2020年09月27日

いつもの夏 地元の子どものための天然のプール 


天然の川の一部を掘り下げてプールにして
子どもの水遊び場としている。
川はあと少しで海にそのままの姿で注ぐ。
(浅瀬を歩いて渚まで行けるだろう)
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来年の夏もおとなが交替で
対岸に置いたパラソルの下で見守る。
四国西南部のいつもの日常。

posted by 平井 吉信 at 23:09| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年09月21日

勝浦川の釣り師 桃源郷にたたずむ


全国各地の川のアユを塩焼きにして食味を比べる
「清流めぐり利き鮎会」という催事が毎年行われているらしい。
ブロックごとに1位を決めて
最後は各ブロックから選出された川から1位を選び「グランプリ」とする。
各ブロックでの1位はそのまま準ブランプリとするらしい。

徳島からは勝浦川、那賀川支流の丈が谷川が近年準グランプリに選ばれているらしい。
えっ、勝浦川(子どもの頃から泳いでいる川)?
それはないだろう、と地元ながら不思議に思う。
水温は高いし苔の状況も良くない。いわゆる死んだ川と思っていたからである。

アユ博士、谷崎鱗海さんが生きておられた頃、
うちの親父に勝浦川の横瀬立川のアユは日本一といわれたとのことだが、
(真偽の程はわからない)
確かにあの頃の横瀬立川は水に潜れば対岸が見えるほどの透明度、
5分と入っていられない冷たい清冽な水であった。
ダムができる前までのこと。
正木ダムができてから中下流では大水が出ることもほとんどなく
水温が上昇して川は死んだというのがぼくの認識。

このところ日本一の常連となっているのが岐阜県の和良川。
郡上八幡で遊んだ帰りに立ち寄ったことがあるが
小さな川であるが特に印象には残っていない。
(南四国の豪快な川を見ているので)
でも好感は持てる里の川であった。

水温、水量、栄養度/清澄度が適切で珪藻/底質が良くても
必ずしもおいしいとは限らないのは理解できる。
2019年9月の大会では、海部川が秋川(東京都)に負けている。
秋川が都内にしては良い川なのは知っているが、海部川が負けるとは…。
(温暖化で西日本の川の水温が上昇しているのだろう。水のミネラルの本場、南四国や南紀の川はその意味で近年は分が悪くなっているのではないか)

「食味」というのは人の口に入るまでなので
どのような漁法でどのように保管、処理を行うかまで関係してくる。
調理は会場でプロが公平に行っていると推察しているので
鮮度保持や冷凍の手法、運搬など流通の後工程まで管理する必要がある。
つまり川の実力だけでない要素(漁協のマネジメント)も左右するのではないか。
さらにブロックにどんな川が入るかというくじ運も勝敗を左右する。
もっといえば審査員の舌(アユ経験)は確かか?という論点もある。

いつもの悪い癖で前置きが長くなりすぎた。
言いたかったのはこの画。
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一日中同じ場所で友釣りをしている釣り人、
周囲には誰もいない。
ただ水に浮かぶ雲を感じ流れに同化しているとしかいいようがない。
桃源郷に遊ぶ釣り人の心地が伝わってきた。
(フジX-T30+XF35mmF1.4 )

posted by 平井 吉信 at 21:28| Comment(0) | 山、川、海、山野草

祖谷川と吉野川の合流点 ときめきの祖谷口


かつてボンネットバスが祖谷地方と池田を結んでいた頃
祖谷口から西祖谷山村、東祖谷山村へ向かうのが表玄関だった。
いまは大歩危から広い道が抜けているが
祖谷川に沿って蛇行する道をボンネットバスが軒先すれすれに走っていたのではと想像する。

吉野川と祖谷川との合流には何かときめきがあるのではないか。
そう思う人のために合流点を見てきた。

祖谷口に架かる橋(祖谷口橋)
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祖谷川を祖谷口から覗く
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橋から見る上流。左上の山の斜面には川崎地区の集落が山の上のほうまで点在してある。良い眺めの家々に住んでいるとどんな気持ちだろう。
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左の吉野川と右の祖谷川の合流点。ときめきを感じたらあなたも川オタク
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橋の上流は吉野川らしくない蛇行。でも川としては美しい姿態
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ニコンの望遠レンズでいつもの大歩危小歩危もおさらい。
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ほんとうの良さはきっとあの山上の集落を訪れてみないとわからないかもしれない。
ひなびた風情の祖谷口駅も見ておいたら?
(「村の写真集」「ロケ地」で検索してみたら?)
posted by 平井 吉信 at 10:56| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年09月20日

穴吹川の土木資産 土場の立堰という湾曲斜め堰


近頃はダムが好きでダムめぐりをする人たちがいるという。
(ぼくはダムはあまり見る気がしない。水と物質の循環を遮断する川の墓場のように見えるから。ただしそれをつくる人々の苦労に思いを馳せている)

