2018年10月13日

夕暮れのとくしま植物園 秋桜と秋の桜


急に冷え込んできた。
ジョージ・ウィンストンのCDを寝る前にかけながら
ふとんに入るのがなつかしいような。

立て込んでいた仕事と家事を片づけて
夕方から出かけてみた。
とはいえ到着したらもう太陽は山の端に。

公園は山の丘陵にあるので山を登っていく感じ。
コスモスが咲いていた。
もう陽光はないのでどの花にも光がやわらかくまわっている。

咲いている花に虫が寄ってくる。
まだコガネムシがいるとは。
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コスモスは秋桜と書く
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ところが秋に桜が咲いていた。
(この木は春にも咲いていたはず)
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薄明を感じて見上げると
西の空に三日月(昔の人は眉のような月といった)
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遠き山に日は落ちて
秋桜も深沈と眠る時刻がやってきた
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丘の上はひっそりと
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そこから見える動物園は夜の時間帯での観覧があるようだ。
動物園を植物園から眺める秋の夕暮れ。
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ふと、中津川の栗きんとん、栗粉餅が食べたくなった。
どこのを買えばいいのかな 岐阜の人おしえて。

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タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 23:28| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年10月01日

増水の小歩危渓谷 空色の水はタイムマシーンに乗って

四国山地が隆起するのに負けじとばかり川は北上していく。
ところが中央構造線にぶつかってくるりと東流して紀伊水道へと注ぐ。
不器用だけどひたむきな吉野川の「生き方」は好きである。

吉野川を源流から河口まで見ていくと
見どころが多すぎて数日ではとても足りない。
そのなかにどれだけ「日本一」が転がっているかご存知だろうか?

ラフティングではこの先行谷の地形に光が当たった。
吉野川でもっとも美しいのは小歩危峡である。
この日は水が増水して透明度がない。
川が緑色をしているのは濁っているからである。
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徳島県人ならご存知の徳バスのサンデーツアーの告知番組、
確か平日の17時45分から5分枠で流れた番組。
鳴門の渦潮から吉野川の鮎戸の瀬、小歩危峡が流れる場面がある。
そのときの川の色は空色だった。

早明浦ダムができたのは昭和50年だった。
期待された洪水調節は果たせず、
利水においても渇水が発生するなど役割は果たせなかった。
その後の吉野川の長期的な濁りをもたらした。
ダムが築かれた大川村では村の共同体が崩壊した。
(村の元教育長をされていた方に直接話を伺った)
さらに小歩危ダムの計画まであったという。
ダムは、人間の良心の墓場である。

徳島バスのローカル番組はダムができる前に撮影されたと思われる映像である。
どなたかあの頃の映像を動画に掲載してもらえないだろうか。
水の色に驚かれるだろう。
流れが早い渓谷で水底が見えるとはどういう景色なのか。
規模がまったく違うが
それを彷彿させるのは吉野川の源流(白猪谷)である。
(このブログでも写真で紹介している)
番組中に流れていたBGM(You do something to meのムードオーケストラ版)もなつかしい。
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在りし日の小歩危峡には程遠いが、それでも吉野川は不平を言わずに流れていく。


タグ:吉野川 2018
posted by 平井 吉信 at 21:56| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年09月30日

秋の黒沢湿原 森のキノコとススキとツマグロヒョウモン 湿原の最後に白が舞う


山野草がいっせいに芽吹いて山ツツジに彩られる4月、
新緑の5月、
トキソウやランの仲間が成長する6月、
コオニユリ、キキョウ、サギソウ、ハンカイソウが乱舞する
7月から8月は特に愉しい季節。

でも秋の湿原にはまだ来たことがなかった。
キキョウは残っているかな? 
でももう花の咲く山野草はないだろう、と思っていたから。

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ススキが目に飛び込んできた。仲秋の名月は終わったばかり。

首をもたげているキセルアザミ
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クルクルねじれるネジバナ
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蜘蛛の巣は森が身に付けたネックレス
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ツマグロヒョウモン(♀)
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ツマグロヒョウモンとキセルアザミ(♂)
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湿原の池が見えてきた
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ヒツジグサがまだ咲いている
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池から離れて畔を歩いていると林間にキノコが続々と
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いかついシロオニタケ
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シロソウメンタケ
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色違いのようなベニナギナタダケ
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松尾温泉へと続く下り道にある滝
ここで引き返す
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湿原の秋の気配が部分的に色づけをしたかのようにあらわれる
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最後に見たのはまだ咲いていたサギソウ
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秋の湿原に別れを告げる白の乱舞を見送る。


