2025年03月27日

藤島博文さんの絵を見たかった


ここ1〜2か月ほど集中して邪馬壹国について探求していた。とはいえ、文献を掘り下げたり現地に行く余裕はないので、これまでに持っている知識や判断力を総合的に駆使して自分なりに納得できる考察を求めていた。

それは新石器時代の日本列島にまで遡る。さらに別ルートからの流入の血を受け容れつつ、世界でも希に見る豊かなくらしを展開したのが縄文時代。

縄文時代は今日考えるよりずっと交易が盛んであったが、DNAの分析からは狭い地域の血縁関係がうかがえるという。このことから定住できる豊かな環境を賢く(持続可能な自然とのかかわり)利用していたと考える。そのため人々は争う必要はなく、物資だけでなく智恵を共有していたのではと推察する。

円熟の縄文時代に温暖になった地球で縄文海進が起こった。いまより海岸線が陸に進出していたので沖積平野は水没していたはず。さらに7300年前に鬼界カルデラの大噴火があった。西日本では灰に埋もれて数世紀にわたって人や生物が住めなかったはずで、生き残った西日本の人々は東日本、朝鮮半島、さらには大陸へと移動したと考える。しかし徐々に環境が回復してくると(海も後退してくるが)代々口伝で語り継いだだろう祖先の住んでいた場所に戻ってきた。その際に進出した先の民族の血を受け容れたり、日本列島への旅に同行する民族もあっただろう。渡来人=外国人とは限らないのである。同様に縄文人との共通の祖先が弥生時代にも海を渡ってやってきた可能性もある。海外からの戻り組は幾重にも行く度にもわたっており、そこに新たな文化の担い手として何かをもたらした可能性がある。その過程で共通の徴(しるし)を持っていたとしても不思議ではない。

災害が多発する日本列島が織りなす複雑な地形と、亜寒帯から亜熱帯までの湿潤な気候がつくる環境は地球史上でも希有の多様性を持っていた。そして人々も多様な場所から集まってきて多様な生き方をして、互いに受け容れながら弥生時代が始まった。

大陸の稲作、シルクロード、中東からの風習、言語、技術と、縄文時代に花開いた日本の技術や暮らしが融合していく。弥生時代は渡来人の影響が大きいが、そうであっても縄文人の土台があったからこそ。そしてこれらの悠久の時間と多様性の風土のなかで日本人の気質が醸成された。今日、日本人や日本文化が世界で称賛される、うらやましがられる部分があるとしたら、その流れはここにある。

そうはいっても誰かが国の起源を残したいと思わなければ、歴史に埋没したり書き換えられたりして失われただろうできごとを、ときの権力者に不都合な真実を婉曲的に、比喩的に、寓意で表すなどの部分を今日残された資料と、多面的な要素で考察していくと、邪馬壹国は阿波にあったと考えるのが自然と思うようになった(徳島に住んでいるからの身びいきではない)。

ただ阿波説に100%納得するのものではなく、卑弥呼=天照大神や壬申の乱の舞台は阿波であった、日ユ同祖論などは納得していない(ぼくは常識や当たり前と思わされている世界などを信じない人間であるが、阿波説のすべてが正しいとも思えない。うまくいえないが、日本や日本人、皇室の重みを逆に否定しているように感じられる)。これについては土の中から信頼に足る資料が出てきたときに決着が付くと思う。古事記の編者の太安万侶が実在した証しだって数年前に発掘されたように。

徳島には阿波忌部氏、あるいはもっと上位の血統が代々同じ場所で営みを続けながら、天皇が即位するもっとも重要な儀式である践祚大嘗祭で麁服を調進する、それが木屋平の三木家という事実の重さ。長くなるので邪馬壹国は別の機会にということで、麁服の原料である大麻も三木家が栽培する。その様子を藤島画伯が描かれたものを見て実物を見たい、と思った。

年度末の多忙ななか時間をなんとか捻出して会場へ足を運んだところ、幸運にも画伯が在廊されて作品の解説をいただいている。しかも会場に入る看板には写真撮影やSNSの発信が可能と記されている。藤島さんのお話を伺っていると、まったく偉ぶらない、しかも誠実かつ強い生命力を持った方だとわかった。

作品の1枚いちまいに感銘を受けたのは画伯の生命力や気迫がみなぎっていたから。決して高齢の権威ある先生が描いた「枯れた絵」ではなかったから。説明の最後に吟詠を披露されたが、それもまた見事で会場の空気が震えるようであった。

ところが画集はつくられていないようで、これについては飯原一夫さんとともに、地元新聞社で今回の主催でもある徳島新聞の文化部が出版企画を考えておられるのではと期待する。

写真撮影が可能とは思わなかったのだけれど、会場を出てまちのスナップを撮ろうと持参していたカメラで撮影できた(撮影時にストロ不使用は当然)。会場に来られなかった方にも藤島画伯の絵を見ていただけたらと思う。ただしご本人の許諾をいただいたとしても複製の問題等があるので、トリミングして掲載することとする。

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木々や石、羽根の一枚までを追い求めた写実性と、そこに生きとし生けるものへの共感のようなやわらかな光の帯(オーラ)をにじませた耽美性、被写体が画面からはみ出しそうな生命力で一筆書きのような強さ。年齢を超越しながら権威を否定し富や名声で曇っていない魂の力をぼくは感じた(美術の門外漢の失礼な感想をお許しください)。

日本の伝統文化に帯する揺るぎない信念を未来への光に変えてください―。ぼくが藤島先生の絵から受け取った箴言である。

タグ:邪馬壹国
posted by 平井 吉信 at 22:08| Comment(0) | 邪馬壹国阿波説
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