材の宝庫であることを。

清流度では高知県と並んで日本1,2を争う。
そこから流れる川が山のミネラルを流域の土地に、
海に伝える。

海はというと、
鳴門海峡で狭められた水域と瀬戸内海、
吉野川、那賀川などの大河が吐き出す土砂やミネラルを貯えた紀伊水道、
そして海洋深層水の接近する室戸岬に近い県南部の黒潮洗う海。
肥沃な土、さらさらとした海岸性の砂地、水はけの良い山岳地帯、中山間地域の棚田…。

京阪神に近い立地と相まって多種多様な農産物や魚介が採れる。
京都にも近いから、京都から料理人が流れてくる。
産地に近いから手頃な価格で手に入る。
だから、食材をそのまま食べる愉しみがある。

例えば、トマトやイチゴ。
せっかくおいしい食材を食べずに
わざわざスイーツを取り寄せることもあるだろうけど、
おいしいときは、そのまま食べるのがおいしい。

ミニトマト(羽ノ浦町産、250円)
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イチゴ(勝浦町産、350円)
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トマト(徳島市国府町産、322円)
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同じ日に別々の場所で購入したものだけど、
口に入れてみたときの驚き。
脳の細胞が沸き立って消えていく。
その通り過ぎていく至福を言葉で表すことはできない。
それは人類数十万年の旅を噛みしめているのだ。

700万年前、チンパンジーの祖先と分かれ
直立二足歩行と夫婦単位で暮らし(アルディピテクス・ラミドゥス)、
集団で自らを守り栄え(アウストラロピテクス)
火や道具を使いながら末永く繁栄して極東まで歩みを進め(ホモ・エレクトゥス)、
中東で出会った芸術家のような同胞(ホモ・ネアンデルターレンシス)の遺伝子を受けつぎ
今日に至る遺伝子を受けつぐ一人(ホモ・サピエンス)の脳内に届けられた
数え切れない時間と思いの果てにあるもの。

食べることは生きる本能に基づく行為でありながら
(一日のかなりの時間をかけて草や根を歯ですりつぶして食べていたアルディピテクスやアウストラロピテクスにとってはそういうことだろう。それよりもっと後に火が使えて肉を家族や集団で分け合って食べた世代はどんな意味を見出していたのだろう)
食べることにそれ以上の価値を見出すのは人類ならでは。
それが味わいであったり、食を通じて関係性を確認したり、
その関係性が増していくことに歓びを感じたり、
食を通じて背後にある思想やかたちないものに思いをはせたり…。

それを奇跡と呼ぶのか感謝と呼ぶのか、
説明ができないから幸福感としておこう。
posted by 平井 吉信 at 00:06| Comment(0) | 生きる

2018年04月10日

ネアンデルタール人への思いはいまも


強い者が生き残ると考えている人は多いだろう。
ところが進化については必ずしもそうとは言えない。
むしろ強すぎると生き残るのに不利になるような気がする。
(以下は生物学的な考察ではなく感覚的な感想に過ぎないのだけれど)

我が世の春を謳歌した恐竜は
6,500万年前の隕石衝突がきっかけとなって
一瞬のうちに絶滅したとされる。
(地球がその時々に全生命体に与える究極の試練、全球凍結や灼熱地獄などを経験した生命はその度に劇的な進化を遂げた。試練は機会となることを胸に刻んでおくとつらいことがあってもむしろ励みになるはず)

そんななかで生き残ったのは
強者の陰に隠れて細々と生きていた哺乳類の祖先だった。

強すぎるとどんな弊害があるのか?
環境に適応して勢力を伸ばす(増やす)ことになる。
これは間違いないだろう。

ところが環境の変化が起こり
生態系の変化が起こる。
生態系は連鎖しているので
頂点に立つ種への影響は計り知れない。

企業経営にも当てはまる。
あまりに我が世の春を謳歌している企業は
ビジネスの革新は自分の首を絞めることになりかねない。
(つまり収益の要となっている自社の主力事業を自社の新規事業が浸食していく)

ビジネスモデルの革新は
潜在的な需要を喚起するとともに
それまでの支配(競争)のルールを書き換えてしまう。
強みの源泉となっていたことが変化への障壁となって
ビジネスが成立する世界観が崩れてしまう。
強者の企業が強みを磨きつつも
多角化や複合化に走るのは革新への怖れからだ。

人類の場合、ぼくにとって謎であったことは
ネアンデルタールと現代人(ホモ・サピエンス)との関係である。

古い教科書には、ネアンデルタール人は現代人につながる旧人と記されていたが
いまでは紛れもない現代人として「ホモ」の冠称を付けて
「ホモ・ネアンデルターレンシス」ともいう。

ネアンデルタール人は、体格に優れ、脳の容積も
当時のクロマニョン人と比べても大きかった。
色白で褐色の髪をしていたとされ
スーツを着ていまの東京を歩いていても
誰も振り返ることはないだろう。

それなのに絶滅してしまった。
もっとも近い種族として
同じ地球上で試練や豊かさを分かち合った親しい仲間として
ネアンデルタール人への哀愁と感謝を込めて
ぼくは生きている(おおげさではなくそう思っている)。

