2023年02月07日

里海のまちなみ 阿南市椿泊 漁港から阿波水軍を源流に持つ集落をたどる 写真編


前項から続く

海沿いのみちに漁港がある
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海が見えなくなると椿泊の集落が始まる DSFT6702-1.jpg

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ところどころに寺社がある 森家歴代を祀った道明寺にはおごそかな雰囲気がある
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墓所の高台から集落と海を見下ろす 椿泊は山と海のわずかな隙間に東西に細長く集落が形成されている
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郵便局があるL字クランクは運転の最難関
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この細い道が手前で90度に曲がっている
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ここを抜けると左手に長い階段を持つ神社が見えてくる。阿波水軍の長、森家の先祖佐田九郎兵衛を祀った佐田神社
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時計台を持つ入口
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長い階段を上がる
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椿泊小学校が見えてくると終点が近づく 相変わらず細い道が直角に曲がる
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小学校を過ぎると燧崎への道は堤防直下 石垣に植物が飾られている
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先端部の突堤に来てしまった
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燧崎への散策路 崖崩れに注意しながら灯台へと向かう
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灯台直下の竜宮神社
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灯台から眺める東の海 正面は舞子島 ここに壮麗な古墳をつくった豪族はやはり海を支配した氏姓だろう
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ところでなぜこの地に阿波水軍の長が拠点としたのか。ぼくは歴史書を繙いていないし水軍に詳しいわけではないが、地政学的に推察してみた。

ここは四国の東端蒲生田岬の近くである。江戸や土佐から大阪や瀬戸内海、あるいは阿波をめざす船は必ず見つけられる。晴れた日には対岸の和歌山の建物を視力の良い人なら見分けられるが、紀伊水道を横切る船団はさらに識別しやすい。夜陰に紛れて航行するには座礁の危険がある。なにより友ヶ島水道や鳴門海峡を案内人なしに夜間に通過できるとは思えない。以上は防御や見張りの観点からの利点である。

次に阿波水軍が出航することを考えてみる。徳島や大阪には黒潮に乗って出航すればたどり着きやすい。江戸に向かうにも徳島や鳴門から出るよりは距離が短くなる。背後に山を従えているので冬の季節風(北西)をさえぎることができ、時化の際には椿泊湾の奧へ待避できる。橘湾の内湾性の魚と黒潮流れる外洋性の魚が狙える。ワカメ、アラメ、アンロクといった海藻も採れる。

徳島にいる藩主からの招集には船運でただちに駆けつけられるが、陸路からは適度な距離を置くことができる。これは窮屈でない立ち位置ではなかろうか。以上が水軍を椿泊に置く利点として考えてみたのだがどうだろう。

そんなことを考えながら来た道を戻っていると夕暮れとなった。
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椿泊の海は西方浄土の光景を鎮めるように湾の奥に残照。
posted by 平井 吉信 at 22:01| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2023年02月05日

里海のまちなみ 阿南市椿泊 漁港から阿波水軍を源流に持つ集落をたどる 序章


阿南市の橘湾は阿波の松島にも例えられる多島海である。
橘湾の北には那賀川、桑野川が流れ込み、淡島海岸、北の脇といった海浜を形成する。
湾の最奧部には橘のまちと橘港がある。
橘港は小勝島を控えた天然の良港である。その小勝島には四国電力の石炭火力発電所が2000年7月から発電を開始。この火電が阿南市の経済を潤したのは間違いない(電源立地地域対策交付金)。

橘湾の内湾部には打樋(うてび)川、福井川、椿川が流れ込み、その下流部が海進を受けて入り江を形成。いわゆる溺れ谷、リアス式海岸(現在ではリアス海岸)である。

阿南市の人口密集地を持ち、湾の奧では停滞することから橘湾、椿泊湾はときおり赤潮が発生する。ぼくの認識では蒲生田岬を境に水質が変化すると考えている。

徳島県と和歌山県の間に広がる紀伊水道は、幅約50km、最深部で約70メートル。淡路島との境目にある鳴門海峡、友ヶ島水道では潮の流れが海底が浸食されて水深が紀伊水道より深くなる。前後1kmの川幅を持つ吉野川が岩津橋で150メートルに狭まることで水深は30メートルを超える。このように狭い場所では水を流す断面を確保するため深くなる(河床が低下)。

紀伊水道は浅い海で瀬戸内海と太平洋の接点でもあり、徳島側からも和歌山側からも川の土砂やミネラルが供給されている。紀伊水道は徳島側でやや浅く、特に吉野川、勝浦川、那賀川の吐き出す砂地とミネラルが名産のアシアカエビ(クマエビ)、アカエビ、ハモを育んでいる。

おそらくは黒潮が南南西(時計の7時の方向)から流れ込むこと、蒲生田岬が通せんぼするかたちで張り出していることなどから紀伊水道の和歌山側を黒潮が多く通過するので深くなるのだろう。黒潮の一部は紀淡海峡、鳴門海峡を通過して大阪湾、瀬戸内海へと流入するが、ほとんどは紀伊水道内で反時計回りの流れを形成するのではないか(外へ向かう流れを蒲生田岬が囲い込む)。

蒲生田岬と日御碕を結ぶ線が外洋との境目である。和歌山側はこのラインより黒潮が北上して優勢となるが、淡路島に当たって紀伊水道内で反転流が起こり蒲生田岬で居座る。従って徳島側は内湾性の水といえる。そこにあるのが橘湾、椿泊湾であるから外の水と入れ替わりにくい構造がある。

海底には産業要因によるヘドロの堆積が懸念されるし、栄養塩の供給による有害プランクトンの発生が起こりやすい。見た目にも透明度の高い海の印象はない。水質基準では、椿泊湾はA類型(CODの基準値2mg/l)の海域である。同じ基準値であっても海部郡内の湾と比べて透明度が低い。生活排水の負荷も高いことからCODも海部郡の湾岸より高いだろう。

しかしこのことが漁業にマイナスかといえばそうとばかりは言い切れない。ノリや海藻にはある程度の栄養塩が必要とされる。海に栄養が多いと海藻が増え魚の餌となるプランクトンも増え(行きすぎると赤潮になるが)その結果漁獲高も増えるという関係がある。
ところが近年の人口減少や公害対策、家庭排水対策(合併浄化槽への更新推進)などで栄養塩は少なくなった(海は浄化された)。漁業関係者によっては沖合へ糞尿を計画的に投棄するよう求める意見もあると聴く。

それはともかく、藻場の減少とヘドロの堆積は生態系(ひいては漁業)に悪影響を与える。藻場の減少には貧栄養化よりも温暖化に伴う水温の上昇が大きいのではないか。山では冬を越せなかったシカなどの個体が温暖化で生存率が上がって増加したため、草木はことごとく獣害にあって消滅している。海では水温が上がることで磯にいつく魚種や数が増えたこと、特に藻場減少の犯人としてアイゴを上げる漁師は多い。

アイゴは徳島ではアイノバリとも呼んで背びれに毒を持つ磯魚でその独特の臭みを嫌って流通しにくい魚である(店頭に並ぶアイゴは背びれを切除している。死んでも毒は消えないので注意。ただし肉には毒はない)。
父はアイゴが好きで、お前も来いと何度か同行したのがが徳島の最南端の那佐湾の波止。当時の国道55号線は蛇行しており一部は生活道として集落の間をすり抜けながらであったので那佐湾は世界の果てにあるよう。車に乗せられて車酔いするなどうんざりしたものだが、高校になると自転車で自分で来るようになったから不思議だ。海部川沿いの国道193号線も舗装されていない区間があった。

アイゴ釣りは繊細な釣りだ。小さなアミエビを針に付けて岸壁からウキ釣りで狙う。大きな型はなく20センチ未満。釣れると長靴で踏んで針をはずし、手袋をしてクーラーに入れる。食べてみて磯臭いと思ったことはなく、徳島の県南部ではウツボやヒメチ、カゴカマスなどとともに干物もよく見かける。
→ 徳島出身のぼうずコンニャクさんのアイゴの記事

海藻ではわかめが徳島の名産である。鳴門わかめの定義は以下のようになっている。

本県と香川県との県境から鳴門海峡までの播磨灘沿岸及び鳴門海峡から蒲生田岬までの紀伊水道沿岸で収穫され、県内に水揚げされたわかめ(以下「鳴門わかめ」という。)をいう。

