2018年10月16日

冷え冷えとした宇宙空間に浮かぶ それは藍染めの贈り物


石井孝明さま ← 平井吉信

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こんばんは、出張から戻りました。
お届け物(お預かりもの)を拝見しました。

藍染めはその移ろいゆくはかなさとそれゆえの強さの両面があるよね。
そして前者の表現が藍を使っての花鳥風月の表現だよね。
ところが、これは花鳥風月を飛び越えて無機的な宇宙空間に出てしまった。
(それまでは月や星を描いてもそれは地上人の視点だった)
でも、宇宙に出てもやはり手仕事の温もりがこの無機質な空間に
エーテルのような物質感を与えているね。

ぼくは技法はわからないけど
片方から恒星系からの光を受けた連星もしくは惑星と衛星(月)が
冷え冷えとした空間に浮かんでいる。
この冴え冴えとした藍の色は花鳥風月を映していた存在とは思えない。
しかも宇宙空間には揺らぎがある。
銀河のような表現と藍のぞっとする冷たい深み、色の深沈とした沈み込み…。
南部陽一郎が言っていた「自発的対称性の破れ」の結果だね。

手元に置いておいて返したくないぐらい。
宇宙を題材にしながらも見つめているのは人のこころ。
サー・エイドリアン・ボールトの指揮する「惑星」の滋味(5回目のロンドン響との録音)。
言い換えれば、星も生き物も素粒子の組み合わせだけど共鳴するものがあるんだろう。
「いい作品」とひとことで片づけたくない深みがあるよ。

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それは帰宅した玄関に置かれていたもの。
一目で藍染め職人(作家)の石井孝明君からとわかった。
見たままの心の動きをさっそくメールで送ったところ。

見せてくれていると思っていたら、彼からの贈り物という。
生きていく力が湧いてくるよ。


追記

彼(石井孝明)に作品を依頼したい人は
ぼく(平井吉信)に相談してくれたらつないでみる。
(売り物じゃないから、って言われるかもしれないけど)
でも、最近は篠原ともえとも協働しているから。
https://lineblog.me/shinoharatomoe/archives/67146721.html
posted by 平井 吉信 at 22:17| Comment(0) | 生きる

2018年09月09日

災害対策の第一歩は情報の入手と初動の対応

台風の影響で関空が使えないことを知ったのは翌日の新聞だった。
北海道で震度7の地震があったことを知ったのは
その日の夜(地震発生後約16時間経過)。
これが起こらなかった時間へ戻すことはできない人生の無常。
(お悔やみを文字にしても何もならない)
今回のできごとから、
何が起こったかを迅速に知ることができていないと気付いた。

続く
posted by 平井 吉信 at 18:54| Comment(0) | 生きる

西日本洪水 防災から減災―総合治水へ

川のフォーラムを開いたのは1994年のこと。
ジャーナリストの筑紫哲也さん、本田勝さん、
俳優の近藤正臣さんらをお招きして
800人ほどを集めたイベントだった。

そのときのパネリストの一人が新潟大学教授の大熊孝先生。
確かご先祖のお墓が香川におありになるとかで墓参りを兼ねてお越しいただいたと記憶している。
大熊先生は川の本質をたった数行で看破されている。
「川とは、地球における物質循環の重要な担い手であるとともに、人間にとって身近な自然で、恵みと災害という矛盾の中に、ゆっくりと時間をかけて、地域文化を育んできた存在である」。

この言葉のなかに武田信玄、黒田如水、野中兼山の時代から育まれてきた考え方があり、
22世紀を見据えて私たちがよりどころとする技術思想が含まれている。


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今回の洪水を受けて地元新聞にもっと治水対策に予算をという趣旨の投書があった。
結論からいうと、お金をかければ解決する問題ではない。
(むしろ被害を増大させる怖れがある)
投書された方はムダな金を政府が使っているのに
ほんとうに必要なところにかけようとの憤慨からだろうと推察する。

肱川が氾濫した大洲ではダムを管理している事務所の説明で
「ダムを撤去せよ」の発言に拍手が起こったと聞いている。

ダムは矛盾だらけである。
・水を溜めなければ利水にならないが、貯めると洪水調整が難しくなる(多目的ダムの場合)。
・ダムがなければ上流から流れ込む水量がそのまま下流へ流れていくが、ダムの放流操作によって上流からの流入以上の水を下流へ流すことがある。つまりダムが洪水を引き起こす恐れ(今回の大洲がそうであったのでは? ただし現場の責任を問うのは別の問題)。
・仮に治水機能があったとしても堆砂によりダムは年々寿命に近づく。ダムが砂で埋まればもはやダムとしての機能は果たさず生態系の墓場が遺されるだけ。
・経済合理性からも一定期間のB/C(費用対効果)ではその設置が是とされる場合はほとんどない。

