2025年12月31日

南阿波アウトドア道場を立ち上げたとき


これまでミネラル・ヒーリングについて書いてきたが、「癒し」を否定するかのようなコンセプトを打ち出したのが2007年の「南阿波アウトドア道場」。

次のような世界観を打ち出した(「南阿波アウトドア道場」初版序文から)

現代人は目的を持って生活することを強要されています。社会に出れば、目標(成果指標)設定を行い、その達成度に応じて評価されます。失敗しないためにhow to 本を読み、安全なレールを選んで歩こうとする、そのことがまた新たなストレスを生み出します。

こうした生活から離れた生活場面を求める人たちは癒しを求めています。ところが求めていたはずの癒しも本質的な解決にはつながらないかもしれません。「もしかして、現実逃避かも…」。ただ心地よいだけでは魂のやすらぎは得られないことに気付き始めています。

無目的に、無条件に我を忘れて打ち込む瞬間。岡本太郎はそれを「爆発」と看破し、瀬戸内寂聴は「切に生きる」と表現しました。マラソンでも登山でもサーフィンでも水泳でもそうですが、夢中になって挑んでいるうち恍惚の至福感を感じることがあります。

波に乗るときもシーカヤックに乗るときも、健康のため、金儲けのため、生活のためなどではない、
いわば無目的。ぽっかりと地球にひとり。あるのはただ自然と己だけ。やがて自我さえも消えて生命が輝く感覚。真の癒しは、力の限り挑戦し、苦悩に立ち向かった人にだけ訪れます。

ただ好きだからやっている、特に理由はないけどやっている。だからかっこいい。だから楽しい?。
そんな野外生活の提案をしてみたかったのです。

もうやめようと何度も思いました。
身体の限界を感じながら、
あと一歩、あと少しと歯を食いしばり、
ぼろぼろになりながらもやり遂げたこと。
海、山、川から勇気をもらい、
「また明日から生きていける!」



この企画が徳島県南部総合県民局で持ち上がったとき、それに関わったのがこれ以上ない人たちだった。県庁(県民局)からは、自身がサーファーで世界サーフィン選手権大会の開催にも関わった新居徹也さん、海部郡の地理的な細部にまで足を運んで精通(研究)している大下尚さんら美波庁舎の職員、実際に海部郡でエコツーリズムやアドベンチャーを企画しているクーランマラン人力旅行者の杉本雅昭さん、それに平井吉信を加えて検討を行い、企画を行った。

コースの設定には実地に足を運んだ。そのコースのほとんどはメンバーにとっては既知であったものだが、観光視点からはほとんど取り上げられていない場所だった。コースには難易度の表示も入れた。

日和佐川の源流域の分水嶺から自転車(ママチャリ)で日和佐のまちなかまで下るという企画がある。下りでブレーキングする技術は必要だし、ブレーキがオーバーヒートしないように適宜休みながら下るところに留意する必要があるが、難易度は低い。これが愉しい。アウトドア道場で提案しているコースのなかには沢登りの技術を要する秘境もあり、行政のつくる「安全」なコース設定を逸脱している。でも、それは違う。安全な海水浴場であっても自然への対応を知らなければ負傷し、ときにいのちを落とすこともあり得る。

野田知佑さんに憧れてカヌーツーリングを始めた人のなかには、自然の脅威を知らないで笑いながら死んでいく(こともあり得る)、と野田さんは嘆いていた(野田知佑さんが四万十川の口屋内集落から移転するときの候補地のひとつとして海部川をお見せしたのはぼくである。その後、地元の方の骨折りで日和佐へ居住されるようになり終の棲家となった)。

具体的な場面として、川下りで川のなかの障害物(横たわる杭や橋の欄干など)に引っかかって水圧から抜けられずに溺死するということが想像できない人がいるというのだ。流れが岩壁に当たって向きを変える場面で水流で抉られたところにカヌーが押し当てられて抜け出せないなどはあり得る。吉野川大歩危小歩危で起こった事故では、カヌー(あるいはラフティング?)で下るさなかに沈した人が水中に横たわる杭に引っかかって脱出できなくなった(プロのガイドが付いていたと思うが、予期せぬできごとだったのだろう)。横たわる杭にくの字型にひっかかった場合、大歩危小歩危の水流だと頭も足も下流へなびいて抜け出せなくなることがある。この場合、可能性があるとしたら、勢いを付けて頭を下げられたら足が上がってするりと流れに乗って脱出できるかもしれない。ライフジャケットの浮力も生存確率に関係する要素だろう。いずれにしても川を下るときは水量が少なくても(流速は下がるが水中の障害物が問題)、水量が多くても(流速があがって水圧が増すことで危険度が高まる)問題があるのだ。