そこで穴吹川にあるのが穴吹の中心市街地の上手にある「土場の立堰」(どばのたつぜき)。
まずはGoogleマップの衛星写真から。
https://www.google.com/maps/@34.041418,134.1660142,836m/data=!3m1!1e3

堰というと、川をせき止めて水位を上げて分流(用水など)するのが目的だが
この堰は用水への分流は細い流れがあるだけで
これだけの堰が利水のためだけにあるとは考えにくい。

何より目を引くのが川に対して直角に置かれておらず
むしろ川の流れを邪魔しないように縦に長く置かれている。
それも川の流れに逆らわず併走するかのようだ。
吉野川の第十堰は斜め堰の親分のような存在だが
洪水時に上流のせき上げを少なくすること、
水の抵抗を分散するため堰が破損しにくくなることなどが利点。
(斜めに置くと同じ水量=水圧をより分散して受けられるので破損しにくくなる)
ところがこれだけ縦に長く、しかも中央がやや曲がっている堰は見たことがない。
(湾曲斜め堰という)
これが観光資源にならないのが不思議なぐらい。

クルマは近くには停められないが、下流には広い場所があってそこに停められる。
穴吹川下流のこの辺りは夏には海水浴みたいに混み合う場所なので。
そこから歩いてもほんの数分。川を眺めながら近づいていく。
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夕方に再び堰に近づいた
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魚道は遡上しやすそうだ。魚道はここ(最下流)と最上流の2箇所にある。
強い流れを感じた遡上者は下流側から登り、
川の流れをたどっていく遡上者は上流の魚道から上る。
水量によってはすべてが遡上可能である。
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堰直下流から見上げる
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斜め堰は水利&水理で有利な点があるが
弱点は直下流の水が当たる岸辺の洗掘という現象。
堤防の根が掘れていくので大水時に堤防決壊の怖れがあるという。
しかし大水のときは堰体で直角に曲げられずにまっすぐ進むはず。
それにこの堰を見ると堰で曲げられた水が当たる岸辺がほとんど掘れていない。
堰のもっとも上流部には階段状の水路があって
この水が岸に当たる流れを妨げることで洗掘を防いでいるのではと推察。
やはり先人の知恵である。

ところで那賀川中流の吉井大西堰(十八女堰)はどうだろう? 湾曲斜め堰といえるのか?
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近代治水は山に降った雨を一刻も早く海に流すために直線化されてきた。
しかしこのことはピーク時の水量が高くなることで
一気に水が出て堤防決壊の怖れが高まるという副作用がある。

むしろあふれることを前提にしながら
棚田や遊水地などで水を遊ばせて時間軸で洪水を吸収しつつ
都市政策として人が住まないようにエリア設定を行う、
災害が起こったときの訓練を行う、
被害が生じたときは保険で補償するなど
ソフトな治水で総合的に対応していく時代になっている。
そんな時代だからこそ持続可能な治水を近代治水以前に学ぶことが必要。
高知県の方は野中兼山の残した資産があちこちにあるので楽しみ。
松田川の河戸堰のように可動堰に置き換えられる前に。

SDGsなどというまえに
縄文時代の持続可能な社会のあり方や
伝統工法による治水利水のしくみがあることに思いを馳せて未来につなげていきたい。
人と川の関係性の再構築のヒントをこの堰は教えてくれている。
タグ:穴吹川
posted by 平井 吉信 at 18:15| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年09月19日

浅くきらめき深く沈む翡翠色 穴吹川


四国一の水質という看板は四国のあちこちの川で呼称されているけれど
BOD(生物化学的酸素要求量)の値を比較しても意味がないというのが実感。
四国の清流ではほとんど0.5ppm程度の値となるが
人間が感じる水質は数字で現れない差を見分ける。

そのなかでも穴吹川の「0.5ppm」はほんものだ。
なにせ西日本第二の高峰、剣山から流れ出して
人口の少ない旧木屋平村を抜けて吉野川に注ぐから。
(過去には豪雨により剣山の北斜面が崩落して谷を大規模に埋没させた大災害を起こしたことがある)

写真をご覧いただくと「色を付けたな」などと思う人もいるかもしれませんが
穴吹川に行かれるときっと感動されるでしょう。
実際にこの色です。
(おそらく緑色片岩の川底がそのように見せているのでしょう)

フジフイルムのデジカメ(X-Trans CMOS第4世代の画像エンジン採用機種)なら
どれでもこんなふうに写ります。
おすすめはX-T30です(X-T2よりも良い画が得られます)。
シャッターのストロークが浅いことから電子シャッターで撮影すればボディ内手ぶれ補正がなくてもAF性能と相まって機構ブレがなく遅い速度でもぶれない。操作性も快適でついつい持ち出してしまう。特に標準レンズXF35mmF1.4 Rとの相性が抜群でこのブログの山野草の写真はほとんどこの組み合わせ。ストロークが深いT2、T3ではこうはいかない)