ダムができればちょっとした洪水(被害が出ない程度)を調節できるので
河原に水がかぶらなくなり草が生える。
このことは一見自然が豊かになったように見えるが実が逆で
河原という生態系が破壊されている。
また草や木は流れの阻害要因となって洪水時には水位を上げる要因となる。

近代の治水は、川を連続堤防で仕切って(あるいはかさ上げして)
川をまっすぐにして
上流に降った雨を一刻も早く海へ流そうとするもの。
温暖化に伴うゲリラ豪雨の危険が増大するなかで
水のピークを高める治水が仇となって
一気に水が出るので越流、破堤しやすくなり
その際のリスクを高めることにつながっている。
わかりやすくいえば、治水を行うほど生命の危険が増しているということ。

さらに物質の循環(山のミネラルや土砂)を遮断することで
生態系が元に戻すことのできない被害を受ける。
(漁獲高が減少するというのは目に見えるごく一部の事件に過ぎない)
腹立たしいのは誰も責任を取らないし
それを回復させる手段(選択肢)がほとんどないことだ。

山の治水力を高めることを基本に
(山の保水力は洪水に無関係との一部の学者の見解もあるが、各地の山林家はそうではないという)
あふれても被害が少なくて済むよう、
水を遊ばせる(意図的にあふれさせる)場所を設定するなどして
洪水が起きても致命的な被害が起こらないようにする総合治水の考え方が提唱されているが
現場までは浸透しているとは言いがたい。

さらに、郊外の宅地化で氾濫原だった場所を
従来のように遊水地として機能させることが難しくなった。
その一方で人口が減少しているので空き家が増えている。
治水は現在も複雑な要素(都市計画や市町村マスタープラン、私有財産や住む権利など)が絡み合う。
しかし総合治水により減災というソフトを高めていくしか方策はない。

追記

参考書として2018年に良書が刊行された。
「河川工学者三代は川をどのように見てきたのか」(篠原修著)

市民の目線に立つ科学者としての大熊孝先生の河川観が導かれるまでの
河川工学に取り組んだ学者(実践者)の人間像を探りつつ土木史の流れを抽出。
そして河川工学から川と人の関係性を見据える未来への問題提起で締めくくられている。
大熊先生とは親しい内山節さんの推薦文が帯に掲載されている。
「川のあり方からこれからの社会を考える絶好のテキスト」

大熊先生の人なつっこい笑顔で宴の場での愉しげな時間が思い出させる。
その一方で厳しい場面に自ら名乗りを挙げて
学問と実践から導いた根拠で一歩も引くことはない。
その根底にあるのは大熊河川観といいたい哲学的な思想。
川を治めるのは為政者ではなく住民の自治によるもの。
(大熊先生がいらっしゃらなければ、この国はどうなっていくだろうと思う一人)

もう一度、大熊孝さんの言葉で締めくくる。
「川とは、地球における物質循環の重要な担い手であるとともに、人にとって身近な自然で、恵みと災害という矛盾のなかに、ゆっくりと時間をかけて、地域文化を育んできた存在である」
計画による百年の計が重要である。
(建設省、国土交通省の関係者のなかにも勇気を持って総合治水、流域治水に言及、実践された方がいらっしゃる)

川が洪水であふれることを前提に
人々の生活設計(少なくとも生命は守る)、地域づくりを行うべき。
行政担当者の理解と熱意を前提に住民ももっと勉強して
線状降水帯多発時代の川の考え方(生き方)を考えてみよう。


posted by 平井 吉信 at 13:18| Comment(0) | 生きる

2018年09月02日

再訪 とりの巣カフェ 森のカフェは冨美さんと地域の夢を乗せて3年目


池田I.Cを降りて約半時間、カフェに辿り着いた。
見上げると、急傾斜の山あいを天に向かって連なる民家がある。
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向かいの山々は秋が来ると色づく広葉樹の森。
その山裾を縫うように川が流れ、その川がくるりと向きを変えて流れる。
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とりの巣カフェの対岸の森(動画)
https://youtu.be/zdxDWvP6k4g

