2013年09月03日

いまの時代だから吉松隆 音楽の花がしずしずと開く 


虫の鳴く声に秋が濃厚になってきた。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番が似合う季節となった。
以前に、ユジャ・ワンを紹介したけれど、
ロマンティックが好きな人はリヒテルなど。
ツィマーマンはいいけれど、
ピアノの表現の深さに圧倒されてしまうので。

作曲家たちは、♪の高さと長さで躍動するいきものをつくる。
ところが、そのパターンも無限にあるわけではない。
もう、美しい旋律は出し尽くされたのではないか。
いまの時代にそぐわないのではないか。

いや、そんなことはない。
むしろ、それを受け止める人々の心が変わったのだと。
木訥とした東歌(あずまうた)や
愛の歓びを直截的にうたいあげた
万葉の時代に戻れないように
(新古今の時代にはすでに失われてしまった)
21世紀は、
美しい旋律をそのままに愛でることをためらうようになったのか。

作曲家が旋律を奏でることを諦めた21世紀に
日本の作曲家が挑戦しているようだ。
とはいえ、決して懐古趣味でもなければ、
耽美的に過ぎることもない。

吉松隆との出会いは、
英シャンドスレーベルから発売された
ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」だった。
静謐、耽美、躍動を織り交ぜた佳品で
夜の空間にぽつんと浮かび上がるように
少しずつ花開いていく。
包まれながら眠りを誘う楽曲。



よく聴いているのは「プレイアデス舞曲集」。
これは、田部京子のピアノが超絶的に美しい。
ピアニストの独白と楽曲の語りかけが溶け合い、
聴くものをこのうえない幸福感に包む。
彼女のモーツァルトの協奏曲やシューベルトなども
実演で聴いてみたいと思う。

作曲者自身が次のように解説されている。
「プレイアデス舞曲集」は、虹の7つの色、いろいろな旋法の7つの音、様々に変化する7色のリズム、を素材にした「現代ピアノのための新しい形をした前奏曲集」への試み。
 バッハのインヴェンションあたりを偏光プリズムを通して現代に投影した練習曲集でもあり、古代から未来に至る幻想四次空間の架空舞曲を採譜した楽曲集でもあり、点と線だけで出来た最小の舞踊組曲でもある。


NHKの大河「清盛」でも、
重要なモチーフとして挿入されたのは、
プレイアデス舞曲集の「4つの小さな夢の歌 」から
「春:5月の夢の歌」だった。

CDでは2枚に分かれていてどちらも揃えるべきだが、
ぼくは第2集をよく聴いている。





交響曲第4番。
それは、古今の交響曲の旋律のいいところどりという
楽しい交響曲である。



もしかして、吉松作品は、東日本大震災を経験した私たちが
もっとも必要としている音楽なのかもしれない。

自宅の庭の花。
この花も朝露を浴びて、開くことを夢見ている。
いや、意思の力で開く。
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タグ:音楽
posted by 平井 吉信 at 22:54| Comment(0) | 音楽
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