ということで椿泊で水揚げされたわかめも鳴門わかめとして売られている。

もう一度陸地へ話を戻す。橘港を外に出ると椿泊の半島状の地形がリアス式海岸となって地形が一変する。その先端には燧崎と灯台がある。阿波水軍ゆかりの地区で漁村のまちなみで有名である。

燧崎の沖合800メートルには舞子島があり、絶壁に囲まれた無人の島に6世紀末から7世紀初頭と推察される古墳群があって注目される。なぜこんな場所に?との謎が深まるが、海にゆかりの豪族が存在したのではないか。

椿泊のまちは椿泊湾の北岸の山が迫る狭い場所にいくつかの漁港を従えて東西に伸びる集落である。目の前には椿泊湾、湾の対岸にはリゾート気分あふれるかもだ岬温泉、さらに四国の東端、蒲生田岬がある。

壮大な海の概観のあと、いよいよ人の暮らしに入っていく。今回は橘湾の奥座敷といえる椿泊(つばきどまり)の地区を見ていく。この地区の魅力を教えていただいたのは県南部にお住まいでエリアを隅々まで足跡を残している和那佐彦さんである。事前に情報をいただいて地区に入っている。

椿泊地区といえば、ほとんど足を踏み入れたことがない人が多い。その理由は狭い道路である。椿泊のまちなみを見て椿泊の漁港や椿泊小学校、さらには先端の燧崎まで足を伸ばそうとしたら逃げ道のない路地を運転する必要がある。

漁港が連なり漁協があり民間の水産会社がある椿泊は漁業のまちである。竹内水産のシラスは県内ではどこのスーパーでも入手できる。わかめも比較的良質のものを産する。

地元の人はまだいい。慣れているので車がどこにさしかかるとどれだけハンドルを切るかを身体で覚えているし、すれ違いができそうにないところですれ違うコツを知っているから。

でも地区の外からの訪問者が集落に車を入れるのは止めたほうがいい。椿泊漁協まではトラックでも入れるが、そこから先、竹内水産から奧へは軽自動車でも狭いと感じる。なにせ手を伸ばせば(伸ばさなくても)家屋や壁が車のすぐに迫るのだから。道を知り尽くし車幅感覚を1センチで見切れる人であれば、全幅1.7メートル、全長4.3メートルまでが限度だろう(数カ所あるL字のクランクでは全長もきいてくる。消防車、宅配便、引っ越しの車、救急車などはどのように入っていくのだろう?)

以上のことを知ったうえで漁協に行くまでの十分に広く地元に邪魔にならないと思われる場所に車を置いていく。すると先端の燧崎まで4〜5kmの道程でほどよい散歩コースとなる。今回はこのコースで椿泊の集落を見ながら燧崎まで行くことにする。半島の南側、椿泊湾に面したルートである。ちなみに半島の北側のリアス式海岸の地区を地元では「うしろ」と呼んでいるらしい。それでは行ってみよう。





posted by 平井 吉信 at 00:45| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2023年02月04日

今朝の庭


前日と同じような構図だけどやはり見入ってしまう。
ま、写真も撮っておこうと。
周辺の草木も含めて。
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(フジX-T30+XF60mmF2.4 R Macro)
posted by 平井 吉信 at 11:05| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2023年01月25日

忘れられた里海の記憶 小神子〜越ヶ浜〜大神子への小みち〜その4 越ヶ浜の集落の痕跡を想像する


その3から続く

日峰山、小神子、越ヶ浜、大神子への経路を含む山域全体を理解できる地図を作成してみた。

赤線…日峰山山頂から北東へ延びる尾根筋から大神子へ降りる踏み跡
赤線…日峰山山頂から北東へ延びる尾根筋から越ヶ浜へ降りる踏み跡
赤線…遊歩道のもっとも下がった地点から沢沿いに越ヶ浜へ向かう踏み跡
桃色……遊歩道(阿波の道・讃岐の道・伊予の道・土佐の道をつなぐ階段の道)
緑…小神子と日峰山から灯台への尾根筋からのトラバース道(遊歩道/越ヶ浜方面)
空色…日峰山山頂から灯台へ向かう尾根筋の散策路(展望所や石像あり)
オレンジ破線…小神子から大神子までのトラバース道がかつて存在した可能性(わずかな痕跡あり)
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(国土地理院電子国土から切り出した地図に平井吉信が書き込み)

国土地理院地形図で描かれているもう1本の遊歩道を横切るトラバース道は廃道(道の痕跡がわずかに入口にあるのみ)である。地理院の地図にも誤りはあるし、かつての地形や地勢が変化してもそのまま残されていることがある。

けれどここに何らかの人為的な痕跡(家屋、田畑など)があったなら、そこから東の山裾と沢をなぞるように海へ出るルートがあった可能性は想定できる。地形図の点線はかつての名残で現在は痕跡を見つけるのが困難となっている

それではここにあった人為的な痕跡とはなんだろうか。真ん中の沢沿いに平坦を感じる地形があり、遊歩道から外れて足を踏み入れてみると石垣が沢と直角に連続していることを確認。見た目は砂防ダム(コンクリートではなく石垣だが)である。
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そこでこの施設(工事)は何のためにあったかを考えていくこととする。見た目で明らかなように自然が形成したものではなく人の手によるものである。


(1)沢筋にあることから砂防の床止め工
床止め工とは砂防ダムのようなものでコンクリートを使わない時代に石積みで行ったと想定。その目的は下流や護岸を守る治水にある。
ところが下流は越ヶ浜であるが、その手前に湿地(荒れ地)がある。3つの沢を集める湿潤(家がじめじめしてカビが生えてたまらないだろう)で海風をまともに受ける場所に家屋があったとは考えにくい。よって治水の床止めではない。普段は水はわずかしか流れない沢でも大水時には一変するものだが、所詮は集水域(流域)が小さいので治水目的ではない。

(2)棚田もしくは段々畑
沢筋といってもこの場所は涸れ沢であり、棚田(段々畑)の跡ではないか。というのも「平坦を感じる場所」と書いたように、もともとはある程度の平坦な場所が崩落した土砂で埋まったのではないかと考えた。

20年以上前にはじめて小神子からのトラバース道をたどったとき、確かに廃屋(作業小屋かもしれない)があった。それがこの真ん中の沢沿い(★印付近)ではなかったかと記憶している。それが近年はまったく見かけなくなった。

その理由としてこの沢筋で崩落があったと記憶している。その崩落で廃屋が流されたが埋まったか。いずれにしてもそのときの土砂が棚田(段々畑)の痕跡を埋めてしまったのではないか。
ところがそれから年月が経ち、沢の澪筋を水が流れて堆積した土砂の一部を流したとすれば、このような痕跡となるのではないか。廃屋比定地の周辺でやはり人為的な地形と石積みがある。
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ここからはさらに不確かな推論となる。小神子地区には水利が良くないためか水田がない。そこで水の得やすいこの場所で棚田をつくって集落の食糧としたのではないか。そのときの農機具の置き場所(納屋)、作業小屋、もしくは人が住んでいた可能性も捨てきれず、なんらかの建物があったのではないか。ぼくが二十数年前に見た廃屋はそれではないか。

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徳島市と小松島市から近いのに無人の渚である越ヶ浜とその周辺はまったく忘れ去られていたが、21世紀になって遊歩道ができて歩きによる接近ができるようになった。

かつて徳島市から小松島市にかけての沖合には地震で沈んだ島(お亀千軒)があるといわれる。昭和の時代には、鳥居が沈んでいるといって海中の探索をする人たちがいた。父は根井鼻を通り魔と呼んでいた。

大神子は病院やテニスコート、バーベキュー場、フィールドアスレチックがある静かな保養所。かつて徳島藩蜂須賀家の保養所が勝浦川河口南岸にあったという(いまのスーパー銭湯のあたりか)。

越ヶ浜はこのブログで探索したとおりかつての人為的な痕跡はあるけれども現在では無人の渚。

小神子は静かな里海の集落で集落を見下ろす丘には、海を眺められるレストラン、やがては一部上場企業の保養所に変わり、いまではそれもなくなって廃れてしまった。

歴史がどうであれ里海の記憶はここにあったのであり、(地権者のご理解もあって)21世紀の私たちが立ち寄れる場所となっている。そのことを記しておきたい。
posted by 平井 吉信 at 22:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草

忘れられた里海の記憶 小神子〜越ヶ浜〜大神子への小みち〜その3 日峰山山頂〜灯台〜小神子トラバース道へ

その2からの続き

数日掛けてこのエリアの探索により、これまでわからなかった地形や踏み跡を把握することができた。まちの近くにこんな場所があると改めて良さを確認できた。

今回は日峰山山頂から灯台までの尾根をたどりながら、灯台周辺の展望を愉しんだあと、再び尾根を戻る途中で小神子へのトラバース道へと降りていく道をたどる。トラバース道は越ヶ浜へも通じる遊歩道と交わるので、越ヶ浜を見て遊歩道から尾根へ戻る道程。歩けば1時間少々かもしれないけれど、そこはゆっくり歩いてみたら?

