笹の山を歩きたい―。
そう思ってふと思いついた疑問がある。この環境って四国だけなのだろうか?
天空の笹原ですれ違う登山者(県外からが意外に多い)が、異口同音にその景色を称賛する。
そこでAIと考察を進めてみた。最後は冷静な分析による(予想はしていたが)受け容れがたい結末となった。
(テーマ):四国の森林限界を超えたクマザサに覆われた山岳地形について
(問題提起・ぼく)
本州では森林限界を超えると岩場(裸の土壌)になりますが、四国ではおおむね標高1700メートルを超えるぐらいから笹に覆われた尾根を快適に歩くトレッキングが可能です。高温多湿の環境が関係しているはずですが、九州ではあまり聞きません。日本では四国特有の山岳環境でしょうか? 剣山から次郎笈、山嶺に至るまでとか、丸笹山から赤帽子山、塔ノ丸などの剣山周辺や、愛媛の寒風山や伊予富士などが該当します。
(AI)
とても面白い地理・植生の問いですね。調べてみましょう。
非常に重要なキーワードが見つかりました。「四国山岳地域における『疑似森林限界』の動態と変遷史」という科研費研究が進行中です。もう少し掘り下げます。
十分な情報が集まりました。非常に奥深い問いで、学術的にも現在進行形で研究されているテーマです。整理してお伝えします。
◆四国の「笹原の尾根歩き」? なぜ四国に特有なのか
まず植物の確認:「クマザサ」の正体
ご指摘の笹は、厳密には**ミヤマクマザサ(またはスズタケ)**です。剣山の植生を見ると、麓のブナ・ミズナラ群落から標高が上がるにつれウラジロモミ・コメツガ群落に移行し、山頂・尾根部は「ミヤマクマザサ群落」となっています。登山者が「クマザサ」と呼ぶのはこの総称で、日本のブナ林では林床に大型のササ類が密生することが多く、これらをまとめてクマザサと呼ぶこともあります。
◆核心:これは「疑似森林限界」という概念
研究者たちが注目しているのはまさにここです。四国の一部山岳地域には、気温環境に規定された「森林限界」は存在しないはずにも関わらず、本州中部山岳地などで認められる木本の生育限界(森林限界)に極めて酷似した「疑似森林限界」が広がっています。この植生景観の成因には、自然条件に加え人間活動の影響も関与している可能性があるが、双方の観点から総合的に研究された事例がないため、変遷史に関しても未だ解明には至っていません。
これは2023〜2027年の科研費研究(国士舘大学・小山拓志准教授ら)で現在まさに解明中のテーマです。
◆成因として考えられる複数の要因
@気候要因(降水量と風衝)
四国山地の南部は太平洋側気候で年間降雨量2,500mm以上、北部は瀬戸内式気候で1,500mm以下と、山地を境に気候が大きく異なります。稜線は南北双方からの風雨をまともに受ける環境で、森林限界の要因として、低温・乾燥のほか、水分の過剰、強風、降雪によっても局所的に現れることがあります。強風・多雨の尾根上では高木が根付けず、背の低いササが優占できる条件が整います。
加えて、剣山山頂の気候区分はケッペンの亜寒帯湿潤気候(Dfb)で、日本で最西端・最南端の該当地点です。気温条件は亜高山帯並みでも、降水量が本州アルプスより格段に多いため、乾燥で土壌が剥き出しになる本州型の高山植生にはなりません。
A人為的要因(焼畑・野焼き)