野鳥の声は絶えることなく―。
そんな場所に木の香りが漂うカフェがある。

徳島・高松方面から池田町を通り吉野川を南下する国道32号線は
吉野川が四国山地の隆起を削るように流れる先行谷という地形。
ラフティングの世界選手権が開かれなかったとしても
ここは日本を代表する渓谷であることは間違いない。
土讃線の特急「南風」に乗車すると列車内のアナウンスがこう告げる。
「左手に見えます川は四国三郎の名で知られる吉野川です。長い年月をかけて水の浸食によってつくられた…(略)土讃線でもっとも景色が美しいところといわれています。小歩危峡を過ぎて鉄橋を渡りますと右手に大歩危峡が見えてきます。トンネルがございますがしばらくご覧ください」
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なかでも高台から見る小歩危峡が美しい。
ところが先の西日本豪雨で山城町(大歩危小歩危がある地区)も大きな影響を受けた。
数年前に訪問したとりの巣カフェでも
カフェに向かう主要道が数週間寸断されていたそうだ。
久しぶりに訪問してオーナーの大久保冨美さんにお話を伺うことにした。
(以下、冨美さん。地元の人は「冨美ちゃん」と呼ぶ)

冨美さんにはずっと温めてきた夢があった。
それは、四国のまんなかの場所に拠点をつくること。
自分が生まれたときから身体に刻み込まれていたもの。
「私にとって、すごい場所。それを来て感じてもらえたら」という。
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カフェに腰を据えると、
大きく空いた窓から伊予川の渓谷と対岸の山が見える。
カフェから自由に出入りできるテラスには野鳥がよくやってくる。
外へ出れば眼下にU字型に蛇行しつつ川が流れる屈曲点の上に立つ。
目を閉じれば森のそよぎがきこえるようで山気が迫ってくる。
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この地に溶け込んでいるのが
地元の木材をふんだんに使った建物。
テーブルには山から切りだした太い木が使われている。
年月を刻んだどっしりとしたたたずまい。
ここに置いたら機械は使えないので
10人以上で抱えて移動するしかないだろう。
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天井を見てもためいきが漏れる。
地元の木がカフェの建物となってこれから先もここに存在していく。
人々の営みを呼吸するように。
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夫の事業が建設業で実家が林業家であることもカフェ成立の要因となっている。
(私は林業はできないけれどと前置きして)
木に囲まれた空間は林業家として父が一代で築いた資産を活かしている。
自分なりに地元の木のすばらしさを伝えたかったから。

森と渓谷、風のそよぎや鳥のさえずり…、
ここの魅力が伝わるには拠点(目的)が必要。
食事ができてゆったりできる場所を描いて
たどりついたのがカフェ。

やりたいと思いながらいつかはやろう、と誰でも思う。
でも、いつかはない―。
冨美さんは50歳で市役所を辞めて挑戦を始めた。
父に材を揃えてもらいながら2年をかけて準備。
その過程で地元のたくさんの方々にも関わっていただいた。
こうして2016年5月31日に待望の「とりの巣カフェ」が誕生。
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オープン時の様子が分かる動画を公開されている
https://www.youtube.com/watch?time_continue=79&v=QR0VRo0FoMU

冨美さんには娘さんがいらっしゃる。
調理の学校を出て自然にここを手伝うようになった。
店のコンセプトを料理でどう再現するかは直前まで試行錯誤を重ねたという。
きっかけは近所のおじさんのひとこと。
「あやかちゃん、カフェができたらパスタが食べたい」って。
ふっと天からの啓示が降りてきたみたいに和風パスタが完成、
オープンの2週間前だったという。
当初考えていたのは田舎料理。
地元の素材を使うことは大切だが
そこにおしゃれ感覚がなければ人は来ないと気付いた。

そして迎えたオープンの日、
百人を越えるお客様が押し寄せて
7人の女性で編成された臨時の厨房チームはてんてこまい。
注文した料理がなかなかやって来ない…。
そうするうちに近所の人が赤飯を持ってきてくれて
ご来店のみなさまに振る舞われた。
(地元が一体となって盛り上げているんですね)

開業前には「こんなところまで来てくれるだろうか」
と不安に押しつぶされそうでした。
いまでは「自分が愉しみながら、ここでいることの目的を伝えていきたい。そんな3年目です」。
独自の工夫を凝らした「とりの巣和風パスタ」はその後人気メニューとなっている。
これからは厨房を担当するあやかさんの思いがこのカフェを成長させていくことになる。
「こんな場所にこんな店がある」。
来た人にそう思ってもらえたらいい。
冨美さんもあやかさんもそんな思いで未来を見つめている。
(メニューのいくつかはあとで紹介)