タグ:2018 黒沢湿原
posted by 平井 吉信 at 22:17| Comment(0) | 山、川、海、山野草

天然のプールから子どもの姿が消えて


まちの近くの川を少しだけ川底をプールのように掘り下げて
人間の子どもが使いやすいように変えてみた。
(もちろん生態系には何の影響も与えていない)

田んぼの向こうにはパラソルがあって
おとなたちが交替で水遊びする子どもを見守っている。
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そんな映画のような世界があるのが高知県西南部。
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でも、いまは誰もいない。
稲穂と彼岸花が見守っている。
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来年は少し大きくなってここに戻ってくる子どもらを。
タグ:幡多 2018
posted by 平井 吉信 at 21:25| Comment(0) | 山、川、海、山野草

九月の風が追い越していく「夏のクラクション」 


海沿いのカーブを君の白いクーペ 曲がれば夏も終わる ♪
(「夏のクラクション」/稲垣潤一)

もうすぐ10月だけど
彼の声でこの曲を聴くと
手の届くところにあったあの頃が胸を熱くさせる。

稲垣潤一の「思い出のビーチクラブ」と「夏のクラクション」
国道56号線の文字から
何光年彼方の過去が光速度でよみがえるのはなぜ?
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写真は土佐佐賀の展望台から見た太平洋
(X-E2+XF18-55mmF2.8-4 R )
タグ:幡多 2018
posted by 平井 吉信 at 21:07| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年09月24日

大川原高原 初秋の夕暮れの池の畔


遅い時間だったけど
大川原高原の池にやってきた。
太陽は西へ傾いて風がやんだ夕方。
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徳島ではよくみかけるシコクママコナ
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時期は少し早かったが数輪咲いていたアケボノゾウ
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ハナトラノオ。園芸種が持ちこまれたのか
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暮れゆく池の畔で静かにときをつむいでいく。
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posted by 平井 吉信 at 23:36| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年09月17日

台風が過ぎて田井ノ浜を散策する


仕事でこの方面へ来たときに田井ノ浜と田井川周辺を歩いてみた。
台風が過ぎて浜にはゴミや木の枝が打ち上げられている。
そして夏の名残の太陽が照らすこの時間も悪くない。
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田井川を遡って歩く
ハマボウの花の時期は終わっている。
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水は澄んでいる。
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日和佐道を見上げる
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田井川沿いは気持ちが落ち着くいい場所だ。
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左岸から右岸へとくるりとまわって元に戻る。
牟岐線(田井ノ浜臨時駅)と田井ノ浜
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線路の向こうに渚。浜と線路を遮るものがない
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夏草や…ではないけれど
ナツズイセンが夏の日射しをなつかしむ。
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タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 00:00| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年09月15日

仰向けのオニヤンマ 動かないギンヤンマ


子どもの頃の憧れはギンヤンマだった。
空色とさみどり色が視界を横切ると
もうそこにはいない。
また戻ってきて網を振ったとしても捕まえられない。
ギンヤンマは高速移動者なのだ。
それが災いしてか、何かに衝突することもある。
あるいは無事に一生を終えて地面に落ちる個体もある。

このギンヤンマはまだ生きている。
生きているけど動く力を失いかけている。
異変を感じて観察すると頭が上を向いている。
衝突事故かもしれない。
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大きなトンボといえばオニヤンマ。
オニヤンマはギンヤンマと比べるとややおっとりしている。
とはいえ、こちらも捕まえるのは難しい。
ただ、飛び交うものを追いかける習性がある。

目の前にいるのは死んだオニヤンマ。
この個体は寿命をまっとうしたようだ。
生きている躍動感、存在感はいまも感じられる。
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豪雨に遭遇し地震に見舞われる人も同じ。
生と死は隣り合わせの無常感。

温暖化による異常気象が「日常」となり
地震活動が活発な地球になった。
その現実を直視して生きていく。
(できることはある)

流行に惑わされることなく時流に流されることなく
自分がやらなくていいことは捨てていく。
(選択肢を絞りこんでいくと可能性が広がっていく)

