2022年05月03日

午後の遅い時間は近所の山で紅茶を飲みたい 芝山か日峰山か? 栄枯盛衰のまち


家から10分シリーズの典型ですぐに行けるのは阿波三峰のひとつ日峰山。
あなたとふたりで来た丘は港が見える丘♪とくちづさみたくなるよな。

ところが国土地理院の地図には市民が呼び慣れた日峰山の名称はなく「芝山」とある。
芝山とは日峰神社がある標高165メートル峰を指すのか?
そこから東へ鞍部を経て191.4メートル峰がある。
こちらを日峰山という解釈でいいのだろうか?
それとも日峰山一帯を芝山と呼ぶのだろうか?

かつて四万十川は渡川の名称だったが、地元住民は「わたりがわ」とは呼ばず「しまんとがわ」と呼んでいた。いつのまにか名称も四万十川になった。
日峰山も「ひのみね」もしくは「ひのみねさん」と呼ぶ人はあっても
「しばやま」と呼ぶ人は見たことがない。

日本で2番目に高い山を知っていますか?
小学生のぼくは「白根山」3,192メートルです、と答えていました。
山頂の名称では「北岳」。この呼び名が一般的でしょう。

芝山=日峰山なのか、芝山は徳島市と小松島市の境界一体を指す山であって、そのもっとも高い地点191メートルを日峰山と呼ぶのかはわからないけれど、家から10分シリーズということで進めていきましょう。

山頂までは麓から歩く人が多いが、車でも上がれる。今回は時間の関係で車で。

南を臨めば神田瀬川(勝浦川三角州の分流跡で清浄が池、菖蒲田池、神田瀬川と続く)河口部と市街地
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北に目を転ずれば大神子、大崎半島、勝浦川河口部と津田海岸
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山腹は新緑で覆われる
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一文字波止を沖に備える小松島港が通称「新港」とも呼ばれるのは、神田瀬川河口に拓いた京阪神への航路と発着駅があったから。こちらは旧港と呼ぶ。旧港周辺にはハイカラ館と呼ばれる建物と小松島市街地へ扇形に広がる道路の集まる小松島駅(通称「本駅」)があった。
7時7分発の快速に乗って通学したものだ。小さい頃は広大な駅の敷地(保線区)があり、線路上にはSLが、しばらくしてディーゼルが走り出した。かつては小松島発で松山、高松、高知行きの直通があった(と記憶している)。四国の東玄関と呼ばれた重要な港湾及び拠点の駅であったが、昭和の終わり頃に廃線、航路廃止となった。
ところで父が子どもの頃、丸太に掴まって沖の一文字波止まで渡ったという。当時は石積みの防波堤だったようで水も美しくサザエなどを採ったらしい。横須松原が白砂青松の遠浅で京阪神から海をわたって貴婦人たちが海水浴と避暑に来ていた時代である。
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もっとも重要な南北の道路を日の峰通りという。循環器では四国一円から患者がやって来るという徳島赤十字病院もこの通りにある。
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京阪神航路と小松島駅があった頃もっとも栄えた地域。フェリーが着く度に人や車がアリの行列のように吐き出されて目的地へと向かう光景があった。竹輪売りのおばさん、螢の光と紙テープが港を行き来した時代。
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春ののどかな夕刻、斜めの残照で緑が温もりを持って目に飛び込んでくる
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大阪方面は霞に包まれて栄枯盛衰が幻灯のように脳裏に浮かぶ
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タグ:小松島
posted by 平井 吉信 at 00:03| Comment(0) | 山、川、海、山野草
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