2019年10月14日

竜宮公園から千羽海崖へ 潮騒と木洩れ日と弁当の休日


体力にと運転には自信がないけど運動不足を解消したい、
景色がよければ多少の遠出は構わない、
できればおいしさを味わいたい―。

そんな人にぴったりなのが日和佐の竜宮公園から千羽海崖への散策である。
竜宮公園は駐車場完備で無料、
手入れの行き届いた芝生と子どもが愉しめるアスレチックもあるが
ほとんど人がいない(過疎の良さもある)。
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公園を見ながら左から散策路へとりかかる
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ほどなく海を見下ろす稜線に出る
樹間の木洩れ日、打ち寄せる波が下から聞こえてくる
α波を呼び出してくれている
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潮騒と海岸性照葉樹の陽光と海と山の大気をつなぐ風を感じる
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緑の生態系に目を留めながら
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大浜海岸 うみがめ博物館カレッタ ホテル白い灯台が見える
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どこかの展望台かベンチで弁当を広げればいい
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恵比須洞を望む
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公園まで降りてくると亀が迎えてくれる
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遊ぶ子どもと若い夫婦、ほっとする光景
希望の燭光のように見えた
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国滅びても人々は幸福に生きていく―。
そんな時代になったのかもしれない。
タグ:日和佐
posted by 平井 吉信 at 13:13| Comment(0) | 山、川、海、山野草

第十堰から河口干潟へ シオマネキもいた


秋晴れの一日、第十堰南岸から堰を見る
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シラサギをはじめ鳥たちの餌場
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青石積みの上堰。第十堰は流れに斜めに置かれ
さらにコンクリートの下堰との二段構造となっている
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下流へ移動する。干潟はどこもカニの楽園
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片手が大きいシオマネキのオス。
大きなハサミは見せかけで餌を食べるときの邪魔。
実用性よりも装飾性。男はつらいよ。
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瓶ケ森の南斜面に源を発して194km、水の旅の終わりは河口干潟。
吉野川下流の生態系とたたずまいは徳島市の財産。
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posted by 平井 吉信 at 00:37| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年10月12日

台風と出張 高知県南西部へ 嵐の海に荘厳な色彩を見た


関東に激甚災害をもらたしている(進行形)である台風19号が
四国に最接近する頃の出張となった。
今回は運休する見込みのあるJRを使わず車で出かけた。

自宅には土嚢を積み、風対策を行った。
出張の車内には水6リットル、即席麺多数、登山用ガスバーナー(プリムスの高効率イータパワー)、バナナ、菓子、飴、テント、寝袋、それに停滞した車内で仕事ができるよう書類の束を持ちこんでの出張となった。
(普段使っているモンベルのシュラフやダンロップのテント、国道や高速道路が寸断されても2日程度はしのげる装備を持っていったのである)。

結果として台風は四国西南部では波浪が主な状況で雨はあまり降らなかった。
帰路の高速道路では風に煽られることもあったが徳島まで無事辿り着いた。

国道56号は土佐佐賀から大方浮鞭までが海沿いを取る。
目線の高さで襲いかかる波を見ながらの運転となった。
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途中でおにぎりのおいしい店へ立ち寄った。
注文するとその場でつくってくれる。
フットスイッチを押すと下半分の米が定量でポップアップし
(どういうしくみなんだろう)
具材を置いて上半分(上下の区別はないが)を置いて海苔で巻いてつくるもの。
こうすると、固めていないのでほろほろ崩れるのと巻き立ての海苔の香り、
それに炊きたての仁井田米が相まって
車内が米と海苔の香りが漂って唾液が出てくる。
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ぼくはいつも生姜とおかかを1個ずつ買っている(1個110円)。
新商品もあった。
https://www.kochinews.co.jp/article/245488/


佐賀の展望台で海を見る人が続々と集まってくる
佐賀港方面を見ると灯台が波に呑まれている
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波が多重に押し寄せる。その厚みは普段の大波とは異なる姿
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大気の壮大な流れが雲に転写されているよう
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広大な大方浮鞭海岸の砂浜が波に覆われて国道まで迫っている
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なぜ波打ち際を走るのか、餌を探しているのか(ハクセキレイ?)
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波で白く靄が掛かった海と陸
不謹慎だが荘厳なものを見ているようで惹かれてしまう
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津波の厚みのように見える。地震が起こったのではと身構えた
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人を惹きつける何かがこのなかにあるのだ。
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posted by 平井 吉信 at 22:45| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年10月05日

徳島市南部の里山を流れる八多川(はたがわ)


徳島市でも南部の飯谷町や八多町には宝物のような里山が残されている。
秋晴れの一日、八多川を遡ってみた。
八多川は中津峰の北斜面に源を発し勝浦川へ注ぐ全長7.5kmの支流である。
山へ入ると八多五滝の名で知られる景勝地がある。

