2025年10月19日

危うい政治家たちは 多様性の本質を学べ!


日本のすばらしさを誰よりも理解しているつもり。でもそれには、深く広い洞察が必要。日本の本質は多様性(=強み)にあると言い切れる。

それは4つのプレートがぶつかってできた日本列島の成り立ちに起因する。今日の観光資源のすべて、温泉や風光明媚な場所、亜熱帯から亜寒帯までの海洋性気候と山脈によって遮られる日本海側と太平洋側、高気圧団の位置取りや前線の配置が生み出す豊かな四季と多様な気候。

そしてそこに適応して、ある程度定住しながら、部分的には栽培も手がけ、権力や権利という概念なく人々が生きて行けた世界でも希有な縄文時代。この時代はSDGsの理想型をすでに実現できていた。(多少の想像力も駆使して)さらに歴史が下ってヤマト王権の成立に絡む列島の内と外をつなぐ壮大な人の流れがあり、日本人の成立には、古日本人と古日本人が海外へ出て戻った集団の両方が関与していると考える。そうであれば、外国人と日本人という概念すら国の成立前からなくなっている。

もっと遡れば、約700万年前頃に類人猿から分かれたヒトの歩み、少なくとも数万年前には数種の人類が共存していた時代があったこと(ホモ・サピエンスとネアンデルタール人、デニソワ人は今日の人類に遺伝子を引き継いでいるので交雑があったことが確か)。もしかしたらホモ・エレクトゥスの末裔とも交雑していた可能性すらある。

さらにもっと(もっともっと)遡って約40億年前に地球の黎明期から、生命の進化をたどるとき、いまここに多くの生命が存在する奇跡と言葉にならない肯定の感情が湧き上がるのを止められない。

説明が長くなるので端折るとしても、いまの大国の動きは多様性の上に成り立っている人類の価値を否定している。

うんと身近な政治や経済の話題に転換する。高市総裁(総理)に期待することとして経済政策と答える人が多いが、ほんとうだろうか? ぼくは、財政健全化と積極財政のどちらにも与しない(というかそのような二択で考えるべきではない)が、どちらかといえば、いまのような時代こそ、経済が循環していく方向へ舵を切る(積極財政)が正しいと判断している。立民が振るわないのは当然だろう。

かといってアベノミクスから高市氏までにつながる経済政策も経済の活性化に寄与していない。実態は、利権誘導と、格差の拡大と見かけ上の株価が上がっただけで国民は貧しくなっている(正しい経済政策を行なえば一時的に株価は下がっても、今度は実質的な経済の力で株価があるべき価格まで上昇する)。つまり高市経済政策とは、特定の集団が利するようなお金をばらまいて、特定の集団間のつながりを深めて(経団連)そのキックバックで自分たちも肥えていく政策に過ぎない。特定利権にたかる体質は自民とまったく同じで、さらに危うい思想をもつ政策集団や新興宗教と結びつくと、この国(というか国民)はシャブリつくされてさらに貧しくなるのみ(この実態が見えないと選挙にいってもむなしいよ)。維新のような自分たちの利権(万博)以外はコストカットで国民を貧しくさせる思想はもっとも避けるべき。

やるべきことは、賃金を上げる政策、株価を上げる政策ではなく、賃金が自ずと上がる、株価が自ずと上がる政策である。

そのような経済政策はあるのか? 
あると答えたい。

それは、国民一人ひとりが豊かになり、格差が少なくなること。生まれながら貧しい家の子どもは質の高い教育を受けられず、ハンディを背負っておとなになる。これは世代を重ねるたびに負の資産は代々継承されていく。幸福論の論文ではすべて同じ結論が得られていることだけど、人間は自分ひとりが幸福になっても幸福を感じられないということ。身の回りの人たちが豊かになってこそ、ヒトは幸福を感じられる。ゆえに、国民一人ひとりの幸福をめざす政策こそ、政府の最上位理念として掲げて取り組むべき。そのような社会では、使えるお金が増えて個人のやりたいことがやれるようになり、個人の起業家が増えて(所得にも恵まれ)、中小企業や大企業まで豊かになれる。お金が循環していくことになるので、正の循環として財政も健全化に向かう(財政健全化は目標ではなく結果として得られる果実でしょう)。

・消費税は一律5%に(段階的には廃止)。食料品のみの税率設定は混乱を招くだけ→ 経済政策の第一歩
・お金が無駄にプールされていて弊害となっている場所(所得税の累進課税や法人税、金融所得課税)に課税強化する税制改正やしくみづくり(財務省や財政健全論者も喜ぶ)
・誰でも質の高い教育を受けられるしくみ
・子育てのサポートなどといった部分的なサポートではなく、生活のサポートの視点からの政策の実行
・米を中心に自給率を高める農業政策(農業の所得補償だけではなく省庁横断による間接的な支援も含む)
・どの国とも等距離かつ「日本がいうなら仕方ない」といわれるようなぶれない理念と筋の通った外交。軍備の拡張は近隣諸国とのあつれきを生むだけ。あくまでも外交と貿易で。
・多様性を認めるさまざまな施策(誰も不利益にならない「選択的」夫婦別姓のような本質的かつ簡単にできることすら実現できていない)
・政治家をうんと増やそう(なんなら数十人に1人は政治家であるべき。もう利権誘導はできなくなるし、人は責任を自覚すればポピュリズム的な政策を自ら選択しなくなる)。これらの政策はすべての人に有益な政策と思う。

政治のしくみも変えたい。特定少数が関与すれば腐敗も起こる。そして国・都道府県・市町村の境界をなくして政治活動を行えるようにする。政策を考えて実施しようとするとき、市町村議会でやれることはほとんどない。国の政策と暮らしを一体化させるためには、少数の国会議員が国策を議論する密室政治からの脱却が必要だ。だから多様な人が政治家になって(専門の政治家など不要で兼業が望ましい)、オンラインなどの議会でいつでもどこからでも参加できて、意見の表明ができること。政治家の報酬は有償ボランティアの概念で構わない。オンラインをうまく使えば、交通費も政治活動が難しい人でも政治に参画できる。議員削減をめざす維新は時代に逆行している(特権意識を持つ危うい思想の政党だとわかる)。政治家を大幅に増やすことは民主主義の枠組みの試行であり、行なう価値はあると思う(お金のかからないしくみをつくることで政治家になる人もそうだが、国にとっても歳出が増えることにはつながらない。兼業だから年俸は1百万円ぐらいでよいのでは?)。

腐敗した政治からの脱却には国民のほとんどが目覚めないと取り返しが付かなくなるよ。政治について発言しないのは、社会をよくすることに関心がないということ。だから、ぼくは発信しつづける。いまのところ、悪い方へ向かっているけれど、未来へのシナリオはあると思っている。
posted by 平井 吉信 at 13:57| Comment(0) | 生きる
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