2025年07月26日

いつまでも「太陽・神様・少年」。そして「太陽の東、月の西」/野田幹子 


「太陽・神様・少年」の歌詞を想像してみて―。
いまの時代にはこんな歌詞は生まれないだろうな。時代が求めていないから。音符の連なりとリズムと日本語を組み合わせただけなのに、地中海の光が明滅する世界、例えば、シャガールのリトグラフ「ダフニスとクロエ」が現われる感覚。当時のぼくは(いまも好きな曲だけど)フォーレの「ペレアスとメリザンド」に傾倒していたな。アンセルメ指揮スイスロマンド管弦楽団のデッカ録音で。地中海の光と影の明滅に人生肯定のエロスが花ひらく。

SWEET NOTHINGSとは、恋人同士の意味のない甘い言葉の応酬のことだけど、「髪の毛が風に揺れたね」「横顔が…」「まぶしいよ」なんて感じ。まあ、実体験が乏しいので書けないけど、二人だけのささやきの世界、というコンセプトなんだろうね。でも音楽は甘甘でなく、細部にまで施された職人的な細工に、感性の跳躍が散りばめられている感じ。

ムーンライダーズのプロデュースが加わった1981年8月発売のファーストアルバム「SWEET NOTHINGS」(44年前になるのか)、2枚目の「太陽の東、月の西」(1988年4月)は、ともに甲乙付けがたいできばえ。

野田幹子さんも作詞作曲するけれど、ムーンライダーズの岡田徹さんによるプロデュース(作曲2曲)と鈴木慶一さんの楽曲提供(3曲)などムーンライダーズ色が濃い。いま聴いてもよくできているなあとため息。

1枚目と2枚目はLP(アナログ盤などとは当時は呼ばなかった)で持っているけれど、CDを買いたそうとしたら廃盤だったので中古でCDを入手した。

「太陽・神様・少年」は作詞家の石川あゆ子さんの感性が永遠に輝いている。そして作曲(鈴木慶一さん)が空に羽ばたかせた。この曲はミノルタが社運をかけて開発した世界初のオートフォーカス一眼レフα7000のCM曲でもあった。ぼくはミノルタのマニュアルフォーカスの最終形であるX700(国の内外をこれで飛び回ったけれど、いまも完動備品)を使っていたけれど、刷新的な変革(いまでいうゲームチェンジャー)もこの楽曲に託していたんだね。でもそれから数十年後、ミノルタは消滅してソニーがデジタル一眼としてαシリーズを受けついだのだけど、ぼくもαのAF一眼は憧れだった(買えなかった。言い換えればMFのX700を変えなかった。三好和義さんも楽園シリーズはX700ではなく、αで撮っていたと思う)。国産品でありながら南半球が似合うカメラだったね、ミノルタの一眼はMF/AF問わず。

ファーストアルバムの終わりから2曲目の「Distant Shore」で「たった1枚のフォトグラフのなかに無邪気な夏が横たわっているわ」と歌われると、(人が心地よいと思える最大公約数的な)ヴェルベットボイスといわれた声に色彩をつけるのは聴く人それぞれなのだと思える。

2枚目の「太陽の東、月の西」は続編で、「A LONG VACATION」に続く「EACH TIME」のよう。シングル曲としては「ほほにかかる涙-fairly-」がある。こんな楽曲がシングル曲だなんて、インパクトを起さなくて心に深く刻まれる佳曲。2枚目のアルバムは1枚目よりゆったりと時間が流れる。「エアポート」は心弾むA面(レコード)の白眉。B面では「夏のシエステ」「夜の泉」「ほほにかかる涙-fairly-」「太陽の東、月の西」と括られると音楽に浸った充実感。

野田幹子さんはアイドルではないけれどルックスがよいと言われる。ぼくはそんなおしゃれ感覚よりも、無色だけど有機的な彼女の声が好きで(深夜に、マランツのSACD 30nで「夜の泉」を聴いていると声が心の奥深くまで波紋を拡げていく感じ)、ムーンライダーズ色の音楽が好きだったので。音楽が幸福感を描くとこうなる。
廃盤だけど、それぞれ復刻して欲しい。この空気感はベストでは補うことはできないから。

野田幹子-SWEET NOTHINGS
野田幹子- 太陽の東、月の西

初めて聴く人はベストでもよいかもしれない。いまも新品が手に入るから(ぼくは初期が好きだけど)
BLACK VELVET〜野田幹子 20th BEST〜

ベストの選曲としてはこちらが好きだけど、やはり廃盤のよう
ミディ‐ベスト・コレクション‐野田幹子
タグ:野田幹子
posted by 平井 吉信 at 22:44| Comment(0) | 音楽
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