地元の人の話ではこの川にはウナギやモクズガニがいるそう。
不思議なのは海と行き来している生物がいるのに
下流は伏流して水がないのだ。
しばらくは八多川の散策をどうぞ。

多くの人の描く春の小川、秋の夕陽に照る山もみじ…
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みかんや柚などの香酸柑橘がたわたに実る秋、
この川の畔でクラフトビールの醸造をしているなんて
反則ですよ、パトリック・ブラウンさん。
(おいしい少量醸造のビールをこれからもお願いします)
2nd Story Ale Work https://2ndstoryale.jp/
posted by 平井 吉信 at 22:55| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年09月23日

小神子の彩雲


小神子(こみこ)とは小松島市と徳島市にはさまれた静謐な渚、
大神子小神子の小松島側の渚である。
小神子は小松島市からしか行けず
大神子は徳島市からしか行けない。
越ヶ浜をはさんでこのふたつの浜はつながっていないのである。
(その越ヶ浜についての記事がこのブログでももっとも閲覧数が多い)

小神子にはかつて海を見下ろす高台に喫茶レストランがあった。
祖父の知人だったようで開店時に連れて行ってもらい
いただいた紅茶があまりにおいしいのに驚いた。
(いま思い出せば茶葉はヌワラエリアだったかもしれない。小学生ながらに当時からスーパーに売られているティーバッグにはなじまなかったのだろう)

その後、喫茶店は富士ゼロックスの保養施設になり
今年に入って地元企業が入手したと聞いている。

渚に降りて北へと歩く
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北側は切り立った岩場があって地層が露出している。砂礫質のようだ
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越ヶ浜へ通じる岩場は干潮時にたどることができるようだ
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小神子を振り返る
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沖合を船が行く
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小神子のなかほどに岩場がある。子どもの頃の遊び場だった
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沖の小島は一本松と呼ぶ。父が筏に乗って漕ぎだしたのは一文字波止だったが、ぼくは祖父と祖父の知人の船で一本松の近くまで来た記憶がある
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大神子から望遠で快晴の日に撮った一本松の写真
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(対岸は小松島市和田島地区と和田の鼻)

東の空に彩雲が出た
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淡路島が残照で燃えている
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オシロイバナのぞっとするような妖艶さ
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静かな渚の夕暮れにたたずんでいる
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posted by 平井 吉信 at 19:32| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年09月22日

落日の第十堰


どこまでも果てを知らない 空の谷間にこだまする… 


熱を出していたのだろう。
子どもの頃にぼんやりとした意識に吸い込まれていく歌があった。
朽ちていく黄昏感漂う世界に朗々と響く歌声。
誰が歌っているのか知らない(男性歌手だと思った)。

おとなになってわかったその曲は五輪真弓の「落日のテーマ」。
Amazonプライムで見つけて聞いてみたが
何かあの頃の記憶と違うような気がする。

久しぶりに通りかかった第十堰の北岸に夕暮れが訪れる。
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住民投票に至る数年間はここが徳島でもっとも光が当たった場所。
著名人、政治家、県民が訪れてはマスコミの取材がなされた。

ある夜、月の音楽会と称して演奏会があった。
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エストラーダ率いる川竹道夫さんは、
いまや若いギター界のプリンス、徳永真一郎さんの師匠。

コンサートはいつしか河原の草に腰を下ろし
焚き火を眺めながら知らぬ者同士が酒を酌み交わす時間になっていた。

堰本体を透過する水のため堰直下流の水は澄んでいる。
(それは干潮のときだけ。満潮時は海の水が14km上流のこの地点まで到達する)
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そこはシジミなど魚介の宝庫であり
子どもがハゼ釣りなどをして楽しんでいた。
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第十堰は、上堰(かみぜき)と下堰(しもぜき)の二段構えで流れに斜めに置かれることで
水流の抵抗を減らすとともに分流に配慮した構造となっている。
上堰は青石を積んだ箇所があって
大水で堆砂が除かれると思いがけず美しい堰の姿が現れる。
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下堰は昭和30年代にコンクリートで補強されているが老朽化しており、
漏水なのかパイピングなのかはわからないが
水が漏れている箇所がある。
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当時誰が言い出したか、だいじゅう=大事YOUという洒落でカップルが訪れていた
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ところが久しぶりに訪れた第十の堰の北岸は
帰化植物が生い茂るジャングルと化していた。
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かつて音楽会が開かれた場所がどこなのかもわからない。
車の幅すれすれの草をすり抜けて
ようやく堰の間際にたどりついた。
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それでも人々で賑わった往時と変わることなく
鳥たちの営みが見られる。
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誰もいない堰に落日が迫ると、
子どもの頃、熱にうなされながら聞いたあの曲が聞こえてきた。