そして人はやりたいことをやりきることができる。
人にとって誰かを助けるのは本能(利他のDNA)であり
したたかに生きていくのも本能である。
生きることの覚悟ができたら悲壮感はない。
生きることの愉悦も感じられるから。

タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 12:08| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年09月04日

日和佐川から内妻川 松坂隧道をくぐって大里で休む


徳島県南部で有名とはいえない場所を訪ねてみようという趣旨。
いま書きかけている長文の文章とも関係があって
それを書いているうち、まだ見ぬ川が見たくなったというのが理由。

その川の名は内妻川。
八坂八浜の内妻海岸はサーフィンの聖地だけど
渚の南端に流れ込む流れに癒されるという声がある。
海にたどりつく前にコバルトブルーの淵をつくるからで。

その内妻川ってどんな川だろう。
日本ひろしといえども内妻川を目当てに来る人はいない。
ぼくだってそれだけを見に行くのではない。
ほかに立ち寄りたいところをつづれ織りにしてみた。

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まずは日和佐川。
夏休みともなれば、学校を卒業した若者たちが
大きな岩によじ登ってそこから眼下の淵へ飛び込む。
その場所は観光客にはほとんど知られていないし標識もない。
(それでいいと思う)
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河畔林にたたずむ民家をすり抜けて河原へ降りられる岩がある。
その岩に立って河原を見下ろす光景がここ。
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山あいの里の川は身近な流れだけど清冽という二律背反、それが日和佐川
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大きな岩があって左手に沢が滝となって流れ込む。
水中にはアユ、オイカワ、ウグイ、カワムツ、モクズガニ、テナガエビ、ウナギなどがいるのだろう。

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誰がこんな庭園を設計したのか―。
対岸の沢は人家のない山から下りてくる。
おそらく水は飲めるほどだけど、冷たい。
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(主役のような扱いになってしまったけど)
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名残惜しくもあるが車に戻って南下する。
内妻海岸にはきょうもサーファーが集まっている。
海岸をまっすぐに行かずに信号を右折すると
旧道(国道55号線)がある。
旧道を行ってすぐに右折して川を遡っていく。
この小さな川が内妻川といってきょうの主役である。
内妻海岸から遡るという先入観があったが
道をみれば牟岐町のまちなかからが意外に近い。
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流れは浅いけれど里山の光景となって溶け込んでいる。
内妻川に沿った集落はとても居心地の良い住まいのように見えた。
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この近くには誰のためにつくられたか清潔な東屋がある。
そこにイスを持ちこんで長文を書くもととなった専門書をひもといてみる。

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日陰に川面を渡る風が身体を包み込む。
エアコンでは味わえない心地よさ。
河川土木の専門書でありながらおもしろくてぐんぐん引き込まれる。

夏の終わりを告げる水辺で
本を膝に置いてうたた寝している。

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名残惜しくもあるが車に戻って南下する。

旧道を南下すると国道55号に出られるが
その途中にこんなトンネルがある。
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国指定の登録有形文化財、松坂隧道。
大正10年の施工でアーチ式。
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails.asp

続いて海部川河口に広がる白砂青松、大里松原へ。
ここも地元の人が散策するだけ。
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けれど冬の大里松原は防風林が北西の風を遮り
波音を聞きながらひなたぼっこする渚の午後が愛おしい。
この時間のために生きているようなもの。
いまは晩夏だが、渚は抜けるように青い。
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名残惜しくもあるが車に戻って南下する。
きょうの最後の目的地は宍喰。
ここにお届け物をしたら
徳島県最南端の竹ヶ島を見て
名残惜しくもあるが北上する。

そんな一日はいかがですか?
posted by 平井 吉信 at 16:42| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年08月21日

夏の名残のそらを映したみなと 


仕事の合間に海を見に来た。
港はまちの場末にあって
かつてのにぎわいはないけれど
船と水のきらめきが誘っている。
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港のそばにはしおかぜ公園がある。
海風を受けて樹間でたたずめばそれはそれであなたの時間。
ウッドデッキにはネコがたくさんいる。
ネコ好きにはたまらない場所。
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いまはそういう理由で人々が集まる。
特に人を寄せようとしなくても集まる。
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夏の名残の空がそのまま秋へと続いているのだろうか。
タグ:小松島 2018
posted by 平井 吉信 at 23:24| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年08月20日