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冨美さんは新たな構想を実行しようとされている。
「調和とやすらぎのユートピアという言葉が浮かびました。ここを学びの場と定義したのです。けれど、当の本人が”何を学ぶのだろう”と考え続けていました」。
と前置きして
「カフェの下に宿泊施設を整備中です(できれば露天風呂も)。四国の真ん中の場所に”訪れの”拠点をつくるイメージで」。
とりの巣カフェにどんな人が集まり、地域の未来をどのように描いていくかが楽しみです。

冨美さん、お時間をいただきましてありがとうございます。
人生を愉しみながら夢を実現させているとりの巣カフェで
時間を忘れて風に吹かれてみるのもいいとご紹介しました。


とりの巣カフェひとくちメモ

公式ウェブサイトから「とりの巣カフェとは」 
http://torinosucafe.com/introduction
(初恋の相手、隣の家の真ちゃんと結婚しました…。そして人生の3番目の夢にかける冨美さんの思いが綴られています)

冨美さんにお話しを伺ったメニュー紹介(一部)

そば米トマトリゾット
夏こそトマトを使ったリゾットはいかがですか?
酸味とコクが食欲をそそります。
ここでは郷土料理のそば米と合わせてみました。
(健康志向を意識していませんが、そばにはさまざまな機能性が報告されています)
そして、軽やかな食感のお麩を添えました。
(この麩は素材にこだわった手焼きで娘の嫁ぎ先の奈良県から送ってもらっています)
オリーブオイルと塩の風味でガーリックトースト風。
この食感、味わってみませんか。
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とりの巣和風パスタ
パスタも食べたいけど、うどんも食べたい方におすすめ。
かつおと昆布で出汁をていねいにとってありますので
スープのように飲んでいただけます。
地元の「星降る高原」で採れた肉厚のしいたけは
ステーキにしても美味しいもの。
ベーコンを炒めて仕上げに温泉卵をトッピングして鳥の巣をイメージ。
開店当初から一番人気のメニューです。

阿波シカドライカレー
タマネギ、ニンジン、ゴボウ、レンコン、シイタケ、生姜、ニンニク…。
根菜をオリーブオイルで炒めてトマトを煮込み、
地元で採れた新鮮な鹿肉と19種類のスパイスを調合して
この風味に仕上げました。
「日本のジビエを味わうグルメな旅と極上の店」(双葉社)で紹介されました。

アクセスメモ
ナビでガイドすると新宮I.Cからを案内される場合がありますが、
山道に不慣れな方は池田I.Cで降りることをおすすめします。
そこから半時間ぐらい。
国道32号線から分かれて10分ぐらいでカフェに到着します。
その道も狭くなく快適に通れます。
愛媛・高知方面からで山道に慣れた方は新宮I.Cでもいいでしょう。
降りてすぐの霧の森菓子工房で「霧の森大福」を買うこともできます。

冨美さんのひそかな愉しみ
この窓から向かいの山越しに満月が昇るそうです。
そこでテラスに出て、鳥の羽のかたちのスピーカーを外に持ち出して
「ムーンリバー」をかけてうっとりしています。
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「葉音」と名付けられたこのスピーカー、お店で販売先を紹介してもらえます。
振動を木でできた羽根から発音する無指向性のスピーカーです。
雰囲気が掴めるよう動画にしてみました。
https://youtu.be/7LfdFYpTa20

音楽家が集まる
とりの巣カフェに村上 “ポンタ” 秀一さんが来てくださったとか。
冨美さんは最初ポンタさんのことを知らなかったそうですが
日本を代表するプロのセッションドラマー、スタジオミュージシャンです。
音楽の企画する人が当店のWebサイトを見て連絡を取られました。
ふんだんに木を使っていてやさしく艶やかな響きがあって
屋根と床が並行でないのでフラッターエコーが発生せず
空気が澄んでいて6等星が見えて
川を見下ろす高台の上にあって…。
2018年10月13日にはポンタさんが再来されます。
ポンタさんは生の音楽を聴かせてあげたいと全国を回っているそうで
カフェでの再開が楽しみです。
これまでにハープのコンサートをはじめ音楽家の方々が口コミで
ミニコンサートを開きたいと来訪されているようです。