この散策路は人とすれ違うことが多い人気のみち。山頂からは急に下るが(帰りは登り返す)ほどなくなだらかな椿の咲く尾根筋となる。
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ツワブキらしい葉と落ちた椿花
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休憩所を左に降りていくと菱形に一周する遊歩道(阿波の道→讃岐の道→伊予の道→土佐の道)へ。右は灯台へと伸びる尾根道。まずは灯台へ。小神子からのトラバース道は阿波の道と讃岐の道の間と、伊予の道と土佐の道の間をつないでいる短絡路ともいえる
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灯台に向かう尾根
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ゆるやかな起伏を灯台まで向かう。灯台は空に映える。このまま元根井漁港へ降りていけるのだが、きょうは小神子へのトラバース道をたどるのでここで引き返す
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子どもの頃おいしい紅茶をいただいた喫茶店/レストランは追憶の彼方に
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引き返すとまもなく右へ降りていく道がある。これが小神子の集落上部から派生するトラバース道と合流する
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尾根から北へトラバースしながら下る途は小神子の集落の上部からのトラバース道と出会いそのまま遊歩道/越ヶ浜方面へと水平移動する
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小神子の集落に近いせいか竹林が茂る。イノシシの寝床があるとしたらこんな場所だろうが、痕跡は見いだせない
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岩を切り拓いた場所
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椿の季節 落ちた花と芽を出した若木 通る人のほとんどない道に生命力のやりとり
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小神子からのトラバース道は越ヶ浜へと降りられる遊歩道(阿波の道と讃岐の道の間)に出る
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讃岐のみちをいったん降りて越ヶ浜をめざす。道ばたに東屋がある
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posted by 平井 吉信 at 00:00| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2023年01月14日

忘れられた里海の記憶 小神子〜越ヶ浜〜大神子への小みち〜その2 踏み跡をたどる〜

その1から続く

GPSを持っていないので紙とシルバコンパスを道具に、実際に歩いて地形観察を行いながら記したものである。小学生の頃から国土地理院の2.5万と5万を集めていた地図マニアなのでGPSはなくても散策の実用性には問題ないと考えている。

コース全体は低山の海岸性の明るい照葉樹の森が主役で人工林(植林)はほとんどない。傾斜の強い部分と平坦な部分、岩の露頭が現れて充実感がある。ところどころに海(紀伊水道、大神子、越ヶ浜)が眺められる場所があり、それらも地図に記しておいた。標高はカシオのプロトレックで読み取った値を日峰山山頂での実測値から補正を行って求めたもの。なお、写真は2023年1月上旬の数日間の記録をまとめたもので時刻や天気は異なる点にご留意。
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(電子国土のデータに平井吉信が追記、加工)

日峰山山頂(191メートル)は山頂直下駐車場から徒歩5分にある。駐車場からだと汗もかかない登山
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今年初のスミレ(タチツボスミレ)
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山頂から東の灯台へ向けて尾根沿いを下っていく。道中では仏像が随所に配置されていてミニ八十八ヶ所の雰囲気
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小松島湾と市街地を見下ろす「みなと展望台」を過ぎてほどなく展望所がある。その手前で海に降りる階段の遊歩道がある。菱形のコースは阿波の道、讃岐の道、伊予の道、土佐の道と名付けられている。
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現地の看板。水平に延びるのが日峰山の尾根の散策路。菱形が遊歩道。その真ん中を突っ切るのがトラバース道
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遊歩道の阿波の道と讃岐の道の境に小神子からのトラバース道が接続する
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小神子から遊歩道までのトラバース道は比較的歩かれている雰囲気。ただし夏場は蜘蛛の巣やら虫に悩まされそう
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小神子からのトラバース道と遊歩道の合流。このまま奧へ遊歩道を進むとほどなく遊歩道と分かれてまっすぐに進むトラバース道が現れる(次写真)
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阿波の道から讃岐の道へのつなぎ目に竹に囲まれたトラバース道がある。遊歩道は下へ下って伊予の道(越ヶ浜)方面へと向かうがトラバースはそのまま竹藪を直進する
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遊歩道(讃岐の道)へ降りずにトラバース道を行くとこんな竹藪の小径
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トラバース道が沢を横切るあたりで崩落の痕跡
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トラバース道の上手に人工的な段差。棚田か集落の痕跡か。二十数年前に廃屋を見たのはこの沢がトラバース道を横切る付近ではなかったか?
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トラバース道は再び西の遊歩道と出会う。上へ行けば土佐の道経由で日峰山尾根筋の散策路へと戻る。下へは伊予の道経由でもっとも高度を下げて反転して登るのが讃岐の道。さらに阿波の道をたどって日峰山尾根に戻る。遊歩道を横切るトラバース道を進んでみたが、この先で崩落したのか消滅。おそらくは大神子方面へ向かうトラバースとなっていたのではと推測
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遊歩道がもっとも下に降りた場所。ここから沢沿いに渚(越ヶ浜)へと向かう
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沢を渡り左岸を行くと荒れ地に出る。沢は荒れ地(湿地)へとしみこんで海へは通じていない
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沢を再びわたって山沿いを行くと渚(越ヶ浜)に出る
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小神子から越ヶ浜まで海伝いに行くことは危険
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越ヶ浜の真ん中あたりで西南西へ上がっていくルート。紀伊水道展望所がある尾根筋へと向かう
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越ヶ浜の夕暮れ
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少し上がって海側が開けた場所で越ヶ浜をもっとも近くに見られる。浜の北端は見られないが、真ん中から南端が手に取るように見られる。季節の良い時期にここでおにぎりを食べたら気持ちいいだろう
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赤テープを目印に尾根沿いに高度を上げていく。照葉樹の森を快適に歩ける
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途中で大神子方面への分岐がある(上へと上がる際は右へ)。この場所を左(小神子方面)へ探りを入れるとトラバース道の名残を発見。
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尾根筋の上のほうに紀伊水道展望所と名付けられたヤカンのある伐採地がある。
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この場所へは日峰山山頂直下の駐車場から歩いてすぐの場所である。展望所直下に越ヶ浜が見える。距離が相当ありそうだが、展望所のある尾根からの下りでは半時間程度の散策である。
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尾根をさらに下ると第二展望所がある。
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第二展望所からはやや近づいて見える。この場所は崖の上にあるので足下に注意
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大神子から張り出す大崎
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ここから北東へ大神子へ向かって降りていく。急坂なのでロープがあるが、三点支持を心がければ特にロープを掴まなくても可能
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急坂が終わると平坦な開けた地形となる。越ヶ浜から日峰山北東尾根に上がる道から右へトラバースする道と合流する。大きな岩場がある。ここが第二展望所の直下と推察する。
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大神子へ向かって降りていく道で一度小さな丘を登り返す。そこに東側が開けて小神子方面が見える。天然のベンチが設けられている。
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あとは北北東へ向かって降りていくと大神子南端の岩場へと出られる。降りるところにロープがあるが、ここも特に危険な箇所ではない。万一滑り落ちても大けがをするような場所ではない。降りたところが小さな石ころの渚となっている。大神子海岸はまだ岩を超えていくことになる
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紀伊水道展望所から見る大神子と大崎
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日の峰神社の夕暮れ
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散策路を通して自然度が高い里山/里海を体感できる。公有地、民有地を問わず、自然破壊、ゴミ放置は行わないでこの土地を静かに訪れて里海の記憶を追体験することは価値がある。
なお、今年度になって小松島市内では市街地にイノシシが出没して噛まれるなどの被害が出ている。けれどこの山域ではイノシシの本通し(けもの道)、アシ(痕跡)は見られなかった。
生態系としては良好に見受けられるが、都市に囲まれた狭い山域ゆえ生息できる個体数に限りがあるのだろう。モグラの痕跡は多く見られたし、猿の目撃例はあるようだ。カラスとトンビはよく見かけるし、野鳥の好きな方は探す楽しみがあるのではと推察。
日峰山一帯は都市の近くで味わえる里山の魅力を見せてくれる山域である。
posted by 平井 吉信 at 15:27| Comment(0) | 山、川、海、山野草