子どもの頃のぼくの川遊びの主戦場は勝浦川。学校の帰りにそのまま自転車を停めて川に入ることもあった。当時は堰があって、その堰を生身で流されるのがおもしろかった。堰直下の水深は渇水期で2〜3メートルぐらい。堰の流れで澪筋には縦の渦が発生する。浮きあがると次の瞬間には引き込まれ、また水面近くに行っては水底へ引き戻される。この脱出方法を知らないとパニックになる。水底へ行ったときに底を蹴るなり方向を変えて縦の渦から逃れればなんのことなない。自然を怖れて(畏れるのは正しい)遠ざけてかえって人生の予期せぬ事件で死を逃れられなくなる事態を避けるためには自然を知りましょう、とのメッセージも込めている。


南阿波アウトドア道場の企画(2007年度「みなみあわチャレンジフィールド創設事業」)は、広告代理店やタウン誌、印刷会社に丸投げしなかった。低予算(冊子作成も含めて1百万円)だったし、地元の実情がわかっていたからこそ、よいものになったと思う。その反面、DTPなどのデザインは必要最小限の実用であり、地図は電子国土とアルプス社の許諾を得て切り出した。
36伊島.gif

写真は分担して撮影したのでプロは関わっていないが、プロが関わるとダメだったと思う。予定調和の観光写真になってしまうし、最善のタイミングで撮るためには時間や場所を変えて何度も撮影する必要があり、採算性が問われる商業写真でそれは求め得ない。

当時の現地ロケ風景から写真を紹介しよう。
道の駅日和佐で自転車を積んで出発する。めざすは日和佐川源流域の分水嶺まで。
P9040007.jpg

日和佐川源流域を下り始めた。右手に渓谷がある
IMG_1224.jpg

P9040023.jpg

P9040060.jpg

ところどころで日和佐川の地形を探索。これは自転車を降りてすぐそばを流れる支流
DSCF0056.jpg

IMGP4510.jpg

川を水没して横切る道がある。私道かもしれない。渇水期ならそのまま渡れるのだろう。日和佐川には漁業権がないのでこのあたりはアメゴが生息するはずだが、川相が小さいだけに釣られてしまったかもしれない。
DSCF0069.jpg

吊り橋があると渡ってしまう。ここはまだ上流域
DSCF0077.jpg

川の畔にある陶芸家(巣林窯)を訪ねる。自然だけでない風土とそこに生きる人を訪ねるのもプログラムのひとつ。
DSCF0095.jpg

DSCF0109.jpg

日和佐川名物のくじら岩を昇る。このあたりから中流域と呼べるのではないか
P9040119.jpg

DSCF0131.jpg

終着点の日和佐漁港へたどり着く。山のミネラルが川を通して海とつながる実感。ここにフィッシャーマンズレストランなどがあるとさらに絵になるが
DSCF0142.jpg

同じく舞台は日和佐。モデルは県職員の新居さん。
DSC_7103a.jpg

MTBをあえぎながら担ぎ上げる
DSC_7157.jpg

滑降開始
DSC_7096.jpg

転倒。痛いけれど、生きている実感―。
DSC_7182.jpg

現実からの逃避行でも構わない。それでも現実に向かっていく気力がなければ、自然と対峙してみる。癒しとは、決して快適な環境でおだやかに過ごすことではなく、自分と向かい合うこと。だから南阿波アウトドア道場もまたミネラル・ヒーリングなのだ。
outdoordojyojyobun.jpg

追記
冊子はその後、第4版に改訂されて、Webから現在もPDFで入手できる(第2版以降には関わっていない)。弱点だったDTPはプロの手が入ったようで、さらにツアーコースが追加されて、それぞれにツアー主催者(各地区にあるエコツーリズムの催行業者)が紐付いたのは間口を拡げる意味でよいところ。ただし地図が省かれたのはどうか(地図は基本中の基本)。自分で行きたい人には手がかりがなくなったのは惜しまれる。
https://www.awanavi.jp/wp-content/uploads/2023/02/nanbu-4.pdf
posted by 平井 吉信 at 12:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。