ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団の演奏によるベートーヴェン「田園」は、説明する必要のない名盤である。田園を愛してやまなかった指揮者が晩年にステレオ録音と技術の進歩に遭遇して、後世に残したいという強い思いと、コロンビア交響楽団という録音のために集められた楽団員によるオーケストラがひたむきに演奏し、それを当時の音楽レーベル、技術者が細心の注意を払って録音したもの。ときは1958年、ところはアメリカの西海岸。
ワルターの田園はウィーンフィルとの録音が戦前の1936年に遡る。このウィーン盤は戦前のSP録音とは思えない鮮鋭かつやわらかな音質でノイズも感じない。当時のウィーンフィルがワルター指揮の下、弦楽のポルタメントなど古き良き伝統をたたえた演奏、縦の線を合わせるというよりも弾きながら呼吸を合わせる感覚のよう。木管の高貴な響きは、名手ウラッハか?。
しかしヒトラーの影が忍び寄るなか、ユダヤ系のワルターはヨーロッパを追われるようにアメリカ西海岸に移住。1936年のウィーンフィルとの田園は、ヨーロッパへの惜別の思いで指揮したのだろう。
アメリカに渡ってから約20年、1958年当時、現役を引退していたワルターにステレオ録音をとレコード会社からの熱意にワルターが応えたもの。
1958年のコロンビア盤について、LPとCDですでに持っていたのだが、SACDハイブリッド盤(SACDプレーヤーでもCDプレーヤーでも再生できる)が発売されていたので、SACDが再生できるマランツSACD 30nを入手できたことで購入したもの。
田園は子どもの頃から好きな曲。出会いは音楽の授業のレコード鑑賞。作曲家たちの肖像画が並ぶ音楽室で、先生がステレオにレコード盤をセットしてかけてくれた。何の先入観もなく、ああ、と思って気に入った。それからはFMでカセットに録音して聴いていた中学生だった。
10代後半からベートーヴェンに私淑して、レコードを買い集め、総譜を見ながら研究したり、ひたすら音楽に没入、セイヤーの大作「ベートーヴェンの生涯」(上下)も数か月をかけて読破した。今日までベートーヴェン作品のLPとCDだけで部屋の一部を埋めるぐらい。ベートーヴェンへの愛は止まらない。
コロンビア響とのSACDの田園が届いたとき、深夜になるのが待ちきれなくて(仕事の関係で夜12時ぐらいを回らないと音楽を聴く時間にならない)。そしていつもの極小音量で再生して恍惚感を覚えた。
そして休日、昼間からそれなりの音量でかけてみた(といっても普通の人の音量設定からはうんと小さい。昭和の時代は、各家のステレオから部屋の外まで山口百恵やアバが聞こえてきたものだったが)。
ワルターの田園では手持ちのCDが時代を感じさせない鮮度と音塊感があるのに対し、SACDは浮遊感と時代を超越した臨場感。低弦が右から床を這いながら左手のヴァイオリンに旋律を受け渡しながら音場が高く満ちていき、木管がぽっと浮かび上がる。どんなに小音量でも目の前にオーケストラがいるような立体感。個々の音が鮮明に聞こえるというよりは、音楽がブレンドして歪み感皆無で空間に漂いながら細部を聞き取れる。これがDSD方式の利点か。
アンプのオンキヨーA-1VLは20年以上使っているデジタルアンプの先駆けで正確かつ心地よい音を聴かせてくれる。田園のSACDでは、短いスタッカートとレガートが鮮明に区分されるのでリズムの刻みから縦の立体感、ブレンド感、横のフレージングのねらいが見えて指揮者の音楽の組み立てがより伝わってくる。
田園の第1楽章で、ワルターはルフトパウゼ(楽譜に乗っていない一瞬の間合い、休符)を取る。何が起こったのかと待ち受ける心に、わずかにテンポを落として音楽が立ちこめる(数十人のオーケストラの奏者がこの間合いを合わせるためにどれだけ練習をしたことか)。