川の写真なんて退屈と思われるかもしれません。
(実際には退屈でしょう。でも目の前を流れていれば一日眺めても飽きない)
そこで心の目で流れる川を見てください。
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川にせり出した大きな木陰の上流と下流で若い男女のグループが別々に遊んでいる
嗚呼青い山脈
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(ここまでフジX-T30+XF35mmF1.4 R)

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(ここまでフジX-T2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS)

若い頃、焚き火をしながら真夜中に泳いだことがあったなと思い出した。
あれはこの場所だったかな。

最後にひとこと。
この水の色にはまだわずかに濁りがあります。
(穴吹川の状況が良いときと比べればそう感じます)
あとは自分の目で見てお確かめを。


タグ:穴吹川
posted by 平井 吉信 at 23:15| Comment(0) | 山、川、海、山野草

夏の鮎喰川は家族連れで賑わうけれど


鮎喰川(あくいがわ)は夏の銀座である。
徳島市内もしくは隣接する神山町にあって
広い道路を半時間ばかり走って
ミニバンを止めてそこから大家族やグループが河原に繰り出すという風景。

神山町の山間部に源を発し43kmを流れて吉野川に注ぐ鮎喰川。
水質データは良好で見た目も美しいのはダムがないからである。

見た目の清涼感は川底の緑色片岩(青石)も貢献している。
エメラルドグリーンは穴吹川の特許であるが
この川も同様の地質なのだろう。
まちなかから近いことでとにかく秋頃まで大賑わいとなる。

県西部へ向かうときこのルートを通る(通りたくなる)ので
このところ鮎喰川の写真が増えている。
(でもぼくは鮎喰川で水遊びをしたことがない。いつもは海部川水系なので)

ここはまだ徳島市内。梁瀬の潜水橋が見えてくる。
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おだやかで澄んだ水面
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コンビニエンスストアから梁瀬の潜水橋を渡ると小川が見えてくる
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コンビニエンスストア(711)から歩いて43秒です。
ということは咽が渇けば炭酸水を買い、チーズケーキのようなあのイタリアンプリン自由が丘の名店にも負けないティラミスが味わえるということですか。四国だな。
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橋の上に立って下流を見る
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上流を見る
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黄昏が近づいても人の気配は絶えない。それぞれの川時間。
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黄昏が近づいても鳥の気配は絶えない。カラス、トンビ、シラサギ、それぞれの川時間。
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ここは梁瀬潜水橋
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さらに上流へ向かい神山町へと入る。鮎喰川の中流は渓谷地形となる。
ここで神山町中心部の水質負荷が浄化される(上高地の梓川を思い出す)。
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この川はどこで泳いでも安全である。
ぼくは子どもの頃から河童であったので
川の法則を身体が覚えている。
川の蛇行が作り出す水衝部と河原の関係、突き出た地形と土砂の堆積の法則、ストッパー(上下流)からの脱出、瀬から淵へ落ち込む傍流の反転(澪筋を外れた反転流)、反転流がつくりだす複雑な水深の形成、瀬を下るときの岩のよけ方などなど。

せめて子どもの頃からプールだけではない場所で子どもを泳がせて欲しい。
(川をよくわかっている人に教えてもらいながら)
それが長い人生で命を守ることにつながる。
(ぼくはライフジャケットは着けたことがない。きらめく水底散歩など三次元で思いどおりの場所に行きたいから。でも川を知らない人は着けたほうがいいかもしれない。2次元(表層)だけでも水が魅せてくれるから)

人は川から離れては生きていけない。
命を守ること、川の生態系を尊重すること、近所に迷惑をかけないこと。
川をもっと知ることが実は暮らしを見つめることにもつながる。
川とは水とミネラルの通り道(水と物質の循環)。
そこに人の営みがあるのだから。

タグ:鮎喰川
posted by 平井 吉信 at 20:37| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年09月13日

海が見える丘 船が泊まる港 海亀が寄せる浜


まだ日が高いと思っていた
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やがて薄墨色の東の空と
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黄昏の西の空
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港に涼みに来たら海上保安庁の船
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雲を従え
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暮れゆく川沿いの小径
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仕事を終えて夕凪の渚
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流木の展示
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太陽は山陰に 風はやみ 淡く回る光
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平凡な地球の昼間が終わるとき
人々の心に平穏な余韻を残す。








posted by 平井 吉信 at 15:46| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年09月05日

阿波勝浦の高野山 鶴林寺(かくりんじ)(勝浦町)


日々の勤行の経、般若心経や観音経(偈)はそらんじているし
古い仏さんなら自家の法事で読経している。
釈迦の教えから大乗仏教への流れ、
さらに日本に布教されてからの宗派の遷移などもさらっている。
空海や道元といった開祖をはじめ
西行法師、一休さん、良寛さんにも親近感を覚える。