科研費研究の2024年度成果として重要な発見が出ています。2024年度は四国山岳地における焼畑の分布および変遷を明らかにするため、農業センサス集落カードのデータおよび旧版地形図に示されている三椏の栽培地を基に、GISによる空間解析を実施しました。つまり、かつての焼畑農業が高標高帯の樹木を排除し、ササが侵入・定着したという仮説が有力視されています。ミツマタ(三椏・和紙原料)は剣山周辺山村の重要な換金作物であり、山腹の焼畑との関連が注目されています。
なお同研究の草原分布解析では、堂ヶ森周辺で下限高度1,450m前後・上限1,689m、二ノ森周辺で下限1,700m程度・上限1,929m、瓶ヶ森周辺で下限1,650m前後・上限1,896m、寒風山稜線で1,600〜1,750m程度という分布が確認されています。おっしゃる「1,700m超」という感覚と非常によく合致しています。
Bササ類の競争力の強さ
スズタケは林床に密生するため、林床の光環境が極端に悪くなり、他の植物の侵入を妨げ、ほとんどスズタケからなる群落を形成することが多い。また、上層の高木が伐採されても残存するため、天然更新の大きな阻害要因にもなる一方、地下茎が土壌表層を緊縛し、土壌保全に対してきわめて有効な働きをしている。一度ササが定着すると、自己強化的に高木の再侵入を防ぐ性質があります。
◆九州ではなぜ目立たないか
おっしゃる通りの疑問で、いくつかの理由が考えられます。
地形・標高の差:由布岳(1,583m)、九重山(1,791m)など、九州の主要峰は四国主脈より概して低く、笹原が展開できる標高帯が稜線まで続かない山が多い。また由布岳など九州の草原の多くは野焼きによって維持されている草地であり、笹原というより草原(ススキ・チガヤ系)として維持されているケースが多い。
◆火山性地質の差:九州には阿蘇・霧島など大規模火山が多く、火山灰地質の土壌は笹の根茎定着に向かない部分があります。四国山地は非火山性の急峻な結晶片岩・砂岩系地質で、笹の地下茎が安定して発達しやすい環境です。
◆降水量・雪の差:四国山地の冬は、本州中国山地を超え関門海峡を抜けた寒気が瀬戸内海の水蒸気を取り込んで四国山地にぶつかるため雪が多いのに対し、九州山地は積雪が少なく、春の雪解け水による笹への安定した水分供給が少ない。
◆まとめると
〔四国山地〕
主要峰の標高:1,700〜1,982m(笹原帯を十分持つ)
降水量:太平洋側2,500mm超、尾根は強風多雨
地質:非火山性・結晶片岩系
積雪:多く、笹への安定した水分供給
人為的履歴:焼畑・ミツマタ栽培による高標高攪乱
結果:笹原が高木の代わりに稜線を占有
〔九州山地〕
主要峰の標高:概ね低め・笹原帯が狭い
降水量:多雨だが四国ほど集中しない
地質:火山性土壌が多い
積雪:少ない
人為的履歴:野焼きは草地(草原)の維持が主
結果:草原か森林に移行しやすい
**「四国特有か」という問いへの答えは「ほぼそう言ってよい」**です。本州でも深山の尾根に笹原は存在しますが、それは真の森林限界を超えた雪田周辺など条件が限定的です。四国のように「熱帯性の多雨・強風・歴史的な焼畑攪乱・非火山性地質」が重なって1,700m前後から笹原の快適な尾根歩きが連続する景観は、日本では四国山地に特徴的な環境と言えます。なおこれは現在も学術的に「疑似森林限界」として研究が進んでいる未解明のテーマで、2027年までに新たな「森林限界論」が提唱される可能性もあります。
(ほく/問題提起)
現在も研究が進行しているとは?(地道だけど必要な研究で良いテーマですね)。人為的な起源の可能性も秘めながら、やはり地形と気候の要因が大きいようですね。そこでさらに質問です。疑似森林限界と森林限界の違いとは?