雨に打たれる純白のユリ いろどり橋と灌頂ヶ滝で


この時期、山に近づくと道路沿いの斜面の至るところで目にするユリがある。
テッポウユリ(日本固有種)かタカサゴユリ(外来種)かの区別はつかないけれど
林間で純白のユリが光を透かしてぽっとたたずんでいたり
雨に打たれて滴を宿していたりすると
そこに見る人の気持ちが入っていく。

いろどり橋が開通後、雨が降った日に見に行った。
月ヶ谷温泉前の勝浦川は増水していて木橋を渡るのはためらわれるほど。
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いろどり橋へと続く歩道の脇でテッポウユリを見た。
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続いて灌頂ヶ滝へ。
雨で増水した滝は白い糸を太くして空から落ちてくる。
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滝に近づこうと階段を上がっていくと
コガネムシが雨宿りをしていた。
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滝の周辺で雨に打たれる植物や虫がそこにいるだけで
目に見えないこの世界のすばらしさを感じる。

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posted by 平井 吉信 at 22:03| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年08月17日

勝浦川の夏 飯谷の河原は夏を惜しむ人々で賑わうけれど


勝浦川でもっとも水深があるのは、
徳島市飯谷町の屈曲部ではないだろうか。
東流する勝浦川が岩盤に当たって北流する水衝部(水あたり)の淵。
水深10メートルは確実だろう。
(幼少時、勝浦川を遊び場にしていた父は底が見えないと言っていた)

飯谷小学校の前の河原が道路から容易に入って行けて
河原の収容能力も高いことから海水浴場のような感じ。
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河原のある小学校側は少しずつ深くなっていくが
県道の下は崖となっていて、水によってえぐられた淵となっている。
縦の温度差と曲げられた水の流れが水平方向の反転流や潜り込む流れをつくっていると思われる。
実はこの場所は水難事故多発地点でもある。
(ぼくも中学の頃から何度か遊んだが最深部では底が見えず不気味であった)
それでも川から人を隔離するのではなく
注意深く川を知る体験を積み重ねることが
長い人生で生存確率を高めることにつながると信じている。
(ぼくは親族、親しい知人を川の水難事故で3人亡くしている)
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飯谷潜水橋の上流と下流の瀬では友釣りが行われている。
ぼくも幼い頃、田浦や丈六でどぶ釣りをした。
どぶ釣りとは、毛針を上下させて鮎を釣るもので主に解禁当初の淵での漁法である。

夏の雲、入道雲は見ていて飽きない。
一年でもっとも昼間に空を見上げる季節。
(上向きの視線は夏との契約と思った)

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夏の日射しを照り返しながら川は流れる。


追記
みなさんにお楽しみをひとつ。
なんと河川敷にポストがある(水没する位置ではない)。
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一日一回は回収が行われているようである。
飯谷地区を訪問したらこのポストを見つけるのも楽しみかと。
親しい人への手紙を投函すると
川面を渡る風を感じてもらえるかもしれない。

タグ:2018 勝浦川
posted by 平井 吉信 at 21:00| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年07月28日

いろどり山 ここから未来ヘ続いていく(2018.7.24 いろどり橋完成の日に)


道は長い。
ここからどこまでも
末代までも続いていく最初の踏み跡。

ここはつまものの葉を使った「いろどり」で知られる上勝町。
月ヶ谷温泉の下流に吊り橋ができた。
2018年7月24日、きょうは「いろどり橋」の渡橋式の日。

お招きいただいて特設会場の名前のある席に着座すると
町長をはじめ上勝町関係者、工事関係者、町民、
上勝町の指定金融機関の頭取、役員、
さらに知事、県・町の議会議員が参列している。

知り合いの女性を見かけたので尋ねてみた。
渡橋式で子どもさんがテープカットをして最初に渡っていくのだとか。
そうか、いまは夏休みだった。

神事、祝辞、説明などひととおりの行事が終わると
いよいよ渡り初めとなる。
母親とともに子どもたちが渡っていく。
蓮の葉を持った参列者が橋の着工を祝って渡る。

橋は隙間があり、揺れる。
安全の過保護に慣れきっていると
適度のどきどきが味わえる。
渡り終えると、葉わさびの杉林、桃、桜、かえでなどが
勝浦川沿いの棚田跡に植えられている様子が見学できる。
ここではいろどりの収穫体験もできる産業ツーリズムの役割も担う。