忘れられた里海の記憶 小神子〜越ヶ浜〜大神子への小みち〜その1 序章〜


県都の徳島市から小松島市にかけては大神子小神子(おおみここみこ)の名で知られる海岸がある。北から南へ徳島市の勝浦川河口から半島となった大崎地区を回り込むと大神子海岸、いくつかの渚を経て小神子海岸、小神子からは根井鼻をまわると元根井漁港と小松島港がある。
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(国土地理院「電子国土」から引用した地図を加工)

大神子も小神子も行政区域では徳島市大原町である。大神子は徳島市からのみ、小神子は小松島市からのみアクセスできる。大神子も小神子も山を超えてたどり着く行き止まりの地区で、大神子と小神子の間には車道はなく無人の渚があるのみ。

小神子と大神子の間は徒歩でたどる人も希な場所である。ぼくはかつて小神子から山伝いに奧へと延びるトラバース道を見つけてこの方面を「奧小神子」と呼んでいる。
奧小神子は奥飛騨、奥道後と同様に地域を表すもので地名ではない。本ブログでも「越ヶ浜」が正しいとの指摘をいただいており、その名称が適切と思われる。越ヶ浜の地名は国土地理院の地図に記載はなく、大原町の住所一覧にもないが、町名の記載がないのはよくあること(ぼくの生まれた町の名も地図にも郵便住所にも載っていない)。

子どもの頃から小神子はよく遊びに行った。元根井漁港から山ひとつ超えて降りていく(自転車では行きも帰りも汗をかく。特に下りは注意)と小神子の渚に出る。この地区には別荘があり、昔からの住人のほか、閑静な住処を求める人たちが移り住んでいる。
小神子を見下ろす丘は小松島湾と港が見える丘でもあり、かつてここにはレストラン(喫茶店)が営まれていた。祖父の友人だそうで、ぼくも何度か連れて行ってもらえた。ここでいただいた紅茶がとびきりおいしかったことを鮮明に覚えている。

いつの頃からかレストランは閉鎖され、この土地を買い取った富士ゼロックス社が社員向けの福利厚生施設(社員専用の保養所)に改装して活用していた。一般公開はされていないが、勝浦川についての勉強会を社員向けにやって欲しいとのご要望をいただいて講師として訪問したことがある。居心地の良い施設だったとの記憶がある。その富士ゼロックス社も近年になって資産売却の候補となって手放された。いまは誰が所有しているのかわからないが、娯楽施設があるようである。

施設の直下には岩礁が複雑に入り込む根井鼻(ねいのはな)があり、親父からは行ってはならないと釘をさされていた。父はこの場所を「通り魔」と呼んでいた。これが一般的な名称なのかどうかは不明。子どもが行くのは危ない場所ということでは確かに頷ける。岩伝いにたどっていく途中で滑落は大いにあり得るが、子どもの冒険心をかきたてる場所でもあり、ぼくもこっそりと通り魔の岩場を訪れたことがある。小神子の沖合には松が生えた岩があり、一本松と呼んでいた。レストランのオーナーの方に誘われた祖父とともに小舟で一本松まで来たことがある。風呂屋のタイル絵になりそうな風景である。国土地理院の地図では一本松は雉子岩と記されている。

峠を越えて小神子に降りる途中から北へ向かう山道を見つけて歩いた。山の中腹をトラバースするその小径は集落を俯瞰しながら北へと続いており、それをたどっていくと廃屋があった記憶がある。その辺りで日峰山からの沢に遭遇し、沢を下っていくと湿地(荒れ地)に出たと記憶している。国土地理院の1/25000でも荒れ地の標記のある場所の先には海があるが、荒れ地には背丈より高い藪が生い茂り、潮騒は聞こえども波間を見ることはできなかった。この体験は二十年ぐらい前のことであり、その渚が越ヶ浜とわかったのは近年のことである。

その後、日峰山の192メートルの山頂から東へ向かって尾根沿いに延びる散策路から北斜面を降りる遊歩道が整備された。尾根から降りていくものの渚へは行かず、菱形のように折り返す。その四辺形には阿波、讃岐、伊予、土佐にちなんだ名前が付けられている。

〔参考〕日峯大神子広域公園(公益財団法人徳島県建設技術センター)
http://www.toku-eta.or.jp/park/h_sogo/
→ この地区の散策路は平成15年)2003年)以降に順次整備されたと記載があるので、ぼくが最初に小神子からのトラバース道をたどった時点(おそらく2000年前後)では散策路(遊歩道ミニ四国八十八ヶ所箇所と記されている)はなかったことが確認された。
http://www.toku-eta.or.jp/park/h_map/
→ この地図には小神子方面からの散策路が記されている。ここに記されている道は行政が整備したものだが、今回ぼくがたどる道は古くから(もしくは近年になって)この道を整備された民間(おそらくは地権者)によるものである。小神子の北に位置する海岸は「越ヶ浜」と記されている。
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越ヶ浜に人は住んでいない。この荒れ地は沢の水が集まる湿地になっており、もしかしてかつて田んぼがあったのではないかとも想像する。小神子から延びるトラバース道から沢へ降りるあたりで廃屋を見た記憶があるが、いまは廃屋も見当たらない。いずれにしても日峰山を南西にひかえて紀伊水道を臨むこの地区(越ヶ浜)へは小神子から入るのだ。

日峰山についても記しておこう。国土地理院では日峰山ではなく芝山と記されている。しかし小松島市民でも芝山と呼ぶ人はほとんどいない。かつて四万十川を国(建設省)は渡川と名付けていたが地元では誰もそう呼んでいなかった。官製の地名にはこのようなことはよくある。

日峰神社がある場所が日峰山の山頂と思っている人も少なくない。ここの標高は165mである。そこから東にはさらに高いピーク(191.4m)があり、ここが日峰山の山頂である。
この山頂の直下にも駐車場があり、車と徒歩で容易に山頂にたどりつける。この山頂近くに紀伊水道を見下ろす展望所が近年になって整備され(紀伊水道展望所と名付けられているが民間の有志が開かれたものと推察)、ここを拠点に越ヶ浜や大神子へ歩き始めることとする。

この一帯を整備された方は地権者もしくは地権者の了解を得た有志かもしれない。いずれにしてもこの場所に愛着を持って大切にしておられることが伝わってくる。そのお気持ちを尊重して生態系を毀損したりゴミを捨てることなく歩きたい。

この正月はコロナの猛威を受けて外出は控えた。その代わり、この山域の踏み跡をたどって地形図に落とし込んでみるのを課題に設定した。次項からはそれを具体的に記してみよう。

posted by 平井 吉信 at 15:04| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2023年01月02日

大晦日から元日のとくしま植物園

コロナの第8波が猛威を振るうなかで、外出には細心の注意が必要。少なくとも人混み(特に室内)には行かれない。残念だけどコンサートも避けた方が良いかもしれない。

そこで近所のとくしま植物園を散策する。野外で密にならないのでマスクは不要だけれど、マスクをすると鼻腔が冷えずあたたかいので。

特に何もないけれど、何もないのがここの良さ。歩きが主でときどき歩みを止めて植物を見たり撮影したり。日の光を浴びつつ黄昏を実感しつつ。大晦日も元日も来てしまった。近くて心を預けられる場所だから。
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(フジX-T30+XF35mmF1.4 R、XF60mmF2.4 R Macro、フジX-T2+XF23mmF1.4 R)



posted by 平井 吉信 at 14:41| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年12月29日

