2014年02月21日

1972年、札幌。ジャネット・リンを知っていますか? 2014年、ソチ。浅田真央を見ましたか?


1972年、札幌。
金メダル候補として五輪に臨んだ「銀盤の妖精」。
彼女は練習でも失敗しないといわれたスケーターであったが、
なんと本番で尻餅をついてしまった。
しかし、その後の演技は意気消沈するどころかますます冴え、
演技を終えた。
そして、満面の笑顔で観客に一礼をした。
この態度に世界中が魅了された。
ジャネットの芸術点は満点であった。

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深夜に仕事をしていたぼくはメールを受信した。
「真央ちゃんが、すばらしい演技をしたよ!!」

年度末に差し掛かって、仕事の量は想像を超え
今回のオリンピックは一度も見ることができない。

悲壮感を湛えてのスケート。
そう感じていた。

お世話になった人のため、
国のため。
それでは力が出ないよ、
とメールを返した前日。

競技である前に、
誰かを幸せにするという気持ちを込められたら―。
特定の誰かではなく、世界中の人たちのために。
無目的、無償の愛にも似て。
それが選手に力をくれる。
その力は人々に返される。
―共感力。

オリンピックの持つ政治性と利権、
採点競技における不可解な結果が積みあげられるたび、
オリンピックを見ることが少なくなっていった。
いまでも東京での開催に喜びを見出せない。

しかし、選手は違う。
国のためにオリンピックをしなくていい。
そう思っていても
挑戦する者だけが背負う苦しみ。
そして乗り越えるものだけが味わう高揚感。

それを音楽にしたのがベートーヴェン。
ベートーヴェンの音楽への共感は、
音楽の素養と比例しない。
音楽を勉強しているからわかる。
有名な指揮者だから良い。
それは違うと気付いたから
自分で指揮するしかないと思った20代。

その頃、よく聞いていた
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
好きな女の子を思いながら
むせかえるような情感のリヒテルのピアノに浸った。

2014年、ソチ。
プレイバックを見た。
あのラフマニノフ2番の導入部に乗って
青い衣装とスケート靴が軽やかに滑り出した。

前日は信じられない失敗をした。
もう後はない。
それをフリーでカバーできる点差でもない。
試合に出るだけでも棘の道だが、行くしかない。
もう後はない。

万感の思いを込めて
一挙手一投足に魂が宿り、
跳躍がことごとくあるべきところに決まる。

曲がコーダに向かって加速すると
ステップは鎖を断ち切って疾走を始めた。
千手観音の影絵が光を放ちながら移動していく。
誰と比べるでもない、過去も消え、
観客も消え、本人もそこにいない。
これほど壮絶な演技は見たことがない。

結果はどうであれ挑戦を続ける。絶対に止めない―。

その突き抜けた決意が
時間、空間、国を超えて伝わっていったに違いない。

商業主義の順位はどうでもいい。
自分が納得できること。
それでいい。

でも、良かったね。


【追記】
ラフマニノフの2番が好きになれば
身悶えするような恋がしたくなるでしょう。
若い頃の秋をこの曲で過ごせたことは幸せ。
手持ちは、以下の4種。
・リヒテル/ヴィスラツキ・ワルシャワ響
・アシュケナージ/ハイティンク・アムステルダム・コンセルトヘボウ
・ツィマーマン/ボストン響
・ユジャ・ワン/アバド・マーラー室内管

どれも名演だけれど、ロマンティックに浸るのなら、
もっとも録音の古いリヒテル。
チャイコフスキーとの組み合わせで千円ちょっとで買える。

チャイコフスキー&ラフマニノフ:ピアノ協奏曲、他

新しい録音ならこのブログでも紹介しているユジャ・ワン

Piano Concerto, 2, Paganini Variations: Yuja Wang(P) Abbado / Mahler Co


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国益を損ねる発言をやめない政治家や作家。
あの戦争はすべての人に災いをもたらした。
まずはその現実を直視する。
敗戦国ゆえ、事実が歪曲されていることがあったとしても
それも試練と受け止める。
なぜ、もっと大きな精神で包み込めないのだろう。
まず、心の距離を縮めること。
何が正しいかにこだわる限り未来はない。
「何が」ではなく「どのように」。
日本が世界に範となれることはたくさんある。
信頼関係が構築できたら
協働作業で歴史の検証を進めていけばいい。


タグ:音楽
posted by 平井 吉信 at 22:31| Comment(0) | 生きる
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