祝詞(神道)や読経は日常のひとこまだけど
四国巡礼の経験はないし(してみようとも思わない)
徳島すら全部行けていない。
(このブログも空海に一部は由来する)
四国に住んでいても八十八箇所(四国巡礼)とは縁がない人は少なくない。
ただし実際にまわってみてはじめてわかることはあるはず。
(体験を通じて大脳に働きかけて神秘体験や達成感を得るというのはあるはず)

前置きが長くなったけど
自宅から近いのにこれまで1度しか行ったことがないのが鶴林寺。
勝浦川と那賀川の分水嶺の尾根上標高約5百メートルに立地する。部分的には高野山のように見える。
(高野山のような空中都市といった規模感はない。なおここから那賀川へと南下すると弥生後期の若杉山遺跡がある)

山門への小径
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苔の庭園
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本尊は地蔵菩薩
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三重塔は改修中
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行ってみると意外に若い人が来ていて驚いた。
感染症を逃れて近場であって厳かな雰囲気と山気に浸れるところ。
そう、ここは阿波勝浦の高野山。
よってね市(JA東とくしま)へ買い出しに行って
足を伸ばしてみたら。

posted by 平井 吉信 at 20:25| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年08月29日

避暑地の赤松川 盛夏に木陰、谷間の静寂


赤松川は心のふるさとのような場所だ。
(このブログでも何度も取り上げている。過去の掲載は下部のタグからたどることができる)

連日の気温が30度を超えているような日々。
自宅にいても涼感は得られないので出かけてみたい。
(汗をかくのがいいんだよ)

支流舞ヶ谷へと進路を取る。舞ヶ谷にかかる橋。
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舞ヶ谷の合流点付近の赤松川の屈曲地形がおもしろい。川を横切るように断層(堰のように見える)があるよね。ブラタモリで見てもらおう。
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舞ヶ谷バス亭の隣に墓がある。暮らしと公共が密接している
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向原下のバス亭
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待合室から覗く棚田も盛り
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川沿いの棚田も然り
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美しい村のたたずまい(「美しい日本のむら景観百選」のこと)。これだけ見たらもう帰ってもいいかな。
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と思いつつ潜水橋を見に降りていく(徒歩)。
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いいね、などとしないでください
ひとりごとで、いいね
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いつかどこかで見たことがある ここを歩いていたような、と思わせる橋
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きょうの主題は木陰だから
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これだけ見たらもう帰ってもいいかな。
と思いつつさらに上流をめざす。
林道に入り木陰に停めた
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弁当を食べようと準備をしていると足元に虫が這ってきた。
動き方からしてゴキブリだが、家にいるのとは種類が違う。
調べてみると豊かな森に生息するというオオゴキブリのようだ。
遭遇できてよかった。
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そのオオゴキブリから1メートル離れた樹木の葉に見慣れぬ蝶がいる。
(帰宅してわかったのだがスミナガシという森に棲む蝶のようだ)。
昆虫には詳しくないけれどうれしい出会い。
(ぼくはホモ・サピエンス・サピエンスですと自己紹介)。
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これだけ見たらもう帰ってもいいかな、思ったけれど
スミナガシが飛び立ったあと
枝をかき分けて谷へと降りていく。
ここは赤松川源流域。
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誰もいない谷間で静かな時間が流れていく。
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これだけ見たらもう帰ってもいいかな。

タグ:赤松川
posted by 平井 吉信 at 12:52| Comment(0) | 山、川、海、山野草

大潮の白浜海岸(高知県東洋町) 入江に満ちて水底庭園あらわる


県境を越えると白浜海岸。
遠浅の海岸で高知を代表する海水浴場と思う。
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この日は干潮(それもかなり引いている)
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巨大な浮き施設があるが誰も使っていない(感染症対策で使用禁止となっているのだろう)
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浜の南端には天然の川がつくりだす入り江がある。
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同じ日、潮が満ちてくると違った表情に見える。
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海底散歩をしてみたくなるような。
posted by 平井 吉信 at 11:46| Comment(0) | 山、川、海、山野草

ひと夏の小歩危峡 


仕事で前を通りかかったらやはり立ち止まってしまう。
吉野川の大歩危小歩危の横谷地形。
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四国山地を雄々しく縦断していく吉野川の表情は瀞場と激流を繰り返す。
なかでも小歩危峡は白眉だ。
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険しくもしずしずと流れていくのだ。
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posted by 平井 吉信 at 11:32| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年08月28日

