2013年12月31日

BREEZEが心の中を通り抜ける A LONG V-A-C-A-T-I-O-N


2013年の大晦日、突然に訃報がやってきた。

80年代のカーステレオから流れてくるのはこのアルバム。
1981年3月21日発売の大滝詠一「ロング・バケイション」。

久しぶりに棚から取り出したアナログレコード。
ジャケットはあの日のまま輝いている。
(シュガーベイブやナイアガラ・ソングブックなどもある)。
D7K_5709_NX2.jpg

シングルカットされた「君は天然色」が有線から流れ出すと、
夏を迎えることなく大ヒットとなった。
翌1982年、
CDがCBSソニーから3500円〜3800円で発売されることになる。
世界で最初のCD、その第1号ともいうべき、
35DH-1という商品番号が与えられていた。

ぼくは、レコード(27AH-1234)から
ソニーのカセットBHF46にダビングして
クルマで聴いていた。
(この時代のCD化は概して失敗。CDプレーヤーの完成度が低いこともあるが、トラックダウンなどの処理のノウハウもデジタルに不慣れであったせいか、買うのはアナログだと思っていた)

カセットはノイズがあって音が悪く、
テープも伸びると思われているが、
いまも手元にあるカセットをウォークマンプロで再生しても
伸びているものは見かけない。
音の悪いCDをカセットに録音し直すと
聴きやすくなることを経験したのもこの頃。
サーという高域のヒスノイズが気になるのは最初だけで
いつのまにか人間の脳が補正してしまう。
(むしろ量子化の隙間を適度に埋めて音楽再生に貢献していたのではないかと)
だから、ノイズを低減するドルビーCなどをかけると
かえって音楽の躍動が損なわれてしまうことも知っていた。

どうやって生きるかに悩んだ70年代は過ぎ去り、
80年代を迎えた若者は自信に満ちていたようにも思う。
田舎の若者たちは給料の大半をつぎ込んで
お気に入りの5速マニュアルのクルマを改造。
カーステ全開で海辺を走ればそれでご機嫌。
将来の不安など微塵もなかった。
大きなラジカセを肩に担いで
500マイルは遠くない、
と若者を旅と音楽に誘うCMが流れていた。

ぼくは、ミノルタの一眼レフを片手に
自由な気分が横溢する時代を感じながら
南太平洋の島をめぐり、
日本各地、四国各地を歩いた。
できないことなんてないと思っていた。
死にかけたこともあるけれど、楽しかった。

音楽も世相を反映してか、まさに百花繚乱。
大滝詠一が発売された1981年の
シングルとアルバムの年間売上10位は以下のとおり。

◆昭和56年(1981年)のシングル売上10位
1位 寺尾聰:「ルビーの指環」
2位 竜鉄也:「奥飛騨慕情」
3位 近藤真彦:「スニーカーぶる?す」
4位 イモ欽トリオ:「ハイスクールララバイ」
5位 松山千春:「長い夜」
6位 都はるみ:「大阪しぐれ」
7位 シャネルズ:「街角トワイライト」
8位 五輪真弓:「恋人よ」
9位 松田聖子:「チェリーブラッサム」
10位 松任谷由実:「守ってあげたい」

◆アルバム10位
1位 寺尾聰:『Reflections』
2位 大滝詠一:『A LONG VACATION』
3位 アラベスク:『グレイテスト・ヒッツ』
4位 松山千春:『時代をこえて』
5位 T.C.R.横浜銀蝿R.S.:『ぶっちぎりII』
6位 オフコース:『We are』
7位 中島みゆき:『臨月』
8位 ノーランズ:『恋のハッピー・デート』
9位 ノーランズ:『セクシー・ミュージック』
10位 五輪真弓:『恋人よ』

そして、バブルの崩壊とともに80年代はその終焉を迎える。

久しぶりに、レコードをターンテーブルに載せる。
アンプは、オンキヨーのデジタルアンプから
ビクターのアナログアンプに戻した。
(良質のフォノイコライザーを内蔵している)
チューニング音から「君は天然色」が始まった。
アルバム全体に「A」コードのソノリティが充ちていて
大滝詠一の声も南のリゾートに誘った。

手元には、極上のアナログレコード(初回プレス)、
そして20周年リマスターCDがある。
けれど、いま買うのなら
2011年に発売された30周年リマスターだ。

視聴ボタンから流れる音楽を聴いただけで、
20周年リマスターと大きな違いがある。
(20周年盤は鮮明だけど違和感があって最後まで聴き通すのがつらい)
あの時代の空気を感じるのは、
30周年リマスターだ。
(早めに押さえておかないと入手が難しくなりそう)
A LONG VACATION 30th Edition


追記

大晦日の夜、除夜の鐘の鳴る頃、
ロング・バケイションを久しぶりに部屋で聴いた。

さすが、オーディオシステム。
カーステレオでは聞こえてこない
音の万華鏡が手に取るようにわかる。
コーラスの多重録音や楽器の細やかな出し入れなど、
凝った音づくりに聞こえるけれど、
音楽の流れは途切れていない。
もしかして、基本トラックの音録りは
通しで、それもワンテイクで拾っているのではないだろうか。

アルバム全体を通してリゾート一点張りの音楽ばかりではない。
曲想の変化を持たせてみました、
と取って付けたような不自然さはないのに、
センチメンタルを表現しようとはしていないのに、
オプティミストやペジミストの佇まい、
メランコリーが立ちこめる。

レガートでつないだ旋律に運ばれて
言葉の音節が日本語の位置に縛られることなく自在に動く。
ロックのリズムというか、曲の魂を優先させたからだろう。

雨のウェンズデイ、スピーチバルーンが流れる頃、
日付が変わった。

大滝詠一は楽曲にメッセージを込めることはしない。
職人芸で音を紡いでいくだけ。

好きにやりなよ―。

そんな大滝詠一の世界観。
追悼の文章なんて彼に似合わない。
あの時代の空気が、いまの時代に必要だから。
posted by 平井 吉信 at 16:43| Comment(0) | 音楽
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