高知県物部川流域の物語 @「川歌」と舞川小学校、A上韮生川(かみにろうがわ)と笹渓谷温泉



高知県東南部の山間部は四国のもっとも奥深い場所。そこを流れているのが物部川。紀伊水道側へ流れる那賀川とともに急流渓谷の河川である。

青柳裕介さんのマンガ「川歌」はぼくが持っている唯一のコミック(全7巻)。物部川支流舞川の分校へ新米教師が赴任してくるところから、しばてん(河童)と人間との物語が始まる。

川歌での舞川分校の生徒は12人と設定されている。このモデルとなったのが舞川小学校だろうか。それとも林業が盛んな頃は舞川小学校にさらに分校があったのか。

けれど舞川小学校もやがて廃校となり、近年はキャンプ場として活用されていたらしいが、それも休業となっている。春の訪れとともに現地を訪れて確認したいものだ。

◎舞川小学校/舞川キャンプ場の情報
携帯の電波が入らない、薪があって五右衛門風呂に自己責任で入る、近くの川の水が冷たい…などとても素敵な場所ではないか。
https://www.navitime.co.jp/poi?spot=00004-39151900032
https://www.ogiiin.com/old/maikawa.html
https://haikyo.info/s/14998.html
http://havanero.seesaa.net/article/144288132.html
https://www.mlit.go.jp/river/kankyo/main/kankyou/machizukuri/utsukushiimizube/pdf/88-392111-03.pdf
https://plaza.rakuten.co.jp/sairacing/diary/200808210000/
http://henro.gozaru.jp/20-haikou/02-g/kouti/18-maikawa/18-maikawa.html
http://shgogo65006854.livedoor.blog/archives/2809645.html

物部川に南から注ぐ支流が舞川、北から注ぐ物部川水系最大の支流が上韮生川(かみにろうがわ)。三嶺〜矢筈山の南斜面の深い森をくぐり抜ける四国の極めつけの清流で上高地の梓川も遠く及ばない。

上韮生川を遡り西熊渓谷の堂床キャンプ場からさおりが原、カヤハゲを経由して三嶺に至り、西へ向かって西熊山、天狗塚へと稜線を経由。そしてカンカケ谷、フスベヨリ谷を下って戻る三角形が四国の白眉の山ルート。
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友人の河原君(高知大学ワンゲル部)に「ちょちょいのちょいの登山」とだまされて8時間歩いたが、それは経験したことのない充実感であった(このときぼくはスニーカーであった。奴も登山靴を持たないぼくに合わせてジャージにスニーカーと軽装)。

どこまでも深い原生林(後年訪れた屋久島の原生林に匹敵するかさらに深い)、さえぎるものない笹の稜線をゆく雲の上ごこち、野趣あふれる沢の渡渉、生息する動植物の営み、そして西熊渓谷/上韮生川の清涼さは生涯忘れることはないでしょう、とaikoならいう。

天狗塚からさらに西には矢筈山というブナが点在する山がある。アプローチは上韮生川から左折して笹渓谷方面へ入るのだが、この渓谷沿いに笹渓谷温泉があった。

ここは若夫婦が湯守をやっていて料理も出している。選ばれた音楽が小さな音量で聞こえてくる美術館といった趣。そんな素朴だけれど気配りの行き届いた清楚な建物。入湯料を払って掛け流しの温泉に入れば、檜の湯船から手を伸ばせば届きそうな沢。森に包まれながら湯に浸る気分。すると外から「湯加減いかがですか?」と声をかけていただく。

残念ながらこの温泉もここ10年ぐらいだろうか、廃業された。親しい人にしかこの温泉の存在を伝えなかったのは、知る人ぞ知る場所であって欲しかったし、店主ご夫妻もあまり宣伝して欲しくないとお考えであったかもしれない。この雰囲気が好きになってもらえて慎重かつていねいな運転を辛抱強くできる人でなければ紹介できないと思っていたのも事実。2022年も終わりになってご夫妻のおだやかなお人柄とともに笹渓谷温泉を思い出す。
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遠くなっていく昭和の名残のような場所だけど、四国の大切な1ページとして記しておきたい。
タグ:物部川
posted by 平井 吉信 at 15:09| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年12月14日

師走の午後 鬼ヶ岩屋へ出かけた(牟岐町) ヒトとケモノとの遭遇に思いを馳せる

かつてこの山の麓に鬼ヶ岩屋温泉があった。
もともと町営施設であったが、国道55号線から少し入っていること(道路はゆったりとしていて行きやすい)から客足が遠のいた。
その後は民間に指定管理で委託されていたが、2事業者が運営を担うも赤字解消が困難で施設は休業となって10年が経過する。

町営だった頃は入浴料が1,500円と高く、そのため比較的空いていた。
(ホテルリビエラししくいも入浴料は1,500円であった。バブル後はまだ人々の懐が潤っていたのだろう。ぼくも高いとは感じなかった)
付近に人家は皆無でしかも沢沿いの野趣あふれる露天風呂(対岸は人が入っていけない山の斜面)に浸かっているといのちの洗濯の心地がした。屋内には川のように流れる風呂がある。
ぼくと友人の河原君は(頻繁に行かないけれど)ここを気に入っていた。
ただし彼もヒマラヤのトレッキングや南アルプスの2週間(もちろんデポあり)縦走などを経験している山屋なので、温泉に入る前に鬼ヶ岩屋山へちゃちゃっと登って汗をかいておくのである(といっても汗は出ないが)。

きょうは午後から鬼ヶ岩屋へ行くこととした。温泉の駐車場に車を停めてしばらく車道を歩く。やがて耕作放棄の棚田の一角で出る。マチュピチュのような場所である。
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ふどの地区を流れる橘川上流の里山を見下ろしながら、その支流の沢沿いに少しずつ高度を上げていく。
やがて沢を横切り、高度をさらに上げていく。
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途中で炭焼き小屋の跡がある
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この辺りはケモノ(イノシシとシカ)の気配が濃厚。特に沢沿いには水を飲みに降りてくる。沢の下流には田んぼがある。登山道を横切る獣道が目に付く。それとともに登山道が掘り返されている。
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おそらくこれが今年最後のスミレとの出会い。これは返り咲きのシハイスミレ。小さな群落がある。花の持つ気品にしばしときを忘れる。
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峠(チョウシノタオ)を過ぎるとロープにつかまりながらの急登が続く。落葉樹の葉で地面がすべるのだ。尻餅を付く程度で危険はない。
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山頂直下の大きな岩が横たわる区間。鬼ヶ岩屋の語源もこの山容にある。
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ぼくはそれまで使ったことがなかったが、熊よけの鈴を買ってみた。それが山でどのように響くかも試してみたいと思った。鈴はモンベルで購入。澄んだ高音で耳あたりが良い。

歩き始めは小さな音と思ったが、これは車道のため。凹凸がある登山道ではそれなりに音が遠方まで到達するようだ。対ケモノという意味もあるが、見通しの利かない場所で登山者を脅かさない意味もあると思う。

鈴や笛は効果があるという意見と効果がないという意見がある。また、熊やイノシシの対処法についても一部では見解が分かれている。数週間前にうちの近所でイノシシが出没し、怪我人も出るなどしばらくは市民が警戒態勢となった。市街地といっても隠れる場所はいくらでもある。例えば線路沿いの藪など。出没後数日は目撃情報があったが途絶えた。おそらく市街地と郊外を分ける国道55号を深夜に超えて山に戻ったのだろう。車を夜遅く駐車場に止めて降りるときは奧をチェックしたりしたものだった。