重要文化財 田中家を見よ。想定外という言葉は要らない


吉野川の度重なる氾濫は決して害だけをもたらしたわけではない。
洪水のお陰で肥沃な土が運ばれ、
それが農作物にいい結果をもたらすことがあった。

かつての阿波藩は名産の藍染の原料となる藍の作付けを奨励していた。
石井町にはその名残りの藍屋敷田中家がある。
洪水常習地帯に建てられたこの家の石垣は高さ2メートルにも及ぶ。
川に面した方角には屋敷を守るために木が植えられ、
納屋の軒下には小舟が吊るされている。
屋根に届くような大水の時には、
母屋の茅葺き屋根を切り離して船として使うという。
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田中家は究極の洪水対策を備え、水利と肥沃な土を求めて川から離れなかった。
建築されて数百年、実際にノアの方舟のような大洪水はなかったが、
数百年起こらなかった希有の自然現象に対して、
畏敬の念とたくましい想像力を持って暮らした人々の心が伝わってくる。
タグ:吉野川
posted by 平井 吉信 at 23:11| Comment(0) | 山、川、海、山野草

第十の堰 268年


二六〇年余りにわたって吉野川に溶け込んだ構造物がある。
第十の堰である。
当時の第十村にあったことからこう呼ばれる。

この堰は農業用水確保のため、江戸時代中期に作られたものである。
石積みの景観は周囲に溶け込んでいて、付近は魚介類や野鳥の宝庫である。
往時は青石を積んだ堰の上を水が越えていき、
その流れに乗ってアユやウナギがたくさん上っていった。

阿波十二景の一つ「激流第十の堰」と記された昔の絵はがきには、
満々と水をたたえた川面に白帆を立てた川船と、
堰の南岸の浅瀬に仕掛けられたヤナが澄んだ水底の石ころとともに映し出されている。

「ここに立ったら、気持ちがすうっとするわ…」
人々は土手の上から、広々とした風景を眺めていた。
堰は、子どもたちの恰好の水遊びの場所であり、
仕事が終わった大人たちは夕涼みがてら四方山話を咲かせたという。

石積みの柔構造のため、大水が来れば補修は必要だっただろうが、
地域の人々の手によって二六〇年にわたって維持されてきた。
しかしそのために、上流と下流の水の循環、物質の循環、
生態系のつながりが妨げられることなく自然に溶け込んだと考えられる。
維持管理に地域の人々がかかわることで川との密接な結びつきが生まれ
川を知ることにつながった。
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2020年夏の第十堰、人影はなく、ただ夏草が生い茂る。
あの人はどう思うだろう?

posted by 平井 吉信 at 23:05| Comment(0) | 山、川、海、山野草

鮎喰川の小さな潜水橋のたもと 過ぎゆく夏を惜しむ人々


徳島市南部を経由して県西部へ行くのにこのルートを使う。
たまたま1週間に数回県西部へ行く機会があり、
通りかかるたびに気になっている。
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暑すぎると人がいないこともあるが
夏休みも終盤に近づいて学生や若者、家族連れが水遊びをしているのをよく見かける。

昼間は潜水橋の下の木陰で川面を渡る風に吹かれる人もいる。
(それにしても家でエアコンに浸るよりはずっと暑いだろう。河原の石だって焼けている)
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それでもわかる。
家でいるのとここで風に吹かれるのでは違うのだ。
2020年晩夏のこと。

タグ:鮎喰川
posted by 平井 吉信 at 22:33| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年08月08日

湖のひみつ


おわかりですね。
「湖のひみつ」でぴんと来る人、
そう、ウルトラセブン第3話で「エレキング」を操る少女に擬態した宇宙人の物語です。
(撮影場所は富士五湖の西湖とのこと)

いまのウルトラシリーズも仮面ライダーシリーズも
CGを駆使して見映えやスピード感はあるけれど
そんな技術を使わないでも子どもを惹きつけられた。

いや、当時のウルトラセブンはおとなも惹きつけたかもしれない。
社会的なテーマも採り上げつつ
宇宙人とちゃぶ台を挟んで対面する印象的な場面や
地球人こそが侵略者になりかねないとの警告など
映像や物語としてのおもしろさがあった。


というわけでタイトルと写真が合っていないのだが
組み写真で雰囲気をつくりあげてみた。
(撮影地はご存知大川原高原)


ある日、木曽谷で事件が起こった。
釣り人が魚を釣ったと思って引き上げようとすると
少女が水中から現れてかかった魚のような生き物を
針を外してにこりとして湖面を泳いでいく。
夕刻が迫る水面は武気味な静けさをたたえている。
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陸へ上がった少女の後を釣り人が追いかけていく。
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紫陽花やクワガタムシがいる湖畔を走って行くと
いつのまにか少女の姿は見えなくなった。
その先には湖面があった。
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という涼しげな物語になったどうか。
(おそらくはこのクワガタが怪獣化して湖のなかから姿を現すのだろう)

それにしてもウルトラセブンはいま持って魅力的だ。
「ウルトラセブン暗殺計画」など背中がゾクゾクするような恐怖の場面が散りばめられている。
これが子ども向けか?
撮影から何年が経過しているかわからないが、フルハシ隊員はときが止まっているかのようだ。
(かなり以前にDVDBOXを買ったと告白しておこう)
posted by 平井 吉信 at 19:39| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年07月26日

