「生まれた街」は荒井由実時代のアルバム「ミスリム」の1曲目に収録されている楽曲。
弾むスタッカートの低弦でリズムが始まり、楽器が少しずつ増えていく。
(楽曲を通奏するこのリズムだってこれから起こる胸のときめきが編み込まれている)
良い編曲だね。ほとんどの人はこのカラオケ(ヴォーカルトラックのない基本トラック)では歌えないだろう。音の隙間へ声が滑り込んでくる不意打ち。
いつものあいさつなら どうぞしないで
言葉にしたくないよ 今朝の天気は
鼻腔をくすぐったのは葉っぱの香りだったかもしれない。
降り注ぐ午前の光、季節の変わり目に大気が運んできたのは、やや湿り気を帯びた空気感。
街角に立ち止まり 風を見送った時
季節がわかったよ
数種類の楽器が鳴っていながら静謐に情景を置いていく。主役は人の声だよ(80年代の音志向とは異なる編曲の妙)。
まちかどの並木道でふと喧噪がやんで空を見上げた少女の不思議なわくわくを
ありふれた日本語を列べて最小限の言葉で描いたね(天才少女の作品)。
歌詞は伸びやかに繰り返され、間奏ではフルートが即興風に羽ばたく。
聴く人それぞれが楽曲を自分の世界で紡ぐ時間。
心を遊ばせる隙間が詰まった、つまりは音楽に風を吹かせた希有の楽曲。
初期のユーミンのなかでもっとも好きな曲。
季節は春から初夏かも。
いまもぼくは追体験している。
〔収録アルバム〕
ぼくが実際に入手したのは初期のアルバム5枚をリマスタリングした音源(世界的なマスタリング・エンジニア バーニー・グランドマン氏によるデジタル・リマスタリング)(Yumi Arai 1972-1976)。音圧上げのhi-fi調に走らずアナログのような生々しさと透明感が増しているので買い足したもの。これと比べると初期のCDは音がこなれないのにぼやけている。マスタリングが良くなかったんだね。音楽でいうと初期4枚では「ミスリム」がもっとも好きだけど、尖った感性では「ひこうき雲」。完成度は「14番目の月」といったところ。「コバルトアワー」はあまり聴かないかな。松任谷由実になってからの「SURF&SNOW」「PEARL PIERCE」「VOYAGER」「Delight Slight Light KISS」などの80年代のアルバムがよりコンセプト志向で音楽が飛翔しているから。
写真は「海を見ていた午後」のインスピレーションで。
八王子でも横浜でもないけど、ぼくには海辺のまちと駅のほうがしっくり来る。
初期の荒井由実、人が感性を発揮するというよりは感性が人に降りてきているよね。





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