地球温暖化と里山の荒廃で獣害が増え続ける。熊やイノシシへの対応策については専門家ではほぼ固まった見解があるので、ぼくなりにまとめてみた。
・鈴や笛でこちらの存在を知らせる(基本)。利かないという意見もあるがそれらは例外。
・渓流沿いでは鈴は聞こえず、見通しの悪い場所では笛が効果的。
・笛については熊が嫌がる周波数がある(高域か)。また、笛のなかの玉が雨天で動かなくなったり低音で氷結することがある。笛はフォックス40マイクロなど玉レスの笛が全天候型で安心。
・河原の広い場所では見通しが良いため相互に気付くことが多く釣り人が襲われることは少ない。ただし源流部の釣りでは互いに音が聞こえないことから出会い頭の遭遇はあり得る。
・主に襲われるのは山菜採りである。特にネマガリタケは熊の好物であり、人間にとっては高く売れる山寨であることから見通しの悪い藪の山菜採りで遭遇して襲われることがある。
・四国ではツキノワグマが少数生息しているのみであり、一時は絶滅が危惧されていた。近年はやや生息数が回復しているようである。
・熊は雑食だが、四国のツキノワグマの食べ物は木の実や植物がほとんどと考えられる。そのため食害に遭うことは考えにくい。大半は人間の存在に気付かせれば向こうから逃げていくと考えられる。ただし子連れの母熊は近寄らない、刺激しないことが肝心。
・熊の接近時には気合い(声による威嚇)が有効とされるが、母熊にはかえって攻撃の意図が伝わって逆効果となることもある。しかしそれも熊と人間の距離による。もちろん個体差もあるが、熊は基本的には人とのリスクを避けようとする行動を取る。
・東北や北海道では過去に重大な熊害が発生している。その場合は鹿の駆除後の死体や牧場の牛を襲って肉の味を覚えている。場合によっては人が襲われて食害にあった場合は同じ個体が人間を食糧と見なして襲う場合が多い。このような場合は熊鈴や笛の効果は未知数。しかし一般的には鈴、笛は依然として有効な熊よけとなる。
・熊スプレーは有効であるが、事前にテストをして、安全装置の外し方や風の影響を考慮した有効な射程距離を把握しておくことが必要(公称10メートルでも射程距離は3メートル程度と考えておく)、風上に立たないこと、できれば目を保護するグラスをかけていることなど。
・熊は執着するので熊に奪われた食べ物やリュックは奪い返さない。
・低く大きな声で威嚇することは勇気がいるが、熊に距離を詰められる前に行っておくことは有効。ただし熊は人の感情を読むことができるので恐怖心が表情や声に出ていると逆効果。
・熊が距離を詰めてくるときは所在なさげに近づいてくる。攻撃可能な圏内に入る前に声で威嚇し、さらに侵入してきたら熊スプレーの用意をする、もしくは迎撃態勢を取る。
・迎撃態勢とは、頭を隠して防御に徹する姿勢か、武器や木切れ、ストックなどを持って応戦する。応戦とは熊の弱点である鼻や顔などに攻撃を加える。防御と攻撃のどちらがよいかは一概に言えず熊の個性、間合いなどの状況、遭遇者の度胸や力量などによる。ただし後を向いて逃げたり怯えた叫び声は無意味(避けるべき)。声を出すなら威嚇する強い姿勢で前のめりの感情がにじみ出ること。この威嚇に押されて熊はそれ以上踏み込まず退散することがある。
・熊とは目を合わせる。負けない気持ち、逃げない気持ち、こちらが有利という平常心で視線を送ること。
・イノシシは鈴や笛で存在を知らせて距離を取る、静かに観察するのが原則であるが、こちらに突進してきたら、近くにイノシシが到達できない高さの岩や木があって時間的に対応できるようならそこに移動する。もしくは木の陰や障害物に身を隠す。間に合わなければリュックなどを膝前へ降ろして下半身と脚を防御する。寸前でかわすことも試みる。
・子連れのイノシシは熊同様に襲ってくる確率が高くなる。

基本となる対応は普遍的であるが、変則的な要素をどう判断して対応するかである。こうすればこうなるはず、の思い込みではなく状況を洞察して冷静に行動すること。そのためには知識だけでなく、そこに至るまでの状況を総合的に判断するなど現場での経験、場数も必要だろう。

距離3メートルで遭遇したニホンカモシカ(神山町)。
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知らない人は遠目で熊と間違えそうだ。カモシカは鹿ではなく牛の仲間。ニホンカモシカは保護されているので人に撃たれることはない。そのためか遭遇したどの個体も人間を見てすぐに逃げない。人間への好奇心があるのかもしれない。こちらも笑顔で声をかける。カモシカも人を襲うことはない。

春と秋にはよく通う砥石権現。ツキノワグマの生息が確認されている。
https://www.youtube.com/watch?v=dBLLzTCTX1I

砥石権現周辺の森 愉しくて仕方がない山歩き 森の生き物がどこかで人間を眺めているのだろう
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勘場山、権田山山系でも熊の糞を何度か見かけている。野生の動物をよく理解し、尊厳と慎みを持って山へ入ることである。

追記
在りし日の鬼ヶ岩屋温泉の写真が出てきた。館内の写真は関係者の許可を得て撮影している(清掃中)
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posted by 平井 吉信 at 21:48| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年12月11日

再訪 四国のみち 日和佐 高齢者でも歩きやすい


前回ここに来て、コロナで外出がままならない高齢者を連れてきたら喜ぶのではと考えた。
道は平坦だが、上り下りはあって適度に足腰を使う。危ないところはないが、高齢者はわずかな段差で転ぶため、2本のストックをもたせて要所では介助すれば問題ない。
ということで日和佐城に車を置いて歩き始めた。

木漏れ日の差す樹間のこみちは潮風が心地よい。
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大浜海岸を見下ろせる休憩所で大喜び。おにぎりをほおばっていた。
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展望台までの折り返しとする。
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今年はカマキリが多いような気がする。表情に迫ってみた
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道中でセンブリを見つけた。かつて煎じて胃腸薬に使っていたらしいが、いまでは希少種なのでそのようなことをしてはいけないしする必要もない。
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シハイスミレの葉と重なっていて不思議な見え方
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高知までムラサキセンブリを何度か見に行ったことがあった センブリの花は色を問わず好きだ
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アカテガニが遊歩道の斜面に顔を出すとおもしろがって立ち止まって見ていた。
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コロナ下で足腰が弱りがちな高齢者でも安心して歩ける場所としておすすめ。
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タグ:日和佐
posted by 平井 吉信 at 14:43| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年12月10日

庭のノギク(園芸種)


庭に自生しているノギク(園芸種)を撮影。
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(フジX-T30+XF60mmF2.4 R Macro手持ち)
posted by 平井 吉信 at 23:19| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年12月08日

冬のひだまり 室戸岬

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(海に面した岩場に自生するアゼトウナ)

日だまり(陽だまり)と書こうとして思いだした。
近年生まれた女子に「陽葵」(ひまり)という名前が増えているという。新聞記事で見たと思うが、ぼくはこの字が読めなかった。男子では「陽翔」(はると)が多いそう。画数が多いこれらの漢字を備品やノートに書くのだろうか。
(名前をけなしているのでなく、個性的であろうとして画一的になっていくInstagramの世界のような窮屈さを感じる)。
いずれにしても「陽」を求める人々の心がいまの冷たい世の中を表しているようだ。

コロナは収束することなく、ほかの熱帯の風土病なども侵入しつつ感染症は変異が進んでさらに脅威が増していく。地球温暖化は立ち止まることなく進行して激甚災害の日常化をもたらす。食糧や水の欠乏は絶望的な未来の姿。国の財政は枯渇寸前というのにいまだにばらまきを行う。庶民の生活はますます苦しくなるのに行うべき対策は行われない。その反面、既得権を持つ(発言力のある)者や組織は秩序や負担の公平性をふりかざすが、その実自らの権益をなりふり構わず守ろうとする。

人々の幸福とは何か? それをどうつくるべきか? それが土台になって国が栄えていくとしたら、やるべきことは見えてくる。いまのような複雑で無意味な制度や施策の羅列、そして誰かの救済に名を借りた利権(救済者の皮を被った略奪者)が跋扈することは許さない。政党政治や肥大化した行政機関は廃止して一人ひとりが社会の一員として自覚できる単位で動かしてみる実験をやってみたらどうだろう。

自分のことではなくても切っても切り離せない歪んだ社会が重くのしかかってくるとき、ふと行きたくなる場所が室戸岬。道路が良くなっているので2時間少々で行けることもある。逃避行かもしれない。でもこの重さを自覚できるうちはそうではないと信じたい。
(四国の森、川、海はそんな場所だね)

