11月中旬に迫った卒塔婆供養の申込に菩提寺まで足を運んだ。
先般90代で遷化された先代のご住職は立派な方で
弘法大師のような筆力を持ち、
経文を唱えるときの凛としたすがすがしい空気をまとって
何物にも同じない静かな胆力を備えておられて尊敬していた。
菩提寺は地蔵菩薩を本尊とする真言宗の寺院である。
(ぼくが真言宗の経典に限らず観音経などを読経できるのも住職の読経に影響されたからである)
いまのご住職も気さくなお人柄ながら社会を見つめ地元に根ざした活動を率先して行われているすばらしい方。寺は供養の場だけではなく生きる人の力になる場というのを実践されているようだ。
いつもは世話人の方が檀家を廻って供養の申込などを行っていたのだが
その方々も高齢化したのと感染症もあって今年から檀家が直接お寺に申し込むこととなった。
(もちろん檀家として協力できることはなんでもしたい)
そこで仕事が一段落したある日の夕刻、歩いて菩提寺へと出かけた。

境内には名水がある。ひっきりなしに誰かが水を汲みに来ていることを知った。





その名水を横切って母屋のほうへ足を向けると
女性の弾むようなお声が聞こえてきた(それも聞き覚えがある!)。
後ろ姿だったが、すぐにわかった。
小学校の同級生の女の子だった。
(お寺にも同級生の女子がいた。良い時代だったな)
彼女はお寺のご近所でお店を経営されている(いまや社長である)。
しばし店に呼ばれてお茶をいただき、帰路に就いた。
(ご両親とも恙無くお元気である)
再びお寺の中庭を横切り、隣接する神社(通称「祇園さん」)へと足を向ける。
そうそう、ここだった。
夏祭りの日、子どもたちの歌合戦のようなことをやっていたっけ。

(写真には写っていないが舞台は木の向こうにある小屋だったような気がする。なにせ人であふれかえって地面など見えなかった。子どもが多かったから)
カラオケなどない時代、生伴奏だったか、無伴奏だったかは忘れたけれど。
妹を連れて見に行った祇園さんに彼女(さっきの同級生)はいた。
境内に腰を下ろして一緒に舞台を見ていたよね。
いつの時代のことかは知らないけれど。
(きょうはこの夏に自分の店を持った別の小学校の同級生の女子から相談の電話がかかってきた。中学や高校の同級生ともときどき合ったり遠隔にいてもやりとりはある。生まれた街で住んでいると日常が宝物になるね)
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