2025年02月09日

大神子で見る冬の色


色彩とはなんだろう。色温度ならケルビン、光の波長ならナノメートル、透過光ならRGBのカラーコード、印刷物ならCMYKで。それらが同じ値のときにはだれもが同じ色を認識しているのだろうか?(そもそも同じ色を認識していることを何を持って判別するのか)

音楽の和声(コード)にも調性の個性(音符に宿るある種の雰囲気や感情)が感じられるように、季節の色もあるのではないか。その人に合う色を四季になぞらえて見出すこともある。ぼくの場合は秋。気が付くと確かにそんな色彩を選んでいる。

冬の海、冬の木々や木立、そしてそれが微妙に移ろう夕刻ならば、清少納言ならこういうかもしれに。「夕さりになりぬればなお…」

富士フイルムは半世紀以上に渡って写真を通した色を追求している。感光剤(アナログ)からセンサー(デジタル)に変わっても富士フイルムの色の探求は続いている。デジタルカメラの色彩でいえば、フジのほかにパナソニックに優位性を感じる。人の目で見ているこの場面は、キミ(デジカメ)はどう表現する?の問いかけからシャッターを押しているところもある。

冬の色を反映するのは太陽の高度、大気の透明度、太陽の軌跡(日出日没の位置)、植生のたたずまい、気温による人の感じ方の先入観などだろう。

ところは徳島市南部の大神子海岸。そこから北に突き出た大崎の半島の尾根から見える渚と紀伊水道の遠望などを色彩に注目しながら歩いてみた。

松の枝ごしに大神子海岸とそこで憩う家族
DSCF6307-1.jpg

青の影絵のようなモノトーンに近い再現。遠くの白い船が明るい
DSCF6313-1.jpg

渚の北端を見れば、砂浜に影を落とした陰影は赤みを帯び、影は青みを帯びる。夕陽に照らされて岩壁が反映する海の色と空の反映が色分けされつつ混じり合う水の表情
DSCF6328.jpg

風がさあっと走るとさざなみが盛り上がり、凹凸感が色彩の境界をつくる。見ていて飽きることがない
DSCF6319-1.jpg

DSCF6336.jpg

尾根へ上がる大崎への散策路は斜めの光の色温度の温もりと冬木立のくすんだ緑がまだら模様
DSCF6357.jpg

光が当たる沖合(紀伊水道)は明るい藍色とすれば
DSCF6369-1.jpg

なかば逆光成分が混じる大神子海岸や越ヶ浜の内湾はくすみながら青の色彩を沈める
DSCF6383-1.jpg

DSCF6385-1.jpg

西日が差し込むと光条(レンズ内の反射も含まれる)
DSCF6406-1.jpg

冬にじっとして春を待つ海岸性照葉樹の木々とその背後の海。冬の色だなと
DSCF6423-1.jpg

尾根の散策路の一角だけ陽光があたる
DSCF6430-1.jpg

紀伊水道の遠望。対岸の紀伊半島の山陰が見える
DSCF6434-1.jpg

津田の一文字波止
DSCF6439-1.jpg

大崎半島の突端から南の沿岸を見る。大神子小神子はここからは見えない。冬の夕暮れは孤独な色調
DSCF6445.jpg

一輪だけ岩壁に咲き残ったハマナデシコ。春の暗示ではないけれど、冬枯れに浮かぶ
DSCF6447-1.jpg

さらに日が落ちた大神子海岸の沖合は微妙な色彩の塗り絵
DSCF6454-1.jpg

車に乗り込む頃、西南の空には三日月と明るい紺碧から赤紫への階調が冬の音楽を奏でているよう
DSCF6460-1.jpg

(フジX-T5+XF16-50mmF2.8-4.8 R LM WR)

タグ:大神子
posted by 平井 吉信 at 12:30| Comment(0) | 里海
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。