2022年01月31日

真夜中のドア〜Stay With Me〜は終わらない


ここ数年、世界中で高い人気となっている。ラジオを聴いていてもよく耳にするので、おや?と思う。
きっかけはインドネシアのYouTuberが日本語でうたってそれが世界に広まったから。
数年前の竹内まりや - Plastic Loveと同じ。
この曲が世に出たのが1979年(作詞:三浦徳子、作詞:林哲司)。
(林哲司は、杉山清貴、菊池桃子のアルバムづくりには欠かせない人だからVAPレコード専属かと思っていた。菊池桃子のアルバムのリズムセクションなどアイドルとは思えない)
うたっていたのは松原みき。44歳で早逝されたのが痛恨の極み。

手元のレコード盤を探したけれど
好きな曲だったのにシングルを持っていなかったことに気付いた。
聴けば聴くほど歌心があふれて仕方がない。
仕事中も何か足先がステップを踏み、腕がリズムを取って揺れてしまう。

この曲がデビュー曲なのだけれど、新人にこの楽曲とリズム隊を付けるとは
彼女の声が人を惹きつけてやまないからだろう。

真夜中のドア」は多くの人がカバーして動画にしているけれど
本家本元がいちばんという理屈を越えて歌心が別格だから。

音符の長さの揺れがある、などと書くと冷静すぎて伝わらない。
(例えば「そんな気もするわ」の「わ」を早めに入って伸ばす、シンコペのリズムを強調してグルーブ感を出す、それまでの同じ音型の歌詞と違って「心に穴が」で一瞬の間を置いて「空いた」へ着地するところなど。日本語の歌詞と感情のうねりが自然に体現されているね)
それがテクニックというよりは無意識、自然体で出てしまう。
(スタジオ録音でも高揚感があるけれど、ライブであればどんなにか。彼女がライブアルバムを残していないのは残念)

音符の一つひとつにかかる彼女の息が時間を無限に引き延ばす。
気が付けば4分少々しか経っていない。
声の湿り気も声の色もリズムもビブラートもすべて松原みき。
歌の魔法としかいいようがない。

当時はレコード(ビニール盤)だった。
ターンテーブルにシングルかLPを載せて
回転スイッチを押して定速(45rpm or 33-1/3rpm)に達したらそっと針を降ろす。
雰囲気を聴くときはシュアーのMMカートリッジで、声の輪郭を浮かび上がらせたいときはデンオンやオルトフォン、テクニカのMCで。
円盤をモーターが直結して廻すドライブもあればゴムや糸で間接的に廻すドライブもある。
ダイナミック感があるのはダイレクトドライブ、なめらかで艶やかで音楽が躍動するのはベルトドライブ。
針が動き出すと音が出てくる予兆の暗騒音のあとに
動的に音が躍動するあのレコード再生の味わいが待っている。

レコードが人気と聴いてうれしい。
効率化だけを追い求めて沈んだ日本だけれど
非効率であっても所作に何かの感情が伴うもの、
フィルムカメラやチェキ、レコード盤などに
いまの若い人が憧れることがあると聴いてほっとする。
紙の大きなジャケットはそれだけで美術だから。
紙袋からそっと取り出して両手で胸の前に抱えて持つ瞬間、何かを感じるはずだから。

長らく埋もれていたこの楽曲に光を当てたのが
日本語を解さないインドネシアの女性YouTuberというのもいまの時代ならでは。
日本語に憧れて日本の楽曲をうたう白い衣装をまとったあどけないインドネシアの女性。
YouTuberというよりは好きなことを素直に実行している姿勢がほほえましい。
(でもそれが感動的かというとそれは別。プロの歌手の矜持があるから)

カバーはオリジナルを超えないかというとそれは事例による。
PlasticLoveについては背筋が伸びた印象のオリジナル(歌の世界観と歌い手が合っていない感じ。オリジナルが当時ヒットしなかったのもそこに理由があると思う)よりも、Friday Night Plansのほうが好きだ。背徳の翳りと情念のうねりの湿度感で聴き入ってしまう。


ぼくは80年代の音楽が好きでこのブログでも20年近くにわたって書いてきたけれど
それでもまだ書き足りない思いがする。

真夜中のドアは一度聴いたらもう一度聴きたくなる。
りんごジュースをウィルキンソンのジンと炭酸水で割った飲み物をつくってきて
またかける。
飲みながら聴く。
終わったらまたかけてみる。
今度は炭酸水だけを入れてみる。
いや、ジョニーウォーカー 黒を少々。
最後は竹鶴17年の氷割りで。

これでは寝られない。なんでそんなに愉しそうに歌うの?
そんなヴォーカリスト、そんなにいないでしょう。

CDではデビュー曲「真夜中のドア〜Stay With Me」のジャケットを使って、精密なダンパーで信号を記録したこのCDで聴いてみるのはどう?


追記
これだけ世界的に評価が高くなったのはご本人の実力ゆえ。
これが80年代、90年代当時にそうなっていたらと思うことはあるけど、
当時から高く評価していた人は少なくなかったはず。
目立つこと、売れること(バエる、バズるなんて言い方は嫌い)が良いとは限らない。
(SNSは虚栄感にあふれている)
信念を持って生きていければそれでよし。
(金子みすずも生前はいまほど支持されていなかった)
大勢に理解されなくてもきっと誰かが良いと思っている。
例えひとりであっても(もしかして百年後かもしれないけど)
熱烈に支持してくれる人がいれば―。

そう思って生きていくことを
天国の松原みきさんが教えてくれているような気がする。

さらに追記
一連の記事を投稿して数日後の2月4日のNHKラジオの「ごごカフェ」でゲストに林哲司さんを迎えて、「天国にいちばん近い島」のイントロを皮切りに、竹内まりや、松原みきなどの楽曲が作曲者本人の振り返りを交えて放送された。
posted by 平井 吉信 at 23:55| Comment(0) | 音楽
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