(AI)疑似森林限界と森林限界の違い
◆本来の「森林限界」とは
一言で言うと、気温によって高木が育てなくなる境界線です。
森林限界の主な要因は低温と乾燥であり、低温は光合成を失活させて水の蒸散を弱め、ガス交換や根からの窒化物吸収の効率を悪くし、凍結した雪氷からは水を得ることができません。本州アルプスや富士山で見られる「ここから上は岩場と高山植物」という明確な境界がこれです。気温という物理的限界なので、どの方角の斜面でも、人がいなくても、基本的に同じ高度に現れます。
日本では概ね夏の平均気温が10℃を下回る高度が目安で、本州中部では2,500m前後に相当します。
◆「疑似森林限界」は何が違うか
見た目は森林限界そっくりですが、気温以外の要因で高木が排除された状態です。四国の場合、気温だけで判断すれば剣山(1,955m)や石鎚山(1,982m)の標高では本来まだ樹木が育つはずです。四国の一部山岳地域には、気温環境に規定された「森林限界」は存在しないはずにも関わらず、本州中部山岳地などで認められる木本の生育限界に極めて酷似した「疑似森林限界」が広がっています。
つまり本質的な違いはこの一点に尽きます。
◆真の森林限界
高木を排除する主因:低温(気温限界)
回復可能性:気候が変わらなければ永続
分布の規則性:ほぼ等高線に沿う
上部植生:高山帯(岩場・お花畑)
代表地:北・中央アルプス、富士山
◆疑似森林限界
高木を排除する主因:強風・多雨・焼畑など気温以外
回復可能性:条件が変われば森林に戻り得る
分布の規則性:斜面方向・地形に依存しやすい
上部植生:亜高山帯の笹原・草原
代表地:四国山地の稜線
→ 「戻り得る」という点が重要。疑似森林限界の学術的に面白いところは、可逆性を持つ可能性です。
先回りしてお話しすると、実は現在の四国山地でその「戻り」が始まっています。ニホンジカの増加でスズタケが食害を受けて後退し、逆に木本(樹木)が侵入し始めている箇所が報告されています。これは真の森林限界では起こりえない現象で、「やはり気温限界ではなかった」という証左でもあります。
◆直感的な整理
真の森林限界は「自然の天井」で、どんな条件が揃っても気温が上がらない限り高木は生えません。疑似森林限界は「人や気象が作った空き地」であり、その空き地をいち早くササが埋めて、自己強化的に維持してきた状態と理解するとわかりやすいかもしれません。
他地域の登山者が感動するのも、本来なら「亜高山帯の針葉樹林が広がっているはずの場所」が、見渡す限りの笹原の尾根歩き空間になっているという、ある意味「歴史と自然の偶然が作り出した景観」だからこそかもしれません。
(ぼく/問題提起)
焼畑・ミツマタ栽培による高標高攪乱を起こす仮説については、標高が高すぎると考えて賛同できません。標高を考えると、四国の場合、麓の里から「疑似森林限界」までは人のアクセスが劣悪で遠すぎる難点があります。さらに冬場は豪雪地帯となることを考えれば、仮説としてはあり得ても現実は人為的な撹乱が起こったとは考えにくいです。
(AI)
鋭い指摘ですね。実際に地域の地形感覚をお持ちだからこその疑問だと思います。少し調べてみます。
論点の整理ができました。あなたの指摘は地に足のついた批判として非常に妥当です。
◆ご指摘への考察:焼畑・人為起源説の限界
「ソラ」の実態と標高の問題
剣山系の焼畑文化は確かに壮大なものでした。四国山地は近代に至るまで焼畑農耕が卓越している地で、四国では昭和25年(1950年)に約2,000haの焼畑が分布し、その広さは全国の19%に及んでいました。また「ソラ世界」の人々は、自動車が普及するまでは山上や尾根道を主要な交通・運搬道としていました。
しかし、これが肝心です。「ソラ」の形成は山上部から谷底・川筋へと拓かれており、最初に山上部に住んだ者が水利権を掌握し、そこから下方に分家する形で集落が形成されてきました。当地域は日本最大の地すべり地帯及び破砕帯が走るため、畑地や棚田を容易に作ることができ、涵養林さえ残せば山上付近からでも水が湧き出るため土地生産性が高かった。