現代版の花咲かじいさんの物語は
人々を無条件に至福の境地にさせる花に囲まれた山のたたずまいがあり、
そこに集まる人々から観光収入が得られる。
「このまちいいね」と、
間近に見る葉っぱビジネス「いろどり」に惹かれて参入者や移住者が出てくる。
ITを活用して誰もが使える公正なしくみで収入を増やす人が出てくる。
そこから間接経済効果が生まれ、町内に新たな店舗やサービスが生まれる。
町の税収の増加は森林の整備にも向けられ、
手つかずになりかけている人工林の山々に
生態系としての価値を蘇らせるとともに、防災上の意義をも与える。
町内ではいたちごっこの無意味な砂防ダムをつくるのではなく、
環境保全型事業や民間投資が増えて地元土木建設業者が生き残る。
そんなまちになるには地元がもっともっと意識を変えて行かなければならない。
誰かの成功を喜び参画して分かち合う。
いまの自分のためではない、百年後の子孫のために。
(それがいまを生きる人々をも資するのだ)

対岸や周辺の山々が
季節ごとの花などの植物と色鮮やかな木々の躍動に包まれて
来訪者の心を躍らせ地元の誇りとなるまでには
まだ半世紀かかるかもしれない。
発案者の横石知二さんのうれしそうな顔と決意がうかがえた。

7月24日以降、一般の人も自由に渡れる(無料)。
温泉や周辺のカフェ、レストランに立ち寄りつつ
いろどり橋から眺める風景に
花でみたされたいろどり山の姿が胸に描けたなら
未来を夢見る人々の志や思いを感じられたら
それはすばらしいことではないだろうか。

追記
いろどり山インターンシップから動画が届けられました
https://www.youtube.com/watch?v=KgDB_8W2sVw&feature=youtu.be

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posted by 平井 吉信 at 14:30| Comment(0) | 山、川、海、山野草

小島の浜(牟岐)の夕暮れ 沢沿いの水辺 山沿いの植物


南阿波サンラインが終点に近づく頃、左へ降りていく道がある。
「モラスコむぎ」という貝の資料館や少年自然の家があり
小島の浜(松が磯)という渚に出られる。
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→ 小島の浜とモラスコむぎ
http://soratoumi2.sblo.jp/article/181212781.html

誰もいない夕凪の渚で波を見ている。
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小島の浜に流れ込む沢がある。
覗き込むと太陽の光が樹木が生い茂って昼なお暗い水面に反射する。
宮沢賢治の「やまなし」を思い出した。
(クラムボンはわらったよ)
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沢の終点は海。海が近づくと周囲が開けてクレソンが自生する水辺。
エビや蟹がこの沢を上っていくんだろうな。
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浜の近くの崖を散策すると
園芸種らしきものもあるけれど
タキユリにホタルブクロ…。
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雑草ではなく生態系として見ているから。

(参考)小島の浜を上空から空撮
http://syouwac.co.jp/publics/index/18/detail=1/b_id=104/r_id=21/
posted by 平井 吉信 at 12:20| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年07月27日

海部川 谷を降りるサ行の風、流れるヤ行の水


高気圧が居座った列島で
ミネラルのような水が見たい人がいるかもしれない。
そう思って海部川へ出かけることにした。

道中、至るところでコオニユリの群生。
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距離が数十キロ離れていても
自生地の環境がまったく違っていても
コオニユリ同士が通信しあっているわけでもないのに
同じ時期に百花繚乱となる。
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やや盛りを過ぎたかもしれないねむの木も河畔のいろどり。
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海部川では支流筋に入る。
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背後に天然のクーラーの風が吹き抜けてくるのは
サササシサシスサ―。
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この沢を降りてくる地形がなせるもの。
滝のそばで体感する「涼」と同じ。

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沢は目の前で合流する。
そこは木陰でもあり
椅子とテーブルを置いて
流れを見ながら食べる。
(弁当を作る時間がなかったので)

食事のあと炭酸水で小休憩。
涼の風、泡をくぐらせる咽、
頭を使わない時間なのに脳のなかが音でない音でみたされる。

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海部川本流をさらに遡っていく。
水は増水気味だが苔の状態はいいようだ。

