ヤマモモは、ヤマモモ科ヤマモモ属の日本原産の常緑高木で、東アジアにも広く自生する(モモはバラ科モモ属で異なる)。雄株と雌株が存在し、両方が揃って初めて受粉し果実を結実させる。
ヤマモモは古くから日本で親しまれてきた。平安時代には既に食用として利用されていた記録がある。幻の果実ともいわれるヤマモモについての統計資料は少ないが、ヤマモモの主要な産地は徳島県と高知県とされる。徳島県では1965年に「県の木」に指定され、藩政時代には「御禁木」として保護されるなど、ヤマモモが単なる農産物に留まらず、地域の伝統に基づく存在価値を示してきた。高知県においてはヤマモモは「県の花」として指定されている。
なかでも小松島市櫛渕(くしぶち)地区がその中心地である。櫛渕町は、立江川の上流域に位置する集落で、北岸の南斜面が主なヤマモモの産地である。立江川の支流が山を刻んだ狭い谷の平地に集落がある。子どもの頃、親戚のヤマモモ山へ採りに出かけて蚊にさされ蜘蛛の巣まみれになったこと、その後に谷川へ飛び込んだことなどを覚えている。この地区はハミ(マムシ)が多く生息するため、草むらや竹やぶ、道路であっても朝夕の散歩は注意を要する。血縁地縁の濃い地域であり、都市近郊の里山として独特の風情を持つ。また、この地区は菌床シイタケでも日本有数の生産量を誇る。
→ 櫛渕の里山の風情は櫛淵町のタグから
ヤマモモの収穫時期は6月である。旬の時期が2週間程度と短く、収穫が遅れると地面に落下してしまう。農家泣かせなのはお金になる期間が短いこと、短期間に収穫しなければならないこと、収穫作業は非効率でときに危険を伴うことなどである。
その作業はハシゴをかけて手摘みするのだが、ヤマモモの木は上部で横に広がる傾向があるため、細い枝の果実は摘むのがむずかしい。時期がくれば落下するが、地面に落ちた実は商品にはならない。夏本番を前に枝に顔を突っ込んでの手摘みは、ヤブ蚊、スズメバチ、ムカデ、蜘蛛の巣との闘いで、服に果汁が付くと容易には落ちない。さらにヤマモモの木は地元の言葉でサクイ(脆い)ため、毎年のように木から落下する事故がなくならず、なかには落命する生産者もいたという。
これは、実際に体験してみるとわかる。鈴なりになった実を手が届きそうな枝に見つけると、あと少し、もう少しだけと自制がきかなくなる。手摘みの手間と危険、全国的に生産量が少なく、傷みやすいことから青果で流通しにくいため、大多数の人はヤマモモを知らずに過ごすことになる。
その反面、地元の人間はヤマモモを食べたことはあっても、酸っぱくて果肉が少なくやや渋みもあるのでおいしいと思わない人も少なくない。例えばイチゴのように、人に寄り添うように改良され尽くした風味と違って、(飽食の時代ゆえに)野生の強さを宿すヤマモモの酸味と木で熟した天上のやさしさのような甘味は生きる喜びをも感じさせてくれる。
次にヤマモモの食べ方について。ヤマモモの栽培は農薬は使わないため、果肉に白い虫がいることがあるが、これは食べて問題ないとされる。気になる人は食べる前に1時間程度、1〜3%の食塩水に浸けて虫を出して水洗いする。あまり冷やしすぎずに適度に冷やすと良い。
ヤマモモは品種によって風味が異なるので、買い求める際には品種を確かめる。しかも生産者ごとに風味も異なるので、異なる生産者を買ってみて好みを見つけるのも方策。同じ生産者であっても樹木や時期が異なれば、当然風味も異なるし、風味のばらつきを抑える品質管理の技術の差も感じられる。良い生産者はなごり惜しい後味の良さがあり、しかも年代物の古酒のように長く余韻を残す。そんな出会いを求めて直売所へと通うのだ。
櫛渕での代表的な品種は以下のとおり。
瑞光(ずいこう)…ヤマモモでもっとも一般的な品種で、6月上旬から出回る。甘味と酸味が均衡し、栽培しやすさもある。生食用にも使えるが、加工用(シロップ、コンポート、ジャム、果実酒など)にも多用される。昔ながらのヤマモモの風味を代表する。
森口(もりぐち)…生食にも向く品種で、甘味が感じられて水分量も多い傾向があってヤマモモ初心者にもおすすめ。一度購入したら忘れられない体験になるかも。
「大師」と名付けられた粒の大きなヤマモモがある。これが品種なのか商標なのか通称なのかは不明であるが、櫛渕地区からもっとも近い場所にあるJA東とくしまの「みはらしの丘あいさい広場」で見つけたので購入してみた。価格は、瑞光や森口より高い。
(価格は産地に近い地元の直売所の特例。輸送と鮮度保持に手間のかかる遠隔地での販売や間接費と輸送費がかかる通販ではこの価格設定は困難なことにご留意)
