竹内まりやさんの3枚目のアルバム「LOVE SONGS」をご存知ですか? 彼女のアルバムでもっともPOPに振った音楽と思う。シングルヒットの「September」「不思議なピーチパイ」が収録されているけれど、アルバムではこれらのヒット曲は末尾に続けて配列されているので隔離されている感じ。
むしろアルバム前半の楽曲の流れが素敵だ。なかでも松本隆さん作詞、林哲司さん作曲の「象牙海岸」が白眉。前奏が流れてくると、海辺に雲が浮かんでいる情景が浮かんでくる。
遠い夏とは戻れないあの渚。ひとけのない海辺で振り返るけれど、おそらく些細なことですれ違った二人が互いに胸の疼きを抱えて流された3年。ふとかかってきた電話に(本意でないのに)冷たい対応をしてしまう。かつて恋人だった頃、自分たちの記念の場所に秘密の名をつける世界観。子どもの頃の秘密基地が恋愛の場面ではそれぞれの「象牙海岸」になるのだ。「PORTRAIT」に収録されている「イチゴの誘惑」も同じコンビによる佳曲。こんな楽曲が流れてきたら、気分が上向きになる。
「象牙海岸」の楽曲は、作詞家と作曲家の職人芸の上にまりやさんの強さ(精神的なブレのない安定した…。でも「道順さえも記憶の彼方」の刹那に万感を込める)があっての相乗効果と思う。提示部で「夏雲が雪崩れる」(なだれる)の表現で、雲がもくもくと湧いている様子を雪崩のように捉えた(ぼくは歌詞を見るまで「流れる」と思っていた)。初段で描かれた場面はおだやかな回想のよう。それを受け止める和声は、Cの循環コードで淡々と受け止める(C→ Am→ Dm → F)。
「人影もない入り江…」の展開部では、C系から離れて詩も和声も翳りを帯びて心の葛藤を暗示する(Am→ G#aug→ C/G→ F#m7-5)。「そこが二人の秘密の場所で…」と盛り上げて(心のうずきのようにきらめくね)(Dm7→ G9→ Em7-5→ A7(b9))、象牙海岸と名付けたと綴られて元に戻ってくる。
しかし、次の段落(あれから、私…)で、Cから遠いFm7を置いてBb7→EbM7→-Cm7と進むと時間の経過を感じさせ、気付きを得て揺れ動いた感情を表す。ここで過去(3年前)と現在が交錯する。歌詞と和声が結びついているので曲想が深い感情を揺り動かして(自分の体験と同期するように)落ちていく。
ここから歌詞のない間奏となって、ベースラインが下降して(Cのドミナントである)Gに到達して、Cに戻る(戻れる)と期待感。けれど「道順さえも記憶の彼方」で、同じ場所(心)へは戻れないと心がつぶやく。
2番と3番の歌詞の間奏で自在に転調しながら導かれて戻るのはヒット曲の王道のパターンで、和声を巡りつつ遠く旅してきたと回顧する時間。その際に即興(遊び)を混ぜつつ職人の仕事をする。間奏は、歌詞がないことで心に浮かんだ情景や感情を音楽の旅を追体験しながら楽曲の世界で遊んでもらうところ。象牙海岸は、6/8拍子のゆったりとしたリズムに時間と移ろいを織り込んだ佳曲。
そして、最小限の楽器とコーラスを従えてなつかしさがあふれる「五線紙」へと続く。いつ聴いても「SEPTEMBER」はあの頃に戻れる。間奏、コーラス、まりやさんの声がここにしかない世界を三次元で見せてくれるようだ。
音自体は次の「Miss M」がより磨かれているけれど、音楽の刺繍(詩集)を感じさせるのは「LOVE SONGS」。比べると「Miss M」は技術志向で演奏そのものを愉しみたい人向け。物語性を感じるのは「PORTRAIT」。いずれにしてもこの3部作が好きなのは確か。
→ 竹内まりや 40年目の「Portorait」の季節
さて、象牙海岸とは、本来はアフリカのコートジボワール共和国のことを指す(子どもの頃、地球儀に「象牙海岸」と書かれた地名を不思議に眺めていた。地図が好きだったので)けれど、歌詞はアフリカを連想させない。連想するのは、あめ色の砂浜が小さな入り江となって岬で海岸段丘を伴いながらどこまでも続く風景。歌詞の世界観からは、小さな入り江の砂浜で、周囲に何もない隔絶感がある海辺。もしかしたら海沿いの幹線道路から離れた半島の先にある(岬の崖に取り囲まれた)小さな入り江の砂浜といった趣き。規模が大きいけれど、大岐の浜(高知県土佐清水市)はぴったりかも。
でも、ぼくにとっては、大砂海岸。この渚は10代の頃から通っている。かつての鄙びた雰囲気はないけれど、賑わう渚でもない。「人けのない」雰囲気とも違う。南阿波サンラインにもいくつかの渚があって雰囲気は鄙びていて(俗化されていなくて)佳い。名称は挙げないから訪れて発見してみて。
よくよく考えてみると(振り返ってみると)、四国東南部では海に沸き起こる入道雲(積乱雲)は東(海側)にしか見たことがない。四国山地と紀伊水道や太平洋という陸と海の配置からそうなるのかもしれない。この写真も山に積乱雲が起こっているように見えるけれど、山の向こうは海(中林海岸)。
天文台の向こうに広がる雲は、那賀川河口から出島海岸の洋上
北の脇海岸
南阿波サンライン
内妻海岸
大砂海岸
大手海岸(宍喰町)
普段は波静かな白浜海岸(東洋町)
あめ色の砂が好き 世界サーフィン選手権が開催されたこともある生見海岸
四国東南部の渚をいくつか。室戸岬の手前にある尾崎の海岸(佐喜浜町)
象牙海岸から四国東南部の海へと翔んでしまったけれど、それだけ心が夏を待っているんだろうな。とにかく初期の竹内まりやさんが好きなのだ。「LOVE SONGS」の次に発売されたのは「MISS M」。A面がLA録音の典型的な西海岸の音。シングル曲(ヒットにはならなかったが)「二人のバカンス」(この曲はLA録音ではない)が好きだった。竹内まりやさん作詞、林哲司さん作曲。楽曲が職人的に愉しいのはいつものこととして、詩を読むと、私たち何でもできる、もっと上へ上へ向かう可能性。それが彼女の屈託のない笑顔で弾けるようで。ヒット曲には翳りや変化が必要なのかもしれないが、空へ舞い上がっていく楽曲をからりと歌ってくれる。
そんな時間、そんな感じ方ができることが誰にも必要。でも、いまの時代はそんな歌もそんなヒトもいない。政治が暗黒だから、そしてそんな政治を支持する人が多いから。
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