2025年02月22日

SACDで聴くEACH TIME(大瀧詠一) 豊潤にして自然な音世界


前作「A LONG VACATION」のあと、3年を経て世に問うたもの。大滝さんにとっては前作の評判もあったので難産であったと想像する。どちらかというと外向的な前作と比べると内省的な作品、セブンスコードが多用されている。だからじっくり聴くと心の琴線を打ち鳴らす。どちらを取ることもできない秀作だよね。

EACH TIMEは発売後も難産であったようで、CD再発のたびに曲順、収録曲、音源まで変更されている。ぼくはアナログを発売当時に手にしたこともあって、初出の版がもっとも好き。

「君は天然色」と比べると冒頭の「魔法の瞳」は見劣りがするけれど、続く「夏のペーパーバック」「木の葉のスケッチ」では夏の午後の昼下がりの出会いのように心をかき乱す。「恋のナックルボール」を経て「銀色のジェット」に受け渡されるて解決しない仮終結。

B面は「1969年のドラッグレース」で幕を開ける。この並びもいい。A LONG VACATIONの「恋のスピーチバルーン」の同じ位置には「ガラス壜の中の船」が音符をていねいに組みたててぴたりとはまる。「恋するカレン」(A LONG VACATIONの聴かせどころ)で山場をつくったように「ペパーミント・ブルー」も歌の世界観、旋律美、編曲の広がり感で甲乙付けがたい。そして「レイクサイド・ストーリ」で初出の「大エンディング」で締めくくられる。ここで聴くのをやめてもよいが、ボーナストラックが「フィヨルドの少女」「バチュラー・ガール」で聴き手に委ねられるのもよい。

この初出の曲の並びと音源に、ボーナストラック2曲の追加という体裁を待ち望んでいたのが、2024年に40周年記念で発売されたSACD(シングルレイヤー)のEACH TIME(通常の40周年盤はこの版ではない)。SACDでもハイブリッド仕様ならどのCDプレーヤーでも再生できるが、これはシングルレイヤーなのでSACD対応装置が必要な点にご注意を。

SACDとCD(手元にあるのは20周年版と30周年版)と比べてみた。A LONG VACATIONのSACDで予想されていたとおり、むしろそれ以上にSACD化がはまっていた。

なめらかでうるささが皆無で、良質のヘッドホンのような漂う音場に浸るというところ。それなのに声はヴォーカルアルバムとしての魅力が際立っている。人の声が温もりと存在感がある反面、伴奏が奥ゆかしくはるか外側まで広がるのがSACDの特徴かもしれない。

そのため、音楽が空間を豊潤に満たす。ぼくの再生音は深夜に聴くぐらいだから昼間でも小さい。そのためスピーカーには接近して聴いている。左右のスピーカーの距離は70センチぐらい。その中心に頭を置いて近寄ったり遠ざかったりしてみたら再生音がまるで違って聞こえた。

二等辺三角形より離れると、おとなしい上品な音の印象が最大化される。二等辺三角形よりスピーカーに近づくと、途端に粒立ちや音場の漂う美音成分が際だって増える。そのうえ口元の輪郭がさらにはっきりして大滝さんのクルーナーボイスのヒーリングシャワーとなる。さらに近づいてスピーカーが真横に来るぐらいになると、ツイーターの指向性のエリアから外れて籠もった感じとなる。もっとも音が良かったのは二等辺三角形からさらに近づいて角度が広がったとき(スピーカーからの距離50センチ程度)。スピーカーからの距離と角度でまったく音楽が違って聞こえる。ぼくが音楽を聴くときにBGMにしないのはつくる人の意図を感じたいから(集中して聴くのでアルバム1枚か2枚で終える)。

これは再生装置と音量によって異なるかもしれない。スピーカーはクリプトンKX-1で、中高域を受け持つリングダイヤフラムツイーターはサービスエリアが広くないかもしれないが、良質の高域を響かせる。マランツSACD 30nはこの価格帯ではもっとも音楽を有機的かつ豊かに響かせる装置なので申し分ない。

この音を聴いていて思い出したのは、1970年代に発売されて世界的な評価を得たヤマハの名機NS-1000M。北欧の放送局で採用されたことを皮切りに世界に愛されるスピーカーとなった。

ところがこのスピーカーを評価しない人も少なくない。音楽が痩せている、音楽が聴きにくい、声に潤いがないなどという。ぼくの小学校や高校の同級生3人がこのスピーカーを持っていて、頻繁に聴かせてもらった(ウイスキーを片手に朝まで音楽談義に花を咲かせた)。聞きこんだ原体験から、ひとことでいえば「豊潤な音」の印象。

あるオーディオ専門店でNS-1000Mを聴かせてもらったとき、つまらない音でしょ?といわれた。え? そのとき比較で聴かせてもらったのが、店主おすすめのヨーロッパの2ウェイスピーカーであったが、切り替えた途端、音楽の生命力が失われた感じがした。ここの店主はいったいどこを聴いているの?と思った。オーディオ雑誌で絶賛されているからとか、有名だから1000Mを評価しているのではなく、音が好きだからで目隠しされても100%言い当てられると思う。

いま思い返せば、音楽のどこを聴いて判断するかは人によって違うということ。ぼくにとっては、音楽が豊かに鳴っているという印象がまっさきに来る。いま考えると、ツイーターとスコーカーが同じベリリウムの同一形状で口径が異なるだけ。位相も管理されていたから、スコーカーが疑似的に大口径ツイーターのごとく作用してサービスエリアを拡げていたのを豊潤と聞き取ったのかもしれない。密閉の30センチ紙ウーファーはこのスピーカーの弱点と指摘されることがあるが、ぼくはこれだから成功したのだと思う。その後にウーファーをカーボン素材などに代替した進化版が出たが、市場で淘汰されている。いまぼくが聴いているクリプトンも「密閉型」「紙コーン」だが、この方式に共通の歪み感の少ない低域と適度な空気漏れが心地よい音場を作り出すのではないかと推察している。

それはともかく、EACH TIMEの40周年記念のSACD盤は、ほんとうに豊かな音楽の世界を見せてくれる。CDは音の粒だちが人工的(それはそれで配信で聴くのならよいのかも)。それだけ聴いていると不満はないが、素材そのものを磨かれて出されたら(良い素材の料理を味付けを控えて出されたら)心の糧となるだろう。それはその人の音楽(食)の体験によるのだけれど。

EACH TIME 40th Anniversary Edition (SACD)

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タグ:大滝詠一 SACD
posted by 平井 吉信 at 14:18| Comment(0) | 音楽
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