それは、田園に来てよかった…というほっとついたため息と、そこからゆっくり歩き出すよう。ぼくには、ベートーヴェンがフロックコートを着て手を後ろに組んで変人と思われても気にしない体で愉悦に歩いている光景が目に浮かぶ。ワルターの再現芸術とベートーヴェンの持つ創造性が一体となった瞬間。
さて、1936年のウィーン盤は、生まれたときからベートーヴェンやモーツァルトを呼吸していたような演奏家たちが弾いていた。それに対して1958年盤は、古典の伝統を持たないアメリカの演奏家たちが、ワルターの手足となって心を合わせて演奏する。もしかしたら普段はハリウッド映画のサントラを演奏している演奏者かもしれず、契約の関係で名前は出せないが他のオーケストラから駆り出されたプレイヤーであったかもしれず。いずれにしてもワルターの録音のための臨時編成である。
夢中になって第1楽章(SACDの恩恵をもっとも受けているような)を聞き終えると、他のどんな指揮者よりも愉悦感のある第2楽章が始まる。ふと眺めた窓の外はブルーモーメントの空だったので手元の灯りをともす。この楽章もワルターの自在なテンポとカンタービレが寂しさのない独り歩きの愉悦のよう。同時代の作曲家たちがロココを演奏していたとき、作曲家の魂は自在にはばたき、心のままに綴った音符が18世紀の約束(ソナタ形式)のなかで精神、そして一部の形式さえも逸脱した自由(後の時代のドビュッシーやブルックナーのような)。楽章の終わりのほうでは、木管楽器がカッコウや夜鶯を模倣した音型を奏でる。ロマン・ロランだったか、耳の聞こえないベートーヴェンが自分の音楽のなかで小鳥の声を創造しているのだという。田園が好きという人の多くはぼくも含めてこの第二楽章「小川のほとりの情景」を21世紀に投影する心象風景。これ1枚あれば生きていける。
ベートーヴェンは18世紀から21世紀へ橋を架ける。ワルターは、ヨーロッパからアメリカへ、戦前から戦後へ橋を架ける。技術者は、SPからLP、さらにCD、ついにSACDへと橋を架ける。時空を越えた田園の成果。
えっ? まだワルターの「田園」を聴いたことがないのですか? これから聴く愉しみが残されていますよ、と聞き古された表現を置いてみたけど。お好きにどうぞ。
ワルター/コロンビア交響楽団 ベートーヴェン交響曲第6番ヘ長調「田園」作品68
(SACDハイブリッド=普通のCDプレーヤーで再生可能。プレスの精度が上がっているため普通のCDプレーヤーでも音質向上が期待できる。1999年発売のSACDシングルレイヤーのSACD盤は通常CDプレーヤーでは再生できないので間違わないよう。音質も2019年リマスターが良い。上記のリンク先から入るのが確実。本記事投稿後は発売後の最安値となっている)
★日本独自企画 ★日本国内のみの発売 ★SA-CDハイブリッド(SA-CD層は2ch) ★2019/20年DSDリマスター ジュエルケース仕様
《収録内容》
ベートーヴェン 交響曲 第6番 ヘ長調 作品68 「田園」
[録音]1958年1月13日(第1楽章)、15日(第2・3楽章)&17日(第4・5楽章)
ベートーヴェン 「レオノーレ」序曲 第2番 作品72
[録音]1960年7月1日
コロンビア交響楽団
指揮 ブルーノ・ワルター
ステレオ/SA-CDハイブリッド(SA-CD層は2ch)
[録音会場]ハリウッド、アメリカン・リージョン・ホール(在郷軍人会ホール)
[オリジナル・レコーディング]ジョン・マックルーア(プロデューサー)、ウィリアム・ブリッタン(エンジニア)
[オリジナル・アナログマスターテープからのトランスファー、DSDリマスタリング(2019年)]アンドレアス・K・マイヤー、ジェニファー・ナルセン(マイヤー・メディアLLC/ニューヨーク、スワン・スタジオ)
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