往年の名機 ビクターSX−3
ドイツの針葉樹をすき込んだクルトミュラー社の25センチウーファーと
シルクのソフトドームトゥイーターの白木の2ウェイスピーカーは
ビクターが1970年代に売り出したベストセラーのスピーカー。
とりの巣カフェの毎日の音楽はこのスピーカーが奏でている。
(↓個人的な追想)
初めてのデートで入った喫茶店で
SX-3が艶やかな音が流れていたのを憧れを持って聴いていた。
オトナになってその系譜のSX-V1を購入。
(マホガニー無垢のキャビネットに13センチのクルトミュラーのウーファとソフトドームをアレンジしたもの)
その後、いま使っているクリプトンのKX-1も17センチ口径のクルトミュラーコーンを使用。
人生の最初でつながったものはその後も縁があるもの。
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posted by 平井 吉信 at 18:17| Comment(0) | 生きる

2018年08月17日

再訪 ビルトンフラワーデザイン 夢を現実へと生きている 


久しぶりに訪れたナガヤ。
ここは徳島市沖浜の表通りから入った住宅地の一角。
小さなお店などが集まっている。
http://nagayaproject.com/

久しぶりにBiltonFlowerDesignのビルトン育代さんを尋ねてみた。
店内兼作業場はところ狭しと
誰かの部屋、どこかの場所で人々の目に触れられるのを待っている花たち。
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小さな店をひらいてそこから世界を見ている。
自分で見つけた生き方を自分なりに生ききってみる。
彼女のビジネスは2018年から動き出した。

https://www.biltonflowerdesign.com/
posted by 平井 吉信 at 23:38| Comment(0) | 生きる

効率主義の社会でこぼれる夢を拾っていきたい―。よろず修理屋、夫婦ではじめました


「音の鳴らなくなったCDラジオプレーヤーを持って来られたお客様がありました」。
その人は、ぼくに静かに語り掛けます。

ことの顛末はこうです。
ここは開業したばかりのよろず修理を行う作業所です。
まだ世間に知られていないし
経営者が器用な人ではなさそうで、それほど繁盛しているように見えません。

ある日、店の電話が鳴りました。
「すみません、古いCDラジオがあるのですが、そちらで修理していただけますか?」
声の主は40歳前後の女性でしょうか。
当店のことを口コミで知った方かもしれません。
「どこへ行っても修理してもらえないんです」と
消え入るような声の調子。
一度見せていただけたら直る可能性があるかどうかがわかります、と店主。
声の主はさらに続けます。
「この子をもう一度鳴らしたいのです」。

(ここからは店主を主語に一人称で)
しばらくしてお店にいらっしゃった女性が持ってきたのは
ソニーが通販専用ブランドでつくっていた商品のようです。
私はさっそく見てみました。

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調べてみるとピックアップ(CD信号の読み取りを行うレンズとその駆動装置)が寿命のよう。
古い機種なので交換部品もすでにありません。
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しかしこの時点で諦めることはありません。
メーカーに部品はなくなっていても
どこかで細々と同じ仕様のものが作られていたり
秋葉原の部品店で在庫があったりするものです。
そこでインターネット検索をするうち
ピックアップの製造元と品番らしきものが判明。

消耗部品のコンデンサーもチェックをしましたが、
(たいがいはコンデンサーの液漏れなど寿命を迎えていることが多いのです)
意外なことに電気的な劣化は見られません。

部品を取り寄せてさっそく組み込んで見ます。
すんなりと音が出ました。
しかし修理完了ではありません。
長い間通電していなかった機械は動作が不安定で
しばらく鳴らしながら様子を見る必要があります。

数日鳴らしているうち、
修理直後は不安定だった読みこみが落ち着いてきて
音飛びしていた箇所で飛ばなくなりました。
もともとのこの機種の特性でしょうか、
ピックアップの感度が高すぎるのも原因かもしれません。
動作を見ていて私は気付きました。
CDを押さえながら回転させるストッパーの滑りにくさも一因ではないかと。
そこで潤滑剤のシリコンを回転部に施してみました。

こうして一週間ほど鳴らすうち再生音が安定しました。
私は修理完了の電話を入れ、
「できればご自身が聞きこんだCDを持ってきてください」とお伝えしました。

しばらくしてご夫婦で引き取りに見えられました。
沈黙していたCDラジオからなめらかに音楽が流れたときの
おふたりの表情は忘れられないものでした。
「まさかこれが直るとは!」
同行のご主人も驚いていました。
奥様はその様子を見て満足そうでした。
ご夫婦は礼を言って帰られました。

