2022年07月07日

七夕の 月ぬ美しゃ


日常のなかに、非日常が降臨するというか、時間が止まるというか
精神界に時空旅行するというか。

それは連続テレビ小説(7月7日)を見るとなく見ていて訪れた。
娘が留守番しているところへ、亡くなった父がかつて師事していた民謡の師匠が尋ねてくる。
線香を上げて縁側に腰を下ろすと三線を取り出して歌い出す。

月ぬ美しゃ十日三日美童美しゃ十七つ

いや、見事。というより、この人は役者でなく本職だろ。この節回し、聞き覚えがある。
(ぼくは芸人はまるで知らないので芸能界の話題はされてもわからない)

沖縄・八重山が好きなのでそうなるのだろうけれど
月ぬ美しゃが好きで自分でも川の畔や潮風に吹かれると歌ってみたくなる。

誰が役を当てているのだろうと、NHKプラスで視聴。
クレジットを見ると、大工哲弘だ。
身じろぎすることなく遠き日の御霊を昇華させて悠久を奏でるごとく―。
その出で立ちのみごとさ。
5月17日のブログで触れたばかり、数日前に夜寝る前にCDを聴いたばかり。



月ぬ美しゃは続ける。
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東から昇る満月は 沖縄も八重山も照らしてください。
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(砂美の浜の月の出を愛でる。ここの月の出の美しさは四国随一といえるけれどほとんど知られていない。夕日が沈む双海と月が昇る牟岐もしくは宍喰は四国の双璧なのだけれど)

政治は国民一人ひとりを照らす光でなければならない。
自公政権は決して国民を照らさない。
ただ少数の利害関係者の意見のみを反映させるが
その際に「国民のため」を装う。

消費増税は国民の年金を守るため…
(それが事実なら年金は増えている、もしくは支給年齢が下がるはず)

物価が高いから消費減税が必要なのではない。
多くの人が幸福になるためには、いま自分たちが幸せと思えなければ人生の成功は有り得ない。いまはその歪みが限界まで大きくなって、気が付けば国民の多くは貧困になってしまった。

DSC_9970a-1.jpg

そうじゃない。
多くの人が等しい出発点に立って、なりたい自分をめざすことができればこの国はきっとよみがえる。国民の潜在的な能力は世界有数だから。
ただ為政者がそれを曇らせているだけ。早く気付いてくれ。


posted by 平井 吉信 at 21:57| Comment(0) | 山、川、海、山野草
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