2023年08月24日

アリス=紗良・オットで聴いた 真夏のドビュッシー 晩夏のグリーグ 


アリス=紗良・オット(Alice Sara Ott)というピアニストをご存知ですか?
動画サイトで良い演奏を見つけたので書いてみました。

ドビュッシーの月の光は誰でも知っている曲だが、ドビュッシーを得意とした往年のピアニスト、フランソワ、ベロフ、ギーゼキングなどのようにピアノの名人芸やピアノの可能性を追求した演奏とは違う。ピアノをピアノとして演奏する前に心の声が鳴っている。指は鍵盤に触れているのに鳴っているのはピアノでない感触とでもいうか。

★ドビュッシー 月の光
https://www.youtube.com/watch?v=6JNkRFKkQBA

この映像では静謐な青白い光の明滅とともに空気が澄んでいくような感じを受ける。日本のテレビ番組での演奏のようだが、集中していたんだろうね。弱音が夜にひらいた一つひとつの白い花のような。

CDで探してみたらこのアルバムが見つかった。フランスの作曲家の小品集。



★ベートーヴェンピアノ協奏曲第1番(本人公式チャンネル) 
https://www.youtube.com/watch?v=pQObiL-ZYsw
ファルテピアノの演奏のように雅び。ロココの時代に若きベートーヴェンの情熱がこだまする。

★グリーグ ピアノ協奏曲(これはいい!)
https://www.youtube.com/watch?v=6LJTwzZHrwQ

ぼくはこの曲がずっと好き。かつてクリスティアン・ツィマーマンとカラヤン/BPOのレコードで聴いていた。ベルリンフィルの深みと凄み、若きツィメルマン(ドイツ語の発音ではこちらが近い?)の堂々とした演奏はカラヤンを凌ぐほどだけど、この曲ではカラヤンもロマン派の巧者のようだ。

その後、ツィマーマンが徳島に来ると知ってコンサートに出かけた。夫人を伴ってやって来た彼は彼女の肩を抱いて会場から消えていった(その格好良さ)。

さて、グリーグの協奏曲。この曲は世間が評価するよりずっと良い。心が疲れたときに聴いてみたくなるし、元気なときにはさらに心に沁みてくる。

第1楽章が始まる。アリスの笑みと没我の瞬間をカメラが捉えている。この楽曲がアリスに合っているんだなとわかる。第2楽章の最弱音の美しさは別世界から聞こえてくるよう。そして第3楽章のこぼれるような跳躍の愉悦。

オーケストラではホルンの音色の深み、精妙な弦が生き物のように漂いつつ、全体は朴訥で木質のあたたかい響き。最後は興奮の坩堝に飛び込んで観客総立ちの壮絶な演奏となる。終わりはアリスと指揮者が一心同体のように所作がシンクロしている。この指揮者の立ち居振る舞いも日本の能を見ているような所作の清潔さがある。その彼がアリスの演奏に聴き入っている瞬間が記録されている。

指揮は、トーマス・ダウスゴー、オーケストラはDR放送響(デンマーク国立交響楽団)。

これを実演で見えた人はいいな。欧州まで飛行機代払ってでも見に行きたい。
(そのままCDや映像化されたら良いのだけど)

スタジオで製作されたCDはこちら。グリーグの小品集と組み合わされていて素敵だ。


有名なエリーゼのために。この曲をアンコールで弾く人はほかにいないでしょう。ピアノを習っていないぼくでも弾ける曲だけど、この軽やかな深みは言葉で表せない。特に実演のアンコール演奏での空気に溶け込むピアニシモの凜とした表情は、Für Elise を再創造したかのよう。
https://www.youtube.com/watch?v=_e7PCh9ekRo(コンサートのアンコールで)
https://www.youtube.com/watch?v=k0eNzs6g_MU(ドイツグラモフォン公式サイト)

ドイツ人の父と日本人の母を持ち、数カ国語を話す多国籍な環境で育ち、若くして脚光を浴びたが、近年は多発性硬化症に見舞われたという。天才チェリストといわれエルガーのチェロ協奏曲で一世を風靡したジャクリーヌ・デュ・プレも同じ病だったと記憶。ピアニストにとって指が動かなくなれば致命的だが、演奏活動を再開された。きっとさらにすばらしい演奏を世に出していただけると信じている。彼女に幸多いことを祈らずにはいられない。

コロナ下や病気に見舞われたときの感情を伝えるインタビュー動画がある。英語だが理解できる人は多いと思う。

★Life Is Like Prelude: Alice Sara Ott / Pianist
https://www.youtube.com/watch?v=6An9n79g7W0

上の動画を見たあとで、日本語で日経のインタビューを受けている人やドイツ語で答える人が別人のように見える。言語って背負うものや世界があるんだね。でもイスに座ってあぐらをかいているのがアリスの日常なんだね。
https://www.youtube.com/watch?v=Yqs4jEKYvCs(日経で日本語)
https://www.youtube.com/watch?v=YqBnaA4Eczs(英語)
https://www.youtube.com/watch?v=ypZW2TAmfhk(ドイツ語)

アリスはスタジオ録音よりも実演でさらにきらめく人のよう。気取っているのではなく天性の所作を持っている人。格調高いクラシックを演奏しているようで伝統の呪縛を脱ぎ去り、多様性の価値を身上としてもっと自然で飾らない心の動きを大切にしている演奏家。アリス=紗良・オット、もっと聴いてみたいな。

posted by 平井 吉信 at 00:53| Comment(0) | 音楽
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