どこまでも果てを知らない 空の谷間にこだまする… 


いや、聴いているのではなく自分が歌っていた。
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posted by 平井 吉信 at 13:43| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年09月16日

踊りは魂の自由で自在な飛翔 四宮生重郎さん逝く


踊ることはまさに魂を鼓舞すること―。
いまは満月から十六夜を過ぎて立待ち月の頃。
月の光を浴びて身体を自由に動かしてみる。
それが踊り。

ところが今朝の徳島新聞の一面に
阿波踊りの名手、四宮生重郎さん(91歳)が9月15日にお亡くなりになられたとの報せ。

四宮生重郎さんの踊りを動画上で見ることができる。
岩が動いているような安定感。
それでいて律動に合わせて(むしろ先導しているのではと思わせるような)
音楽との一体感。

齢八十を超えてさらに軽やかに
心から踊りを愉しみながら
見る人を幸福にする(見ているほうが放心してしまうほど)。

そこには見る見られるの関係が消えて
ここから空気(場)が変わっていく。
二拍子の動きに現れる静的な間合い、
まるで時間を止めて人生を愉しんでいるかのよう。

かたちに捕らわれることなく自在で
いかなるリズム、音楽にも合わせる融通無碍の芸。
もっとも普遍的な阿波踊りでありながら
誰も真似ができない境地に達し
しかも伝統に縛られることなく軽やかにステップする。
踊りの本質をご覧になったうえで
変えること、変わらないことを見極めていらっしゃる。

かたちにとらわれず、かたちは崩れず
楷書のようで草書でもあり、草書のようで端正でもあり
それでいてどの踊りも四宮生重郎の香りが立ちこめる。
四宮さんの表情を見ていると
脳波ではα波からさらにθ波が出現して
その周辺が彼とともに無我の境地に包まれているように見える。

阿波踊りの至芸 四宮生重郎と藍吹雪鳴り物
https://www.youtube.com/watch?v=Gu8_ywYMLUI

阿波踊りの達人-四宮生重郎
https://www.youtube.com/watch?v=v_4McUq3j4g

スリラーで踊る四宮生重郎さん
https://www.youtube.com/watch?v=8vzuOwTkVl4

このブログで阿波踊りについて触れたのは
神山の桜花連が唯一。
(面識はないが駅前で自在に踊っている姿が地元の盆踊りを彷彿させて心に残っている)

地元に捧げる魂の踊り
http://soratoumi2.sblo.jp/article/73634381.html

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阿波踊りのショー的な側面をを否定するわけではないが
例えば、大音量の荒っぽい鳴り物と切れ味に偏った動きが拍手を浴び、
フォーメーションと称して器械体操のような変化を挟んでいく。
かたちを押しつけてこのかたちを楽しめと強要されているよう。
踊りが終わった翌日から翌年に向けて始まるといわれる厳しい研鑽には頭が下がるが
踊りは魂の自由な鼓舞と信じているぼくには愉しめない世界。
(よさこいを見に行かないのも同じ理由)

近年では行政や新聞社、振興団体間の確執が表面化して興ざめ。
昭和28年にはそれまで設けられていた観覧場を廃止して
市内どこでも自由に踊れて観客と踊り子が一体感を感じられるようにしようとの提案が
当時の徳島新聞社から出されて観客には好評だったときく。
(昭和30年には観覧場が復活することになるのだが)
何かのルールで縛り付けることを辞めていったんはこのスタイルにして
再構築したほうがいいのではと思える。


追記〜阿波踊りの概観〜

踊りのグループは連と呼ばれ、阿波おどり振興協会・徳島県阿波踊り協会・阿波踊り保存協会のいずれかに所属し卓越した技術を持つ有名連、企業連、学生連などがある。

明治の頃の阿波踊りは見せる踊りというよりは参加する踊りでまちかどを流して歩くのが主流で揃いの衣装もなかった。しかしその頃から徳島の盆踊りはまちじゅうが浮かれると話題になりつつあった。阿波藍の繁栄も背後にあっただろう。しかし明治の中頃から安価な化学染料が入ってくると藍商人たちの力も翳りが見えて一時期衰退。

しかし踊る気質は経済低迷でも容易に人々の心からは去って行かない。大正時代には見物人が来るほどになり、昭和初期には徳島市の経済活性化のためということで観光資源として阿波踊りに力を入れるようになっていく。昭和8年にはNHKのラジオで全国中継、昭和16年には東宝映画として「阿波の踊り子」が撮影、会社や店の宣伝を行う企業連が集まり始めた。

それまでは市内のどこでも踊っていたが、踊り子にすれば山場がないということになる。今日のように魅せる阿波踊りとなったのは観覧場を設けたことが大きい。この方向が観光資源化、商業化の流れを加速していった。

