プッチーニ「蝶々夫人」、フレーニ、パバロッティ、カラヤン/ウィーンフィル
連休中、数日間にわたって頭のなかで繰り返す楽曲は、プッチーニの「蝶々夫人」だった。それは蝶々さん登場の場面で同伴の友だちとの掛け合いのなかで歓びの絶頂を歌い上げる幸福に満ちた場面での楽曲。
Io sono la fanciulla piu lieta del Giappone, anzi del mondo.
Amiche, io son venuta al richiamo d'amor!
d'amor venni alle soglie!
ove s'accoglie il bene di chi vive e di chi muor!
Amiche, io son venuta al richiamo d'amor,
al richiamo d'amor,
son venuta al richiamo d'amor, d'amor!
第1幕から「そらやって来ましたよ」(ゴロー、友だち、蝶々さん)、「海の上にも、大地にも」〔美しい青空〕 (蝶々さん、友だち、シャープレス)
友だちが、「花がいっぱい、海が広い、空が広い」とうっとりと賛美するなかで、
蝶々さんは、「みなさん、私は愛の呼び声に誘われてやってきました」と応える。
(世界が自分を祝福していると感じる幸福の絶頂の音楽があるとしたらこんな音楽ですよ)。
そして最後の行の「d'amor!」の高い音が絶叫とならず、ピアニシモで空気と同化するように、人の声が空気を震わせ、心を震わせる。ぼくの時間が止まってしまう。
もし、みなさんもどこかで耳にできたら生涯忘れられない音楽になるはず。毎年、五月の薫風に立つと、幸せの蝶々さんが耳に響いて離れなくなる。
このオペラの第2幕は、長崎での任務を終えたピンカートンがアメリカに帰国し、「コマドリが巣を作る頃には戻ってくる」という彼の言葉を信じて待つ蝶々さんと下女スズキとのくらし。そのなかで「ある晴れた日に」が有名である。第3幕は、ピンカートンが本国で結婚した妻ケイトを伴って戻ってくる場面。子どもの将来を思ってピンカートンの妻に託した後、蝶々さんは父の遺品の短刀で果てる。
日本はアメリカの植民地ではなかったが、当時の欧米でありふれた現地妻を取り扱ったもので、題材としては受け容れがたい部分もある。けれどもプッチーニの音楽があまりにも耽美的で蝶々さんの歓喜が音楽に溶け込んで漂うように満ちあふれる第1幕は宝物のよう。それゆえ、ぼくは蝶々さんが長崎の丘の上の新婚の家に友だちを連れて上がっていく場面から、第1幕の最後を飾る愛の二重奏(可愛がってくださいね」までしか聴かない。
ぼくが聴いているのは、蝶々さんをフレーニ、そしてカラヤン/ウィーンフィルが伴奏するCD。カラヤン/ウィーンフィルの磨き上げられた音楽に、蝶々さんのひたむきさが明滅する。幸福の絶頂で終わる第1幕だけで幕を引きたい。
その後調べてみたら、抜粋版が廉価に(千円台の前半。しかも盤質の良いSHM-CD→すべてのCDプレーヤーで再生可能)販売されていることがわかった。無理に全曲盤を買わなくてもこれで十分に堪能できる。
プッチーニ:歌劇《蝶々夫人》ハイライツ (SHM-CD) カラヤン/ウィーンフィル、
ミレッラ・フレーニ(ソプラノ:蝶々さん)
ルチアーノ・パヴァロッティ(テノール:ピンカートン)
クリスタ・ルートヴィヒ(メッゾ・ソプラノ:スズキ)ほか
鯉のぼり(文部省唱歌)
この「鯉のぼり」とは、「屋根より高い…」ではなく「甍の波と雲の波…」とうたわれる文部省唱歌のほうで、高知県安芸市出身の弘田龍太郎の作曲とされる。この楽曲も連休前から心に響いてくる「旬の楽曲」。親族に男の子が生れたこともあって、なおさらである。
甍(いらか)の波と雲の波
重なる波の中空(なかぞら)を
橘(たちばな)かおる朝風に
高く泳ぐや 鯉のぼり
開ける広き其の口に
舟をも呑まん様(さま)見えて
ゆたかに振う尾鰭には
物に動ぜぬ姿あり
百瀬(ももせ)の滝を登りなば
忽(たちま)ち竜になりぬべき
わが身に似よや男子(おのこご)と
空に躍るや鯉のぼり
歌詞は格調が高いが、決して誇張ではなく、健やかな成長を願う子への願いが感じられる。「橘かおる朝風」「ゆたかに振う尾鰭」「わが身に似よや男子」の三行目の歌詞が特に心に響く。そしてこの部分は原曲(ヘ長調)の平行短調(ニ短調)と同型の旋律がリズムを平坦にして、しかもメゾピアノの指定がある。詩と音楽が高度に結びついたこの部分が芸術の香りをしのばせて存在感をつくっていると思う。ただし、律儀に伴奏を刻んで声を合わせるいかにも唱歌的な歌い方では、つまらない楽曲に陥ってしまう。
それゆえか、作曲家の團伊玖磨やサトウ・ハチローはこの唱歌を評価しなかったという。しかし、この楽曲に込められた、代々受けつがれてきた親から子への見守るような愛情、音楽的に高度な技をしのばせながらも、親しみやすいリズムと繰り返しの多い旋律の背後にある、高度な芸術の香りに気付くことができれば一生の宝物になるはずである(プロだから楽曲の世界がわかるというわけではない)。歌詞が現代語ではないのだけれど、それでも学校で歌い継いでほしいと願う楽曲である。
手持ちのCDでは、「有山麻衣子 幻のコンサート」から。ソプラノの有山さんは持ち味に合わせて原調より半音上げて変ト長調でうたっているようだ。ピアノ伴奏では黒鍵が多くなり響きがまろやかになって声楽を引き立てる効果も感じられる。この楽曲は唱歌というよりは声楽と思って楽譜に忠実に(特に三行目を大切に、その前後との極端な差異も避けて)、過剰な感情移入も避けながら楽曲に向かい合うことで世界観が見えてくる。男声で力強く歌う楽曲のようで、実は誰がうたっても曲想を我が物にすればゆたかに表現できるという見本。
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