2014年04月15日

標高6.1メートルの日本一低い山にも咲いた


仕事で近くに来た際に立ち寄ってみた。
徳島市南部にある弁天山は、
自然の山ではもっとも低いとされている。
登山といってもスーツのままで
ほんの数秒。

かつては登山道が舗装されておらず
そのほうが山らしかった。

DSCF1221-1.jpg

思い出した…。
2002年に山と渓谷社の月刊アウトドア
藤田順三編集長のご依頼で
この山の紹介文を書いたのだった。

(以下に著者が著者の文章を引用)

日本一低い自然の山の山開き(弁天山)

 徳島市南部の田園地帯にそびえる弁天山の標高は6.1メートル。2002年6月1日にはその標高にちなんで初の山開きを行った。ここは国土地理院の職員が調査し、自然の山では日本一低いとした山。それを受けて地元では平成10年に弁天山保存会(井上武会長)が結成された。なんでも源平合戦の頃は、海に浮かぶ一本松の小島であったらしい。

 テープカットを待ちわびた地元の子どもたちが列をつくって少しずつ上がっていく(山頂は八畳ほどの広さしかない)。見回すと地元の人がほとんど。しんがりに近いぼくの順番は690番。この日は約七〇〇が登山認定証をもらったことになる。

 赤い鳥居をくぐり抜けると山頂までは登山道が整備されており、道に迷う心配(?)はない。はずむ息で10歩上がると尾根にたどりつき、右へ曲がって数歩で頂上となる。山域は樹木や草木に覆われているが、松の切り株がある八合目には岩盤が露出し、森林限界を越えた山域の様相---これは明らかに山登りだ。頂上には安芸の厳島神社から分祀した弁財天が祀られている。

 この山にはかつて天に突き抜けるようにそびえる老松があった。しかしマツクイムシに病んで昭和55年に切り倒された。遠くを見つめるようなまなざしで「なつかしいわ」とおばさんがひとりごと。農作業のお昼を松の木陰で食べたのだ。「この辺まで松の影になったんとちゃうで」と山裾のはるか外を指し示す。「早く来ていい場所を取らないかん。柳ごおりに弁当を入れてせっせと通ったもんよ」と話に割って入ったおじさん。人をつないだ弁天山の松は切り株となった今も横たわる。

 たかだか6.1メートルといえども、田んぼのなかにぽつんと突きだしているので高度感がある。田んぼを吹き抜ける初夏の風。若い女性が「気持ちいい」と目を閉じた。周囲を散策すれば、山から流れる用水は水量が多く、田んぼには、タニシ、オタマジャクシがたくさんいる。6〜7月の夜はホタルが飛び交うここは里山ビオトープ。

 希望者には山頂で結婚式も企画する。日本一低い山から人生を始めれば、あとは上がるばかりだとか。どこが日本一であってもいい。日本一はそれを見ようとする人の心のなかにあるのだから。

[欄外情報]

 弁天山までは、JR地蔵橋駅から徒歩で約15分。徳島市内からはクルマで市立動物園の標識に従うとわかりやすい。

 方上(かたのかみ)地区…徳島市南部に位置する里山に囲まれた集落。三つの氏神様と山の神様を祀りながら弁天山とともに四季折々のくらしがあったという。


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ぼくにこの仕事を依頼された藤田元編集長が
お亡くなりになったと伺った。
月刊アウトドアが魅力的だったのは言うまでもなく、
知性や良識を内に配置して決して飾らない温厚な方であった。

阿南市のN食品の社長がお亡くなりになられたことが
本日になって偶然耳に届いた(出張中で気付かなかったのだ)
61歳とはあまりに早い。

このところ、60代前半で亡くなる方々が相次いでいる。
それも惜しまれる人たちばかり。


タグ:神社
posted by 平井 吉信 at 00:19| Comment(0) | 生きる
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