2025年12月29日

徳島の「ミネラルの癒し」(ミネラル・ヒーリング)を科学する


徳島県は、さまざまな指標が下位に位置している県である。宿泊客の少なさ、下水道の整備率、糖尿病の罹患率、路面電車がなく鉄道が電化されていないなど。その反面、日常の暮らしについては不便を感じることが少なく、特に食生活がそう。

魚種は、瀬戸内海側、吉野川と紀ノ川などが向かい合う紀伊水道海域、蒲生田岬以南の太平洋海域と異なる環境が比較的接近している(愛媛県だと東予中予南予はまったく別の地域である)。そのため豊富な魚種、海藻(ワカメだけではなく、スジアオノリ、アラメ、テングサ、ヒロメ、ヒジキ、アンロク、フノリなど)の種類も豊富、陸地では、藍の栽培、野菜、根菜類は関西への供給を担っている。香酸柑橘は、スダチ、ユズ、ユコウ、アワスズカなど多種多彩。

ハレとケでいうと、徳島の魅力は非日常のハレというよりは住んでわかる「ケ」の魅力が主体と考える。しかし野菜や食材が豊富というのは他県でもいえること。それが徳島らしさとどう結びつくかについて考察して1999年に「南阿波の新しい波〜エコツーリズムによる地域づくり」を刊行した(国会図書館に蔵書)。

そのなかで徳島の良さを繙くキーワードとして「ミネラル」とそれがもたらす恵みを提起した。海や川で遊びたい人にとっても徳島は天国で、それらの要素も加味して「ミネラルの癒し」(ミネラル・ヒーリング)と名付けた。


ミネラルがもたらす食生活への貢献が他県と比べて際立っていると考えたのは、川の恵みが大きいから。徳島県には平野部が少なく、吉野川、勝浦川、那賀川の氾濫原+三角州に人々が住んでいる。そのため津波に遭うか、土砂災害に遭うかという地形になっている。

その一方で、山の有用なフルボ酸鉄などのミネラルが氾濫を通じて平野部と海に供給されやすい。藍染めの原料の藍の生産が全国一となったのは吉野川の氾濫がもたらした。その究極の知恵が池田町から岩津までの約50km、面積270ヘクタールにも及び竹林の帯(水害防備林)である。この吉野川の竹については数十年も地域資源として提唱し続けている。洪水の際に土砂は濾過して細かい土砂(ミネラル成分含む)をおだやかに田畑に届けるしくみだった。いまでは河道に洪水を閉じ込める近代治水となったが、21世紀には氾濫を前提とした流域治水などの治水思想(社会資本整備の費用と効果のバランス)が採り入れられるようになっている。

特に県南部の日和佐川、牟岐川、海部川、野根川(その他多くの小河川も同様に)にはダムがなく、山のミネラルが直接海に届く。山と海が近く、山のミネラルを合理的に人が利用しつつ海洋資源にも貢献している。このように徳島はハレとケで言うとケの部分で、その根源はミネラルにあるというのがぼくの考え。今回はさらに深掘りしてみよう。まずは吉野川を生み出した地形から。

中央構造線がもたらす土壌の多様性とミネラル供給

徳島は、日本最大の断層帯である中央構造線が吉野川に沿って東西を貫いている。吉野川が中央構造線によって流れを決定づけられている(東流)というのが正確だろう。中央構造線を境に、北側(和泉層群などの堆積岩)と南側(結晶片岩などの変成岩)で地質が異なり、異なる地質からは異なる種類のミネラルが溶け出す。
 
徳島の山々は急峻で、雨水が岩石を削り、新鮮なミネラルを含んだまま一気に川へ、そして海へと流れ込む(ダムなどのコンクリート遮蔽物があるとフルボ酸鉄などは減少すると、気仙沼の畠山重篤さんを徳島にお招きしたときに教わった)。平野が広すぎると、川が海にたどり着くまでにミネラルバランスが変わるが、徳島は山と海が近いため、直接的な供給が行われる。吉野川河口のスジアオノリ、紀伊水道のアシアカエビ(クマエビ)やハモなどはその副産物だろう。