オニユリ ヤブカンゾウ オレンジ色が点在する勝浦川横瀬地区 冷たい水の往時とは比べられないけれど


子どもの頃、勝浦川の下流は学校の帰りに通りかかる。
江田の潜水橋とその上流の堰が定番の遊び場。
(勝浦川はこの下流の堰が潮止め堰となる)
堰を降りる水に身体を預けると
表面と水底を行き来する縦の渦(ストッパーという)に揉まれるのがおもしろい。

川底まで沈んで水面に戻ることを繰り返す。
ここで川の性質を知らなければ溺れる。
川底に引き込まれると恐ろしくなって
流れに逆らって上へ上がろうとする。
ここでパニックになって水を飲んでしまうのだ。

子どもは知っている。
川底を蹴って川底を水平に移動して縦の渦のない場所から出ればいい。
だが増水して水量が多くなればいつもの常識は通用しない。
きょうは堰下りは止めておこうということになる。
川で泳ぐ子どもはそんなことも自分で判断していた。

ある日、堰で泳いでいたら婦警に補導されてしまった。
後にも先にも補導されたのはこれが初めて。
確かに遊泳禁止区域なのかもしれない。

数年前に上勝町で水難事故が続き
町が遊泳禁止としたことがあった。
(特に危険な流れではない箇所)
小さい頃から川に親しみ川を知らなければ
どんな場所でも溺れてしまうだろうと思った。

このブログにも何度か書いたが
増水した那賀川で叔父を亡くしている、
さらにとても親しい人を海部川で亡くしている。
前者は洪水、後者は鉄砲水によるもの。
だから川の怖さも同時に知っているつもり。

勝浦川はダムができて水量が減り水質が悪化した。
それでもJAの直売所「よってね市」に立ち寄る際は足を伸ばしてしまう。
(ここは野菜が安いという点では全国有数ではないだろうか。肩に食い込むほど野菜や果実を買ったのに千円でお釣りが来ることもある。JAの手数料が安いのも理由のひとつだが)

よってね市から北へ潜水橋を渡ろうとすると
河原一面にオニユリが咲いているのを見かけた。
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オニユリが咲く小径を歩いてみた
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(映画のロケ地に使えそう。水戸黄門とか、徳島のまんなかで藍を叫ぶとか)

今年の夏休みは少し違って見えるかも
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友釣りをする太公望
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横瀬橋上流から屈曲点まではかつて草は生えていなかった。
ダムは小さな洪水は止めてしまうため河原の生態系がおかしくなる
(大きな洪水は放流によって人為的な災害を引き起こすこともある)
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ユリに混じってヤブカンゾウ。花を食したり漢方薬にすることもある
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河畔の木 日常的に見たことがあるような
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蝶や玉虫も飛んでくる
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対岸の岩まで泳いで岩の上でひなたぼっこをして冷たい水に慣れていった。
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でもいまは川の水がぬるい。
あの頃は長く川に浸かっていられなかった。
水の透明度は高く顔を付ければ対岸の岸まで見えた。
冷たい湧き水があった。
ダムがなかったので水が出ては川底を洗い流す新陳代謝があった。
ダムができたのでシルト質の土砂が川底に堆積するようになった。
これらのことがすべてアユのエサとなる苔に影響する。
もはや勝浦川はダムから上流域を除いておいしいアユは得られない。
横瀬立川のアユは日本一という
アユ博士の谷崎鱗海さんがいらっしゃればなんとおっしゃるだろう。
(親父によればそういっていたそうだが、果たして博士はそうおっしゃったのか?)

昔は良かったと嘆くのが本筋ではない。
コロナ禍を逆手にとって生態系を復元(再自然化=ミチゲーション)できないかと考えているのだ。

タグ:勝浦川
posted by 平井 吉信 at 02:02| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年07月24日

梅雨には苔の名山 樫原の棚田と山犬嶽(上勝町)


山犬嶽(やまいぬだけ)は標高1000メートルに満たない里山だが
中腹にある苔の生い茂る庭園のような光景が人々を魅了する。

以前にも注意点を書いたのでご一読を。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/186999291.html
・駐車場は登山口の2km手前にしかない(登山口は民有地なのでプライバシーにも配慮が必要)。
・駐車場までの道が狭く山道に慣れた人でも運転の難易度は高い。
・苔の名所は迷いやすい。

さて、駐車場にクルマを置いてしばらく歩くと
全国棚田百選の「樫原の棚田」(かしはらのたなだ)がある。
まずはここで足を止める。
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棚田を後に車道を歩いて高度を上げる。
日陰がなく風のない夏の日は暑いと音を上げる人もいるだろう。
(少なくとも1リットルの飲み物はご用意を)