今日の有名連と呼ばれる連のルーツは戦前ののんき連からの派生がある。
http://www.nonki-ren.jp/
戦後になって娯茶平連、天水連、藤本連から発展した蜂須賀連などが出現。今日の有名連の原形(系譜)はこの辺りにあり、独自の試行を重ねて今日に至っている。どの連がどの連をルーツにしているかは見る人がみればわかるそうだ。
 
阿波踊りの上手とはアスレチックな訓練ではなく天性のものがあるという。優れた踊り子は子どもの頃からその片鱗があるが、50人に一人ぐらいという。

阿波踊りの道具は通常のものと異なる。下駄は普通の下駄ではだめで女踊りの運動量をこなすための堅牢な設計が必要となる。足袋は足袋でアスファルトで躍動すると腰や膝を痛めるのでクッション性が求められる。これらは専門店で入手できる。


参考文献「阿波踊りの観光化と「企業連」の誕生」(高橋晋一氏=徳島大学大学院ソシオ・アーッ・アンド・サイエンス研究部,国立歴史民俗博物館共同研究員、2014年」
ほか平井の聞き取りによる。
タグ:阿波踊り
posted by 平井 吉信 at 11:47| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年09月14日

養殖アユもここまで来た すだち鮎という商品

父が亡くなってから天然の鮎を食べる機会がなくなっている。
養殖の鮎は見るのも…という感じだったが
先日、県内の養殖鮎を食べて認識が変わった。
(養殖鮎を食べると脂でぎらつくのが常)

体高は天然物よりやや高い養殖体型だが、かなり天然に近づいた。
釣り師にはおなじみの黄斑が見えているのも特徴。
エサのなかにすだちを混ぜているとのことだが
確かに香酸柑橘の持つ抗菌作用や整腸作用もあるのだろうが
それだけでなく水質の管理なども含めて
エサを総合的に吟味されているのだろうと思う。
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そのため、ぶよぶよ感がなく、健康的な印象を受ける。
(ストレスが少ないとか、水の循環が良いとか、エサの質が高くしかも与えすぎていないとか)
天然アユを常食している人に食べてもらっても
おそらくは半分ぐらいの人は養殖と気付かないだろう。
そのレベルである。
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塩焼きがだんぜんおいしいが、さしみもありえる。
(管理が行き届いていれば天然モノと違って 寄生虫はだいじょうぶだから)
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天然アユでも川によってずいぶん味が違う。
(水のミネラル成分も影響している気がする)
吉野川本流や那賀川本流はいまひとつ。
水温の低い川、ダムのない支流などのほうが明らかにいい。
県内では、鮎喰川、海部川、野根川、勝浦川の月ヶ谷温泉から上流あたりだろうか。

父はアユの研究で博士号を取られた在野の研究者、谷崎鱗海さんに教えてもらったと言っていたが
養殖物がここまで来ると谷崎さんが生きておられたら目を丸くされているだろう。

谷崎さんについて以前に書いた記事
http://soratoumi2.sblo.jp/article/174363083.html

ウナギでいえば四万十市の加持養鰻場
http://www.shimantogawa-unagi.jp/indextop.html
以前に地元の商工会議所に同席していただいて訪問したことがある。
天然モノよりおいしい、というのは多くの人の評価。

今回のアユは徳島市国府町の岩崎商店。
(国府町は徳島市内の水道水ではもっともおいしい地区。おそらくは吉野川の伏流水が影響しているのだろう。地質は砂利層と粘土層が分布していると思われるが、もともとの川の流路だった場所なら地下水も豊富だろう)

すだち鮎 岩崎商店
https://s-iwasaki.com/

人知れずよいものをつくっている事業所を応援したくなる。

タグ:吉野川
posted by 平井 吉信 at 16:01| Comment(0) | 山、川、海、山野草

鮎戸ノ瀬とアユ 


吉野川小歩危峡から少し下ったところに
吉野川のなかでも有数の激流をなす鮎戸ノ瀬という場所がある。

アユも一気に上れないので立ち止まる箇所である。
地元の人は流れの緩い場所で錘を付けて針を上下に動かしてひっかける。

鮎戸ノ瀬が太公望で賑わったのは池田ダムができる前のこと。
けれどダムには階段式の魚道があり、上る個体もいるようだ。
(ダム湖に遭遇した個体は戸惑うのではないか。川の上流にどこまでも静水が続く環境は魚のDNA=記憶にはないだろうから)
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吉野川にダムがなければ世界有数の観光地となっていただろうと
インバウンドで賑わう大歩危小歩危と祖谷地区を見ていると思ってしまう。


タグ:吉野川
posted by 平井 吉信 at 14:37| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年09月13日

世界三大土柱のひとつ 阿波の土柱


といってもグランドキャニオンには及ばない。
崖といえばサスペンス。2時間ドラマがテレビから消えて久しい。
確か浅見光彦の事件もここで起こったのでは?
(藍色回廊殺人事件)