つまり「ソラ」の集落・耕地は結晶片岩の地すべり地形帯(概ね標高1,000〜1,400m程度)に集中しており、笹原が分布する1,700m以上の稜線帯とは300〜500mの垂直差があります。剣山地の南東側斜面は夏季を中心に雨量が多く、年間降水量は3,000mmを超えます。こうした豪雨多雪の環境下で、焼畑を稜線近くまで押し上げることは現実的に困難です。
◆科研費研究が示す草原の下限高度との矛盾
前回引用した研究成果データを再確認すると、堂ヶ森周辺の草原の下限高度は1,450m前後、二ノ森周辺では1,700m程度、瓶ヶ森・寒風山周辺では1,600〜1,650m前後とされています。この下限値は焼畑耕作の実態上限(せいぜい1,200〜1,300m)と大きく乖離しており、あなたの直感的な批判を裏づけています。
◆では気候・自然要因で説明できるか
あなたの指摘を踏まえると、焼畑説は草原の「維持・拡大」に関与した可能性はあっても、草原の「成立」そのものの主因とは言いがたいという整理が妥当に思われます。自然要因の説明力の方が本質的に大きいでしょう。
改めて整理すると:
@ 尾根上の風衝効果:四国山地の稜線は南からの太平洋性の湿潤な季節風と、北からの瀬戸内・日本海側の寒気が正面衝突する場所です。強風が恒常的に吹く尾根では、高木は風による物理的ストレス(枝折れ・乾燥・根系不安定)に耐えられず、背の低いササが有利になります。
A 積雪の二面性:冬季の豪雪は高木の更新(実生の踏み潰し・幹の雪圧折損)を妨げる一方、積雪下のササは保護されて越冬できます。本州アルプスと違い、融雪後の土壌は乾燥しないためササが旺盛に育ちます。
B 隆起準平原的な平坦な稜線地形:剣山・三嶺・塔丸など、隆起準平原の残物と推定される平坦面がしばしば見られます。この平坦な稜線地形が、高木を排除する強風を一様に受けながらも、ササが均一に広がる「床」を提供しています。急峻な斜面では起こりにくい景観です。
C ブナ帯上部の遷移問題:石鎚山や剣山周辺の標高1,700m以上にはシラベ・コメツガなどの針葉樹とダケカンバなどが生育する亜高山性の植生が分布します。しかしこの亜高山帯針葉樹が尾根上では定着できず、斜面林として谷側・風陰側に残り、尾根はササに明け渡した構造になっていると考えられます。
まとめ
「焼畑・人為起源説」は、標高の不一致・豪雪・アクセスの劣悪さという現実に照らすと、草原の成立主因としては弱い仮説です。研究者が「人間活動の影響も関与している可能性がある」と慎重に言葉を選んでいるのも、断定を避けているためでしょう。
本質はむしろ、隆起準平原由来の平坦な稜線地形 × 南北両側からの強風多雨 × 豪雪によるブナ・針葉樹の稜線定着阻害 × 一度定着したスズタケの自己強化的な競争力という自然要因の重なりにあり、人為的攪乱があったとしても「すでにできていた笹原をさらに維持・拡大させた」程度の副次的関与に留まるのではないかと思います。他地域の登山者が感動する「あの景観」は、やはり四国山地の地形と気候が生み出した本質的に自然の産物と言えそうです。
(ぼく/さらに問題提起)
今後は温暖化の進展が予想され、四国のブナ帯は存続が厳しくなるでしょう。笹原については鹿の食害圧があります。亜寒帯の植生であれば、将来的には消滅の可能性があると考えられますね。
(AI)
鋭い見通しです。少し調べて補強します。
◆温暖化と笹原の将来:重層的な消滅リスク
ご指摘は完全に正しく、しかも予測よりも深刻な構造があります。
◆ブナ帯の消滅リスク
四国のブナは約2万年前の最終氷期には平野部にも広がっていましたが、氷河期が終わり暖かい気候になると、西日本では常緑のシイやカシの森が分布を広げ、ブナなどの涼しい気候で育つ樹木の生育地は標高の高い山の上に限られてしまいました。つまり西日本のブナは氷河期の生き残りとも言えます。
