2022年04月13日

ダムができる前の大歩危小歩危がどんな光景であったか 桃源郷のような源流域がそのままここにあったはず(吉野川源流〜大歩危小歩危)


野田さんは、「日本の川を旅する」(モンベル復刻増補版)で1963年頃に大歩危小歩危で潜ったとき、水の余りのきれいさに陶然となったという。20〜30メートル先にアユやアマゴが見えたこと、水温が高く一日中遊んで夜は近くの小学校の宿直室に止めてもらったことなどが最後のページに綴られている。

川が好きな人なら源流域はどこの川も同じぐらい水が澄んでいると思うだろう。それは違う。
ぼくが始めて吉野川の源流を見に行ったとき、やはり水の透明度、美しさに驚愕した。四国の川の源流を見慣れているぼくですらそうだった。それは、水晶の切り口のような断面、この世でもっとも美しい空色(水色)の絵の具でも描けないと思えるような。


例えば仁淀ブルーの極致といわれる安居渓谷もコバルトブルーではあるが、あの色とも異なる。
写真はまだデジカメがなかった頃に吉野川源流をポジで撮影してスキャンしたもので原版の良さは伝わらないかもしれない。レタッチもしていない。

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吉野川は源流からほかの川とは違う。ここから194kmの水の旅の始まる玲瓏な大河の趣を持っている。源流については徳島県在住の(故)荒井賢治さん、川ガキ写真家の村山嘉昭さんに良いカットを見せていただいたことがある。これだけでも独立して写真集として出版していただけないかと思っているぐらいである。

吉野川源流はなんと数キロ流れて最初のダムに水を貯められる。長沢ダム、大橋ダム、早明浦ダムと山間の峡谷を次々とダムがせき止める。早明浦ダムから流れ出した水が汗見川などの支流を集めて多少息を吹き返して四国山地の横谷(先行谷)となった地形が大歩危小歩危である。

ダムができる前の吉野川の上流部、いまの早明浦ダムのあたりと思われるが、水没してしまった場所に桃源郷のような流れがあったと高知県佐川出身の作家、森下雨村が記した四国の川の随筆「猿猴川に死す」で書かれていた(四国の川が好きな人は必読!)。


こちらでも触れています
https://www.soratoumi.com/river/enko.htm


かつて四国放送のローカル枠で17時45分から短い旅行商品の紹介番組が放映されていた。
「徳バスサンデーツアー」である。大歩危小歩危から鳴門までが映し出され、吉野川の渓谷の動画に目を見張らされる。早明浦ダムができる前の映像だろう。渓谷の水は緑がかることなくどこまでも空を映して澄んでいる。

背景に流れるのはコール・ポーター作品のYou Do Something To Meのムードオーケストラ調の楽曲。演奏者や動画の存在を知りたくて徳島バスに問い合わせてみたが、当時のことがわかる人は退職しているらしい。知りたいけれど手がかりがない。四国放送に残されていないかな? 

ダムができる前の大歩危小歩危はどんな光景だったか。源流の水は生まれたままの無垢な表情でが人があまり住んでいない嶺北の渓谷を東流し、本山町あたりでようやく里に出るも、再び渓谷となって今度は北流して大歩危小歩危となる。

あの源流の水がそのままスケールアップして大歩危小歩危を流れていたに違いない。野田さんが潜って感じたのはダムができる前と記されているので、このサンデーツアーの映像のような川、すなわち信じがたい空色をしていて別世界の穢れなき表情を持って(断じてコバルトブルーのように緑がかっていない)、白い岩肌を滔々と流れていただろう。

もしあの光景が残っていたなら一生に一度は見ておきたい場面として世界中から観光客を呼び寄せただろう。そして新緑や紅葉など四季の変化を感じていたいと思える光景だっただろう。
徳バスの動画については著作権も切れているはずで誰かがもし録画やデジタルアーカイブでお持ちであればYouTubeにでも投稿して報せて欲しいと思わずにはいられない。

ダムの老朽化(インフラのメンテナンスの問題は橋梁などですでに始まっている)、人口減少と経済活動の持続的な低迷で利水の意義は薄れつつある。22世紀や23世紀の子孫へ思いをはせれば洪水防止なら山林の生態系保全が最善の方法であることも疑いない。いまならダムの撤去も地域活性化の選択肢となり得るのであればとも思うが、自然の復元(ミチゲーション)は容易ではないし費用もかかる。それでもかつての大歩危小歩危を見たいと願わずにはいられない。もし復元することができたら、1年間は仕事を辞めて川のほとりに住んで高価な器材も導入して後世に記録として残したい思いがある。


参考
高知県の山間部には川がある 仁淀川の支流の物語 上八川川 安居渓谷
http://soratoumi2.sblo.jp/article/186086096.html

四国の川を綴った名著「猿猴川に死す」が復刻されました!
https://www.soratoumi.com/river/enko.htm

早明浦ダムに沈んだ村(1994年に現地を取材して書いた文章、「四国の川と生きる」から)
https://www.soratoumi.com/river/sameura.htm

未来の川のほとりにて―吉野川メッセージ(仲間とともにつくった単行本)
posted by 平井 吉信 at 11:19| Comment(0) | 山、川、海、山野草
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