それから一週間して電話を入れてみました。
当店では修理後に動作を確認するため
一度だけお電話を入れています。
電話に出られた奥様のお声は弾んでいました。
私たち夫婦もその様子を聞いてうれしくなりました。
(一人称はここまで。ここからは平井が代わります)

ぼくの想像ですが
あのCDプレーヤーはご夫婦にとって大切なものだったのでしょう。
若い頃、ふたりで耳を傾けた音楽を奏でていたのかもしれません。
社会の片隅で大切にしている時間と物語があり、
それを紡ぐ人がいるのです。
なんでも修理する仕事、よろず修理屋。
でもご主人は照れながらぽつりと言いました。
「これでは飯は食えない」(笑)。

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照れ屋のご主人とそれを支える奥様が
今年の春に創業したよろず修理屋のお店を紹介しました。
(サングラスをして強面風ですが、実はやさしく誠実なご主人です)
(修理中の写真は福島ご夫妻の提供)

よろずや修理屋 ADLiB:https://www.facebook.com/yorozuyaadlib/
電送専門サービス ADLiB:https://adlibz.jimdo.com/
ADLiB Hiroko :https://www.facebook.com/adlib.hiroko/?ref=py_c
所在地:徳島市南沖洲1-1-15
福島照男・宏子 
posted by 平井 吉信 at 23:23| Comment(4) | 生きる

2018年08月09日

沖縄のこころ

自分たちのことは自分たちで決めたい。
それが「住む」ことの原点だろう。
それに寄り添うのが政治や行政。

2000年に住民投票に辿り着いた徳島はそのことを率先して実践してきた土地である。
自分で決めることとは自分に都合の良いルールを一方的に押し出す(地域エゴ)ことにはならないと信じている。人間に生来備わっている利他の精神が働くはずだから。

沖縄は国防上重要な拠点であり琉球王朝の頃から東アジアの交流拠点。
翁長知事のご逝去によって基地問題への関心が高まっている。
どのような外交理念があるかその実現のための外交方針、戦略への落とし込みがあり
沖縄の米軍基地をどうするかはその後の論点と思う。
基地が経済活動(利権)と結びつくのであれば
それに変わる持続的な経済活動に取り組めば良い。
不可逆的な生態系改変と事故の絶えない安全面での不安、
基地依存の経済ゆえの脆弱性、依存性を考えれば
基地は地元にとってリスク要因ではないのだろうか。

東アジアの近隣諸国との良好な関係と環太平洋の友好関係のあるべき姿を考えれば
国防戦略の方針を見つめることが先ではないか。
地元の人が決めたことを、国はその意思決定を尊重して支えていく。
それが地域の連なりからなる地域主権の連携体、日本という姿でありたい。

きょうは長崎原爆の日でもある。
核廃絶に背を向ける政府は戦争による唯一の被爆国という皮肉。
なぜ、世界をリードしていこうとしないのか?
今年も田上市長の長崎平和宣言がうたわれた。http://www.city.nagasaki.lg.jp/heiwa/3020000/3020300/p031606_d/fil/japanese.pdf

権力を持つ者を選ぶのは国民である。
まず国民が意識を持ってどんな未来にしたいかを描きできることから行動することだろう。
翁長知事をはじめ、歴代の知事が温めてきた「沖縄のこころ」に未来の日本の進む道があるように思う。https://ryukyushimpo.jp/news/entry-744820.htmlDSFT6274.jpg

8.11追記
沖縄の将来像として日本から独立して独自の三権(ゆいまーる憲法とでも名付けてみては?)を持つことができればすばらしい。
東アジア、東南アジアのハブ機能として
イスラム圏を含めてどの国とも友好関係を持ちアジアにおけるスイスのような役割を果たす。
そこには世界的にも希有な海、風土、食を求めて人々が集まる。
このような永世中立の姿勢には米軍基地は似つかわしくない。
本土に移転するか廃止するかである。
日本も外交政策の転換を求められるだろう。
独立後の沖縄は日本と連邦国家として日常的にはこれまでとなんら変わることはない。
日本にとっても沖縄を介して非公式な打診を行ったり実験的な試みが可能となるなど利点は大きい。
基地の広大な跡地が活性化の種地となる。
一部は自然に復元しつつそのプロジェクトそのものが見学(ツーリズム)の対象にもなる。
世界でもっとも進んだ自治を日本と連携して進めていく沖縄の姿をぜひ見たい。
posted by 平井 吉信 at 23:49| Comment(0) | 生きる