今頃の室戸岬へ行っても何か特別なものはないけれど、岩場にはアゼトウナが咲き乱れ、海沿いの散策路に沿ってシオギク(日本では四国の東南部のみ)がびっしりと埋め尽くされ、ハマナデシコが冬の殺風景な渚に思いがけず花火のような存在感を放つ。よく見るとそこにはこの世のものとは思われない原色のオオキンカメムシが越冬の居場所としているかもしれない。
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室戸阿南海岸の冬の岩場で見ることができるシオギク やはり本場は室戸岬だ
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室戸岬は断崖ではなく岩場の海岸線とところどころの小さな渚からなる。その遊歩道は樹木のトンネルをつくる。SNSの好きな人が自撮りする場所だろう。
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ジオパークらしい地球の活動の痕跡を見ることができる
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クワズイモの大きな葉に驚くだろう
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大気はどんよりとしているが、海は雲の切れ間を映して蒼く明るくきらめく場面と碧灰色に沈む日常を繰り返す。一年中変わらないように見えるサボテンの花やアコウの枝振り、自然がつくる樹木のトンネルを抜けて潮風を浴びればそれが冬の室戸岬。



タグ:室戸岬
posted by 平井 吉信 at 23:23| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年12月03日

水の丸高原のいちごの物語 夏いちごの菓子は上品な甘さに浮かぶ酸味の心地よさ(みかもん)


徳島県西部の東みよし町役場(三加茂)から剣山系へ向けて南下すると
徳島の避暑地、四国の軽井沢といわれる深淵地区に至る。

ここには広葉樹の名所、落合峠があり、そこから東へは矢筈山、サガリハゲ山、石堂山へと至る。
西をめざせば、前烏帽子、烏帽子山方面、さらに稜線をたどると祖谷の名峰、寒峰への道程となる。
(ぼくはかつて落合峠の麓から寒峰までの路なき往復13時間の道程をたどったことがある。これまででもっとも過酷な登山のひとつ)
深淵川沿いの風景は確かに避暑地の雰囲気に浸りながら俗化されていない良さがある。
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深淵地区の入口となる桟敷峠を北東にたどれば、標高1千メートルの水の丸高原が広がる。
ここには空中散歩の拠点があり、イチゴとトマトの名産地である。
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水の丸高原の南に風呂塔(ふろんと)という変わった名前の山がある。整備された駐車場から山頂までは半時間の森散策が愉しい。水の丸地区を訪れたら行くべき場所である。
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水の丸高原に戻り、さらに東へ進めばやがて下りに転じ、土々呂の滝を経由して半田そうめんの里(つるぎ町半田地区)に至る。下りの道は細く里山らしく枝分かれしているため、ナビがあっても迷う可能性がある。
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この里山が半田そうめんを育む半田盆地である
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きょうは水の丸高原のいちごの話題を掘り下げてみよう。
ここの特徴は6月から12月までの暑い時期に採れる夏いちごである。
その品種はサマーアミーゴという。
いちごを食べて酸っぱいという感覚はほとんどないだろう。
でもこのイチゴには酸味がある。雑味がないので酸味が尖っている。その酸味に負けないイチゴの味が立ち上がる。濃い味のイチゴである。

このイチゴを使ったサンドが、国道192号線沿いのみかもん(直売所)で販売されている。
すでにいちごのロールケーキが有名で、わざわざ遠くから買いに来られる人が多い。
聞くところによると、あの「霧の森大福」を開発された方が監修されたとか。
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そして2022年12月、試作を重ねてイチゴサンドを販売することとなったので試食させていただいた。おいしい洋菓子は世の中にあふれていて、おいしくない菓子を見つけるのが難しいぐらいだけれど、上品な甘さに浮かぶ酸味の好きな方には真ん真ん中のストライクである。

いちごサンド 商品名 朝採れいちごのブリオッシュ(予定)
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ぼくは1つ食べて魅了された。大好きな六花亭の菓子(マルセイバターサンドなど)も、1個食べたら、もういいかなと思うのだけれど、これはもう1個続けて食べたくなる。吸い込まれる軽さのおいしさである。生クリームも上質感があるが、いちごジャム(もちろん地元産)を混ぜてある。
商品名は、朝採れいちごのブリオッシュ(予定)、販売価格は1個320円ぐらいを予定されているとのこと。

上品な甘みに浮かぶ酸味の口福といいたいサマーアミーゴのいちごサンドはおそらく今月で販売終了となり、1月ぐらいからはいちごの品種がアスカルビーに変わって販売されるはずである。こちらはどんな味に仕上がるか愉しみ。

徳島市内から1時間半ぐらい、池田、三加茂、美馬方面をめざすドライブがてらお越しになられてみては? 直売所めぐりがお好きな人なら、吉野川南岸の川島、少し山に入って美郷、北岸では脇町、美馬などにある。吉野川ハイウェイオアシスも高速道路に乗らなくても一般道から無料でアクセスできる。ラピス大歩危まで足を伸ばせれば曲風園のお茶など山城町の特産品も手に入るので丸一日を楽しめるだろう。

追記
今回のいちごのブリオッシュ(いちごサンド)については試作の検討段階が続いており
現時点では販売の目処が立っていないとのことです。
動きがあればお伝えします。
いちごのロールケーキは好評販売中です。

手づくり菓子工房みかもん
0883-82-3580
〒779-4703 徳島県三好郡東みよし町中庄1447
[営業時間] 9:00∼17:00
[定休日] 火曜日(祝日の場合は営業)
https://mikamonroll.com/


posted by 平井 吉信 at 14:22| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年11月20日

土曜の午後の植物園 オータムグリーン探し(とくしま植物園)


午後の紅茶などと場面を連想させる良い商品名がある。
それにあやかって、午後の植物園はどうだろう。

一週間のたまっていた家事や清掃を行い、昼を食べて昼寝をしてから出かける近所の植物園。
もちろん、午後に紅茶を飲む(「午後の紅茶」ではないけれど)。

行き先はとくしま植物園。家から10分圏の遊び場所。
着いたときは曇っていたけれど、天頂付近では青空が現れた。
曇りの日はポートレートに適しているといわれるけど、花は花で曇りが吉
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ここからは広場の花を見ていく
葉が動いているのは虫が動かしているから
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蜜蜂の採取行動
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接近できるレンズをマクロレンズという。広場の花を撮るために標準レンズから付け替える。フジのXF60mmF2.4 R Macroは曇りの日の花の輪郭をやわらかく捉える
(すべて手持ち)
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丘陵へと上がる途中で振り返ると隣接する動物園の観覧車が見える
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散策路と林
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カマキリは人間から逃げようとしないのでこちらも間合いを詰めていく
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エメラルドのような明るさをたたえた目
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返り咲きのホトケノザ
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これは大きな銀河が小さな銀河を飲み込もうとしているところです(引力で)などと説明されそうだ。実際に銀河の衝突で爆発するのではなく、すり抜けるというか一体化すると感じなんだろう。
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とくしま植物園にはツバキ(サザンカ?)が多い。特に白花に注目してみた
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白のなかに無限の階調があるけれど、フジフイルムの写真機が実力を発揮するのはこんな場目かもしれない。白と緑の対比でも色が揺さぶられず、それぞれが存在する感じ。

さっきのカマキリにまた遭遇。拡大するとこちらを見ているのがわかる
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動物園周辺の里山が色づいている。里山は高台にありて思うもの
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春や夏とは緑の深みが違う。オータムグリーン探しがきょうの目的だった
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夕暮れになっても働き続ける蜜蜂
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とくしま植物園は一日の終わりを植物を通して感じることができる場所
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追記
植物園の近くには菓子工房47がある。
家族で経営されている小さな洋菓子店だけど素朴さと親しみやすさでもっとも好きなケーキ店のひとつ。こだわりを語るのではなく、ぬくもりを伝えてくれる。
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posted by 平井 吉信 at 12:28| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年11月13日