海部川はダムがないことに加えて河畔林が特徴。
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初夏のユリも愛でつつ
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狭窄部を慎重に降りていく。
こんな色の水が生まれたままの表情で流れている。
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流れる水のヤ行とラ行の音、
燃える薪の語りかける炎、
わき起こるカジカの声の重なり、
新緑の緑の無限の遷移(トーン)、
それらはすべて海部川。
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水の抑揚の刹那はは星夜のまたたきにも似て
ツンツンツイイと海部川、
このミネラルのゆらめきが南四国の白眉だから。

追記
保勢は明治25年に山が崩落して集落を壊滅させた大災害を経験している。
https://www.shikoku-saigai.com/archives/9940
posted by 平井 吉信 at 23:00| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年07月15日

映画の場面、ミュージカルの一幕のような海

海を見ていると
何か絵を見ているような
ミュージカルの場面のような光景に出会うことがある。
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光を反射して白い砂のように見えるが、実はあめ色の光沢を持つ砂浜。
浅い海底を紺碧の光が乱反射して明るく見える渚で
それぞれやろうとしていることが
一連のつづれ織りとなった絵でしょうか。

観光という非日常のなかに日常があり
日常の暮らしのなかに非日常があるということ、
実感していますか?

ここは南紀白浜。
タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 18:41| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年07月11日

あと三日で田井ノ浜臨時駅

台風が近づいているので海は荒れている。
久しぶりに晴れた水平線を
JR牟岐線の線路越しに見ている午後。
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田井川沿いに広がるのはハマボウ。
ここは県内最大の自生地。
背後に広がるは高規格道路。
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カモが陽光に羽根を休めている。
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ハマボウは散ってしまったのか、まだ早いのか少ないけれど
青空を背景に抜いてしまえばトロピカル。
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妖艶なキツネノカミソリやコオニユリの媚態。
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ツユクサの青は日本の夏の色
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さびた線路から境目のない青が零れる
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田井ノ浜臨時駅があと3日で開設される(2018年7月14日)。
7月16日にはあなたも駅長になれるかも?
https://railf.jp/event/2018/07/03/181000.html
posted by 平井 吉信 at 01:05| Comment(0) | 山、川、海、山野草

夏草を洗って流れる


今回の豪雨で徳島は四国の西南部と比べてまだ被害はましだった。
(それでも山城の上名集落などで孤立していると聴いている)
川の水かさは増しているが、それほど濁っていない。
太陽が顔を出せば
あの雨が夢の跡のようにとうとうと流れる桑野川。
夏草の河岸を洗いながら。
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タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 00:26| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年07月05日

きょうも一日遊んでもろた 黒沢湿原の午後

北海道の釧路湿原をカヌーで下ってみたい。
でも徳島にも魅力的な湿原がある。
このブログでたびたび取り上げる黒沢湿原である。

ルートは池田町から南進するルートをおすすめしていたが
このところ工事中となっている(今回も引き返すことになった)。
そこで池田の市街地から吉野川を遡り三縄方面から向かうルートが
初めての人にも通行しやすいようだ。
(湿原への表参道ともいうべき道でなんと路線バスのバス亭までがこのルート上にある)

梅雨の合間のしばしの晴天は家庭では洗濯ものドライ&湿気追放キャンペーンの日。
ひととおりの家事をやっておいて悠々と出かけるのもよし。

湿原に着いた。これからの歩みが生きる力をくれる。
そう思える湿原の奥行きと誘い。
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今頃はトキソウが咲く頃だが今年は開花は早めのよう。
でもまだ見頃には早いようだ。
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湿原の山野草を見つけてはよかったと思う。
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続いて生き物。これまで湿原でヘビを見かけたことは実は一度もなかったのだが
この日は数回見かけた。天候の具合なのかどうなのか?

