NHK特集「土佐・四万十川〜清流と魚と人と〜」(1983年9月12日)
日本最後の清流という有名なコピーはこのときから。この番組は初回放映時に見ている。それからは寝ても覚めても四万十川となってしまい通うようになったもの。
当時は高速はできておらず、広瀬や口屋内までなら10時間かかっていた。特に帰路の眠いこと。須崎の手前でお決まりの渋滞が始まるとうんざりしたもの。
これを見ててわかるよね。人を集めるのではなく、人が集まる発信をすること。その前提として地元の人が地元の良さに気付いていて日常(ケ)の光景を自ら楽しむ。そこによそものは惹かれる。
そうだとしたら、徳島の観光の魅力度ランキングが低いのは、「地元の人が地元の良さに気付いていないから」という本質に突き当たる。
映画やアニメなどのロケ地やゆかりの場所を訪れる動機もそう。地元の人から話を聴いたり地元の人が行き交う飲食店で思いがけないことがあったりして結果として観光コンテンツになっていく。
高知県は観光では不利な立地にある。飛行機を除いて陸路はいずれも四国山地を越えなければならない。その飛行機にしても高知空港から室戸岬や四万十川、大月町をめざすとなれば100km以上離れている。そんな不便な場所に光を当てた(龍馬やカツオがあるといってもそればかりでは飽きられてしまうのだ)。
つまりは全国基準の観光のモノサシ(うまい食べ物+温泉+まちなみor絶景+娯楽ソフト)をひっくり返して提示した。すると(不便、遠い、ゆったり、地元にとっての当たり前)が心にしみてきてトップになるのだ。
四万十川では、江川崎(えかわさき)から中村までの間、岩間とか口屋内あたりは悠然と流れる大河が山裾を洗いながら川漁師など人と川の営みとともに日本の桃源郷のようなたたずまい。そして人を拒むかのような離合が困難な細い道。そもそも大河の下流なのに平野がない。ぼくも何度か江川崎からカヌー(ファルトボート)で降ったことがあるが、魂の洗濯であった。
赤鉄橋上手右岸にある入田のヤナギ林の菜の花の小径

2023年3月の
菜の花まつりのポスター。青い橋脚は最下流の佐田沈下橋




初夏を迎えた四万十川の空高く



若い恋人たちのデートは沈下橋で。彼女が頭から飛び込むのを下流で待っている男の子

土手がなく河岸段丘が続く中流域の里山は四万十川らしさに満ちている


窪川から江川崎まではJR予土線が四万十川に沿うように走る。これは特別列車の
しまんトロッコ。

JR鉄橋と並ぶ第一三島沈下橋。中流域は
穿入蛇行(Googleマップ)が楽しい

収穫の秋を迎えた窪川のたんぼ


静かな里山の秋は河岸にも

深沈とした淀みに小舟 陰影ある晩秋


最下流にある佐田沈下橋は欄干がなく全長291メートルと長い

佐田沈下橋から下流。ここは四万十市(旧中村市)

岩間沈下橋に春の気配

四万十川を連想させる音楽はジャズピアニストの河野康弘さんの作品
組曲「四万十川」が素敵だ。
忘れられないのは1996年8月3日(土)、ぼくが事務局の一翼を担った
水郷水都全国会議・徳島大会のオープニングで吉野川をイメージするピアノ商品を即興で弾いていただいたこと。この楽曲は残念ながらCDにはなっていないが、水が滴りこぼれ落ちる滴のような音階はいまも耳に残っている。
ブログ内では「
四万十川のタグ」からどうぞ。
.。'.*.'☆、。・*:'★ .。.・'☆、。・*:'★
.。'*・☆、。・*:'★ .。・*:'☆
☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆ .。・:'*・':'・★
NHKスペシャル「仁淀川〜青の神秘〜」(2012年3月25日)
そして仁淀川。どちらも風景の美しさだけでない川漁師や流域の人々との関わりが濃厚に描かれていた。
実はそれまで仁淀川は印象に残っていなかった。源流部の面河渓谷は四国でももっとも歴史あるリゾート渓谷として大好きな場所だが、上流部では連続するダム群で川の墓場状態(吉野川上流部もそう。ダムのない四万十川はえへんと言っている)。中流域はダムのもたらす細かい砂が堆積して川底は必ずしも良好ではなかったから。
穿入蛇行においても四万十川中流域の豪快で絵に描いたような規模とは違う。どちらの川も共通点があるとしたら、本流の中流から下流にかけてのゆったりと流れる様子、本流とは異なる支流の清冽な水の表情である。もし比べるのなら総合力では仁淀川の魅力が優る。どちらも大好き。
仁淀川では土居川(その支流の
安居渓谷)、上八川川(その支流の枝川川のにこ淵)、中津渓谷などある。そして源流部は面河渓があり、祖父母にもらった絵葉書が宝物だった(いまも手元にある)。
2012年の「仁淀川〜青の神秘〜」では「仁淀ブルー」という色彩が印象づけられた。単に清流というだけでない独特の明るい水晶のように深沈とした色なのである。しかも仁淀ブルーはいつでも見られるわけではない。水量(水が淀むと珪藻類が目立つ)、増水後の一定の期間を経た川底の良好な状態で太陽の光を受けて緑色片岩が光を反映するなど、さまざまな状況が合致してのみ見られる。ということでぼくも仁淀ブルーは数回しか見ることができていない。
それでもこんな具合です。
→
仁淀川のタグこの番組では音楽も秀逸であった。高木正勝さんというアーティストの作品が使われた。オープニングで使われた映像の冒頭では、今回のらんまんロケと同じ場所ではないかと思った(ただし当時といまでは川の澪筋が変わっているようである)。
高木さんの音楽は、自然界に存在する音や人の息づかいなどが時代や国籍を超えた音楽の詩として結晶していて唯一無二となっている。仁淀川を構成する「niyodo」は当初配信のみであったので入手したが、その後「niyodo」が収録されたアルバム「おむすひ」が発売されたのでそちらも購入。


コード進行とかアレンジとかではなくもっとプリミティブなもっと原始的な物を置くところで共鳴する感じ。社会を忘れさせる音楽というか、音楽の枠から飛び出した魂の逍遙のひととき。
四万十川と仁淀川があるだけで生きられそう。高知の人はえいのう。