日峰山から見た大神子と大崎半島であった前回と逆で、大神子の大崎半島から日峰山と越ヶ浜を見る。
徳島市と小松島市に挟まれた海域は静かな入江や砂浜と海崖が連続する海域で
勝浦川が運ぶ栄養で磯釣りも期待できる。
勝浦川の源流域はブナの森で知られる高丸山や雲早山がある。
そのミネラルが運ばれてくる。
徳島市側から見ると勝浦川河口、大崎半島、大神子海岸、越ヶ浜、雉子岩、小神子、根井鼻、小松島港と続く。
途中の根井鼻は海崖なので陸地から接近することになるが、岩の屋根筋を通る場所がある。
親父はこの一体を「通り魔」と呼んで近づくなと言っていた。
子どもには危ない場所である。足を滑らせたら終わりであるが、こっそり出かけていた。
小神子は小さな渚だが、沖に雉子岩がある。親父は「一本松」と呼んでいた。
目印となる松の木が生えていたからである。
小神子のなかほどに渚から突き出た磯があってここで波を見るのは楽しみ。
小神子は小松島港の北から峠を越えて下っていくしか道はない静かな場所。
昔ながらの漁師の集落と静かな環境を愛でる人たちが住んでいる。
「我は海の子」という唱歌のような渚である。
かつて小神子と小松島港を見下ろす丘の上に喫茶店があった。
祖父に連れられて来たこの店で飲んだ紅茶のおいしかったことを覚えている。
良い茶葉を使って適切に淹れられたお茶の風味が小学生の心を打ったのだろう。
(ぼくは決してグルメではないけれど、子どもの頃から素材のおいしさには感度があったように思う)
喫茶店の経営者は祖父の知人であったと記憶している。
いつだったか小松島港から船を出して通り魔の沖を回って小神子に抜けて一本松付近まで接近したことがある。港を出て走っているとうねりを感じて外洋と実感した。確かボウゼを釣って港へ帰った子どもの頃の記憶がかすかにある。
海が見える丘にあった喫茶店はその後、富士ゼロックスの保養所へと改修され、
どういうご縁か富士ゼロックスの社員の方に施設内にご招待いただいたことがある。
生態系だったか勝浦川流域の取り組みの勉強会の講師としてでなかったか。
一部上場企業の保養所がなぜ小松島にあったのか、
前オーナーの喫茶店はなぜなくなったのかなどの顛末は知らない。
でも小神子の地が都市近郊でありながら「我は海の子」を彷彿させる漁村であり、漁師の集落でありながら魚の匂いのしない静かなリゾートでもあり、その雰囲気に惹かれてインテリが住む地でもある。
小神子の次に奥小神子と呼んでいる越ヶ浜。どういうわけが越ヶ浜へは海からも陸からも辿り着く道(小径)がなく、十数年前に近くまで行きながら渚(越ヶ浜)には辿り着けなかった。そのときは小神子の集落の上のトラバース道を辿って越ヶ浜の流域(沢筋がある)の谷へ降りていき、海まであと十数メートルで行く手を茨に阻まれたのだ。
数年後に越ヶ浜に注ぐ沢を辿れば浜に出られることを発見しこのブログにも書いた。
それは人気コンテンツとなっていてアクセス数はもしかしたらこのブログでもっとも多い。
いまは遊歩道から沢沿いを下る場所に小さな案内板があってそれを辿れば容易に浜にたどり着けるようになっている。かつてこの渚をめざした折に人里離れた山中に廃屋を見つけて驚いた。海を見下ろす山の斜面にどんな目的でどんな人が住んでいたのか。世捨て人の庵か、はたまた炭焼き小屋のような住居だったか。いまではその廃屋跡すら見つけられなくなってしまった。小神子からのトラバース小径の近傍で見かけたが、草が生い茂り崩落が随所にある廃道となっている。
越ヶ浜を見下ろせる場所は2箇所ある。日峰山山頂から北東尾根の張り出した場所と大神子の北側の尾根沿いをたどる大崎半島の散策路からである。
越ヶ浜から大神子へも道はない。小神子から越ヶ浜へは小径が通じていたが、越ヶ浜から大神子へは小径はない。海崖と岩を越えて一部は引き潮時に磯伝いに行くかしかない。大神子は小神子と違って多少開けた場所で保養施設、テニスコート、キャンプやバーベキューができる場所がある。夏場はこのバーベキュー施設も人気である。
大崎半島は勝浦川河口と大神子の間にある突き出した半島で、大神子から遊歩道を伝って半島の尾根をたどると随所に展望台があり、いくつかの分岐で展望台へ向かう。北へ向かう分岐は勝浦川沿いの海へと降りていく散策路だろう。大崎半島の先端まで行けば、勝浦川河口やら津田海岸、大神子、越ヶ浜と連なる海岸線(小神子は入り江となっていて見えない)、そして根井鼻(通り魔)と小松島湾をはさんで和田の鼻と航空自衛隊基地が見える。
大崎半島を下って北の勝浦川筋へと降りていくと勝浦川河口に張り出した洲が見える。
この一帯は蜂須賀公が「籠の藻風呂」と呼んだ江戸時代の藩侯の保養地でもあった。
徳島市と小松島市の間の海岸の沖合、もしくは津田海岸の沖合に鳥居が沈んでいるといわれる。お亀千軒と言い伝えのある場所である。
コンビニが立ち並ぶ市街地から山を越えればこんな場所がある。徳島市、小松島市に住んでいる人は散策してみるといい。
大神子北部から大崎半島の尾根筋に出て大神子を振り返る