晩秋の高丸山 ブナ林が色づくとき紅葉の錦神のまにまに 


さて、丸山の紅葉はどんな具合だろうと思って、徳島県立高丸山千年の森ふれあい館の原田寿賀子さんへ電話をかけてみた。
「丸山の紅葉は近年希に見る美しさですよ。今頃(11月上旬のこと)は中腹のブナの森あたりが見頃でしょう」。
さらに気になって、ぼくが事務局を務めるNGOが植樹した森はどんな具合なのか尋ねてみると、あのぼうぼうと生い茂る萱原が森の様相を呈してきたという。久しぶりにそこ(関係者以外立ち入り禁止区域)も見ておきたいと思って丸山に出かけることとした。

(午前中はのんびりと家事をしていたので)電話をしたのが昼前。おにぎりをつくって出かける支度をする。前回は15時過ぎから登り始めたが、周回コースでの復路ではヘッドランプを一部で点けた(森の浅い闇を体感すべくなるべく点灯しないようにした)。今回は登山開始が13時半と早いので(とはいえ、この日もっとも遅い登山者&下山者)余裕がある。遅い時刻だと登山者との遭遇が減少するのも好都合。例によってヘッドランプを持っているし、満月に近い上弦の月であることも知っている。

勝浦川最大の支流旭川を遡っていく。このあたりは色づき始めたところ。早めに登りたいのでふれあい館には立ち寄らなかった。
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駐車場はすでに下山組がちらほらと帰り支度をしている。紅葉の頂点にあるというのに空いているのはさすが徳島。奧に見える山が丸山の山頂。山頂の南北の傾斜は急である。
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登山道の登りはじめから谷をはさんでみる山頂。紅葉は中腹に移っていることがわかる
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丸山は中腹にブナ林がある。かつては笹が生い茂りブナが点在する森だったが、近年の鹿害でスズタケは消えてしまった。人間にとっては快適な森風景だが、生態系からは理想とはほど遠い。一部の区画を区切って保全のためのデータを集めているところ。とはいえ、もみじのにしきかみのまにまに、と口ずさんでしまったブナ林の紅葉を余計な説明なしに逍遙していただこう。
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山頂へ行かなくてもと思ったが、まあ行ってみよう。
なお、しばらくは伐採作業にかかっている旗立山分岐からブナ林までが危険防止のため立ち入り禁止で時計回りの周遊ルートは使えない。旗立山まで行って林道を戻るか、山頂から来た道を引き返すかのいずれか。遅い時間なので引き返すこととした。
山頂そのものは特筆すべきものはないが、北側の眺望を。
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左上に尖る雲早山への縦走路は丸山西の小ピークから急降下して稜線をたどる。快適な尾根沿いのルートだが、途中で踏み跡が不明瞭となる。かつて8時間コースといわれ、それぞれの駐車場に車を停めて二手に分かれて登り始め、縦走路の途中ですれ違うときに車のカギを交換するというのが一般的だった。携帯電話もない時代、遭遇できずに連絡が付かなくなったらどうするのか、などと考えてしまうが、かつてと比べて踏み跡が明瞭になったせいか、ピストンする猛者もいるという。これは体力的に厳しい。ピストンの場合、雲早山側からの接近が容易かもしれない。
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雲が湧き起こる南の稜線
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雲早山縦走路の降り口(山頂の西側の尾根)へと行くと文字通り絶景が待っている。
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返り咲きのシハイスミレ。先日の鷲敷ラインでのスミレ(マンジュリカ)を更新して今年最遅のスミレ。風が吹く冷たい稜線の南側のわずかな日だまりのような場所。
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山頂からは元の道を引き返す。斜めの残照を浴びた登山道と周囲の木々が織りなす風景こそ心の栄養となるもの
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長閑な時間 太陽の光が滋味あふれる時間帯に言葉や文字は出ない
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山麓へ降りてくると車は1台のみ。もうすぐ皆既月食を迎える月が東の空で輝きを増していた。
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またね
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posted by 平井 吉信 at 11:34| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年11月05日

生態系のゆりかご 那賀川中流域(鷲敷町)


秋が深まるとある一日で昼近くになって出かけるなら那賀川中流域。
鷲敷ラインと呼ばれる河岸、山から次々と流れ込む沢、巨岩と砂の入り交じる生態系の多様性が魅力。車を川沿いに停められるのもよし。

イチョウが色づくと秋の深まりを感じるけれど、この場所がぼくの基準。
色合いはどうだろう。
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ここだけの花 ナカガワノギクは咲き始め
この花は花のなかに花が咲いている
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ときに水没することもある場所で岩陰にひっそりと咲いている ナカガワノギクらしい
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水没する渓流帯の植物 ナガバシャジン
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ジブリの世界を思わせるウメバチソウのつぼみ
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開花は始まったばかり UFOのようだ
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日だまりで返り咲きのスミレ(マンジュリカ)
今年見たもっとも遅いスミレ
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おとなになっても妖精が見える人は自然と一体化しているという
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太陽は西に傾いても川は蕩蕩と流れる
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posted by 平井 吉信 at 11:18| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年10月30日

今年初のサツマニシキ(阿南市)


去年は何度も見たサツマニシキ。
今年も同じ場所で見かけた。
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タグ:昆虫
posted by 平井 吉信 at 00:34| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2022年10月29日

四国のみち 千羽海崖を望むみち 出発は日和佐城


車は日和佐城駐車場へ停めて四国のみちへと入る。
城は長宗我部氏を警戒した地元豪族が1500年代前半に建てたとされるが
1500年代後半には壊されて城址は跡形もなく
昭和の時代の終わり頃に自治体によって建造された展望台である。
(城の写真撮っていない。ごめん)
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さて、四国のみちへ
歩き始めから海岸性照葉樹の森がみちの両側でたたずむ
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カニに出会うのはここが海沿いの高台だから
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明るい森の散策で森林癒し光線を浴びている感じ
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やがて北にひらけた一角に出ると大浜海岸が空を映してきらめきと明るい青であらわれる
はい、前投稿の約束叶いました。対岸からこちらを見るとこうです。
高知でいえば桂浜、日和佐でいえば大浜海岸。
そしてうみがめ博物館カレッタ、ホテル白い灯台、その先に恵比須洞がある。
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まだみちのはじめだけど、おにぎりを食べたくなった
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大浜海岸の海の色はなぜ濃淡を示すのか(いつもそうである)
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さらに空、照葉樹、海を眺めながら行けるところまで行ってみる。
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ツワブキのつぼみ
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ところどころの展望台では見える景色が違う。ここからは白い灯台と恵比須洞が遠くに見える。
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潮騒が近く遠く聞こゆ。沖をゆく船の音、照葉樹を吹き抜ける海風、動く雲…。
ごちそうさま。また一週間やっていけると。
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ここでは森も海も風も雲も主役を争わない。ただそれぞれが存在して営む。
そこにたたずむヒトもその一部、でしょ。

posted by 平井 吉信 at 16:52| Comment(0) | 山、川、海、山野草

ぽつんと3時間 流れる雲を眺める恵比須洞(日和佐町)


イスに座って眼前に180度の水平線を見ながらおにぎりを食べてみる、
大歩危の曲風園の茶葉を持ってきて70度に沸かして香りを愉しむのもさらに良し。
ときどきは直下を通る漁船に目を落とし、
流れる雲やかたちの変化を愉しみながら気が付くと3時間。

途中の道中では降りられる砂浜があり
ぼっかりと口を空けた海の洞穴があり
急な階段を上り詰めると視界が開ける。
そんな場所が日和佐町にある。
(すぐに美波町でしょ、と注意される。お好みで美波町と読み替えてください)

車を降りて海の岸壁に付けられた階段を急降下すると恵比須洞
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今度は急上昇して上がっていく。振り返る景色がご褒美
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ホテル白い灯台
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樹間ごしに翡翠色の海と照葉樹
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雲三態
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桃色の漁船は波間のコントラストを意識したもの 視認性が高いので安全
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この葉はシハイスミレと思うが花後のスミレの同定は難しい
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地上に自生しているスミレはごくわずかだが、そこに生きていることを見つけてなごむ。

夕暮れの大浜海岸 北から眺める
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この場所を対岸から見てみたいでしょう(大浜海岸を南岸から)。
いつかはその願いを叶えます。


posted by 平井 吉信 at 13:01| Comment(0) | 山、川、海、山野草