冷蔵庫で軽く冷やして食べてみると、これまで食べたことがないヤマモモの味がする。徳島県人は稀少価値のあるヤマモモであっても路上に落ちている果実を見かけたり、どこかで食べたことがある人が大半のため、やまももといっても、ごちそうという意識はないだろう。しかしこのヤマモモは脳内体験を覆す。
直径は3〜4センチと大きく、種は小さめに感じる。前歯が種に届く頃には、グジュジュジュジューと果肉から濃厚な果汁が絞り出されて口内に滴る。その酸味の鮮烈さ、糖度の高さが生れて初めてサイダーやラムネに接する幼子の体験にも似ている。そして甘味だけではない、酸味の尖りに加えて、野性味と形容するわずかな渋み。さらに香りが一体となって、それがヤマモモの味わい深さにつながっていることもわかる。
大師と名付けられたヤマモモでは、自然の果肉の持つ渋みも溶け合った酸味と甘味が果汁の渦となってあふれてくる。その後、数十分から1時間程度はヤマモモの酸味が残る。時間が経過しても唾液あふれる至福の感覚。たまたまやってきた妹に振る舞ったら、感激していた。遠慮して1粒しか食べなかったので、さらに勧めたら大切に持ち帰った。
ヤマモモを加工品として提供している事業所については、情報をさらに集めて追って紹介したい。
最後に、櫛渕地区でのヤマモモ生産者と、この撮影を企画した内村食品工業(株)の内村道子社長、内村社長から依頼を受けたタケアツふぉとの武本淳美さんのご好意で撮影をご一緒できたので、ヤマモモの収穫がどんなものか(困難さを含めて)視覚的に体感していただけたらと思う。収穫作業の撮影をご快諾いただいた地元の方々は櫛渕公民館長の吉岡誠さん、生産者の服部直人さんである。
櫛渕の玄関といえる櫛渕八幡神社
地区には小さな神社(社)が丘の上に点在する
タケノコの産地で竹林は空高く萌える
ヤマモモを摘む際に、どの枝を目標とするか、どこにハシゴを置くかを考える。ハシゴは折り返さず伸ばして使うこともある
斜面を利用して同じ高さから撮影しているが、高所での手摘みは落下事故のおそれがある
ヤマモモに身体を預けて樹木と一体化するよう
光の加減で果実と背景が万華鏡のように見えることがある
ヤマモモの木の大きさと枝振りがわかる。この樹の品種は、生食として適している森口
手摘みでていねいに取るのは傷みやすいヤマモモゆえ。画像解析+位置把握+精密制御を持ってしてもヒトの手が持つ繊細な感覚の代替はむずかしいだろう
ハシゴを伸してさらに枝に足を掛けて木を登っている
枝を揺すってネットに落とす方法も試みるが、手間はかかっても手摘みが最良であることがわかった。効率的に収穫するには、収穫用の棚(落下防止)を常設して枝の管理を行いつつ収穫期の作業に臨む案も考えられるが、現実的かどうか
赤い宝石、幻の果実と呼ばれるのは収穫の短さと鮮度保持の困難さによる。でも、温度0℃、湿度100%などの鮮度保持の手法で貯蔵できたら数か月先まで青果として提供できる可能性があるのでは?
その昔、病床でヤマモモが食べたいとつぶやいて逝った人がいた。夏の太陽は今ほど厳しくなかったとしても、木陰の沢で涼んだ日々は想い出のまま。
生命の息吹に満ちた里山は、今もそこに息づいている。6月はヤマモモに思いを馳せる季節。
追記
7月3日の徳島新聞の記事によると、2025年のヤマモモは4年ぶりに豊作となったが、農家の高齢化と人手が足りないため、収穫しきれず生食用出荷量は過去の不作年を下回るとのこと。6月18日に始まったJA東とくしまからの出荷は現時点で最盛期を迎えており、例年より小ぶりで色付きは悪いものの、価格は平年並み(200グラムで400円程度)で、3千〜4千パックの出荷を見込む。やまもも部会の45人中、約20人しか出荷作業に携わっていないとのこと。
ヤマモモは徳島県産が全国の約8割を占め、主に京阪神で販売されているとのことだが、問題の本質は人手不足にある。ただし、今回紹介した収穫風景からもわかるように(菌床シイタケの収穫のように誰でもできるものではなく)繊細な実を枝をかき分けて取る技術が必要でしかも短い期間のみの人手が必要というのが難問。木登りが得意で器用な人なら1日でコツを覚えられるかもしれないので、手伝いたい人(有償ボランティアか無償かは問わず)を受け付けて調整する組織があってもよいかもしれない。あるいは、よい樹木と品種を選んで摘果して選別するのもあるかもしれない(1粒○○円などと)。消費者としては、購入することで間接的に支えながら、初夏の味覚を通して里山に思いを馳せるのもよいかも。
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