路傍の花に集まる蝶
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民家の裏手を登っていくと鳥居と動物よけの柵がある。
(ぼくが登ろうとしたら開けたままになっていた。登山口で遭遇した下山の集団が締め忘れたようだ。暮らしの営みの邪魔にならないようルールは守ろう)
一人で山へ入るのは魔の山に入っていくよう(里の世界との結界を超える覚悟で?)。
(実際に信仰の場でもあり何かを感じる人はいるかもしれない)
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歩き始めは間伐と枝打ちがされた杉林を歩く。
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やがて分岐が見えてくる。苔の名所を見るので迷わず右へ(左は山頂)。
途中ですれ違った夫婦が感激した様子で「想像以上に良かった」と感想を述べてくれた。
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山犬嶽をもののけ姫の世界、屋久島の森のよう、と形容する声が多いが
実際に屋久島を体験したぼくは似て非なる景色と思う。
屋久島では花之江河を経由して宮之浦岳の15kmを8時間で往復。
このときは65リットルのバックパックに20kgの荷物を担いでいた。
別の日に白谷雲水峡、小杉谷、縄文杉、高塚小屋(泊)を二日で往復した。
屋久島の森に浸った感覚からは
三嶺の南斜面、フスベヨリ谷のほうが似ていると感じた。


何はともあれ、苔むした森を散策してみよう。
まずは分岐を左手を北に上がっていく。
小ピークを見てぐるりと回ることもできる。
降りてきたところが谷筋で水苔の名所。
北をめざせば谷を越えて表参道と呼ばれる山頂へのルートに出会う。
水苔の名所を右(東から東南)へ行くとさきほどの分岐があるはずだが、左(北東)へと行く。
険しい大岩の地形が続々と現れるが、1/25000地形図では見出せない。
さらに進むと広葉樹を見渡せる大岩の上へと出る。
ここから下ると登山道の入口付近へと戻る回遊が可能だが
ここの下りは道を発見しにくい。

地形図を見ると尾根と谷が入り交じったゆるやかな地形。
登りと下りがはっきりしないことに加えて
地形図に掲載されない凹凸やピーク、巨岩が随所に現れる。
さらに苔の庭園内に踏み跡が縦横にあるため
ぐるぐる回るうちに方向感覚を失い
似たような場面で既視感が交錯して道迷いしやすい。
(慣れない人は月ヶ谷温泉の主催するツアーに参加するのが無難。体力的にさほど厳しいものではないが、クルマを止めて登山口までが木陰がないため夏場の熱中症に注意が必要)
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登山口へ降りてくると目の前のこんもりとした森に秋葉神社がある。
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この神社は山頂にあって南東に視界がひらけて橘湾が見える。
旧暦の七月二十六日(あと三日で新月になる)に月の出が三体に分かれて見えるという
「三体の月」で知られる。
それが三体の月を仏様として崇めるのだが
二十六日月ということで月が登り始めるのは深夜を過ぎてから。

夏といえども夜は涼しい。
甘酒を飲んだり話に花を咲かせながら親しい人と月を待つ。
三体の月を見るという第1回のイベントが開かれた際
招待されて参加したことがある。
確か谷崎勝祥さん(地元で棚田保全の活動をされていた)だったか。

武市卓也さん(たくちゃん)の司会で幕を開けて
地元の方々による演劇が始まった。
綾姫さまという凛とした佇まいの女性が登場するのだが
綾姫に扮しておられたのはお近くにお住まいの竹中充代さんではなかったか。
(とにかくこの辺りから上勝町にお住まいの方々との交流が始まっている)

そのとき三体の月は見られたか?
―覚えていない。
曇りだったのか見えなかったのかは記憶から消えている。

ではなぜ三体に見えるのか?
それは大気の屈折現象のようなものではないかと思う。
水温が高い夏場の橘湾で明け方に気温が下がり
それを離れた上勝町の山域から眺めるとき
海の大気と阿南の平野部の大気と山の大気が複層になって
そのなかを月が上がってくると3枚の空気レンズを通して見る状況になるのではないか。
(こう書くと身も蓋もない)
三体の月は古くからの信仰だけど、
人が集まる口実(きっかけ)として今後も語り継がれていくといいなと思う。

樫原の棚田を守った谷崎勝祥さんの自称戯れ歌をいまも覚えている。

ひゅうと鳴き棚田に近づく鹿たちよ紅葉の山へ帰れよはやく(棚田人→鹿)

去れという棚田の人よ紅葉山いずこにありや杉ばかりみゆ(鹿からの返歌)

苔の名山は人々にもののけ姫の記憶を漂わせながら
里山の営みを感じさせてくれる。

登山道から駐車場まで樫原の集落の車道を歩いて行く
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ホタルブクロが至るところで咲いている
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ヤブカンゾウがつくりだす里山の空間 時間がゆっくり流れて巷の喧噪とは無縁
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途中で見かけた自然度の高い神社(山の神蜂須さんというが由来やご祭神はわからない)
つるぎ町にも蜂須神社がありその分祀された神社かはたまた独自の存在なのか?
(つるぎ町の蜂須神社もその存在がかなり気になる。貞光川沿いの断崖にあるというのだ)
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樫原の棚田に佇み棚田を大切にしながら去って行った谷崎さんや東ひとみさんを想う
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棚田と水苔の里山は見頃を迎えている。
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(ツアーで参加する人は月ヶ谷温泉へ)
https://yamainudake.com/
posted by 平井 吉信 at 23:45| Comment(0) | 山、川、海、山野草

