2025年07月21日

ああ 参院選

 
いつもだと選挙結果の詳報やら解説やらデータ分析の記事を読むのだけれど、今回は無気力になってしまって読み進もうと思えない。

世界では、トランプ、ネタニヤフ、プーチンといった独裁者が保身のために国の内外に不幸をもたらしているというのに、この国もそうなってしまったかの失望感が無気力の根底にある。

ぼくが理想とするすべての人の幸福(個人も事業者も生産者も生物もこの国に住むすべての外国人も、健常者と身障者も少数派の人たちも区別することなく等しく幸福でいられる)な国民が住む幸福な国家からはさらに遠ざけてしまった感がある。そのための政策も見えていて、このブログでも未熟ながら方向性の処方箋を書いているつもりだ。

それは自公の枠組みでは実現しえない(その理由も明らかにしている)ので、本質的な課題を解決する勢力の台頭が必要なのだが、ポピュリズムや排他主義が蔓延していることがわかった。そのような国民にしたのは言うまでもなく自公を中心とするこの30年の国民貧困化政策で、多様な考え方や夢に向かって進んでいく人を応援するという風土を失ってしまった。

その徴候がまっさきに現われたのが大企業で、この30年間、唯一の減税(法人税)の恩恵を受けながら技術や思想、人材面の投資を行なうことなく、内部留保をため込んでは外資に買収されて大量リストラを繰り返してきた。

ある企業城下町では、生産性向上のため、決められた時間に決められた部品を決められた量だけ納品するしくみとなっている。遅延は許されず、配送やら生産には冗長化が必要となるので、道路で運転や待機する。それが運転手の体力を奪い、道路渋滞を招いてCO2を余計に排出する。一方で受注を受けた生産者も自ら繁忙を設定できないので製造費用が割高となるが、受注がなくなると人員や設備を遊ばせるしかない。つまり発注元の効率化は誰かの非効率化(=犠牲)の上に成り立つということ。極端な同期を求めてサプライチェーン全体では生産性も社会性も低下している。幾重にも優遇された大企業ではあるが、社会を幸福にという理念は見えず、経営者は四半期の業績やら保身に走る戦略ばかりで成長戦略を描けていない。それも国の貧困化の要因となっている。そうじゃないですか、経団連のみなさん。

その一方で中小企業・小規模事業者の倒産や経営不振が深刻である。これらの人たちが日本を支えているし、例えば、パンクしたときにお願いできるまちの自転車屋さんがくらしを支えているともいえる。

ところが内需が低迷して収益が低下する悪循環。賃上げすれば赤字拡大、値上げすれば売上減、需要を増やすしかないが、減税どころか経団連は消費税の増税を視野に入れているという。必要なのは政策で内需を成長させること。内需=事業所の売上なので消費税が諸悪の根源ということになる。

自滅政策のようなトランプ関税は外部のイレギュラーな環境要因に過ぎない(冷静に見ればトランプ関税は長続きしない)。本質的な部分に取り組むこと、つまりは適切な課題の設定こそが政治家の役割である(防衛費の増額やら増税などは誰も望んでいない)。ただしポピュリズムでなく、国のあるべき姿(ぼくの場合は国民の幸福度)を実現するための理念とそれを具体化する政策立案とプロセスが見えていることだが、今回躍進したところからはそれは見えないばかりか悪い方向へ向かうような気がする。

今回の選挙で躍進したところも衰退したところも同じ原因から出発している。それは生活者の不満の高まり(生活満足度や幸福感の低下)ということ。本質とは関係なくそこにつけ込む政策を提示できた勢力は躍進したというマーケティング選挙でもあった。

結局のところ、有権者の水準以上の国にはならないということ。でも、ぼくは諦めない。
posted by 平井 吉信 at 10:06| Comment(0) | 生きる
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