おさらいだが
ネアンデルタール人は異なる人類である。
白人と黒人は随分見かけが違うので別の種類の人類のように見えるが
同じホモ・サピエンスである。
(70億人がほとんど同じDNAを持つということは、ホモ・サピエンスが小さな集団から再出発したことを意味している)
ところが、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは
遺伝子の配列が異なる。
もしかして見た目の違いは
同じホモ・サピエンスの白人と黒人の差が
異なるヒト属である現世ヨーロッパ人(ホモ・サピエンス)と
ネアンデルタール人のそれよりも大きいかもしれない。

ネアンデルタール人はホモ・サピエンスとの生存競争に敗れたともいえる。
それはなぜか?
数年前のぼくは、言語能力の差があったこと。
世代交代につれて生存を左右する知恵の蓄積と
それを共有する能力の優劣につながったという説を信じていた。
(わずかな骨格の差から発音の明瞭さが異なるのではないかとの推測による)

もしネアンデルタール人がいまも生きていたなら
大相撲の横綱はすべてモンゴル人ではなく
ネアンデルタール人になっていたかもしれず
脳の容積は知性に比例するのであれば
ノーベル賞の受賞率はホモ・サピエンスより高かったのではないか。

当然、異なる人類同士なので争いは起こったはず。
(同じ人類同士でも争いはあったはずなので)
その際に1対1での戦闘は体力で勝る彼らが上だっただろう。

しかしここでも強者は生存につながらなかった。
約3万年前(諸説あるが)に絶滅してしまった。
ぼくにはネアンデルタール人が文化や芸術の素養を持ち
むしろ争いを避けたのではないかと思えて仕方がない。

ネアンデルタール人は魅力的であったのではないか。
それは科学的な検証を得て復元されたネアンデルタール人の顔から想像する。
ぼくがクロマニョン人だったなら
ネアンデルタール人の女性に惹かれていたような気がする。
ネアンデルタール人のなかにも
ホモ・サピエンスの異性に惹かれる場面があったのではないか。

そう思っていたら
数年前に衝撃的な本が出版された。
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は混血していた、
現代人のなかにネアンデルタール人のDNAが生きているというのだ。

混血で獲得したDNAは特定の病気に罹りやすいデメリットをもたらしたが
それ以上に利点ももたらした。
異なる種族で受けつがれた遺伝子がもたらす多様性が
種の保存に有利に働いたのではないか。

ぼくが言いたいのは
現代に生きるホモ・サピエンスの画一的な生き方に危うさを感じるということ。
(みんなが同じものを良いと思って同一性を極限まで推し進めていく生き方)
言い換えれば、絶滅に向けて束の間の繁栄を謳歌しているようにも見える。

諸行無常、万物流転などの仏教の考え方や
生物多様性の価値や意義という生態系の視点に立てば
一人ひとりどのように生きていくかを自分で考えて
忖度とかSNSへの依存などではなく
自分のモノサシで生きていくことが何より必要なのではないか。

感情の動きをかたちにした非言語的な表現(芸術)をネアンデルタール人は持っていた。
一方で言語を道具に知識や知恵を体系化して承継していったホモ・サピエンス。
ホモ・サピエンスの社会で生きていくという現実を見据えながらも
ネアンデルタール人のような生き方や思いに共感しながら生きていきたい。

NHKで全3回シリーズで始まったNHKスペシャル「人類誕生」。
http://www.nhk.or.jp/special/jinrui/
今回はCGでの動きに最新かつ細心の技術や感性を取り入れている。
アルディピテクス・ラミダス猿人の動きは出色であった。
次回(5/13)は「そしてヒトが生き残った」。
(いよいよネアンデルタール人が登場する。ホモ・サピエンスとの関係はどのように描かれるか楽しみ)

およそ20万年前に生まれたホモ・サピエンスは、アフリカを旅立ち中東へと足を踏み入れた。そこで待っていたのは、別種の人類ネアンデルタール人との出会い。彼らとの混血で獲得した遺伝子が、私たちの進化に大きく貢献したことが分かってきた。
しかし、出会いからわずか1万年ほどでネアンデルタール人は絶滅。なぜ私たちの祖先だけが生き残ったのか? カギを握っていたのは、ホモ・サピエンスの「弱さ」とそれを補うために進化させた「協力」だった。(番組紹介文から)


ライバルと比べて圧倒的に不利な状況や乏しい経営資源だったからこそ
大きな飛翔ができた。
それを企業経営やプロジェクトで描いたのが
プロジェクトXであった。
弱いからこそ、道を模索する。
そこに人類の繁栄につながる大切な行動があったとしたら
現代の人類の生き方はその方向から逸れている。
ネアンデルタール人がかつての友朋に警鐘を鳴らしているように思えてならない。

人類の起源と進化については
年々新たな事実が書き加え(書き換え)られているのだ。
https://amzn.to/2HpiPYC

posted by 平井 吉信 at 20:18| Comment(0) | 生きる