毛虫は見かけてもあまり近づかない方がいい。
チャドクガの幼虫のように風に乗って毛を飛ばすことがある。
服にまとわりつくと家に帰ってからもやっかいなので要注意。
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湿原の池はトンボの楽園
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ヒョウモンチョウか?
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この黒いバッタ(コオロギ?)は?
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湿原の池を見つつ丘へ上がる
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どこまでも一朶の雲を追いかけて…(坂の上の雲)
この先に展望台がある
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ここから湿原を見下ろす
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風が吹く、のどを潤す、風に吹かれてみる
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池のほとりではスイレン、ヒツジグサ
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池から流れ出す湿原の水をたどる
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水は南へ下っていく。やがて滝となって落ちる
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この先にさらに落差の大きな滝があり、滝の上から写真を撮ることができる

夕方が近くなっても太陽は高い
きょうも半日、湿原に遊んでもろた。
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タグ:2018 黒沢湿原
posted by 平井 吉信 at 00:03| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2018年07月01日

武蔵野が描く世界、空と海が描こうとする四国


キーワード:国木田独歩、渋谷、河骨川、雑木林、薪炭林

武蔵野といえば国木田独歩と出てくるけれど
実際に武蔵野へ行ったこともなければ著書も読んでいなかった。
そこでKindle(アマゾンの電子書籍のプラットフォーム)を見ると
無料でダウンロードできた。
(青空文庫にもある)

短い作品なのですぐに読めた。
まず、知りたかったのは武蔵野の描かれた場所。
次に知りたかったのは武蔵野の情景。
前者は独歩が地名を挙げて範囲を例示している。
ぼくはもっと埼玉県寄りの多摩川上流部を連想していたが
実際は渋谷あたりも含まれることがわかった。

ということは、唱歌「春の小川」の着想となった河骨川も
武蔵野にあったといえるのではないか。
(もしかしてブラタモリ「渋谷」で放映した? 現在は各都道府県の郷土紹介のような位置づけも感じるけれど、東京編は良い番組だったね)

〔参考〕昭和31年の河骨川
http://news.livedoor.com/article/image_detail/10079631/?img_id=8357336

ぼくは幼少の頃に母方の家で聞かされた小川に関心を持って調べたことがある。
川がどこから流れて暮らしと関わりながらどこへ流れていくかは
天文と並んで子どもの頃からもっとも知りたいことだった。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/72545144.html

武蔵野は点在する農家の屋敷とその背後の林や田畑、
ゆるやかな起伏のなかに谷と丘が連続しつつ
規模の大きくない雑木林がパッチワークのように散りばめられている。
ところどころに湧き水や水路が
人と自然をつなぐ場面のような光景ではないかと想像できた。

宮ア駿さんはトトロを武蔵野に着想したと聞いている。
子どもの頃好きだった絵本「大きい1年生と小さな2年生」も
武蔵野が舞台のように思える。

開発が始まった高度経済成長の波は武蔵野にも押し寄せ
郊外にも住宅や小学校ができはじめ
ちょっとしたまちと、畑や小川や古くからの農家の屋敷や林が点在する風景でのできごと。
ホタルブクロが二人の世界を結んだある日のできごと。
(ぼくがホタルブクロが好きなのも素朴な田舎の女の子が好きなのもこの本がきっかけとなっている。でも田舎に行けば素朴な女の子がいるというのは幻影に過ぎないのだけれど)
読めばいまも胸が切ない。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/69583506.html
それがなんとアニメ化されていたことに驚いた。
(どこに行けば見られるのだろう)

このアニメにはドボルザークの「ユーモレスク」が流れているという。
あの時代の映像とともに夢のような時間を届けてくれるのだろう。
ユーモレスクはフィリップ・アントルモンの演奏で聴いてみて。
(開始50秒からがユーモレスク)
洒落たテンポ、心地よい揺れ、まろやかな打鍵音が子どもの頃を追憶させてくれる
https://www.youtube.com/watch?v=L8TMqhWXwWQ


武蔵野は、東京の郊外にありながら薪炭林が人々と暮らしを結んだところ。
人と自然が結界をつくるのではなく一体となった里山の世界観。
水路のタニシやメダカに目を留め、
秋には落葉する楢などの雑木の林から多様な生態系が織りなす一連の場、
それは小さな小宇宙が重なり合い共鳴する場でもある。
深山幽谷のブナの森はもちろん散策する歓びを与えてくれるが
畑の向こうに林に通じる小径があり
しばらく歩くと視界が開けて農家の庭先に出るような
胸のきゅんとする里山が広がっていたに違いない。