大神子から見る日峰山山頂北東の尾根(もっとも標高の高い場所)、ここから越ヶ浜(画面左下の渚)が見える。この地は対岸から越ヶ浜と日峰山の裏側が見えている。

手前の出っ張りが越ヶ浜から小神子へと続く海崖。奧の出っ張りが小神子から小松島港へと続く根井鼻(通り魔)

尾根は快適な散策路 多少のアップダウンと分岐がある


植生を見るのも楽しみ

すみれが群生している場所があるが、この時期は開花していない。このすみれはタチツボスミレの仲間のようだが葉が厚い。もしかして園芸種のクロバスミレの野生化ではないか。

分岐をたどれば数カ所に展望台がある。対岸の和歌山は晴れていればよく見える
展望台から村瀬真紀さんの小麦屋でつくられたパンをいただいた。良い素材でていねいにつくられたパンは冬のひだまりで潮風に吹かれながら噛みしめる。県内では北島さんのブーランジェリーコパンと村瀬さんの小麦屋が好き。流行のパン屋の盛った外観とは対照的に、素材の良さを愛情を持って引き出しているから。

大神子から越ヶ浜、裏日峰山

大崎半島の先端に近づいて来ると磯に降りる小径があるようだ。水の透明度は高い

大崎半島の先端からさらに進むと下りになって勝浦川筋の海辺に出られる。砂はきめ細かい

勝浦川筋から北に広がる津田海岸を埋め立てた造成地。津田海岸町はさらに再整備が進んでいるようだ

この景観がいい。勝浦川河口の洲、遠景に津田の六右衛門がいた津田山、さらに向こうは紀貫之が愛でた眉山。これを見ていると金長まんじゅうが食べたくなる

河口洲が形成された場所は本来は水衝部だが、山の岩盤に当たってそれ以上南下できず、流速が落ちたところで海の波の作用もあって右岸に堆積が進むのだろう。その一方で左岸は水を流すために掘れているはずである。
帰路の尾根筋から大神子〜越ヶ浜〜小神子北端を見る

散策路は下っていく

人々も家路へ向かう夕方

ドボルザークの新世界のあの第2楽章が心で鳴っていたので車に戻って聴いてみる。USBメモリに入れたケルテス指揮ウィーンフィルのデッカ盤。若きケルテスの渾身の演奏を聴きながらたどる家路。
イシュトヴァン・ケルテス…遊泳中に不慮の事故で43歳でこの世を去ったハンガリーの指揮者。風貌からして芸術への姿勢が伺える。惜しい人を亡くした。海を見ながらの「新世界」はそんな思いが背景にある。
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