「吉野川システム」による栄養塩の運搬

「四国三郎」吉野川は、山(森林)の腐葉土に含まれるフルボ酸鉄などのミネラルを海へ運ぶ巨大なベルトコンベアとして機能する。吉野川、勝浦川、那賀川、対岸からは紀ノ川など(和歌山)が流れ込む紀伊水道は、瀬戸内海と太平洋の「外洋水(黒潮)」がぶつかる場所で、ここに川からのミネラルが注ぎ込むことで、植物プランクトンが定着し、それを食べる魚介類が育つのではないか。

なかでも吉野川河口の汽水域で育つスジアオノリは、まさに「川のミネラル」と「海のミネラル」が融合した結晶といえる。全国のほとんどは吉野川産であり、高品質なアオノリが育つ環境は全国でも稀有となっている。以前に吉野川左岸の長浜漁協の漁師の賀川さんから、「嶺北(高知県)で大雨が降ると吉野川が濁って大量の土砂を海にもたらす。それを土佐水と呼んで歓迎していた」とお話を伺った。土佐水とは、ミネラルの恵みである。

「鳴門の渦潮」による鉛直混合

さらに、他県と決定的に違う地形として、鳴門海峡の激しい潮流がある。それによって海底に沈殿している栄養塩(ミネラル)を海面近くまで巻き上げる「湧昇流」のような効果を生み出す。鳴門わかめが肉厚で色が鮮やかなのは、激しい潮流(物理的刺激)と、巻き上げられる豊富なミネラル(栄養)のおかげ。徳島に海藻文化が発達しているのは、この「海のミネラル濃度」の高さが背景にあるのは間違いない(とはいっても近年は海水温の上昇により、冬場になってもアイゴやタカノハダイ、ブダイが磯に居着いて藻場が消失しつつある)。

さらに関連する話題へと拡げると、このブログでも度々ゆこうなどの香酸柑橘の話題に触れているが、香酸柑橘によるキレート作用によって「ミネラルを身体に取り込みやすくする文化」が根付いているのではないかという仮説。

具体的には、スダチ、ユズ、ユコウなどの香酸柑橘に含まれるクエン酸は、ミネラル(特にカルシウムや鉄分)を包み込んで吸収しやすくする「キレート作用」を持っている。日常の食卓で、ボウゼやアユなどにスダチ(クエン酸)をかける行為は、味だけでなく、栄養学的にも「ミネラル摂取」の効率を最大化しているといえるのではないか。

以上のように、食生活では無意識に「ケ」(日常)としてミネラルが定着しているのが徳島の強みと考えているが、いまだに観光行政は科学的本質的な視点に立たず、SNSや動画での発信、海外航空便の増便などに資源を割いている。本質的な強みを理解しなければ、一過性のプロモーションに終わってしまうだけ。

生物は海に芽生え、やがて陸をめざした。その際に海の成分(ミネラル)を蓄えて必要なときに取り出せる貯蔵庫が必要となった。それが骨であり、重力にも耐える骨格が形成されてさらに陸上での適応を拡大した。ミネラルは陸上生物の素のようなものである。徳島は「ミネラルによる循環」で勝負しよう。

全国有数の多雨地域の那賀川上流域などから急流で運ばれるミネラル、中央構造線によって吉野川は多くの支流を集めて東流し氾濫を繰り返しながらもたらされた恵み、海にたどり着けば鳴門海峡の撹拌と紀伊水道を北上し淡路島がもたらす反時計回りの海流によるミネラルの循環が途絶えることなく続いていく。川が重要な役割を担っていることに着目して、全国から約800人を集めて開催された水郷水都全国会議・徳島大会を1996年8月に開催し、事務局の一翼を担い、大会報告書を仕上げた。

ミネラルの鮮度と密度の濃さで、日常生活のなかで地球の成分(ミネラル)を身体に取り込めるのが徳島。下水道普及率が低いのは、自然の浄化作用に頼れるほど水が豊かであることの証しでもあり、電車がない=スローな時間として、自然に近い「人間本来の暮らし(ヒーリング)」の演出として転換できる。そのミネラルの作用がもっとも濃厚なのが海部郡なのだ。このブログで頻繁に取り上げている真意もそこにある。

posted by 平井 吉信 at 13:33| Comment(0) | 徳島
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