2026年05月28日

1%、8%、10%の消費税率→ 国民は支持しないで


政府の案によれば、食料品の消費税率を1%に設定するという。そうすると、税率10%、8%、1%の税体系となる。

消費税率が「10%、8%、1%」のように3段階に複雑化し、しかもそれが2年程度という時限的な措置である場合、現場の混乱だけでなく、価格形成の歪みや、将来的な大増税への布石(地ならし)という懸念が現実味を帯びてくる。

まず起こるのが、流通段階での税込価格の食い合いである。原価高騰を価格転嫁できていない流通が、税率低下分(7%分)を吸収してしまい、消費者の購入価格が下がらない可能性が高い。現在、多くの流通・小売企業は原材料費や人件費の上昇を100%販売価格に上乗せできていない。それは売上の減少(買い控え)を恐れているため。ここで、食料品の税率が8%から1%に下がった場合、仕入れ価格と販売価格の中抜き調整が行われる可能性が高い。

その証拠に、連日のように価格転嫁に関連する相談が中小企業から寄せられている。価格を引き上げれば良いじゃないかと行政が考えそうな上っ面の代替案では解決しない。原価構造の把握と中長期の展望に基づくビジネスモデルの変革が不可欠なのだ。

これまで身を切って利益を削っていた中間流通(卸売)や小売が、税率が下がったタイミングで本体価格(税抜価格)を実質的に引き上げ、自社の利益を適正水準に戻そうとする動きが必ず出てくる。それは令和の時代に南海トラフ地震が発生するのと同じぐらいあり得る。「減税で消費者を助ける」と言いつつも、店頭の税込価格はほとんど変わらない、という現象が起きる。これは流通業者の責任ではなく、これまでの無理なコスト吸収(転嫁困難のしわ寄せ)が、税率変更の歪みで表面化した結果である。

複雑な税体系がもたらす取引コストと価格形成へのマイナスはほかにもある。税率が3つ(10%・8%・1%)になり、しかもそれが短期間で変わるとなると、企業のシステム改修や事務負担(インボイスの対応など)は膨大になる。そのことが、中小の流通業者や小売店にとって、これら制度対応のためのコスト(人件費やシステム改修費)で深刻な経営不振に陥るおそれが高い。そこに補助金を付けるなどとなればもう本末転倒。バカじゃないか。

本来、商品の価格は、需要と供給や品質によって決まるべきだが、どの税率が適用されるか、システム対応コストをどこで回収するかという税制の都合で価格が左右されることになり、健全な価格形成が阻害される。

しかも2年限定の裏にある、将来的な増税への伏線(地ならし)がある。期限付き減税は、選挙でのばらまき公約に過ぎないが、それは有権者への「ニンジン」ではなく、消費税率を高水準に引き上げる際の併用策である。

1%という極端に低い税率を一時的に見せることで、「食料品は守ります」というポーズを国民に印象付けることができても、2年後に元の8%に戻す、あるいは「財政健全化のために全体を15%に上げるが、食料品は8%に据え置く」といった、将来の本格的な増税を受け入れさせるための精神的なハードルを下げる伏線となる可能性は極めて高い。

結論として、「消費者の負担軽減」という大義名分を掲げながらも、実態は「流通現場にコストと価格還元のシワ寄せを押し付け」「価格体系を歪ませ」「将来の増税への心理的ハードルを下げる」という、マクロ経済的にも実務的にも極めてリスクの大きい(欺瞞的な)政策である。地方自治体にとっては税収の減少も問題となっている。

消費税の減税は経済的に効果があるとされるが、それは一律同じ税率で下がったときのみである。今回の「1%」に相当する財源があるなら、行うべきは「一律8%」だろう。流通の歪みは皆無、システム改修も一瞬で終わる、食料品のみと違って、価格が高騰している住宅や自動車のような耐久消費財や趣味の製品にも消費意欲が刺激される。ところが食料品は必需品でもあり、消費は喚起されない。しかも今回の「食料品1%」は税込価格は下がらない可能性が高いうえ、税収の減少は将来の税率上げの伏線となっている。よくもこんな愚策を提案できるものだ。実行されたら、流通や生活者の暮らしは壊滅的になる。


ナフサがどこかで目詰まりしているという言葉にも憤りを覚える。民間企業がどこかで悪意のある買い占めや出し渋りをしているという批判を暗に含んでいる。

トヨタ自動車の「ジャスト・イン・タイム」「カンバン方式」という製造のしくみがある。出て行く分だけ、入ってくるというモノの流れの同期を行うことである。これを実現するためには、部品を運ぶトラックが決められた時刻に配達しなければならず(早くても遅くてもいけない)、路上で時間調整を行っているのが現実。CO2をムダに排出し、運転手の過酷な労働を招き、余裕のないサプライチェーンではすぐに途絶してしまう。ぼくがトヨタ車を一生購入しないと決めている(若い頃からぶれない)のは、自社の利益のために社会を歪ませているからだ。

ぼくは企業における防災対策の専門家でもあり、連日のように防災マニュアルの策定などを支援しているが、政府がナフサに求めているのは流通に緩衝地帯(在庫の適切な範囲の冗長性)をなくせといっているに等しい。さまざまなサイクルの在庫管理を行うサプライチェーンのなかで、健全なクッション機能を持たせることは民間企業の「本能」とも社会的に供給責任を果たす「良心」ともいえること。在庫を持つな、余分を持つなというのは、災害時や非常時にサプライチェーンを途絶させることと同義語。

このブログでも3月の段階で石油製品、とりわけナフサの枯渇は連休明けぐらいから顕著になると書いている。その理由はモノが「ない」からで、買い占めしようにも「モノ」がない。注文が来ても「モノ」がない。だから、国民は良識を持って必要最小限の備蓄はしましょう(不必要な買い占めではない)と呼びかけた。

●●(黒塗り)首相になって、高い支持率のもと(これもほんとうか? ぼくの周囲には支持者は一人もいないが)過去に例を見ない悪政が次々と繰り出されている。声を上げたところでちっとも愉しくないが、これも義務と思ってやむを得ず書いている。
●●(黒塗り)首相は、どこまでこの国を貧しくするのか。


posted by 平井 吉信 at 00:07| Comment(0) | 生きる
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