土柱へは徳島道(高速)を降りずに阿波SAに車を置いて歩いて行くこともできる。

土柱観光の拠点は土柱ランド新温泉という施設だが、
9月から新たに露天風呂が加わった。
http://dochuland.com/

公営駐車場に車を置いて遊歩道を高度を上げていくうち
西に向いた土柱が現れて正面から対面する。
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さらに土柱のある谷を迂回するように高度を上げていくと
いつのまにか土柱のある尾根に出る。
前の写真で正面に見えていた崖の上に立っている。
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ここの遊歩道には柵もなければ手すりもない。
道ばたから崖になっているのでご注意。
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この土柱を10数年追ってみたのでまとめて並べてみる。
季節も異なれば時間も違う。
それでも土柱の険しさが薄れている様子はうかがい知ることができる。

それも自然の摂理。
変わりゆくことが社会の常であるとすれば
無常が常という矛盾が社会ということになる。
つまり人の世は矛盾を抱えて生きるなかに本質がある。

風に吹かれて土柱を見れば、熱風一辺倒でない秋が忍び寄る。
posted by 平井 吉信 at 22:14| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年09月08日

森に包まれ山気が迫る朝立彦神社(徳島市飯谷町)


徳島市から勝浦町方面に行く方はご存知と思うが
県道に「朝立彦神社」の標識がある。
(読み方は「あさだてひこ」)
もしかして由緒ある神社かもしれない…。
そう思った方は多いのでは。

由来は知らない。
でもこの神社はその立地が異質である。
立派な神社だが、車や自転車でたどり着けない場所にある。

中津峰山系の東端、平石山の尾根を勝浦川に向かってたどった尾根筋にある。
その尾根は馬場のように細長い平坦な空間がある。
ただしそれは崖の上。
このような立地ゆえ、神社へは登山道を経由する。
そのために車を停める場所すらなかったが
近年は奧まで車道が延びて終点に駐車できる場所ができた。
けれどそこからは徒歩のみ。

アプローチの始まりは長柱(なごしろ)の潜水橋を渡るところから。
勝浦川中下流でもっとも秘境感漂う場所。
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潜水橋とは大水が出れば水中に潜ることで流出を防ぐとともに
最短距離で両岸をつなぐため歩行者や自転車通行車には利点がある。
県内の潜水橋で転落事故が起こったため背の低い欄干が設けられている。
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まちから来た人は不安になる細い道を上まで上がっていく。やがて分岐を左折する。ここも道は狭い。
ようやく行き着いた終点に車を停めてさっそく上がりはじめる。

神社の参道というよりは登山。周辺の森は生命感あふれる。女性がひとりでは寂しさを感じるだろう。
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やがて森に包まれて鳥居が見えてくる
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神社のある尾根は崖に囲まれている
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神社が見えてきた。ご祭神は和多津見豊玉彦命
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上がりきると西はそのまま森へと分け入っていく
東は明るい芝生。その昔は馬術の訓練に使ったのではないかと推察(馬場)。
四国では尾根に平坦な地形があるとそのように使われていたはずだから。
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南を見下ろすと勝浦川と勝浦町。
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雨乞いの祈祷が行われたとされるお亀の岩
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東の展望できる場所でおにぎりを食べるのもいい
周囲を見ながら歴史と山気を感じていたい。
(こんな神社こそ霊力あらたかではないかと思えるほど。お願いごとはしないけれど)
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posted by 平井 吉信 at 15:59| Comment(0) | 山、川、海、山野草

夏の夕暮れの森涼み 中津峰(徳島市)


たまには写真だけで構成してもと思う。
(といいながら語っている)
夏の夕暮れに森涼みがしたくなってやってきた。
近所の山だから人が多い日中は避けて静かな散策がしたい。
たぶん頂上もめざさない。
さあ、出かけよう。

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足の長いクモ同士 もつれないかと思うが草の上のスクランブル交差点をやり過ごした
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森の小人は小鳥に似ている
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アサギマダも避暑の羽やすめ
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薄墨の帳が降りてこれから夕ご飯で一日を終えよう
posted by 平井 吉信 at 12:27| Comment(0) | 山、川、海、山野草

静かな時間 夕暮れ前の大浜海岸(日和佐町)


仕事が終わって海を見に来た。
おやつを持ってきている。
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潮騒と散策する足音
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振り返れば松林と雲
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時間が遷ろい色が染みていく
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潮騒を貯えた身体でうちへ帰ろう
タグ:大浜海岸
posted by 平井 吉信 at 12:17| Comment(0) | 山、川、海、山野草