四国のブナはすでに「逃げ場のない山頂避難民」の状態にあるわけです。その上で、ブナの生育に適した分布域は、気温上昇が1.5〜2℃程度であれば今世紀末でも現在の約98%が残存するものの、3〜4℃の上昇になる場合、約22%にまで大幅減少し、本州太平洋側〜西日本ではほぼ消失するとみられています。
そして四国については、より具体的な予測があります。亜高山帯針葉樹林の分布適地は21世紀中頃に消失し、冷温帯落葉広葉樹林の分布適地も21世紀末には大幅に減少する可能性があることが予測されました。また四国地域では21世紀中頃から多くの希少植物の分布適地が消失する可能性があります。「21世紀中頃」というのは2050年代、つまり今から30年足らずです。
◆スズタケの位置づけと二重の消滅圧力
ここが非常に重要な点です。スズタケは北海道から九州にかけて分布していますが、四国・九州では高山に限られています。スズタケは太平洋側のうちでもより温暖な地域に多く分布しており、ミヤコザサよりも耐寒性が低いとされています。
これは意外にも、スズタケは「亜高山帯の植物」というより太平洋型温暖気候に適応した温帯性のサイであることを示しています。
つまり:
→ 寒すぎても育たない(高山帯には入れない)
→ 暑すぎても育たない(低地の照葉樹林には入れない)
四国の1,700m前後という標高は、まさにその「適温の窓」に笹原が収まっている状態です。温暖化でその窓が上方にシフトしようにも、四国の山頂はすでに2,000m以下で頭打ちなので、逃げ場がありません。
さらに現在進行中の鹿の食害圧が加わります。スズタケは太平洋側のブナ林などでシカの影響により退行する事例が報告されており、被度低下や矮性化、枯死稈の増加などを経て林床での衰退・消失が進むことがあります。
整理すると、四国の笹原は現在三方向から同時に圧迫されています。
(1)温暖化による気温上昇
・スズタケの適温帯が山頂方向に押し上げられるが逃げ場なし
→ 今世紀中頃〜末
(2)ブナ帯・亜高山帯の消滅
・笹原を支える植生帯ごと失われる
→ 2050年代〜
(3)シカの食害
・現在進行形でスズタケが後退・枯死
→ 今まさに進行中
◆追加の視点:積雪減少の連鎖
見落とされがちですが、積雪の減少も重要な経路です。四国の笹原は前回述べた通り「豪雪が高木の更新を妨げる」ことで維持されてきた面があります。温暖化で積雪が減れば、これまで雪圧や凍害で排除されてきたブナやコメツガの稚樹が笹原に侵入しやすくなる可能性があります。つまり温暖化は笹原を「内側から」も変容させるわけです。ただしシカが稚樹を食べ尽くすという逆の力も同時に働くため、
温暖化 → 積雪減 → 樹木の侵入機会増 → しかしシカが稚樹を食べる → 結果として裸地化・荒廃化
という最悪のシナリオも排除できません。丹沢では弱ったブナに対してブナハバチの大発生が繰り返されてブナが枯死し、過密化したシカが稚樹を食べてしまうためブナの更新が行われず、将来ブナを欠いた森林に変容する可能性があります。四国でも同様の連鎖が懸念されます。
まとめ
四国の笹原景観は、氷河期からの遺産であるブナ帯の最前線に、温暖・多雨・強風という地域固有の条件が重なって生まれた、きわめて脆弱な平衡状態の上に成り立っています。温暖化・鹿害・積雪減少という三つの圧力が同時進行する今世紀において、あの稜線の笹原は今が見頃のピークである可能性すら否定できません。他地域の登山者が感動している動画は、ある意味で消えゆく景観の記録になっていくかもしれません。
(AIの回答はここまで)
なにげなく見ている(当たり前と思っていた)笹原が実はさまざまな気象や生態系が重なり合った奇跡の前提で成立していたとは…。
次は、実際に四国の笹原の山を散策してみよう。