2023年07月07日

四国東南部の渚をめぐる(大砂海岸、大手海岸、白浜海岸、生見海岸)〜原始の海に注ぐ川が見えた〜


渚から渚へは平坦な道ではない。必ずひとやま超えるために坂を登る。漕ぐのを止めるとそれ以上進めなくなる。上からの直射と下からの照り返しでフライパンのなかにいるような夏。自分の汗で溶けてしまいそうだ―。20世紀のとある日、十七歳の夏。


.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★


もう数えることはできないぐらい訪れているのに、いまだに飽きることはない。
だって、風が違う、太陽が違う、水が違う、渚の人が違う。
同じ海に戻ることはできず、同じ渚でたたずむこともできず、それは時間と空間を積み重ねたから。

大砂海岸。こないた来たときは曇りだった。海は空を映すから、空は海を包み込むから。
色が違うでしょ。
DSCF1185-1.jpg

誰もいないと思ったら親子3人が波打ち際で砂にしゃがんで海を見ている。Web用に縮小しているからわからないと思うけど。あなたたちだけでこの透き通る海を独占しているのですよ。
DSCF1188-1.jpg

県境に近い那佐湾は筏が浮かぶ静かな入り江。湖面のようだ。
DSCF1190-1.jpg

湾をたどる小径を歩く人はほとんどいない。麦わら帽子のランニング姿の少年が歩いて行く心象風景のようで。
DSCF1192-2.jpg

DSCF3432-1.jpg

徳島最南端の渚は大手海岸。消波ブロックの間から押し寄せる波が劇場のようだ
DSCF1198-1.jpg

DSCF1201-1.jpg

ホテルリビエラししくいは全室オーシャンビューで、満月の宵に灯りを消すと上り行く月の光が波間に散乱し、部屋のなかに入ってくる。一度でもそれを見たら忘れられない一夜になる。
yakei1-1.jpg

nightpool.jpg

moonlight2.jpg

やがて朝に。東の空の主役が入れ替わる
madoasahi-1.jpg
公式サイトの掲載写真はたたずまいに陰影が感じられずもったいないね。太陽と月に近い宿なのに)

かつて大手海岸ではサーフィンの波が高くなるテラスを海中に設けてそのエネルギーで消波ブロックをなくせないかと研究があった。波が立ちやすいよう海底に人工の階段状を設けて岸に寄せるエネルギーを分散させるとともにサーファーに利用してもらおうというものだった。

大手海岸/道の駅宍喰/ホテルリビエラししくいをあとに県境を越えると、めくるめく白浜海岸。
DSCF1207-1.jpg

DSCF1212-1.jpg

白浜海岸では浜の両端で川が流れ込む。川が護岸なしで砂浜を蛇行しながら波打ち際にたどり着く。これだけでごちそうだね。
DSCF1216-1.jpg

海の休日を愉しむ地元の人たち
DSCF1216SR-2.jpg

そして息つく暇もなく生見海岸。ここでは20世紀の終わりに世界サーフィン選手権が開催された。
D7N_8458-1.jpg

DSCF1246-1.jpg

ぼくが好きなのはこの浜の南端。民家の下の小径から渚に向かう
DSCF1225-1.jpg

ここはあめ色の砂。体重で沈み込むよう
DSCF1231-1.jpg

生見川が生見の海へと注いでいく。原始の川はみなこうだった。
DSCF1245-1.jpg

蛇行しながら海をねざす生見川
D7N_8472-1.jpg

DSFT3071-1.jpg

DSFT3075-1.jpg

地球の歴史を刻みつつホモサピエンスの世となった2023年夏の光景だから声にならない

ここからしばらくは太平洋の大海原が国道55号線を呑み込みそうな風景が岬まで続いていく。
高知県東洋町野根地区を過ぎれば崖下に砂浜と岩礁が交互に現れてどこまでも続く海岸線となる。
DSFT5947-1.jpg

このあたりから室戸岬までの国道55号線が運転者にとっての白眉。週末のDMVもこのコースを走る。きっといのちの洗濯になるよ。
DSC_0036-1.jpg

岬が近づくと見えるそそり立つ巨岩は夫婦岩。
DSFT3082-1.jpg

DSFT3093-1.jpg

明るい緑の背後に海がさらに深みを増す。ツーリングのバイカーもギアをさらに上げる
DSCF1257-1.jpg

DSCF1266-1.jpg

DSCF1267-1.jpg
(この青の深み、これまでのフジの明るさとは異なる現実感の極み。第5世代の画像処理エンジンを搭載したX-T5にて。そそりたつ岩がX-T2で明るい青の再現)

ここまで来てほとんどヒトはいなかったね。
観光の魅力度最下位の徳島と皮肉らずに、自分だけの場面を見つけて自分の世界に浸れる余地があるということ。いや、この日本には知られざる場面がたくさん埋もれていてマーケティングの道具にされることなく、そこに現実感を持って輝いているということ。それを見ようとする心にとって。
(なぜこのブログが「空と海」と題して二十年も続けている理由がおわかりになりましたか?)

もう岬は見えているから。週末のDMVに乗って見に来たら。
posted by 平井 吉信 at 23:04| Comment(0) | 山、川、海、山野草
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。