秋の気配、吉野川高瀬潜水橋 空に向かう橋から夢を見た


吉野川について語ってきたが、いまだにこの大河の本質を語り尽くせない。
人間社会にとっての不利な点は地勢が分断されて交通の妨げになっていること。
徳島市が四国でもっとも渋滞するのは川で分断されている水の都構造にある。
そのうえ吉野川で人口の多い県北部との行き来が制約されているのだから。
吉野川がなければ徳島の発展はなかった。その証拠に人口が密集している地域は吉野川の沖積平野なのだから。

上板町と石井町をつなぐ高瀬潜水橋が吉野川最下流の潜水橋である。
両岸とも肥沃な土がつくる県内有数の農業地帯となっている。

県西部への出張で土手を走っていて車を停めたのは予感があったから。
土手の向こうに広がるなにか―。
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そこには大海原のような大河のうねりと空に伸びる潜水橋があった。
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橋を歩き出して上流を見た。そこには海のような川があった。
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ヒバリは空高く雲は天に抜け水は悠然と歩む。吉野川下流の一大叙情詩。

追記
銀河鉄道999号は都市から空に向かって離発着するが、
徳島こそは全国で唯一の電車が走っていない県。
一度ディーゼル機関車に乗りに来てみたら?
(加速感が体感できるよ。デッキではうるさすぎて携帯電話は使えないけど)

※アマゾンプライムに加入していているが、いままで映画が見られる、音楽が聴けるなんて知らなかった。最初に見たのが銀河鉄道999。一度も見たことがなかったから、なぜ哲朗とメーテルが汽車で旅をするのか、目的や背景がまったくわからなかったしどんな終わり方を迎えるのかも知らなかった。それにしても夢がふくらんでいく作品。ゴダイゴの主題歌もいいね(CDを持っているがこれもプライムで聴ける)。子どもの頃、あの曲の音程が取れなくて歌えなかった。短い前奏から前へ前と向かう推進力、転調して回想する場面、詩曲編曲が一筆書きのようにひといきに走り出す。この曲を胸に少年たちは夢を追いかけただろうね。
posted by 平井 吉信 at 11:57| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年09月07日

高知と幡多を食べる


高知県は土佐だけでなく幡多(はた)もあることを忘れないように。
語尾も違えば言葉のアクセントも逆である。

高知駅売店で買って特急あしずりの車内で食べた龍馬弁
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駅弁にうまいものなしといわれるが、この弁当は田舎寿司をあしらいつつ、鯖の焙りずしの香ばしさでピークをつくりつつ、健康志向も両立させたもので安藤商店の会心のできばえ。おいしいだけでなく色合いもおだやかで自己主張していない。作り手の心が見えるような気がする。これまでのナンバーワン駅弁かもしれん。

大橋通り商店街で見つけたモチーフは星座をあしらっている。見つけられるかな
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中村(四万十市)に着いた夜、
びりびりのさしみ(その日の午後に上がったカツオのさしみ)。
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高知県内でも中村あたりの数店でしか食べられない。
もちもちとした食感にカツオの甘み、ぶしゅかん(幡多地方独特のスダチに似た香酸柑橘)をかけて食べる。
うまい。そしてそれは料理して数分以内がピークという足のはやさ。

川えびの唐揚げ(四万十川のテナガエビ)
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アオサの天ぷら(四万十川のアオサ海苔)
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これをふっくらかりっとが店の腕のみせどころ

天高く食欲の秋がやってきた。
四万十市の谷口さんにて(大将、とっておきをありがとう)

posted by 平井 吉信 at 23:26| Comment(0) | 山、川、海、山野草

ナスの炒め料理 


野菜が少ない時季だからナスが出回るのはありがたい。

すぐにできておいしいのがナスの炒め物。
たくさんの野菜とともにみそ炒めしたもの。
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ナスでいうと、直心庵(石井町)の9月限定「秋なすと小えびのあんかけそば〜すだち仕立て〜」がいい。
無心になって食べるというか、目を閉じて口に含むというか。
食べることは幸福感につながることを今年もっとも実感できたかも。
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せいろが普段の定番
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ロールスロイスのタクシーにバスの料金で乗っているような贅沢な感じ。
いつもありがとう。
https://jikishin-an.com/
posted by 平井 吉信 at 23:00| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2019年09月01日

カラスアゲハの…


日和佐川沿いを歩いていると
湿った崖から水が湧き出し水が流れているところがある。
そんな場所は蝶の水飲み場となっている。
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カラスアゲハがいたので近寄ろうとしたが
いつものように接近戦にはならない。
(警戒心があるなしは個体による)
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それでも辛抱強く腰を下ろして動かないようにしつつも
距離を詰めていくと観察をすることができた。
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やや光量の少ない場所で光が躍っている。
蝶の羽ばたきで水彩絵の具がきらめく。
やがて羽根を止めた。
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見ていると尻から水が飛び出している。
水からミネラルを吸収しつつ余分な水を排出しているのだ。
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カラスアゲハに遊んでもらった1時間。
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タグ:日和佐川
posted by 平井 吉信 at 17:58| Comment(0) | 山、川、海、山野草

