駅前には広場があり、そこから幾重にも放射状に広がる道があった。逆に見ればここは収束点。広場の前は京阪神の航路があった場所(旧港という。後に北に新たな港=新港に移った)。船の待合室は鹿鳴館のような瀟洒な建物でハイカラ館とも呼ばれていたが、ぼくが子どもの頃にはユーレイ屋敷と呼ぶようになっていた。さらに昭和の終わりを告げる頃に廃線となり、やがて航路も廃止となった。
往時を知らない人には信じられない話だが、かつては四国の東玄関と呼ばれ、紙テープに見送られて多くの人が旅立った。ちくわ売りのおばさんもいた。鉄道は10数両を連ねて高知、高松、松山へそれぞれ直行する準急列車(今でいう特急)があったらしい。駅は広大な保線区、車両基地でSLが格納されていた。駅近くの踏切は車両の入れ替えなどで頻繁に遮断機が降りる。それは人の手でハンドルを回して上げ下げしていた。保線区内には石炭の貯蔵庫もあった。桜並木やバッタやコオロギがいる野原は鉄道の敷地内であったが、子どもが虫取りをするぐらいは大目に見てくれた。蚊に噛まれて痒いことをかゆいことを除けば1メートル四方に数え切れない虫がいる楽園だった。
昔話をしても仕方がないしぼくも年寄りではない。すみません。前置きが長すぎました。
写真はこちらです。かつての旧港と呼ばれた神田瀬川沿いの場所です。
梅雨明け後の夕立を伴う天気の日はとにかく雲と黄昏が美しい。燃えるような光は最後の審判のようだし、ほのかな残照にもためいきのような情熱を感じた。これで終わりかと思ったら最後に予想外の朱に染まった。
(フジX-T30+XF35mmF1.4 R、フジX-T2+XF23mmF1.4 R)
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