まばゆいタキユリの季節


カノコユリは日本のユリのなかでもまことあでやかに咲く。
容姿端麗で淡粧のササユリに対して
妖姿媚態で濃抹のカノコユリといった趣の違いはあるが
くらやみにぽおと浮かび上がるさまは花顔雪膚に例えられる。

ササユリの一種イシマササユリ(阿南市)健康的な田舎娘
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ササユリの一種ジンリョウユリ(徳島県南部)しなやかだが美人薄命
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カノコユリは直立(自立)するが
崖から寄りかかるようにしだれ落ちるのがタキユリ。
高知と徳島の山間部ではときおり見られる。
徳島県南部でもその季節となったのでわざわざ立ち寄ってみた。
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薄暗い背景に光がまぶしくもゆらめく印象。
ますます妖しくひかる。
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タグ:タキユリ
posted by 平井 吉信 at 11:40| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年07月18日

四国の東端 蒲生田岬 曇り時々風強し それでも水平線は見える


豊後水道に突き出す西の佐田岬に対し
紀伊水道に突き出す東の蒲生田岬(かもだみさき)。

岬の付け根には温泉もある。
晴れた日には伊島がくっきりと指呼の間に。

空はいまにも降りだしそうだが、ときどき薄日が射すという一日。
岬が近づいてくるといつもこの場所にクルマを止める。
小さな川が自然のままに海に注いでいる。
そこに魚が集まり鳥が集まる。
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温泉を過ぎれば池の畔に到着。
なぜ岬の近くにこのような池があるのか不思議だ。
池の周囲には散策路があるが
途中からは(対岸の辺り)草が生い茂り夏は近づきがたい。
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岬の入口に置かれたのは指輪を模した岩だろうか
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海沿いの遊歩道をしばらく歩く
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照葉樹の翠は濃い
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葉を線香の原料にしたことからハマゴウというらしい
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灯台直下にやってきた。ここから急な階段を上がる
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蒲生田岬灯台直下の展望台
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海を見ながら下っていく醍醐味
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来た道を戻って池の畔を歩く
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万華鏡を見ているよう
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薄曇りの柔らかな光に包まれた岬は印象派の絵のようだ。

タグ:蒲生田岬
posted by 平井 吉信 at 00:06| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2020年07月16日

JR四国 2年目の特急うずしお2700系


徳島と高松は4県都のなかでももっとも短い区間である。
これを1時間少々で結ぶ特急が「うずしお」(といっても鳴門駅には停車しない)。
「うずしお」には度々乗車してお世話になっている。
仕事を終えて心地よい疲労感で揺られていると志度駅を過ぎたあたりで眠りに就いて
(改札を終えた頃合い)
引田駅あたりで目を覚ますことが多い。

空気バネを使用した2600系に置き換わる予定が
実際に量産運用されたのは2700系。
技術的なことはわからないが、Wi-Fiや充電器を備え
かつ乗り心地が良い車両である。
(高徳線でもっとも路面が荒れているのは吉野川鉄橋であるが、佐古駅からの高架区間は線路が新しいせいか走行音が静寂である)

同じ日の牟岐線ローカル。人が少ないのはコロナ禍の頃だから。
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徳島駅2番線に入線した折り返しの2700系
(大変長らくお待たせいたしました。二番乗り場に停車中の列車は特急うずしお6号、高松経由岡山行きです。清掃が終わるまでいましばらくお待ちください。この列車、徳島を出ますと…高松到着は…終点岡山には10時33分の到着です。途中坂出には止まりませんのでご注意ください→ このアナウンスは作り話。実際にうずしお3号は3両編成なので2700系ではなく2000系のはず。うずしお10号は2700系だが岡山へは向かわない)
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室内は2600系に似ている
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駅名のアナウンス(録音)に英語が入るようになった。英語の箇所は英語らしく、日本語の駅名は日本語のアクセントでという方針。車掌も終点だけは英語で案内をする(中学生のようなたどたどしさに親しみを感じる)
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外装は銀を基調に赤と黄緑がアクセント
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コロナ禍で公共交通機関、タクシーの経営は困難となっている。
感染症対策を万全にして積極的に乗ってみたい。
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追記
徳島新聞の記事によれば、「JR四国のディーゼル特急車両「N2000系」が18日、午前5時41分徳島駅発高松駅行きの特急うずしお2号で、高徳線での運用に幕を下ろした。」とのこと。これによって高徳線の特急うずしおは全車両が2700系となるものと思われる。
タグ:JR
posted by 平井 吉信 at 22:47| Comment(0) | 山、川、海、山野草