日和佐川 ミネラルヒーリング


野根川、宍喰川、海部川、牟岐川、日和佐川と続く四国東南部の川は
ダムがないから山のミネラルが海に届く。
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とある浜で泳いだ人の話では
手が届くところにイセエビやアワビがいたそうな。
地球温暖化による水温上昇で磯焼けが心配だが
それを聞いてほっとする。
(イセエビはむしろ水温上昇に強いので関係ないが)

日和佐川ではひさしぶりに集まったメンバーで同窓会をやっているよう。
(川を貸しきりして同窓会だよ)
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これはアキノタムラソウかな
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少し上流に行けば、静かな川の時間。
いつもここで本を読む(Kindleだけど)。
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ミネラルヒーリングの第三弾は日和佐川で。
ここは海部郡美波町(旧日和佐町)。
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タグ:日和佐川
posted by 平井 吉信 at 17:39| Comment(0) | 山、川、海、山野草

海部川ミネラルヒーリング イワタバコが咲いた夏


国道193号線は高松と海南町を結ぶ南北に縦断する国道で
塩江温泉→ 脇町→ 山川町→ 美郷村→ 神山町→ 木沢村→ 上那賀町→ 海南町と続く。

海部川沿いのこの道はかつて舗装していない区間があり
(いまも名残が見られるが)対向できない道だった。
でもその頃の海部川は人が少なく
特に中流には竹林に遮られた河原へと出られるこみちがあり
そこには桃源郷のような場所があって星空を見ながら火を焚いた。


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年降雨量が三千ミリを越え、平均気温が一六度以上の海部川上流の山間部には、
ニホンカモシカ、サル、イノシシが生息する。
ひとたび雨が降ると、王餘魚(かれい)谷の轟(とどろき)の滝には飛沫で近づけない。
川沿いにわずかに開けた土地に水田と集落が点在し、海まであとわずかというところでさえ、アメゴが棲んでいると地元の人が教えてくれた。

初秋の一日、川遊びをしていたら、思いがけない生き物を見かけた。
一瞬目を疑ったが、青や黄色の小さなスプーンのような熱帯魚の群れ。
海から迷い込んだのだろうか。黒潮に乗って運ばれ、故郷に帰ることも日本の冬を越すこともできない南の海の魚たち…(ここは海の水が遠く及ばない中流域である)。

四国の海がもっとも快適なのは、九月から十月にかけてである。
真夏の暴力的な陽射しはなく、渚は静けさを取り戻す。
水の透明度は格段に上がり、クラゲは岸を離れる。
依然として水温は高い。気温が凌ぎやすくなるため、むしろ水を温かく感じる。夏の名残をとどめた九月の風に吹かれて、ほんのり秋の隣の晩夏に浸る。

日焼けした腕を沢に浸す。
ぽたぽたと雫が落ちる腕からは、西瓜の匂いがした。
山からの湧き水は夏でも冷たい。沢が流れ込む水際に川海苔が生えている。

ゆらゆらりゆれゆらら────────

葉っぱが一枚、また一枚流れてきた。
流れに飲み込まれる葉っぱもあれば、流れに逆らおうとして沈んでいく葉っぱもある。流れに身も任せながらも自分で流れを選んでいるようにみえる葉っぱもある。
川は変わることなく、空からの贈り物をせっせと海に運んでいる。何も減らさず、何も付けくわえず…。
せせらぎに耳を澄ませば、やわらかなヤ行の音が聴こえる。

やあろよろ よろやろよろ やろんよろ

生命の活動によって生じるさまざまな背景音が潮が引くようにやんでしまう。風も止まる。その静けさを縫って、厭世観を感じさせる蜩の声が響きわたる。

かなかなかなかなかな
ずぃじぃずぃじぃでぃじいぇ

草むらで突然思い出したように鳴く、擦り切れる虫の声。

ちょんぎいす ぎっちょ すいっちょん

河鹿の鳴く声が川面に木霊し、星がひとつふたつ輝きはじめる頃、水面のきらめきが溶暗していく。音のない水紋が立つ夕暮れ、河童が遊ぶ川の時間…。


夜になると、テナガエビが深みから這いだしてくる。
浅瀬をヘッドランプで照らすとエビの目がオレンジに光るのだが、慣れてくると体の方が見えるようになる。
ここにいそうだ、と思うとそこにいる。先入観を持って見つけるのがこつである。
見つけたら周囲に気を配りながら、小さなエビタマを尻尾からかぶせ、網の上から指で胴体をつかむ。長い手をふりかざしてなかなか網から出ないこともある。
夜の闖入者に驚いたモクズガニが川底を移動していく。赤腹のドジョウは玉砂利に体をくねらせている。