ベートーヴェンが田園交響曲を着想したと言われる
ハイリゲンシュタット郊外だって、まちのはずれで深遠な森ではない。
https://www.wien-kanko.com/2015/03/26/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E7%AC%AC6%E7%95%AA-%E7%94%B0%E5%9C%92-%E3%81%AE%E5%B0%8F%E5%B7%9D/

子どもの頃から好きな楽曲だけれど
ベートーヴェンは「クラシック」だと思ったことはない。
いまも生きている音楽家であり
ソナタ形式というプラットフォームをつくりながらも
形式に囚われず自由に楽想を羽ばたかせた。
音楽のなかに人間の感情を押しとどめながら
融通無碍な精神のはばたきを感じる。
後期のピアノソナタや弦楽四重奏曲などは
幽玄すら感じる一筆書きの妙。
(いずれの作品も気取らないで心を吐露しているが、同時に音楽として昇華されている点に芸術家とともに職人の仕事を見る。でもどちらかというと、芸術家 > 職人。形式を自由に逸脱しているから)
第九のようにわかりやすく偉大な作品だけでなく
生涯の友としたい佳品(初期、中期、後期を問わず)を創作してくれた。
ベートーヴェンの楽曲の力は時代とともにむしろ光を増しているようにさえ思える。
だからベートーヴェンの音楽は生涯の友と思っている。
(20代の頃はベートーヴェンに捧げたような生活を送っていたので)
http://soratoumi2.sblo.jp/article/170892565.html


振り返ってみれば、
子どもの頃の川を追いかけた話や
自然と人間との関係を洞察するなど(→ 四国の川を生きる → 勝浦川流域ネットワーク)、
小さい一年生と大きな二年生」のように子どもが描く身近な自然への憧れのように伝えたいと思っている。
国木田独歩が「武蔵野」で描いたような位置づけで
四国の可能性を繙いているのがこのブログかもしれない。
自然はときに人に厳しい試練を与えるが
自然が人に寄り添うことがある。
里山は人が手を入れることで
人も自然も支え合っている。
人口減少がもたらす将来、里山がもたらす暮らしの循環は示唆を与えている。
互恵的、小規模、持続可能性、経済循環といった政策のモデルが里山にあり、
象徴的な意味で武蔵野と四国は共通点がある。
そこに未来への箴言が託されている。



追記
Kindleはいい。
なにがいいかって、文字が読みやすい。
文字を読み解く視神経の負担がない分
文章が提示する世界に浸りやすい。

しかも分厚い本を持ち歩くこともなければ
保管で困ることもないし
棚の奥で埃を被ってダニの巣となることもない。

スマートフォンやパソコンとの違いは
液晶ではなく電子インクであること。
ぼくはバックライトの設定を0としているが
例えば真夏の炎天下でも文字はくっきりしている。
(この点では紙よりもいい)

文字の大きさを自在に変えられるし
フォントも選択できる。
Amazonは頻繁にファームウェアをアップデートして
購入後3年を経過していまだに新機能の追加が続いている。

価格は紙の本よりも安いのが一般的だし
読みたいと思ったときにすぐに購入して読める。

さらに、本を持ち歩かないで多くの本が読めるということは
少し読んで、今度は別の本を開くことが簡単。
そして先の本に戻れば読んでいたところが自動的に開く。
論理的な内容を読んでいて疲れたら情緒的な内容に触れる。
そして論理の構造を追いかけるといった脳機能の有効活用につながるように思える。

スマートフォンやパソコンのブルーライトの問題について
電子インクのKindleではほぼないと言っていい。
理屈ではなく視神経が疲れないのは事実だから
目が疲れていても読む気にさせるぐらいである。

さらに指でマーカーを引けるのだが
Web上でマーカーを引いたところだけの引用が見られる。
いわば、その本を読んでどこに感銘したかのフレーズリストが連続して見られる。
このことで本の内容を思い出したり紹介したりしやすい。
(この良さは使ってみないとわからない)

Kindleを買うのなら
Kindle Paperwhite
少し無理をできるのなら
Kindle Voyage(ぼくはこれを使っている)

知的な作業にはインターネット接続を離れて気軽に没頭できる環境が必要である。
そのためにもKindle(電子インクで読む電子書籍)がいい。




タグ:2018
posted by 平井 吉信 at 12:18| Comment(0) | 山、川、海、山野草