灯に照らされた水底は、波がなければ水があることさえ忘れてしまう。川の流れは一定に見えて実は小刻みに上下し、一団の水塊が川を走っていく。底の石ころが見えたり見えなかったりするのはそのためである。昼間わからなかった川底を滑っていく透明な水の存在に感動する。いつ見てもこのときめきは薄れない。

対岸の山から木の枝の折れる音と猿の遠吠え。流木を集めた焚き火は火の粉を舞い上げ、燃えたくない竹は火に抵抗して獅子脅しとなる。
「あっ流れた!」
流れ星がひとつ、ふたつ──。

ひたひたと天の川は夏の空にたゆたい、すうっと星が流れる夜の献立は、山菜とドンコのみそ汁にテナガエビの塩ゆで、川海苔をまぶした炊き立てのご飯、そして笹をあぶったお茶。

焚き火は風に煽られて燃え盛るが、やがて火の勢いが衰える。
流木を投入する。黒い瞳に焚き火が瞬いている。
炎のゆらぎを見ているとだんだん無口になり、火の向こうに素顔が現れる。暗闇にそこだけ灯る空間、その数光年先には星夜がある。焚き火をぼんやり眺めながらまどろんでいるうちに眠りに落ちた。

 パチッパチ ザクッ
 夏はいつか終わる…

川のほとりで夢を見ていた。朝になればうるさいほどの小鳥のさえずりがあることさえ知らずに。

(「空と海」から)

海部川上流に流れ込む王餘魚谷(かれいだに)にある轟の滝を見よう。


轟神社
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滝壺へ向かう道中で龍神が祀られているようだ
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岩の裂け目から怒濤のように落ちる。
趣の深さでは他に比類するものがない。
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涼しさを感じるのではなく空間に浸るという感じ
山の恵みのミネラル水がそこかしこに飛沫を上げているのだから。
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イワタバコが濡れた岩肌で咲いている。
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天然色の山野草といいたい色合い
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飛沫に打たれながらも全身全霊で咲いている
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珍しいタニジャコウソウのようだ。息を飲む玲瓏としたたたずまい
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海部川上流の屈曲点、皆ノ瀬(かいのせ)。
ここから国道193号が合流する。
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中流に向かう赤橋と大岩は海部川有数の遊び場所
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(かつては通称赤橋だったが緑橋になっている。この岩の直下は海部川でもっとも深い淵で水深10メートルはあると思う。地元のAさんが大物アメゴをねらって釣り糸を垂れていたことを思い出す)

キャンプに最適の場所だから人気がある。レジャーランドのよう(といっても十数人)。
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3千ミリの雨と河畔林、ダムのない川が海にもたらす恩恵ははかりしれない。
これがミネラルヒーリング。
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日本に海部川がないのなら住む価値がない。
そう思って高校の頃から自転車で通っている。
タグ:海部川
posted by 平井 吉信 at 12:32| Comment(0) | 山、川、海、山野草

大砂海岸 外洋は波高し 熱帯魚と人が近い海の物語


波静かなこの入江は知られざる渚だった。
20代の頃の新聞で見かけた記憶があって
「真水なら飲めるほど」と書かれてあった。

その後、砂が運ばれ、シャワー室と駐車場が完備して
人間が愉しむには理想の状態となった。
それでもここに車を停められなくて…という状況にはならない。

ただし波静かなのが物足りない人もいる。
けれど浜の南は岩礁があって生態系観察にはうってつけ。
少し沖には砂どめの水中堤がある。
少し沖へ出ると急に深くなるので驚く人もいるが、
水中堤まで行くと干潮時には足が届くこともある。
いずれにしてもこの海岸は離岸流もなく安全な水域である。

この水中堤を超えると今度はさらに深くなる(水深5メートルぐらいか)。
ぼくはここで2時間ぐらい浮き沈みをする。
シュノーケルは使わないでコーグルだけ。
浮き輪も邪魔になるので要らない。
疲れたら顔を上に向けて浮いている。
気が向けばまた潜る。
魚が多いから見ていると楽しい。

チヌやイサギ、アオブダイ、グレ、カワハギはもちろん
名前は知らない熱帯魚がいる。
オリンパスのTG-6を買っておけばよかった)
だから夏になればここに来て海に浮いている(ときどき潜る)。
そうしていると1時間ぐらいはすぐに経つ。
浜に上がるのが面倒なときは仰向けで浮いている。
(これをミネラルヒーリングと名付けた)
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でもきょうは波がある。
波があってもこの程度なら危なくはないが
ときおり大波が来ることは覚えておこう。
外洋を見るとこのとおり。
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おだやかなときも
波の高いときもあるけど
ここがあるから徳島の南部は輝くと思っている。


posted by 平井 吉信 at 00:59| Comment(0) | 山、川、海、山野草